外伝 借屍還魂見仇人 収地不成攬人材
時は後漢末期、天下は乱れ、群雄割拠の時代。俺は高順、并州の地を治める者でありながら、その魂ははるか遠い未来より転生せし者であった。故に、知ってしまっていた。やがて訪れる悲劇の数々を。
陳留の曹操との決戦目前という緊張が并州の空気を張り詰めさせていたある日、斥候から一本の報告がもたらされた。曹操が大軍を率い、南陽の張繍征伐に向かうという。その報せを聞いた瞬間、俺の血液は凍りついた。
(まずい……ついにこの時が来たか。宛城……あの忌まわしい戦いだ。曹昂、典韋、曹安民……運命の歯車が、また無慈悲な歴史の餌食にしようとしている)
俺の脳裏を、前世で読んだ書物の一節が鮮明によみがえる。酒に溺れた典韋、非業の死を遂げる曹昂。その光景が瞼の裏に焼き付き、胸の奥が締め付けられる。個人的に好感を抱いていた剛胆なる勇将と、将来を嘱望されながらも散った若き貴公子。どうせ介入するなら、彼ら全員の命を救いたい。そう強く思い立った瞬間、冷静さの糸がプツリと切れた。
「文遠! 并州の一切を任せる!」
俺はほとんど思考する間もなく、城壁の馬小屋へと駆け寄り、愛馬黒雲に鞍を装備させた。興奮は冷めやらず、血潮が騒ぐ。一人で事を為すには危険すぎる、などという分別は最早吹き飛んでいた。未来を知る者の義務、いや、驕りと言うべきか。ただ、見過ごすことだけはできなかった。
「将軍! まってくだされ!」
慌てた様子で張遼が城門まで追ってきた。その鋭い眼光は、俺の異常な興奮を見逃さなかった。張遼は俺の右腕であり、この乱世でも稀なほどの信義を重んじる漢である。彼を欺くことはできぬ。
「将軍、ここ近来、お姿やお心持ちに明らかな変化が御座ります。まるで……先の見通しがおありの如くに。今夜の単独行、いかなる御用で? 何か重大な事がおありなのですな?」
張遼の真剣な眼差しに、俺は覚悟を決めた。全ては話せぬが、核心の一片だけは伝えよう。
「文遠よ、済まぬ。今は詳細を語ることはできん。しかし、俺は宛城へ向かう。そこで起こらんとする愚行を、俺という存在が知っている以上、看過することはできぬのだ。帰還次第、必ずや全てを話そう。それまでは、并州と我が家族のことは……頼んだ」
張遼は一瞬、深く困惑した表情を浮かべたが、俺の決意の固さを見て取ると、深く息を吸い込み、大きくうなずいた。
「……承知いたしました。将軍は必ずや御無事で帰還なされまする。どうか、ご武運を」
彼の信頼に胸が熱くなった。俺は無言で頷き、黒雲の腹を蹴って南へと駆け出した。夜風が肌を刺す。星明かりのみを頼りに、并州の野を疾走する。しかし、この乱世、平穏な旅など許されるはずもなかった。
并州の境界、険しい山道に入った頃である。不気味な囁きのような笑い声が、夜気を切り裂いた。
「へっへへっへ! これはこれは、名高い晋陽侯爵高順殿ではござらぬか! ご無沙汰いたしておりまするなぁ!」
道の中央に、痩身ながらも禍々しい気をまとった一人の男が立ち塞がる。その顔を見た時、俺は思わず息を飲んだ。董璜――あの暴君董卓の甥であり、かつては権勢を誇った男だ。彼はとっくに歴史の闇に消えたはずではなかったか。
「董璜……。生きていたのか」
「お陰様でな! 蛆虫共の如き連中に嬲り殺されるには及ばぬわ! この董璜様、地の底から這い上がり、再び日の目を見る時を待っておりましたぞ!」
彼は既に正気を失っている。目は虚ろで、かつての権力者の面影は微塵もなく、復讐と狂気に塗れた亡霊と化していた。十数人のならず者らしき輩が彼の周囲に蠢き、不気味な笑みを浮かべている。
「で、は? 高順殿、わざわざこんな夜更けに、たった一人でどこへお出かけですかな? お前のその首、貰い受けるとしよう!」
董璜が手にした剣が月明かりで鈍く光る。時間の浪費は許されない。俺は即座に愛槍破軍を構えた。この狂犬は、最早言葉で説得できる相手ではない。
「たった一人だと? ふん、大将を誰だと思っていやがる!」
次の瞬間、四方の藪から鋭い風切音が響いた。矢が飛来する! 董璜の手下たちが悲鳴を上げ、次々と地面に倒れていく。
「大将ぉ! 俺たちを置いてけぼりにしようなんて、そんな無茶おっしゃいませんで!」
張五、俺の古くからの部下で、武勇こそ張遼に劣るが、並外れた忠誠心と、どこか抜けたところを持つ男だ。彼が二十人ばかりの兵を率いて現れた。一体いつから付いて来ていたのだろう。まったく、油断も隙もあったものではない。
「張五! 貴様、いつから?」
「はっ! 張遼将軍の命により、配下二千の兵と共に、ずっと後を付けて参りやした! 大将のお一人でのお出かけ、どう考えても危なっかしゅうてならん、ということで!」
