第十九話「騎士の目覚め」
「信頼できる? 異世界に行くとか言ってる変態をか?」
天草さんはキッと浅岡を睨み返す。
「高見沢君は真っ直ぐな人だもの。自分に素直で、好きなものを強く信じられる人。他の人になんと言われても揺るがない強さを持ってる人。それに、周りの人を気遣う優しさも持ってる。私のことも、浅岡君のことも、いつも気にしてくれてたじゃない。初めて三人で帰った時、浅岡君がクレープのお店に行こうっていったよね。本当は私あんまり乗り気じゃなかったけど、高見沢君が必死にフォローしてるのを見て行こうかなって思ったんだよ。その後も浅岡君と私の橋渡しをしようと頑張ってた。そう、私わかってたよ、全部。わかってた。今日の約束も変だと思ってた。でも、高見沢君があんなに頑張ってるのに、信じてるのに・・・・・・だから、私も信じてみようって思ったの」
「天草さん・・・・・・」
天草さんは気づいていたんだ。俺が二人を近づけようとしていた事、浅岡が嘘をついていた事も。嫌な気がしたかもしれない、煩わしかったかもしれない、それでも俺の為に言えないでいたんだ。俺に気を使ってくれていたんだ。俺は浅岡との約束にばかり気を取られて、天草さんの気持ちに気づけないでいた。なんて大馬鹿者だ。
浅岡はただ静かに天草さんの言うことを聞いていた。だがなぜだろう、伝わっている気がしない。聞いているはずなのに、その瞳にはなにか普通でない何かが潜み、鎌首をもたげているように思える。まだこのままでは終わらないだろうという言い知れない不安が、俺の胸中に暗雲の様に立ちこめ、その不安は直ぐに現実になった。
「そうか、そういうことか・・・・・・」
浅岡は一人納得したように呟く。
「恵ちゃん、罠張ってたわけだ」
一瞬何の話をしているか分からず、俺と天草さんは困惑せずにはいられなかった。その様子を見てとったのか、浅岡は言葉を続ける。
「恵ちゃんさあ、高見沢をついてこさせたんでしょ、俺のこと疑って」
「え!?」
天草さんは予想もしていなかった言葉に驚きを隠せないでいる。それはそうだろう、俺が現れて驚いたのは浅岡だけではなく天草さんも同じなのだ。
「おかしいと思ったんだよ。今日の事は高見沢には言ってなかったし、偶然に居合わせたにしてはタイミングも出来すぎてる。恵ちゃんが仕向けたんじゃなきゃ筋が通らないでしょ」
「ち、違うよ! これは偶然・・・・・・!」
「偶然に高見沢が通りかかった、それ本気で言ってんの? 偶然でこのタイミングになるわけないでしょ。マンガじゃあるまいし。恵ちゃんが嘘ついてるに決まってるよ」
全く聞く耳を持たない浅岡に何か言ってやろうと口を開きかけたのだが、俺はとっさに自分を押さえ込んだ。
ちょっと待て、俺は今何を言おうとしたのだ! 俺が勝手に天草さんを尾行して、さらに二人の事を覗いていましたとでも言うつもりだったのか!? そんな事を言ってみろ、俺の事をこんなにも庇ってくれた天草さんにストーカーまがいの行為を働いたということがバレてしまう! そんな不埒なまねをしたなんて天草さんだけには知られたくない!
浅岡は更に畳み掛けるように言葉を続ける。
「ここまで一緒に来たんだから分かるよね、ここって上手いこと木と茂みに遮られて外側から見えなくなってるんだよ。しかも公園の歩道からもだいぶ距離がある。偶然だなんて無理があるってこと、小学生でもわかるよな? なあ?」
浅岡は立ったまま俯いている天草さんの顔を威圧する様に下から覗き込む。
「でも・・・・・・本当のことだから・・・・・・」
「はーん、ホントーねぇ。高見沢が偶然来たのはホントーだし、宇宙人を見たのもホントーね。へー、そ〜なんだー」
そのわざとらしい言葉の抑揚は人を馬鹿にしているにも程があった。
「あるわけねーだろそんなのよ!! 黙って聞いてりゃ真面目な顔してウチュー人ウチュー人とか言いやがって! 頭おかしいんじゃねーのか!? キャラこじらせ過ぎててイタイんだよ!」
浅岡の怒声混じりの悪態が続く。
もう何を言っても信じてもらえないだろうと諦めているのか、天草さんは唇を固く結んだまま、容赦なく降りかかる浅岡の嫌がらせと圧力に耐えていた。
・・・・・・俺は、一体何をしているんだ。
浅岡と天草さんへ交互に視線を泳がせたまま、足の裏から地中に根が張ったかの様に動けないでいた。
出来ることならこのまま木にでもなってしまいたい! 目を瞑って、耳も塞いでしまいたい! ここから逃げ出してしまいたい!
