4・乱舞の軌跡 前編
壁一面を埋め尽くす多数のモニター。それ以外の光源が押さえられたその部屋に、数人の老人の姿があった。
薄暗い部屋の中、モニターの明かりで浮かび上がる顔は深刻な物。そしてその瞳には何かを探るような色が浮かんでいる。
「GOTUI……いや、天地堂めが。やってくれよる」
「新型か。情報は回ってきておるが、どこまで信用できる物やら」
「仮にこの内容が真実であるとしても冗談にならん。単体で軌道強襲艦隊に匹敵するような兵器など」
「査察を動かすか?」
「容易く尻尾など掴ませるものかよ。手痛いしっぺ返しを食らうのが関の山」
「忌々しい事だ」
語り合われる内容から、どうやらGOTUI――天地堂一族と敵対関係かそれに近い立場にある者達であろうと推測される。
モニターに写されているのはGOTUIの最新鋭試作兵器、TEIOWシリーズの戦闘。以前より実戦テストを繰り返しているとの話であったが、これ程の物とは。試作兵器というレベルではない、十二分な完成度ではないか。
一人の老人が手元の資料に目を落し、呻くように呟く。
「TX-01、先日登録された正式コードは【ゼンカイザー】。TEIOWシリーズの原型、試作一号機……」
モニターでは丁度、トリコロールカラーの機体が舞う様子を映し出されていた。
試作機であることを示すかのような派手なトリコロール。機首に三本の銃身が束ねられた巨大な砲を備えたその戦闘機のような機体は、艦隊戦の最中に突如現れた。
「司令、GOTUIからの増援ですが……」
「たった一機だけか? 噂の新型らしいが」
なんとか奇襲をかけてきた一軍と五分の戦いを繰り広げているところに乱入してきたその機体から、旗艦に対し直接通信が入る。
「こちらGOTUI特務機動旅団TTT所属のゼン・セット。旅団司令から援護の任を受けてまいりました。指示を願います」
さてどうすると艦隊司令は細い目をさらに細めて考え込む。噂によれば現存する特殊機動兵器のあらゆるノウハウを詰め込んだスペシャルだという話だが、どこまで使い物になるか。強力ではあるが扱いが難しい特殊機動兵器を幾度か運用した経験のある司令は、そう長く考える事なく結論を出した。
「了解した。そちらには戦力の薄いところをフォローして貰う。データを送るから優先順位は任せる。存分にやってくれ」
好きにやらせる。こういうタイプはそれが一番有効な使い方だ。
脇目も振らずに地表へと向かった艦艇群から見るに、敵の目的は地表への電撃侵攻。本音を言えばそれらを追いかけたいところであるが足止めに残った艦隊がそれを許しそうにない。ならば一刻も早く敵の戦力を削ってこちらの戦力に余裕を持たし地表へと向かわせる必要がある。どれほど使い物になるか分からないが一機だけ送り込んできたところを見るとGOTUIはよほどの自信があるのだろう。ならば遊撃を任せ敵の陣営に乱れを生じさせる。上手くいけば御の字、いかなくても元々の戦力ではないため損失はない。
司令のその目論見は、大きく裏切られる事となる。
乱入してきた機体が変形する。公報から傘が開くように展開し、機体下部は脚部を、上部が上半身を形成し、機首部分は二つに分かれ巨大なライフル状の武器と盾のようなユニットとなった。
背中と四肢に計6枚の翼を持つ騎士のような姿。人型機動兵器の本性を現したTX-01が宇宙を駆ける。それを駆るゼンは、軽く舌なめずりをしながらFCSに火を入れた。
「それじゃ、まずはご挨拶。【トライデント】モードブリッド、弾頭は思念波誘導弾。魔弾の狙いから逃れられると思うなよ……なんてね」
実体弾、自由電子レーザー、荷電粒子砲の3つを打ち分ける事が可能な狙撃砲トライデントが右腕一本で構えられ、FCSが複数――否、十体以上の目標をロックする。
