4・乱舞の軌跡 後編
弾雨をかいくぐり、這々の体でグランノアから離脱するグロリアス。
「くっ、あれが新型ですか」
基地の頂点に立つ紅い機体を視界の端に収め、ダンは密かに冷や汗を流す。
彼の勘は最大の警笛を鳴らしている。あれは危険だと。
タイムスケジュールを前倒しにするしかないかと、ダンは算段を始め出した。
一方グランノア上、噴煙が晴れその姿を顕わにした機体――バンカイザーから、蘭の元にオープン回線で通信が入る。
「ご無事で? 司令」
短い台詞の中に、チームインペリアルに勧誘した時とは違う気配を感じ取って、蘭は僅かに首を傾げた。が、気にしている場合ではないと思い直し、部下全員に己が健在であると知らしめる事も兼ねて問いに答えた。
「かすり傷程度は負いましたが、問題はありませんわ。……その機体に乗っていると言う事は、例の話、受けて頂けるという事でしょうか?」
右腕が動かないほどの負傷をかすり傷と言い放って、萬に対して問い返す。それを受けてどこか余裕を持った態度で、萬は対応する。
「そう考えて貰って結構。これよりそちらの指揮下に入ります。ご命令を」
やはり何かが違う。以前の萬であれば感情を表にださないよう心掛け、淡々と受け答えていたはずだ。今のようにどこか余裕のある態度を見せる事はなかった。
時間的余裕はないというのにどうも気になる。しかし後回しにしようと後ろ髪引かれる思いながらも冗談めかして話を誤魔化さんがため、蘭は口を開く。
「無理をしなくとも……我々だけでも何とかなりますのよ? 撤回するなら今のうちですわ」
もちろんそのようなつもりは毛頭なかった。それは萬も分かっていただろう。だが――
くっ、という息を漏らしたかのような声。嗤っているのだと蘭が気付いたときには、がらりと様相を変えた萬の声が響いてくる。
「恩師が、仲間が踏ん張っていて、上司が身体張っている最中に指くわえて黙って見てろって?」
本気ではない、冗談交じりの台詞だと分かっている。しかし萬は認めない。八戸出 萬の前でそんな台詞は吐かすわけにはいかない。
その言葉否定してやる。この女に思い知らせてやる。
それは誓いであり呪い。そして宣言。八戸出 萬が始まった言葉。
己を響かせるため、萬は吠えた。
「――格好悪いだろ! そういうの!!」
オープン回線で轟き渡ったその言葉に、呆然とする訓練生たち。
ナニそれ。全員の頭の上にそんな文字が躍っているようだった。
「あ〜、ダメか萬。ダメだな萬」
「ぶち切れたのかな? キャラ崩壊してるよ完璧」
ライアンとフェイは機体越しに顔を見合わせてどーしたもんかなと肩を竦める。今までの萬という人間から考えると、あのように感情を露出しているのは異常だ。何か精神疾患にでも罹ったのかと思わず疑ってしまう。萬という人間を見知っているほとんどがそんな感じであった。
しかし世の中例外はある。
「ふ……ふは、ふはははは!」
堪えきれないとばかり笑い出したのはユージン・アダムス。彼もまた感情の露出があまりない人間であるが故に、その反応は周りの人間を驚愕させるには十分であった。
「お、おい……もしかして萬のが感染ったか?」
「え〜と鎮静剤鎮静剤。パニック障害用のヤツはどれだっけ?」
異常をきたしたと周りの人間は考えた。だが額に手を当てて笑い声を上げるユージンの目は理性の輝きを保ったままだ。
彼は笑いの気配を保ったまま、周りの心境など一切考慮に入れず感情のまま言葉を放つ。
「はっ……石炭どころじゃない。アイツは爆薬だ、火の玉だ! 居並ぶ敵を焼き尽くさんとする、名前の通りの爆発じゃないか!」
「な、何を言っているんだ、おい?」