二千? 流石に多すぎる。しかし、今はその忠義に感謝するしかない。董璜は突然の襲撃に狼狒し、周囲の手下を罵倒している。
「て、てめぇら! 何をやっておる! 奴らをどうにかしろ!」
その隙。俺は黒雲を蹴り、瞬く間に董璜へと肉薄した。彼が慌てて呉鉤を振り上げる前に、槍の柄底でその腹部を強打する。董璜は「ぐふっ」という苦悶の声を上げ、その場に崩れ落ちた。殺す必要はない。かつての権力の亡霊は、最早脅威ですらない。
「縛れ。どこかに放置しておけ」
「へい!」
張五が気持ち良く応える。俺は再び馬首を南へと向けた。
「張五、付いて来い。ただし、二千全員で城へ乗り込むのは目立ちすぎる。百三十六里先、宛城近郊で待機だ。まずは五百の兵を変装させて城に入れ、情勢を探らせる。残りは城外に潜ませ、動向を監視せよ。お前は俺の傍にいるのだ」
「わかりやした!」
張五の顔がぱっと輝いた。彼を一人前の将として鍛え上げるのも、俺の役目だ。転生以来、苦楽を共にしてきた数少ない友である。
かくして俺たちは宛城へと急行した。曹操軍が無事に入城し、張繍が形式的な降伏を済ませるまでの間、郊外の森に身を潜めて状況を窺う。街は一見、平穏そのものだった。しかし、その静けさは暴风雨の前のそれに違いない。俺は一人、密かに城内へと入り、目的の人物への接触を試みた。
宛城内、張繍軍師賈詡の屋敷は、質素でひっそりとしていた。彼を訪ね、対面した時の彼の表情は、俺の予想を超えるものであった。
「高順将軍? まさか、この宛城にご足労とは……。これは如何なる風の吹き回しにて?」
賈詡は明らかに動揺していた。机の上にあった書簡を落としそうになり、珍しく口をわずかに開けて呆然と俺を見つめ返してくる。さすがの彼も、敵対勢力の大将が突然、自室に現れたことには驚いたようだ。この珍しい光景を、後世のカメラで収めたいほどであった。
「文和兄、久しぶりだな。宜しいかな?」
「……無論でござる。しかし、高将軍ご単身でのご来訪、只事ではあるまい。何か、切実なる御用件と拝察するが」
賈詡はすぐに平静を取り戻し、鋭い眼光を俺に向ける。さすはは「毒士」、平常心への回復は早い。
「流石はお見通し。どうにも、この宛城に、嫌な戦の匂いがプンプンと漂っておってな……」
「ほう? 何故、そうお思いで?」
賈詡の目が極僅かに細くなる。彼は既に何かを察し、あるいは計画しているのかもしれない。
「まあ、張繍殿の日頃のご様子や、曹操公の……女好きな性癖を見ておれば、想像はつくというものよ」
俺はわざと曖昧に口を濁した。未来を知りすぎた発言は、かえって疑念を買う。まるで、まだ上映前の映画の結末を喋ってしまうようなものだ。
賈詡はしばし沈黙し、じっと俺の目を覗き込むようにした。その視線は冷徹で、人間の心の内層まで見透かすかのようだった。
「……将軍。お言葉は以上でござるか?」
「ああ。ただ、無用な血が流されるのは、見ていて心地の良いものではない。特に……才能ある者たちのな」
俺はわざと「才能ある者たち」と言い、典韋や曹昂、そして賈詡自身をも指していることを暗に示した。賈詡の眉がピクリと動いた。
「……ふむ。承知いたした。この件は、内密にいたそう」
賈詡は微かにうなずくと、それ以上何も語らなかった。彼は全てを理解した。そして、俺の提案に乗る気だ。これで第一段階は成功である。
宿舎に戻り、張五ら主要な部下を集め、作戦を伝達した。
「一、曹昂、曹安民、典韋の三名を救出せよ。死活問題だ。二、曹操と張繍、双方の面目を保たせつつ、この場を収めよ。全面戦争は避ける」
部下たちは不可解そうな顔をしていた。なぜ敵将である曹操の息子や護衛を救わねばならないのか、理解に苦しむのは無理もない。しかし、彼らは「高順のやることには必ず深い意味がある」と信じて疑わない。
「わかりましたぜ、大将! 俺たちにゃあ難しい理屈はわからねえが、大将の命令なら絶対だ!」
張五が代表して力強く返事をした。その純粋な信頼に、胸が熱くなるのを覚えた。
それから十日。賈詡からの密書が届いた。「今夜決行」の短い文面。いよいよだ。
夜が訪れ、宛城に不気味な静寂が訪れた。そして、時は来た。
張繍軍の動きが活発になり、殺気が街中に満ち始める。曹操本陣は酒宴の余興で疲れ、警戒心は著しく低下していた。特に典韋は、胡車児という張繍配下の将に酒を勧められ、泥酔した上に愛武器である双戟を奪い取られている。これでは史実通り、無念の死を迎えるのも時間の問題だ。
「張五、行くぞ。お前は部隊を率いて曹操本陣近くに布陣し、脱出路を確保しろ。俺は単身、典韋たちを探しに向かう」
