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新天地

迎えの馬車に揺られ、男爵邸に向かう道中は、アンナにとって驚きの連続だった。

まず、馬車の絢爛豪華なことといったら!

アンナが知る、どの言葉でも形容できないほどだった。

 世の中にはこんな世界もあったのね……

自分がその世界に、足を踏み入れた実感はまったくない。

途中、カンター男爵夫人が「あれは……なのよ」とか「あちらに行くと……伯爵邸なのよ」

など、色々と説明をしてくれて、アンナは笑顔でそれに答えるが、実は半分も理解できずにいるのは言うまでもない。

 私、これからちゃんとやっていけるのかな……?

 きっと、なんとかなる! うんそうよ。

アンナは持ち前の明るさと、前向きな思考でそう思っていた。

「そうそう、アンナ。あなたに伝えなくてはいけない事があるの」

突然夫人が、思い出したようにそう言う。

「実はね、記憶に無いと思うけれど、あなたには一つ違いの妹がいるのよ」

予想外の言葉に驚きを隠せないでいるアンナに、夫人はこう付け加えた。

「大丈夫よ。あなたに会える日を心待ちにしていたから、とっても喜ぶわ」

「妹っ!? 私に妹がいるの? きゃー! 嬉しいっ! ずっと妹が欲しかったのー!!」

「アンナ、喜んでくれて嬉しいわ。でも、レディがそんな大きな声を出したらはしたないですよ?」

そうたしなめる夫人の顔は穏やかで、母としての優しさに満ち溢れていた。

「いっけない、これからは気をつけます。お母様」

アンナの心は、期待で満ち溢れていた。

そんなアンナの期待を乗せて、馬車は屋敷を目指して進んでいく。


 まさかこのあと、天使の笑顔を持つ悪魔と対面する事になろうとは、この時はまだ知る由も無かった……


しばらく馬車に揺られ、田園風景を抜けると、男爵邸に到着した。

馬車が門扉をくぐりぬけると、目の前にある噴水からは水がキラキラと溢れ出していて、その周りでは美しい花々が競い合うように咲き乱れていた。

 こんな世界が本当にあるなんて、信じられない!

 妖精でも出てきそうな雰囲気ね。

アンナは、これからここで自分が生活をしていくなんて夢のようだと思った。

美しい石畳を進んで行くと、やっと玄関の扉が見えてきた。

 門から玄関までだけで、孤児院より広いわね……

そんな事を思いながら玄関ポーチに目をやると、扉の前には使用人らしき人達が、一列に並んで到着を待っている。

馬車が止まると、黒服の初老の男性が近づき、馬車のドアを開けてくれた。

 なんか本当にお嬢様になった気分だわ。

実際、今日からはこのパーシヴァル家の令嬢として過ごしていくのだが、アンナにはまったく自覚が無い。

ただただ、素晴らしく広くて美しい邸宅に、タメ息が出る思いだった。


「こんにちは。今日からお世話になります、アンナです。よろしくお願いします」

馬車を降りて、ペコっと頭を下げて言ったアンナに、傍に控えていた使用人達は、驚いている。

その様子を見た男爵夫妻は、一瞬固まった。

 ん?私、何か変な事を言ったかな?

「ア、アンナ、執事のギルバートに、あなたの部屋を案内させるから、着替えてきたら?」

慌てたように夫人がそう言うと、ギルバートと呼ばれた初老の男性は、無表情のまま頷き、アンナの方に向き直った。

「アンナお嬢様、ご案内致しますので、こちらへ」

そう言って歩き出したギルバートの後をついてアンナも歩き出すと、後ろでメイド姿の女性達がコソコソと何か話しているのが聞こえた。

「……って……よね……」

彼女達からは距離があり、会話の内容までは聞こえなかったが、あまり良い印象は受けなかった。

 何よ、感じ悪いなぁ、言いたい事があるならはっきり言えばいいのに。

 ただ今日からお世話になります。って挨拶しただけじゃない……何か変だったのかな?

