第三十一話「クソ親父と愚兄の帰還」
俺はまたもや己の馬鹿さ加減にガックリと肩を落としていた。
「はぁ~、俺は何という馬鹿なのだ~」
弥生は俺の家の場所を知っているから後日訪ねてくれるかもしれない。しかし今回は弥生が来てくれたのだから、次はこちらから行くのが筋というものだろうか。
「よその学校にお邪魔するのは非常に気が引けるのだが、仕方ないか・・・・・・」
俺はやや重い足取りで二階へと続く階段に足をかけようとした。
「おお、鏡四郎やっと帰ったか!! 待ちくたびれたぞ!!」
突然台所から発せられた野太い声が俺の足を止める。
「こ、この横柄で不敵な声・・・・・・まさかっ!?」
その声の主が誰かは確信していたが、俺は自分の目で確かめる為にリビングへと入った。
そこには俺と比べて背丈も体格も一回り大きく筋骨隆々の男がソファーにどっしりと腰掛けていた。
「か、帰って来たのか・・・・・・クソ親父」
「一年振りに帰った父親に向かってその口の聞き方とは、変わっとらんなお前は」
楽なスウェットに身を包みリラックスモードの親父は五百ミリリットルの缶ビールをグイと一気に飲み干した。
「ぷはぁ~!! やはりビールはオ◯オンが旨いっ!!」
親父は『ゲ~』と盛大なゲップを俺に向かって放つ。
「くっ! そっちこそ、その下品な所は一年前と変わっていないではないか!」
「堅い所も相変わらずだな。仲間内ではこれがウケるというのに!」
「ふん! 類は友を呼ぶとは正にこの事。下品なクソ親父の周りには下品な奴が集まるという事なのだ」
「ふうむ、なにやら一年前より儂への当たりが強い気がするな、これは本格的な反抗期か」
「反抗期などではないわーーー!!!」
「あらあら、本当に二人とも仲がいいわね~! ママ嫉妬しちゃうな~!」
キッチンの方から母が顔を出し何やらトチ狂った事を言っている。
「これをどう見て仲が良いなどと言うのだっ!? 思いっきりケンカしとるだろーがっ!!」
「ガッハッハッハ! 可愛い息子と久しぶりにじゃれあっておったのだよ! まあ、コイツよりもママの方が百万倍可愛いがな!」
「も~! パパったら、愛してる!!」
「ガッハッハッハ! こいつは参ったな~! 儂も愛してる!!」
「・・・・・・」
夫婦仲が良いのは結構な事だが、正直な話、両親のイチャイチャを見せつけられる事ほど苦痛なものはない。
俺が大きな溜め息を残して自室へ向かおうとすると、極太の腕ががっしと首に巻きつき俺の動きを止めた。
「なんなのだ! むさ苦しいぞクソ親父!」
腕を解こうとするが凄まじい力で外せない。親父はそのまま俺の耳元に近づいて囁きかける。
「まあ聞け鏡四郎、この父の武勇伝を! 今回の旅では百人の女とヤったんだぞ! しかも記念すべき百人目はCAだ! オッパイはホワホワ、お尻はムチムチで最高だったぞ!」
そう言って親父はグッっと親指を立ててドヤ顔をかます。
「ぐぬぬぬぬっ! 毎度の事だが、母上というものがありながらその不貞行為っ! そしてそれを堂々と俺に自慢する罪悪感の無さっ! 俺はクソ親父のそういう所が嫌いなのだっ!」
俺の親父の名は龍飛虎と言い、現在フリーの空手家として世界各国で道場を経営している。若い頃は協会に所属していたらしいが、様々な公式大会や異種格闘技大会での優勝の後に協会を離脱し、その類希な技術と強靭な肉体を武器に全世界武者修行の旅に出た。その際にどうやったのか世界各地でコネを作り、道場を始めたのが軌道に乗っている様だ。
それはいい、そこまでは尊敬も出来る。しかし問題は私生活の態度だ。この男は仕事で長く家を空けるのをいい事に世界中で浮気を繰り返している。しかもそれを嬉々として俺に話してくるのだから煩わしい事この上ない。そして下品で声がうるさくてデリカシーゼロだ。
