虎の尾 2
あけましておめでとうございます!
2026年も、どうぞよろしくお願いいたします!
兄から聞いた店は、さほど大きくないところだった。
だが、大通りの、それなりに立地条件のいい場所に店を構えており、客の入りも悪くないようなので、オリヴィアが知らなかっただけで人気店のようだ。
アトワール公爵家は懇意にしている商会があるし、ロナウドが商売をはじめてからはロナウドの店もしくは彼と付き合いのある店から品物を購入することが多い。
ましてや食器ともなると、店まで足を伸ばさずとも店側の方が定期的にアトワール家を訪れるので、買いに行くという認識があまりなかった。
兄が言うように、クローレ商会とエバンス公爵家につながりがあるのならば、レプシーラ侯爵家に謀反の嫌疑をかけるために結託している可能性が非常に高い。
クローレ商会に安易に切り込めないのならば、エバンス公爵家ごと裁くしかない。どちらにせよ、エバンス公爵家を探ると決めたときから、貴族裁判のことは念頭に置いていた。その場でエバンス公爵を糾弾しクローレ商会とのつながりを証言して、レプシーラ侯爵家にかけられた疑惑を晴らすためには、商会と公爵のつながりの証拠を用意しなければならない。
(クローレ商会が国の認可なく武器を販売している件だけでも、本来なら追求できる問題なんだけど……)
レプシーラ侯爵家の謀反の企みの証拠として提出された偽物の武器の購入明細書。
そこにクローレ商会の名前があるのだから、本来であれば、それをもとに商会に確認を取り、罪に問うこともできる。
それをしないということは何かしらの理由があるわけで、クローレ商会やエバンス公爵家側も、自分たちに追及の手が伸びないと確信しているからこそ、その明細書を用意したと考えられる。
(その自信はどこから来るのかしら? 読みが外れれば罪に問われることくらいわかっているはずなのに)
この件についてはクローレ商会側も綱渡り状態だ。そこまでする必要があったろうか。武器を購入した証拠を用意するにしてももっと他にやりようがあっただろうし、もっと言えば、謀反の嫌疑をかけるのにも他にも手段があっただろう。
彼らが自分たちにも疑いの目をかけられる可能性のある方法を取ったのは、どうしてなのだろうか。
(何か引っかかるわ……)
オリヴィアには、これはチェスで言うところの悪手にしか思えない。何か裏があるのだろうか。
(いつまでもここで考えていても仕方がないわね)
店の近くまで馬車で乗り付けて、馬車の中から店の様子を探っていたオリヴィアは、直接店の中に入ってみることにした。
ロナウドも、この店はクローレ商会の食器を仕入れているが、直接のつながりは薄いと言っていたし、客を装って入ったところで怪しまれることはないだろう。
テイラーが御者に言って馬車の扉を開けてもらう。
本日、ティアナはアトワール公爵家で留守番だ。
暇を持て余しているティアナはついてきたがったが、変装しているとはいえ、大勢の人の前に姿をさらすのは避けた方がいい。オリヴィアがそう言って説得すると、不満たらたらな顔をして、だったらお土産の一つでもよこせと言っていたから、帰りにティアナの好きそうな可愛らしいリボンでも買って帰ろう。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、 店の扉が開いた時に鳴ったベルを聞いて、棚に商品を並べていた店主らしき男が振り返った。
陳列には様々な食器類が並んでいた。
(食器と言ってもすごく種類があるのね。こうもたくさん並べられると、なんだか圧巻だわ)
オリヴィアがきょろきょろと店内を見渡している間に、テイラーが事前に打ち合わせていた言葉を口にした。
「お嬢様は贈り物のティーカップを探しているのですけど、おすすめはございますか?」
何も買う気がないのに店に入るのは怪しまれるし、突然クローレ商会について訊ねるのはなおさらだ。だから普通の客を装いつつ、自然とクローレ商会に話題が振られるように持って行こうと決めたのである。
「どういったものをお探しでしょう?」
「そうですね……白磁のものがいいでしょうか。それでいて少し凝ったものだと嬉しいのですけど」
クローレ商会の食器に白が多いことは、ロナウドから聞いて知っている。それでいて、クローレ商会の食器は形に特徴があるので「凝ったもの」と言えば、店主は当然クローレ商会の食器を案内するだろう。
読み通り、店主は店の入り口近くのクローレ商会の棚にオリヴィアたちを案内した。
「それでしたらこのあたりでしょうか。こちらなんかは、チューリップの花を象っていて、丸みがあって可愛らしいですよ」
「本当、可愛らしいですね。でも、あまり見ない形ですね」
「カルツォル国からの輸入品ですからね」
「そうなんですね」
笑顔で頷きながら、オリヴィアは考える。
(カルツォル国からの輸入品……。ということは、店の拠点はエバンス公爵領に移されていても、カルツォル国とはまだつながりがあるということね)
カルツォル国から商品を輸入するには許可がいる。こうして当然のように販売されている以上、認可が下りているのは間違いない。
