第十九回 女将軍出嫁秀才 衆人皆誇弱書生
高順が弘農郡公として領地へと移り住むと、そこは戦乱の爪痕が深く残る場所だった。しかし、彼の屋敷だけは、妻たち、蔡昭姫、董媛、呂芳、そして四男四女の子供たちの手によって、温かく賑やかな空間へと変わっていた。
朝、高順が庭に出ると、長男の高景が武術の稽古に励んでいた。責任感が強く、父の不在の間も家族を守り抜いてきた高景は、その剣術にも磨きがかかっていた。
「父上、おはようございます。」
高景は、汗を拭いながら高順に挨拶をした。
「おう、頑張れよ」
高順は、息子の成長を喜び、優しく微笑んだ。
屋敷の中では、昭姫が子供たちに学問を教えていた。特に三男の高輝は、母譲りの学問好きで、難しい書物も熱心に読み込んでいた。
「高輝、落ち着いて読みなさい」
昭姫は、息子に優しく声をかけた。
「はい、母上」
高輝は、真剣な表情で書物に向き合った。
一方、庭の隅では、次男の高昭が四男の高鴻に武術を教えていた。ガサツな性格の高昭だったが、教え方は
丁寧で、高鴻も熱心に耳を傾けていた。
「こうやって、力を溜めて一気に振り下ろすんだ。」
高昭は、高鴻に剣の振り方を教えた。
「はい、兄上!」
高鴻は、真剣な表情で剣を握りしめた。
長女の高婉は、屋敷の隅で静かに機織りをしていた。劉封との悲しい別れを経験した彼女だったが、その手は優しく、美しい布を織り上げていた。
次女の高娟は、夫の関平が戦場から送ってきた手紙を何度も読み返していた。夫の無事を願い、手紙を胸に抱きしめた。
三女の高蘭は、屋敷の裏庭で一人、剣を振るっていた。聡明で口は悪いが、その剣技は男衆にも引けを取らない。
四女の高華は、庭の花壇で蝶を追いかけていた。天真爛漫な彼女の笑顔は、屋敷に明るい光を添えていた。
昼食時、食卓には高順が育てた野菜や、媛と呂芳が作った料理が並んだ。
「父上、この野菜はとても美味しいです」
高景が、高順に話しかけた。
「そうか、それはよかった。皆が喜んでくれるのが、
何よりの喜びだ」
高順は、優しい笑顔で答えた。
食後、高順は子供たちを集め、昔の戦いの話を聞かせた。
「じい様、どうしてそんなに強かったの?」
「それはな、負けたらかっこ悪いから!」
高順は、孫の目を見つめ、真剣な表情で答えた。
高順は、夜になると、妻たちと庭に出て、星空を眺めた。
「昭姫、媛、芳、この星空は、戦いの時代から変わらないな」
高順は、感慨深げに言った。
「そうですね。でも、今は平和な星空です」
昭姫が、高順の手にそっと触れながら言った。
高順は、妻たちの温かさに触れ、心が安らいだ。
高順は、平和な日々を謳歌しながらも、常に民のことを考え、公務に励んだ。彼は、戦場で培った経験と知識を活かし、領民たちのために尽力した。
高順は、家族と共に穏やかな日々を送りながら、領民たちのために尽力した。
高順の屋敷の裏庭、高蘭は黙々と剣を振るっていた。鋭い眼光、無駄のない動き、その剣技は男衆にも引けを取らない。普段は冷淡に見える彼女だが、剣を握ると、その表情は真剣そのものだった。
「ふっ!」
高蘭は、鋭い気合と共に剣を振り下ろした。その剣先は、風を切る音を残し、的を正確に捉えた。
「蘭姉ちゃん、すごい!」
四女の高華が、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「華、邪魔だ。稽古の邪魔をするな」
高蘭は、冷たい口調で言い放った。
「えー、だって、蘭姉ちゃんの剣、本当にすごいんだもん。」
高華は、拗ねたように唇を尖らせた。
「…感謝する」
高蘭は、ぶっきらぼうに言い、再び剣を構えた。
屋敷の中では、昭姫が子供たちに学問を教えていた。高蘭は、剣を置き、母の元へと向かった。
「母上、少しよろしいでしょうか」
高蘭は、静かに声をかけた。
「あら、高蘭。どうしたの?」
昭姫は、優しく微笑みかけた。
