第十八回 浪子回頭金不換 剛穎為将退羌族
高順は、董勇を厳しく処罰し、その悪行を西涼の民に知らしめた。これにより、西涼の治安は一時的に安定を取り戻したが、董勇の心には、高順への深い恨みが刻まれた。
「叔父御め…この俺を辱めおって…!必ずや復讐してやる…!」
董勇は、討伐された盗賊の残党たちを集め、私兵として養い始めた。彼の復讐の炎は、静かに、しかし確実に燃え広がっていた。
董勇は、逃げ出す私兵たちをかばいながら、馬超軍の攻撃を一身に受け止めた。
「くそっ…!俺の兵を、こんなところで無駄死にさせるわけにはいかない…!」
董勇は、そう呟きながら、手にした武器を振るい、迫りくる馬超軍の兵士たちを次々と斬り伏せていった。その豪胆な戦いぶりに、馬超軍の兵士たちは恐れをなし、一瞬動きを止めた。
董勇は、その隙を見逃さず、逃げ遅れた私兵たちに叫んだ。
「お前ら、早く逃げろ!ここから離れるんだ!」
私兵たちは、董勇の言葉に促され、我先にと戦場から離脱していった。董勇は、最後まで彼らの退路を確保し、一人、馬超軍と対峙することになった。
「さて、次は俺の番だ…!」
董勇は、武器を構え、馬超軍の先頭に立つ馬超を睨みつけた。
「馬超…!俺が相手だ!」
董勇は、馬超の名を叫び、一気に距離を詰めた。その 動きに、馬超はわずかに目を見開いた。
「面白い!相手をしてやる!」
馬超は、董勇の挑戦を受け入れ、武器を構えた。二人の激しい一騎討ちが始まった。
董勇は、その巨躯から繰り出される豪快な攻撃で、馬超を圧倒しようとした。しかし、馬超もまた、西涼随一の武将。その動きと、研ぎ澄まされた剣技で、董勇の攻撃をいなしていく。
「なかなかやるじゃないか、董勇!」
馬超は、董勇の武勇を認めつつも、その攻撃を冷静に見切っていた。
「だが、貴様の力はここまでだ!」
馬超は、董勇の攻撃をかわすと、一瞬の隙を突き、董勇の体を深く斬りつけた。
「ぐっ…!」
董勇は、膝をつき、血を吐き出した。その瞳には、悔しさと、わずかな安堵の色が浮かんでいた。
馬超は、董勇の首に刃を突きつけ、冷たい声で言った。
「貴様を殺すのは容易い。だが、殺すよりも屈辱を与えてやる」
馬超は、董勇の首に突きつけた刃をゆっくりと引き、その顔に唾を吐きかけた。
「高順に伝えろ。貴様の首は、まだ預かっておくと」
馬超は、そう言い残し、董勇をその場に残して去っていった。
董勇は、深手を負いながらも、なんとか生き延びた。しかし、その心には、馬超から受けた屈辱が深く刻まれた。
董勇の率いていた兵たちは、董勇が見せた壮絶な戦いぶりに、深い衝撃と畏敬の念を抱いていた。彼らは、董勇が馬超軍に深手を負わされながらも、勇敢に戦い抜く姿を目の当たりにし、その忠義と武勇に心を打たれた。
「大兄貴…!」
彼らは、重傷を負った董勇を丁重に運び、高順の陣営へと急ぎ、事の顛末を報告した。
「大将軍、大兄貴が…!」
兵たちは、涙ながらに董勇の奮戦と、馬超から受けた屈辱を語った。
高順は、報告を聞き、深い悲しみと怒りに包まれた。
「剛穎…!」
高順は、董勇の字を呼び、その身を案じた。董勇は、高順の妻の甥であり、高順にとっては家族同然の存在であった。
董勇は、祖父である董卓同様、生まれつき武芸に秀で、腕力が非常に強かった。弓術にも長け、馬の両側に弓袋をつけ、馬を馳せながら左右の手で弓を引くことができたという。
幼い頃より男伊達を気取って義侠に走りたがる傾向があり、周囲を困らせることもあった。しかし、本来は悪い子供ではなく、高順は誰よりもそのことを知っていた。
高順は、董勇に董卓の悪い部分を似ずに育ってほしいと願い、厳しくも愛情深く接してきた。しかし、その願いも叶わず、董勇は深手を負い、屈辱を受けることとなってしまった。
高順は、董勇の身を案じつつ、馬超への怒りを新たにした。
「馬超…!剛穎にこのような屈辱を与えおって…!必ずや、その償いをさせてくれる…!」
高順は、董勇の仇を討つことを誓い、馬超軍との戦いに臨む決意を固めた。
数日後、董勇は意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こした。まだ傷は深く、激しい痛みが全身を走ったが、なんとか起き上がれるまでには回復していた。
ぼんやりとした視界が徐々にはっきりしてくるにつれ、董勇は自分のいる場所が、高順の陣営の一室であることに気づいた。そして、目の前には、じっと自分を見つめる高順の姿があった。