こいつは間違いなく俺の父親ではあるが、ロイヤルガードの精神と全く相容れないド外道なのである。
「貴様が行動を改めないと言うのなら、今日こそは母に真実を告げてやるぞ!」
「なんだと~、後悔することになると思うがな」
「それは貴様だろうが! 母上! 母上ー!!」
母が何事かとキッチンから顔を出す。
「どうしたのキョウちゃん大声出して~」
「母上、落ち着いて聞いてくれ。実は、このクソ親父は浮気をしていたのだっ! 直近はCA、そしてこれまでには何百人もの女性と肉体関係を持っていたのだっ!!」
「もう、キョウちゃんったら、そんな事ある訳ないじゃないの~!」
「いや本当なんだっ! 母上、この俺を、息子の言う事を信じてくれっ!!」
母の動きがピタリと止まる。情報を整理するように数回瞬きをし、父の方を見てゆっくりと口を開く。
「・・・・・・本当なの?」
「嘘だよ。鏡四郎の冗談さ」
「やっぱりね~! そうだと思った~!」
「何でじゃあぁぁぁーーーーー!!!!!」
「儂が帰って来たんでママを取られないように気を引こうとしてるのさ」
「もう! こんなに愛されちゃってママ幸せ~! ご飯もうすぐ出来るからね~!」
母はスキップでもしそうな勢いでキッチンへと戻っていった。
「何で息子の魂の叫びがクソ親父の軽い一言で覆されるのだーーー!!! 納得できんぞっ!!!」
「ママは儂にベタ惚れだからな。だから後悔すると言っただろうが」
「ぐぬぬぬぬっ・・・・・・!」
今の発言もそうだ! 母上の頭のネジがとんでいるかのごとき純粋さの上にあぐらをかいた発言っ! 許せんっ! このド外道は出来れば俺が異世界へ旅立つ前に、この世界の道徳の為に成敗しておきたい! それが息子である俺の務めである気がするっ!
「・・・・・・ククク、騒がしいと思って下界へ降りてきてみれば、お前か鏡四郎よ」
「ハッ! 妖気っ!」
我が家の何の変哲もない階段をやけにもったいぶって下りて来た痩せ型の人影、それが誰かはクククの時点で分かっていた。見るのも目に毒だと思ったが、俺はしぶしぶそちらへ目を向けた。
「そのに居るのは我が愚兄、戻っていたのか・・・・・・」
家の中で弟に向かって無駄にジョジ○立ちを決める男、それは我が兄、一二郎であった。
その姿は表現するなら厨二病の一言に尽きる。取りあえず全身黒のゴシック系コーデで固め、そしてチェーンやシルバーアクセサリーをジャラジャラと装着し、服のあらゆる部分には機能性を無視したファスナーがついている。その他には指ぬきグローブ、怪我もしていないのに腕に包帯、前髪をわざと垂らして片目を隠し、男なのに髪をピン留め、そんな事を二十五歳にもなって恥ずかしげもなくやっている、認めたくはないが、それが俺の実の兄なのである。
その格好を見ているだけで、比喩でもなんでもなく頭が痛くなってくる。
「ククク、愚兄とはご挨拶だな弟よ。久しぶりに魔境より帰還せしこの兄に他に言う事はないのか?」
「魔境とは大仰な言い方をしおって。地方の同人イベントを回っていただけではないか」
「おいおい鏡四郎、あんまり舐めた口をきくと・・・・・・俺の右手に封じている鬼の力を開放することになるぞ」
兄は包帯を巻いた右腕を、ううっ、とか何とか呻きながらビクビクさせている。
「この末期厨二病患者め。望みとあらば、貴様の鬼と俺の握力のどちらが上か試してやろうか。ちなみに今の俺の握力は確実に八十キロを超えているぞ。どうする?」
「・・・・・・フッ、実を言うと、今日は一年に一度の霊力が大幅に低下する日で、鬼の力を開放するのは大きな危険を伴うのだ。命拾いしたな」
「本当に何なのだ貴様は・・・・・・」
第三十二話へ続く