「少し、分からないところがありまして」
高蘭は、そう言い、書物を取り出した。
昭姫は、高蘭の質問に丁寧に答え、彼女の理解を深めた。高蘭は、母の教えを真剣に聞き入り、その聡明さを発揮した。
昼食時、食卓には高順が育てた野菜や、媛と呂芳が作った料理が並んだ。高蘭は、静かに食事をしながら、家族の会話に耳を傾けていた。
「高蘭姉さん、今日は一緒に町に行こうよ!」
高華が、高蘭に話しかけた。
「…用事がある」
高蘭は、冷たく言い放った。
「えー、つまんない」
高華は、拗ねたように言い、高蘭は何も言わずに黙々と食事を続けた。
午後、高蘭は町に出かけた。彼女は、町の人々の様子を観察し、困っている人がいないかを探した。
町の外れの小屋で、一人のお婆さんが倒れているのを見つけた。高蘭は、すぐに駆け寄り、お婆さんを介抱した。
「大丈夫ですか?」
高蘭は、優しい口調で尋ねた。
「…ありがとう、お嬢さん」
お婆さんは、弱々しい声で答えた。
高蘭は、お婆さんを屋敷に連れて帰り、昭姫に診てもらった。
「高蘭、あなたは本当に優しい子ね」
昭姫は、高蘭の行動を褒めた。
「…別に。」
高蘭は、照れ隠しのように言った。
夜、高蘭は屋敷の裏庭で一人、星空を見上げていた。
「…私は、一体何がしたいのだろうか。」
高蘭は、静かに呟いた。
彼女は、自分の気持ちを素直に表現することが苦手だった。しかし、心の奥底には、誰よりも人を思いやる優しい心が隠されていた。
高蘭は、星空を見上げながら、自分の生きる意味を探していた。彼女は、まだ自分の道を見つけられていない。しかし、いつか必ず、自分の進むべき道を見つけるだろう。
高蘭は、その聡明さと武勇から、周囲からは一目置かれる存在だった。しかし、彼女には人には言えない悩みがあった。それは、男が苦手だということだった。
昔、劉備が諸将の子らを集めた時に高蘭はその中でただ一人その美しさで目立っていたが、寄って行った男の子は皆泣いて父母の元へ帰って行った。
幼い頃から、高順に厳しく鍛えられ、武芸に秀でた高蘭は、男たちと対等、あるいはそれ以上に渡り合える力を持っていた。しかし、その強さが災いし、彼女に近づく男たちは、皆、恐れをなして逃げていった。
「高家の三小姐は、強すぎる…」
「あんな強い女、嫁にもらっても尻に敷かれるだけだ…」
町では、そんな噂が絶えなかった。諸将の息子たちの中でも特にそれが目立った。
「高蘭かぁ〜興国の兄ちゃんはどう思う?」
「ん〜?安国、あの高三小姐に惚れたか?」
「違うよ、綺麗だなぁ〜ってさ」
「それを惚れたって言うんじゃねぇのかよ!」
「じゃあ、安国の兄ちゃんはどう思うのさ?」
「いや、俺にあの女将軍は無理だな!俺は俺より強い女に興味は無い!」
「なんでさ!」
「守れないだろ?」
「それって…」
「あんだよ?」
「カッコつけたいだけじゃん!」
「悪いかよ!」
「あっ!、伯一、士則!」
趙雲の息子、趙統、趙広である。
「あ、興国兄、安国兄…」
「どこ行くんだよ?」
「…」
「はぁ…親父譲りの生真面目だよなぁ…」
今まで経緯を兄弟に話したら兄弟は関興に同意していた。
「うむ、似たような話では…安国、関家の三小姐も…」
「ははっ、痛いところを突くな…アレは父上の問題だ。高家とは訳が違う…」
「うむ…」
宮殿では高三小姐を娶れる者は天下を制すると言う高順が聞けば刃傷沙汰になるような冗談まで出回った。
高蘭は、幼い頃からその美貌で周囲を魅了していた。しかし、彼女の美しさは、同時に男たちを遠ざける要因でもあった。
昔、劉備が諸将の子らを集め、親睦を深めるための宴を開いたことがあった。その時、高蘭はまだ幼かったが、その美しさは群を抜いていた。集まった男の子たちは、皆、高蘭に惹きつけられ、彼女の周りに集まろうとした。
その中には、関興、張苞、張昭、趙広、趙統等といった、後に蜀漢を支えることになる若者たちも参加していた。
