第三十八回 帝王之道有陰謀 為将之道有奸詐
現在高句麗の山上王とその兄発岐は方や正統であり方や新興勢力として対立しあってきたが、高順の締めつけ政策によって発岐は窮地にたたされていた。
「延優め!弟よ!何故分からぬ!?竇輔とか言う奴は確かに気に食わんやつだが、奴の言う事にも一理ある!何故この兄に従わんのだ!」
「兄上…、まだその様な幻想に囚われて居られるのですか?兄上がその気に食わない者と手を組み漢を飲み込もうと?」
「違う!飲み込むのでは無い!我らが祖先の東明聖王の意志を継いでかつて栄華を誇った古朝鮮を取り戻すのだ!」
「その様な夢物語を何時まで…」
「貴様ァ!何時までもワシを愚弄するでないわ!もう良い!貴様を弟とも思わぬ!」
「兄上…!」
両陣を挟んでの兄弟の会話は不愉快な結末となり、以降は生き死にを賭けた戦になるのは明白である。
「国王陛下…」
「張将軍、我にもはや兄は居りません。戦はお任せいたします」
「はっ、もとよりは…」
「ははは、遼王の深慮遠謀には恐れ入りますなぁ…」
「では、本営にお戻りください…」
高順はこの後、報告で知る事になった。
洛陽では曹丕が遼王府にで向かい、高景と相対していた。
「尚武兄、暫くぶりですね」
「おぉ〜!子桓兄!久しぶりだな!今日はどうされた?」
「実は…、申し上げにくいのですが…」
「なに、孟徳伯父上の子にして子脩兄の弟でもある兄だ、忌憚する事など無いだろ?さぁ、言ってくれ!」
「実は…、高句麗と鮮卑が遼を侵かして戦況が宜しくない様なのです…」
「何!?」
高景は出ていく前の父高順に伏完らを疑えと言われたが…、曹丕についても常に警戒しろと訓戒を受けていた事を思い出していたが、いまいち曹丕の目的が分からないので話を合わせつつ探る事にした。
「尚武兄、此処は遼世子として…」
高景は理解した。この者はこの俺を唆して京師より離れさせたいんだな?これは何か裏がある…、と警戒を緩めない高景でもあった。
「いや、遼世子だからこそ、臣下を信じる事にするよ。それに父上が鍛えた遼軍が弱いとも思わん、それにこの洛陽には母や兄弟妹達も居る故、尚更離れられん」
内心苦虫を噛み潰したような曹丕は顔にこそ出さないが、内心穏やかでは無い。曹丕は独自で曹家の地位を固め揺るぎもしない地盤を築こうとしているのである。
過去には高景に漢朝より離れ長城の向こうで独立してはどうかと打診した事もあったが悉く断られている。
高景は心に誓った今回の任務が終わり次第、自分もも父の様に遼北の地より二度と朝廷に出向く事が無いように、と。人が人を喰らう場所だとはっきり判ったからである。
「子桓兄、禁軍の動きには何か有りますかな?」
「いや、暫くは無いが…何とも言えん状況でもある」
「そうか、なら子脩兄に伝えてくれんか?『暫しの間魏公府より出る事の無いように』と」
「…、何故、かを問うてもよろしいか?」
「ふふふ、今やこの朝廷に我が高家の敵で無い者は兄ら曹家のみだ。敵は増やすものでは無いが、残すのも我が父が許さんであろうよ」
「遼王が其れを許すと?」
「ふっ、父上は自らの安寧と忠臣で居る事に重きに置いている」
「何…!?では…」
「子桓兄、皆まで言ってくれるな。我が父ながら呆れる事よ」
「…」
「安心いたせ、我らは我らの事が片付き次第北の大地に戻るだろう」
「そうか、願わくば我らの友誼が永く続かん事を…」
「最もである」
これが都の何処かで繰り広げられた魏公公子と遼王世子の会話でもある。
北の大地では、屍が山を築き血の海が河と成りつつある。
「うぉらァ!かかってこんかい!オドレら攻めといてその程度け!」
甘寧が、いきなり漢城を攻め発岐は軍を返し、首都防衛に戻る事になった。
「ふふふ、ハハハハハハッ!流石殿下が認めた男よ!全軍!進めぇ!興覇兄が敵を引き付けておるこの好機に攻めぬは愚か者ぞ!」
張繍は勢いづき、そのまま南下し敵の殲滅を目指した。
北は張郃の戦略に張燕が重装騎兵を神出鬼没に繰り出しては逃げ回りその弱点を他の部隊で突く戦法は効果覿面で鮮卑は余力が無くなりつつある。
「ふっ、飛燕殿に伝令を飛ばせ、これ以上追い討ちをかける必要は無いとな」
「はっ!」
【遼軍は精強也】と其の軍の強さは漢朝全土に知れ渡った。
「ハハハハハハ!孝父め!実力を隠しておったか!」
曹操は渇いた笑いで恐れつつも敬意を表した。
「ふん!本気では無かったか、つまらぬ」
関羽は少し残念気味に嘆いた。
「何ィ!?野郎いったいどれだけ兵が居るんだ!」
劉備は高順が増々恐ろしく思えた。
「殿下…!誠に強き軍を創りましたな…!」
張遼は高順への畏敬の念を深めた。
各勢力は、高順を目の仇にしているが高順は北の奥地で粛々と己の爪を研いでいた。
各地の錦衣衛の報告は三日に一度高順の元に届く手筈になっていて高順はそれを見て自軍に足りない部分を補えないかと反省していた。
俺はもう吹っ切れた。襄陽で多大な犠牲を払い関羽を退け、今は以前関羽と睨み合っていたが出し抜かれた。
あの長髭野郎は、自軍を徐々に曹軍の背後に集まりつつあった。
「大将!これじゃぁ…文遠将軍が!」
「わかっておる!だが、目の前のもほっとけないだろ?」
「そりゃぁ…そうですが…」
クソ…!こうなりゃ…、やるしかねぇ!