「叔父御…」
董勇は、かすれた声で高順の名を呟いた。馬超に受けた屈辱と、高順に対する複雑な感情が入り混じり、董勇の表情は歪んでいた。
高順は、董勇の姿を静かに見つめていた。その表情には、怒りや失望の色は無く、ただ深い悲しみと安堵が入り混じっていた。
「剛穎、よくぞ生きておったか…」
高順は、董勇の字を呼び、その無事を心から喜んだ。
董勇は、高順の言葉に戸惑いを隠せなかった。彼は、高順が自分を厳しく責め立てると思っていた。しかし、高順の言葉は、予想外に優しく、董勇の心を揺さぶった。
「叔父御…なぜ…」
董勇は、高順に問いかけた。
高順は、董勇の問いに静かに答えた。
「剛穎、お前は私の甥だ。そして、お前は…」
高順は、少し言葉を区切り、董勇を見つめた。
「やらかしたのは事実だ。お前は自前出集めた兵をきっちり守った!よくやったじゃねぇか!傷が癒えたらそいつら連れてきちんと鍛えろよ?」
董勇は、高順の言葉に息を飲んだ。彼は、高順が自分の行いを許してくれるとは思っていなかった。
「叔父御…」
「このバカガキがァ!要らねぇ心配掛けさせんな!人間人生一回きりなんだぞ!?もっと命を大事にしろ!」
董勇は、涙をこぼしながら、高順に感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます…叔父御…」
高順は、董勇の肩に手を置き、静かに言った。
「剛穎、まだ若ぇんだからよ…知ってるか?人間は一回の勝ち負けじゃ何も決まらねぇんだぜ?」
董勇は、高順の言葉をしっかりと受け止め、深く頷いた。
「おぅ…叔父御…」
董勇は、高順の優しさに触れ、心から改心することを誓った。
高順は、馬騰との決戦は、董勇が一人前の将校として成長してからと決めていた。董勇の武勇は確かであり、経験を積ませれば、必ずや高順軍の重要な戦力になると考えていたのだ。
「剛穎、お前にはまだ学ぶべきことが多い。焦らず、じっくりと力を蓄えるのだ」
高順は、董勇にそう言い聞かせ、武芸や兵法を教え込んだ。董勇は、高順の教えを真摯に受け止め、日夜鍛錬に励んだ。
「叔父御、俺は必ずや叔父上の期待に応えてみせる。馬超を討ち、叔父上の仇を討つために、俺は強くなる!」
董勇は、高順にそう誓い、鍛錬に一層励んだ。高順は、董勇の精神面も見逃さなかった。彼は、妻の董媛を天水に呼び寄せ、董勇の面倒を見させた。
「媛、剛穎のことは任せた。奴はまだ若い。過ちを犯すこともあるだろう。だが、決して見放さないでやってほしい」
高順は、董媛にそう頼み、董勇の心の支えとなるよう促した。
董媛は、高順の言葉を理解し、甥である董勇を実の息子の様に可愛がった。彼女は、董勇の悩みを聞き、励まし、時には厳しく叱り、董勇の成長を助けた。
「剛穎、あなたはまだ若い。過去の過ちにとらわれず、前を向いて生きなさい」
董媛は、董勇に優しく語りかけた。
「叔母ちゃん…あんがとよ!」
董勇は、董媛の優しさに触れ、徐々に心の傷を癒していった。彼は、高順と董媛への感謝の気持ちを胸に、立派な将校になることを誓った。
「叔父御、叔母ちゃん、俺は必ずや立派な将校になってみせます。そして、馬超を討ち、あん時の仇を討ってやるぜ!!」
董勇は、高順と董媛にそう誓い、鍛錬に一層励んだ。
高順は、董勇の成長を喜びつつ、馬超軍との決戦に備えた。彼は、董勇が一人前の将校になるまで、馬超軍との全面衝突を避け、機会を窺うことにした。
馬超…!剛穎が一人前の将校になった時、貴様との決着をつける。それまで、せいぜい首を洗って待っているがいい。
高順は、そう呟き、馬超軍との戦いに備え、董勇の成長を見守り続けた。
一方、陥陣営では、董勇が集めた盗賊の残党たちが、成り行きで扱かれていた。彼らは、董勇の指示で集められたものの、高順軍の正規兵とは異なり、規律も訓練もなっておらず、陥陣営の兵士たちからは見下されていた。
「おい、お前ら!もっと気合を入れろ!そんな軟弱な動きで、戦場で役に立つと思っているのか!」
陥陣営の兵士たちは、盗賊の残党たちを容赦なくしごき、彼らの怠惰な態度を厳しく叱責した。
盗賊の残党たちは、陥陣営の兵士たちの厳しい訓練に、悲鳴を上げていた。
「勘弁してください…!もう限界です…!」
「こんなの、聞いてねぇですよ…!」
しかし、陥陣営の兵士たちは、彼らの哀願に耳を貸さなかった。