 そうだ、ギルバートさん、だっけ。この人に聞いたら何か教えてくれるかもしれない。

アンナは、階段を昇るギルバートの背中に声をかけた。

「ねえ、ギルバートさん」

「はい、なんでございますか?」

「さっきの事、なんだけど……? 私、何か変な事言ったのかな?」

ギルバートは、アンナの言葉に一瞬足を止めるが、また歩き出す。

「こちらが、アンナお嬢様のお部屋になります」

事務的にそう言い、荷物を置くと自分の役目はここまでだ、と言わんばかりに部屋を出て行こうとするギルバートを、アンナが呼び止める。

「ちょっと! ギルバートさん。さっきの答え、まだ聞いてないんだけど?」

アンナに呼び止められ、振り向いた彼の表情からは、感情を読み取る事は出来ない。

「それでは言わせて頂きます。一般的に貴族の方が、身分の低い使用人と直接お話をされる事は、まず有り得ません。

アンナお嬢様は、直接お声を掛けられた上に、お辞儀までなさった。ですから、使用人達が驚いても仕方の無い事かと」

「でも、あなたは男爵夫人にも、直接声をかけられていたじゃない?」

アンナの言葉に、今まで感情を表に出す事のなかった彼の表情が、初めてピクリと動いた。

ように思ったのもつかの間で、またすぐに元の彼の表情へと戻って言った。

「お言葉ですが、お嬢様。私は執事ですので、他の使用人とは違うのです」

どうやら彼のプライドを傷つけたようだったが、アンナには執事と使用人がどれほど違うのか、なんて理解できなかった。

でも、自分のした事は男爵令嬢としては大失敗だったんだ。という事は理解して、素直に謝ることにした。

「そう、なの……貴族社会も大変なのね。その、ごめんなさい。私ってば、無神経な行動を取ってしまったみたいで……」

「いいえ。アンナお嬢様が特殊な環境でお育ちになった事は、男爵様から伺っておりますので、お気になさらないで下さい」

 特殊な環境って……なんか、見下されてる気がするのは気のせい?

 そういえば、さっきのメイドさん達も、そんな感じだったのかも……

そこまで思うと、この先の事が一気に不安に思えてくる。

「では、私は失礼致します」

ギルバートは、今度こそ自分の役目は終わったという感じで、部屋から出て行った。

 はぁ……なんか、疲れちゃったかも。

 貴族って色々大変なんだな……

アンナは、一人部屋に取り残されて、少し落ち込んだ気分を変えようと、窓の方へと歩いていく。

そこからは、内庭が見渡せるようになっていた。

先ほど馬車から見えた、美しい風景が目の前に広がっている。

バルコニーに出て、清清しい風に吹かれていると、さっきまでの気分も一緒にさらっていってくれるようだった。

 素敵! こんなに綺麗なお庭は、見た事ない!

 貴族の方のお屋敷って、みんなこんなに綺麗なのかな?

孤児院にも庭はあったが、これほどまでに色とりどりの花々が咲き乱れているような美しい庭ではなかった。

そうして、外の景色を楽しんでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「はーい。開いてるよ?」

そう答えると、メイド姿の女の子がおずおずと入ってきた。

「失礼します。わ、私、アンナお嬢様の専属メイドになりました、り、リリスと申します。よろしくお願いします」

 専属のメイドさんなんて、いるんだ。びっくり!

あまりにも今までとは違う環境に、多少戸惑いを感じたが、黒縁眼鏡をかけ、漆黒の髪をおさげにしたその少女をみる。

 この子、孤児院にいた少女にちょっと似てるかもしれない。

 大人しそうで、おっとりした感じなんて、そっくり。

そう思えば、すぐに親近感が湧き、バルコニーから部屋の中に戻って、リリスと名乗った少女へと歩み寄る。

「私はアンナ。よろしくね」

そう言って、リリスの手をしっかりと握ると、手が触れた瞬間、リリスは一瞬身をすくめるような仕草を見せた。

なにやら彼女は、とても緊張した様子だ。

 あ……いけない。気軽にこういう事をしちゃダメなんだったっけ?