気負いなく軽くトリガー。砲口から吐き出された弾頭は、電光の速度を持って奔った。
狙われた相手はFCSのロックから逃れんとし、ダミーやジャミング機構をフルに使ってランダムな機動で回避を行う。ただ真っ直ぐにしか飛ばない弾丸であったなら、そうでなくとも単に機械的な追尾を行うだけの誘導弾であったならば、容易く回避できたであろう。しかし――
狙われていた機動兵器のパイロットは、最期の一瞬まで上手く回避したと思っていた。
だが、回避したはずの弾丸が“真後ろから”自身を貫き、何が起こったか理解する事もなく爆散した機体と運命を共にする。
思念波誘導弾。特殊能力者の一部が持つ物理影響力を発生させる精神波――念動の力を増幅し、弾丸の機動制御に用いる特殊弾頭。常識では考えられない、物理法則を無視したかのような軌跡を持って、それは得物に襲い掛かる。それだけではない。弾頭自体に張り巡らされた念動の余波が一種のバリアフィールドとなり、弾丸の強度自体を高め貫通力を向上させていた。一機二機食らいつくしたところで魔弾は止まらない。エネルギーが完全に尽きるまで得物を狩り続ける。
散開したはずの十数機が全て撃墜された。それを確かめる事なくゼンは次々と弾丸を放つ。縦横無尽に戦場を駆ける弾丸は、敵にパニックを呼び起こしかき乱す。しかし敵も然る者。動きが乱れた機動兵器を下がらせ、防御力の高い艦船を前面に押し出してきた。
思念波誘導弾はバリアフィールド等のエネルギー防御を貫く事が可能だが、戦艦ほどの防御力になるとフィールドを貫いてもその分厚い装甲に阻まれ効果が薄い。しかも戦艦の火力なら直撃を受ければTEIOWといえどダメージを受ける。
トライデントに搭載されているレーザーや粒子砲は通常の物より遙かに高い威力を持つが、戦艦相手では大差はない。それでも攻撃を続ければ撃沈する事も可能ではあるが――
「そうそう手間を取られているわけにはいかないんでね!」
見え透いた時間稼ぎに付き合うつもりなどゼンにはなかった。スロットルを全開、最大の機動で砲火をかいくぐり、敵艦に迫る。
艦からだけではない。一旦後退した機動兵器群も距離を取って包囲するような形で集中砲火を浴びせる。が、TX-01はまるで全方位に目があるかのように全ての攻撃を見切り、予め攻撃箇所が分かっているかのような動きで全ての砲火を回避していた。
空間把握能力、反応速度、予知に等しい予測能力。そして、戦場に充満する思念を読みとる精神感応。その全てが一般の兵はおろか、熟練の特殊能力者すらも上回っている。それもそのはず、ゼンは特殊能力者をさらに強化し能力向上を図るという外道の研究計画の、唯一の生存者にして成功例なのだから。
その彼を、有象無象で止められるはずもない。
弾雨をすり抜けるTX-01が左腕に持つ、盾状のユニットが二つに割れるかのように変形する。
戦端にエネルギー防御貫通効果を持つ念動のフィールドが張られ、二つに分かれたユニットの奥で圧縮結界が発生する。その中で精製されるのは微量の反物質。
「ターゲットマーク。ウイークポイント……そこっ!」
ゼンの感覚が戦艦の中枢を探り当てた。通常の攻撃ならそこを一撃で打ち抜く事など不可能。しかし。
「バニシング――」
大きく半身を捻ってから巨大な楔を思わせるユニットを叩き込む。フィールドを纏った先端が装甲を突き破り。
「――バンカーっ!」
そこでトリガー。形成された反物質により対消滅反応が発生。その莫大なエネルギーは指向をもって解放、集約され放出された。維持できるのは一瞬。効果範囲は100メートルほどで射撃に用いるにはリーチが短すぎる。しかし。
