第八回 皇叔受納徐軍師 曹子孝受辱回師
共に荊州の南陽郡南部に兵を置き、劉備とは何かと協力体制を敷いていた。
「高将軍、奇遇ですなぁ?」
偽善者め…今更隠しもしねぇか…
「皇叔、何用か?」
劉備の魂胆ははっきりしている。高順及びその配下の将兵を得て、其れを足かがりとして天下を盗るためである。曹操も同じ考えで天下を執りに行こうとし、皇帝も高順ならば天下を摂らせようとしたが全て視野の狭い忠臣らの愚行によって失敗した。
劉備はまさに棚から牡丹餅の状態である。この機会を利用して何が何でも高順を正式に麾下に加えたいのである。
劉備、張飛、関羽の三人は表向きは草鞋売り、屠殺業者、門前警備だがその実は小さな一家を構える侠客(現代風に言えば半グレ)、金持ちの坊ちゃん(現代風に言えば親の税金逃れで作った会社の社長)、殺人容疑付きの塩密売人(現代に当てはめると麻薬密売人、抗争で人を殺して逃亡を余儀無くされてる)である。
きっちりとした環境に居ない上に今までが全て我流でやり通して来たからすごいと思う、史実なんか我流を突き詰めて三人とも悲惨な最後を迎えた。だが、何れも当世一流の武将であった事に変わりは無い。
史実、劉備が負けた相手は曹操、呂布、陸遜等何れも智将、猛将で知られる。その反面、局地戦には滅法強かった。
傭兵部隊を率いていた人間が一国の皇帝にまで昇りつめたのも一種の奇跡であり、チャイナドリームだろう。
「いやぁ…実は将軍と語らおうかと思ってな!はは…」
「左様か、酒はご遠慮頂こう」
「うむ、この荊州をどう見る?」
「司隸より豊かではあるな。だが、劉景昇も所詮はそこまでの男よ」
劉備は同感だった。
ただ、俺は客将としての本文を弁えて兵を出すなり劉表の手伝いをしたりと良好な関係を築いてる為蔡瑁らも文句は言ってこない。
「しかし、あの曹操がこの荊州に攻めてきたらどうなる?」
お前という疫病神が居るから来ない訳がなかろう…
「我らが曹操を拒む事になりそうであるな」
「しかしよォ…」
ヤクザ口調に戻り始めた劉備は長々と絡んできた。
そこで俺は歴史上の出来事を思い返し、船を用意できるだけ用意させて江夏郡、襄陽と江陵に行き着くように付近の民に訓示を示したりして曹操との戦いに備えた。
「玄徳公、民を思いやられるので有れば曹操襲来に備えて民を逃す事を第一に考えねばならん。戦となれば足でまといでしか無い故」
「うむ!それが良い、将軍の眼はいつも先を見ておるな…」
いや、アンタの戦略的逃亡には及ばんよ。まるで1934年の共産党が国民党から逃げ出した時と同じ長征と言うなの逃亡と同じである。
「ふむ、皇叔は何故黄巾の賊徒どもが蜂起するまで雌伏されたので?」
「ふふふ、そこを聞くかね?」
けっ!大耳野郎がもったいぶってんじゃねぇよ!早く答えろ
「ふむ、この世の全てを我が手中に収めたいから」
「関将軍と張将軍はこの事を?」
「知らぬ。其れに将軍が伝えたとしてもこの劉玄徳痛くも痒くも無い」
へぇ…、あの二人はアンタに狂信的だからな!仮に言ったところで取り合わないどころか手を合わせて殺しに来るだろうから俺も言えねえや…
「左様か、俺の中では曹操が天を舞う龍、劉備が地を這いずり回る蛇だと思っておったがな…」
うん、正直そう思ってる。劉備は動機が不純で頭の回転も遅いけど曹操に何とか食らいついてる感じがしてたしね
「クックック!孝父、正直では無いか」
「腹割って話がしたいんだろ?」
「その通りだ」
やっと本題かぁ…
「んで?何の用だよ?」
「我に忠誠を誓え!」
「無理!」
「何故だ!」
「俺ァ…とっくの昔に丁建陽、弘農王にその忠誠とやらを誓い尽くしたからな…今更主を持てと言われても困る」
背負い切れねぇんだよ!
「そうか、ならば友として」
「それならいいんじゃねぇか?」
高順はその日を境に劉備と常に語らいその魅力に取り憑かれる様になってはいたが何とか理性で其れを払拭していた。
そんな中、劉備は劉表の付き合いで呼び出され馬を引いてると一人の男が劉備とすれ違った。高順は劉備を見送る傍ら気づいた徐庶である。
当の徐庶は劉備に面識等有る筈も無く、高順は前世で彼を重用していたからこそ気づいたのである。
元直!元気そうだなァ、おい!そっか、未だ若いもんな!
