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第二話「彼女は天草 恵」

「な、何だ猫橋! 急に叫ぶなよ!」

「おっと悪い、いや、お前からそんな言葉が出るなんて驚いたぜー。人間の女にはまったく興味無いと思ってたわ」

 猫橋は本気で驚いた顔をしている。

「何という言い草だ、俺にだって三次元のものを捉える目玉くらいある。何なら少し前のモノローグを口に出してやろうか? 『白く透明感のある肌には恥じらいの赤い紅が差し、パッチリと大きな瞳は長いまつ毛と……』」

「いやいい、俺が悪かった、許せ。で、惚れそうか?」

「誰が?」

「お前が」

「誰に?」

「彼女に」

「まさかな」

「うーん、オレの友人の病状は思っていたより深刻なようだぜ」

「友人と思うなら病状とか言わんでもらえるかな……」

 騒々しさの止まない生徒に業を煮やした笠松は大きな咳払いで生徒達を制し、転校生であろう女生徒に自己紹介を促す。

 女生徒が一歩前に踏み出す。

 場が一斉に静まり、高まる期待が緊張感となって辺りを支配した。

「は、はじめまして……天草(あまくさ) (めぐみ)です。よろしくお願いします」

 彼女の言葉は人前に出る恥ずかしさからか少しもつれ気味だったが、その声音は見た目を裏切らぬ可愛らしい響きを持っていた。もし二次元美少女にアテレコをしても違和感は無いだろう。

 彼女の声を聞いて、また男子連中が騒ぎ出す。

『声までカワイイとかマジかよー!』

『何部にはいる??』

『いま彼氏いるのー!?』

 そうこうしている間にもどんどんオーディエンスは増え続け、いつの間にか授業参観の時の様に、クラスの後ろまで他クラスの生徒で埋まっていた。

「どうなってるんだこれは。他のクラスの担任は何をしているというのか?」

「高見沢、アレ」

 猫橋がしゃくるアゴの先を見ると、体育教師の坂崎と数学教師の杉浦が生徒の群に混じっている。

「……俺達の学校は平和だな猫橋」

「うーん、日本の教育も終わりが近いかな」

 俺達二人が日本の教育現場を憂いていると、一人のお調子者男子が声を上げた。

「ハーイ! 天草さんの趣味ってなにー!?」

「えっ!? えと、趣味は……」

 急に雨の様に質問を浴びせられていた天草さんはどの質問に応じたらいいものかオロオロしていたが、一際大きく上がったその声に反応し、少しためらいがちに、しかし意を決した様子で口を開く。

「趣味は……UFOを探すことです!」

 ……ん? 今なんと言った??

 その場に居合わせた皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだのが見えた気がした。

「休みの前の日の夜はたまに夜空の観察をしたりします。写真も集めてます。夢に出てきた宇宙人を絵に描いたりします! もしUFOの写真を持ってる方がいたら、ぜひ焼き増しして欲しいです! 同じ趣味の方はどうか友達になってください!」

 彼女は急に饒舌になり、最初の緊張は何処へやら、今はキラキラした目で同志を探している。

 まぁ、そうそういるものではないが。

「えっと、今のは冗談じゃなくてマジ? マジでUFO信じてるの?」

 趣味は何かと尋ねたお調子者が半信半疑で聞き返す。

「はい! 信じてます! 私の夢は、実際に宇宙人と会うことです!」

 彼女はキッパリ言い切り、首を大きく縦に振った。

 なんと迂闊(うかつ)な、俺はそう思った。

 人には精神の自由がある。他の者の権利を侵害しない限り、何を好きになろうと、何を信じようと自由だ。その個人の自由は社会の中で尊重して(しか)るべきだと俺は考える。

 だが悲しいかな、人は己と大きく違う考えや感性を簡単には受け入れられない。それがまだ精神的に発展途上である十代のうちは尚更だ。それなのに、そんな個性的な趣味を持っている事をこんなに大胆にカミングアウトしてしまうとは正気の沙汰とは思えない!

