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第六十五回 魏呉蜀漢分三朝 諸葛亮借刀殺人

南郡の戦場。 焦土と化した大地に、魏呉蜀三国の旗が翻る。


曹丕は、陣幕の中で冷ややかに呟いた。彼の鋭い視線は、遠くに見える呉の軍勢に向けられていた。


「南郡は、我曹魏の物だ。どんな犠牲を払っても、必ず手に入れる。」


その頃、孫堅は船上から、激しく波立つ長江を見据えていた。 彼の声は、強風にも負けず、兵士たちに勇気を与えた。


「南郡は、呉の生命線だ。 たとえ曹魏がどんなに強大であろうとも、我々は決して屈しない!」


一方、蜀の陣では、諸葛亮が穏やかな表情で劉備に語りかけた。劉備は静かに頷いた。 彼の目は、遠くの戦場、そしてその先の天下を見据えていた。


「陛下、焦らずに。 南郡は、我々の戦略の要所です。 焦って攻め立てば、曹魏と孫呉の両方に付け込まれます。 時を待つのです。」


しかし、その戦場を遠くから、高順が冷ややかに見つめていた。 彼の影から、錦衣衛の一人が囁く。


「陛下、南郡の争いは、我々の思惑通りに進んでいます。 いずれ、三國とも消耗し、我々の出番が来るでしょう」


高順は、静かに笑みを浮かべた。


「だが、先に呂布を片付けるぞ。その時こそこの乱世に終止符を打つ時だ。孤の勅命を出せ…何時でも戦える様に、とな」


「はっ!」


彼の言葉には、冷酷なまでの自信が宿っていた。三国の皇帝たちは、南郡を巡る争いに夢中になっている。 その隙に、高順は着実に、自らの野望を遂げようとしていたのだ。


夕暮れの成都。かつては歓声と活気に満ちていた街も、今は重苦しい沈黙に包まれていた。 関羽と張飛は、ひっそりと酒場に入り、濁った酒を酌み交わした。それは、蜀漢の未来を暗闇に塗りつぶす出来事だった。 そして、その死の背後にある、劉備による偽情報の流布。 その事実は、関羽と張飛の心に深い傷痕を残した。


「兄貴… あの時、大兄貴の言葉を疑うべきだったのか…」


張飛は、荒々しい手で酒杯を握り締めた。 彼の顔には、後悔と怒りが入り交じっていた。 かつて、劉備、関羽、張飛の三人は、桃園の誓いを交わし、兄弟の契りを結んだ。 しかし、時の流れは、その絆を少しずつ蝕んでいた。


関羽は、酒をゆっくりと口に含み、静かに答えた。彼の言葉は、力強く、そして静かに、張飛の心に響いた。 かつての主君への忠誠心は、裏切られた事実と、冷遇という現実の前に、脆くも崩れ落ちた。


「後悔しても仕方がない。しかし、あの偽の報せは許せぬ。兄者は… もはや我々の主君ではない。」


二人は、長い沈黙を挟んだ後、それぞれの思いを吐露し始めた。 劉備への失望、そして蜀漢への不信感。 それは、積もり積もった不満の爆発だった。彼らは、もはや蜀漢に未来を見出せなかった。 劉備の策略、孔明の巧妙な計略、それら全てに疲弊し、絶望していた。 彼らは、この陰鬱した朝廷を離れ、新たな道を歩むことを決意した。


しかし、その決意は容易なものではなかった。 長年連れ添った仲間、そして故郷を捨てることの意味は、彼らにとって計り知れないほどの重圧だった。 それでも、彼らは決意を固めた。 桃園の誓いは、もはや過去のものとなった。 関羽は、その鋭い眼光で、新たな未来を探し求めていた。 張飛は、彼の荒々しい性格を隠しきれないまま、それでも冷静に、次の行動を計画していた。


勿論、諸葛亮はこの事を把握していたが、劉備に伏せる様に伝えた。諸葛亮は自身の憧れである楽毅、管仲がそれぞれ軍、政の片方に通じているの知っているが、自分はその両方を一つに合わせた存在になりたかった。其れに、劉備が天下を統一出来たとしても功臣である関羽と張飛は邪魔でしかない。張飛は御し易いが、関羽は剛毅にして誇り高く、自分より立場が上であれば強気に出るが、逆となれば慈愛を示した。張飛はその逆で士大夫を敬い、下であれば暴虐に振る舞った。