「呉資、章誑、麹義!」
「「此処に!」」
「それぞれ残存部隊を率いて関羽と距離を取りつつ背後に布陣しろ!圧をかけてやれ!文遠との連携を忘れるなよ!」
「「はっ!」」
「張五!」
「へい!」
「お前は俺と残った奴らと目の前の敵を釘付けにするぞ!」
「わっかりやした!」
負けられねぇな!負けたら怖いしな!
劉備は追い込まれていた。曹操の目的は劉備軍の食料を枯渇させる事にあった。
「ふっふっふ!あの大耳賊め!にしても孝父の奴渾名をつけるのが上手いな!はっはっはっはっ!」
「公よ、笑ってる場合では無いかと…」
「おぉ?先生方、聞いたか!?あの虎痴が進言しよったぞ?いや、誠にめでたい!ハハハハハハ!」
「ふふ、許将軍、ご安心を我らは負けませぬよ。ですが、油断もしませんので公の護衛を…」
「差し出がましい事を致しました…」
「ふふふ、虎痴よ、気にするでない言いたき事が有れば好きに言うが良い、儂は既に何度も救われておるからな!其れに此の曹孟徳はその様に狭量な男でも無い故にな!ハハハハハハ!」
天幕の中はドッと笑いに包まれた。許褚は普段寡黙で喋らず、虎のように強いが何時もボケーッとしてる故にそう呼ばれている。もう一人の護衛である悪来こと典韋は
其の許褚以上に寡黙で何事にも無関心の様に見える。
曹操はその二人を常に傍に置き、片時とも離れる事は無かった。
孫策は父の言いつけ通りに高順と戦をすることは無かった。周瑜が必死に止めていたからである。
「公瑾!止めんじゃねぇよ!あんだけ強かったら戦ったって良いじゃねえか!」
「伯符、そういう問題では無いのだ、我らは既に妻帯者だぞ?お前の所の息子と俺の所の息子はどうなる?」
「んだよ?怖気付いたのか?」
「伯符ぅ〜!」
「冗談だ!公瑾、許せ」
「ふっ、全くお前と言う奴は!」
「「ハハハハハハハアハハハハハハッッハ!」」
「だが、此処で魏公と遼王を敵に回すのは得策では無い」
「あぁ、わかってるよ!でもな!あの高順ってのがどうしても許せねぇんだよ!」
「お父上の仇故にか」
「おうよ!」
公には死んだ事になっている孫堅は人生を謳歌していた。
都の一廓では大騒ぎになっていた。
「何ですって!?そなたらが陛下に毒を盛ったと言うのですか!?」
「姉上、声が高いですよ!」
「何と…!」
伏一族の会合である。姉と弟二人で今回の騒乱の全貌を画策していたのである。何故か?高順を追い落とすためである。高順さえ追い落とせば、復権し、強き漢を造れると確信したが故のことである。
「ですが…、敵は高順であって…!」
「されども、陛下が薨されても姉上の子であり、陛下の嫡子でもある我らの侄が即位すれば良いのです」
伏皇后は黙った。いや、正確に言えば言葉が無くなってしまったのだ。
皇帝、劉協は徐々に回復に向かっていった。理由は高順の錦衣衛が至る所に存在する為である。下は街の乞食、上は宮中の宦官まで至る所に拡大した為である。
「陛下、遼王殿下より伝言を…」
「う、うむ」
「ご回復をお祈り申し上げます。今後は御身の権力よりも兵法を修め、かの光武皇帝の如くあらせられますようにお願い申し上げます。」
「ふっ!グフッ!うっふ!ハハハ、高順め、相変わらずキツいものの言い方よの、わかった。高順にも伝えよ、此度の戦は朕の不徳の至り也、卿は戦に専念せよ朝廷は朕が居る限りそちに負担はかけぬ故…」
「はっ!必ず…」
劉協の身辺には西欒しか居らず、錦衣衛の人間は常に彼と連絡を保っている。
回復に向かう劉協には高順が手配した華陀と吉平と言う二人の医者が居たおかげである。
