# -15
●焔月/四日
プリオール:バザール
「おう、ねーちゃん。そのフード、相変わらず暑そうな格好してるな!」
「そんなことないですよ。『心頭も滅却すれば火もまた涼し』ともいいますし。
それにこの服、通気性いいのでそんなに暑くないです」
「ははっ、ねーちゃんは我慢強いな! そんなねーちゃんに一個オマケつけさせてもらうぜ」
「わ~、ありがとうございます!!」
ここは私が住んでいる家の前の大通りを右に曲がり、少し進んだところにある、プリオールイチの交流場・バザール。
私は行きつけの店でいつものようなやりとりを交わす。いつも通りの何一つ変わらない日々。……そう、いつも通り……。
「どうした、ねーちゃん。プルプル震えて……」
はわわ~、いつもと変わらずまたレキさんに失礼な態度を取ってしまいましたぁ~~。
うぅ、絶対嫌われてる。アタシのバカバカバカ~。せっかく友好的な態度で接してくれてるのになんであんなに距離取ろうとするのよ~。いや、それは私が【妖】だからってのもあるんですけどぉ……。でも恋に種族は関係ないってどっかの本で読んだ気がする。いや理屈は解るよ? でも周辺の人以外に私が妖ってことがばれたらそれはそれで大問題だし……。
「おーい、ねーちゃん? 急にのたうち回って、大丈夫か~?」
「はひっ!?」
気付けば自分の世界に入り込んでいました。急に変な動きを始めた私を心配した店のおじさんが声をかけてくれます。私はその声に驚き、思わず飛び上がってしまいました。
(胸揺れた……)
その際、ピコーンと頭のフードの端が持ち上がってしまいました。私はしゃがみ込み、驚きで立ってしまった耳を手で無理矢理押さえつけます。
「どうした? 頭なんか押さえて」
「いや、お気になさらず~。あはは……」
私は咄嗟に笑顔で誤魔化し、購入したモノの代金をおじさんに支払います。
「おい、なんだアレ?」
「うわぁ、気持ち悪ぃ」
……?
急に辺りが騒がしくなりました。どうしたんだろう?アタシも連られて、近場の男性が指さす方向に目を向けます。
「な、なにあれ……」
男性が示した先には紫色に染まったガス状のモノが充満していました。思わず私も彼らと同じような感想を口にしてしまいます。あの位置はアパートの裏手……ということは【街境門前広場】辺り?
「ラースペントの奴ら、遂に毒ガスでも撒いたか?」
「いや紫だからと言って必ず毒とは限らないだろ」
「でも有害っぽいぞ」
「まぁこっちまでは来ないだろう」
しかし、相変わらずここの人たちは肝が据わっているというか、落ち着き過ぎである。
街の周りには対侵入者用の電磁ネットを張られていてラースペントとの街境門を利用する以外、外への脱出経路が無いプリオール。仮にあれが本当に毒ガスならば、入口は毒がすでに充満していてプリオールの方々はラースペントに逃げることすら出来ない。袋の中の鼠状態。死ぬことさえも恐れなくなると言うのは生物としての在り方から逸脱している気もするがこの状況では仕方ないのかな……。
「まぁ、あれが本当に毒ガスだったとしたらラースペントの奴らにも少なからず被害が出るだろうよ。
奴らに一矢報いることが出来るなら俺たちゃ大満足さ」
店のおじさんが笑いながら言います。
どうやってもプリオールとラースペントは手をつなぐことは出来ないのか……。よそ者だけど、いやよそ者だからこそ一層強くそう考えてしまう。
……そう言えばレキさん、今朝の事件現場に行くとか言ってたけど、あれってラースペントで起きた事件だよね?不安が胸を騒めかせます。何もなければいいのだけど……。デスク・プラネットでは店の正確な位置は報じられていなかったので、街境門前広場からどれぐらい離れた場所にある店なのかもわからない。居ても立っても居られない感情になります。「どうか無事で……」と祈るしか私には出来ないのか……。歯がゆい……自分の無力さに腹が立つ。
「おい、ねーちゃん!?」
どうせ死ぬなら……。
気付けば私は広場の方に向かって駆けだしていました。
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