これらを鑑みた結果、二人には時を計らって死んでもらおうとしていた。


彼らの去就は、蜀漢にとっても、そして三国全体にとっても、大きな衝撃を与えることになるだろう。 関羽と張飛の離反は、三国鼎立の均衡を崩し、新たな勢力図を描く序章となるだろう。彼らは、それぞれの強みを活かし、新たな勢力を築き上げ、高順、曹丕、孫堅らと渡り合うことになる。彼らの去りによって、蜀漢は大きな打撃を受けるだろうが、同時に新たな動きも生まれてくる。 それは、混沌とした乱世の中で、新たな秩序が生まれる前触れだった。


風雪吹き荒れる遼東の道。関羽と張飛は、蜀漢の追っ手を振り切った後も、気を抜くことなく、馬を進めていた。彼らの背後には、未だに蜀の兵の気配を感じた。


「兄貴… もう、追っ手はいないよな?」


張飛は、肩で息をしながら、関羽に問いかけた。彼の顔には、疲労の色が濃く見えた。長旅の疲れと、心労が彼を蝕んでいた。


関羽は、静かに答えた。彼の目は、鋭く周囲を見回し、警戒を怠らなかった。彼の手に握られた青龍偃月刀は、寒空の下で冷たく光っていた。


「油断は禁物だ。あの遼王の信頼を得るまでは、気を緩めるわけにはいかぬ。あの者も何を考えておるのか解らぬからな…」


「そうだな…、チッ!野郎…独立して王になったかと思えば『てめぇの主よか義理堅いじゃねぇか!』なぁ!兄じゃ…!」


その時、背後から怒号が上がった。 蜀の兵が、彼らの前に立ちはだかった。 数は少ないが、精鋭の兵士たちが、二人の英雄を囲むように展開した。


「関羽!張飛! 逃げ切ると思うな!」


「来たか…」


関羽は、静かに呟いた。 彼は、青龍偃月刀を抜き放った。 刀身は、雪の結晶を散らしながら、冷たく光った。


「三弟、お前は左翼を任せよう!」


「おう!」


張飛は、丈八蛇矛を振り上げ、雄叫びをあげた。 彼は、蜀の兵に突進し、その荒々しい攻撃で、敵を次々となぎ倒していった。 彼の丈八蛇矛は、まるで嵐のように、敵陣を駆け巡った。


「ほらほらほらァ!掛かってこんかい!」


関羽は、青龍偃月刀を自在に操り、敵を斬り伏せていった。 彼の動きは、まるで舞い踊る龍のごとく、美しく、そして恐ろしい。 敵の攻撃を軽々と受け流し、一撃で敵を仕留めていく。 彼の武勇は、まさに鬼神のごとく、敵を圧倒した。


激しい戦闘の末、蜀の兵は全滅した。 関羽と張飛は、疲労困憊ながらも、勝利を掴んだ。 彼らは、再び馬を進めた。 遼東への道は、まだ続いていた。 しかし、彼らの心には、高順への信頼、そして新たな未来への希望が燃え上がっていた。 彼らの旅路は、まだ終わらない。


劉備は、その知らせを聞いた時、言葉を失った。 関羽と張飛の離反。 それは、まさに青天の霹靂だった。 これまで、彼を支え、幾多の戦いを共に戦い抜いてきた二人の義兄弟が、自分から離れていく。 その現実を受け入れることが、劉備には出来なかった。


知らなかったのは自分のみであった。息子の劉禅に聞くと、彼は押し黙った。



劉備:「阿斗よ…二伯と三叔が…離反したという…本当か?」


「…」


「…なぜ、何も知らなかったのだ? お前は、朕の側近から、何も聞いていなかったのか?」


「…父上…それは…」


劉備:「それは…何だ? 言いなさい!」


「…父上は…お気づきにならなかったのですか…? 彼らの不満は…水面下で…ずっと…」


劉備:「…不満? 一体、どんな不満だ?」


「…それは…父上には…理解できない…ことかもしれません…」


…理解できない? ならば、説明してみよ。 朕に、何が分からぬというのだ?