 俺なら、俺ならばっ、彼女のその考えを全面的に肯定することが出来る! だがしかし、他のクラスメイトは……!?

 俺はこの後の展開を危惧し、戦慄と共にオーディエンスの様子を伺った。

 すると俺の心配などてんで的はずれで、クラス内は暖かな笑いと和やかなムードに包まれた。

『マジでUFO信じてるって面白すぎだから!!』

『天文学部にぜひ入ってくれー!!』

『いい趣味してるー!! ってか付き合ってくれー!!』

 その場の皆、特に男子の心中では、先程のカミングアウトによってより彼女の株が上がった様だった。

「何故だーーーーっ!!!」

「うぉっ! 急に叫ぶんじゃねーよ高見沢! どうかしたのか!?」

「何なのだこのクラスの暖かな空気は! 忘れもしない、学年が上がってクラスが新しくなった時の自己紹介で俺が、異世界に行ってロイヤルガードになりたいと言った時、皆あんなに冷ややかな視線を浴びせやがったではないかっ! それが何だこの素敵なクラスの一体感はっ! 納得できんっ!」

「ああ、俺も覚えてるわ。最初は冗談だと思われてウケてたけど、後半はお前の目がマジすぎてみんな引いたアレな。うーん、個人的な意見としては、みんなに罪は無いと思う」

 くっ、全くもって腑に落ちん! 見てくれが良い女子ならどんな嗜好でも許されるというのか!? 何と不公平な世界なのかっ!

 やがてその場も一段落し、オーディエンスも解散させられた。

 しかしその後彼女の周りは、休み時間、放課後と騒々しかった。学校の新アイドルを引き入れんとする部活の勧誘合戦や、彼女見たさに集まる男子達が原因である。

 しかし実際に声をかけるのは、部活の勧誘以外ではクラスでも有力な数人の男女、学校ヒエラルキーの上位に位置する面々である。

「猫橋よ」

「ん、なんだ?」

「最初に言っておくが、俺は別に天草さんに気があるわけでは無いからな。それを踏まえて聞いて欲しいのだがいいか?」

「なんだよその回りくどい言い方は。いいぜ、どっからでも来な」

「天草さんの周りに集まっている野郎共がいるだろう?」

「ああ、いるな」

 今は放課後だが、帰ろうとする天草さんの周りには数人の男子がいた。

 何とは無しに聞こえてくる会話から、この後どこかに遊びに行こうと天草さんを誘っている様子が伺える。

「奴らは死ねばいいと思う」

「急にどうした!!??」

「イライラするのだ!! あんな奴らを見ているとな!! 少しばかりイケメンだからといって簡単に女子に近づき、取り入り、デートに誘い、甘い言葉で寝技に持ち込んでいくクソ共がっ!!」

「別にみんなじゃねーだろよ」

「いや、俺のロイヤルガードとしての勘が反応している! 少なくとも、奴からは不届きな臭いがする!」

 俺が示したのは、天草さんとかなり近い距離で話している爽やかな男だ。

浅岡(あさおか) 慎也(しんや)、奴はジャニーズ系のイケメンな上にリーダーシップもある。その上に人当たりが良くて、勉強もなかなか出来て、テニス部のエースと言うオシャレ振り。これではまた一人の女子が奴の毒牙にかかってしまうぞ!」

「毒牙って、そんだけ揃えばまぁ女も寄ってくるわな」

「寄って来たら好きに食っていいと言うのかっ!! 恋愛とはそんなに軽いものなのかっ!? いや、そもそも、そういう軽い態度が男のとるべきものなのか!? すでにこの世界の女は愛さないと決めた俺だが、それでも、それでもそんな恋愛の在り方は納得できんっ!!」