戸惑うライアンの言葉は半ば耳を素通りする。ユージンが思い返すのは、田舎ヤクザであった己の家族、親や祖父らから聞かされた、武勇伝の数々。
自身のものではない。若き頃無謀だった時代に抗争の最中に出会った、さらに無謀な、真っ先に窮地に飛び込むような呆れた連中の話。
それはおとぎ話の英雄のようにユージンの心の中に残っている。その記憶が、本能が訴えかけていた。
アレは伝え聞いたものと同じ存在だと。
「いるんだよ! たった一つの下らない理由で、“自分勝手に誰かのために”命張る身の程知らずの大馬鹿野郎がな! さあ、目を見開いて良く見てろ!」
呆気に取られる周囲を尻目に、ユージンは獰猛な笑みを浮かべて告げた。
「伝説が始まるぜ!」
天地堂 蘭の思考が止まった。
かつて、馬鹿な少年と出会った。
無謀だった。考えなしだった。敗北が決定づけられているというのに立ち向かってきた愚か者だった。
だがその意志は、その目は、その言葉は。
確かに自分の胸を穿った。
間違いない、自分は再び巡り会ったのだ。
理不尽に真っ向から挑む、埃と誇りにまみれた泥だらけの少年と。
歓喜が身体を満たす。燻っていた心に燃料がくべられる。
止まりかけ、錆び付いていた時間が動き出す。
応えろ。多くはいらない。ただ激情のままに、彼を動かす言葉を吐けばいい。
蘭は力の抜けかけていた両足を踏ん張り、背筋を伸ばして姿勢を整え、万人が見惚れる華も綻ぶような笑みを浮かべてドラグンファングを真一文字に振り吠えた。
「ならば征きなさい、眼前の敵をぶちのめしなさい! 爆炎の皇帝よ!」
「承知っ!!」
力強く応えた萬が、バンカイザーが爆音と共に天に舞う。
それを見送った蘭は矢継ぎ早に命を飛ばす。
「当戦域にて展開中の特務機動旅団全機状況放棄! グランノアまで後退後防衛に専念なさい! 巻き込まれたら怪我では済みませんわよ!」
命じた直後膝が崩れようとする。血を流しすぎたらしい。が、ここで倒れるつもりはないとたたらを踏みかけたところで、ふわりと誰かが身体を支えた。
「御自重ください蘭様。御身は安くありませんぞ」
矢も楯もたまらず司令部から飛んできたはずみだ。
彼女はちらりと蘭の右腕に視線を飛ばし、表面上は欠片も冷静さを崩さぬまま、語り掛けた。
「司令部へと移送します。作戦中ゆえ医療施設への移送は総員の動揺を誘いますので……」
「不要ですわ。止血をお願い。わたくしはここで指揮を続けます」
「蘭様!」
咎めるはずみの声にも、蘭は引かない。
「見届けなければならないのです。わたくしも、貴女も」
戸惑うはずみの目を正面から覗き込み、蘭は熱を込めた口調で言う。
「我々の心に罅を入れた、今のわたくしたちを形作った人間の、八戸出 萬の戦いを」
「やはり、彼が?」
「ええ、だから――」
蘭は戦場を見据える。ヒーローを見守る子供のように、恋する乙女のように。
「――魅せてもらいましょう。わたくしたちの心を震わせた人間を。理不尽を叩き潰す、大理不尽の姿を」
一気に上昇。展開している敵陣の上を取る。
引いていく友軍の姿に、萬は苦笑を浮かべた。
「あのお嬢さん、とことん俺たちを働かせる気か」
スタンドアローンを前提としたバンカイザーの性能、そして萬の能力からすれば友軍機との連携を取るのは難しい。それが分かっているからこその方針だろう。
やれやれ、過剰に期待してくれるものだ。そう思いながらも萬の態度から余裕は消えない。自分達なら、できる。そして何より期待されて応えようとしないのは……格好悪い。
「ジェスター、【バーストモード】、使うぞ」
「いきなりか、馴らしも終わっていないのに大胆なことをする」
言葉自体は否定的だが、口調は愉悦の空気を纏っていた。何のつもりか聞かせてみろと言わんばかりの相棒に、萬は言ってやる。
