第二十五話「女子陣到着!」
「猫橋クン待った~~??」
駅を出てきて直ぐの所から大きな黄色い声が飛んでくる。
俺を無視して猫橋だけを呼ぶその声の主はもちろん高杉さんだ。ゆるくウェーブをかけた長めの茶髪を左側でポニーテールにしてまとめている。高杉さんは学校だと少し雑と言うか、ちょっとヤンキーっぽい雰囲気があるのだが、今日は少しイメージが違う。メイクもバッチリしていて大人っぽさがあり、しかもそれがよく似合っているのだ。どうやら高杉さんは随分とオシャレに気を遣うタイプらしい。
「別に、ちょうどいい時間だぜ」
「よかったー! 電車がちょっと遅れて焦っちゃった!」
慌てて走ってきた高杉さんは猫橋の横でふうと一息つく。俺達の中では高杉さんだけがいつも電車でこの町まで来ていた。
「余計なお世話かもしれんのだが、高杉さんはそれで寒くないのか?」
一瞬どうしようか迷ったが、聞かずにはいられなかった。今は十一月も半ばという所で、昼はまだいいのだが日が暮れてくると割と冷える。しかし高杉さんが着ているのは、胸元が開いたシャツにハーフパンツ、その上から少し厚手のカーディガンを羽織った様な格好だ。
女子というものはかなり寒がりだと聞いているが、高杉さんは大丈夫なのだろうか。
「ああ、これね! ちょっと寒いけど全然へーき! オシャレはガマンってねー! まあ高見沢クンには分かんないかもしんないけど! それに・・・・・・」
高杉さんはカーディガンをピラッとめくって内側を見せる。そこには貼り付けるタイプの使い捨てカイロがいくつも仕込んであった。
「ちゃーんと用意してあるし! デキル女は見えないところで努力してんの!」
「な、なるほど・・・・・・」
ファッションの為には寒さと闘う事も辞さないとは、やはり高杉さんはかなりのオシャレさんの様だ。
しかし待てよ、それ程のオシャレさんならば、先程の猫橋の様に俺の服装に一言くらい物申してもいいのではないだろうか。しかも高杉さんのズケズケと物を言う性格から考えれば俺を気遣って遠慮するなどという事は考えられない。その高杉さんがツッコんで来ないのだから、猫橋のこだわりが強すぎるだけで女子的には俺の服装は全然問題無いのではないだろうか。
「なあ高杉さん! 今日の俺の格好なのだが、高杉さんから見てどう思う?」
「格好??」
高杉さんは俺の姿を上から下までざっと確認する。
「別にいいんじゃナイ?」
「そうかっ!? やはりかっ!!」
どうだ! 今のを聞いたか猫橋よっ!?
「マジかー? オレはイマイチだと思うけどなー」
「えー、だって高見沢クンってこんなモンでしょ。期待しすぎるのはカワイソウだよ」
「うーん、それもそうだな」
「・・・・・・」
今とてつもなく失礼な事を言われた気がする。
「おっ、いまちょうど二時だな」
猫橋がスマホを見て時間を確認する。
「あれ? そういえば恵は来てないの??」
「遅れてるみてーだな。お前なんか聞いてるか?」
「そう言えば、俺達との約束の前に親と出かける用事が出来たとか昨日言っていたから、もしかするとそれが長引いているのかもしれんな」
ポケットのスマホを出して確認してみると、五分前に天草さんからメッセージが来ていた。どうやら用事が長引いてしまい、親の車で急いで向かっているらしい。
「天草さんが言うには、もう少しで着くみたいだぞ」
「それなら大丈夫だね! よかったー!」
「恵ちゃん用事あったんだな。どうりでな、高見沢が一人で来た時に『アレ?』って思ったんだよ」
「それはどういう意味なのだ?」
「だってお前と恵ちゃんは一緒に来ると思うじゃん」
「何故だ?」
「だって・・・・・・なあ?」
猫橋は高杉さんをチラリと見る。
「それは・・・・・・ねぇ?」
高杉さんはニンマリ笑って猫橋に視線を返す。
そして二人は何かを言いたそうにニヤニヤ笑いながら俺を見る。
「だ、か、ら、何だと言うのだーー!!! 言いたい事があるならハッキリと言ったらどうなのだっ!!!」
「ぶぇつうにぃ~~~」
猫橋は子供が相手をからかう様に唇を突き出してそう言う。
くっ、猫橋の奴、何て腹の立つ顔をしていやがるっ!