「将軍、今日もお出かけですか?」
「うむ、景昇兄の元へとな。万事抜かりの無いように頼むぞ!」
「わかりました。では、お気をつけて」
徐庶について説明するとこんな感じである。
徐庶は著名な水鏡の弟子で、長年【水鏡荘】で学んでいた。長年彼に師事していた水鏡は彼の才能を見抜き、早く良い主君を見つけ活躍できるようにと彼を送り出した。
徐庶が出発する前、水鏡は特別な指示をした。
「覚えておけ。雨が降らないのに軒先から水が垂れているような場所に行き、故郷を追われ四方を周り世界中に徳を広めている人に出会ったなら、それがあなたの探している主となる人物だ」
徐庶は水鏡荘を出て、色んな場所を放浪し回ったが、雨は降っていないのに軒先から水が滴り落ちているような場所を見つけることができない。ある夜、徐庶が新野の郊外に着くと、突然大雨が降ってきたため、しかたなく壊れた寺に避難せざるを得なくなった。
寝てしまって目が覚めて見上げると、空は晴れ渡り、寺の門の上に太陽が高く輝いていた。壊れた寺の軒先からはまだ水が滴り落ちていた。
水鏡先生の言われた場所はまさにここだと思ったが、お寺には誰もいなかった。徐庶は何日か滞在してみることにした。二日経っても誰にも会わず、不安と空腹で体力が残っておらず、寺の扉に寄りかかって眠ってしまった。
突然、風が吹き込み扉が動いた。徐庶がはっと目を覚ますと自分の体を覆う衣があった。周りを見渡しても誰もいない。夢かと思いまた眠りについた。
朝になり太陽の暑さで目が覚めると、喉が乾き水が飲みたくなった。立ち上がろうとすると、傍らに水の入った瓶が見えた。
徐庶は驚き周囲を見回したが誰もいない。そこで徐庶は目を閉じて寝たふりをした。そして、ある人物が彼のところまで来ると、籠から米を取り出し彼の横に置くと何も言わずに去っていこうとした。
徐庶は突然その人物を掴んだ。その人物、両手は膝の上まであり、耳は肩から垂れ下がり、眉も豊かであった。
男は微笑みながら
「私は賢者を訪ねて寺の前を通りかかりました。あなたが寺の扉に寄りかかって眠っているのを見て、寒くないかと心配になり衣を掛けてあげました」
その後、彼と天文、地理、時勢から兵事謀略まで、さまざまな話をした。徐庶は彼が博識で向上心があり、気さくで礼儀正しい人物であるのを見て、名前を尋ねた。
彼は姓を劉、名を備と言い、字を玄徳と言った。これを聞いた徐庶は師の教えを思い浮かんだ。
「郷里を離れて、四方を回り、天下にその徳を広める人物を見つけよ」
この3つの文章の『流』『旋』『徳』(劉玄徳と同音)は、この人の名前である劉玄徳にぴったりだ!
徐庶は驚いて自分の名を名乗り、劉備に仕えることとなった。劉備は徐庶が非常に優秀な人物であることをすでに見抜いており、彼が水鏡の生徒であることを知っていた。徐庶を軍師として新野に招聘することを喜んだ。
これを機に俺は関羽、張飛と練武に出掛けた。
「おう!高将軍、遅いじゃないか」
「すまぬな、三将軍」
「三弟、そう急かすな。高将軍はお前さんと違ってやるべき事が多いのだぞ!」
「わァってるよ!俺はただ身体を動かしたいだけなんだ!」
みんな知ってるよ?アンタが妙齢の少女に手を出した上にその妙齢の少女の縁戚は敵の将軍だって事もね!
