第十話「ロイヤルガードの努力」
あからさまに否定的な反応をした猫橋を見て、俺も顔をしかめる。
「何だ猫橋よ、何か問題があるのか!?」
「問題っつーか、何つーか……」
猫橋はどう言ったものかと少し迷った様子で言う。
「お前はそれでいいのかよ?」
「何が?」
「いや、だから、恵ちゃんと二人で帰れなくなるんだぜ!?」
「別に俺達は付き合っている訳でもない。二人が三人になろうが問題などあるまい?」
「あー、もういいわー、お前がそう言うならそれでー」
猫橋は本気でつまらなそうな、ガッカリした様な、もうお前死ねば、とでも言いそうな表情で弁当をガッつき始めた。
「そんな事より猫橋よ、お前は驚かないのか!? あの浅岡の本気っぷりに!」
そう俺がいま話したいのは浅岡の事だ。俺のことはどうでもいい。
「奴の目は明らかに純愛を秘めた目だった! 今まで俺は奴の事を、イケメンでヤ◯チンなクソ野郎だと思っていたが、それは間違いだったのだ!」
「うーん、イケメンなのは間違いじゃないと思うが……」
「とにかくっ! 俺は奴のサポートをする事に決めた! 愛と誠実の騎士ロイヤルガードとして、信頼を裏切る訳にはいかんからなっ!」
「で、急なんだけど、今日からは浅岡も一緒に帰ろうって事になったから、はははっ」
「あ、うん、そうなんだ……」
天草さんは少し驚いているようだ。馴染んでくれればいいのだが。
「ども、よろしくね! じゃあさっそく帰ろうよ! あ、そうだ、駅前に新しいクレープ屋が出来たんだよねー、行ってみようよ恵ちゃん!」
「え? うーん……」
「高見沢は行くだろ!?」
「え!?」
浅岡の目が力を貸せと言っている。
「あ、ああ、そうだな! ちょうど血糖値が下がっている所だったんだ、甘いものでも食べたい気分だなぁ〜」
「じゃあ決まり! さぁ行こ行こ!」
「う、うん……」
天草さんは少し戸惑っている様だったが流れに身を任せる事にした様だった。
ふぅ、どうやら俺の自然な演技が効いたみたいだな。
そうして浅岡の先導で、俺と天草さんは一緒に帰るようになって初めての寄り道をする事になった。
開店したばかりのその店はリア充っぽい学生で溢れていた。居心地が悪い俺が少し離れてクレープをかじっていると、人混みの中で並んで立つ天草さんと浅岡の姿が目に入った。
美男美女と言うやつだろうか、二人は周りのリア充どもの誰にも負けない輝きを放っていた。
……俺が天草さんの隣にいても、こうはいかないな。
客観的に、冷静な分析をしただけのつもりだったが、その心の声はやけに自分の胸に刺さった。
浅岡というやつは本当に大したもので、俺がサポートなどしなくても全然トークが途切れる事がない。むしろ俺を挟むと話の流れが悪くなるくらいだ。
その日は俺と天草さんの家の前まで浅岡は見送りに来た。自分の家は反対の方向であるにもかかわらずだ。
その日以降も浅岡は努力を惜しまなかった。休み時間になると天草さんに話しかけ、部活がない日は一緒に帰り、天草さんの好みや趣味に関して情報収集していた。
俺もそんな浅岡の力になるために頑張った。浅岡が部活の時は代わりに天草さんに色々と質問して、分かったことを浅岡に教えたり、他の男が天草さんに近づかない様に気を配ったりだ。
幸いな事に、天草さんは人当たりが良い割にあまり社交的という訳ではないらしく、部活にも入らず、俺達以外と放課後を過ごすという事もほとんど無かった。女子同士の遊びの約束さえしないのだから、俺としては不思議だった。
一度だけ天草さんにその事を聞いてみたが、『なんとなくね』とはぐらかされてしまった。
だが、そんな日々が二週間ほど続き、天草さんと浅岡がだいぶ打ち解けたある日の事だった。
「高見沢、今日からは俺と恵ちゃんの二人で帰らせてくれ。そろそろ先に進みたいと思ってるんだ。お前も分かるだろ? だから邪魔はしないでくれよな」
浅岡はサラリとそう言って、天草さんと二人で帰っていった。
もう俺のサポートなど必要としていない様だった。
何だろうか、言いようのない疎外感、寂しさを感じていた。
ロイヤルガードとは、一つの仕事が終わった後でこんなやるせなさに包まれるものなのだろうか。
それは俺が求めるロイヤルガード像とは違っていた。
それから数日、放課後になると天草さんに気づかれない様に一人ひっそりと帰る日々が続いた。
「よう高見沢! なんだ、今日は恵ちゃん達とは帰らねーのか?」
またこっそり一人で帰ろうとしていた俺の肩越しに声をかけて来たのは、ちょうどこれから帰るところらしい猫橋だった。
「猫橋……」
俺の表情から何かを察したらしい猫橋は、俺を行きつけらしいファミレスに連れて来て、事の次第を細かく聞いた。
「……あんだとぉお〜〜〜!!??」
いつも冷静な猫橋にしては珍しく、怒気をあらわにして拳に力を込めた。
「高見沢、オメェうまく使われちまったんだよ、浅岡のヤロウによぉ!!」
第十一話に続く