第七回 高孝父平定遼北 曹孟徳屯兵江北
下邳太守として持ちうる知識でその地を豊かにし、一先ず部分的ではあるが曹操の虐殺以前の水準に引き戻した。そして、その業績を疎ましく思った曹丕が遼東征伐の主将に白羽の矢が立ち、許昌に呼び出された。
曹操の鋭い視線が、高順を貫く。下邳の太守としての実績は、曹操にも伝わっていた。しかし、その手腕こそが、かえって曹丕の猜疑心を招いたのだ。遼東征伐への遠征は、一種の追放であったと、高順は理解していた。
「…遼東の情勢は、如何なものか? 公孫度… その実力は、いかほどのものか?」
「公…遼東は、険阻な地勢であり、公孫度は、その地の利を生かし、強固な防衛体制を築いております。兵力は… 決して少なくはありません。 容易に制圧できる相手ではありません。しかし… その内部には、亀裂が見られます。公孫度の死後、後継者争いが激化し、内部抗争が激しくなる可能性が高いと思われます」
「なるほど… 内部抗争か… それは、我々にとって有利な状況だな。しかし、公孫度は、決して油断できる相手ではない。遼東の地に足を踏み入れるには、万全の備えが必要だ。高順殿… 貴殿のこれまでの実績から判断するに、貴殿の意見は、極めて重要である。貴殿の見解を聞きたい。遼東征伐… 成功への道筋を、教えてもらいたい」
「公…遼東征伐には、長期戦を覚悟する必要があります。 まず、兵糧の確保が不可欠です。また、地の利を生かした、徹底的な情報戦が重要となります。そして… 公孫度の内部抗争を、巧みに利用する必要があります。敵の内部に亀裂を生じさせ、我々が有利な状況を作り出すのです」
「…孝父… 貴殿の言葉は、実に的確だ。貴殿の忠誠と能力… 改めて確認させてもらった。遼東征伐… 貴殿を、先鋒に任命する。その武勇と知略で、遼東を平定し、我が曹操軍の威信を示すのだ!」
高順は、静かに頭を下げた。遼東征伐は、彼にとって、新たな試練となるだろう。しかし、彼は、曹操の期待に応えるべく、自らの能力を最大限に発揮することを誓った。彼の忠誠心は、揺るぎないものだった。
夜。 曹昂の屋敷は、静寂に包まれていた。高順は、曹昂の書斎に招き入れられると、深々と頭を下げた。曹昂は、高順の真剣な表情に、何かを感じ取った。しかし、その静寂は、間もなく、重い空気に覆われることになる。
「大公子… この度、遼東征伐の任に就くことになりました。 しかし、その前に、一つ、申し上げねばならないことがあります…」
「高将軍…どうか、遠慮なく話してくれ。貴殿の忠告は、常に貴重なものである。…しかし、その前に… 一つ条件がある」
「条件…とは?」
「弟の曹彰と安民、一緒に連れて行ってくれ。彼には、経験が必要だ。貴殿の指導の下で、多くのことを学ぶだろう。…そして、彼を、安全な場所に置いておきたい」
「四公子と安民殿を…連れて行く…それは…」
「頼む、高順殿!彼を、貴殿の軍に預けたい。これは、私からの、切なる願いだ…そして、もちろん、貴殿への、交換条件だ。遼東の戦は、危険を伴う。彼を、貴殿の傍に置いておくことで、彼の安全を、少しでも確保できるかもしれない。…高順殿、どうか、頼む」
「…承知いたしました。曹彰様を、連れて行きます。彼の安全は、私が保証します。しかし、三公子への警戒は、なおのこと怠りません。これは、私の、誓いです」
「もう一つ… 遼東へ向かう前に、荊州方面、そしてその他の土地への斥候を派遣いたします。お父上の真意を探るためです。遼東征伐が、単なる遠征ではない可能性があります。それは、曹操の、より大きな戦略の一部なのかもしれません。その全貌を、把握する必要があります」
翌日、皇帝の閲兵式が終わり、その兵、十五万を引き連れ遼東征伐へ向かっていった。
「呉資!公孫康の動向を綿密に偵察せよ!荊州の情勢を正確に把握し、報告せよ!曹性!西方の動向を監視し、何らかの異変があればすぐに報告する! そして、曹彰、曹安民!お前達は、私の傍につけ。あらゆる状況を学ぶのだ。これは、我が軍の命運を懸けた任務である! すべてを注ぎ込め!そして、全員! 遼東に向かうぞ!」
