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第二十話「夢は常にそこにある」(天草 恵 編 最終回)

「・・・・・・ずいぶんと自信アリげだな高見沢。その格好、意外とマジだったりするわけ?」

 俺の道着を見て浅岡は笑い混じりに軽く探りをいれてくる。

 俺は天草さんの手をそっと離し、浅岡から目を離さない様にしながら身振りで下がっているように伝えた。

「黒帯なんてカッコいいじゃん。でも確かお前、空手部も柔道部も・・・・・・っていうかなんの部活もやってないはずだよな。町の道場に通ってたのか? それとも実は今も通ってんの?」

 浅岡はブラブラ歩き回りながら何気なく話している様に見せているが、程よく間合いをとっている。タイミングを窺っているのかもしれない。

 俺は何も答えず呼吸を整え、力を抜いた両手を前に構える。

 さっきまでの心の乱れが嘘みたいに消え、大きく力強い何かが俺の体の芯をしっかりと支えていた。

 何かを感じたらしい浅岡の表情が少し引きつった様に見える。

「・・・・・・テニス部の夏大会でさ、隣町の金田山高校の三年と決勝やってストレート勝ちしてやったんだよ。そしたらそいつ逆恨みして、少し前に後輩二人連れて俺をボコりに来たのさ。こんなに弱いのに三年まで続けるなんて暇人ですね、って言ってやったのが図星だったんだろうね。そしたらどうなったと思う?」

 浅岡はずいと一歩、間合いの中へ踏み込んでくる。

「三人とも地面をなめさせてやったよ。こう見えて俺テニス始めたのは高校入ってからで、中学までは空手やってたんだよね。大会で優勝したこともある。でもこの辺の大会や道場でお前を見たことなんて一度もないよ・・・・・・マジでやる気か、高見沢?」

 この場の空気が急激に張り詰めていく。

「オラァ!!!」

 来たっ!!!

 浅岡の鋭い拳が容赦なく胸部へ向かって放たれる。

 先ずは右手正拳突き。

「なにっ・・・・・・!?」

 余りにも正確に初手を受け流された浅岡は驚きを隠せない様子だったが、直ぐさま冷静さを取り戻して次の攻撃に移る。

 顔面を狙った左手上段突きからの右下段蹴り、逃げた俺を追いかけての前蹴り、からの裏拳。

 それらはことごとく空を切った。

 浅岡はなおも激しい責めを続けた。

 三人を返り討ちにしたとうそぶいていたのはどうやら本当の様で、浅岡の動きには熟練者の慣れやキレの鋭さがあり、テニスで培われた体力がなせるものか、派手な動きをしているにも関わらずなかなかスピードが衰えなかった。

 しかしそれもそう長い事は続かなかった。

 浅岡はついに動きを止め、上がった息を押し殺して唾を吐き捨てる。

「クソが・・・・・・!!」

 ここまでただの一度も攻撃をまともに貰ってはいない。その全てを捌き、受けきっていた。

「高見沢・・・・・・お前どこでやってやがった! 段位は!?」

「段位なんて無い。空手は親父に教わってる」

「ふ、ふざけやがって変態が・・・・・・!」

「確かに変態かもしれない。だが俺には目指すものがある、大事なものがある。その為に日々積み上げてきたものがあるのだ。人からどう思われようと、どう見られようと、ロイヤルガード高見沢鏡四郎として生きたいのだっ!!!」

「うるせぇーーー!!!!!」

 ドンッ!!!

 心臓めがけて俺の左胸へと正拳が打ち込まれる。

「いてっ・・・・・・!!!」

 浅岡は自分の拳を反射的に引き戻す。

 拳に走った痛みと手応えに、困惑が顔全体を支配していく。

「これが、俺が何年もかけて磨き続けてきた『盾』だ!!!」

 着ていた道着の上衣をおもむろに脱ぎ捨てる。

「な・・・・・・」

 浅岡は絶句し、その視線は俺の胸部を中心に釘付けになった。

 逞しく隆起した大胸筋は信念が育て上げたまさに鋼の盾。シックスパックに割れた腹筋との絶妙なコントラストは物言わずとも雄弁に、重ねた月日と努力を見る者に語っていた。

「これぞ名付けて『ホーリープロテクター』だっ!!!!!」

 俺は両手を腰に当ててこれでもかと大胸筋を見せつける。

 浅岡は憎々しげにもう一度唾を吐き捨てて舌打ちをする。

「ほんっとにクソバカの変態だなお前は。お前もあの女も頭おかしいんだよ・・・・・・!」

「・・・・・・俺はいつか異世界に召喚されて冒険の旅に出るのだ」

「はぁ!?」

「心から信頼できる仲間と出会い、全力で競い合えるライバルと切磋琢磨し、王国のプリンセスにロイヤルガードとして召抱えられ、そして・・・・・・本当に愛する女性(ひと)の為に生き、そして死ぬ!!! それが俺の夢なのだっ!!!!!」