俺が珍しく今にも暴れだしそうな拳を抑えるのに苦労していると、俺達の直ぐ近くの車道沿いに一台の黒光りする車が止まった。その車体の輝きといい、ドッシリとした存在感といい、車の事などよく分からない俺でもその値段が容易に手の届かないものだという事は直ぐに分かった。
「おお、すげーな。あれってレクサスじゃねーか」
「珍しいのかそれは?」
「日本の高級車だよ。あの車はどれくらいか知らねーが、レクサスは高いやつなら一千万近くするやつもあるぜ」
「な、何だとっ!? 金とはある所にはあるものだな~! 一体どんな金に汚い奴が乗っているんだか!」
「ていうかさぁ、そこに止まったって事はもしかして・・・・・・」
高杉さんが言い終わる前に、皆の視線が集まる中で車の後部座席のドアが開いた。
「あ・・・・・・天草さん!?」
なんとその車から出てきたのは、落ち着いた紺のワンピースでドレスアップした天草さんだった。
その胸元には身に着けた者を引き立たせる小さな宝石があり、それは高校生には似つかわしくない高貴な輝きを放っていた。俺の目にはそれがダイヤモンドかただのイミテーションかを見分ける事は出来なかったが、天草さんの持つ気品がその輝きに強い説得力を持たせていた。
「お、おい高見沢、恵ちゃんの家ってそんな金持ちだったのか!?」
「俺もよく知らないのだが、どうやらその様だな・・・・・・!」
天草さんは車が発進するのを見送ると、少し申し訳なさそうに俺達と合流した。
「ごめんね、みんな待たせちゃって」
「いいよいいよ気にしなくて! そんなことより恵、その服カワイイーー!!!」
一瞬その雰囲気に呑まれた男連中とは違い、高杉さんは天草さんの姿を見て一気にテンションが上がった様だった。
「ちょっと恵キメすぎなんだけど! なんかこれからパーティ行くみたい!」
「ふふ。実はお父さんの大事な仕事仲間の人と家族で昼食会があって、それが予定より長引いちゃったから会場のホテルからそのまま来たの」
「ホテルで昼食会!? 恵ん家ヤッバイねーー!! でも今日の恵チョーカワイイよ! 服は清楚な感じだけど、ココはけっこう攻めてるし~~!」
「きゃっ!? や、やめてよ聡美ちゃん!」
高杉さんが短めのスカートからスラリと伸びる天草さんの太ももを撫で回す。恥ずかしがって逃げようとする天草さんの動きでスカートの裾がヒラヒラ動き、ちょっと間違えればかなり際どい所まで見えてしまいそうだ。
「・・・・・・」
「いま強い風吹かねーかなー」
「全くだ・・・・・・い、いや違ーーう!! 何を不埒な事を言っているのだ猫橋よ!! いくらお前であっても見過ごせんぞ!!」
「そんなに心配すんなって、恵ちゃんに手ぇ出したりしねーから」
「そんな事を言っているのではなーーーい!!!」
そんな感じで男子も女子もギャーギャーとひとしきり騒いだ所で、ようやく遊びに繰り出す準備は完了である。
「ところで今日はどうするのだ?」
「取りあえずはメインの通りをブラブラして、奥まで行ったらSINNOシネマで映画観ようぜ!」
「なに? せっかく皆で集まっているのだからもっと別の事の方が良いのでは・・・・・・」
「私、映画館に行くの久しぶり!」
「アタシもアタシも! 今ってなにやってんのかなー!」
俺はこの場を考慮して別の案を出そうとしたのだが、俺の心配をよそに女子陣は乗り気であるらしい。
「なにか文句か高見沢?」
「いや、皆が良いなら異論は無い。実際の所、俺も映画館はかなり久しぶりだし映画鑑賞も良かろう!」
「オッケー! んじゃ、行くか!」
俺達は猫橋を先頭に人で賑わう土曜日の街へと向かって歩き出した。
第二十六話へ続く