「特務機動旅団と互角って事は、向こうもそれなりの手練れを揃えてきたって事だ。ノーマルモードじゃ手間が掛かりすぎる。それに――」
モニターの端に捉えた、漆黒の機体に視線を移す。
「――グランノアの喉元に食い込むような化け物が一匹いやがる。油断も手加減もしている余裕なんざあるか」
一瞬だけ、萬の表情が苦々しいものになる。が、次の瞬間には再び不敵な表情となって流れるように機体を操作。正確無比な射撃を回避した。
「総じておいでなすった。まごまごしてたら蜂の巣だ。征くぜ」
「応!」
驚異度により優先順位を変えたのだろう。眼下から豪雨のような攻撃が撃ち放たれる。それを無茶苦茶とも思える機動で回避しながらさらに上昇。マニュアルでセーフティをリリース、全動力リミッターをカット。通常稼働からオーバードライブへ。次々と問い掛ける警告メッセージに全てYESとGOサイン。太陽を背に最後のタガを切る。
「コードアウェイク、バーストモードコンタクト!」
両胸、両腕、脛。六つの動力が収められている箇所の装甲が解放。同時に各部の複合振動推進器が翼を広げるように展開。
TEIOWシリーズに用いられている動力は、それだけで下手をすれば国家一つの電力を全て賄えるほどの出力を持つ。そこから発生する有り余るエネルギーはTEIOWのスペックを持ってしても自壊を促すほどの物だ。
魔力変換して術式により機体性能の増強に廻してもなお余剰となるエネルギーは、解放された部位にある放出機構により外部へと流出し、炎のごとく機体を纏う。一見無駄なシステムに思えるが、絶え間なく過剰なエネルギーを供給する事によって、TEIOWは常に限界を超えた最高以上の性能を発揮する事が可能となる。
これが戦略戦闘形態、通称バーストモード。その姿は正に爆炎の皇帝。
太陽がもう一つ現れたかと思わせるような熱量は、光学兵器の打撃を逸らし、生半可な実体弾など容易に溶かし落す。圧倒的なエネルギーを身に纏った萬は悠然と眼下の敵を睥睨した。
「ただエネルギーが有り余っているだけだと思うなよ? ジェスター!」
炎を纏う右腕が真横に振るわれる。バーストモード時に発生する余剰のエネルギーを有効利用するために、TEIOWの設計段階で 様々な案が練られた。例えば大型の火砲などを追加装備するという計画もあったが、それでは折角向上した機体性能を殺してしまう事となる。ではどうするのか、TX-04の開発陣が出した答えは――
「魔力誘導弾、超過重複詠唱!」
――余剰エネルギーを全て魔力に変換し、攻撃魔法術式を精霊憑依型人工知能に運用させ魔道兵装と成す、であった。
馬鹿のようにメモリーを食うという欠点こそあったものの、追加の装備を必要としないこのシステムは実装され、今この場で日の目を見る事となる。放出されていた炎は次々と魔力弾を産みだし、そして。
「ちょ……冗談」
目の当たりにした人間が、己の正気を疑うような光景が展開される。
光弾が、天を覆い尽くす。
誇張なしで叢雲のごとく精製された魔力弾の数、三万七千。敵陣の百倍超。
その心なき軍勢を従えた萬は、高らかに咆吼した。
「オーバーキルシュート! 突撃ィ!」
弾雨。そう呼ぶに相応しい一斉射撃。
一発一発の威力はそれほどではない。強めのエネルギーバリアであれば容易く防げるほどの物だ。だがその数が尋常ではなかった。
大気に、否、世界に激震を喚ぶ轟音。
ダメージはなくとも、与えられた衝撃が、轟音がパニックを招く。一瞬にして、エース級が集められたはずの陣営は混乱の坩堝に叩き込まれた。
しかしそこでは終わらない。萬とジェスターは終わらせない。
