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 オリヴィアの部屋から辞したあと、サイラスは国王とともに並んで歩いていた。

 オリヴィアに語った賭け。それにはもう一つ続きがある。


(まさか、もう一つの条件に兄上の廃太子が含まれるなんて言えないよね……)


 いくらサイラスが王となる覚悟を決めようと、王妃がいる限りそう簡単な問題ではない。王妃は何が何でも兄であるアランを王にするつもりだ。だから、サイラスには王になる覚悟だけでは足りないのだ。王となるために、兄を蹴落とす必要がある。

 もちろん、オリヴィアのことだけを考えるなら、兄の件は自分でやれと父に言ってもいいだろう。だが、父王は次の王妃をオリヴィア以外考えていないとも言った。それはすなわち、最悪サイラスが失敗しても、オリヴィアは王妃にする――アランにあてがうと言っているのだ。ならば、サイラスが王にならない限り、オリヴィアは手に入らない。彼女の心が手に入っても、彼女自身は手に入らないのだ。

 サイラスにはこれが、父王がサイラスの王としての資質を見るために課した課題だともわかっている。父と息子の賭けでありながら、試されてもいるのだ。


(母上がタヌキならこの人はキツネだろうか。化かしあいも大概にしてほしい)


 そう思うものの、いわばサイラスは、目の前に大好物のニンジンをぶら下げられた馬に過ぎない。踊らされているとわかっていつつも、そうでなければ手に入らないのだ。オリヴィアが。

 けれども、父王だって、一応はサイラスの味方である。サイラスに有利になるように、オリヴィアを一か月城につなぎとめた。この状況を生かすも殺すも、サイラス次第ということだ。

 王妃は兄を溺愛しているが、別にサイラスに冷淡なわけではない。だがあれだ、馬鹿な子ほどかわいいというやつだ、きっと。とにかく、母は兄を王にしたくて仕方がなくて、そのために手段を選ぶような人でもない。

 そして、母は気がついてしまった。これまで馬鹿のふりを続けていたオリヴィアの本当の才に。目をつけてしまったのだ。これ以上厄介なことはない。つまりは、これはオリヴィアの争奪戦だ。

 幸いなことに、兄はまだオリヴィアの価値について気がついていない。気がついたところで、兄はティアナに惚れている(たぶん)。そう簡単にオリヴィアを取り戻そうとはしないはず。ならば、兄がオリヴィアの魅力に気がつく前に、すべてを終わらせる必要がある。


(オリヴィアに母上の危険性を伝えていなかったのは失敗だった……)


 オリヴィアが城で仕事をするようになって、毎日会えると浮かれていた。どうやって距離を詰めようかとばかり考えていて、危険人物の存在を失念していたのだ。


「まあ、そう難しい顔をするな。別に追い詰められたわけではないだろう?」


 王が楽しそうに笑いながら言う。

 サイラスは横目で父親を睨んだ後で、「王子」の顔で返した。


「当然です」




     ☆




 ティアナは目の前に積まれた本の山に早くも音を上げていた。

 王妃教育がはじまって一週間。教育官のワットールの、何を言っているのかさっぱりわからない授業がなくなって喜んだのも束の間、新たにつけられた三人の教育係と彼らが持ち込んだ教科書代わりの本の量は膨大だった。


(どうしてわたくしがこんなに勉強しなくてはいけないのよ)


 朝に登城して、夕方まで毎日毎日勉強漬け。頭がおかしくなりそうだ。王太子アランに苦情を言っても、王妃教育として必要なことだと言われてしまってはどうしようもない。


(どうしてよ! あのオリヴィア様は遊んでいたのに、どうしてわたくしはこんなに勉強しなくちゃいけないの?)


 オリヴィア程度が婚約者を務められていたのだから、オリヴィアよりも「賢い」ティアナが務められるのは当然だ。そもそも教育を受ける理由がわからない。なぜならティアナは現状でも充分に高い教養をもっているはずだし、王妃の資質として何ら問題がないはずなのだから。


「ティアナ様、手が停まっていらっしゃいます」


 歴史の教育係が低い声でたしなめてくる。もう、限界だった。


「わたくし、気分がすぐれませんの」


 つんと顎をそらせて告げれば、教育係がわざとらしくため息をついた。


「昨日もそうおっしゃったではございませんか」

「ここのところ体調が思わしくありませんの」

「では、侍医を呼んでまいりましょう」

「結構ですわ。散歩をして気分転換すれば治りますもの」


 ティアナはそういうと、教育係の制止も聞かずに立ち上がり、さっさと部屋の外へと出て行ってしまう。

 あとに残された教育係は、額を押さえて天井を仰いだ。





 まったく、ふざけている。

 どうしてティアナがこんなにも苦労をしなくてはいけないのだろう?