「…父上は…いつも…人々の心を…掴むことに…必死で… しかし…本当に…大切なこと…を見落としていた…のではないでしょうか…」


「…大切なこと…か…」


劉禅は、小さく震える声で続けた。


「父上は、関羽と張飛の功績を讃え、彼らの忠誠を信じ、常に感謝を口にしていました。しかし…何時しか、父上は伯父上らを疎ましく思っている、それは皆が感じ取れる程でした。彼らは、父上の言葉の裏に潜む、冷たさを感じていたのです」


劉備は、息を呑んだ。確かに、彼は常に天下統一を目指し、そのために奔走してきた。関羽と張飛への恩義は感じていたが、それを言葉以上に示すことを怠ってきたのかもしれない。劉禅は、さらに言葉を重ねた。


「彼らは、父上の志のために、幾多の戦場を生き抜いてきました。その功績は、動かぬものです。彼らの忠誠心は、父上の志の上に成り立っているのです。しかし、孔明先生や法孝直らはこれを忌々しく思い、排除しようとした…、父上は離間の計に嵌ったのです」


劉備は、静かに劉禅の言葉を聞いていた。彼の言葉は、鋭く、そして的確だった。劉備は、これまで、自分の周囲に忠実な臣下がいることを当然のことと考えていた。しかし、劉禅の言葉によって、初めて自分の過ちに気づかされた。劉備は、ゆっくりと口を開いた。


「…お前の言う通りかもしれない…」


劉備は、静かに頷いた。彼の目は、深い悲しみに満ちていたが、同時に、新たな決意が宿っていた。天下統一という野望も、もちろん大切だが、それ以上に大切なものがあることを、彼は息子によって気付かされた。


かつて桃園で交わした誓い。 共に漢室の復興を目指した夢。 それらは、今や遠い過去のものとなった。 劉備は、その事実を噛み締めるように、酒杯に口をつけた。 しかし、酒の味も、いつものように甘くは感じられなかった。 彼の心は、深い悲しみに沈んでいた。


孔明は、静かに劉備の傍らに立った。 彼は、既にこの事態を予測していたのかもしれない。 しかし、彼の顔には、何の表情もなかった。 ただ、静かに劉備を見つめているだけだった。 劉備は、孔明の静けさに、かえって不安を募らせた。


「孔明… どうすれば… どうすれば彼らを連れ戻せるのだ?」


劉備は、震える声で尋ねた。 彼の言葉には、後悔と、深い絶望が混じっていた。


孔明は、ゆっくりと口を開いた。その言葉は、冷たく、そして現実的だった。


「陛下… もはや、彼らを連れ戻すことは、難しいでしょう。 関羽と張飛は、既に新たな道を歩み始めたのです」


劉備は、孔明の言葉に、打ちのめされたように、座り込んだ。 彼の心には、深い喪失感と、未来への不安が渦巻いていた。 関羽と張飛の離反は、蜀漢にとって、計り知れない損失だった。 それは、単なる二人の武将の離脱ではなく、劉備自身の力の衰え、そして蜀漢の未来への暗い影を落とした出来事だった。 劉備は、これからどうすれば良いのか、分からなくなっていた。 彼の前に広がるのは、暗闇だけだった。


荊州の戦火は、三国の野望を焼き尽くすかのように燃え盛っていた。


蜀の黄忠もまた、激戦の末、地に伏した。


「カァッカッカッ!ぐふッ!あ…あとは…頼むぞ…」


劉備は、黄忠の死を聞いて、静かに涙を流した。 黄忠は、彼にとって、なくてはならない存在だった。 老将の忠誠心、そして、その卓越した武勇。 劉備は、黄忠を失ったことで、大きな支えを失ったと感じた。 しかし、劉備は、悲しみにくれる暇はなかった。 彼は、すぐに冷静さを保ち、今後の戦略を練り始めた。 黄忠の死を無駄にするわけにはいかない。劉備は蜀の軍勢を率いて、天下統一を目指していくことを決意した。


