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第六十六回 高順見祖大吃驚 覇王之間決生死

高順は、鋭い眼光で倭の使者を睨みつけた。使者は落ち着き払って、頭を深く下げた。


「…何者だ?」


「倭国女王、卑弥呼の使者でございます。魏への友好を願い、書簡と貢物を携えて参りました」


使者は、流暢な漢語で続けた。


「女王は、魏の隆盛を聞き及んでおります。その文化と武勇に敬服し、友好関係を結ぶことを切望しております」


高順は、差し出された書簡と貢物に目を凝らした。


「…金、絹、そして…これは…珍しい薬草か…」


「はい。女王からのささやかな贈り物でございます」


高順は、書簡を読み終えると、ゆっくりと頷いた。


「…実に興味深い。女王の知性と勇気は、書簡からも伝わってくる…」


「女王は、魏との友好関係を、倭国の繁栄の礎と信じております」


高順は、再び使者を見た。


「…倭国…卑弥呼… 実に謎めいた国と女王だ…」


高順は、静かに呟いた。魏志倭人伝…もう一度読み直してみようか…もう無理だがな…


数ヶ月後、高順の元に帰還した使者は、興奮気味に報告した。


「卑弥呼女王は、魏からの友好の印を喜び、深い友好関係を約束されました!倭国の風習や文化は…想像をはるかに超えるものでした…」


高順は、報告書を手に、静かに微笑んだ。


「…倭国…卑弥呼… いつか、必ず、その地を訪れよう…」 


高順の瞳には、野望と好奇心が燃えていた。


「この出会いが…私の運命、そして魏と倭国の関係を…大きく変えるであろう…」


高順は古代日本人と出会え少しばかりの嬉しさを覚えた。この時代に来て以来、戦争、政争と絶え間なく戦い、心休まる時が無かったと言えるほど忙しく動いていた。


「うむ、東島国王の金印を授ける。そして、我が遼の軍旗も共に、な!これよりは東島国と名乗り、其の女王卑弥呼を東島女王に任じよう!」


歴史を大分変えたが、倭国とか言う蔑称で立伝されるよかマシだろう…!


使者が来る二ヶ月前、関羽と張飛が此方に降ったのは以外だったな…。


何故かって?そりゃ、いきなり来られたら吃驚するだろ!関羽と張飛だぜ?


これで、呂布にはもう悩まされない、な!


ちょうど、涼州から龐徳、閻行を呼び戻したしな!


布石は打った。あとはどう出るかだ…な!


東島女王卑弥呼には更に親漢和王の金印も授けた。俺がやっていいのかどうかは分からないが、古代日本を厚遇するのも、必要以上に関わってあとの時代が変わって困るから今厚遇してあとは関わらない様にするだけだ。


どうすんだよ?八色姓とかが十六色とかになってたら…困るだろ?そういう事だ。


さて、諸葛亮とか言う詐欺師が南征を始めたこの頃、俺は西討を始めよう。呂布率いる狼戎を徹底的に討伐する為だ。二年も時間かけるかって?そりゃ、大スルタンの馬胡韋さんをねぇ?手を組んで呂布を潰そうぜって持ちかけたらちょうどいいわ!って感じで計画を立てて、緻密に話し合った。


高順は倭への使者を再度派遣する事を決めた。前回とは異なり、今回は外交だけでなく、倭国の地理や資源調査も目的とした大規模なものだった。選抜された使節団は、現代で言う地理学者、植物学者、そして精鋭の兵士までも含んでいた。高順自身も、いつか倭を訪れることを夢見て、この計画に並々ならぬ情熱を注いだ。


数年後、使節団は帰還し、膨大な量の報告書と見慣れない植物の標本、そして倭の土壌を持ってきた。報告書には、倭の豊かな自然、独自の文化、そして卑弥呼の統治下にある倭国の安定した情勢が詳細に記されていた。高順は、それを読み込み、倭国への関心をさらに深めた。


しかし、その頃魏国内では、曹丕は荊州の争奪戦以来、親征する事は無かった。高順は、その渦中に巻き込まれながらも、倭との関係を維持することに腐心した。彼は、倭への交易を拡大し、遼の経済を活性化させることを計画、倭から貴重な資源を得ることで、魏の国内情勢を安定させる一助にしようと考えたのだ。