「甘えるな!お前たちは、大将軍の兵だ!大将軍の兵である以上、それ相応の覚悟を持て!」
高順は、錦衣衛からの情報で、陥陣営の状況を把握していた。彼は、盗賊の残党たちを甘やかすことなく、厳しく鍛え上げることで、彼らを一人前の兵士に育てようと考えていた。
「奴らには、まだ戦う覚悟が足りない。だが、いずれ剛穎の力となるだろう」
高順は、そう呟き、陥陣営の兵士たちに指示を出した。
「彼らを徹底的に鍛え上げろ。甘やかすな。だが、決して見捨てるな」
高順の指示を受けた陥陣営の兵士たちは、盗賊の残党たちを容赦なくしごき続けた。彼らは、盗賊の残党たちの不満や反発をものともせず、彼らを徹底的に鍛え上げた。
盗賊の残党たちは、最初は反発していたものの、陥陣営の兵士たちの厳しい訓練と、高順の期待に応えようと、必死に努力した。彼らは、徐々に体力をつけ、武術も身につけていった。
そして、数ヶ月後。盗賊の残党たちは、見違えるように成長していた。彼らは、かつての怠惰な姿を捨て、高順軍の一員として、誇りを持って戦う兵士へと生まれ変わっていた。
「大将軍、我々はもう、かつての盗賊ではありません。軍の一員として、大兄貴のために戦います!」
彼らは、高順にそう誓い、高順軍の一員として、戦場へと赴く覚悟を決めた。
董勇は、五千の兵を率いる将校として、北西の羌族との戦いに明け暮れていた。祖父譲りの剛刀を手に、董勇は羌族の兵を次々と斬り伏せ、その武勇を轟かせていた。
しかし、長年の激戦の中で、剛刀はついに限界を迎え、折れてしまった。董勇は、信頼していた武器を失い、深い悲しみに包まれた。
「この刀は、じっちゃんの形見がァ…!」
董勇は、折れた刀を見つめ、嘆き悲しんだ。しかし、悲しみに浸っている暇はなかった。董勇は、すぐに鍛冶師を呼び寄せ、同じ刀を新たに作らせることにした。
「俺のために、最高の刀を作ってくれ。通常の刀の三倍の幅、五倍の厚みを持つ、俺だけの刀を!」
董勇の要望に応え、鍛冶師は渾身の力を込めて刀を鍛え上げた。そして、ついに董勇の手に、新たな剛刀が渡された。
「これは…!」
董勇は、その刀の出来栄えに目を奪われた。漆黒の刀身は、月光を反射し、妖しい光を放っていた。刀を振るうと、風を切る音が周囲に響き渡った。
「素晴らしい…!これこそ、俺が求めていた刀だ!」
董勇は、新たな剛刀を手に、高順の元へと向かった。
「叔父御、新しい刀が完成しました!」
董勇は、高順に剛刀を見せた。高順は、その刀の出来栄えに感嘆の声を上げた。
「これは…!見事な刀だ!剛穎、この刀に銘をつけよう。」
高順は、董勇にそう告げ、しばらく考え込んだ。そして、高順は董勇に言った。
「この刀には、飛熊と銘をつけよう。飛熊は、お前の祖父、相国の異名だ。この刀は、お前にとって、祖父の魂を受け継ぐ刀となるだろう。」
董勇は、高順の言葉に深く感動した。
「飛熊…!ありがとう!叔父御!俺ァ、この飛熊と共に、必ずや馬超の野郎をぶった斬ってやる!」
董勇は、飛熊を手に、更生の二歩目を歩む事になった。
董勇の活躍は、高順の陣営に、そして高順の家族にも届いていた。五千の兵を率いる将校として、北西の羌族と日々激しい戦いを繰り広げ、その武勇を轟かせているという報告に、家中は喜びと安堵に包まれた。
「兄上、やったな…!」
董媛は、董勇の活躍を聞き、涙を浮かべながら喜んだ。彼女は、董勇を実の息子の様に可愛がり、その成長を誰よりも願っていた。
「あいつがここまでやるとはな…。高順も、さぞかし喜んでるだろうよ」
高順の妻もまた、董勇の活躍を喜び、夫の労をねぎらった。
高順は、董勇の活躍を聞き、喜びを噛み締めていた。
「剛穎、よくやった。お前は、立派な将校に成長した。だが、まだ終わりではない。お前には、成すべきことがある」
高順は、董勇の成長を認めつつも、その先に待ち受けるであろう、馬超との決戦を見据えていた。
高順の陣営では、董勇の活躍を祝い、盛大な宴が催された。兵士たちは、董勇の武勇を称え、酒を酌み交わした。
「董将軍、我らの誇りです!」
「董将軍と共に、必ずや馬超を討ち果たしましょう!」
兵士たちは、董勇への忠誠を誓い、戦意を高揚させた。
董勇は、兵士たちの歓声に包まれながら、高順への感謝の気持ちを新たにしていた。
「叔父御、皆…ありがとう。俺は、必ずや叔父上の期待に応えてそして、馬超を討ち、てめぇの仇を討ち取って見せらァ!」
董勇は、高順と兵士たちにそう誓い、飛熊を強く握り締めた。