夫妻伝 三妻懐旧昔日事 将軍血戦不知情
高順が意識不明の頃、妻達は夫との出逢いと過ごした日々を思い返していた。
後漢末の動乱の時代、高順は呂布配下の勇将として、戦場での武勇と機転で世の畏敬を勝ち取った。高順の評判は瞬く間に広がり、時の権力者である董卓の耳にも届いた。董卓は高順の才能を惜しみどうにか結び付きを強められないかと…腐心した。
漢王朝の大学士であった蔡邕の娘である蔡琰は、才能と美しさを兼ね備え、琴棋書画を堪くし、彼女の知恵と気質は混沌としたこの乱世で一層、際立たせた。董媛は董卓の末娘で美しく、気高く、武芸に優れていた。この婚姻は三人の運命を繋いだだけでなく、歴史を大きく変えていった。
しかし、良い時代は長くは続かず、やがて戦争の激流がその美しさをいとも簡単に打ち砕いてしまいます。 高順は呂布、董卓に従って各地を転戦し、戦功を挙げ、自立し、皇帝を曹操と共に擁立し天下の一大諸侯として誰もが無視出来ない存在となっていった。やがて、王となり劉備との征討戦に於いて敵の敗残兵の凶刃にかかり、生死を彷徨う事になった。
曹操は自分を庇ってくれた友を連れて急ぎ都に軍を引き返した。軍が戻り、曹操が自らの足で友を連れ戻し、安置した。蔡琰と董媛は顔を見合わせて目に涙を溜めた。二人の女は同じ夫と結婚しているが、夫々が夫に抱いてる感情は異なり、それぞれの想いがある。
蔡琰はすぐに落ち着き、この混乱した乱世における女の無力さと儚さを知っていましたが、父親が教えてくれた粘り強さと知恵を忘れていなかった。 彼女は目を閉じたが、彼女の心は高順と過ごした棋、書、画、そして夫婦の情を営んだ。 高順は常に彼女の才能を高く評価しており、二人は琴の音と詩を通じて深い関係を今日までに築きあげた。だが、それでも深夜になると寂しさが込み上げ、気がつけば目が覚めない高順の元に脚を運んでしまう…。深夜に高順が寝ている隣で涙を流しながら返らぬ返事を待ちつつ話しかけた。
「夫君…、覚えておられますか?あの時、董相国に夫君との成婚を命じられた時、妾身はどれほど嫌だったでしょうか?」
「それに、出会いにも多少なれども諍いも御座いましたね…」
蔡琰は初めて高順と出会った日を思い返し、そして互いの気持ちが共にある事を分かり合えた日までの事を…
洛陽市の繁栄は、董卓という来たるべき嵐を隠せる事など出来ない。 蔡琰は漢中を離れ、絶望と凄惨の入り混じる都に脚を踏み入れた、同時に、陽人の戦いにより戦功を挙げ武衛将軍として高順は情勢の安定を維持するために洛陽に駐留するよう命じられ、歴史の交差点で二人の運命は予期せぬ出会いを果たした。
董卓は高順を手元に置こうと画策したが、自身の三人の娘は既に嫁いだか許嫁が居る、それ故に悩んだ。悩んだ末に先帝の妃である唐姫を自らの養女とし高順に嫁がせようと画策したが、高順は先帝の妃を娶るのは不敬であり、更に主である董卓が後世にまでその汚名を残す事に些かの懸念を抱いた事を鑑みてやはり、然るべき良家の娘を嫁がせるのが一番と言う結論が出た。良家の娘等この洛陽には幾らでも居る…では誰か?今、才色兼備にして良家の娘なら蔡琰しか居ないだろう