ある日、高順は、倭から届いた書簡に衝撃を受けた。卑弥呼が病に倒れ、後継者問題が勃発しているという知らせだった。倭国の安定は、魏にとっても大きな意味を持っていた。高順は、即座に新たな使節団を派遣することを決意した。それは、単なる外交使節団ではなく、遼の軍事的介入も視野に入れた、より複雑な使命を帯びたものだった。高順は、自らの手で倭の安定を保ち、遼の利益を守るため、再び、その謎めいた国へと向かうことを決意したのだ。彼の決断が、魏と倭、そして彼自身の運命をどう変えるのか。それは、まだ誰にも分からなかった。


だとしても狼戎を征伐してからだがな!先に宋憲を送り込んで、様子を見よう、野郎だって無駄に兵を鍛えたわけじゃないしな!


荊州争奪戦以降、魏軍の兵力はすこぶる落ちていた。曹操がかつて降した青州兵も臧覇と共に立ち消え、高順が漢帝に献上した二百万の禁軍も曹丕に従う事無く下野し、十八将軍は皆、漢を守れなかったとして自裁したのである。


錦衣衛の情報に依ると、呂布は勢力をガリア地方(今欧州当たり)まで兵を進めたが、敗れて今は恐らく俺がいた時代のウクライナ、グルジア辺りだろう…。アイツが帰ってくる前にどうにか、竇輔を叩いて置かないと!


高順は、倭国からの貢物と報告書を前に、冷ややかな表情を浮かべていた。呂布からの使者からの書簡は、高順の決意を固めた。友好は不可能だ。呂布の野望は、遼、そして倭国をも飲み込むだろう。全面戦争は避けられない。


野郎…!項羽のモノマネしたっておめぇにゃそんな知能がねぇじゃねえか!バカヤロー!っざけんじゃねぇよ!


高順は、呂布の脅威、そしてその背後に潜む匈奴の勢力拡大の危険性を訴え、全面戦争への備えを急ぐよう進言した。高順は、大規模な軍事行動を決意した。高順は、魏の精鋭部隊を率い、北方へ向かう準備を進めた。倭国との交易路の確保は、戦争遂行の重要な要素となる。


一方、呂布も、高順の動きを察知していた。彼は、草原の遊牧民を率い、遼への侵攻を開始した。高順率いる遼の軍勢と、呂布率いる匈奴騎馬隊の激突は、避けられないものとなった。両軍は、かつて主従関係にあった高順と呂布、二人の覇王の対決によって、その歴史的な幕を開けた。 これは、単なる領土争いではない。 それは、二人の男の、そして魏と匈奴の、宿命の対決だった。 高順は、己の信念と、遼の未来をかけて、この戦いに臨むことを誓った。


関羽と張飛が手を組み、敵の先鋒と当たり、それを崩し、左右翼に展開した。本来の左翼張遼と右翼の張郃が合流し、敵と当った。


敵の中軍に鎮座する竇輔は敵先鋒に関羽と張飛がいる事まで把握して居らず、陳宮が共に中軍の立て直しを図ったが本来の先鋒である張五、曹性、呉資、章誑、麹義らが三万で崩しに掛かった。


麹義も老齢に達して尚、前線で戦っていたが、竇輔も今日まで無駄に戦ってきた訳では無い上に呂布に鍛えられた将軍でもある。


「ふん、隠居して居れば良いものを…」


彎刀一閃、麹義は戦死した。


陳宮は竇輔が出るといよいよ、全てを指揮したが、優柔不断な性格が災いし、張五が投げた飛鉄槍が胸に刺さり、討ち取られた。


緒戦はそこで終わり両軍ともに引いた。


関羽、張飛が率いた六万の軍も半壊状態ではあったが、高順が兵を足した。


「雲長兄、益徳兄…、苦労をかけた」


「へっ!あーに言ってやがんでぇ!手柄も立てねぇと…」


「うむ、益徳の言う通り…」


「うむ、これからも草原の戦に慣れよ。漢の戦にお主らを連れていく訳には行かぬからな!」


関羽と張飛は何も言わずに引き下がった。


風は、凍えるような冷たさで、吹き荒れる。一面に広がる草原は、血染めの雪原と化していた。魏の兵士たちは、重装備の身を凍える寒さから必死に守りながら、匈奴騎馬隊の猛攻に耐えていた。高順は、堅固な陣形を維持し、敵の動きを冷静に見据えていた。


