第三十六回 虎鬚将立威当陽 小将軍面目全飛
高順は頭が酷く痛い。理由は考えるまでも無い、竇輔が居るからである。更には高順と曹操が手を組み竇輔を陥れたとまで言いふらしてる状況だ。
「あんにゃろめぃ!ぶち殺しちゃろうかい?おっ!?調子に乗りやがってよぉ!おい!」
「報告致します!」
「何じゃ?」
「はっ!鮮卑が大挙して遼北を…!更に朝鮮帝国は我が遼南を…!」
「んで?今のところは?」
「はっ!水軍を主とする南軍は優勢ですが…」
「要は、羊飼いの方が荒れてるって事だろ?」
「はい…」
「国譲、子経に伝令を飛ばしてやれ!并、幽両州より鮮卑の側面を攻めろってな!」
この伝令は錦衣衛によって即日にもたらされた。
数日後…
「遼王妃及び世子一堂陛下にご挨拶申し上げます…」
「フゥ…、ヒュウ…、良い…!面を上げよ…、王妃よわざわざ苦労をかける…!ゴホッ...ヴ...ゲホッゴホッゴホッ...はぁ〜…」
「陛下!お体に触ります…!身共はこれにて退らせて頂きます」
「う、うむ…、しょ、尚武は残れ…、言伝が有る…!」
「はっ!」
「西欒…、み、詔を、わ、渡し…て、やれ…!」
「はっ!はい!」
詔には朕の余命幾ばくも無い故此処に明記す。新君即位の際して皇后嫡出の子ならば其の即位は無意味なものと朕の意にて新たに新君を奉れ。新君が即位しようにも尚幼く、未だに時に合わぬ。朕の最後の勅令を持って内閣府に劉虞、劉備、曹操、高順、孫堅、董承を配置し、その者らが幼君を補佐せよ。高順の子、高景に龍驤将軍に任じ皇城の安危を委ねる。
「少将軍、陛下よりの密旨に御座います…、どうか…!高王にも御内密に…」
「はっ!臣、必ずや…!」
「ふっ…、で、では、ゆけ…!」
高景はその場を去り、皇后と竇輔に組みしている人間達は其の光景を主達に報告し、ある者は強奪、ある者は騙し取ろうと様々な手を打つがどれも遼王府に阻まれ、彼らを苛立たせた。
高順は能天気に敵を炙り出すことしか考えていないため、妻子が洛陽に着いたなんて思いもしなかっただろう。
「夫君!」
「おう!…、おう?え?あ!あぁ〜!」
「父上!」
「お、お前ら!来たのか!」
「はい!」
「そうか、なら賑やかになるな!自分家なんだからよ!ゆたぁっと寛げ!好きにしろ!」
一家の団欒って最高!でも、朝廷のドス黒い陰謀やら何やらに巻き込まれるのはごめんだけどな!
はぁ〜…、俺って何もしてないのに巻き込まれるってどうゆう事や!?なんや、戦場に観覧席は無いって言いたいんか?なら家族は違うから!頼むから巻き込むなよ?
「陛下の御詔勅ぞ!遼王は直ちに受け取るよう…」
「はっ、臣順、此処に…」
「皇叔が川蜀、荊襄の地を纏め、漢室の復興の為に朝廷の権臣曹操を討伐せんと欲しておられる。驃騎将軍高順は兵を連れ直ちに曹操を討て!」
ふーん、なるほどな!声高に言うって事はアレだろ?離間の計のつもり何だろうよ…!幸いこの勅使、新入りの様で横に曹操の息子であり俺の娘婿でもある曹彰の前で言い切りやがった。他は青天の霹靂って顔だけど…、俺だけ笑いを堪えてるよ!
「…ヤロォ!」
「子文、落ち着け、俺がどうにかしてやるから!」
「夫君…」
「おぅし!出征前の宴だァ!」
「「はい!」」
「子文、この事を子桓に伝えよ。アレはお前んとこのスケベ爺に負けねぇよ」
「おう…、けど!」
「まぁ、ちょうど野郎と白黒つけてぇと思ってたところだ!なぁに、ちゃんと連れて帰ってくるからそんなに心配するな!」
ちゃんと宥めといたから、大丈夫とは思うが…?待てよ?曹丕…?危ねぇの残してんじゃねぇよ!
