第三話「ご挨拶」
驚いた、本当に居る。
玄関に降りていくと、天草さんとその両親と思われる二人が立っていた。
今は秋で、最近は夜になると少し冷える。天草さんはグレーのニットのワンピースに黒のタイツと言う出で立ちだった。大きな目と華奢な体型が年齢よりも幼く感じさせる天草さんなのだが、学校で見た時よりも大人びて上品な印象を俺に与えた。
「お待たせして申し訳ありません〜。この子が次男の鏡四郎です〜。上の子と夫はまだ帰って来てないんですよ。せっかく皆さんでご挨拶に来て下さったのに、すみません〜」
母が軽く頭を下げると、天草さんの母親と思われる貴婦人がいえいえと、手を軽く振りながら微笑んだ。
「急に押しかけてしまったのはこちらですから、どうぞお構いなく。これから、どうぞ宜しくお願い致します」
天草さんのお母さんは手に持っていた上等そうな木箱を母に手渡した。
箱の表には『御挨拶 お蕎麦』と書いてある。
引っ越しの挨拶とは言え、王道の引っ越し蕎麦とは逆に今時は珍しい。
しかも結構良い物に思える。天草さんの家は一般より裕福な家庭なのだろうか。
「どうもご丁寧にありがとうございます〜」
そう言えば、と傍に立っていた天草さんの父親が口を開く。
「息子さんはうちの娘と同い年だとか。どうぞ仲良くしてやって下さいね鏡四郎君」
俳優か何かかと思わずにはいられないようなオーラと気品のある物腰で、天草さんのお父さんは俺の肩を叩いた。
「は、はい! 同じクラスなので、何かあれば力になります!」
「ははっ、そうだったのか! 頼もしいご近所さんが出来て良かった。なあ恵?」
「……うん」
天草さんは少し遅れ気味に頷いた。
恐らく天草さんは俺の事など覚えてはいないのだろう。それもそうだ。クラスで軽く自己紹介の機会はあったのだが、天草さんにとって俺は三十人くらいいるクラスメイトのうちの一人に過ぎない。その上に今日は沢山の生徒に囲まれていたし、俺の印象など残っていないだろう。
ついでに言うと、今日の自己紹介では異世界に行きたいとも、ロイヤルガードになりたいとも言っていない。
その後、テンプレートの様な挨拶がいくつかやり取りされ、もう終わりが見えたかなと言う頃に、話が変な方に転がった。
「そう言えばこの辺にコンビニは御座いませんか? うちの娘が文房具を買いに行きたいと言ってるんですが、まだよく道を分かってないもので」
天草さんのお母さんがそう言うのを聞いて、母がそれならとこんな事をのたまった。
「息子に近くのコンビニまで案内させますのでご心配なく〜」
「な、なにー!?」
第四話へ続く