高順は、配下将兵を率いて、遼東へと向かう。その背中には、曹丕への警戒と、曹操の真意を探るという、重圧がのしかかっていた。加えて、曹昂の弟、曹彰の命も背負うことになった。遼東征伐は、単なる軍事行動ではなく、高順自身の生き残りをかけた、究極の戦いの始まりだったのだ。彼の視線は、遠く、北の果てへと向けられていた。しかし、その視線の奥底には、常に、曹丕と曹操、そして曹彰の姿が、影のように付きまとっていた。この遼東の地で、彼は、自身の運命、そして魏の未来を賭けた、壮絶な戦いを繰り広げることになるだろう。
遼東の地。荒涼とした風景の中、高順率いる軍は、着実に地盤を固めていた。前世の記憶を頼りに、彼は侯城を拠点とし、四方への侵攻を開始した。その戦略は、驚くべき効果を発揮した。まるで、彼がこの地を、掌の上で転がしているかのようだった。
「西は、既に制圧済みだ。南も、順調に進んでいる。 東… これも、間もなく掌握できるだろう。 問題は、北だけだ。 しかし、あの竇輔さえいなければ… 朝鮮半島、そして東北地方…もはや、敵はいない。この遼東は、完全に我が物となる」
「将軍の戦略は、まさに天下一品でございます!まさに神の采配と申せましょう!あの竇輔さえいなければ、遼東は完全に私たちのものです!」
厄介な存在だ。彼の存在が、この遼東制圧を、遅らせている。しかし、彼も、いつかは、私の手に落ちるだろう。その時まで、私は、着実に、この地を制圧していく。そして、すべての敵を、叩き潰す。前世の悔恨を、この地で晴らすのだ。侯城を拠点に、四方八方を制圧し、遼東全土を、手に入れる!それが、私の、そして、この軍の使命だ。
高順は、再び地図に目を落とす。その視線は、鋭く、冷たく、そして、何よりも、強い決意に満ちていた。 彼の戦略は、着実に成功を収めつつあった。 しかし、その成功の裏には、常に、曹操という大きな影が、つきまとっていた。高順は、その影を払拭し、遼東全土を掌握するという、揺るぎない決意を胸に、戦いを続けるのであった。彼の戦いは、まだ、終わらない。
五年… 時の流れは、残酷なものだ。気が付けば、五年もの歳月が流れていた。遼東の地では、着実に領土を拡大し、安定した支配を確立していた。しかし、中原の情勢は、大きく変わっていた。まさか、孫権と劉備が手を組むとは… まさに、赤壁の戦いが、始まろうとしているのだ。
孫権と劉備… あの二人が手を組むとは… 曹操、危うし… まさか、あの時と同じような展開になるのか? 前世の記憶が、蘇ってくる… あの惨劇を、繰り返してはならない…
「将軍… 中原の情勢は、非常に危険です。もし、曹操が敗れるようなことがあれば、我々にも、影響が及ぶ可能性があります」
「心配は不要だ。私は、既に備えをしている。この五年の間に、遼東は、盤石な体制を築いている。たとえ中原で何が起ころうとも、この地は、揺るがない。むしろ… この混沌とした状況こそが、我が軍にとっての、好機となる可能性もある。この機を逃すわけにはいかない。 曹操が敗れても、我々は、生き残る。そして、この遼東を基盤に、新たな未来を築くのだ」
高順は、遠く中原の方向を見つめる。彼の瞳には、複雑な感情が入り混じっていた。警戒、不安、そして、かすかな期待。赤壁の戦いは、彼の運命を、大きく変える可能性を秘めていた。彼は、その運命に、真っ向から立ち向かう覚悟を決めていた。遼東の地で築き上げたものは、彼にとって、未来への、希望の光だった。そして、その光を守り、更に輝かせるため、高順は戦い続けるのだ。
独立はしない。それは、最初から俺の意思ではなかった。遼東の地を盤石のものとした今、新たな舞台が用意された。赤壁の戦いに合わせて、私を呼び寄せたのだ。 田豫には、遼東を託す。彼の忠誠心と能力は、私を裏切らないだろう。
「諸将。遼東は、田豫に任せる。彼は、その任務を果たせる男だ。我々は、今、南下する。中原へ向かう。 赤壁の戦場へ… 新たな戦いが、待っている」
「「承知いたしました! 将軍! 我々、いつでも、将軍の後についてまいります! 赤壁の戦場で、敵を打ち砕きましょう!」」
高順は、配下の諸将と共に、南下を開始した。遼東の地を離れるのは、名残惜しい。しかし、彼の胸には、新たな戦場への期待と、勝利への確信が満ち溢れていた。 田豫の能力を信じ、彼は、全てを、中原の戦いに賭ける決意を固めていた。