 ティアナは王太子アランに見初められ、才能を認められ、彼の婚約者になったはずだ。


(アラン殿下は言ったもの、わたくしはすばらしいって)


 アランとはじめて挨拶以上の会話をしたのは、半年前のパーティーの時だった。

 昨年の社交シーズンが終わる直前に、侯爵家で開かれたダンスパーティーだ。王太子アランはオリヴィアを伴って出席していたが、途中で体調を崩したオリヴィアが休憩室で休んでいる時だった。

 アランはオリヴィアに付き添わず、一人で知人たちと会話を楽しんでいた。


(本当、絵に描いたようにお綺麗な方……)


 第二王子サイラスも繊細な美しさを持った王子だが、アランはそれとはまた違う、精悍な魅力を持った青年だった。いうなれば、精巧に作られた石膏像のような魅力がある。

 ティアナはもう何年も前からアランに夢中だったが、腹立たしいことに彼にはオリヴィアという婚約者がいてなかなか近づけなかった。オリヴィアに恥をかかせてアランが彼女に幻滅するように仕向るも、どういうわけか毎回失敗に終わって、いまだに彼に近づくことがかなわなかった。

 そんなティアナにとって、今日は絶好のチャンスだった。なぜなら彼のそばにオリヴィアがいない。もちろん、王太子アランに近づきたい令嬢はたくさんいるので、彼の周囲には花に群がる蝶のように女性が集まってくるが、彼女たちを蹴散らすのはたやすいだろう。なぜならティアナは彼女たちよりも美しいのだから。

 今日のために選んだ濃いピンクのシフォンドレスも、ティアナの魅力を十分に引き立てくれている。

 ティアナは胸をそらすと、王太子が自分に興味を持って当然だとばかりに彼に向かって真っすぐに歩み寄った。


「ごきげんよう、殿下」

「君は……、確かレモーネ伯爵のところの」

「まあ、覚えていてくださったの? 光栄ですわ!」


 ほら、やっぱり王太子はティアナを意識しているのだ。一目見てティアナが誰か気がついたのだから。

 ティアナはほくそ笑み、ふらつくふりをしてそっとアランに寄りかかった。


「すみません、ちょっと立ち眩みが……」

「それはいけないね。休憩室で休んだらどうかな? 私もちょうど向かおうと思っていたところだから、一緒に行こうか」


 休憩室にはオリヴィアがいる。婚約者の様子を見に行くつもりなのだろうと思うと面白くなかったが、けれどもせっかくアランと近づけるチャンスを棒に振るわけにはいかない。

 ティアナはアランとともに、侯爵家の二階に用意された休憩室へと向かう。

 ティアナの体調を気遣ってか、アランはゆっくりと歩いてくれた。


「オリヴィア様は体調がすぐれませんの?」


 オリヴィアの体調を気にするふりをして問えば、アランは肩をすくめた。


「さあどうかな。仮病かもしれない。オリヴィアは人の相手もまともにできないような子だからね」

「まあ……」


 ティアナが驚いたふりをして目を丸くすると、アランは苦笑した。


「まともに教育を受けていないんだ。勉強が好きではないようでね。おかげで私はいつも苦労させられる」

「お察しいたしますわ。学ぶことは貴族に生まれた義務ですのに……、ましてや王太子殿下の婚約者とあらば……。最低限、わたくしが学んだレベルのことは学ばれるべきですもの」

「ああ、ティアナ嬢は優秀らしいね。父上であるレモーネ伯爵から話は聞いているよ」

「お恥ずかしいですわ。わたくしなど……」

「謙遜することはない。オリヴィアもティアナ嬢のように勤勉であればよかったのだが」


 アランは大げさにため息を吐くと、ティアナとともに休憩室へ入る。室内では、オリヴィアが一人がけのソファに身をうずめるようにして目を閉じていた。どうやら眠っているようだ。


「……どうやら本当に体調が悪かったようだ」


 眠っているオリヴィアの顔色を見て、アランがわずかに眉を寄せる。


「すまないがティアナ嬢、私はオリヴィアを送って行かなくてはならない。一人で大丈夫かな?」

「え、ええ……、大丈夫ですわ」


 さすがに婚約者を送ると言うアランを引き留めるわけにはいかない。淋しそうに目を伏せ、わずかに涙を見せると、アランはきっと、ティアナの儚げな美貌に心御打たれたのだろう。続けて言った。


「オリヴィアを邸に送り届けたあとで戻って来よう。心細いかもしれないが、それまでここでゆっくりしていてくれないか」


 ティアナは心の中で喝采を上げた。


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