「く、ヤツはどこにっ……しまった!」
あまりの出鱈目さに指揮を乱されバンカイザーの姿を見失ったダンであったが、混乱の最中にその姿を確認し歯噛みする。
爆炎荒ぶる陣営の密集地ど真ん中。正気を疑う。今しがた放たれた無数の魔力弾とともに突っ込んできたのだ。一歩間違えれば自身の攻撃に巻き込まれていたというのに、思い切りが良いというレベルの話ではない。
散開と待避を命じるより先に動かれた。バンカイザーの全身から吹き上がる炎が一気に周囲に広がり渦を巻く。
それに乗せられるのは焼き尽くすという意志。雪崩のように炎が弾ける。
「食らいつくせ! 【インフェルノナパーム】!」
轟、と炎が空を覆った。
反応が遅れた機体が、大気ごと、展開したバリアフィールドごと焼き尽くされる。
周囲の物質や力場に干渉し強制的に“燃やす”術、インフェルノナパーム。バーストモードの出力で放たれれば、それは名の通り煉獄を生み出す。
地獄の炎を放ってなお、バンカイザーは止まらない。
「まだまだあ! ジェスター、ブラスターエッジ、アクティブ! 仮想砲身展開!」
「承知! 全力増強開始っ!」
後ろ腰からブラスターエッジを引き抜き両腕を交差するように構える。その銃口の先に幾重もの魔法陣が形成されていく。
最大まで出力を上げられたブラスターエッジが唸る。熱線砲の威力には限度があるが、現在のバンカイザーの出力はグランノアの最大出力と同等以上。そのエネルギーのほとんどが熱線砲の威力増強に廻されるのだ。
つまり、先に蘭が放った龍吼破を上回る砲撃を放つ事が可能となる。
「名付けて【ボルケーノスマッシャー】! フルブーストファイア!」
名に恥じぬ、溶岩の濁流を思わせる大火力が天を灼く。そしてそれを維持したまま、萬は機体を振り回した。
「ぜえええええええ、りゃあああああああ!」
高熱の濁流が横殴りに襲い来る。混乱の収まっていない軍勢は半ばが為す術もなく飲み込まれていく。
怒号、悲鳴、爆発が空を満たす。ボルケーノスマッシャーの猛威が収まった時、侵略勢の実に半分以上が撃墜されていた。
たかだか数分。それだけで猛者たる特務機動旅団と互角以上に渡り合っていた軍勢が、壊滅的な大打撃を受けていた。これがTEIOW。その力を目の当たりにした者達は言葉もない。
が、世の中には何事も例外がある。
「っ!」
その“流れ”を関知した萬は思考するよりも早くブラスターエッジを振るう。
爆炎を切り裂いた刃が銃身下部の刃に受け止められた――と見るより早く砲口が突き出される。仰け反って砲火をやり過ごしながらしなるような蹴りを放つが、同じように放たれた蹴りに受け止められた。その反動を利用して間合いを離しながら熱線砲を連射。それを回避しつつなおかつ間合いを詰めてくる相手の姿を見てやっと気付く。
「やっぱりあの黒いのか!」
底なしの大渦のごとき気配を纏った漆黒。火線をかいくぐるグロリアスの中で、普段の冷静さをかなぐり捨てたダンが吠える。
「全機状況放棄! 離脱後最も近い回収部隊の援護に回って下さい! 殿は私が勤めます!」
「し、しかし、お一人では。それにタイムスケジュールもまだ……」
「このままでは全滅です! それに――」
ががぎりと刃を噛み鳴らせながら押し切ろうとするが出力が違いすぎる。真っ向からの打ち合いは不利だと一旦離脱して機動力を生かして攪乱する戦術に切り替える。
「――一人の方がやりやすい! 急いで下さい!」
「りょ、了解。ご武運を!」
僚機が離脱を始めたのを確認したダンは、機体に刃と銃を構え直させ紅き鬼神に挑む。
「さあ、もう少し付き合って貰いましょうか!」
虚実入り交じった猛攻がバンカイザーを襲う。敵陣が撤退を始めたのは萬にも分かっていた。しかし、それをどうこうする事はできない。