「弓兵、放て!」


高順の号令が、風を裂いて戦場を駆け巡る。無数の矢が、空を埋め尽くし、匈奴騎馬隊に襲いかかる。しかし、匈奴騎馬隊は、その矢をものともせず、魏の陣地へと突進を続ける。


「盾兵、構えろ!」


高順の冷徹な声が、再び響き渡る。盾兵たちは、巨大な盾を高く掲げ、矢の雨と騎馬隊の突撃を防御する。しかし、匈奴騎馬隊の勢いは凄まじく、盾の壁を突き破らんばかりの勢いだった。


その時、戦場の一角で、一人の男が、圧倒的な存在感で戦い抜いているのが見えた。呂布だ。彼は、赤兎馬に乗り、巨大な方天画戟を振るい、魏の兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。その姿は、まさに鬼神のごとく。


高順は、歯を食いしばりながら叫んだ。


「呂布!貴様は、もはや我が主君ではない!」


呂布は、高順の方を向き、嘲笑するように笑った。


「高順…お前も随分と強くなったな。だが、それでも、俺には敵わぬ!」


呂布は、赤兎馬を駆り、高順へと突進してきた。高順は、自らの槍を構え、呂布に立ち向かう。二人の武将の激突は、戦場の全てを飲み込むほどの迫力があった。


「この戦で、全てを決着をつけようぞ!」高順の叫び声は、風によってかき消されていく。


「お前の望み通りだ!」


呂布の笑い声だけが、戦場に残響していた。二人の武将の戦いは、激しい斬り合い、突き合いが続き、火花が散る。互いに一歩も引かない、まさに死闘と呼べる戦いだった。彼らの戦いは、それぞれの信念、そして運命をかけた、最後の決戦だった。 草原の風は、二人の戦いを静かに見守っているかのようだった。そして、その戦いは、やがて、夜へと移り変わっていく。


夜空には満月が輝き、戦場は雪と血でさらに不気味さを増していた。高順と呂布の戦いは、未だ決着がついていない。二人の武将は、疲労困憊しながらも、互いに譲らず、激しく戦い続けていた。 方天画戟と、高順の槍がぶつかり合うたびに、鋭い金属音が夜空に響き渡る。


呂布は、もはや若かりし日の勢いはない。しかし、それでもなお、彼の戦いは凄まじかった。長年の戦場で培われた、圧倒的な戦闘感覚と、赤兎馬との一体感が、呂布を支えていた。一方の高順は、冷静沈着さを保ち、隙をついて呂布を攻撃する。高順の戦いは、呂布の荒々しさとは対照的に、巧妙で計算されていた。


「もう終わりにしようぞ、呂布!」


高順は、渾身の力で呂布に襲いかかった。しかし、呂布もまた、高順の攻撃をかわし、反撃に出る。二人の戦いは、まさに息詰まる攻防戦となっていた。


その時、突如として、呂布の動きが鈍くなった。疲労と、戦いの傷が、彼を蝕んでいたのだ。高順は、その隙を逃さなかった。彼は、渾身の力を込めて槍を突き出した。


その槍は、呂布の胸を貫いた。呂布は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと馬から崩れ落ちた。彼の目は、まだ怒りに燃えていたが、次第に、光を失っていった。


「呂布…」


高順は、静かに呂布の名前を呟いた。かつての主君、そして今は敵であった男。複雑な感情が、高順の胸を締め付ける。


戦いは、高順の勝利に終わった。しかし、それは、高順にとって、決して喜ばしい勝利ではなかった。彼は、多くの兵を失い、そして、かつての主君を殺めたのだ。草原の夜空の下、高順は、静かに、そして深く、ため息をついた。 勝利の喜びよりも、深い喪失感と疲労感だけが、彼を襲っていた。 長く続いた戦いは、ようやく終結したのだ。 しかし、その先にあるものは、まだ何も見えない。