…。先帝の妃では手の付けようがない、単なる良家の娘では取り込めない…、そこで蔡琰に白羽の矢が立った。
洛陽の街は如何に董卓が荒らそうとその街の喧騒は健在である。しかし、それは高順の治安維持に影響を与えず、蔡琰の琴が騒音に優雅さを加えた。 偶然の出会いの後、二人は通りの真ん中で激しい口論を繰り広げました。
蔡琰は、精巧な楽器が並べられている露店の向こうで軽蔑しながら高順に向かって言い放った。
「将軍、あなたは武力で人々を怖がらせるために、このような格好で街を歩いているのですか?それでは何も解決しない事をご存知かしら?」
高順は自身の格好を見て、終始冷淡に答えた。高順にして見れば、俺だってこんな格好はしたくないけど、軍の威光を光らせとけば董卓の軍だろうが、賊徒だろうが下手に動けないんだからと思うが一介の女人にはそれが分からないだろうと
「お嬢さん、確かに洛陽は繁栄していますが、治安の状況に関しては寸分の油断も許されないのです。それ故に未然に防ぐ事が重要です。それに『将軍は無関心だ』と言われるのも無理はないが、のんきな洛陽の街では、戦場のような緊張感が続いていますしね…」と皮肉った。
「誰も、そのような事を言っておりませんわ?少し過剰に意識されているようですが…」
それ言われた高順は逆上し無かった。何故なら高順は不機嫌ではなかった。
「人は皆、それぞれの生きる為の術を持っています。お嬢さん、あなたは琴の音で世に影響を与えますが、私は腰に有るこの利器で己を守る術しか知りませんので」
「ならば、何故その『利器』で人々守るのではなく、権力を得る為に振るうのですか?」
「それは、戦が起こるからです。我らが振るう理由はそこにあるかと…」
「では何故、戦が起こるのですか?」
「はて…?私は一介の武人故、政には疎いのでお答え致しかねます」
「あら、世の中には無知な将軍もいるようでびっくりしました」
「それは何より、では何事も無ければ私は行かせて貰いますよ」
蔡琰はこの冷淡な将軍を唯見送る事しか出来なかった。近頃、相国である董卓が父に婚姻の話を持ちかけて其れだけでも不愉快極まりない話なのに、ちょうど董卓配下と街中で出会った故日頃の不満をぶつけてしまった。
(はぁ…、何故あの人に当たってしまったのだろう…悪い人では無いのだけれど、これじゃまるで私が道理をわきまえない人見たいじゃない!?)
後からわかったが、街中で会った将軍が高順であると…、これから夫となる人物と出会ってしまった…、其れも最悪な形でと
蔡琰は急にこの男を試したいと思うようになり、悲憤詩を書き、これを高順に送った。一介の武人にこのような文章をかけまいとタカを括っていたのであるが、まさか三日で返事が来ると思わず、其れにきっちりと返書を書いてきた。蔡琰はこの男に少なからず好感を抱くようになった。
程なく高順は兵を率いて并州へと向かった。出征の少し前に一泡吹かしてやろうと高順に近づいて玉佩を渡した。この時、高順は既に彼女が後に妻となるであろう蔡琰である事を見破った。そして、玉佩を受け取り、暫く優雅で上品に互いを罵った挙句結婚する事を近い合う二人であった。
互いに会えない事もあってか、しばし書簡にて連絡を取り合うようになった。