許昌に着くなり、潼関の守備を任された。
なるほど。赤壁の戦いの前、曹操は西側に、智勇兼備の将軍を配置したかった… それは、俺の能力を見込んだ上での配置だったのだろうか。それとも、単なる偶然か。いずれにせよ、潼関の守備を任されたことは、私の力量への信頼の証と言えるだろう。西涼の脅威は、決して軽視できない。曹操は、その危険性を十分に理解していたに違いない。だからこそ、私を、この地に配置したのだ。彼の判断は、正しかったと、私は証明してみせる。
智勇兼備… そうだな。私は、まさにその通りの武将であろうと、常に心がけてきた。知略と武勇を兼ね備え、敵を打ち破る。それが、私の使命だ。潼関の守備を固め、西涼の侵攻を阻止する。そして、曹操の期待に応える。それが、私の、そして、私の軍の、務めだ。この潼関の地で、私の能力を、曹操に、そして、天下に、示そう。
高順は、再び遠く西の方角を見つめる。彼の視線は、鋭く、冷たく、そして、何よりも、強い決意に満ちていた。彼は、潼関の守備を、完璧なものにする。そして、曹操の期待に応え、西涼の脅威を完全に排除する。それが、彼の、そして、彼の軍の、揺るぎない目標なのだ。 彼の戦いは、潼関で、新たな局面を迎える。
その後、曹操の敗戦と言う報せが此方にまで届き、鍾繇と共に全軍を抑えた。西涼とは幾度となく小競り合いをしたが、何れも大した事が無かった。
The・テロリストの馬超が出てこなけりゃ平気か!
ところが、曹操から呼び出された。何でも、曹昂たっての願いだったらしい…、何があった?
「曹性、呉資、潼関は任せた。俺は丞相に呼び出された故、行ってくる。いいか、何が有っても戦うなよ?ここは引っ込んだ側の勝ちだからな?」
「「はっ!」」
張五を伴い単身、烏林に着くと諸将に出迎えられ、この睨み合いをどうにかしろと嫌味を言われた。
烏林… 赤壁の戦いの後方、まさにその緊張感の渦中に身を置くことになったのだな。諸将の迎え… いや、出迎えというよりは、責め立てるような視線だったろう。あの敗戦の責任を、俺に擦り付けようとする魂胆が見え見えだっての!『この睨み合いをどうにかしろ』と… 彼らの言葉は、まさに私への挑戦状。赤壁での敗戦は、確かに大きな痛手だった。しかし、それは、誰一人として責任を負うことを避けている者たちの、勝手な言い訳に過ぎない。
睨み合い…確かに、この状況は、膠着状態だ。しかし、だからといって、簡単に解決できる問題ではない。孫権、劉備… 彼らは、容易には屈しない。そして、曹操は、私を含む諸将に、その解決を期待している。 それは、容易ではない。しかし、私は、必ず、この状況を打破してみせる。私の知略と武勇をもって、この睨み合いを、終わらせる。それが、俺の今の務めだ。
彼らは、俺を責めている。しかし、奴らの言葉の裏には、俺の能力への期待も含まれている。この状況を打破し、曹操への忠誠を改めて示せって事だ。それこそが、俺の本領発揮だわな。烏林の睨み合い…赤壁の戦い…勝ってやるよ!
高順は、烏林の地で、新たな戦いを始める。それは、武力による戦いではなく、知略と交渉による戦いだ。 しかし、その難しさは、武力による戦い以上に大きい。彼は、この困難な状況を、自らの力で、乗り越えていかなければならない。高順の戦いは、まだ終わらない。新たな戦いの幕開けである。
烏林… 湿地帯、瘴気… まさに、兵站の悪夢だ。衛生状態の悪化は、兵士の士気を著しく低下させる。疾病の蔓延は、戦闘力そのものを奪う。敵の火攻めへの警戒も、もちろん不可欠だ。赤壁の惨劇は、火攻めの恐ろしさを改めて思い知らされた。油断は許されない。
衛生、兵站…それは、戦争の勝利に繋がるための重要な要素だ。 兵士たちの健康を守り、彼らの士気を高める。それが、私の任務だ。そして、敵の火攻めへの警戒も怠らない。赤壁の教訓を忘れずに、万全の備えをする。 油断は、死を招く。私は、二度と、あの惨劇を繰り返すわけにはいかない。
赤壁の失敗は、単なる運の悪さだけではなかった。準備不足、甘えた考え… それらが重なって、あの悲劇を招いた。私は、二度と、同じ過ちを繰り返さない。綿密な準備、徹底的な警戒…それが、勝利への道だ。私は、烏林の地で、そのことを、改めて証明する。