「高蘭ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
男の子の一人が、勇気を出して高蘭に話しかけた。
「…興味ない失せろ」
高蘭は、冷たく言い放ち、男の子を無視した。
男の子は、泣きそうな顔で高蘭を見つめた。
「高蘭ちゃん、意地悪だ!」
別の男の子が、泣きながら言った。高蘭は、男の子たちの反応に全く動じることなく、か静にその場を後にした。
男の子たちは、皆、泣きながら父母の元へ帰り、高蘭の冷たさを訴えた。
「高蘭ちゃんが、意地悪するんだもん!」
「高蘭ちゃん、怖いよ!」
男の子たちの父母は、高蘭の態度に困惑し、高順に苦情を言いに来た。
「将軍、娘さんをお願いしますよ!?こうも泣かされてはかなったもんじゃないです!」
男の子の父親が、困った顔で高順に言った。
「…申し訳ございません。」
高順は、頭を下げて謝罪した。
宴の騒ぎを遠巻きに見ていた関羽、張飛、趙雲らは、子供たちの様子に戸惑いながらも、微笑ましい光景だと笑っていた。しかし、子供たちからすれば、高蘭はとんでもなく怖い女の子だった。
関羽は、少し困ったように高順に話しかけた。
「お宅の三小姐、あの子たちを泣かせてばかりで…」
高順は、苦笑いを浮かべながら答えた。
「すまんな、雲長。うちの蘭は、少し人見知りが激しいもので…」
張飛は、大声で笑いながら言いました。
「人見知り、か…。しかし、あれは少し度が過ぎるのではないか?」
趙雲は、穏やかな口調で二人を宥めました。
「まあ、子供たちのすることだ。気にするな。」
しかし、子供たちにとって、高蘭はただの人見知りな女の子では無かった。彼女は、まるで氷のように冷たく、近づく者を凍りつかせるような存在だった。
何時しか子供たちの間では【女将軍】と言うあだ名が着いた。
高家の兄弟姉妹たちは、皆、普通に接してくれるのに、高蘭だけは異常に冷たい。彼女の冷たい態度は、子供たちだけでなく、大人たちをも困惑させた。
「蘭姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
高華が、いつものように高蘭に話しかけました。
「…邪魔」
高蘭は、冷たく言い放ち、高華を突き放した。
「えーん!」
高華は、泣きながら高順の元へ駆け寄りました。
「父上〜蘭姉ちゃんが意地悪する!」
高華は、泣きながら訴えました。
高順は、高蘭を叱ろうとしたが、彼女の冷たい眼差しに言葉を失いかけた。
「お前よぅ…、ちゃんとした理由を言えよ…一々泣かしてたらお前が悪くなくても悪くなっちまうぞ?」
「…」
高蘭は、何も言わず、その場を後にしました。
高蘭の態度は、家族の中でも浮いていた。彼女は、誰に対しても心を閉ざし、自分の世界に閉じこもっていた。
しかし、その心の奥底には、誰かに愛されたいという願いが隠されていた。彼女は、自分の強さと不器用さによって、その願いを叶えることができずにいた。
そんな高蘭たが、劉禅には何故か優しかった。高蘭の方が年上であり、劉禅をまるで弟のように、あるいは守るべき存在のように感じていた。
「少主、何かお手伝いできることはありますか?」
高蘭は、劉禅に優しく話しかけました。
「ありがとう、蘭姉さん。でも、大丈夫だよ。」
劉禅は、笑顔で答えました。
高蘭は、劉禅が困っている時や悲しんでいる時には、そっと寄り添い、彼を励ましました。彼女は、自分の
武勇を活かして、劉禅を守ろうとしました。
「劉禅様、何かあったら、私を頼ってください。」
高蘭は、真剣な眼差しで劉禅に言いました。
「ありがとう、蘭姉さん。姉さんがいてくれると、心強いよ」
劉禅は、高蘭の優しさに感謝した。
高蘭の態度は、周りの大人たちを驚かせた。彼女は、他の子供たちには見せない笑顔を、劉禅にだけ見せていた。
「高蘭様が、劉禅様にだけあんなに優しいなんて…」