出征から帰って来た高順は凱旋の旨を報告し、その後の宴では、蔡琰が演奏し、その場に居る人間を感動させ感動させ、警備を担当する高順は群衆の中に紛れ込み、静かにすべてを守りました。
宴会の最中で、蔡琰は高順に話しかけた。
「将軍、今日はいつもより表情が冷たいですね。ここの文人たちが詩の中に剣を隠すのではないかと心配ですか?」とわざと挑発した。
高順は僅かに微笑んだ。
「貴方の琴の音があまりにも美しすぎて、ここ居る武人たちが剣の持ち方を忘れてしまう事の方が心配です。」
二人の会話は周囲の人々を笑顔にすることに成功し、場の雰囲気は一瞬和んだが、蔡文姫も嬉しそうに答えた。
「ご鑑賞頂きましてありがとうございます。粗末な音ですが、これからは一層励みます」
「お嬢さんを疲れさせるのも、分に合わぬだろうからしばし待たれよ」
高順は正殿に足を向けて歩み、皇帝と董卓に膝まづいた。
「陛下、相国、蔡家のお嬢さんが単に琴を弾くのも些か単調ですので、此処は末将が、剣舞を披露したく存じ上げます」
董卓は聞いて驚いたが、直ぐに何かを悟り快諾した。
「ほほぅ?そなたにその様な事も出来るのかっ!良かろう!踊って見せよ!陛下もそれで宜しいかな?」
皇帝は少しばかり、董卓の顔色を伺い、返事を出した。
「う、うむ、良きに計らえ…」
長安の明るい光の下で、二人の琴と剣はまるで熟年の相方かの様な素晴らしいものであった。この剣舞を通じて、高順と蔡琰は徐々にお互いを理解し、互いの深い感情と知恵を理解するようになり、その結果、洛陽と長安の二つの古都は、彼らが幸せな敵からお互いを知り、大切にする姿へと変化するのを目撃しました。
蔡琰は思い出して居るうちにウトウトと寝しまった。自らの夫の隣で
董媛の反応はより感情的で、高順から戦の度にいつも何かしらの宝石送られ、それをを撫でながら、月を眺めたり、星について話したりした夜を思い出した。 当時は優しくも毅然とした態度で彼女を一生守ると約束していたが、今回の戦場で生死も危うくなった。この現実が董媛の世界を断片化させた。
「はん!安心しなっ!あんな奴直ぐにゃくたばらないよ!あたしの知ってる高孝父は絶対にこんな事じゃ死なないんだから…」
董媛は練武場で得物を振り回しながら気を紛らわせていた。董媛独りで縦横無尽に動いて居たが、その動きは全て夫と手合わせをしている時に使う招式ばかりであり、まるで高順がそこに居るかのように、まるでその虚しさを埋めるかのように…。
呂芳は最後に嫁いで来た妻であり、高順からは旧主の姉として扱われた側面が大きい。
既に妻となったからには!と張り切ったものの、高順は変わらず他人行儀で接していた。其れに一抹の寂しさを覚える事もあった。それに耐え切れず一度感情を解放し高順に当てたら人が変わったかのように接して来た。呂芳もそれ以降控えめな妻として都に滞在し、陰ながらに高家を支えた。
これから何があっても高家の者として振る舞い、夫の名誉を守ると誓う呂芳であった。
二人の妻はそれぞれ思い出に浸り、胸に希望を抱きながらも、未知の未来への深い恐怖に包まれていた。 この乱世の裏で、彼らの運命は未完の悲劇のように、空の下の裂け目から輝く希望の夜明けを待っていた...