「おう! でも大将、無茶すんじゃねえでくれよ!」
俺は闇夜に紛れ、忍者さながらに屋根を伝い、曹操が宿泊する館へと向かった。手下の兵たちが、油で満たした桶を運び、館の周囲に配置しているのを目にする。火攻めの準備だ。
まずは胡車児を始末せねばならない。史書では典韋を討ち取った張本人である。彼は武器庫の前で、これ見よがしに典韋から奪った双戟を弄び、嗤っていた。
「へへっ……天下無双の典韋も、こうして無様になるわい。酔い潰れて目を覚ませば、炎の中じゃあのうてへへっ……」
背後から忍び寄り、一瞬でその口を押さえ、頸部への一撃で意識を失わせた。騒ぎを立てず、無力化する。殺すのは簡単だが、未来を変えた以上、余計な血は流さないようにしたい。
武器庫の中では、巨大な体躯の男が酔いに任せて鼾をかいていた。典韋である。傍らには、彼の双戟ではない、あり合わせの長刀が置いてある。これでは本来の力の半分も発揮できまい。
「典将軍! 典将軍! 目を覚ませ!」
激しく揺するが、彼はぐーぐーと眠り続ける。仕方ない。俺は傍にあった水がめを手に取り、彼の頭めがけてぶちまけた。
「ぬおおっ!? 何じゃ! 雨か!?」
「敵襲だ! 典韋、武器を取れ! 曹操公を守れ!」
水を被ってようやく正気を取り戻した典韋は、状況を理解すると、たちまち戦士の表情に戻った。
「ぬう……頭が……だが、ありがとうよ、誰かは知らんが! お陰で恥をかかずに済む!」
彼は長刀を握りしめ、外へと飛び出していった。俺はすぐに曹昂と曹安民の居室へと急ぐ。途中、血まみれになりながらも奮戦する曹操の姿を目撃した。彼は必死に脱出を図っている。
「曹公! 急げ! こちらです!」
俺はわざと声を張り上げ、曹操の注意を引き、脱出路を示した。彼は一瞬、俺の存在に驚いたが、すぐに肯き、指示された方向へと走り去った。これで曹操の生存は確保した。
曹昂と曹安民の部屋に辿り着くと、二人は既に武装し、戸口で戦おうとしていた。
「お前は!? 并州の高順ではないか!」
曹昂が驚いて叫ぶ。聡明な彼は、俺の出現に大きな疑問を抱いたに違いない。
「説明は後だ! 今は脱出に協力する! 我に従え!」
「……解った! 信じよう!」
曹昂の決断は速かった。曹安民もそれに従う。俺たちは館を脱出し、激戦を繰り広げる典韋と合流した。典韋は長刀一本で数十の敵兵を薙ぎ払い、まさに鬼神の如き戦いぶりだった。
「典韋! ここだ! 脱出するぞ!」
「曹昂公子! 安民公子! 無事でござったか! よし、ならば退くとするか!」
四人で力を合わせて戦いながら、張五が確保した脱出路へと向かう。城外では、待機していた并州兵百名が馬を準備して待ち構えていた。
「急げ! 馬に乗れ!」
俺たちは馬に飛び乗り、北へと疾走した。後ろでは、宛城が業火に包まれ、壮絶な殺戮劇が続いていた。振り返れば、炎が夜空を赤く染め上げている。
河南尹まで来たところで、ようやく一息ついた。
「高順将軍……。なぜ、我々を助けた?」
曹昂が真剣な面持ちで問い質してきた。その目は感謝よりも、強い疑惑に満ちていた。
「個人的な理由だ。将来を嘱望される貴公子と、天下無双の勇士を、無駄死にさせるには忍びないと思ったまでよ」
「……父上の敵である貴方が、ですか?」
「敵味方は時の運。昨日の敵は今日の友ともいうだろう? まあ、曹操公がどう思うかは知らんがな」
俺はわざと軽く流した。真実を話せるわけもない。
「……ともかく、命は助かった。この恩、決して忘れぬ」
曹昂は深々と頭を下げた。典韋も、もごもごと言葉を詰まらせながら感謝の意を表した。
ここで別れようとしたその時、張繍軍の伝令が一人、馬を飛ばしてやって来た。
「高順将軍! 我が主、張繍より、何卒お目通りいただきたく!」
(張繍? わざわざ使者をよこすとは……?)
賈詡の働きかけか、それとも張繍自身の判断か。いずれにせよ、会わないわけにはいかない。俺は曹昂たちに合図を送り、使者の前に立った。
「承知した。案内せよ」
張繍は、曹操軍の反撃を受けて惨憺たる状態だった。五万いた軍勢は二万以下にまで減り、兵士たちの顔には疲労と絶望の色が濃く刻まれていた。史実なら、ここで劉表を頼って落ち延びるはずだ。
「高順将軍、突然の申し出、無礼は承知でおる……。この有様、見苦しくてな……」
張繍は憔悴しきっていた。野望は挫け、軍は崩壊寸前。最早、独力で生き残るのは困難であることを悟っている。
「張繍殿、遠慮は無用よ。率直に言え。我に何を望む?」
「……并州に……我らを迎え入れてはもらえぬか? 賈詡も……そう進言しておる」
(賈詡、流石だ……!)