高順は、呂布の遺体を見つめながら、長く沈黙していた。 月の光が、血に染まった雪原を照らし、死の静寂が、戦場を覆っていた。 勝利の喜びなど、微塵も感じなかった。 むしろ、深い悲しみと、虚無感が、彼の心を満たしていた。 かつての主君、そして戦友であった男を失った喪失感。 そして、この戦いで得たものの小ささ。 高順は、自分の手にした勝利の重みに耐えかねていた。


数日後、高順は、遼へと帰還した。 凱旋の祝宴は、簡素なものだった。しかし、彼の心は、依然として草原に残されていた。呂布の死、そして、この戦いで失われた多くの命。 それらは、高順の心に深い傷跡を残していた。


彼は、夜な夜な、呂布との戦いを思い返した。呂布の勇猛さ、そして、その裏に隠された孤独。高順は、呂布が、本当に望んでいたものは何だったのか、理解し始めた。 それは、単なる権力や富ではなかった。 呂布は、認められたいと願っていた。 理解されたいと願っていた。 そして、誰かと共に、生き、戦いたかったのだ。


高順は、呂布の墓を、草原に建てた。 そして、静かに、祈りを捧げた。


「安らかに眠ってください、主君…」


高順は、この戦いを経て、多くのことを学んだ。 力だけでは、全てを解決できないことを。 そして、人の心の深さを。 彼は、新たな時代を切り開くために、己の信念を胸に、一歩ずつ進んでいくことを決意した。 しかし、彼の心には、いつも、呂布の影が付きまとうことだろう。 それは、彼にとって、永遠の記憶であり、そして、戒めとなるだろう。 草原の風は、今も、二人の男の物語を、静かに語り続けている。


高順の執務室に、三人の妻が揃って訪れた。 蔡琰は、いつものように落ち着いて、夫君である高順に近況を報告した。彼女の言葉は、知性と品格に溢れ、夫君への深い敬意と愛情が感じられた。


「夫君、ご無事でお戻りになられて、ほっと致しました。 戦の報告書を拝読いたしましたが、夫君の戦略眼と指揮力は、まさに他に類を見ないものと存じます。 とはいえ、犠牲も大きかったと伺い、心中お察し申し上げます。」



董媛は、いつものように大胆に、高順の胸に飛び込んだ。彼女の言葉は、飾り気がなく、ストレートで、夫君への愛情がストレートに表現されていた。 戦場で培われた豪快さが、彼女の言葉遣いにも現れていた。


「夫君! 生きててよかった! 報告書なんてどうでもいい! あんたが無事ならそれでいいんだ!」


呂芳は、小さく震える声で、夫君に語りかけた。彼女の言葉は、控えめで、慎ましく、夫君への深い愛情が、言葉の端々に滲み出ていた。 彼女は、高順の功績を直接称えるようなことはせず、ただ彼の無事を喜び、安堵の思いを伝えた。


「夫君… お帰りなさいませ… 本当に… お元気で… よかった…」


三人の妻は、それぞれ異なる性格と表現方法を持っていたが、夫君である高順への愛情は共通していた。 その愛情は、高順にとって、最大の慰めであり、安らぎであった。 高順は、三人の妻に囲まれ、初めて、戦の疲れを癒すことができた。 静寂だった屋敷に、温かい空気が満ちていった。


数日後、高順は蔡琰の計らいで、董媛と呂芳を、それぞれ個別に呼び出した。 蔡琰は、二人の間にある複雑な感情を察し、彼女達を不必要な衝突から守ろうとしていた。


「夫君…?宜しいでしょうか?」


「ん?何だ?」


「その…飛将軍を討ち取られたでしょう?」


「あぁ、二人に気を遣えと?」


「あら?普段は鈍感な夫君にしては珍しい!」


やかましい!夫婦何年目だと思ってんだ!


