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第三十五話「か、家族団らん、だと!?」

「はい弥生ちゃん、お肉も食べて〜! ウフフ、まるで娘ができたみたいでママ嬉しいわ〜!」

「ありがと叔母さん!」

「いや、すっかり明るくて美人な娘になったもんだな!! あの頃は根性はあったが暗くて陰気な子だったのに!! 年頃の女の子は変わるもんだな!! ガッハッハ!!」

「そりゃそうだよ叔父さん! あの時からもう七年たってるんだもん!」

「弥生よ、俺の腹の悪魔が血肉を欲しているのだ。そこの贄を捧げてくれるか?」

「じゃあ、このお肉いれちゃうね! お兄さんのお腹の悪魔よ鎮まりたまえ~! なんてね! アハハ!」

 俺はその素敵な家庭団らんの光景を前にして、一人そこに参加できないでいた。

「キョウちゃん、おかわりいる?」

「あ、ああ」

「・・・・・・はい、どうぞ!」

「ありがとう・・・・・・」

 渡された茶碗に盛られた白飯の湯気の向こうで弥生の満面の笑顔が見える。

 親父も、母も、そしてあの壊れたラジオこと我が兄も、にこやかに全員で夕飯を囲んでいる。こんな事はこれまでの人生で初めてだった。俺は兄とは幼少期から仲が悪く、中学生になってからは親父との仲も悪くなった。食卓で顔を合わせればケンカばかり、そんな家族の夕飯がここまでまとまりを見せるなんて。

 その中心になっているのは、紛れもなく弥生の存在だった。

 七年ぶりに我が家に来たとは思えないこの一体感は、弥生と再開した事、そしてこうして食卓を囲んでいる事がまるで運命ででもあるかの様だ。

 次第に俺の中の驚きや戸惑いはどこかへと消え、嬉しさや気恥かしさがこみ上げて来た。

 俺はこみ上げた気持ちに促される様に茶碗の白飯を口の中へとかきこみ、空になった茶碗を弥生の前へと差し出す。

「おかわり!」

「もう食べちゃったの!? キョウちゃんってばさすが男の子だね!」

「いや、なんだか今日は飯が美味くてな!」

「今日はってどういうことキョウちゃん~!? ママのご飯はいつも美味しいでしょ~!?」

「べ、別にそういう意味ではないぞ母上・・・・・・!」

「ねぇ聞いて弥生ちゃん~! キョウちゃんったら最近反抗期なのよ~! この間もママが朝からガンバって作ったサンドイッチを食べたくないってイジワル言ったりするの~!」

「アハハ! そうなんですか!?」

「こら母上っ! だから反抗期とかではないというのに!」

「でもね~、いつも一緒に学校行ってるお隣の恵ちゃんがひとこと言うと素直に食べるのよ~! ほんと男の子って現金よね~!」

「いつも一緒に・・・・・・?」

 それを聞いた弥生の顔色が明らかに曇った。

「そうなの~! 少し前にお隣に引っ越して来た恵ちゃんって子と最近すごく仲が良くて、朝はいつも一緒に学校に行ってるのよ~! 二人とも仲が良くてママが嫉妬しちゃうくらいなの~!」