「二将軍は相変わらず手厳しいですな!」
関羽、張飛は劉備への忠義以外は性格が似て非なる部分がある。関羽は上に傲慢な態度を示すが、下には優しい。張飛は上に遜るが、下に厳しい。
正史の評価は関羽は剛情で自信を持ち過ぎ、張飛は乱暴で情を持たず、両者共その短所により身の破滅を招いた。道理からいって当然である。結論『自身の性格が災いして其のその様な最期を迎えた』である。
張飛と百合撃ち合ったところで休憩に入った。互いが互いに本気で殺し合う程凄まじい撃ち合いだった。
休憩に入ると酒を所望した張飛に関羽は目を細め、趙雲は無表情になった。
「あんでぇ…!せっかくうちのが居ねぇんだからよう!ちっとぐれぇ飲ませたっていいじゃねぇか!なぁ?」
因みに俺はゼェハァ以外音を出していない ダメだ…目の前が暗くなる気がする…
高順は夢の世界に誘われて神と対話していた。
「ふむ、息災だな」
「…!?」
「何を驚いておる。百合も撃ち合ったのだ気絶くらいするものだろう?」
「そういう問題じゃねぇ!」
「なるほどね、嫌な顔を見る表情だね」
「ったりめぇだ!安らかに死なせろや!」
「ははは、そう焦らんでも良い。何れ死なせてやるから約定を果たせ」
高順は拗ねた顔をしたが、神は一笑に付して取り合わなかった。
「さぁ、見せてみよ!違う生き様を!」
高順は有無を言わさず戻り、常に絶え間なく兵を鍛えた。更に新野一帯に自警団を作り何時でも曹操の襲来に備えた。
だが曹操もアホでは無い、曹仁と李典を此方に派遣して小手調べと来たが相手はこちらに無い故、取り合わなかった。
そこは徐元直の初陣だ。邪魔しちゃ野暮ってもんだよ。けどな、あっちがこっちに来たら知らねぇ…
そこで俺は新野で避難訓練を実施して劉表のところに百姓を押し付けた。劉備はこれを好機と捉えて曹仁らを迎え討った。
「兄貴ィ…あの徐元直…信用出来んのか?」
「出来る出来ぬの話では無い、兄者が信用している以上我らは黙って従うだけだ」
「けっ!今まで『軍師』なんざ居なくたって俺たちゃ上手くやってきたじゃねぇか!」
「益徳、そうは言うがそれが無ければ我らは戦いやすくなる。其れにあの者が失敗すれば斬れば良い」
「そうか、そうだな…!ガタガタ考えるのも頭いてぇや!」
「うむ!」
曹仁、李典の両将が高順を攻め立てた。劉備では無く高順を攻めた。
「皆!先ずは高順を攻めてその後劉備を滅ぼすぞ!」
「…!将軍それはなりません!なりませんぞ!」
「何じゃ、李将軍怖気付いたか!」
「なりません!我らの敵は劉備であって高順ではありません!」
「ふん!何れは敵であろうが!儂はあの者を恐れぬ!」
李典は止めようが無く急ぎ伝令を飛ばした。
高順は冷笑し、曹仁を迎え討った。
「ククク…、孟徳…人選を間違えたか?皆、出るぞ!」
「おおぅ!」
配下六人衆は本陣に配備して曹性、張燕、昌豨、孫観らを遊兵として送り出し曹仁を囲む様に追い詰めた。
曹仁は進退窮まったが高順は特段向こう攻めてこなければ自軍から攻撃する事も無い。
「将軍!」
「李将軍、俺が愚かだった!済まぬ…」
「そのような事、今更どうでもいいです。しかし…」
「うむ、俺が敵と戦う間に援軍を頼む!」
「何をおっしゃいます!こうなれば私も最後まで戦います!」
曹仁は驚いた。李典は確かに智勇兼備と聞いていたが其の出て立ちは儒学生が甲冑を身に付けた様なしっくり来ないものだった。
「…」
高順は敵軍の浮き足立った雰囲気を見て馬を躍らせた。
「曹子孝!ふははははは!残念だなぁ!」
「高順!貴様ァ!」
「どうした?」
二十万の敵兵に囲まれてどうしたもの何も無い、高順の性格の悪さが顕になった。
「高将軍、どうしたも何も無い!戦う気が無いのであれば我らを退かせて頂きたい!」
「む!?其の声は李曼成か!」
「如何にも!」
「そうか、ならば軍を退け!吾の所には入り込むなよ?ははは!」
曹仁は内心煮えたぎって高順に並ならぬ殺意を抱いたが、やむ無く軍を退いた。
劉備に呼び出された高順は新野に入った。
「高将軍!この度は助かりました!」
「いえ…」
徐庶は高順を観察した。威風堂々としては居るが其の内心は些か煩わしいと徐庶は見た。
高順は確かに内心苛立っていた。
はぁ…呼び出しやがってこの野郎!暇じゃねぇんだよ!
張飛は不満そうに憎まれ口を叩く
「けっ!全滅させりゃ良かったじゃねぇか!」
「三弟、口を噤め!」
「んグッ…!」
「高将軍、済まぬ」
「ふっ、三将軍は表裏一体のお人ですからな…」
高順は帰って行った。
荊州では内紛が起こり、長子劉琦、次子劉琮、三子劉脩が夫々の支持者で争い始めたが劉表は其れを無理やり抑え込んだ。
「もう良い!儂の後継は劉磐とする!」
荊州の騒乱は落ち着きを見せ、許では曹操が怒りに狂って曹仁を殺しかけたが創業以来の勇将でもある曹仁をそう簡単に斬り捨てることも出来ず仕方無く夏侯惇に合図を出し曹仁を助けた。
「だから貴様は三軍の大将に足らぬ器だと言われるのだ!無傷で帰ってきただと?」
「司空様…」
「呼ぶな!誰が貴様に喋れといった!?」
「はっ、申し訳ございませぬ…」
夏侯惇は曹操の表情を見てわかった。
「司空、ここはこの夏侯元譲にお任せを!曹子孝は浅はかなれど敵の現状を探るには此方も相応の兵力でなくば上将軍とて納得しないかと存じ上げます」
「ふん!ならば五千を送った儂の間違いだな?良かろう!」
「元譲、十万で劉備と高順を叩け!」
「はっ!」
夏侯惇は急ぎ軍を編成し副将に曹仁、李典、于禁を連れて再度南侵した。