「ふふ、そうだな。では、行ってくる」


「はい」


まず、高順は董媛を呼び、静かに語りかけた。


「媛よ… 呂布の件… お前は、辛い思いをしているだろう。 だが、それは、呂布個人の行いであり、お前を責めるものではない。長年耐えてきたお前だ、俺は信じているぞ?」


高順は、董媛の父親である董卓の死と、呂布の死、そして、複雑な立場にある董媛の心情を理解しようと努めていた。 彼は、董媛の肩にそっと手を置き、彼女の痛みを分かち合おうとした。


次に、呂芳を呼び出した高順は、優しく彼女の手に触れた。高順は、呂芳の悲しみを理解し、彼女の心の傷を癒すために、できる限りのことをしようと努めていた。 彼は、彼女の言葉にならない思いを察し、静かに寄り添った。


「芳… 弟のことで、お前は大変な苦しみを味わったな。 だが、呂布の死は、決して、お前の責任ではない。 今は、ただ、悲しみを癒すことに専念しなさい。」


高順は、それぞれに異なる境遇にある二人の女性を、丁寧に、そして優しく慰めた。 彼は、二人の複雑な感情と、それぞれの立場を理解した上で、言葉を選び、行動した。 それは、単なる夫としての優しさだけでなく、彼女達を深く思いやる、高尚な心からの行為だった。 蔡琰の配慮と、高順の優しさによって、王宮には、徐々に穏やかな空気が戻り始めていた。


洛陽の陰影の中で、竇輔は高順暗殺計画を着々と進めていた。しかし、高順は隙がなく、彼の企みは容易には成功しなかった。 一方、魏の都では、曹丕が制定した九品中正法が、当初は秩序をもたらしたものの、やがて腐敗の温床となっていく様が見て取れた。 寒門出身の者は出世の道を閉ざされ、有力な一族は下級官職を軽蔑した。 その結果、賄賂が横行し、世襲の貴族階級が形成された。 司馬懿はその歪みを巧みに利用し、自らの勢力を拡大、名士層を掌握し、西晋の時代には豪族たちが貴族化し、王朝は豪族たちの私利私欲によって蝕まれていく… 竇輔の計画は、この腐敗しきった魏の政局と、複雑に絡み合っていた。 彼の復讐劇は、やがて滅び行く王朝の一片に過ぎない、悲劇的な歴史の一場面となるのだろうか。


史実では、九品官人法は隋の科挙が登場するまで寒門子弟が高官に就く事は無かった。更に、多くの建国の功臣を処刑、迫害、罷免し、宗室の諸王の権力を削いだ結果として魏の寿命を縮めたという指摘もある。


司馬懿は、九品中正法という制度の欠陥を巧みに利用し、自らの勢力を着実に拡大させていった。 彼は、曹丕の目を欺きながら、着実に自身の息のかかった人物を要職に配置していった。 曹丕も、司馬懿の野望を察知していたかもしれない。 しかし、彼は、その危険な男を野放しにしていた。 それは、何らかの思惑があったのか、それとも、単なる怠慢だったのか。 曹丕と司馬懿、二人の陰険狡猾な男。 その知略と策略は、互いに深く理解し合っていたのかもしれない。 しかし、曹丕には、司馬懿を凌駕する、禍々しく恐ろしいほどの圧があった。やがて魏の王朝を蝕み、滅ぼすことになるのだろうか。


荀彧は曹丕が皇帝になった途端に官を辞し、自宅で悠々と過ごしていた。書簡でのやり取りは婿である遼の陳羣とよく取り合っていた。


荀彧から陳群への書簡は、簡潔にして重みのある言葉で綴られていた。


「司馬懿の動向、注視せよ。彼の微笑の裏に潜む闇を、見逃すな」


一方、陳群からの返書は、詳細な情報と、鋭い分析で構成されていた。


「九品中正法の歪みは、彼の勢力拡大に利用されている。早急な対策が必要かと存じます」


二人は、言葉を選んで、しかし互いの懸念を共有し、魏の未来を案じていた。 簡素な書簡は、二人の深い信頼と、危機感を如実に示していた。それは、単なる手紙ではなく、魏の存亡を懸けた、静かなる戦いの始まりだった。


古びた地図を広げ、高順は指で徐州をなぞる。


「いよいよ、その時が来たか…」


呟いた声は、風の音にも紛れるほど静かだった。しかし、その瞳には、燃えるような決意が宿っていた。長年の屈辱、そして故友への弔いの念。それらが、彼をこの決断へと突き動かしたのだ。