「一体、どういうことだろうか?」
大人たちは、高蘭の行動に首を傾げた。
高蘭自身も、なぜ劉禅にだけ優しくできるのか、よく分かっていなかった。しかし、彼女は、劉禅と一緒にいると、心が安らぎ、素直な気持ちになれることを知っていました。
一時期は劉備から縁談を打診されたが父娘共々断った。
「高順殿、高蘭殿は、実に素晴らしい娘御である。我が息子の嫁に、ぜひ迎えたいのだが、いかがであろうか?」
高順は、劉備の申し出に感謝しながらも、丁重に断った。
「主君、ありがたいお申し出、感謝いたします。しかし、高蘭はまだ若く、結婚はまだ考えておりません。それに、高蘭自身も、結婚よりも武芸に励みたいと申しております」
高順は、娘の気持ちを尊重し、縁談を断りました。
劉備は、高順の言葉に少し残念そうでしたが、無理強いはしませんでした。
「そうか、それは残念だ。しかし、高蘭殿の気持ちを尊重するのが一番だろう。」
劉備は、高順の決断を尊重しました。
高蘭も、父の決断に感謝しました。彼女は、結婚よりも自分の力を試したいと思っていました。
「父上、ありがとうございます。私は、まだ結婚するつもりはありません。自分の力を、世のために使いたいのです」
高蘭は、高順に自分の気持ちを伝えました。
高順は、娘の強い意志を感じ、彼女の決断を支持しました。
「分かった。お前の好きなように生きなさい。」
高順は、娘の背中を押した。
高蘭は、劉備からの縁談を断った事により、自分の道を自由に歩むことができるようになりました。彼女は、武芸に励み、領民のために尽力した。
何時しか自身で軍を組織して名実共に女将軍となった。
高蘭と林文の出会いは、運命のいたずらだった。領内を巡回していた高蘭は、物陰に隠れて震えている林文を見つけた。
「何をしているのですか?」
高蘭は、冷たい声で尋ねた。
「あ、あの…」
林文は、怯えたように顔を上げた。彼は、高蘭の美しさに息を呑んだ。
「盗賊に…襲われて…」
林文は、震える声で答えた。
「盗賊?」
高蘭は、眉をひそめた。その時、林文の後ろから、数人の盗賊が現れた。
「見つけたぞ、坊主!」
盗賊たちは、獰猛な笑みを浮かべた。高蘭は、迷うことなく剣を抜き、盗賊たちに斬りかかった。彼女の剣技は、盗賊たちを圧倒し、あっという間に全員を倒した。
「ご無事ですか?」
高蘭は、剣を鞘に納め、林文に声をかけた。
「は、はい。ありがとうございます…お嬢様…」
高蘭は顔を顰めたが、内心では形容出来ない気持ちになっていた。生まれてから初めてお嬢様と呼ばれた気がするからだ。周りには自身のことを女将軍と言う者は居てもお嬢様などと言うか弱い呼び名を付ける者は居なかったからである。
林文は、高蘭の強さと美しさに、ただただ見惚れていた。
それ以来、二人は何度か顔を合わせるようになった。高蘭は、林文の誠実な人柄に惹かれ、彼と一緒にいると心が安らぐことを知った。
この事は都中で最も話題を攫い、皇帝から市井の民までその話の続きが気になった程であるが…ただ一人これを快く思わない人間が高蘭の父高順である。
「あんの腐れ儒者がァ!ぶっ殺してやる!張五、魏越、成廉、飛燕、子雲!あの野郎を連れてこい!」
命令は無効である。妻の蔡琰は諸将を見て合図を送った。
「夫君?」
「おぅ!昭姫か、鎧を持ってこい!戦じゃ!」
「倉にしまってありますが、出す事は許しませんよ?」
「あんでだよ?娘の一大事だぞ?」
「良いじゃありませんか!我が家の大事な婿になるかもしれないんですから!」
「婿と呼ぶな!どこぞの馬ともしれん…」
「私は貴方に嫁いだ時は半ば人生を諦めていましたよ
?」
蔡琰は悪戯っぽく笑いそれ以上何も言わなかった。
ある日の夕暮れ、高蘭は林文を屋敷の庭に誘った。高順は高順で草むらに隠れてあわよくば林文を斬ろうとしたのである。
「林文、少し話したいことがある」
おぅし!娘よ、そのまま野郎を突き放してやれ!