魏の于禁は、濁流に飲み込まれ、力尽きた。絶命間際の呟きは、風の音に消えた。史実とは違う角度で、後世に語り継がれるであろう。


「ここまでか…惜しむらくは…」


曹操は、于禁の死を聞いて、静かに盃を置いた。 歴戦の猛将、于禁の死は、彼にとって大きな痛手だった。 しかし、彼の顔には、悲しみよりも、むしろ冷酷な決意が浮かんでいた。 于禁の死は、曹操と言う人間をさらに強くした。 それは、曹操の冷徹な戦略眼の証明でもあった。 失ったものは取り戻す。 それが曹操のやり方だった。


呉の太史慈は、矢の雨の中、散華のごとく散った。 三将の死は、戦況の膠着を象徴する出来事であった。


「…ご、呉…呉の為に!」


孫堅は、太史慈の死の報を受け取ると、拳を強く握り締めた。 太史慈は、彼にとって、ただの名将というだけでなく、信頼出来る臣下でもあった。孫堅の心を深くえぐり、怒りに燃え上がらせた。 しかし、彼は、すぐに冷静さを取り戻した。 悲しみにくれる時間はない。 彼は、太史慈の仇を討つことを誓った。 そして、呉の軍勢をさらに強固なものにし、敵に牙をむくことを決意した。


三人の君主は、それぞれ異なる感情を抱きながらも、それぞれの戦場で、その死を糧に、次の戦いを迎えようとしていた。 それは、単なる心理戦ではなく、それぞれの君主の信念、そして、天下統一への強い意志の表れだった。 三国の戦いは、まだまだ続く。 そして、その戦いは、より激しく、より残酷なものになっていくであろう。


劉備は、北上を決意する。簒奪者、曹丕が守る樊城を水攻めにかけるのだ。 劉備の咆哮は、兵士たちの士気を高めた。


「この樊城を落とすまで、決して引き下がらん!」


しかし、魏も手をこまねいていた訳ではない。司馬懿の策略は、劉備の思惑をはるかに超えていた。孫呉との密約、そして巧妙な罠。劉備は、窮地に陥る。


「クックック…、さぁ、仲達よ、どうする?我らは最早窮地に居るぞ?」


「では虎の力を借りて…」


「どうした?続けよ」


「南郡を諦めることになりますが…」


「諦めねば?」


「天下を失います」


「ふん!ならば荊州如き、奴らにくれてやろう…。だが、挽回の策は用意しておろうの?」


「はっ、許可を頂ければ…」


「好きにせよ。朕はこれより戦場に出る事は無い!」


「はっ!」


こうして、太史慈を失った孫呉は敵討ちに逸る呂蒙を先鋒に劉備軍の後方を狙った。劉備も突然の奇襲、歴戦の勘が本能を呼び覚まし、西へ退却した。退却しなければ寧ろ挟撃を食らうところだっただろう。


劉備は夷陵まで退がりった。夷陵、紅く燃え上がる戦場。 若い陸遜の眼は、冷徹に戦局を見据えていた。


「蜀は、もはや風前の灯火だ…」


彼の冷静な判断と、精鋭兵の圧倒的な戦力は、劉備軍を押し潰した。 大敗を喫した劉備は、辛くも生き延びたものの、その表情には深い疲労と絶望が刻まれていた。


「…天下三分… いずれ一つに…」


呟きながら、彼は敗走を余儀なくされた。


荊州の争奪戦は、新たな均衡へと動き出した。 しかし、その均衡は、いつ崩れ去るのか、誰にも分からなかった。 三国の影は、依然として、この地上に長く長く伸びていた。


夷陵の戦い以降、劉備は白帝城まで退却し、日に日に容態が悪化した。


白帝城、薄明の空の下、寝台に横たわる劉備。その顔色は土気色、息遣いは浅く、危篤の様相を呈していた。 諸葛亮は、主君の容態に心を痛め、龍の寝台にひざまずいた。


「丞相…、倅がダメなら、お前が帝位に登って…、漢を復興せよ…」


「陛下!何をおっしゃいますか!阿斗様は十分に資質を備えております…」


かすれた声で劉備が呼びかける。諸葛亮は、その傍らに跪き、優しくその背中を撫でた。劉備も死に際である事を自覚している為、国家の舵取りをするには余りにも幼い息子の為に諸葛亮に釘を指していたのだ。


「丞相に遇えたのが、我が人生の幸いだった… しかし、寡聞にして、丞相の忠言を聞き入れぬ愚を犯した。 それが、今日の悔恨と、この病に繋がったのだ… 我が息子は… 弱き体ゆえ、後事を託すには…」


