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春の訪れ

「ほらみんな! もう起きて学校に行く時間よ!」

手に持ったフライパンを振り回しながらアンナは各部屋に声をかけてまわる。

「そんなに騒がなくても聞こえてるよぉ……」

「う、うるさーいっ!」

「なんだ、火事でも起きたような勢いだな」

4歳から16歳までの子供達が、不満をもらしながらゾロゾロと食堂に向かう。

最年長のアンナは、ここにいる子供達の世話係を任されている。

「アンナ。院長先生が話したい事があるからって、呼んでらしたわ。」

慌しく朝食の支度をしていたアンナは、シスターにそう声をかけられた。

「院長先生が? そう、わかりました」

どうしたのだろう?と思いながらも、一通りの準備を終わらせ院長室へと向かった。


「失礼します」

声をかけて中に入ると、いつも優しい笑顔の院長先生が、少し困ったような顔をしてソファに座っている。

座るように促されて、戸惑いながらも腰を下ろし用件を聞こうと待つが、院長先生は黙ったままだ。

「あの……院長先生?」

「アンナ、急に呼び出してしまってごめんなさいね」

アンナの不思議そうな視線に気がつき、少し慌てた様子で口を開く。

「実はね、あなたのご両親が見つかったの。」

「……え? それって、どういうことですか?」

アンナは自分に告げられた事が、理解出来ずにいた。

それもそのはずで、彼女は物心ついた時から、ここハーヴェイ孤児院で、両親はおろか身内も誰もいない天涯孤独の身として、育ったのだ。

「先日、あるご夫妻から手紙が届きました。そこには、14年前に誘拐されて行方知れずになってしまった娘がいる。と……」

「待って下さいっ!」

院長先生の言葉を、途中で遮るアンナ。

「それだけで、私が娘かどうかなんてわからないじゃない!」

急に告げられた事実に、混乱して、取り乱している。

「アンナ。手紙には当時の状況や、捜査資料も添えられていました。私達はなんの根拠もなく、あなたを手放そうとしているわけではないのよ?」

優しくなだめられるように言われると、今までハーヴェイで過ごした日々が思い出される。

 シスターや院長先生は、院の子供達を、本当の家族のように温かく接してくれていた。

窓の外からは、ジュニアスクールの子供達が学校へと向かう声が聞こえてきた。

「ごめんなさい……突然の事で、私……」

そんなアンナの様子に、微笑みで答えてくれる院長先生。

「いいのよ。突然の事で驚くのも無理は無いわ。あなたのご両親、カンター男爵夫妻も、あなたに時間をあげてほしいとおっしゃって下さっているから、少し考えてみるといいわね」

カンターダンシャクフサイ――男爵夫妻!!

「だ、男爵夫妻って?! 私の父さまと母さまが、男爵夫妻だって事なの?!」

アンナは、次から次へと明かされる事実に、軽く眩暈をおぼえた。


 数日が経ったが、戸惑いが消える事はなく、結局なにも変わらないまま、カンター男爵夫妻との対面の日を迎える事となった。

男爵夫妻は、昼過ぎには到着予定と聞いていたが、アンナは朝から落ち着かない様子で、部屋の中をウロウロと歩き回っている。

「あ〜っ! もう、私らしくない! もう考えるのはやめた!」

ベットに身体を投げ出す。

 うん、そうよ。

 私って、あり得ないくらい強運って事よね。

そう開き直る事にした。

元々、アンナは物事を深く考えない性格だ。

ドアを叩く音にベットから降りると、シスターが顔を覗かせる。

「男爵様がお見えになったわよ。支度はできたの?」

「出来てるわ。って言っても、荷物なんてほとんどないんだけどね」

 アンナの足元には、小さなカバンが一つ。

手鏡とクシ、最低限の着替えと寝巻き、それとシスターが読み書きの勉強にと、12歳の誕生日にくれた本が一冊。

あとは、お守り代わりの白いハンカチが一枚。

それが彼女の全財産だった。

後のものは、少しでも役に立てばという思いと、自分の事を忘れないでいてほしいという願いを込めて、幼い子供達に残していく事にした。

「シスター、私もう行くね」 

「元気でね……」

少し寂しそうな笑顔でそう言った彼女の表情に、もうここには戻ってこられないんだと思うと、熱いものが込み上げてきそうになる。

後ろ髪を惹かれる思いで背を向ける。

振り返ってしまえば、「私はずっとここにいたい!」とすがり付き、泣いてしまいそうだった。

 あちらこちらに、思い出の欠片を見つける事が出来る。

ドアについた小さな傷や、いつもみんなを怒鳴りながら駆けずり回った廊下。

目に焼き付けるように、ゆっくりと歩を進める。

 私も小さい頃は、良く孤児院を抜け出して、シスターや院長先生を困らせたっけ……

ふと、立ち止まって窓の外を見ると、天使のような男の子と出会った幼き日の思い出が蘇った。

あの大きな木が、見守るように立っているのが見えたのだ。

 あの子は今、どこで何をしてるのかな……

そっとカバンの上から、あのハンカチに手を当て、前を向き歩き出す。

 院長室の扉の前で、一度深呼吸をしてから、思い切ってノックする。

「アンナです」

「どうぞ、お入りなさい」

静かに扉を開けると、院長先生の前には仕立てのいい服に身を包んだ紳士と淑女が座っていた。

 すごく綺麗で、素敵なドレス!

 あれってきっと、高いんだよね?きっと……

 さすが、貴族の方は着ているものにも気を使ってるのね。

思わず今の状況とは、ずれている事を考えてしまう。

「アンナ?どうかしましたか?」

そう言われて我に返り、慌てて会釈をする。

 いけないっ。そんな事を考えている場合じゃなかったわね。

反省すると、改めてカンター男爵夫妻に意識を向けると、どこか自分に似た感じのする夫人に気が付いた。

「アンナ……あなたなのね?」

夫人は、そう言うと同時にアンナに駆け寄り、手を握りしめてきた。

近くで見ると、ますますアンナと良く似た顔立ちをしている。

「お……かあ、さま……?」

そんな夫人に、思わず口から言葉がこぼれる。

 あ……いきなりお母様はまずかったかしら……

自分で言ってしまった言葉に少々後悔しながら婦人のほうに視線を向けると

彼女は喜びのあまり目にいっぱいの涙を浮かべていた。

「まだ、無理にそう呼ばなくてもいいのよ?」

14年という歳月が、そう簡単に埋まるものではないと理解しているのだろう。

夫人の優しい気遣いに、アンナの心の中に温かいものが流れ込んでくる。

正直、両親と言われても実感がないのは事実だけど、この人達が本当に自分を望んでくれている事は伝わってきた。

アンナは、それだけで十分すぎるほどに幸せな気分になった。

 これが、家族の温もりなのね。

 すごく優しそうな母さまと父さまでよかった。

優しい男爵夫妻に会って、アンナは今までの不安がゆっくりと和らいでいく事を感じていた。

「ああ、神様感謝します。再び生きて巡り合うことが出来るなんて……」

夫人は、それ以上は声にならない様子で、アンナを愛しそうに見つめている。

「アンナ、良く無事でいてくれたね」

カンター男爵も、そっとアンナの肩に手を置き、感慨深い様子で見つめていた。 

 アンナの中で、長い冬が終わり、雪解けの春が訪れたのだった。

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