劣勢のタクティクス 3
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相手が討ってくる次の一手としては、想像に難くなかったが、本当に打って来るとは思わなかった。
オリヴィアは城の部屋から窓の外を見下ろして、その光景から目を背けるようにライティングデスクの上のチェス盤に視線を落とす。
オリヴィアの横では、テイラーとティアナが窓に張り付くようにして庭を眺めていた。ティアナには窓に近づくなと言ったのに、全然聞いていないようだ。
「誰かと思えばレネーン・エバンスじゃないの。なんであの女がお城に部屋を賜れるわけ?」
「全くです。図々しいにもほどがあります。だいたい何ですかあの自己管理のなっていない体型!」
「去年よりもまん丸くなったわね。コルセットが役に立ってないわ。てゆーかだっさい髪型ね。巻くならしっかり巻きなさいよ」
「あれは最近流行りのゆるふわってやつです。似合ってませんけど」
「へー? ゆるふわ? ますます顔がまん丸に見えるわ。膨らみすぎたマカロンみたい」
「クリームがはみ出してますね」
「あの顎?」
「そうです」
(この二人いつの間に仲良くなったのかしら……?)
今朝まで舌戦を繰り広げていたはずなのに、窓の外にレネーンが登場してからなぜか意気投合してずっとこの調子だ。
本日オリヴィアが登城した時、レネーン・エバンス公爵令嬢の部屋が城に用意されたと聞かされた。グロリアが強行したそうだ。レネーンに部屋まで押しかけられたサイラスが仕方なく庭に連れ出して、かれこれ寒空の下、一時間も散歩をしていた。
およそ一か月後に迫ったサイラスの婚約式。
その時にレネーンを相手にねじ込むつもりなら、早めの根回しが必要だ。
ゆえに、レネーンをサイラスのそばに置き、周囲に彼女の存在を知らしめるのが狙いだと思われる。それから、オリヴィアとサイラスの行動への牽制と監視。レネーンを口実にグロリアが城に来る頻度も上がるだろうから、一層気を引き締めないといけない。
それにしても、テイラーはまだしも、ティアナまでレネーンを毛嫌いしているとは思わなかった。当たり前のように二人で悪口を言っているが、これは止めるべきだろうか。さすがに人の外見を陥れるような悪口はダメだと思う。最近の貴族令嬢たちの間ではスレンダーな体型が流行りだが、それは人それぞれの好みの問題で、猫も杓子も痩せているべきだという理念は間違っている。批判すべきことではない。
「二人とも、そのくらいにしておいたほうがいいと思うわ」
「なんでよ、オリヴィア様だって嫌いでしょ? ほら見てよ。あの女、サイラス殿下の腕にくっついてるわよ。あれ浮気じゃないの? 背後から蹴飛ばしてやりなさいよ。図々しい」
「まったくです。サイラス殿下はオリヴィア様のものなのに、べたべたくっつかないでほしいですね」
「あの女昔っからああなのよ。ちょっと王太后様と血のつながりがあるからってホント偉そうで鼻につく女だったのよね。陰険だし! 雪に滑って転んでしまえ」
「いいですね! 転べ!」
「「転べ! 転べ! 転べ!」」
「二人ともやめなさいってば。本当に転んだらどうするのよ」
呪いのように「転べ!」と繰り返す二人にオリヴィアは額を押さえた。
今は晴れているが、昨日の夜に降りはじめた初雪が庭にうっすらと積もっているのだ。解けかかっている雪は滑りやすい。
オリヴィアは立ち上がり、二人を強引に窓際から遠ざけた。
おとなしくさせようとお菓子を差し出すと、ティアナが箱からクッキーを取り出して頬張る。
「というかどうなってるのよ。平然としてるってことはレネーンがいる理由知ってるんでしょ、オリヴィア様」
「どうでもいいですけどフランはお嬢様のことはオリヴィア様って呼ぶのに、レネーン様のことは呼び捨てなんですね」
「身分はあっちが上でもあの女に様付けなんて死んでも嫌よ。わたくしの中で嫌いな女断トツ一番なのよ」
知らなかった。オリヴィアはティアナに嫌われていた自覚があるが、ティアナにはオリヴィア以上に嫌いな令嬢がいたらしい。
「フランは何でそんなにレネーンが嫌いなの?」
「オリヴィア様、さっきの話聞いていなかったの? あいつは陰険で偉そうな女なのよ。すーぐ自慢話をはじめるし。『このドレス、大叔母様に頼んで大人気のマダムに作っていただいたのよ。このルビーはお父様に買っていただいたの。そうそうこの前のわたくしの誕生日にはアラン殿下とサイラス殿下のお二人がお祝いに来てくださったのよ。そのときにアラン殿下からはこのリボン、サイラス殿下からはこのブローチをいただいたの。ごめんなさいね、わたくしが一番目立ってしまって。おほほほほ』。いつもこの調子よ! ちなみにドレスもルビーもリボンもブローチもちっとも似合ってなかったわ! ふんっ!」