「黙れよっ!!!!!」

 浅岡は落ちていた木の棒を拾い上げて全力で振り下ろす。

「浅岡ぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」

 突き出した拳と振り下ろされた木の棒が激しくぶつかり合う。

 破砕音と共に棒の上半分が砕け飛び、浅岡の体勢が崩れる。

 すかさず浅岡の上半身に両足でかにバサミをかけて仰向けに引き倒す。

 両足でがっちりと浅岡の両腕ごと上半身を捕らえたまま、その頭を腕と厚い胸板とでしっかりとホールドした。

「俺の胸で改心するのだ浅岡!!! ホゥーリィープロテクタァァァァァーーーーー!!!!!」

 大胸筋と上腕二頭筋の間で浅岡の頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げる。

「ぐがあああああ!!!!! や、やめろ高見沢、もう止めてくれ!!!!!」

「駄目だっ!!! 改心するまでは終わらないっ!!!」

 俺はなおもキツく締め上げる。

 浅岡の声に苦しそうな吐息と泣いている様な呻き声が混ざり出す。

「わかった!!! 俺が悪かった!!! 何も言わない、学校でも何も言わないから許してくれっ!!!」

「本当だな!? 天草さんの悪い噂を流したりしないな? どうなんだ!?」

「そんな事しない!!! ほ、本当にっ!!! だから・・・!!!」

「・・・・・・よし」

 俺は浅岡の縛めを解いて立ち上がった。

 浅岡もフラフラしながら立ち上がる。

 少しの間は痛そうに頭を抱えていたが、ぼやけていたらしい視界がハッキリした途端に方向も考えずに走って逃げ去った。

 浅岡の姿が茂みの奥へと消え、走り去る物音も聞こえなくなり、後には現実世界から切り離された静けさだけが残っていた。

 父親以外に拳を向けたのは子供の頃以来だった。

 深呼吸をして新鮮な空気を肺に取り込む。

 ひんやりとした空気が体を満たし、体内にこもっていた熱を逃がしていく。

 高ぶっていた興奮と激情の波が緩やかに()いでいくのを感じた。

 そして俺は、一人空を見つめて佇んでいる天草さんへと目を向ける。

 その目は思いつめる様に星々を見上げ、満天の星空のどこかに、長い間求め続けてきたものを探していた。

「天草さん・・・・・・」

「宇宙ってさ、こうして見上げてると本当に遠くまで広がってるんだなって感じるよね。無限大に広がる宇宙、とか言ったりするけど、この宇宙には無限の可能性があるのかな?」

 問いかける天草さんの唇の隙間から白い吐息が漏れる。

「この宇宙は、微生物とかじゃなくて、文明を作り出せるような生物を生み出す可能性を持ってる。そう、私達みたいな。でしょ?」

「・・・・・・ああ」

「でも私達が機械文明を持つようになったのって、宇宙の規模で見れば本当に短い間で、人生で言えばたった一回瞬きしたくらい、ううん、もっと短い時間かもしれなくて。そんな生物がこの宇宙で同時期に、しかも相手の所に行けるくらいの距離にいるなんて、本当に、本当にちっぽけな可能性でしかなくて、そんなのは、全く無いのと同じで・・・・・・」

 夜空に吸い込まれる様に言葉が消えていく。

 天草さんは一瞬悲しそうな顔をしたが、いつもと同じ様な笑顔を作って俺へと向けた。

「だからね、変だと思ってもいいんだよ・・・・・・私のこと」

「・・・・・・」

 何も言わない俺を見て『しまった』と思ったのか、より明るい表情をして俺の傍へと駆け寄る。

「ごめんね、もう行こ! 高見沢君このままだとカゼひいちゃうよ!」

「・・・・・・ゼロカロリー飲料って本当はゼロカロリーじゃないって、天草さんは知ってた?」

「へ?」

 天草さんは一瞬何を言われたのか分からなかったらしく、目を真ん丸にして聞き返した。

「ゼロカロリー飲料が本当はゼロカロリーじゃないって事、天草さんは知ってた?」

「・・・・・・知らなかった」

「百ミリリットル当たり五キロカロリー以下なら、ゼロカロリーって表示してもいいんだ。そういう事になっている」

 天草さんは俺の真意を読み取ろうと真っ直ぐな目で俺を見つめている。

「確かに天草さんの夢も、俺の夢も、実現の可能性は無いと言ってもいいかもしれない。皆そう言うだろう」

「・・・・・・うん」

「でも、それはゼロカロリーって事だ。ゼロカロリーは本当の意味でのゼロじゃない事を俺達は知っている」

「・・・・・・」

「そうじゃないか?」

 天草さんの目からキラキラと光るものが零れ落ちる。

「・・・・・・うん! そうだよね! 私、信じててもいいんだよね! わたし・・・・・・!」

 抑えていた気持ちが溢れ出したのか静かに涙を流す天草さんに、俺はこれ以上何と言えばいいのか分からなかった。いくら待っても頭の中に選択肢は浮かばず、運命のシナリオライターを呪った。

「天草さん、これ・・・・・・」

 俺はさっき脱ぎ捨てた道着の上衣を彼女の肩に掛けた。

 震える彼女の肩を見て、選択肢の出ない頭をフル稼働させて精一杯に出した答えだった。

「高見沢君、これ・・・・・・」

「いいからいいから! 俺の体は丈夫だから風邪などひかないよ! 気にしないでい・・・・・・」

「違うの! これ・・・・・・汗クサイ」

 天草さんは鼻を押さえながら、先程とは別の意味で涙ぐんでいた。

「・・・・・・すまん」

 三次元の神よ、これからは選択肢の用意を忘れないで欲しい。


天草 恵 編・完

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