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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第四話

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カルツォル国の第五王子 4

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 帝王学の教師が部屋を去ると同時にリッツバーグが入ってきて、サイラスは教科書にしている分厚い本を本棚に片づけながら振り返った。


「お疲れのところすみません」

「それほど疲れてはいないから構わないよ」


 帝王学の授業は頭を使うが、もともと多少はかじっていたので理解するのに苦労することはない。帝王学の延長で、過去の王の行動や思考パターン、それによって生み出された結果についても覚えろと教師は言うが、過去の王のことならば伝記を読み漁っているので追加で脳に叩き込む知識はほとんどないのだ。

 オリヴィアほどではないが、読書家であるサイラスは膨大な知識を有している。もちろん、知識として有していても、それをうまく使う術を知らなければ意味がないので、教師から学ぶことは必要だ。けれど、アランのように、授業後に疲れ果ててぐったりしてしまうことはない。


「調査が一区切りつきましたので報告書をお持ちしました。それから、王妃殿下からもお手紙を預かっています」


 サイラスはリッツバーグに頼んで、彼が調べている情報をバーバラにも共有してもらっていた。時間が足りなさすぎる上に、問題が思った以上に深刻化しそうな気配があるので、「頭脳」は多い方がいいからだ。

 サイラスはリッツバーグから報告書と手紙を受け取ると、まず、百枚は超えそうな報告書から目を通していくことにした。


「僕が追加で頼んだ件は?」

「報告書の最後に入れてあります」

「ありがとう。確認するから、座って休んでいて。鉄道を使っても長距離の移動は疲れるだろう? コリン、何か飲み物を用意してあげてくれる? コリンも休んでいていいよ。リッツバーグも退屈だろうから話し相手でもしてあげて」


 膨大な報告書を読むには時間がかかる。読み終わるまでただ待たせておくのもかわいそうだ。

 サイラスが扉の前に立っているコリンに頼むと、彼は短く返事をして、ベルでメイドを呼びつけるとお茶とお茶菓子を用意させる。


(よくここまで調べられたな……)


 報告書をめくりながら、サイラスはリッツバーグの調査能力に舌を巻いた。同時に、報告書に記されている内容に眉を寄せる。

 報告書を最後まで読み終え、バーバラの手紙にも目を通したサイラスの顔から表情がすこんと抜け落ちて、サファイア色の瞳には氷のような冷気が宿った。


「よくこれだけの情報を集められたね。助かったよ、ありがとうリッツバーグ。最後の三枚の書類は僕がもらうから、あとは母上からの手紙もあわせて、全部オリヴィアに渡してくれないかな? この情報があれば、オリヴィアも動きやすくなると思うからね。それから、母上に手紙を書くから届けてくれる?」

「わかりました。……最後の三枚は、オリヴィア様には内緒にしておくんですか?」

「うん。これは僕で処理するよ。むしろこれは、オリヴィアの思考の邪魔になるものだ」


 自分でも冷ややかな声を出している自覚はあったが、サイラスはリッツバーグの顔に怯えを見ても、自分の感情をうまく制御することができなかった。

 沸々と腹の底から沸き起こる怒り。

 それなのに頭の中はどんどん冷えていって、自分の中で熱と冷気がとぐろを巻いている。

 リッツバーグがサイラスから書類を受け取って、一礼して部屋を出て行った。

 リッツバーグが出て行ったあと、サイラスはもう一度手元の三枚の書類に視線を落とし、しばらく考え込んだ後で顔を上げた。


「コリン、頼みがあるんだ」

「構いませんけど、その前に鏡を見てください。すごく怖い顔になってますよ。可哀そうに、リッツバーグが怖がっていたじゃないですか」

「うん、自覚してるよ。でもちょっと今は無理かな」

「……それ、何が書いてあるんです?」


 扉の前にいたコリンは、大股でサイラスのそばまでやってくると、手元の書類を覗き込んだ。


「――何ですか、これ」

「リッツバーグに追加で頼んでいた書類。例のクッキーの件の、ね」


 クッキー、と聞いたコリンがぐっと眉を寄せた。

 ティアナがオリヴィアの部屋から持って来た水色の箱に入っていたクッキー。

 あの成分分析はすでに終わっていて――ティアナの読み通り、クッキーからは毒物反応が出た。


 出た毒物はヒ素。ネズミの駆除などにも利用されるから、比較的手に入りやすく、無味無臭で、だからこそもっとも毒殺に利用されている毒だ。

 飲み物などに含まれていた場合は、銀食器が反応するため、ヒ素の存在に気づくことができる。ヒ素を生成する際にどうしても含まれる硫黄成分が銀食器を変色させるためだ。

 致死に至るまではそこそこの量が必要になるが、無味無臭であるゆえに、気づかないうちに量を摂取させることも可能で、銀食器を使わなければ気づかないうちに口にしてしまうことも充分にあり得る。


 そして今回、含まれていたのはクッキー――正確にはクッキーに挟まれていたクリームの中だった。銀食器を使って食べるものではなく、王族は食事に毒見役が付くが、オリヴィアはまだ王族にカウントされていないので、毒見役は付かない。ましてや部屋に置かれていたお菓子だ。オリヴィアの性格なら、侍女を毒見役にすることはまずなく、ティアナが気づかなければ毒の存在を知らないまま食べていた可能性が高い。

 成分分析でヒ素が確認されたとき、サイラスはオリヴィアに毒を盛った相手を本気で殺してやりたいと思った。怒りで目の前が真っ赤に染まって、しばらく周囲の音すら聞こえなくなったほどだ。


「殿下」

「大丈夫だよ。これでも今は冷静なつもりだ。怒りで我を忘れて、相手を取り逃がしたら本末転倒だからね。――僕はね、コリン。この件、絶対に許すつもりはないんだよ。たとえ相手が誰であろうともね」


 サイラスは机の上にあった紙に、報告書の中にある名前を書きだした。


「コリン、君が信用できる兵士に、この人間の監視をさせてくれ」

「……そちらの、もう一人は?」

「これはいい。……僕がけりをつける」


 コリンは首をすくめて、それからポン、とサイラスの肩に手を置いた。


「こちらの件は引き受けます。……午後から、オリヴィア様のところに行くんでしょう? それまでにその顔を平常運転に戻しておかないと、オリヴィア様を怖がらせてしまいますよ」

「……そうだね」


 サイラスは三枚の書類を鍵のかかる引き出しの中に納めて、目をつむって天井に向かって息を吐きだした。





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