内心、大きくガッツポーズをした。当代随一の知謀を持つ賈詡を手に入れられるだけでも大収穫なのに、張繍という歴戦の将まで付いてくるとは。
「良いだろう。喜んで迎え入れよう。ただし、一つだけ条件がある。曹操公への敵意は捨てろ。復讐は、貴様らを滅ぼすだけだ」
張繍は深くうなずいた。
「……わかっておる。俺が恨むのは曹操ただ一人。ならず者共の如く嬲り殺しにした叔父(張濟)の仇は討った……。もう、いい……」
かくして、俺は曹昂、典韋、曹安民の三名の生命を守り、さらに張繍、賈詡、そしてその残兵二万数千を従えて、并州への帰路についたのである。この大仕事が、後に想像だにしない大きな波紋を呼ぶことなど、この時はまだ知る由もなかった。
一方、その頃。
宛城の惨劇から辛くも逃れ、舞陰という地まで撤退した曹操は、深い絶望の底にあった。逃げ惑う中、嫡子である曹昂と、最強の護衛典韋の姿が見えない。幾度となく斥候を出し、生存者の探索を試みるが、満足な答えは返って来ない。
「昂……! 悪来……! お前たちは……どこにおる……!」
曹操は仮設の陣幕の中、酒に酔い痴れ、虚ろな目で呟き続けていた。自らの女癖の悪さが招いた結果だと、誰よりも痛感していた。女にうつつを抜かしたばかりに、最も大切な者たちを失った。その自責の念が、彼の肝を曇らせていた。
「孟徳! 貴様、いつまでそんなふざけた真似をしておるつもりだ!」
陣幕を激しく掻き分け、隻眼の大男・夏侯惇が入って来た。曹操の無様な姿に業を煮やしたのである。
「……元譲か……。昂が……悪来が……おらんのじゃ……」
「ぐ……! だが、だからと言って、ここで腐っておる場合か! 貴様は軍の主将だぞ!」
夏侯惇自身も、典韋を曹操に推挙した張本人であり、その無念さは人一倍だった。曹昂に至っては、血は繋がっていないものが、幼い頃からその成長を見守ってきた、甥同然の存在である。才気煥発で、父である曹操に似ながらも、女癖の悪さだけは受け継がなかった好青年の非業の最期は、夏侯惇の胸も締め付けた。
そこへ、援軍を率いて曹仁が到着する。
「兄者! 参った!」
曹操はようやく重い腰を上げ、張繍への反撃に出た。散り散りになった張繍軍を返り討ちにはしたものの、その戦場で一際異様な光景を目撃する。「高」の軍旗を掲げた并州兵の姿である。
「何……!? なぜ高順が……!? まさか、張繍と結託したというのか!?」
曹操は混乱した。もし高順まで敵に回ったとなれば、態勢が整っていない今、甚大な被害が出る。しかし、并州軍は積極的に攻撃して来ない。ただ、張繍軍の残党を収容しているように見える。
「あの野郎……一体、何を企んでいる……?」
その疑問が解けぬまま、今度は荊州の劉表軍が迫っているとの報せが入る。軍師の戯志才が冷静に進言した。
「公よ、今は退く時。劉表を迎え撃つ体力は我らに残ってはおらぬ」
「……うむ、そうじゃのう……」
曹操はしぶしぶながらも撤退を決断した。
退却行は過酷を極めた。兵士たちは喉の渇きに苦しみ、速度は落ち、士気は低下の一途をたどる。このままでは兵が逃げ出してしまう。曹操は知恵を絞った。
「兵たちよ! 聞け! この先に大きな梅の林がある! そこまで急げば、酸っぱい梅の実で喉を潤すことができるぞ!」
兵士たちは、実際には存在しない梅の林の幻影に希望を見出し、懸命に前進した。これが後世、「望梅止渇」という故事として語り継がれる所以である。曹操の機転が、軍の崩壊を辛うじて防いだのだった。
ようやく本拠地である兗州・濮陽に帰還した曹操を待っていたのは、正妻である丁夫人の、烈火の如き怒りであった。
「出てまいれ! 人の皮を被った獣め! この私が、貴様の顔など二度と見たいと思うか!」
丁夫人は、実子同然に慈しんで育てた曹昂の死を知り、悲嘆のあまり怒り狂っていた。部屋の扉を閉ざし、曹操の訪問を頑なに拒否する。
「お前は……! 私の昂を……私のたった一人の息子を殺しておいて……! よくも平気な顔をしていられるわね! 天下だの覇道だのと能くそう大口を叩けるものだ! 家ひとつ、家族ひとつまともに守れぬくせに!」
その罵声は、家中に響き渡り、家臣や使用人たちも気まずそうに下を向くしかなかった。曹操は扉の前で佇み、ただただ黙って罵倒に耐え続けた。
(その通りだ……妻の言う通りだ……私は……愚か者だ……)
正論である。反論の余地など微塵もない。曹操は孤独だった。息子を失い、妻から見放され、有能な護衛さえも失った。その心の空洞は、どれだけ領土を広げ、兵を増やしても埋めることはできなかった。
そして、ふと頭をよぎる疑念。高順の不可解な行動。宛城での并州兵の出現。もしかしたら、奴は最初から全てを知っていたのではないか? わざわざ敵将の息子を助けるなど、計算なしにはありえぬ。だとすれば、昂や典韋の「死」も、何か関係が……?
その思いが頭から離れないある日、公孫瓚と袁紹が同盟を結び、并州に攻め込んだという報せが入った。曹操は即座に軍を動かすことを決断する。
(好機到来……! 高順、もしお前が俺の息子を弄んだのなら、この曹操、并州ごと潰してくれるわ!)
