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第四十六回 少年思春遇佳人 公主被擒埋情種

高景は報告に向かい、敵の部隊長安倩公主を自分の幕舎に監禁した。


今は主将である張遼の前に報告をしているところである。


「…、世子、ご報告を…」


「はっ!兵三百を率いて偵察に出向いたところ敵と遭遇し、戦いました。兵三百の内生きてる者は七十三人になります。」


「…、何故そのような軽率な行動を?」


「敵に我らの居場所を知られる訳には行きませんでしたので…」


「…、そうですか…」


「しかし、お咎め無しとは行かないでしょう?」


「左様、息子と関公子には…」


「お待ちくださいっ!それは違いますよ、トラと定国兄は俺に巻き込まれた訳ですから!ならばその罰は俺が受けるのが、当然でしょうよ!『王子も法を犯せば、庶民と同罪』と言うでしょうが、しかも此処は軍営にして前線…軍記を軽視したならばそれは当然のこ事です」


一同は黙ってしまった。恐らく高順がこの場に居れば、【ならば何故、知った上で軽率に動いたのか?罪は一層重い】と言うであろうが、高景は遼の世子、張遼らはあくまで臣下と言う立場に囚われて裁くに佐波けなかった。


「叔父上、こうなれば、罰して頂いても構いませぬ…、どうか!」


「尚武!」


「此処は軍営ですぞっ!如何に私が遼王世子であろうとも…『軍法は山の如し』動かぬものにございます」


此処で、悩む張遼に対して張郃はある事をすすめた。


「将軍、此処は世子を罰して軍紀を粛正されては?」


「しかし…」


「世子もそこまでもうされておりますし…」


「しかし…」


「それに、敵将も捕らえ、果敢に戦い勝った訳ですから…、功罪相殺として…」


「うむ…、そうしよう!」


「叔父上、トラと定国兄も当然…?」


「そうだ…」


「無罪じゃ!此度は世子が軽挙妄動された故、張虎、関平両人は世子を助ける為に止む無く…という事じゃ」


「はい…!ありがとうございます!」


「んじゃ、叔父上に一つお願いが…」


張遼は呆れた表情で観念した。


「…、言ってみろ」


「敵将は俺が捉えたんで、俺に任せてください」


張遼は承諾したが、張燕はニヤニヤと声に出ない笑いを醸し出していた。


高景は功罪相殺として、無罪放免とまでは行かなかったが、やはり戦場に上がる事を禁じられた。


「ふぅ、戻ったぞ…?あ、あれ?死んだか?」


高景は焦った、まるでピクリとも動かない見知らぬ女を見て少し焦った。


「おい、起きろ…、起きろよ…!」


女の方も演技なのか、それとも本当に何かあったのかは誰も分からない。高景は少しばかりの焦りを見せた。人中を少しばかり力強く押し見たが、それに反応を見せない、これに対して高景は憤りを感じた。


イヤよ!男に触られた事も無いのにっ!嘘でしょ!?


俺はそんな男じゃない!女だからと見境無くも犯すような男では無い!ふざけるなッ!女、起きろ!と心中どれほど呟いてもやはり自分が殺してしまったと判断した。


女の方は文字通り《死んだフリ》をしているのだが、急に自分を捕えた男に興味を持ち、からかって見る事にした。


あら?戦場では猛々しいけど、普段はまるで馬鹿じゃない?アタシを本当に死んだと思ってるのかしら?…、ふふっ、面白いわね!


高景は必死にどうにか起きてもらわねば困ると手を尽くしたが、死んだと判断すると行動が早かった。


「トラ!ちょっと来てくれ…」


「尚武、どうした?」


「あの女、死んだぞ?」


「何ぃ?そうか、なら燃やせ」


「なっ…!?」


「おう、叔父上が言ってた。『死んだのだから燃やして自由にしてやるのが生きてる人間の務め、其れに燃やした方が土地も省く』ってよ」


「父上が?」


「おぅ、こう見えて俺は一応殿下の護衛も務めているからなッ!」


「そうか、なら燃やそう!」


安倩公主は死んだフリどころじゃなかった。


何でそうなるのよ?じゃあ…私は其の『頭のおかしい父親に育てられた』バカに殺されるの!?嫌よ!嫌だ!アタシまだ死にたくない!みんなの為に軍に入ったのに…、アタシってこんなにあっけなく死ぬんだ…。


「尚武、俺は今から燃えるもん探しとくからその女を運び出せ」


「わかった」


高景は女に触れた、少し暖かいと思った。


「ふむ、死んで間も無いからか、まだ暖かいな」


アタシ生きてるわよっ!死んだフリなのよ!