「そ、そんなことがあったかしら……?」
「オリヴィア様は女の集まりにほとんど参加していなかったじゃないの。まあ、オリヴィア様が来たらさすがのレネーンも黙らずはいられなかったでしょけどね。なんたってアラン殿下の婚約者だったし。そうそう、しかもあの女、嫌なことがあったらすーぐ王太后様に泣きつくのよ!」
これは根が深そうだ。
箱を抱えたばりばりとクッキーをむさぼるティアナに、オリヴィアはやれやれと肩をすくめる。テイラーはこの件についてはティアナに同意の姿勢で、隣で何度も頷いていた。
「で、話は戻るけど、なんであの女サイラス様にくっついてるわけ? そしてオリヴィア様はなんであの女の好きにさせてるの? 自分のものでしょ。レネーンなんて蹴散らしてきなさいよ。お得意の余裕そうな微笑みで!」
「そうですよお嬢様! お嬢様はお美しいんですから、にこりと微笑めば大抵の女はひるみますよ!」
「…………」
オリヴィアの笑顔が引きつる。
口喧嘩をしているのも困りものだが、意気投合して「打倒レネーン」みたいになっているのもとても困る。特にこの二人は、怒っているときは過激だから。
レネーンまで登場すれば、これ以上ティアナに黙っているのは無理そうだった。
仕方なくオリヴィアがかいつまんで、オリヴィアが置かれている現在の状況を説明すると、ティアナはあんぐりと口を開けた。
「はあ? なにそれ? 本気? オリヴィア様をサイラス様の婚約者から外すにしても、レネーン? あいつよりましな女はほかにたくさんいるじゃない! 例えばオリバー伯爵のとこのモニカとか、アドコック公爵のとこのジャクリーン様とか! レネーンより何倍も美人だし頭もよさそうじゃない! わたくしは両方嫌いだけど」
「フランは自分より美人は大抵嫌いってタイプですか?」
「だったらなによ、女なんてそんなもんでしょ⁉」
「あなただけだと思いますよ」
「じゃあ何よ。テイラーはどんな女が嫌いなのよ」
「決まってます。オリヴィア様の敵です」
「だったら王妃様付きの侍女に二名ほどいるじゃない」
「あのお二人は王妃様の侍女から外されましたよ」
「そうなの?」
「はい。スカッとしました! ざまあみろってやつです。というかフランはオリヴィア様の敵に詳しいんですか?」
「まあね。オリヴィア様の悪口言ってたやつは大抵知ってるわ。だってそこからオリヴィア様情報を仕入れていたんだもの」
(わたし、情報収集されてたの?)
陰口をたたかれていたのは知っていたが、あちこちで叩かれていた陰口をティアナが集めていたのは知らなかった。というか、馬鹿のふりを続けていた時のオリヴィアは周囲からの評価を気にしなさすぎた。気にしていては身が持たなかったということもある。他人がどれだけオリヴィアを愚者と罵ろうと、オリヴィアはその演技をやめることができなかったからだ。
「レネーンも大っぴらに言っていたわよ。馬鹿だのなんだの。そして必ずこう締めくくるの。『まあ、いずれわたくしと結婚したサイラス様が王になられるでしょうから、構わないわ』。その大好きなサイラス殿下がオリヴィア様を選んだときはさぞ悔しかったでしょうね。ぷっ! あ、オリヴィア様クッキーがなくなったわ。新しいの開けていい?」
「それはいいけれど……フラン、そんなにクッキーばかり食べて喉乾かないの?」
「確かに乾いたわね。テイラーお茶いれてよ」
「たまには自分でしたらどうですか⁉ あなた一応侍女ですからね⁉」
「オリヴィア様のもいれるんでしょ? だったらついでにいれてくれてもいいじゃない。それとも三人分わたくしがいれるの? どうしてもって言うなら入れてもいいけど、わたくしがいれるとまずいから、二度とオリヴィア様のお茶をいれるなって言ったのテイラーでしょ」
「つくづく思いますけどフランは本当に口がよく回りますね!」
「ありがとう」
「褒めてません‼」
テイラーではないが、オリヴィアもティアナは本当によくしゃべると思う。グロリアに追い詰められているはずのこの状況でもあまり悲観しないでいられるのは、にぎやかなティアナの存在が大きい。ティアナと話をしていると、不思議と、物事はオリヴィアが思っているよりもよほど単純なのではないかと思えてくるのだ。
サイラスはオリヴィアのもの。奪われそうだから蹴り飛ばして牽制して来い。そうできたらすっきりするだろうなと、ちょっとだけ思う。
(蹴り飛ばすかどうかは置いておいても、きっとティアナなら、自ら牽制しに行くんでしょうね)
難しいことは考えず、感情の赴くままに。
そんなティアナが、少しだけ羨ましいと感じたオリヴィアだった。
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