『高見沢君がどれほど信頼できる人か、私は知ってるから!!!』
「・・・・・・!」
天草さんのくれた言葉が雷のように脳裏を駆け抜ける。
お・・・・・・俺は一体何をしているんだっ!!! 信頼できる人、天草さんはそう言ってくれたじゃないか! その天草さんをこのままにしておくのか!? 我が身可愛さに天草さんを見捨てるのがロイヤルガードのやる事か!? いや、違うっ!!! 例えもう二度と愛と誠実の騎士だと名乗れなくなったとしても、それだけは断じて違うっ!!!
「浅岡!!!」
二人の視線が俺に向けられる。突き刺さる様な浅岡の視線と、俺に寄り添う様な天草さんの視線だ。
この告白の後、俺は大事なものを失うかも知れない。だが覚悟は決まっていた。
「今日星を見る話は、昨日偶然に天草さんと話した時に聞いたんだ。でも天草さんに言われて来たんじゃない。俺が勝手に天草さんの後を尾けてきたんだ。天草さんの・・・・・・玄関を見張って、家からずっとここまで尾けてきたんだ。そして隠れて二人の様子を窺ってた」
喉に引っかかりそうになる言葉をグッと絞り出す。
二人は時が止まったかの様に俺の告白を聞いていた。
その止まった時間を浅岡の堪えきれない笑いがぶち壊した。
「ま、マジかよ高見沢、それストーカー行為だろ! しかも覗きまでしてやがって! 変態なのは前から知ってたけど、ド変態とは知らなかったな! 恵ちゃんもまさか隣にストーカーが住んでるとは思わなかったろ!? なぁ!? これすぐに学校中に広まるよ高見沢、お前有名人だからな、ハハハハハッ!」
浅岡は腹を抱え、本当に愉快そうに笑っている。
「でもまあ、お前の態度次第では考えてもいい」
少し辺りを見回して、地面の凹んだ所に泥水が溜まっているのを指差す。
「取りあえずここに顔突っ込んで土下座な。その後はその辺の草を二、三本食え。それで水に流してやるよ。よく考えろよ、お前らも今日の事を皆に言うつもりかもしれないけども、どっちの方が信用あるか考えたらお前らの分が悪いことは分かるよな。そこの変態はもちろん、恵ちゃんも意外と女子からの受けは良くないしね、付き合い悪いから。俺がちょっと話せば直ぐに変な噂がたってハブられるんじゃないかな。で、どうするよ高見沢、土下座して草食う? それとももっと有名人になっちゃう?」
天草さんは急いで駆け寄って来て、何も変なことはさせまいと俺の両手を強く握る。
「ダメ! 私は別に平気だから! だから何もしちゃダメ!!」
必死に握る手から、俺の為を思う気持ちがありありと伝わってくる。
「今いいとこなんだから黙ってろよキOガイ女!!!」
「ロイヤルガードとはっっっ・・・・・・!!!!!」
「・・・・・・っ!?」
「ロイヤルガードとは、プリンセスを護る盾なりっ!!!
盾とは、その身を犠牲にして護るものなりっ!!!
その身とは、肉体のみならず心や魂を含めた全てなりっ!!!
俺の事はどう言っても構わない。学校だろうが何処だろうが、好きなように罵り蔑むがいい。だが女性の・・・・・・天草さんの心を踏みにじった事だけは断じて許せんっ!!! お前はここで俺が成敗してやるっ!!!!!」
天草さんの手をしっかりと握り返す。その柔らかい手の震えよ止まってくれと、どうか泣かないでいてくれと。
俺の心を立ち直らせてくれた貴女の為に、俺は今、ロイヤルガードになります。
第二十話(天草恵編最終回)へ続く