復讐心と、領土拡大の野心が入り混じった曹操は、軍勢を率いて北上を開始した。しかし、その途上、信じがたい光景を目撃する。高順の陣から、一人の使者が現れた。その姿は、死んだはずの我が子、曹昂その人であった。
「な……!? お、お前は……子脩……!? 幽霊か……!?」
曹操は馬上で大きく後ずさりした。目の錯覚か、と思うほどに現実味のない光景だった。
「父上! ただいま戻りました! この不孝の子、曹昂でございます!」
曹昂は馬から降り、地面にひざまずいた。その背後には、無事である典韋と曹安民の姿もある。三人とも、少しやつれてはいるが、明らかに生きている。
「公! お守りできず、無様を晒しました! どうかお許しを!」
典韋も深々と頭を下げる。
曹操は完全に言葉を失った。呆然と三人の顔を見比べ、そして遠くに見える高順の軍旗を見つめた。
(……わからん……全く、理解できん……)
ようやく事情を説明する曹昂の話を聞き、そして高順からの書簡を受け取った。そこには「公子は無事にお返しします。故に、どうか兵をお引き取りください。今戦えば、漁夫の利を得るのは袁紹か公孫瓚だけです」と、冷静かつ的確な現状分析が記されていた。
曹操は深く唸った。全てを計算済みである。高順の思惑通りに動かされているのだ。屈辱だった。しかし、一方で、息子と忠臣が無事に帰って来たという、計り知れない安堵もあった。
「……くっ……くくっ……はははははは! 参った! 完全に、やられたわ!」
曹操は天を仰ぎ、自嘲気味に大笑いした。軍師の戯志才も、傍らで静かに笑みを浮かべている。
「公よ、良いではありませんか。公子も典韋も帰参なされた。これ以上ない僥倖です」
「……そうじゃのう……。欲をかきすぎると、痛い目に遭う……良い教訓じゃ」
曹操は深く息を吸い込み、ようやく平静を取り戻した。
「よし! 子脩! 悪來! 帰って来い! 今は細かい事は言わん! 兵たちも聞け! 宴じゃ! 生きて帰って来た者たちを祝うのじゃ!」
「おおおおっ―――!!」
主将の復活と、英雄たちの生還に、曹操軍の士気は一気に回復した。
しかし、家族の亀裂はそう簡単には修復されない。丁夫人は曹昂の無事を知り、少しばかり態度を軟化させはしたものの、曹操に対する冷たい態度は変わらなかった。彼女は「曹夫人」と呼ばれることを頑なに拒み、実家に引き籠もってしまったのである。曹操が幾度となく謝罪に訪れても、顔を合わせることさえ拒否したという。
数日後、曹操は意を決して丁夫人の実家を訪ねた。門前で跪き、声をかける。
「妻よ……わしだ。どうか、扉を開けてはくれまいか……」
しばし沈黙の後、内から冷たい声が返ってくる。
「……用がおありなら、そこからおっしゃい。わたくしには、貴方のような立派な『英雄』様と面と向かう資格はございませんので」
「……わしは愚かであった。己の過ちを深く悔いておる。どうか、許してはくれぬか……家に戻って来てはくれぬか……」
「戻る? あの、わたくしの昂を死に追いやった家に? 笑わせないでください。貴方は貴方の天下をお取りなさい。わたくしは、ここで昂の面影でも偲びながら、静かに暮らします」
「……だが、昂は無事であったぞ! 高順という男が助け出してくれた!」
「……何ですって?」
扉がわずかに開き、涙で腫らした丁夫人の顔がのぞいた。
「本当なのですか? 昂が……生きていると?」
「ああ! 今は高順の下で保護されているが、すぐにでも戻って参る!」
丁夫人の目に一瞬、喜びの色が走ったが、すぐにまた冷たい表情に戻った。
「……そう。ならば尚更、わたくしが戻る必要はございませんな。無事ならばそれで結構。……貴方は、どうかお体をお大事に。二度とお会いすることもございますまい」
「妻よ……!」
「さようならでございます、曹操様」
そう言うと、丁夫人は再び扉を閉ざした。曹操はその場に跪いたまま、しばらく動けなかった。英雄の家庭事情は、いつの時代も複雑なのである。
さて、話を俺、高順に戻そう。
無事に張繍、賈詡を従え、并州へと帰還する途上、ある「荷物」の処遇に頭を悩ませていた。あの董璜である。彼は生きていたが、その取り扱いは極めて厄介だ。
「さて、董校尉……。改めて聞く。なぜ、あの時生き延び、今ごろになって現れた?」
檻車の中の董璜は、吐き捨てるように言った。
「ふん! 今更そんな事を聞いて何になる? 俺は復讐するためだ! 董氏を滅ぼした者たち全てに、復讐を!」
「……お前の復讐劇に付き合うつもりはない。ただ、なぜ生きているのか、その方法が気になっただけだ」
「話したところで、この俺を生かしてはおくまい?」
「……平民として大人しくしているのなら、見逃せんこともない。それに……忘れるな、俺の妻の一人は、今は亡き董卓太師の娘であり、お前の『従妹』でもあるのだ……。彼女を、これ以上悲しませたくはない」
俺の妻の一人、董媛は、董卓の娘である。乱世において、政略結婚はつきものだが、彼女は分別ある女性だ。血縁者である董璜を、みすみみ殺すわけにはいかない。
董璜はしばし沈黙し、やがて諦めたように語り始めた。
「……わかった、話そう。俺は、奴らが叔父を殺した直後、屋敷から密かに逃げ出した。そして、背格好の似た乞食を一人捕まえ、その顔を切り刻み、俺の衣服を着せて屋敷に放り込んだ。呂布や李粛らが屋敷に押し入る前に、『董璜は自害した』という噂を流したのだ。奴らはその死体を俺と信じ込み、探索を諦めた」
その話のあまりの狡猾さと残忍さに、俺は息を呑んだ。