「うーん、恋愛の在り方は人それぞれだしな、お前が口を出すことじゃないと思うが」

「し、しかし……!」

「……ただまぁ、女に関していい噂を聞かないのは確かだけどな」

「噂だと?」

「いやいや、もう気にすんな。とっとと帰ろうぜ」

「何なのだいったいっ! 気になるではないか!」

「これ以上はめんどくせーからまた今度、ってなわけで行くぞ」

 猫橋は手早く支度を整えて教室を出ていってしまった。

「ったく、ちょっと待て猫橋よ」

 まったく、あんな軽い男が人気だなんて世の中が狂っている。何故に世の女共は本当の愛を持つ男を選ばないのだろう。そう思えば、女の方にも問題がある訳だな。やれやれ、天草さんもその口なのだろうか。

 教室を出る間際にチラリと彼女の様子を伺う。

 彼女は笑顔で浅岡達と話をしていた。声を出して笑っていた。しかし、僅かな違和感がある気がした。

「……」

「おーい、早く来いよ高見沢!」

「おう、すまん!」

 俺は猫橋と共に、ヤ◯チンが学ぶべき本当の愛について語り合いながら(実際はほぼ一方的に喋った)帰宅した。


「はぁ、この世界に本当の愛は幾つあるのだろう。どう思うマリルちゃん?」

 俺はポスターの中で太陽の様に眩しく笑うマリルちゃんに呟いた。

「確かに出会った瞬間に恋に落ちることもある。そう、僕達の様にね。でも僕達の間にあったのは本当の愛。体の関係なんか無くても、お互いに抱きしめあえばそれだけで心が満たされる。そうだったよね」

 マリルちゃんは恥じらいと共に小さく頷く(心の中で)。

「好きだよマリルちゃん。君の世界に行けたなら、本当の君にキスがしたい。ん〜〜〜!」

「あらあらキョウちゃんたら、なにしてるの〜?」

「うぉあっ!? は、母上っ!!」

 気づくといつの間にか俺の母、美津子(みつこ)が部屋に入って来ていた。

「ねぇキョウちゃん。ポスターにそういうことすると早くダメになっちゃうわよ〜。ナデナデするくらいにした方がいいんじゃないかしら〜」

 母は微笑みながらポスターのマリルちゃんの頭を撫でている。

「そ、そういう問題ではなーい!! 何で勝手に部屋に入って来て、勝手に息子のキス顔を見とるのだー!! いくら俺をこの世にひり出した女と言えども、返答次第では許さんぞー!!」

「ああっ! 反抗期なのねキョウちゃん! そうよね、思春期ですものね、その年頃の男の子は女親を鬱陶しく思うもの。でもママは、キョウちゃんのこと、あ、愛して、愛してるから〜! え〜ん!」

 母はそう言って急に泣き出した。

 我が母ながら大丈夫なのかこの女は。

「えーい本当に鬱陶しいっ! 部屋に勝手に入った事はもういいから、いったい何の用なのだ!?」

「あ、そうだった、今お客様がみえててね、ちょっとキョウちゃんにも来て欲しいの〜」

 母はさっき泣いていたのが嘘の様にニコニコしている。

 本当に大丈夫か、おい。

「ところで、客って誰が来てるのだ?」

「空き家だったお隣のお家へ、この前の週末に新しいご家族が越して来たでしょう。その時はそこの奥様が挨拶にみえたんだけど、今ご家族皆さんでいらっしゃったのよ。だからキョウちゃんも挨拶にいらっしゃい」

「え〜、面倒臭いな。俺が居なくても別にいいではないか。母上がいれば十分だろう」

「でもでも〜、あちらの娘さんがキョウちゃんと同い年で、今日あなたと同じ森王(しんのう)高校に転入したらしいわよ〜」

「な、なに!? その娘さんというのは……?」

「天草 恵ちゃんっていう、すごく可愛い子よ〜!」

「な、何だってーー!!?」


第三話へ続く

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