第十七話「天草さんの理由」
「あ、ちょっと……!」
天草さんはハッキリと言葉にはしなかったが、顔を逸らして浅岡の行為を避けた。
それを見て、なぜか妙にホッとしている自分がいた。
「どうしたの? 誰も見てないよ」
「そ、そうじゃなくて……」
天草さんはなおも迫る浅岡を避けようとするが、手をしっかりと掴まれていて思うように動けないでいる。
あ、浅岡よ、気持ちは分かるがちょっと強引なのでは……!?
天草さんの様子を見て、浅岡は動きを止めた。
俺はホッと安堵の息をつく。
よかった、このまま大変な事になるのではと一瞬ヒヤッとしたが、浅岡も馬鹿な奴ではないからな。好きであるが故にちょっと強引になってしまっただけで、ちゃんと常識は分かっているのだ。
「……あのさ、意味がわからないんだけど」
「えっ?」
浅岡の言葉に天草さんは戸惑いの表情を見せた。
「二人きりでこんな時間に夜の公園に出てくるって、これってデートでしょ? それをオーケーしといてダメってどういう事?」
「デート!? わ、私はただ……」
「俺の気持ち、分かってたよね? 毎日毎日、話しかけてたし、帰りに誘って下校デートして、気づいてない訳がないよね、子供じゃあるまいし、どうなの?」
「それは……」
天草さんは言葉に詰まっていたが、その沈黙は肯定に等しいものだった。
「へぇ、それなのに、その気もなしに今日俺と二人でここに来たんだ。からかってんの俺のこと? モテるからって余裕なんだな」
「私はただ……」
茂みの中で俺は拳に力を込めながら二人の声を聞いていた。
俺は浅岡の責める口調に反感を覚えた。だが同時に判断に迷ってもいた。浅岡の態度から天草さんへの好意は元々明白だったし、二人っきりでの夜の外出は、浅岡に今以上の関係への発展を誤解させるに十分である気もする。
言い方はどうかと思うが、浅岡の気持ちも分からなくはない気がした。
「私はただ……嬉しかったから……一緒にUFOを探そうって言ってくれたのが」
「……」
天草さんは少し俯きながら、風に攫われてしまいそうな細い声で、ためらいがちに話し出した。
「私、小学校一年生の時に、山で迷子になったことがあるの。その頃は田舎に住んでて、夜になると辺りは真っ暗で、迷ったまま帰れなくなっちゃって……その時にね、会ったの……宇宙人に」
天草さんは恐る恐る浅岡の様子を伺う。
浅岡は何も言わず、黙って天草さんの話を聞いていた。
それを見た天草さんは少し安心した様子で言葉を続ける。
「その時に見たのはね、円盤とかじゃなくて白くて丸い球体だったんだけど、それが急に私の近くに現れたの。中から全身真っ白の人が出て来て、怖くて動けないでいる私の手を握ってくれた。そしたら、不思議と安心して、暖かくて、気がついたらいつの間にか山を下りてたの」
そこまで言うと、天草さんは高ぶってきた気を落ち着ける様に深く息を吐いた。
「こんなのもちろん夢かもしれないんだけど、ずっとその出来事が忘れられなくて……」
そうか……それが天草さんの『理由』なんだな。
こんな形で聞いてしまって天草さんには申し訳ないが、俺は天草さんの大切な気持ちに触れる事が出来た気がして、少し暖かい気持ちになれた。
「でも、今まで誰も本当には信じてくれなくて……。それに、UFOの事も全然話が合う人が居なかったから……だから、宇宙人が好きな浅岡君と話すのが純粋に楽しかったの。だから、そういうつもりじゃなくて……」
天草さんはそこで言葉を切って、続きを沈黙に任せた。
終わったかな……。
俺は二人をこの場に残して去ろうとした。
だがこの後の浅岡の言葉が、自分の耳を疑わずにはいられない様なその言葉が、俺をこの場に繋ぎ止めた。
「……メンド臭いんだね、恵ちゃんて」
な、なんだとぉーー!!?? 何て事を言うんだ浅岡ーー!!!
第十八話へ続く