「曹魏の腐敗は、もはや限界を超えている。この乱世に、終止符を打つ時だ。」


彼は、拳を握り締めた。その拳には、幾多の戦いで傷ついた痕が刻まれていた。


一方、洛陽の華やかな宮殿では、曹彰は兄である皇帝からの召集を待っていた。


「遼東からの報告…か」


彼は、差し出された書状を無表情に受け取った。その書状には、遼東での反乱の兆候が記されていた。


「父上も、まさかこんな事態になるとは思わなかっただろうな…」


彼は、遠い目をした。父曹操の死後、魏の政治は日増しに腐敗し、司馬懿の影が、ますます濃くなっていた。 徐州への駐屯は、彼にとって一種の流刑だった。 しかし、それは、同時に、彼自身の力を蓄えるための時間でもあった。


「これは…好都合な話だ」


曹彰は、薄く笑みを浮かべた。遼東への対応を名目に、中枢へと戻れる。そして、そこで、彼は自らの野望を実現するための布石を打つことができる。高順の反乱… それは、彼にとって、大きな好機となる可能性を秘めていた。 高順の反乱は、彼にとって、新たな局面を切り開く鍵となるのだろうか?それとも…。


洛陽の宮殿、紫禁城の奥深くにある曹丕の書斎。窓辺には、遼東からの最新の情報が積み上がっていた。曹丕は、その報告書の一つ一つを、まるで敵の動きを予測するかのように、じっくりと読み進めていた。 薄暗い書斎に、彼の影が長く伸びる。


「遼…か」


彼は、深くため息をついた。


「まさか、ここまで事態が深刻化しているとは…、総力戦…避けられないか」


机の上に広げられた地図には、遼東半島が、まるで不穏な獣の牙のように突き出していた。 その牙が、魏の心臓部を喰らおうとしているかのようだ。


彼は、静かに呟いた。その言葉には、決意と、一抹の諦念が混ざり合っていた。遼東の反乱は、単なる地方反乱ではなかった。それは、魏の存亡を賭けた、壮大な戦いの幕開けだった。もし敗北すれば、魏は瓦解し、天下は再び混沌に陥るだろう。


「任城王…曹彰を大将軍に任命する」


彼は、毅然とした声で言った。 その言葉は、まるで運命を宣告するかのような力強さを持っていた。


「彼の武勇と将才こそが、この危機を乗り越える鍵となる。」


しかし、その裏には、曹丕自身の思惑も隠されていた。 曹彰の才能と野心を試す、という側面もあったのだ。 もし、彼が勝利すれば、将来の魏を担う有力な存在となる。だが、敗北すれば、それは、曹丕にとって、都合の良い結果となるかもしれない。


「陳王…曹植には、尚書令を後方の整備と民心の掌握を徹底せよ。」


曹植の文才と政治手腕は、前線での戦闘と同じくらい、重要な役割を果たすはずだった。しかし、曹丕は、曹植の繊細な気質も認識していた。彼をこの重要な役割に就けることで、彼自身の能力を試す、という思惑もあった。



「曹仁、曹休、曹真…お前たちには、それぞれの州の防衛を固めよ。」


彼は、重臣たちを呼び寄せ、厳しく命じた。彼らの忠誠心と経験は、魏の命綱だった。しかし、曹丕は、彼らの中に潜む野望と不満も、鋭く見抜いていた。 この戦いは、彼らを試す場にもなるだろう。


「司馬懿…涼州の防衛は、全てお前に任せる。」


最後に司馬懿の名前を挙げた。その声には、警戒と、一抹の不安が混ざっていた。司馬懿の才能は認めるが、その野心を完全に信用できるかどうか、曹丕自身も確信を持てなかった。 彼を前線に送れば、かえって危険だと判断したのだ。