「おう、誰ぞ世子を呼んで来い」
「はい」
茶を飲みつつ花を愛でてると現れた。
「父上、お呼びと…」
「おう、留守を頼む」
「はい…」
「何でぇ、連れてけ〜!とか言わねぇのか?」
「行きたいのはヤマヤマですが…私には禁軍を指揮する立場に有りますので…」
「そうかい、なら一つ助言を与えてやる。董承と伏完を疑え、あの二人を見張ってれば何かが有るかもな!」
「はい、わかりました。では母達の事はお任せ下さい」
「お、おう」
ちゃっかり成長しやがって!へっ!親が居なくても子は勝手に育つと言うが本当にそうなりやがったな!
つー事で、遼州大将軍の文遠、遊撃将軍の張五もとい張亮を副将に、直属に呉資、章誑、麹義の三人を連れてく事にした。
そろそろ全員繰り上げるか!大分少なくなったしなぁ…!
荊州!そして劉備軍!二流武将の宝庫よな!絶対に欲しいのが霍峻、羅蒙、魏延、文聘くらいかな!
「大将!一人ご紹介したいのが…!」
「ほう?お前に?珍しいでは無いか!」
「へい!おい、こっち来い!」
「はっ…」
「ご挨拶せい!遼王殿下の手前ぞ?」
「畏まらんでも良い!」
「姜冏と申します、張将軍の副将を務める事と相成りました」
「お、おう!よろしくな!」
「はっ!」
「家は天水か?」
「…、なぜ、それを?」
未来人だから!って言えるわけねぇしよぉ!お前が有名なんじゃなくて息子の姜維の方が有名だから覚えた!
「ん?勘ってやつだ!あの馬鹿をよろしくな!」
「…」
張郃、甘寧を遼州に残した。徐栄は余命長く無いらしいが、死に目には会えんだろうよ…、息子の徐光、徐勲、徐穏が領地を分封するらしいけどよ!どれもそれなりの勇将として名を馳せているらしい。
高景は禁軍の掌握に腐心し、皇后と正面衝突もやむを得ない姿勢を見せ、竇輔を炙り出した。
「貴様ァ〜!」
「ふん!父親の方ならばいざ知らず…、小童如きわしの相手では無いわ!」
「禁軍は出動せよ!遼王に叛乱の兆し已に有り!この皇后が陛下の代わりに鎮めます!」
「…!陛下の密旨此処に有り!」
密旨の内容が内容であるが、肝心の劉協は死に体である。効力を発揮するのに問題は無かった。遠征中の高順は錦衣衛に拠れる報告を受け、劉協は一時的に弱っていただけである。日に日に弱っていったらしい…、まぁ、アレだろアレ!保険金の為に旦那を殺す悪どい女が使いそうな手だよ!一日ちょっとずつ農薬を足してく手法だ。ニュースでしか見た事ねけどな!
「この高尚武!今より龍驤将軍として禁軍を統率し、洛陽の全てを掌握させてもらう!」
これにより、禁軍は高景の指揮の下で伏完一派を押さえ込み、皇帝の回復を待つ。
高順は配下八万を連れて襄陽に居る曹操と合流した。
「ケッ!こんなとこで苦労するお前でもあるまい?」
「ふっ、そうカッカするな、お前とてある程度は楽しみにしておろう?」
「ふん!バレたか!」
「「フハハハハ!ハァーッハッハッハハッハッハッ!」」
「相変わらず口が悪いのぅ?」
「ふん!相変わらずお前には振り回されるわ!」
「うぉっほん!」
「ところで、大耳野郎は?」
「孝父…」
「さっさと言えよ!」
「んーふん!」
「んで?さっきからこの喋れねぇのは?」
「お前が喋らせなかったじゃないか」
「んで?戦況はそんなに悪いのかい?」
「いや、お主が来たからこそ間違いなく勝てる!」
「おい、変態、判るように説明しろよ」
「すまん、すまん、このままでは五分良くて逃げられる。だが、お主が来ればそうとは行くまい?」
「…」
「どうした?」
「いや、あの大耳野郎…『逃げる事に関してはお前に引けを取らないくらいの天賦の才を持っている』ぜ?」
「何が言いたい?」
「野郎はやる前から逃げる事を考えているんだよ!お前は戦ってから逃げようとするじゃねェか!」
「うむ…、否定はせんが…」
「黙ってろ!仕込みは完了した。後は待つだけだ!そういう事で俺ァ寝るぞ!」
「…」
「曹…!」
「言うな、わかっておる。此処はあやつに任せようでは無いか」
高順は自陣に戻り、各地の報告を待つ。
一番待ち遠しいのは、巴蜀にいる関羽と張飛が出てきてくれりゃそれで済むんだけどよ!差し当たり、実しやかにデマを流して行きゃ良い…。孟徳は襄陽、俺は樊城、劉備は新野にそれぞれ駐屯して居る。孟徳でも迂闊に動けない理由が有るとしたら関羽と張飛、趙雲らの動きであろうよ!
