第十五話「隠密ナイト」
外に出た俺は、天草さんに気づかれない様に距離を取りながらその後をつけていた。
白い道着はその色と格好からよく目立ってしまうので、物陰も利用しながら慎重に尾行する。
天草さんは俺には気づかない様子で森王自然公園の方へ歩いていく。
「うう〜、ちょっと寒いな……」
肌寒さが身に染みる。後ろめたさも相まって心まで寒い感じがする。
いやいや! 俺はロイヤルガードとしての信念に基づき行動しているのだ! 本当に超えてはいけない一線はわきまえているつもりだし、やましい事は無い! ……何だかストーカーにも通じそうな心理という気もするが、大丈夫だ! 自分を信じろ!
後ろめたさに負けそうになる自分を励ましているうちに天草さんを見失いそうになり、俺は慌てて距離を詰める。
すると突然、天草さんが立ち止まって振り向いた。
ヤバイッ!
俺は天草さんの足が止まりかけた瞬間に傍の路地に逃げ込んでいた。
天草さんの視界には道着の裾すら入らなかっただろう。
ロイヤルガードの目をもってすれば、ほんの僅かな挙動で次の動きを察知する事は容易い事なのだ。
恐る恐る天草さんの様子を伺ってみると、どうやら一度通り過ぎたポストにハガキを入れようとしたらしい。
ふぅ〜、何が起こるか分からないもんだな、もっと慎重に行くか。
天草さんはまた森王自然公園の方に向かって歩いて行く。
方向的に街の中心部から離れていくからという事もあるだろうが、俺は天草さんにも気づかれず、パトロールの警官から職質される事も無く、無事に公園の入口まで辿り着いた。
公園の敷地内の階段を登って行く天草さんを俺は木の陰からそっと見守る。
もしかすると、このミッションが終わった時、俺は『追跡』とか『バックアタック』とかのスキルを身につけられるかもしれん。そしたら召喚後のロイヤルガード就職に有利になるな。
変な打算を胸に秘めつつ、俺は階段ではなく、その横に広がる雑木林の斜面を木陰に隠れつつ登っていった。
広い敷地にも関わらず、この公園には街灯がやや少ない。雑木林に入った俺の姿は完全に闇に紛れていた。
「ん?」
階段の上から誰か降りてくる。男女の二人連れだ。
天草さんは二人とすれ違う際、階段の端へと自ら避けた。それに対して、カップルらしい男女は何の気遣いも無く階段の中央を降りていった。
「ぐぬぬ〜! あれこそ情欲に溺れ、思いやりを忘れた愚者の姿! 腹立たしい気持ちを抑えられん!」
この街は治安も良く穏やかな雰囲気があり、公園やコンビニなどにガラの悪い奴らがたまる事はほとんど無い。
しかしその代わり、暗がりが多いのをいい事に、この公園にはカップルが虫の様に集まりイチャつくのだ。週末にロードワークで立ち寄ってしまったりすると、余りの場違い感に魔界にでも迷い込んでしまったかの様な錯覚を覚える。
しかも風の噂では、夜な夜な男女がその辺の林の中でナニしていたりする事もあるとか……。
まぁ、それは流石に都市伝説だと思うが……。
『ああ〜っ』
え? 今何か声が聞こえたぞ! この林のもっと奥の方からだな。ま、まさか噂は本当だったのかっ!? いや、まだ夜の九時前だぞっ! いくら何でも早いのではっ!?
俺は恥ずかしながら好奇心を抑えられず、そろりそろりと声が聞こえた方へ近づいていった。
何やら人影がある、あれか?
遠目でしかも暗い為によく見えないが、何だかこの声は聞き覚えがある様な……。
「ああ〜月の女神ルナよ! わたくし高杉聡美と猫橋猛の仲を繋ぎたまえ〜! 今宵の満ちたる月に愛を映し届けたまえ〜!」
木々の枝葉の隙間から差し込む月光の中で、一人の女が小さな人形を抱きしめながら呪文を唱えていた。
あ、あれは……同じクラスの高杉さんか!? クラスで俺の事をバカにしている高杉さんとは思えんほど、なんかファンタジックな事をやっている! しかも相手は猫橋かっ!!
俺は何も聞かなかった事にして、そっとその場を後にした。
高杉さん……違う出会い方をしていれば、良き友となれたかもしれないな。グッドラック!!
声の正体を確かめて気が済んだ俺は、ここで大変な事に気がついた。
「……あれ? 天草さんはどこだ!?」
しまったーーっ!!! 天草さんを見失ってしまったーーっ!!!
第十六話へ続く