高順がいよいよ目が覚めず、これから葬儀でも始めようかという時に蔡文基と東源は薄明かりの下で座っていて、外では軍太鼓が鳴り響いていたが、部屋の中は厳粛で悲哀な雰囲気だった。二人の女性はそれぞれ高順に関する品物を手に、目に涙を浮かべながら無言で見つめ合った。最後に、蔡文基は沈黙を破ってこう言った。
董媛は翡翠のペンダントを手に持ち、すすり泣きで遊びながら
「あの人は遠征から戻ってくるたびに、いつも私に小さな宝石をいくつか持ってきて、途中で見た美しいものはとても美しかったと言って毎回持ってくるんだ。私の半分の美しさが有るとかぬかしといて…!アタシもあの人も武人で...!あの人が戦に出るのはやむ無しと思ってるけど!これは少し違うじゃないか!」
二人は沈黙し、悲しみが漂っていた。 窓の外では月明かりが荒涼とした戦場を照らし、あらゆる生命を静かに観察している。 長い時を経て、蔡琰は再び口を開いた。その声には果てしない疲労感と決意の念が漂っていた。
「阿媛、たとえ私たちの運命が不幸であっても、私たちは自分の心を貫き通さなければなりません。他人のためではなく、私たちの心にある不滅の信念のために。それが温和琴世であろうと、夫の枕の優しさであろうと、私たちが忘れてはならない守るべき記憶なのだから…」
董媛は顔に浮かんだ涙をぬぐい、蔡琰の手をしっかりと握りました。
「姉さん言うの通りだね!あの人が生きてようが死んでようが、私たちは彼の心の誇りであり、私たちの強さが彼の最大の慰めとなるでしょう。たとえ状況が不確実であっても、私たちは自分のために生きなければなはないね…あの人が私たちに与えてくれた愛ってやつに!」
部屋の明かりが揺らめき、二人の女性の影が重なり絡み合い、その言葉は夜空に輝く星のようで、心の奥底にある忍耐と愛を表現していた。 外の戦争の煙が内なる光を隠すことは決してなく、たとえ結果が何であれ、彼女らはこの記憶を永遠に守り続けるだろう。
葬儀当日、案の定高順が死ぬと分かった政敵達はここぞとばかりに罵詈雑言を並べた。
「ふん!あの成り上がりが本当に死んだのか気になる故、棺を開けよ!」
「兄者、そもそもヤツに棺など要らぬのでは無いか?陛下に上奏し、国賊として認めさせれば…」
「ふむ、それも良いな!牢獄に繋がれた父もさぞかし胸が空くだろう!其の棺を開け、其の屍を戮くしてやろうでは無いか!」
「待たぬか!遼王は既に天に帰ったのだぞ!?其れを…!死して辱めるとは何事だ!」
「これはこれは、燕王殿下、宗室の貴方が、国賊を庇うとは何事か!」
「ふふふ…はははは!孝父よ、喜べ!お主が死なねばお主に楯突く事も出来ぬ宵小の輩が今更来てくれたぞ?」
「孟徳!葬儀で笑うとは何事か!」
「燕王…、これを笑わずに居られますか!孝父の奴は死なねば敵が現れぬのですぞ?」
劉虞は曹操の言わんとしてる事を理解し、それでも宗室という立場に置いて中立を保たねばならなかった。
「とにかく、葬儀での狼藉は許さん!出て行け!」
「なぜだ!何故、あの者は戦に出て人を殺しておいてここまでの尊敬を集められる!?我が父はあやつの何倍も国政に力を注ぎ陛下の面倒を見てきた!なのに何故!」
「それが分からぬうちは、孝父に敵として見られるはずもなかろう…」
「燕王殿下、魏公…、ご迷惑おかけ致しました…、夫の高順含め私達は北へと帰らせて頂きます…、これよりは民として生きて参ります故…」
「阿琰!ならんぞ!ならぬっ!孝父の居らぬ今儂がそなたらの面倒を見てやらねばならん!」
これに薄らと怨念を募らせたのは曹丕である。曹丕は高順が死んだ今遼を手にいれられる好機である!と。其れを父である曹操が『たかが死んだ友への義理立て』をする為に捨てると言うのが気に食わないのだ。
曹操も考えてないと言えば嘘である。だが、高順が『遼王』となり、北に南にと戦争に駆り出されてからその軍事力には舌を巻いた。それだけに簡単に手を出しては痛い目を見るのは此方だと確信をこっちいるからこそ、手を出していないのである。
果てには、皇宮の護衛を司る禁軍の総員が葬儀に押しかけてきた。隊長格の者だけでも六万人の禁軍である。
蔡琰を始めとした遺族は我慢を重ね、燕王、魏公らは耐え切れずに追い返そうとした。
「さて、お引き取り願おうか!こちとら旦那の葬儀忙しいんだ!」
董媛は痺れを切らし、遂に口を開き逐客令を下し、皆が帰ろうとしたその時に高順は目を覚ました。