膠着状態を一月待った後、役者が揃った。敵方十五万、味方は曹操軍十二万、劉琮・蔡瑁軍八万、遼州軍八万の二十八万対十五万の圧倒的有利な戦争だ。
内訳?あぁ、俺が上手いこと配置した。正面には曹軍、左右には俺と劉琮を配置し徐々に劉備を追い込んだ。
そう、長坂坡の戦いにそっくりな形勢でもあって…、俺は騎兵と一緒に先行して、劉備軍の重要な従軍家族を保護し、民を安全な方向に追いやった。大耳野郎が『民の中に紛れる事が無いように』軍民を分けつつ、劉備軍の行く手を阻んだ。
相手は十五万も居るのに何でそんなに順調かって?んなもん…、俺は一万の騎兵で先行してるからだよ!文遠には主将の役割を果たしてもらって居るからな!
「殿下っ!」
「わかってるよ!でもな!これだけはやらせてくれ!」
「…」
「麹義!」
「おう!」
「退路を確保してこい!」
「呉資、章誑!」
「「はっ!」」
「民を傷つけるなよ?」
「「はっ!」」
さて、この一万は分断工作に入り後の六万が劉備を徐々に追い込んで行くって言う寸法だが段取り通りに行くかどうか?行かねぇよ!戦争だもん!何が有るか判ったもんじゃねぇからなっ!後はあの『万人敵』の二人…、彼奴らを片付けなきゃなっ!
「漢中王!お逃げをっ!」
「うるせぇ!俺に付いて来た民を見捨てられるかッ!見ぃ!民を…!この十万の民を…!」
「敵将は高順です!アレなら民を傷つく事はしないでしょう!此処はいつも通り退いて再起を計りましょう!」
「くそォ!皆、すまん!」
劉備は涙を呑み、南に一目散に逃げたが、内心はほくそ笑んでいた。腹に一芸を持てぬようであれば後世に『蜀漢(季漢)昭烈皇帝』としてその名を知られる事は無かっただろう。
民の足止めに成功し、それ以上の追撃を取りやめた。追い込み過ぎると痛い目に遭うからな。窮寇莫追ってやつだ。(窮鼠猫を噛むと同義語)後は他人妻専門のスケベ野郎がどうにかしてくれるさ!
「おうし!オメェら撤収だ!」
民は全員救えたかって?そんなもん無理に決まってんだろ!多少の犠牲は出たよ!数百のなっ!十万以上の民と数万の軍と戦ってんだ…、最上の戦果と言える。
保護した民らを新野に戻し、再度前線に戻る事になった。
「民よ!聞けっ!漢中王に付いて行ったのは不問とする!これより、今後の事は朝廷より勅使と太守を派遣する故、不安がらずにいつも通りに暮らせ!」
治安回復も戦争の一環よね!後方の事なんざ俺には関係ありゃしねぇけどナ!
「呉資!」
「へい!」
「二万を率いて民らを、新野に送れ!」
「へい!」
「文遠、章誑、麹義!」
「「はっ!」」
「文遠と共に五万を連れて曹軍と合流し、今後に備えよ!」
「「はっ!」」
俺はどうするかって?勿論向かうけども!その前にやる事があんねん!
「さて、張五、行くぞ!」
「へい!」
「大将、大耳野郎…討ち取らくて良いんですかね?」
「討ち取りたいけどな…、討ち取った後を考えると止めときたいんじゃ、関羽と張飛…、俺が恐れる相手でもある…」
「そんなに強いんですかい?」
「まぁな、まともに打ち合えるのはうちの呂都尉くらいだろうよ!」
そう言う高順は史実上に於いて戦術レベルではその両人を打ち破っている。如何せん現代人の臆病さが前面に押し出して縮こまってしまっているのである。
「えっ!?」
「まぁ、気にすんな!あいつら相手に鎖を用意してんだからよ!」
二人を生け捕りにして、禁軍の将軍にでも任せたいねっ!そうすれば劉備も適当な事を起こせだろうよ…、そうすりゃ、孟徳の負担が楽になる。という事は?俺の平穏が!