高順は、烏林において、衛生管理や兵站、火攻めへの警戒を徹底することで、その卓越した統率力を発揮した。彼の厳しい指導の下、軍の規律は厳しく保たれ、兵士たちの士気は高まった。再び、曹操への忠誠を、結果で示そうとしていた。高順の戦いは、細やかな点にも気を配ることで、勝利への確実性を高めていく。
曹操…怒りに身を任せるその姿は、まるで鬼神のごとし。しかし、その怒りは、時に、誤った判断を招く。 殺す… 一歩手前… 俺は、その刃を止めるべく、身を挺さなきゃいけなかった。
「丞相、お怒りは分かります。しかし、今は、冷静な判断が必要です。殺害は、取り返しのつかない行為です。今は、冷静さを保ち、事態をよりよく収拾する方法を模索すべきです。どうか、ご静慮を…丞相の怒りは、時に、我々を危険に晒します」
「…ほぅ…?」
「蔡瑁、張允…罪があるのであらば戦場にて贖うのが常、兵法を扱う丞相もお分かりでしょう?敵を前にして将を斬るは兵家の大忌でございますぞ!」
「知った風な口を…!」
「では、お聞きします!我が軍内でこの二人より水軍の運用に詳しい者は?古来より南船北馬と言います。我が軍の大半は中原の平地より出てきた者に御座いますが…?」
「そうであった…そうであるな!良かろう…この疑念は留めて置く、良いな!」
高順は心中で思ったのは曹操の怒りは、恐ろしい。しかし、その怒りの矛先が、間違った方向に向かっている時、私は、それを止める責任がある。たとえ、それが、主君であっても。俺は、曹操の忠臣だが、同時に、曹操の暴走を止める歯止めでもある。この戦場では、腕だけでなく頭も必要不可欠だ。
高順は曹操の怒りを静め、蔡瑁、張允の殺害を阻止した。彼の忠誠心は曹操への盲目的な従順ではなく、時に、曹操を諌める勇気と冷静な判断に基づいていた。高順の忠義は、武勇だけでなく知略と勇気から成り立っている。それは、曹操にとって大きな支えとなった。
曹操の謝罪… それは、彼自身の弱さ、そして、高順らへの信頼の表れだったろう。酒宴… 槊を横たえ、詩を詠む…戦場での緊張が、一瞬、解き放たれた。『短歌行』…その詩には、曹操の心情、そして、戦への決意が込められていたに違いない。
「主公の謝罪… それは、私たちへの信頼の証です。そして、この酒宴は、新たな出発の契機となるでしょう。『短歌行』は、力強く、そして、美しい。 戦の疲れを癒す、良き一時です」
曹操は、自分の過ちを認め、謝罪した。それは、容易なことではない。しかし、彼は、それを実行した。それは、彼の人間性、そして、指導者としての器の大きさを感じさせる。この酒宴は、単なる宴ではなく、主従間の信頼関係を再確認する場となった。私は、主君に忠実であり続ける。
對酒當歌、人生幾何。譬如朝露、去日苦多。
慨當以慷、憂思難忘。何以解憂、唯有杜康。
青青子衿、悠悠我心。但為君故、沉吟至今。
呦呦鹿鳴、食野之苹。我有嘉賓、鼓瑟吹笙。
明明如月、何時可掇?憂從中來、不可斷絕。
越陌度阡、枉用相存。契闊談讌、心念舊恩。
月明星稀、烏鵲南飛。繞樹三匝、何枝可依。
山不厭高、海不厭深。周公吐哺、天下歸心。
「皆、どうじゃ!」
皆拍手していたが、高順だけがただ単に黙っていた。
「孝父、どうじゃ?」
「はっ、詩は良きしですが、何処かしら足らぬかと…」
「…何じゃと?」
周西伯昌、懷此聖德。三分天下、而有其二。 修奉貢獻、臣節不隆。崇侯諫之、是以拘繫。
後見赦原、賜之斧鉞、得使徵伐。為仲尼所稱、達及德行。
猶奉事殷、論敘其美。齊桓之功、為霸之道。
九合諸侯、一匡天下。 一匡天下、不以兵車。
正而不諦、其德傳稱。孔子所嘆、稱夷吾、民受其恩。
賜與廟胙、命無下拜。小白不敢爾、天威在顏咫尺。
晉文亦霸、躬奉天王。受賜珪瓚、秬鬯彤弓。
盧弓矢千、虎賁三百人。威服諸侯、師之所尊。
八方聞之、名亞齊桓。河陽之會、詐欺周王、是其名紛葩。
高順は詩を諳んじて曹操をだまらせた。
へっ!前世で親友だったお前たァ長ぇつきあいだったからな!こんくらいは朝飯前よ!フハハハハハハ!
周瑜は事態を重く見て慌てていた。敵側が急遽、防備を固めたからである。