# -17
霧が晴れ、ボクはすぐさま辺りを見回し、状況を確認する。ゼブルは案外近くにいた。あの男たちの死体は最初から無かったかのように消えている。触手が掘り出て来た穴も奴らに関する情報は全て抹消されている。だが事実奴らはボク達に襲い掛かってきた。その証拠にアラドスティアの雑兵たちの死体も消えている。
「おそらくそれはあちらの致命的なミスでしょう」
あの女性の声が聞こえた。ボクは即座に声の方向、街境門に繋がる階段の上を見る。
「全く、あれぐらいで音をあげるとは……。少しは歯ごたえがあるかと期待していたんですがね」
女性は燃えるように赤い髪をなびかせ、笑顔で男を罵倒しながら、階段を下りてくる。
途中、引きつった顔をしているゼブルの前で立ち止まり、横目でゼブルを見るが、目を細め、鼻で笑うと再びこちらに歩み進める。
「こんにちは、キミ。ケガはなかった?」
女性は中腰になり、顔をボクの顔の間近まで寄せて挨拶して来た。
中性的と言えばいいのだろうか、女性としては凛々しい顔つきをしている。声は完全に女性なのだが実は男と言われても一概には否定できないほど整っている。
一瞬胸がドキリと高鳴った。
「は、はい。大丈夫です……」
深い、髪の色とは反転的な吸い込まれるような蒼色の目をしている。目先は鋭く、視力が悪いのか、それともただのファッションなのか左目にはモノクルを装着している。顔立ちと非常にマッチしてしており、思わず見とれてしまい返事が遅れてしまった。
「そう、それはよかった。
私はトルネ・ケプラ。旅の者よ。貴方のお名前は?」
「レキ・ルーン・エッジ……です」
未だ挙動不審になっているようだ。声がうまく出せない。後ろではゼブルが猛烈に首を横に振っているのが見える。
「そう、レキ。
では、後処理は私たちがやるので、この事はさっぱり忘れて真っ直ぐ家に帰りなさい」
その言い方はまるで暗示のようで、少し気に障った。だが彼女はそれすら計画内だと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「――――――」
彼女はボクの頬の傷を拭いながら、「またね」と声は出さず、口だけ動かし告げる。
「ゼブル、戻りますよ」
ゼブルにそう言うとくるりと身を翻ひるがえし、ラースペントの方に戻っていった。
「へいへい」
ゼブルは悪態つきながらも彼女に言い従う。
「変なことに巻き込んで悪かったな、坊主。
アイツが言う通り、このことはキッパリと忘れてくれ」
ゼブルは申し訳なさそうにボクにそう告げる。
「別にこっちから首を突っ込んだことだから謝られるのはお門違いと言うか……。
と言うか、その坊主ってのいい加減に止めてって」
とりあえず問題はそれだけだった。なんとか坊主呼びだけは阻止させたかった。
「そうか……。なんか気を使わせて悪いな、坊主。また機会があれば今度は飯でも食いに行こうぜ」
そう言うとゼブルはボクの頭をくしゃくしゃにしてトルネを追って歩いて行った。
「だから坊主って言うな!!」
ボクの訴えにゼブルは手を振るだけだった。
もしこの先、彼と再開することがあっても坊主呼びされそうだ……。根気が必要だな、これは。
しかし嵐のように現れて嵐のように去って行ったな……。ゼブルと言い、あの男たちと言い、彼女、トルネと言い、一体何だったのだろうか……。それにあの霧と霧が緑色に変異した理由……。ボクは未だ消えぬ謎を抱えながらも、彼女の諭されるがまま、アパートに戻ることにした。
◆
これが彼女との初めての出会い。
まだ引き返すことが出来た。
だがボクは今まで味わったことのない新鮮な感覚に胸をうち震わせていた。
◆