# -12
「おい坊主、下がってろ」
ボクの頭をポンと叩き、緑髪の男がそう言う。いつの間に、と言うかどこからか出したのか、先程まで持ってなかった槍――というにはあまりにも刃の部分が大きすぎる、メイスに近いハンドピースを右手に携えていた。
まぁ、そんなことどうでもいい。こいつに守ってもらったとしても、あいつらはボクを標的に入れていることは変わらない。降りかかる火の粉は自分で振り払う主義だ。
「……ボクは坊主じゃない」
「あ?」
あとついでにボクは呆れた顔で緑髪の男の顔を見た。
「ボクの名前はレキ・ルーン・エッジ。
……逃げるのは性分じゃない。こいつらがなんであれ、ボクの敵なら倒すまでだ。だからあんたを手伝わせてもらう」
とりあえず今はコイツと手を組むことが得策だ。ボクは男にそう宣言する。
しかし、それを聞いた男は呆気を取られたような顔でボクの顔を見つめる。だから、そんな表情をしたいのはこっちなんだって……。
「で、あんたの名前は?」
勢いのまま、ボクは男に名を問う。男はボクの考えがあまりに短絡すぎるからか鼻で笑う。
「へっ……。
全く、変な奴と会っちまったもんだ」
男は呆れて頭をボリボリと掻いている。だが何を決意したのか、男の表情は大きく息を吸うと呆れ顔から一転。先程までの頼りない顔ではなくなんとも頼もしい、男らしいと言うべきか。誇らしい表情に変わり、傭兵の姿も中々様になっている。コイツ自身気付いているのか知らないが、飾ってない方が話しやすそうだ。
男は頭上で相当な重量があるであろうハンドピースを軽々しく振り回し、構え直すと声を高らかに叫んだ。
「いいぜ……いいぜ、坊主!その心意気。
じゃあ遠慮なく名乗らせてもらうぜ!!俺は《大罪》の【暴食】のことゼブル・ヴァ・プリアボス!! しかとその名を心に刻みな!!」
自らの名を宣言すると、緑髪の男ことゼブルはハンドピースを片手で振り回しながら、中央にいる男に突っ込んでいく。
「他の連中は任せたぞ、坊主!」
だから坊主じゃないって……。
落胆のため息をつきながら、ゼブルの左右から襲い掛かる男たちに影の刃を飛ばす。影の刃は男たちに命中するが、致命打にはなっていない。だがターゲットをこちらに変更できたようだ。
「来いよ」
ボクがそう挑発すると右側の男がボクを目がけて飛んでくる。速い。男の右腕がボクの顔に狙いを定め、横から伸びる。ボクは背中に重心を預け、男のフックを避ける。そしてボクはそのままバク天して、男の顎に蹴りを二発打ち込む。骨は折れなかったが、男は大きく後ろへとよろめく。
好機だ。四つん這い状態のボクはノーガードの男の胸に狙いを定める。手足の先に力を籠める。
その時だった。ボクは体を左へと転がす。
「奇襲失敗」
律儀に男はそう呟く。
先ほどまでボクがいたところのコンクリートは土煙を上げて抉れている。想定以上だな……。出し惜しみするほど余裕はない、か。ボクは地に手を置く。
「――”Needle Edge”――」
男の影から無数の針が飛び出し、男に襲い掛かる。至る所から針は肉を突き抜け、男を縛り上げている。しかし痛覚と言うものがないのか、男は悲鳴もあげず、ただ針から体を抜こうと尽力している。気味が悪い。さっさと止めを刺した方がよさそうだ。
ボクは止めを刺す為、男に近付く。すると男は諦めたのか、無駄な抵抗を止め、機械のように完全に制止する。
「【戦力レベル:Aクラス】と認定。拘束解除を承諾する」
後ろから男の声が聞こえる。ちっ、立ち直りが早いな。早いとこ、全滅させた方がよさそうだ。
しかし、リミットアウト? 聞きなれない単語が少し気になる。
「承諾了解。拘束解除を実行する」
目の前の針で縛られた男のグラサン奥が赤く輝く。
なんだ? 何か嫌な感じがする。ボクは走り、急ぐ。だがそれより早く、男たちは体を鳴らし、何かをし始めた。影の針がへし折られていく。
「痛っ!?」
指の先が痛む。影の針がへし折られた反動か? ボクはすぐに影を元に戻す。
「なっ!?」
「ひいいぃぃぃぃぃ!!」
ボクは驚き、思わず動揺してしまう。後ろで倒れこんでいたアラドスティアの男は悲鳴を漏らした。
男は、いや男たちはバキバキと奇抜な音を鳴らしながら、身体の造形を変えていく。
果たしてアレは人と言っていいのか、どう見てもこの世のものでは無い。スーツの男たちの腕は伸び、手があるところは謎の吸引口のような作りに変わり、肩からは骨のような、白い謎の突起物が突き出している。そして血管か、筋肉の筋かはわからないがそこらじゅうに謎の赤い線状の模様が浮き上がっている。不健康そうだった色白い肌の色も青紫になっていた。もはや不健康を通り越して生き物として認識できないレベルの肌色だ。
「おい坊主、下がれ」
ゼブルの声が聞こえたと同時に目の前の男を貫く。そのスピードは目で追えないほど早く、衝撃波と音が後から来る。ゼブルの顔は先ほどまでの飄々としたものではなく、戦いを楽しんでいる狂戦士のものだった。
「二つ目……」
のっそりと立ち上がるゼブルはすぐさま三体目に標的に入れる。男はゼブルの姿をその目で捉えると、両腕を伸ばし、ゼブルに攻撃を仕掛ける。だがゼブルは空高く舞い上がり、攻撃を回避する。そしてハンドピースを男に投げる。ハンドピースは見事に男に突き刺さる。だが突き刺さった場所は肩で倒せてはいない。
「三つ目」
しかしそんなこと、ゼブルにとっては想定済みだったのだろう。気付けばゼブルは自分のハンドピースの上に立っていた。それに気付いた男が手を伸ばそうと動く。しかしそれより早く、ゼブルはハンドピースを蹴り、体を貫通させる。そしてまたも超速スピードで男の後ろに移動し、ハンドピースをキャッチ。そのまま横に薙ぎ払う。
圧倒的なゼブルの攻撃を前に「……本当にボク帰った方が良かったかもな」という感情が生まれる。なんだか緊迫感も無くなり、構えていることが馬鹿馬鹿しくなってボクは構えを解く。
「なんで……なんでそんなに容易く人を殺せるんだよ……!」
忘れきっていたアラドスティアの男が思わず場違いな正論を漏らす。さっき自分で自分の側近一人を撃ち殺しといて何を言っているんだか。第一、アラドスティアではこんなの日常茶飯事だろう。
でも技量が積まれていないことを考えるとこいつらは新人で、目の前でこう何人も死ぬ状況に慣れていないのか。でも【プリオール】なら比較的に日常的なことだと思うんだけどな……。
まぁ暇を持て余していることだし、無視するのも気が引けるので答えるのは別に構わないのだが、自分の考えを伝えるのは心の内を赤の他人に悟られるようでなんだか気持ち悪い。
なので聞こえないようボクはに呟くように小さな声で答えた。
「価値観の違いだよ」
恐らく聞こえていただろうが、アラドスティアの男は息を飲むだけだった。