「この戦いは、魏の存亡をかけた戦いだ。皆、全力を尽くせ!」


彼は、力強く宣言した。その言葉は、宮殿の隅々まで響き渡り、緊張感に満ちた空気を一層張り詰ませた。 遼東、蜀漢、孫呉… 四方を敵に囲まれた魏の運命は、まさに風前の灯火だった。曹丕は、この危機を乗り越えるために、あらゆる策を講じた。しかし、その戦略の裏には、常に危険が潜んでいた。そして、その危険は、内部にも存在していた。 この戦いの勝敗は、魏の未来だけでなく、曹丕自身、そして司馬懿の運命をも左右するだろう。 これは、単なる戦争ではなく、権力闘争、そして生き残りをかけた壮絶な物語の始まりだった。


高句麗の荒野から、魏の賑やかな街並みへ。それは、まるで別世界のようだった。高順は、身を潜め、情報収集を繰り返していた。 彼の目的は、ただ一人、竇輔。 長きにわたる戦いの果てに、ついに、その男の足跡を魏の地に辿り着いたのだ。


竇輔… その名は、高順の心に深い傷痕を残していた。 漢の時代から、高句麗、そして今や魏へと、二人は幾度となく激突してきた。その戦いは、国境を越え、時代を超え、二人の宿命として続いていた。 まるで、終わりのない悪夢のように。


暗闇に紛れ、高順は竇輔の隠れ家へと忍び寄る。そこは、一見普通の茶屋。しかし、高順は知っていた。この茶屋が錦衣衛の中継所の一つであることを。 竇輔は、まさかそんな場所に身を潜めているとは。 皮肉な運命の悪戯だ。


そして、ついに二人は対峙した。 茶屋の薄暗い奥座敷で。 空気は張り詰めていた。 長年の因縁が、二人の間に沈黙の重圧となって降りかかる。 一瞬の静寂の後、高順はゆっくりと口を開いた。


「竇輔、探したぜ?終わりだ」


彼の声は、冷たく、しかし力強い。長年の戦いで鍛え上げられた、鋼鉄のような意志が、その声に宿っていた。


竇輔は、静かに笑みを浮かべた。 彼の言葉には、驚きと、わずかな皮肉が混じっていた。彼は、まるで古井戸のような、底知れぬ深みを持った眼差しで高順を見据えた。


「高順… まさか、こんな場所で会うとはな。だが、私は、まだ諦めてはいない」


「あっそ、どうでもいい。お前が死ぬのは決まっているからな」


二人の間には、言葉を超えた、深い憎しみと、敬意が交錯していた。 それは、長きにわたる戦いの果てに生まれた、奇妙な共存関係だった。


「ふん!罠にかかったのは貴様よ!皆、今だ!」


当たりは静かになり、誰も何も聞こえなかった。竇輔は動揺し、剣を抜いた。周りはそれに反応し、即座に弩と剣が向けられた。


高順はそれを見て落ち着きながら茶をすすりながら竇輔に座るように進めた


「まぁ、慌てなさんな、座って茶でも飲めや…」


竇輔は高順が茶を飲むのを見て座った。


「貴様ァ…!罠に嵌めたな?」


「いや、そんな事はない。『此処は俺が統治してた頃から配下たちを配備していた』だけだ」


「なっ…!?」


「もっと簡単に説明してやろうか?馬鹿が罠を仕掛けたつもりが既に敵の罠に掛かっていた事に気づかない。それだけの事だよ」


「な…んだと!?」


「ふん、備えあれば憂いなしと言うだろ?馬鹿じゃないんだから…」


「どういう事だ!?」


「ん〜?中原の諸軍閥、今の魏呉蜀には常に俺の間諜が入り込んでいるのさ…」


「なっ…!」


「お前、ちょっとばかし歴史を齧ってるようだが…、中国史を知らないな?なら、説明してやるよ。明太祖期、洪武十五年、朱元璋は臣下を信用出来ずに錦衣衛を配備し、皇帝の警護や情報収集、政治監視を行い、朱元璋が反抗勢力を抑えるために設立し、皇帝の直接の指揮下にあった。錦衣衛は権限が拡大し、監視や逮捕権を持つことで恐怖政治を生じさせ、政敵を取り締まる力を持つに至る。錦衣衛は明代の政治構造に深く影響を与えた重要な機関だと言う事だ」