 さっき執事のギルバートさんに、言われたばっかりなのに、つい今までの感覚で……

「あ、ごめんね? 私、貴族の習慣ってまだ良くわかってなくて……驚かせちゃったよね?」

「い、いえ……大丈夫です。わ、私、田舎から出てきたばっかりで、まだまだ不慣れなもので、お嬢様にご迷惑を掛けてしまうんじゃないかと思ったら、ふ、不安で……」

どうやら、アンナの突拍子の無い行動に驚いたというよりも、彼女もこの屋敷に慣れていなくて、緊張しているみたいだった。

「リリス、そんなに緊張しなくて平気だって。そうだ! 私達きっといい友達になれると思うんだけど、どうかな?」

私の言葉に、彼女の表情が柔らかく変化して、ほ〜っと詰めていたものを吐き出すかのように息をつくと、やっと笑顔になってくれた。

色々と話を聞けば、田舎とはいえリリスのお父様は、綿織物の工場を経営しているらしく、彼女もそれなりのお嬢様で、カンター男爵家には花嫁修業の為に、メイドとして雇ってもらったのだという。

 それからリリスと私は、大きなクローゼットの扉の前で、数え切れないくらいのドレスに翻弄される事になった。

「ちょっと、このドレスの数って、普通なの?」

目の前にある、白やピンクや青のドレスの数々は、まるでさっき見ていた花が、クローゼットにまで咲いているかのようだった。

私はもちろんの事、リリスも呆然としている。

「どうなんでしょうか……? でも、パトリシアお嬢様が、同じドレスを着ているのを見た事がないので、きっとそういうものなんですよ」

「パトリシア? 妹はパトリシアって言うんだ! あー早く会いたいっ!」

思わぬところから妹の名前を知って、喜びのあまりつい大きな声で言ってしまう。

思わず、辺りを見渡して、部屋の中にはリリスしかいない事を思い出してほっとした。

「今のは、お母様とお父様には内緒にしてね」

いたずらっぽくリリスにお願いすると、彼女は快く承諾してくれた。

 私の専属メイドさんが、リリスみたいな良い子でよかった。

アンナは心底、そう思っていた。

これが熟練したメイドさんだったりしたら、きっと「アンナお嬢様! 男爵令嬢ともあろうお方がなんですか……」とか言って長いお説教が始まったに違いなかったからだ。

 もしかして、これもお父様とお母様の、私に気を使わせない為の配慮なのかもしれない。

 こんな素敵な部屋を用意してくれた事といい、あの素敵なドレスの数々といい、本当に私は良い両親に恵まれていたのね。

そう思えば、家族とまた巡り合えた事を、神様に感謝したい気持ちでいっぱいだった。

「あの、アンナお嬢様。今夜の夕食は何色のドレスになさいますか?」

感慨にふけっていると、リリスから声をかけられた。

彼女はドレスに埋もれそうになりながらも、一生懸命私のために選んでくれようとしていたのだった。

「ごめん、ボーっとしちゃって。そうねぇ、出来るだけ、レースやフリルの少ないものがいいんだけど……」

「少ないもの、ですか?」

私の言葉に、リリスは意外そうな表情を浮かべている。

「うん。だって、急にレースやフリルのいっぱい付いたドレスなんて着たら、裾を踏むか、どこかにひっかけるかしちゃいそうで……」

理由を告げれば、リリスはクローゼットの中でも、一番シンプルな絹地のピンクのドレスを持ってきてくれた。

「綺麗な髪の色で、どんな髪型でも映えますね。素敵です〜」

なんとかきついコルセットも絞め終わり、着替えてリリスに髪を結い上げてもらうと、そこには見知らぬ自分の姿があった。

「ドレスと髪型で、ここまで変わるものなのね。こんなに華やかな格好をするのは初めてで、似合ってるのかも分からないや。変じゃ、ないかな……?」

思わず、鏡に近づいてまじまじと自分の姿を確認するが、見慣れないせいなのか違和感があるようで不安になった。

「すごくお似合いです。きっと男爵様ご夫妻も、アンナお嬢様を誇りに思われますよ」

そんなリリスの言葉に、気恥ずかしさを覚えるが、少し安心できたような気がした。

「それでは、私はこれで。またご夕食の時にお声をかけさせて頂きます」

そう言って、リリスは一礼すると、部屋から出て行った。

 ついに妹、パトリシアに会えるのね。きっと可愛いんだろうな〜

 たくさんおしゃべりして、リリスみたいにお友達みたいな姉妹になりたいな。

 私がわからない事もきっと色々知ってるだろうし、いっぱい教わらなくちゃね。

アンナはリリスが夕食に呼びにくるまでの間中、ついに会える妹に、思いを馳せていたのだった。


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