「その後は、山にでも籠もって生き延びようと思ったが、たまたま出くわした山賊の頭を殺し、そのまま俺が頭になったまでのことさ。へへへ……どうだ、よくやったと思わんか?」
(なんという男だ……。救いようがない)
俺は呆れ返った。最早、言葉も出ない。彼を并州に連れて帰ることは、災いの種をまくようなものだ。
「……お前には、西域へ行ってもらう。そこで商人として生きろ。二度と中原の地には戻るな。さもなくばその時は、本当に消してもらう」
俺はそう宣告し、董璜一派に金二千両を与え、西域方面へと追放した。彼らが大人しくしている保証は全くないが、これがせいぜいの情けというものだ。
ようやく并州の晋陽に帰還した俺は、家族や部下たちからさんざんに叱責された。
「夫君! また、そんな無茶を! お一人で敵地の真っただ中へ……! 万一のことがあったら、私達はどうすれば良いのですか!」
才女として名高い正妻の蔡琰でさえ、怒りと安堵で涙を浮かべて俺を責めた。もう一人の妻、董媛も同様である。
「まったく、呆れた大将だ! 三品の将軍ともあろうお方が、護衛もつけず単騎で出陣とは! 無責任にも程がある!」
古参の部下である張遼の剣幕はすさまじく、説教は小一時間に及んだ。
そして、最も手酷かったのは、妻二人からの「往復ビンタ」である。普段はおしとやかな二人が、本気で怒るとこれほど恐ろしいのかと痛感した。
「す、すまぬ……。今後は二度と、 こんなな真似は致さぬ……」
「約束ですよ? 絶対にですよ?」
「はい……」
ようやく説教と制裁が終わり、平穏な日々が戻ってきた。俺はほっと一息つくと、久しぶりに子供たちと戯れ、妻たちと団欒の時を過ごした。転生してからの俺は、家庭を大切にしていた。蔡琰との間にできた長男高景、次男高昭、董媛との間にできた三男高輝、そして長女高婉。まだ幼い彼らが、将来どんな大人に成長するのか、楽しみでもあり、また不安でもあった。乱世の只中である。平穏など、いつまで続くかわからない。
これら一連の出来事が、曹操との決戦「陳留の戦い」の前哨戦なのであった。曹操は息子を返してもらった恩義もあり、陳留での戦いでは手加減したのか、あっさりと和睦を申し入れてきた。彼もまた、高順という男の不可解な行動と底知れぬ力量に、真正面から戦うことの危険性を感じ取ったのかもしれない。
兗州鄄城。曹操は主要な幕僚たちを集め、深刻な面持ちで語りかけた。
「皆を呼んだのは、他でもない……并州の高順についてじゃ」
荀彧、荀攸、程昱、戯志才ら当代随一の知謀たちが、それぞれの表情で主君の言葉に耳を傾ける。
「ほう? 明公、あの高順にご興味が?」
荀彧が静かに問い返す。
「うむ……どうにも、気になってのうてならん。あの男は、我が道中、幾度となく現れ、我が計画を挫いておる。吕布討伐の時も然り、今回の宛城の一件も然り……。しかも、奴はわざわざ昂や典韋を助け、我に恩を売りやがった」
曹操の目は、猜疑心と、ある種の畏敬の念のような複雑な感情で曇っていた。
「ふむ……つまり、敵か味方か、その立場が明確ではない、と?」
程昱が鬚を撫でながら呟く。
「そうじゃ! 奴は時に敵として牙を剥き、時に不可解な援軍を送りよる。この曹操、三十万の大軍を擁し、もはや戦において困ることはないと思っておったが……奴は百数十万の兵を動員し、さらに匈奴や鮮卑の騎兵まで従えおる。もし奴と全面戦争になれば、我らはひとたまりもないかもしれん」
重苦しい沈黙が部屋を覆う。誰もが、高順という巨大な不確定要素の脅威を認めざるを得なかった。
「……では、どうすべきか? 皆の意見を聞きたい」
曹操が幕僚たちを見渡す。
荀彧がゆっくりと口を開いた。
「私は……和を選ぶべきかと」
「私も和議に賛成です」荀攸が続く。
程昱は少し考えてから言った。
「和議を結んだ上で、機会を窺う……というのは?」
最後に、戯志才が飄々とした笑みを浮かべて意見を述べた。
「ふふふ、并州と戦えば、袁紹、袁術、劉表ら周辺の諸侯に袋叩きにされるは必定。わざわざ火中の栗を拾う必要はござりませぬ」
「うむ……皆の言う通りじゃのう。袁紹らを討つ間は、高順とは盟を結んでおくのが得策かの……」
曹操は深く肯いた。しかし、内心では複雑な思いが渦巻いていた。高顺という男の真意、そしてその異常なまでの先見性への強い興味が消えることはなかった。
しばらくして、曹操は一人の人物を呼び寄せた。曹昂である。
「子脩よ、高順をどう思う?」
曹昂は少し考えてから、きっぱりと言った。
「信じるに値する人物です。父上、もう一度、高順と戦おうというのですか?」
「いや……まだ決めてはおらぬ。お前の意見を聞きたかったのだ」
「私は、并州へ行くべきだと思います」
曹昂の言葉に、曹操は目を見開いた。
「ほう? なぜだ?」
「高順という男を直接知り、その真意を確かめるべき時です。敵として見るか、味方として遇するか、それを決めるのは、実際に会ってみなければわかりません」
曹操はしばらく黙考した後、哄笑を上げた。
「はははは! 良いだろう! それでは、わし自ら并州へ赴くとしよう! お前も来い!」
「はい!」
かくして、曹操親子はごく少数の供回りのみを連れ、并州へと向かったのである。国境では、高顺自らが出迎えの準備を整えていた。張繍と賈詡にも事前に連絡を取り、曹操との面会に備えさせている。
「曹公、ようこそお越しくださいました。何の御用で?」
俺はわざと平静を装って尋ねた。