「で、では…!」


「ふふふ、法古循今とはよく言ったものだ…はっはっはっはっ!」


竇輔は、高順の言葉に言葉を失った。 錦衣衛…その言葉が、高順の恐るべき策略の全貌を明らかにした。 長年の戦いで培われた情報網、そして綿密な計画。 自分が罠を仕掛けたつもりでいたことが、実は高順の巧妙な罠だったのだ。


「…貴様は…最初から…」


竇輔の呟きは、悔恨と絶望に満ちていた。 高順は、静かに茶を啜りながら、竇輔を見下ろした。


「ああ。 全ては計算済みだ。 お前のような愚かな男が、簡単に嵌まるだろうと見抜いていた」


高順は立ち上がり、ゆっくりと竇輔に近づいた。 その眼差しには、もはや嘲笑の影さえなかった。 冷徹で、残酷なまでの計算だけがそこに存在した。


「これで、お前も私の駒となる」


高順の手が、竇輔の肩に置かれた。 その瞬間、竇輔は抵抗することもなく、高順の計画に完全に屈服したのだった。 静寂が、二人の間に重く降りかかった。 戦いは、すでに終わっていた。


「竇輔、俺の前から消えろ。無様に、惨めに、な…」


竇輔はその場から走るように消えた。馬を引き、鞍に乗り、野に駆け出した。


錦衣衛の配下が高順に話しかけた。


「陛下…」


高順は手を挙げて配下に竇輔を追わせなかった。


「ふっ、死ぬさ、追わずとも良い。助かる事等無い」


「は?」


「附子に数種、数百匹の毒蛇の毒を織り交ぜた毒を茶に混ぜたのだ。助かる事など無いのだ」


配下は息を呑んだ。高順の冷酷さに、改めて恐怖を感じた。 想像を絶する残忍さ。 竇輔は、逃げることすら許されずに、ゆっくりと、確実に死んでいくのだ。


「陛下…、それはあまりにも…」


「情けは人の為ならず。彼は、私の敵だった。 そして、もはや、私の役に立たない。無駄な資源は、切り捨てるのが最善だ。」


高順は、静かに茶碗を置いた。その瞳には、一切の感情が読み取れなかった。冷徹な計算だけが、そこに輝いていた。彼は、まるで人間ではない、冷酷非情な機械のように、淡々と自分の行いを正当化していた。


配下は、何も言えなかった。ただ、高順の背中に、深い闇を感じた。この男は、もはや、誰にも止められない。そして、この世界は、彼の冷酷な策略によって、さらに深く、暗い影に覆われていくのだろう。風が吹き、遠くで、何かが、かすかに呻く音が聞こえた気がした。


夕焼け空の下、竇輔は息も絶え絶えだった。腹部の激痛は、もはや耐えられるレベルを超えていた。彼の体は、内側から燃えるように熱く、同時に、冷たく凍り付くような感覚に襲われていた。 毒は、彼の血を、骨を、魂までも侵食していた。


彼は、自分が歩んできた人生を、走馬灯のように振り返った。幼い頃の記憶、戦場で共に戦った仲間たち、そして、高順との長く、複雑な因縁。 全てが、鮮やかに、そして残酷に蘇ってきた。彼は、高順を、多くの場合、敵として見てきた。だが、同時に、その圧倒的な知略と、冷酷なまでに徹底した戦略に、一種の畏敬の念を抱いていたことも事実だった。


今、死の淵に臨んで初めて、彼は悟った。高順の恐ろしさは、武力や権力だけにあったのではない。 彼の恐ろしさは、その先を見通す洞察力、そして、その洞察力を冷徹に実行に移す、揺るぎない意志にあったのだ。彼は、まるで、神が作った、完璧な機械のようだった。 自分が、その機械に、歯車が噛み合わずに壊れていく様子を、生きたまま見させられていた。


彼は、唇を震わせながら、最後の言葉を絞り出した。


「…悔…しい…」


それは、高順への悔恨でもあり、自分自身の無力さへの悔恨でもあった。 そして、その言葉と共に、彼は、静かに息を引き取った。 彼の瞳には、未練も、怨みも残っていなかった。 ただ、空虚な、深い闇だけが、そこに広がっていた。 野原には、夕焼けが沈み、静寂だけが、彼の死を悼むように、長く、長く続いた。


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