第十二話「心の癒し、かくあるべし」
「マリルちゃんはやっぱり可愛いな〜!!」
ファミレスから家に帰った俺は、かつて散々やったゲームをまた引っ張りだしてプレイしていた。
本当はトレーニングしなければいけない時間だが、なんだかここ数日そんな気分になれなかった。中学一年の時に思い立ったあの日から、ほぼ毎日続けて来たというのにだ。
猫橋のお陰で気持ちが楽になったのは確かだが、やはりまだ心の傷が残っているのかもしれない。
こんな時には癒しが必要なのだ。
『十二人の姫と黄昏勇者』、このゲームに出てくるマリルちゃんのストーリーを改めてプレイしていた。
繰り返しプレイはしない主義だが、一回目のプレイでグッドエンドだったキャラのストーリーはその限りではない。
『私はこの宿屋の娘でマリルと言います。困ったことがあったら、なんでも言ってくださいね! ところで、冒険者様のお名前を伺ってもよろしいですか?』
マリルちゃんは気立ての良い娘で、可愛らしい笑顔とおしとやかで優しい雰囲気が魅力的だ。
「俺はキョウシロウ。魔族と戦いながら旅をしてるんだ」
基本的に主人公の名前は自分の名前にする。より作品への没入度を高める為だ。そしてセリフは必ず声に出して読む。気持ちを高め、本当に会話をしている気分を味わうのだ。
『私は妖精さんとお友達になるのが夢なんです! あ、いま笑いましたね! もう、キョウシロウさんったら!』
「アハハ、いや、ゴメンゴメン! マリルちゃんらしい、可愛くていい夢だと思うよ。もしマリルちゃんと伝説の妖精の国を探しにいけたら、それはきっと楽しいだろうな」
『……私、キョウシロウさんとなら、どこまでも行ってみたいです。な、なに言ってるんだろう! 私ったらっ!』
「マ、マリルちゃん……!」
この時、どれだけ気持ちが盛り上がっていても、声のボリュームにだけは気をつけなければならない。画面の中の女の子と喋っている声を親に聞かせるのは、とてつもない親不孝というものだからな。
『私は今夜、魔王の元へ行かなくてはならないんです。家族のため、村のためには仕方ないのです。だからキョウシロウさんとはお別れなんです!』
「行く必要なんか無いよ、マリルちゃん。俺が魔王を倒すよ!」
『そんな、危険すぎます! 私は貴方を危険な目にあわせたくない! キョウシロウさんは私の大切な人だから!』
「俺は必ず魔王を倒して帰ってくる。だから信じて待っていてくれ。そして俺が帰って来たら、一緒に妖精の国を探す旅に出よう。長い旅になると思うけど、君の事は一生、俺が守るから!」
『キョウシロウさん……!』
ここで二人は初めて抱きしめ合う! 一夜を共にするどころか、キスすらまだしていない! だが二人はもう愛を確かめ合い、永遠に連れ添って生きる事を誓い合っているのだ!
ああっ! 何と純粋で美しい愛なのであろうかっ!
二次元世界の神よっ! 早く俺をこのファンタジー世界に召喚してくれぃっ!!!
ええぃ! どれだけベッドの上で悶えても悶え足りん!! この溢れるパトスを昇華するにはトレーニングに行くしかない!
と言うか、気づけば癒されたどころか、エネルギーが溢れまくっているぞ! よし、出発だ!
俺はいつもの様に道着に着替え、意気揚々と外へ出た。
「あっ!? 高見沢君!」
外に出た途端に声をかけられた。その声の主とは何を隠そう……。
「あ、天草さん……」
このタイミング、ま、マジか……!?
第十三話へ続く