曹操はからからと笑った。
「ふふふ、何のって、息子の命を助けてくれたそうではないか! その礼を言わねばならんからな! それと……せっかく来たついでに、并州の様子も拝見させてもらおうと思ってな」
「一戦交えた後にか? 随分と呑気な」
「はははは! 細かい事は気にするな! そういうところが、貴様の度量の狭さというものだ! 将軍という者は、もっと太く大きくあるべきじゃ!」
(よく言うよ……)
内心では呆れ返ったが、ここは大人しく受け流すことにした。
曹操は并州の中をくまなく見て回り、その整備されたインフラ、規律正しい軍隊、活気ある市場、そして何より、領民の豊かな表情に驚嘆の声を上げずにはいられなかった。
「ほう? これは……道路、水路、工房、学堂……。并州の整備は、ここまで進んでおったのか?」
「ああ、まあな……」
俺は少し照れくさそうに答える。元の世界の知識をパクっただけなのだが、それを説明できるわけもない。
「孝父、特にこの『学堂』とは何だ? なぜ、平民の子らまで字を学ばせるのだ?」
曹操の疑問は当然である。この時代、教育は特権階級の独占物だった。
「字が読めぬ者は、役人に騙され、搾取される。逆に、字を読める百姓が増えれば、役人も不正がしにくくなる。互いが法の下で対等に生きるための礎だ」
「しかし……『刑は大夫に上がらず、礼は庶民に下さず』というのが世の常だ。士大夫階級の反発はないのか?」
曹操の懸念はもっともだった。特権を奪われようとする者たちの抵抗は、いつの時代も激烈である。
「最初は反発もあるだろう。だが、人間とは『慣れる』生き物だ。時が経てば、これが当たり前になる」
俺はそう言い切った。
「『慣れる』……か?」
曹操は深く考え込む様子だった。
そして、最後に、俺は曹操に核心を突く提案をした。
「孟徳、帝を迎えよ」
後漢の献帝は、当時、荒廃した長安から逃れ、さまよっていた。曹操は目を丸くした。
「……なぜ、お前が迎えぬ? お前が帝を戴けば、天下の声望は一気に高まるだろうに」
「俺が帝を迎えても、それは単なる『権威の簒奪者』で終わる。だが、貴公が迎えれば漢朝再興の忠臣として、大義名分を手中にできる。大義名分があれば、今、俺が并州でやっているような改革を、天下規模で推し進めることができるのだ」
俺は曹操の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「……なっ……!?」
曹操は絶句した。彼の頭の中で、様々な計算が猛烈な速度で回転しているのが見て取れた。そして、やがてそれは、轟くような大笑いに変わった。
「ふははははははは! 面白い! 実に面白い! 良いだろう、その話、乗った! だが……袁紹はどうする? あの男は、帝など必要とせぬだろう」
「袁紹か? あれは所詮、過去に縛られた男よ。放っておけ。いずれ、自滅するさ」
「……実はな、袁紹からも同盟の話が来ておるのだが……」
「鞍替えすることを勧める。貴公と袁紹、どちらが未来を創れるか……もう、答えは出ているだろう?」
曹操の目が強く輝いた。彼の中ですべての点と点が繋がり、一つの大きな未来図が描かれた瞬間だった。
「うむ……そうじゃな……! ならば、新たな友と、新たな世を築こうではないか!」
「頼んだぞ、『丞相』」
「ははは! 将軍、呼び方はまだ早いわ!」
しかし、俺は笑みを消し、強い口調で付け加えた。
「だが、一つだけ警告しておく。貴公がその地位を濫用し、朝廷を私物化するようなことがあれば、この高順、全軍を率いて貴公を消しに行くことを誓う」
曹操もまた、笑みを消し、真剣な表情でうなずいた。
「……承知した」
かくして、俺は曹操を見送り、并州と兗州の境まで付き添った。この同盟が、天下の趨勢を大きく動かすことになるとは、この時はまだ完全には理解できていなかった。ただ、歴史の流れが、確実に大きく変わろうとしている予感だけは、強く感じ取っていたのである。
後世、陳寿は『三国志』の中で曹操をこう評した。
『漢末、天下大いに乱れ、雄豪並び起こり、袁紹は四州に虎踞して強盛にして敵なし。太祖武皇帝は運籌演謀し、宇内を鞭撻し、申不害、商鞅の法術を攬り、白起、韓信の奇策を該し、官方は材を授け、各その器に因り、情を矯め算に任せ、旧悪を念わず、終に皇機を総御し、洪業を克成せし者、惟だその明略最も優れるなり。抑も非常の人、超世の傑というべし』
(意訳:漢朝末期、天下は大いに乱れ、群雄がそれぞれ並び立ち、その中でも袁紹は四州を占拠し、その盛強ぶりは群雄の中でも抜きん出ていた。魏太祖武皇帝曹操は戦略を立て、その鞭を天下に振るい、申不害や商鞅の法術を取り入れ、白起や韓信のような奇策を駆使し、公平に人材を登用し、その才能に応じて適材適所に配置した。私情を挟まず計算に徹し、過去の悪事を気にすることなく、ついには皇帝の権威を掌握し、大業を成し遂げた。これぞ、並外れた人物であり、世を超えた傑物と言える。)
まさにその通りだった。彼に会い、語り合って、その並外れた才覚と器量を痛感した。そして、彼は俺の考え――時代にそぐわない過激な改革思想でさえも、理解を示そうとしてくれた。
俺の軍師である賈詡は、後になってこう呟いた。
「曹公との同盟……そして天下への布石。素晴らしき御考えですが、その実行の困難さたるや、計り知れませんぞ……」
その言葉を聞いた時、俺は思わず賈詡の頭を拳骨で殴りつけようかと思った。
(それをどうにかするのが、お前たち軍師の仕事だろうが!)