安倩もどのタイミングで起きたらいいのか分からなかった。


「おい、しょ…うぶ?」


「トラ、準備は出来たのか?どうした、餅を喉に詰まらせたような顔をして」


張虎の目には死んだはずの女が生きているように見えた。そして、力強く張虎を睨んでいた。


「…、ぎゃああああ!」


高景も慌てて抱えてる死体を落とした。


「おわっ!急に驚くなっ!死体を落としたでは無いか」


「…ったぁ…」


「ん?何の声だ?」


「人の声よ!」


「む、なんだ、生きてるでは無いか」


「アンタ達に変なことされないか怖かったのよ!」


「そうか、すまん」


「アタシよりもお友達の方を心配したら?」


「ん?何だ、トラに気があるのか」


「何でそうなるのよ!」


「尚武!逃げろっ!屍を借りて還ってきた怨霊やもしれぬぞ!」


「そうか、ならば斬ろう」


「イヤよ!アタシは最初から死んでないわ!アンタ達が勝手に死んだと思い込んでるだけじゃない!」


「と、とりあえず…父上に報告を!」


「任せたぞ」


張虎は走って行った。高景は再び女を縛り上げ、轡を噛ませた。自害でもされたら生け捕りの意味が無くなる、それに尽きるからだった。


「さて、女よ、名を聞こうか…」


「んー!」


「其れを噛んでたら喋れぬわな…、自害等せぬと誓うか?」


「ん〜!んー!」

アンタね!人にこんなもの噛ませといて喋らせるってどういう神経してるのよ!


「ん?バカなのか?まぁ、馬鹿なのだろう。女で戦場に出るなど普通は有り得ぬ話だ」


「ん!んーんーんー!」

なっ!馬鹿で悪かったわねっ!


「妹達が聞いたら競って出ようとするだろう…、危うい…、よし!殺そう」


「んー!」

馬鹿はアンタの方よ!


「なんだ?命乞いのつもりか?喋れもせぬのに頑張るな。余計な世話を焼かせぬと言うのなら首を縦に降ればよかろう…やはり馬鹿なのだな」


安倩は目まぐるしい速さで首を縦に振った。高景は外してやる事にした。外した途端に女は逃げた。


「面倒をかける女だ」


「アンタねぇ…!馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」


「態度がデカイな…」


「ひっ…!?」


「安心しろ…」


天幕が開けられ、数人が入って来た。


「尚武!何をしておるかっ!」


「叔父上…」


「軍紀を乱し、挙句の果てには女子を…!」


「父上、お待ちください!その女子こそ、我らが捉えた敵将です!」


「何ぃ!?」


現場は錯乱したが、幸い張郃がその場を治め、高景は改めてその罪を贖う事となった。


「高景」


「ここに!」


「軍二万を与える。これより先鋒として敵と当たれ」


「畏まりました。」


高景は将軍としての待遇、副将に張虎、関平を与えられた。


高順は劉備との戦後処理、両国の講和条件等で話し合っていた。


「これはこれは、叛臣の高順殿!久方ぶりですなァ!」


ケッ!大耳野郎…、いきなりそれか?まぁ、いいや。


「はっはっはっ!これは手厳しいですな!さて、前置きはこの程度でいいだろう。本題に入ろうか、我らは既に漢に追い出された身、これからどう生きるかを思案していた処をその追い出した漢に攻め立てられた。此方から戦う事こそは無いが、さて…どうしたものか?」


「しかし、朝綱を乱し、権勢を欲しいままにした罪は?」


劉備のこの一言で高順は我慢出来なくなった。


「権勢を欲しいままだァ?テメェら無能が何も出来ねぇからやってやってんだろうが!功労こそは無いが、苦労は有るぞ!苦労が無くとも疲労は有るぜ?そこをテメェらどうするつもりだ!あぁ!?」