「は、はい、お嬢様」
野郎!我が娘の言葉じゃ!跪いて聞け!
「…私と結婚しろ」
む、娘よ、父にも聞こえるように言ってくれ
「え…?」
アァン?何がえ?だ知能指数がそもそも存在しないようなアホ面しやがって!ちゃんと聞いてんのか?おっ?殺すぞコラ!
林文は、驚いて高蘭の顔を見つめた。
「あなたは、私のことを恐れない。私の強さも、弱さも、全てを受け入れてくれる。だから、結婚しろ」
うんうん、辛かったもんね!父さんわかるよ!
「蘭様…」
林文は、感動で言葉を失った。
「私は、あなたと一緒にいたい。」
高蘭は、まっすぐ林文の目を見つめた。
「蘭様…!私も、あなたのことが…好きでした!」
林文は、涙ながらに言った。
二人は、互いの気持ちを確かめ合い、静かに抱きしめ合った。
二人の若者が未来を決めた事をよそに高順は草むらの中で涙を流し、心が抉られているかのような気持ちになっていた。
「父上、ご挨拶に参りました」
「会わん!帰れ!」
蔡琰は拗ねている高順を無視して招き入れた。約一名除いて家族全員が林文を歓迎した。
「書生りん…」「知らん!帰れ!」
「夫君、黙ってちょうだい」
あんだってんだ畜生!俺ん家だぞ!なんで俺が喋れねぇんだよ!
「林さん、今日は何用で?」
「本日は三小姐との縁談の承諾を頂きに参りました」
「まぁ!」
「認めん!」
高順は、林文の理想論を一笑に付すように、言葉を紡ぎ始めた。その言葉は、物事の本質を正確に捉え、鋭い反論を織り交ぜながら、林文の理想を徹底的に打ち砕いていった。
「林文、お前の言うことは、まるで空に浮かぶ楼閣のようだ。美しく、華やかだが、現実には何の役にも立たん」
高順は、冷笑を浮かべながら言った。
「民の心を掴むだと?戦場で剣を交える敵兵に、お前の理想論が通用するとでも?彼らに必要なのは、お前の甘言ではなく、鎧と剣だ」
高順の言葉は、林文の理想を容赦なく切り裂いていった。
「お前は、書物の中でしか生きたことがない。戦場の現実、民の苦しみ、それを真に理解しているとは到底思えん」
高順は、林文の目をじっと見つめ、言った。
「お前の理想は、飢えた民には何の慰めにもならん。彼らに必要なのは、食料であり、安全な住処だ。お前の言葉は、彼らの腹を満たすことはない」
高順の言葉は、林文の心を深く傷つけた。
「お前は、理想を語る前に、現実を見ろ。民の苦しみを知れ。そして、お前の理想が、彼らにとって本当に必要なものなのか、よく考えるんだな。」
高順は、そう言い残し、書斎を出て行った。
林文は、高順の言葉に打ちのめされ、何も言い返すことができなかった。彼の理想は、高順の現実的な言葉によって、脆くも崩れ去った。
高順の言葉は、時に人を貶めることもあったが、その表現は華麗であり、陰湿な印象を与えなかった。それは、高順が物事の本質を正確に捉え、言葉を巧みに操る才能を持っていたからだろう。
高蘭は、書斎に一人残された林文の肩に手を置いた。
「林文、大丈夫ですか?」
高蘭は、心配そうに尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。高順様の言葉は、もっともだ。私は、現実をよく見ていなかったのかもしれない。」
林文は、力なく答えた。