しかし、それを口にするのはぐっとこらえた。時代と噛み合わない理想を掲げ、無理矢理にでも推し進めようとする俺自身が、一番の擾乱要素なのだから。
(さて、そろそろ北の公孫瓚を片付けにいくとしようか。あの男、かなり鬱陶しくなってきたしな……)
俺は新たな戦いに向け、并州軍の準備を始めたのだった。乱世は、まだまだ終わらない。
隠れた名軍師戯志才について、三国志を彩った英雄たちの二つ名も合わせて紹介したいと思います。筆者がもの凄く簡単に解説します。
臥龍諸葛亮(自分が凄い人に成るだろうと予測したから)
鳳雛龐統(親戚のおじさんがこの子は凄い!と見抜いたから)
鬼才郭嘉(神算鬼謀、算無遺策。曹操に最も依存された謀士)
塚虎司馬懿(陰険にして狡猾、獰猛にして冷徹)
幼麟姜維
毒士李儒、賈詡、程昱(洛陽を火の海にしたから、長安を地獄絵図に変えたから、曹操が食糧難の時に兵士に略奪を許し三日分の食料を揃えたが中には人肉も有ったという)
王佐荀彧、陳宮(前者は曹操と共に曹魏政権の基盤を整え、後者は仕える主を間違えた)
巧虎諸葛瑾(事を巧みにそつなく運んだから)
鄒狗諸葛誕(生贄用に草で編んだ狗、晋朝の生贄になったから)
神童曹沖(文字通り、頭が良すぎて後継者に指名されかけた)
神威将軍、馬超(異民族からの敬称)
環眼賊張飛(デメキンの様な目をしてたから、呂布しか言ってない気がする)
紅顔賊関羽(顔が赤いから、文醜に言われた一言)
大耳賊劉備(耳がでかいから、呂布が珍しく正しい事を言った気がする)
能臣、奸雄曹操(実際にそうだから)
召虎張遼(周の時代に異民族を討伐した王族。)
悪来典韋(剛力だから)
虎痴許褚(強い馬鹿)
盲夏侯夏侯惇(片目失くなったから)
白地将軍夏侯淵(馬鹿将軍)
千里駒曹休(曹操に期待され、我が家の千里の駒と褒められたから)
江東猛虎孫堅(戦に滅法強いから)
小覇王孫策(まるで古の覇王項羽の様だったから)
孫十万孫権(十万の軍を率いても合肥を落とせない戦下手)
鈴、甘寧(賊時代に鈴をつけて闊歩したから)
常勝将軍趙雲(演義では一騎打ち無敗から)
反骨魏延(孔明に嫌われたから)
天上人曹仁(曹魏第一の武勇を誇り、赤壁の戦い直後に寡兵を以て周瑜に勝利したから)
白馬将軍公孫瓚、龐徳(前者は白い馬に乗った古代ヴィジュアル系将軍、後者は白い馬に乗って戦った時に関羽が龐徳の名前を知らずに白馬に乗った将軍と言ったから)
美周郎周瑜
白面書生陸遜(頭でっかち)
養犢小児鄧艾(若い頃に牛の放牧をしていたの鍾会が馬鹿にした時に言い放った)
飛将、三姓家奴呂布(前者は呂布の騎射がまるで李広のようだという事で呼ばれた。後者は張飛が呂布に向けての蔑称)
隠鶴、水鏡司馬徽(前者は隠れた名士、後者は自身の号、老人では無い)
志才不死、郭嘉不出、郭嘉不死、臥龍不出、臥龍北伐、塚虎崛起(戯志才が死な無ければ郭嘉登場せず、郭嘉が死ななければ、孔明が登場せず、孔明が北伐をしなければ司馬懿は登場しない)意味としては郭嘉の才能は孔明の上である。戯志才は更にその上である。
郭嘉の功績は言うまでもなく呂布、袁紹を滅ぼし、更に烏桓の討伐。孫策の早死を予見するなど曹操には欠かせない人物でもありました。曹操幕下では最高の軍師の一人でした。郭嘉の死を契機に三国演義でも一つの時代が終わった事を示しています。これを元に郭嘉不死、臥龍不出と言う郭嘉の凄さが判る諺が生まれました。そして、志才不死、郭嘉不出と言う言葉で戯志才の凄さが示されてますね。戯志才は結構早い段階で亡くなっており、演義では登場しません。荀彧が曹操に推挙した時に中々見どころがあると言う事で取り立てられましたが、戯志才の死後に曹操は『戯志才が死んで策略を相談できる相手がいなくなった。貴公の出身である潁川には優れた人物が多い。誰か彼の才に比肩しその位置を継ぐ人物はいないか』と荀彧に手紙を出したと言う。曹操がかなり戯志才に依存してたのが伺えますね。その後荀彧は袁紹の元に仕官しようて拒否された郭嘉を推挙しました。袁紹の馬鹿さ加減は有名ですから!という事は、荀彧は《戯志才が生きていれば郭嘉を推挙する必要が無い》と言う意味ともとれますね。
恐らく、荀彧の中では二人の才能を較べた際に郭嘉より戯志才の方が遥かに上だから戯志才を先に曹操に推挙したと言う考察がとれます。この考察で志才不死、郭嘉不出と言う結論が出せますね。