史実と演義でこの二人は曹操に殺されたのだが、高順という存在によって曹操が戦場に出る事なく、高順が常に諸軍閥に睨みを効かせた為、本来起こるべく戦は起きず、曹操も史実や演義と比べたら暇を持て余す状態でもあった。軍務や政務は曹昂、曹丕らが謀臣武将と取り計らい、決裁を仰ぐと言うスタンスでもあるからか、頭痛は些か楽でもある様だ。劉備討伐戦は寧ろ久々の出陣らしい。
高順は襄陽からは動けない、其れは関羽軍の関平も同じである。襄陽の城には軍旗が増え、関羽への増援は困難になった。
「王叔父さん、これはひょっとしたら父上を呼び戻す事になるやも知れませんね…」
「これは、これは公子様叔父さん等と…」
「父上の居ない今しかそう呼べないので良いではありませんか」
「では、お言葉に甘えて…、我が軍は今三万で襄陽を睨み、公が半数を連れていかれてしまった故…、我らは当初の目的の半分は既に達しております。」
「…!?半分とは?」
「遼王高順の兵を削り、弱らせ動けぬ様に様にする事です」
「…、なるほど、我ら油断せずにこのまま…」
「そうですね…、公子には退屈でしょうがこれも戦の内です」
「そうだったのですね、わかりました。ではこのまま父上達が勝つまでは動けませんね!」
「はい、どうかご辛抱を…」
高順は襄陽城からは動けないが、水攻めに備えた筏のお蔭で大部分の部隊を関羽の背後に回す事が出来た。
「ハーぁ!暇だな、おい!」
「大将…そりゃあ…言っちゃいけねぇってのぁあっしでもわかりやすぜ?」
「そうかい、なら一発殴らせろ、一丁前に将軍気取りやがってよぅ!」
「ぇえ…」
「ガタガタ抜かすんじゃねぇよ!敵さん中々やるねぇ…半数連れてってこっちを釘付けにしようってんだから!一本取られたわ!ハッハッハ!」
「大将、増援…」
「無理だな、仮に呼んだとしても朝廷の奴らが、な!」
「そうでしか…」
「それにしても、静かすぎねぇか…?」
「…?なんの事ですかい?」
「いんや、なぁ〜んかキナ臭いぞ?」
「え?」
「おい、敵の攻城に備えろ、死にたくなきゃな!」
「へい!」
備えたは良いが、奴さん動かねぇんだからよ!ジタバタしたってしょうがねぇってのもわかってるが、どうも胸がつっかえるんだよな…。
一方、劉備らはその場を動かずに関羽の合図を待ったが、一向に動かないで居た。
関羽は動かなかった訳では無い、正確には背後に数万の軍が突如として現れ、動けずにいるのであった。
「ふむ、あれらは何処の軍か、わかる者は?」
「恐らく…、いや、有り得ませんな!」
「闞穗よ、どうした?」
「公、これはもしや襄陽より出た軍やもしれませぬぞ?」
「何ぃ!?国山と坦之は何をしておるかっ!」
「…、公よ、落ち着いてください!公子と国山は恐らく出し抜かれたのでしょう?恐らく我らと同じ頃に軍を発し…」
「それ以上は言うな、儂が軽率であったわ…、ぬぅ…」
劉備と張飛は状況が読めずに居た。
「兄貴は何してんだか…!とっとと攻めりゃいいじゃねぇか!」
「益徳、落ち着け、雲長も恐らくはだが、何かしら動けぬ理由があろう…、うむ、様子を見ようではないか」
「王よ、これはもしや蜀公が…」
「先生、幾ら先生でも許さん、他の配下もだが、この俺を裏切る事はない!特に苦楽を共にした雲長と益徳はなっ!」
「申し訳ありません、些か出過ぎました…」
陣営内では劉備、孔明の内輪揉めが始まり、荒れに荒れた。
「兄者ァ、確かに先生の言ってる事は俺も気に食わねぇけどよ、疑ったってしょうがねぇよ、俺たちは互いの生死を共にする誓いを立てたからなっ!それに、兄貴が其れを違えるたァ思えねぇしよ!」
「うむ、それもそうだな…、皆!すまんがもう暫く待ってくれっ!」
劉備達は当陽県で立ち往生しているが、曹操がこの好機をみすみす見逃すはずも無く攻勢を仕掛けるのであった。