目の前の相手はそれを許すような相手ではなかった。
奇しくも萬とダンの戦闘スタイルは根本的なところで似通っている。単独で行動する事こそが真骨頂、友軍の介入はむしろ邪魔となる。
そのような人間が相対すれば、つまるところ一対一、一騎打ちとなるは必然と言えるのかも知れない。
そして状況もそうならざるを得なかった。中途な所でダンは引くわけにはいかなかったし、ダンの猛攻をかいくぐって撤退する敵陣を追えるほど萬は優れてもいない。バーストモードは発動させているそれだけで広域に影響を与えグランノアから追撃を出す事を封じているが、それを使わずダンに相対する事は不可能に近い。天と地ほどの機体性能差があってなおバンカイザーと互角の戦いを繰り広げるほどにダンは手練れだったのだから。
「オレの十八番を取るかよ!」
後の先。相手の攻撃が出る前に封じる。萬の常套手段であるそれを、さらに洗練した形でダンは用いていた。機体の性能差がなければあっさりと勝負は付いていたかも知れない。
だが、萬自身は気付いてもいないが、性能に助けられているとは言え初めて乗る機体で歴戦の強者たるダンと互角の戦いを繰り広げているという事実は恐るべきものであった。同様の事が可能なのは他のTEIOW乗りとかトップエース連中くらいのものだ。そういったあたりすでに萬も並の域を抜け出している。
刃と刃が切り結ばれ、互いの火線が宙を灼く。双方共に大技を使う余裕も隙もない。自然と戦いは通常兵器でイニシアチブの取り合いとなっていく。
ダンは時間いっぱいまで粘れば良かったし、萬もグランノアさえ防衛できれば御の字だったはずだ。だというのに互いは一歩も引かない、退けない。それぞれが本能で感じ取っていたのだ。“こいつをのさばらせておいては後々厄介になる”と。
そう心が訴えていても、埒が開かない。決定打が放てないのだ。
ならば埒が開くまで押し切る。それがダンの出した回答だった。
バンカイザーの機体サイズであれだけの出力を発揮する。技術的に不可能ではないのだろうが、それを成すには相当の無理があるはずだ。考え得る最高の機体性能をもってしてもそれに長時間耐えうるはずがない。現にあれだけの大火力を自在に操って見せた敵指揮官もそれで自滅したようなものなのだから。
そこまで持ちこたえられれば勝機はある。ダンの目は油断なくそれを見据えんとしていた。
一方、萬は――
「悪いジェスター、“ちょっと痛てぇぞ!”」
――その上をいく行動に出た。
突然の強引な踏み込み。焦れて勝負を焦ったか、いい踏み込みではあったが詰めが甘く隙ができた。あまりにも自然にできた隙であったためにダンは気付けなかった。それが“作為的な物”であると。
容赦なくトリガー。半実体化するほどに高密度のエネルギー弾がバンカイザーに叩き込まれる。左半身を中心に着弾したエネルギー弾によって吹き飛ばされ、体勢を崩し落下を始めるバンカイザー。ダメージはそれほどないようだが勝機は見えた。単結晶合金製の蛮刀を構え、グロリアスが一気に間合いを詰めようとする。
萬が、ぬたりと嗤う。
「ブラスターエッジ、ザンバーモード。フォーム【デュランダル】、アクティブ!」
両手のブラスターエッジを合一。合わさった二つの銃身とブレードが一体化して刀身を形成、後部より伸びたスライドストックが柄と転じ、バンカイザーの手が力強くそれを掴む。
一閃。現れたのは両刃の大剣。空間破砕剣、通称デュランダル。
空間を構成する因子そのものを砕く、空間歪曲切断ブレードの発展型武装である。