「グへへへへへへ…グへ、グへ…」
「…しょう、大将…、大将!」
「ん?どうした?」
「気持ち悪い顔して涎垂らさんでくださいよ!」
「んぁ!?お、おう、すまんすまん!行くかッ!」
「へい!」
一万数千を連れて関羽と張飛を足止めしますか!
曹操は当陽橋で足止め食らった。
「吾は燕人、張益徳也!!!!!!相手しちゃるからオドレらかかって来んかい!!!!!!」
橋を挟み、張飛の地声は普段でも雷の様に響くがその時は拍車がかかったらしい。
三国演義の名場面である。そこに出くわさなかったのが高順にとっては幸運でもある。
「ふむ、うるさいヤツめ…!」
「曹公、此処は兵を退かれるが宜しいかと…」
「何ぃ!?」
「へん!遼王殿下は臆病者を将とするか!ブワッハッハッハッハッ!」
「妙才!黙れっ!張将軍、失礼致した。しかし、儂も解せん、なぜ退かねばならないのかね?」
「数万の兵を連れてると言うのに両側の林に兵を伏すとしたら精々数千…、更に数万がその後ろに隠れておりましょう、我らは橋を渡らねば敵と当たる事すら叶いません、無理に渡ろうとすれば其れこそ敵の的に成るだけです」
「ほう…」
「「…」」
「曹公のお考えは?」
「うむ、将軍の言尤も也!皆、退けぃ!」
そこで戦は終わりに見えたが…、遼州軍は半分だけ撤退してそこで敵軍と睨み合った。
都では、竇輔、伏氏一族を投獄した高景は皇帝の容態回復に務める為、父より授かった助言に従い、華陀を呼び寄せて皇帝の看護に当たっている。
「ぬぅ…!この事態…、日に日に手に負えん!父上はまだか!」
「はっ!荊州からの戦報は未だに届いておりません…」
「がぁあああ!」
「世子、落ち着かれよ!」
「これが…、これが落ち着けるかッ!何だよ!この状況は!?父上に認められたくて家を出て軍に入ったは良いけど…!敵の首魁による陛下の暗殺、それを手助けした国丈…!」
「…」
「世子!」
「何じゃい!?」
「…、王妃より、府邸に戻って晩餐をと…」
「うっ…!…、母上に伝えよ、非常の時につき非常の手段を用いて事に当たらねばなりません。とな」
「では、そのように…」
使いは戻り、この事を王妃に伝えた。
「あの子も、父親にそっくりねぇ…」
「何言ってんだい!あの子も大それたもんを言える様になったねぇ…、姉さん!此処はアタイに任せなっ!引きずり出して来る!」
「えぇ…、穏便にねッ!」
「あいよ!」
董媛が王府を飛び出した。
「…、母上、宜しいのですか?」
「止めても行くわよ、ならせめて行かせた方が良いわ」
「兄上…」
「さて、温め直さないとねっ!」
「はい!」
董媛は皇宮に行く前に曹府に赴き、交代を申し出てから皇宮に向かった。
「董母上…!?」
「さぁ、観念しな!戻るわよ!」
「しかし…!」
「はん!戻って食うか、留まってアタイにぶちのめされるか、姉上に叱られるか!選びな」
「董母上…、私も今や将軍です!そのように…」
「へぇ…、言う様になったじゃないの!マセてる暇が有るなら戻るわよ!」
「はぁい…」
「んじゃ、曹家の方々、後はよろしくねっ!」
「…、お任せを」
高景もまだまだ子供である。皇城の不備よりも母を恐れる子供でもある。これを書簡にしたためた蔡琰より高順の元に届き、其れを見た高順は微笑みつつも呆れて愁いた。
「はぁ…、ちったァ成長したかと思ったのにな…!にしても母は剛し、か!ハッハッハ!」
斥候による報告で関羽の軍が長江を渡り、襄陽を強襲するとの報せが届き、兵を急ぎ襄陽に移すのであった。