「そうなんだ・・・・・・」

 明らかに弥生の声のトーンも下がった。その変化は空気に鈍感と言われがちな俺でもハッキリと分かった。

 弥生がうちの学校に来た日、なぜか天草さんを睨んだ様に見えた。それを俺は見間違いかと思っていたのだが、案外そうでもないのかもしれない。

 天草さんの何が気になっているのかは分からないが、弥生の様子が少しおかしいのは確かだ。

「えと、それは・・・・・・」

 俺が弥生に何か声をかけようと思って口を開いた時、意外な所から助け舟が出された。

「ところで弥生ちゃん!! うちに来なくなってから空手はやってるのかい? それとも興味が無くなってしまったかな?」

 親父が鋭く会話に切り込み、話を変えたのだ。

 新しい所に気を引かれた弥生は、また明るい笑顔に戻って話し出す。

「ああ、うん。せっかくだから空手は続けたかったんだけど、親に習わせてもらえなくて」

「なんだケチくさいな、儂から弥生ちゃんの両親に言ってやろうか!」

「こらクソ親父っ!! よその家で問題を起こそうとするんじゃない!!」

「アハハ、言っても聞いてくれるような親じゃないから! でも叔父さんにそう言ってもらえてスゴク嬉しい!」

「そうか! なんだったらウチに習いに来てもいいんだぞ! 俺はしばらく日本に居るから、いつでもおいで!」

「ホントにっ!? ありがとう叔父さんっ!!」

 親父の空手指導がそんなにありがたいものとは思えないのだが、本当に嬉しそうにはしゃぐ弥生を見ていると、それに言葉を挟む気は無くなってしまった。

 それにしても、親父が話に入って来たタイミングは上手かった。あれは弥生の様子の変化を察した親父の気遣いだったのだろうか。俺はにわかにはそう受け止める事が出来なかった。

 だが案外、親父は気遣いやデリカシーというものを隠し持っていたのかもしれない。

 そんなファンタジーを俺が夢想しているうちに、夕飯は終了した。

 片付けを手伝おうとする弥生を母は止め、ノンビリしているようにと促す。

 すると弥生からこんな提案があった。

「ねぇ、ちょっとキョウちゃんの部屋に行ってもいい?」

 ざわ……!

 ん? 気のせいだろうか、なんだか室内の空気がザワついたような……。

「ああ、別にいいぞ。上に行くか」

「あー、鏡四郎! ちょっと話がある、お前はちょっと待て!」

 親父が俺を呼び止める、口ぶりからして少し込み入った話の雰囲気だ。

 俺は弥生に部屋の位置を教えて先に行かせ、親父の側へと歩み寄るが、やはり家族の雰囲気がおかしい。

 母は急にソワソワして洗濯物をたたみ始め、兄の方は今日は早めに回復に入るかなぁ、などどわざとらしい態度で自室に戻って行く。

 一体なんだというのか。

「ちょっとそこに座れ、鏡四郎!」

 俺は面倒臭いという態度全開でイスに腰掛けた。

「急になんの話なのだ?」

「ちゃんと聞け、大事な話だぞ! 『その時』が来る前に、父親として確認しておこうとおもってな!」

「??」

「あー、それで、お前は弥生ちゃんと恵ちゃん、どっちにするのだ?」

「はぁ!?」

 俺は親父の唐突な質問に素っ頓狂な声を上げてしまった。

「だから、どっちとセ○クスしたいのかと聞いているのだ!」

「セッ……! 言うに事欠いて何てことを、このクソ親父がっ! 男として、軽々しくそんな事が出来るか!」

「この軟弱者が! しかしお前の言う事にも一理ある。女は大切にするのが男の心得というものだ!」

「ほう、クソ親父のくせにまともな事を言うではないか」

「ふっ、生意気な口を。ほれ!」

小さな細長い袋がテーブルに置かれる。

「ん、何なのだこれは?」

「お前へのプレゼントだ! 高校二年ともなればもう立派な男だ! それを身に着けて頑張れよ! 俺は風呂に入る!」

「親父……」

 風呂へ向かう親父を見送り、袋を手に取る。

 箱の形から察するに、時計であると思われた。

 俺は思わず父の粋な計らいに胸を打たれてしまった。

 俺は既に二次元に心を捧げ、三次元の女は愛さぬと誓った親不孝な息子だというのに、それも知らずに親はただ息子の事を思ってくれているというのか。

 俺は感無量で箱を開けてみる。

「ん?」

 すると中から様々な色の小さな袋が大量に出てきた。

 それは、親父が買ったであろうコンドームの余りの詰め合わせであった。

「こ、こんのクソ親父っ!!! その下劣な品性をこのロイヤルガードの拳で叩き直してくれるわーーー!!!」

 この後すぐに俺が風呂場へと殴り込んだのは言うまでもない。


第三十六話へ続く

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