エネルギー防御、物理防御、双方に対して絶大なる破壊力を発揮するが、リーチが短く刃で直接斬りつけなければ効果がない、完全な近接戦闘兵器だ。その上あまりにも破壊力がありすぎるため長時間使用すれば自己崩壊する恐れもあった。その危険性と扱いにくさゆえに通常は分割され別用途の武器として使用されている。真っ当に使えばグロリアスを捕らえられるはずもなかったが。
「この位置、その速度なら回避はできねえよなあ!」
フルスロットル。残像を置いていくほどの加速で、追加攻撃を加えんとしていたグロリアスに真っ向から突っ込む。
相手の動きを誘導し、かつ最大の攻撃を叩き込むためとは言え、真っ向から攻撃を食らうなどとは普通考えない。事実ダンは虚を突かれ一瞬反応が遅れた。
だがそれだけだ。
「隔絶空間障壁! 重複展開!」
ダンは咄嗟にフィールドを張って防御を行うと同時に機動性が落ちる特性を利用してブレーキをかけ全力で後退。空間を破壊するデュランダルの一撃は至極あっさりと障壁を突き破らんとするが、連続して次々と障壁を展開する事によりその切っ先を留める。
どこまで化け物だ。萬は舌を巻いた。これで足が止められた。デュランダルを放せば自由を取り戻せるが、それはこの黒い機体に通用する唯一の武器を失う事になる。無理矢理引き抜いても単なる仕切り直し。時間をかけて障壁をぶち破ろうにも、デュランダルの使用限界が先に来る事は目に見えていた。
手詰まり。普通ならここでもっとも無難である仕切り直しを選択するのだろうが。
八戸出 萬は、斜め上をいく。
「ジェスター! 余剰のエネルギーを全部スラスターのブーストに回せ!」
「何を!?」
「決まってんだろ、壁がぶち壊せないってんなら――」
獰猛に牙を剥いた獣が吠える。
「――壁ごとぶっ飛ばす!!」
複数の空間振動波を共振させる事によって爆発的な加速を生む複合振動推進器が唸りをあげ、その後方に重なり合った魔法陣が展開する。
突然後ろ向きにかかったGに、己の失策を悟るダン。想像以上の出力での零距離加速。障壁を解除し逃れる事も受け流す事もできない。慣性制御を全開、せめて予想される衝撃を和らげる――
「おおおおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に全力全開で加速したバンカイザーが、グロリアス諸共海面へと突っ込む。
衝撃、そして海をかち割るように派手な水柱を立て、数キロに渡って叩き付けた。
「おお、りゃああ!」
勢いと全ての力を込めてデュランダルを振り抜く。吹き飛ばされたグロリアスはさらに海面を割って彼方へ。そして、勢いを失い海中に没する。
これで決まれば御の字だが、そうはいくまいと油断なく索敵に集中する萬。デュランダルの使用限界も近い。後一撃か二撃。それで決められるのか。荒い息を吐く彼の眼前で、海面が爆発したかのように水柱が立つ。
現れたのは満身創痍のグロリアス。各部の装甲が欠損し、あちらこちらからスパークを出しているが、その気配には微塵の衰えもない。むしろ手負いの獣のような危険な雰囲気を漂わせている。
「久しぶりだな、ここまで追い込まれたのは」
最近歯ごたえがない相手ばかりだったので少し勘が鈍ったかと、冷酷かつ獰猛に苦笑を浮かべるダン。
やはり戦いはこうでなくてはいけない。命をかけた綱渡りこそが醍醐味。己の立場を半ば忘れ、彼はこの真剣勝負に酔いしれ没頭する事にした。
化け物と獣が、再び交錯する――直前で、予想もしない横槍が入った。
突如降り注ぐエネルギービームの雨。無差別とも思えるそれに対して相対していた二機は後退して回避。距離を開けたその間、グロリアスの眼前に、天空から降り立った何者かが割り込む。
