# -11
「そこをどっけえぇ!!」
突如後ろから怒声が聞こえたので、ボクは反射的にその方向に目を向ける。
「なっ!?」
その奇怪な風景に思わず驚きの感情を口にしてしまう。いや、誰でもあんなもの見たら驚くだろう。
ラースペントのビル群から先ほどの怒声の主と思われる緑髪男がこちらに飛んできている。背中には虫のような透明の羽が四枚が音を立てながら振動している。人とはあんな貧弱な羽でも飛べるモノなのか……。
あんな不安定なもので空を飛ぶのは個々の勝手だが、その羽で出力されているスピードが明らかにおかしい。男も制御できてないようで、暴走状態と言っても顕色ない。下手な着地をすると命に関わるスピードだ。その状態で人にでもぶつかったら、双方とも怪我ではすまないだろう。そして今、そのぶつかるであろう人はボクだ。
ボクは急なことで頭が真っ白になり、次の行動が浮かんでこず、ただただ腕で視界を覆うだけだった。
「――――っ!!」
「あヴぇんだあぁぁぁぁ!!」
強烈な風がボクに襲い掛かる。気を抜いたら空に舞い上がってしまう。それくらいの勢いだった。
風の勢いは収まり、ボクはゆっくりと目を開く。先ほどまで視界に映っていた男はいなくなっていた。その代わりなのか隣から土煙が流れてきた。
「……えっと、大丈夫?」
土煙が溢れ出る方を見ると、先ほどの強風を連れてきた緑髪の男が小さなクレーターの中心点でうずくまっていた。どうやらあのスピードのまま、ボクの横を通り抜け、地面に不時着していたようだ。土煙で怪我の具合はよくわからない。
ボクはとりあえず男に声をかける。反応がなかったら見なかったことにして帰ろう。
「お、おう……悪いな気を使わせて」
男は口から垂れ流れていた血を拭き取りながら体を起こす。あのスピードで突っ込んで無傷とは恐れ入った。
男は皮と重量が軽い鉄のプレートで身を包んだおり、第一印象はまさに傭兵そのもの。傭兵と言うと契約を重んじ、ただただ冷静なとっつきにくい奴と思っていたが、話してみるとこいつが特殊なのか、なかなか気さくな性格だと言うことが伺える。
「ってなんだお前!?」
だがそんな彼もボクの顔を見てすぐに顔色を変えた。なんなんだ、一体。というか、そのセリフはこちらが言いたい。
「お前、全身血だらけだぞ、大丈夫か!?」
「えっ? ……あぁ、はいはい」
そういえば返り血で全身染まってたんだっけ忘れてた。そりゃ驚くか。しかし今はそっちの方が重傷だろうに、他者の心配が出来るほどの余裕はあるということか。
「……目標外対象認識」
感情の籠っていない声が辺りに響き渡る。男が飛来してきた方向からだ。ボクは再び顔を上げ、その方向を確認する。
スーツに身を包んだ男たちが三人。なにも使わずに自然に空を飛んでいる。横にいる男の虫の羽にも驚いたが、こちらは更に上を行っていた。文明の発展も遂にここまで来たか。次はビルたちが合体して巨大ロボットにでもなるのか?
なんて冗談、通じないような奴らだ。全員スキンヘッドで見た目に関しても、さっきの【アラドスティア】の刺客より何倍も手ごわそうだ。
「【目標外対象数:二】と認証」
「任務の支障をきたす可能性あり、目標外対象を排除対象と認定」
「了解、攻撃を開始する」
「了解、かく乱を開始する」
対して空を飛んでいるスーツの男たちはなにか物騒なことを言っている。どうやらボクはこいつらから完全に敵とみなされたようだ。男たちのサングラスの奥が赤く光る。よく見ると全員顔が一緒だ。個というモノが何一つ感じられない。
ボクは戦意喪失しているアラドスティアの男のことはそっちのけでスーツの男たちに対しナイフを構え直す。