(……クローレ商会は武器の製造も販売も認められていない。ブリオール国で製造していればすぐに足がつく。そうなると、他国から仕入れているはずで……それがカルツォル国ならば納得できるわ)
食器を輸入すると見せかけて武器も仕入れる。そして仕入れた武器を秘密裏に販売。
(ちょっと待って。お兄様はクローレ商会は武器を扱う闇商人だと言ったわ。武器を仕入れるということは当然だけど販売先もあるはずで……)
ブリオール国に拠点を動かしたのならば、ブリオール国内に大口の取引先があると考えられないだろうか。
(武器なんて怪しいものを持って何度も国境をまたぐのは危険だもの。ブリオール国外に出すのなら、その国に拠点を置くはずだわ)
ティアナに接触した監察官を装った男は「戦争」という二文字を使った。
オリヴィアはぞくりとする。
クローレ商会の武器の販売先で一番怪しいのは、つながりの深い――エバンス公爵家。
監察官を装った男はバンジャマンの手紙を持っていて、バンジャマンはエバンス公爵領内で労役についている。
バンジャマンの手紙にはティアナをカルツォル国王の側妃にとあった。
クローレ商会はカルツォル国と関係が深い。――偶然にしては、できすぎている。
(急いで調べないと)
ただの杞憂ならばいい。
でも、杞憂でなかったら大変なことになる。
「カルツォル国は素敵な食器があるんですね。ほかにも種類があるのかしら?」
「当店に置いているのはここにあるだけですが……少々お待ちください。カタログがございまして、お気に召したものがあれば取り寄せが可能ですから」
オリヴィアが考え込んでいる隣で、テイラーと店主の会話が続けられていた。
店主がカタログを取りに行って、それをテイラーに渡す。
「レネーン商会? 聞いたことがない名前ですわ。ねえ、お嬢様」
「え、ええ……そうね」
テイラーは打ち合わせの通りに会話を進めてくれているが、オリヴィアの頭の中はそれどころではなくなっていた。
気もそぞろなオリヴィアの様子に、テイラーは何か異変を感じ取ったのか、笑顔で店主に向き合った。
「信用できる商会なのでしょうか?」
「それはもちろんでございます。かのエバンス公爵様もレネーン商会の食器をお気に召してたくさん購入されているそうですよ」
「まあ、エバンス公爵様が。それなら信用できますわね。……そうですわね、お嬢様、こちらの食器はいかがでしょうか? ころんとした丸みのある形が可愛らしいですもの」
「ええ、そうね、いいと思うわ」
「では、こちらの食器にいたしますね。こちら、取り寄せていただけます? いつ頃取りに来ればよろしいでしょうか?」
「取り寄せに時間がかかりますので、二週間後になりますね」
「わかりました。では二週間後にまた来ますね」
テイラーがそう言って話を締めくくる。
オリヴィアはテイラーが店主に前金を払ってサインをするのを待って、少しばかり急ぎ足で店を出た。
(裏ルートでの武器の購入は、当たり前だけど表立ってできない。そう考えると、エバンス公爵の孤児院と医療機関への多額の寄付金……これが武器の購入をカモフラージュするためのお金の動きである可能性も高い)
まだすべて仮説段階だ。だが、何かしらのつながりがあると考えるのが自然。
(早くサイラス様に相談しないと……)
証拠をつかむのにも時間がかかる。
ティアナに接触した監察官を装った男は、「近く戦争になる」といった。その「近く」がどの程度を示しているのかはわからないが、悠長に構えている時間はない。
馬車が停められている場所へ急ぐ。
焦燥に駆られたオリヴィアは周囲の様子に注意を払っている余裕がなく――それが、まずかった。
「お嬢様‼」
テイラーの悲鳴が聞こえた。
ハッと顔を上げたオリヴィアは、視界の端にこちらへ向かって突進してくる男を捕えて息を呑む。
ボロを着た中年の男だった。伸びた髭と髪で顔ははっきりとわからない。
その男は、鈍色に光る短剣を握りしめていて――
「――――ッ」
オリヴィアの悲鳴が、喉の奥で凍った。
男が手に持っている短剣をオリヴィアに向かって振り下ろす。
衝撃を覚悟して目をきつく閉じたオリヴィアだったが、男がオリヴィアに短剣を突き立てる前に、誰かがその男を突き飛ばした。
「離せ‼」
男の大声にハッと目を開けると、ボロを着た中年男が、石畳の上に押さえつけられている。男を押さえつけている二人に、オリヴィアは驚いて、それからホッとした。
男を取り押さえていたのは、アトワール家で雇われている護衛だった。ロナウドから、念のために護衛を連れて行けと言われて二人ほどついて来てもらっていたのだ。
取り押さえられた中年男はまだ何かわめいている。
騒ぎを聞きつけて警邏隊も駆けつけてきた。
中年男は警邏隊に引き渡せばいいだろうと、何気なく男に視線を向けて、オリヴィアは瞠目した。
「待って」
伸びた髪に髭。そして、日焼けして土埃にまみれた中年男は、かつてオリヴィアが知っていた男とはかけ離れているようにも見えるけれど――
「……バンジャマン・レモーネ伯爵?」
元伯爵、だが。
オリヴィアが茫然と見つめる先で、エバンス公爵領で労役についているはずのバンジャマンが、血走った目でこちらを睨みつけていた。