「…、遼王…落ち着かれよ…」


「知るかっ!貴様らは既に敗軍だろうが…、よし、遼西郡までを此方に寄越せ」


「…」


「おい、まさか、権限が無いって事は無いだろうな…」


「いや…」


「ふざけるなよ?幽州を寄越せと言うところを遼西郡にしてやってるんだ。どうにかしろ!出なきゃ軍は退かねぇからな」


劉備は進退窮まった。


「では、儂にどうしろと?」


「おい、陛下と玉璽を押してある詔書を持って来い『遼西より東を割譲する』って言う詔書を持って来い。それとテメェらも遼西から出ていけよ?」


高順は軍を遼西に進駐し、劉備は北平にまで後退した。


高順は董勇に伝令を出し、飛熊軍を退かせたが伝令により、張遼を手伝うように伝令を出した。


張遼は敵と対峙し、膠着した。だが、決め手にかけていた。


「儁乂将軍…」


「文遠将軍、決め手に欠く、ですかな?」


「うむ…」


「ご安心を…、伝令より董勇が兵を率いて此方に増援するとの事」


「そうか、ならば一気に攻めなければ」


「では、其れに合わせた策も考えねば…、ささ、行きますぞ」


董勇の軍とあわせて六十万にも上る大軍で敵軍と対峙する事になり、決戦に持ち込む姿勢を見せた。


高景は張遼に直談判していた。


「将軍、更に一万五千の増員を!」


「更に?」


「はい!」


「何故だ?」


「はっ、三万五千ともなれば行軍に差し支えが無くなり敵の後方に…」


「ならん!そんな危ない事任せられるか!」


「しかし…!」


「敵軍の虚実を探るにも十分です」


そこに張郃が助け舟を出してくれた。


「儁乂…!」


「将軍、此処は世子任せてみては?」


張遼は仕方なく、張郃に同意するしかなく高景に三万五千を与え、遊撃に出る事を許した。


高景は生き残った七十三人にそれぞれ能力に合わせて校尉、夫長と任じ、進軍した。


「トラ!定国兄、行こうか!」


「「はっ!」」


三万五千は早速、全滅するかと思われた。


「トラ、定国兄…!」


「ん?待て、よく見ろ」


先頭の一人が全力で駆けて来た。


「ぉぉおおーーい!しょぉおおぶぅうう!」


「兄上だ!落ち着け!」


駆けて来た者は董勇だった。関平は不思議に思い、張虎に尋ねた。


「兄上?尚武は長子では無かったのか?」


「ん?あぁ、そうか定国は知らないんだな。剛穎兄ちゃんは奥さんの侄なんだ」


「そうか、忝ない」


董勇と高景は暫く語りかけた。


「尚武、こんなとこで何してんだ?」


「はぁ…、兄上…、兄上は聞いておられないのですね?」


「おぅ、西涼から帰ってきたら直ぐに戦だからな!」


「高句麗を首とする父上が滅ぼした残党に攻め寄せられました…」


「…、にしても浮かねぇ顔だな、どうしたぃ?兄ちゃんが聞いてやるよ」


「…、兄上…実は先日戦場で敵将を捉えました…」


「おっ?お手柄じゃん!やったなぁ!」


「ですが…、その敵将は女でした…」


董勇はここまで聞いて悟った。この義理の従兄弟は春を思う年頃になったと。


「あらら?そっか、お前も男になったな!んじゃ、次も捕まえてやれ!そして、手籠めにしろ」


「なっ!」


高景はみるみる内に顔が赤くなった。


「まっ!俺は文遠将軍の処に居るから、何かあったら救援に駆けつけてやるよ!」


「兄上、ありがとう。ではっ!」


「おぅ!」


自陣に戻った安倩公主は急ぎ部隊を揃えて警戒に当たった。朝鮮諸部は吉州で決起し、鮮卑と手を組み玄菟郡で遼軍と対峙していた。


山上王の元には前線に送れる将軍も居ないため、仕方なく武芸の心得の有る安倩公主を前線に出さざるを得なかった。


高景そんな事など知る由もない、敵陣を見つけた。しかし、敵本陣の見事さに息を呑んだ。


敵陣は綺麗な太極八卦を描いていた。朝鮮と鮮卑の諸部は交互に陣を敷き、何時でも敵に備える様であった。


「トラ、本陣に戻れ!叔父上にありのままに報告してこい。定国兄、半数を頼む山に兵を隠すぞ!」


「「おおぅ!」」


張虎が自陣に戻る際には諸将が居並び、進軍の勢いを見せていた。


「ち、父上!お待ちをッ!」


「無礼者め!軍中に親子等あるかっ!」


「申し訳ございません!し、しかし…!」


「しかしなんだ…、其れに世子はどうした?」


「世子は敵陣を見つけ次第…」


事の顛末を詳しく話したが、諸将は戦慄した。


「…、あの親子ぉ…!」


「ふぅ…、正に『あの親有って其の子有りだな』全く…」


「張虎、急ぎ世子の元に戻れっ!」


「はっ!」


張遼は直ぐさま全軍で進撃を仕掛けた。


張遼らは太極八卦を見て流石と息を呑んだが、直ぐさま部隊を十六に分け、歩兵、弓、騎兵、戦車兵をそれぞれ分けた。ただ曹性の騎弓兵のみ戦場から少し離れたところに布陣させた。


敵は張遼の鮮やかな手並みに遅れを取ったが直ぐに出て陣を組み直した。


張遼と張郃は自軍を横一列に並ばせた。


高順が発案した『一字長蛇陣』である。


この陣は素人から見ればただ横一列に並ばせただけであるが、両端は蛇の頭と尾の先端に見立て、頭を攻めれば尾がこれを巻き、尾を攻めれば頭からとぐろをまく様にこれを殲滅させる、腹を攻めれば囲み消化するが如く徐々に殲滅させていく陣である。


鮮卑軍の一部が攻めたが、あっという間に殲滅され、尻すぼみをして攻めてくる姿勢を見せなくなった。


「文遠将軍!今こそ退き下がりましょう!」


「うむ、わかった!全軍!退けぃ!」


遼軍は全力で退いた。これを見た連合軍は罠が有ると理解していた、だが、理解の裏をかかれて陣営を燃やされた。戦場を一時離脱していた曹性が騎弓兵を率いて燃やし、敵軍の退路では無く帰る場所を失わせた。



敵軍は士気を大いに下げた。帰る場所を失くし、食うに困った連合軍は狂兵、死兵と化し前の敵を追いかけた。張遼達もわざと退いた痕跡を残し、森の中に伏兵を布陣した。


安倩公主は自軍を纏めて、味方の退路を確保しようと奔走した。山上でこの状況を見た高景らは好機と見て一気呵成に連合軍の最後尾を目掛けて攻めた。



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