朱を基調とした装甲。スカートのような腰回りの増加パーツと手に持った巨大な槍のような武器が印象的なその女性的なシルエットを持つ機体は、グロリアスを護るかのように立ちはだかっていた。
「そこまでですダン。予定より撤退はスムーズに進行しております。これ以上ここに留まる必要はありません。状況の放棄を」
微塵も心配していないような無感情さで言うのはシャラ・シャラット。それに毒気を抜かれながら、ここまでかと少し残念に思いつつも気持ちを切り替え、ダンは応える。
「そうですか、分かりました。……母艦に帰還します。流石にこの状況で前線指揮をやらせてはくれないでしょう?」
「当たり前です。作戦自体は成功、“我々の勝利です。”後は引くだけだというのにこれ以上何をすると?」
「いえ……ではいきましょう」
勝利か。内心苦々しく思いながら機体を翻す。
目的を果たす。それが勝利だというのであればこれは確かに勝利なのだろう。そんな事は随分昔に割り切った。
割り切ったはずだった。
ぎしり、と操縦桿を握る手に力が込められる。
燻っていた火種に火が点いた。そんな熱さが胸の奥を焦がす。
撤退する敵機を見送っていた者達の肩から力が抜ける。特に緊張しまくっていた訓練生たちの中にはへなへなと力無く崩れる者が出るほどだった。
緊張がなくなれば次にくるのは安堵。そして歓喜。
誰かが鬨の声をあげる。それは伝染し、次々と雄叫びや勝ち鬨を上げる者が出てきた。それはあっという間に広まって一気に祭りのような騒ぎとなっていく。
そんな騒ぎを背に最後まで警戒していたバンカイザーがデュランダルを分割し後ろ腰に戻す。そして振り返りバーストモードを解除して帰還しようとしていた。
「あ、あれ? やべ」
「うむ。拙いな」
最大の功労者を出迎えんと殺到しようとしていた皆の前で、ひゅううん、とバンカイザーの動力が“全て落ちる。”
『はい?』
目を丸くする全員を余所に、バンカイザーは至極あっさりぼちゃんと海面に没した。
何が起こったのか。呆けたまま全員が暫し凍り付いていた。
「…………主要部分にオーバーロードが起こってシステムがシャットダウンしましたのね」
「…………馴らしも、しておりませんでしたからな」
ぽかんと、独り言のように主従が言ったのが合図となったように、先ほどとは違う騒ぎが巻き起こる。
急ぎ救助だレスキューだと騒ぐ眼下の部下たちを目に、何だか毒気を抜かれた主従は顔を見合わせてくすりと笑う。
「最後の最後で締まらないところは、変わってませんのね」
「少し萌えましたな」
爆笑が場を支配していた。
「ちょwwwwwwwww最後wwwwwwwww」
「あほすぎる〜〜〜〜!」
「見事なオチだ」
くっくっくっと笑いを噛み締めながら、天地堂一族の頂点に立つ男は笑い収まらぬ皆に対して言う。
「なかなか面白いヤツだろう? 良い感じで“誘蛾灯の役割”を果たしてくれるさ」
その言葉に意地の悪そうな笑みを浮かべた者達が次々と応える。
「絶大な力を手にし、かつ隙だらけ。付け入るのは容易く見えますね」
「なるほどなるほど、彼とTEIOWという餌に惹かれてどれだけの者が引きずり出されるか。見物だな」
「その裏で我々は事を成す、と。分かり易く悪役じみていていい」
「都合良く宇宙の連中は再編成のために撤退した。この機を逃さずと考える者はゴロゴロいよる」
「しかし豪勢な囮です事。確かアレ一機でグランノアクラスの機動要塞一つ建造できるのでしょう?」
「まあ下手に手を出せば手痛いどころでは済まない囮だがな。それこそグランノア一つ攻め落とす位の手間かかるぞありゃ」
GOTUIの背後にいる者達は笑う。地球圏全て、否下手をすれば銀河を巻き込むほどの戦争すら利用して何かを成そうとしている彼らはむしろ悪人の類である。その事を誇りはしないが、決して後悔する事もない。