「父上は、言葉は厳しいですが、あなたのことを嫌っているわけではありません。ただ、考え方が違うだけです。」
高蘭は、林文を励ました。
「ありがとう、高蘭。君がいてくれると、救われる。」
林文は、高蘭の優しさに感謝した。
二人は、しばらくの間、静かに寄り添い、高順の言葉の意味を考えていた。
林文はこの頑固で無骨な老将軍に儒学の素晴らしさを説いたがそれを全て否定された。
「論語だァ?俺はな、あの書物がでぇっきれぇなんだよ!話しかけんな!」
「いやしかし…」
「どうせあれだろ?『子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順。七十にして心の欲望する所に従えど、矩を踰えず』だろ?いいか?孔子…孔丘なんてのはな、十五にして勉強始め、三十にして自立、四十にして目標を定めて惑わぬ…五十にして天命を知るは漸く自分が何者なのかわかったということだ。」
子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順。七十にして心の欲望する所に従えど、矩を踰えず
論語の一節を超訳十五から勉強初めて、三十にしてやっとニートから卒業しました。四十にして自分の進路が定まり、五十で自分が何者なのかを悟った。
「この孔子…礼儀を説くが自身が当時比類なき無礼者である自覚がないのである。周王朝未だに滅びて無くとも諸国を歴遊し官職を求めた。という事は周王なんぞ眼中に無いという事である。魯の国の相となるも無為の為官を解かれた。という事はお前たち書生は無能な政治家に憧れて官吏の道を目指し、道中腐って汚職に走るという事だ!」
学問を対して修めて無いと想った林文は膝から崩れ落ちた。
「大将軍…」
「な?わァったろ?俺が若い時にゃ王允とか言う腐れ儒者が司徒となり危うく国を滅ぼしかけたんだよ」
「で、では丞相は?」
「あぁ、諸葛亮ね…俺が居なけりゃ皇帝陛下より権力を騙し取り同僚を貶めた当世きっての詐欺師だったであろうな!」
それ以降大将軍府は内戦となった。無論、高順対女子衆であるし、勝ち目は一目瞭然だった為高順の妻たちは粛々と婚儀の準備をしていた。
結婚の挨拶に来た林文を見て三人の母は何も言わなかったが、高順は戦場で父親の仇を見つけたかのような惨たらしい形相で林文を睨んだ。
しかし、二人の結婚は、周囲を驚かせた。高蘭の家族も、彼女が武芸とは無縁の書生と結婚することに戸惑った。
貴族子弟や巷のゴロツキまでもがこの林文と言う男に感謝の意と畏敬の念を抱いた。
「蘭、なぜ林文を選んだのだ?」
「父上、林文は、私を理解してくれる人です。私は、彼と一緒にいたいのです」
高蘭は、自分の気持ちを正直に伝えた。
高順は、娘の強い意志を感じ、二人の結婚を認めた。
「分かった。お前が幸せなら、それでいい」
高順は、娘の幸せを願い、祝福した。
高蘭と林文は、質素ながらも温かい結婚式を挙げ、夫婦となった。
結婚後も、高蘭は領民のために尽力し、林文は彼女を
支え続けた。
ある日の夜、二人は星空を見上げていた。
「高蘭、私と結婚してくれてありがとう」
林文は、高蘭の手にそっと触れた。
「…私も、あなたと出会えてよかった」
高蘭は、微笑みながら答えた。
二人は、互いの存在に感謝し、静かに寄り添い合った。