涙が、劉備の老いた頬を伝った。 諸葛亮もまた、涙をこらえる事が出来ずにいた。


「陛下… 天下太平の願いが叶いますように…」


馬謖の出発を見届け、劉備は諸葛亮に問いかけた。馬謖の才能について。諸葛亮は高く評価するが、劉備は首を横に振る。


「自信過剰、使い難き男だ… 丞相、よく見極めてくれ…」


「…何故…?」


「治世の才はお主に及ばぬであろうが…、儂とて無駄に花甲の歳まで生きた訳では無いぞ…!グホッ…!あ…、アレは、頭は良いが実務に向かぬ男だ…。戦なんぞさせて見ろ…文長の足元にも及ばぬぞ?」


遺言は孔明が執筆し、李厳が監督した。劉備は、衰えた筆致で、自らの無力さと、未来への不安を綴った。 その言葉は、まるで、悲しい鳥のさえずりのようだった。


「曹賊を討ち、漢室を復興せんと… 共に志した仲間たちよ… 別れの時が来たか…」


諸葛亮を始めとする臣下たちは、泣き崩れた。


「陛下… ご冥福をお祈りします! 犬馬の労をいとわず、ご遺志を継ぎます!」


劉備は、諸葛亮の手を握りしめ、力なく言った。


「丞相… 卿の才能は、曹丕の十倍… 必ずや、この国を安定させ、大業を成し遂げるであろう… 我が息子が… もし、その才があれば… 助けるがよい… もし無能ならば… 成都を、卿に託す…」


諸葛亮は、全身を汗で濡らし、ひれ伏した。 その忠誠は、血の誓いのように、重く、深く、響いた。


そして、劉備は、四人の皇子に、諸葛亮への忠誠を誓わせた。 趙雲との別れ。 それは、幾十年にもわたる友情の終焉であり、老将の涙を誘った。


「…諸事、卿らの忠誠を頼む…」


劉備は、静かに息を引き取った。 享年六十二。 その生涯は、憎悪と憂鬱、そして後悔の念に満ちていた。


劉備の死後、蜀漢は深い悲しみに包まれた。 諸葛亮は、劉禅を擁立し、建興の年号を定めた。 そして、恵陵に葬られた劉備は、諡を「昭烈帝」とされた。 蜀漢の未来は、丞相諸葛亮の手に委ねられたのだ。 しかし、中原の魏には、その動きが既に察知されていた…。


劉禅が後を継ぎ帝位に着いた。父の死の間際に遺詔を残していた。


人五十不稱夭、年已六十有餘、何所復恨、不復自傷、但以卿兄弟為念。射君到、說丞相嘆卿智量、甚大增修、過於所望、審能如此、吾復何憂。 勿以惡小而為之、勿以善小而不為。 惟賢惟德、能服於人。 汝父德薄、勿效之。 可讀漢書、禮記、間暇歷觀諸子及六韜、商君書、益人意智。


五十にして夭と謂わず、年既に六十余に及び、何ぞ復た恨む所あらん、復た自ら傷くることなかれ、但だ卿兄弟を念うのみ。射君到りて、丞相卿の智量を嘆ず、甚だ増修し、望む所を超えたり、審かに能く斯くの如くあらば、吾復た何ぞ憂うらん。悪小なるを以て之を為すことなかれ、善小なるを以て之を為さざることなかれ。唯だ賢にして唯だ徳ありて、人に服すことを得る。汝父徳薄し、之を效ずることなかれ。漢書・礼記を読むべし、暇あらば諸子及び六韜・商君書を歴観すべし、益人意智なり。


一代の梟雄劉備の格言には二つ今の中国でも善く使われている。


【悪小なるを以て之を為すこと勿れ、善小なるを以て之を為さざること勿れ】これは中国の教育の場で最も使われる理屈である。


【兄弟は手足のごとし、妻子は衣服のごとし。衣服破れれば、猶お縫う可なり。手足断ち切られれば、安んずして續くる可けん】中国の江湖もとい黒社会で尤も使われる言葉である。


そして、二年間も不気味に虎視眈々と魏を睨む高順が遂に動き出す。

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