やるべきと思った事をやりたいようにやる。それに対して言い訳しない。ある意味萬と同類なのかも知れなかった。
「それで、この侵攻から一月近く経っているわけだが、その後件の少年はどうしている?」
国連直属の監察機関員であるはずの男が尋ねる。答えは苦笑いと共に返ってきた。
「絶賛特訓中、だとさ」
「というわけでして第一話冒頭からここに繋がるわけですな」
「どこに向かって説明しているのです、はずみ?」
単眼鏡を光らせながら、虚空に向かって人差し指を立て語り掛けているはずみに、きょとんとした顔で尋ねるやいば。
以前に比べどこか角が取れたような雰囲気を纏い歩く二人を、周囲の人間はなぜか怯えたように遠巻きにして見ている。
その原因は、二人の間に挟まれ捕獲された宇宙人のごとくずるずると引きずられている満身創痍の男。
誰だか言うまでもなかった。
「こ……殺す気か……」
息も絶え絶えとなりながら何とか言葉を絞り出す萬。それに対して二人は澄ました顔で答える。
「まだまだこの程度で音を上げて貰っては困りますぞ。萬様にはもっと心身共に強くなって頂かなくては」
「チームインペリアルに、蘭様直下になるというのはそういう事です。承知頂けたものと思っておりましたが?」
うきうきしながら言うなこんちくしょうと、萬は心の中で悪態を付いた。あの後正式に異動が決定した時から、司令とこの二人何か“弾けた。”それが何を要因とするものだかは分からないが、なぜ自分がその被害を被っているのだろうと萬は嘆く。
原因が過去の自分の行動にあると知ったら彼はどう思うだろうか。とりあえず過去に戻って自身をはり倒したくなる衝動に駆られる事は間違いない。
と、三人の前に威風堂々と立つ人影が。
「待ちかねておりましたわ。さ、次は座学でしてよ」
にっこりと満面の笑みを浮かべた蘭だった。どういうつもりか手ずから萬を鍛えあげようとしている彼女に、萬は弱々しげに抗議する。
「ちょ……待て……少しくらいは休ませれ……」
聞く耳は持たれなかった。
「何を仰ってますの。タイムイズマネー、鉄は熱い内に打て。わたくしの直属ともあろう者が何を弱気な。あの戦いの時見せたガッツを持ってすれば不可能などありませんわ」
むちゃくちゃな。いつからこの女精神論主義のはっちゃけた性格になったんだ。もう萬には文句を口に出す元気もなかった。
前とは別な意味で余裕のない萬は気付いていない。蘭とその従者の態度が、大げさではあるが“気になる男の格好いい所を見てみたいと発破をかける乙女の物と酷似している”という事に。
「さあ行きますわよ。地球の未来と主にわたくしのため、高みを目指して頂きますわ」
『蘭様の御心のままに』
「少しはオレの御心も鑑みて頂けないでしょうかいただけませんかそうですか」
うきうきと楽しそうな少女たちと、それに引きずられていく哀れな子羊。
その姿を見送った者達は憐憫の視線を向けた後、それぞれの形で天に向かって祈った。
祈るしかなかった。
たとえそれが天に届かないと分かっていても。
今日の地球は、それなりに平和である。
次回予告っ!
独立遊撃部隊として新たに再編成されるチームインペリアル。
そのタイミングを計ったかのように別の民間防衛組織から合同訓練が申し込まれた。
見え隠れする陰謀の影。
果たして現れた男は萬のライバルとなり得るのか!?
次回鬼装天鎧バンカイザー第五回『ダモクレスの剣』に、コンタクト!
やっと書きたい所が一つ書けました。
しかし道程はまだ遠かったり。
せ、せめて1クール十三話は、なんとか……っ!
今回戦闘シーン推奨BGM、剣・魂・一・擲。