零距離から戦艦一つぶち抜くには、十分。
重合金すら一瞬にして蒸発させる光の杭は、狙い違わず艦の中枢を撃ち貫く。間髪入れずにTX-01は離脱。一瞬遅れて艦は爆沈した。
対艦格闘兵器【バニシングバンカー】。TX-01が持つ通常兵装の中で最大の攻撃力を持つ武器である。
「さあて、お次はどなたさんかな?」
爆発の照り返しを受け、モニターアイを光らせるTX-01が戦場を睥睨する。
その様子を、その姿を見た者達は、確かに怯えた。
「……敵艦隊の約五分の一を単機で落しよった。あの軌道防衛艦隊が手こずった相手をだ。白い悪魔と同等かそれ以上ではないか」
「これが一機であればまだしも、あと三機、世界に喧嘩でも売る気か」
「それに、なんだこの冗談のような機体は」
憤る老人の一人が示すのは、切り替わった画面に映る玩具の車が巨大化したようなデザインの白いマシンだった。
突如開いたゲートからそれが飛び出してきた時、敵味方双方が面食らった。
「なんだぁあの……でっかいミ●四駆?」
鋼の人型マシンを駆る青年が的を射た表現を口にする。そうとしか表現のしようがないそのマシンは戸惑うことなく真っ直ぐに戦場のど真ん中に突っ込んできた。
「おのれ……戦場を愚弄するか。死してその愚かさ贖うがいいわ!」
宇宙からの侵攻に便乗して日本に責めてきた地下組織の前線指揮官が指示を飛ばし、配下の兵器群がそのマシンに集中砲火を浴びせる。
たちまちに爆炎がその姿を覆い隠す。それでもなお過剰なまでに次々と攻撃が加えられていった。これだけの集中砲火、まず耐えられまいと誰もが思ったその時、どかんという音と共に何かが天空へと舞い上がる。
爆発によってパーツでも吹き飛んだか。そう見える光景だったが、飛び出した何かは太陽を背に空中で蜻蛉を切り、そして落雷のような勢いで戦場へと降り立つ。
着地の姿勢からゆらりと立ち上がるのは、白い人型機動兵器――TX-02。TEIOWシリーズ中、唯一の陸戦重視型であった。
「いきなりご挨拶やのォ」
「まったくっす」
相棒と呑気な会話を交わしながら、パイロットである弦はにやりと笑う。そしてそのまま一歩ずつ敵陣に向かってTX-02の歩を進めた。
一瞬呆気に取られた指揮官であったが、はたと我を取り戻すと再び集中砲火を命じる。先の攻撃は恐らく運良く避けられたのだろう、だが二度も三度も幸運は続かない。指揮官はそう信じて疑わなかった。
果たしてTX-02は、弦は避ける事なく真っ直ぐに進んでくる。砲火は狙い違わず直撃し――
傷一つ負わせる事はおろか歩みを弛める事さえ叶わなかった。
『なあっ!?』
敵味方双方が驚愕する中、弦は余裕綽々の態度で呟くように言う。
「“硬気功”……ちゅうモンを知っとるか?」
魔法の才能や念動とは似て非なる生体エネルギー、【気】。素質を持ち鍛練を積んだ武道家などはそれをコントロールし、攻撃や防御に使用する事が可能だ。その技能の一つが硬気功。全身に気を巡らせ防御力を向上させ、生身でも銃弾を弾き返すほどに高める技能である。
弦は気の制御に関して図抜けた才覚を持ち、なおかつ武道家としても恵まれた素質を持っていた。そこに目を付けたとある老武道家が己の後継者として鍛えあげた結果、その才能は見事に開花し、すでに一流と言って過言ではない技量を誇る。だがその彼を持ってしても人型機動兵器ほどのものを硬気功にて強化する事は不可能に近い。
普通ならば。
TX-02 には武装の類は一切装備されていない。その代わりに機体各所に内蔵されているのが【プラーナコンバーター】。TEIOWの有り余るエネルギーを変換し、パイロットの気をほぼ無制限に増幅させる機構である。
これにより、弦は己が持つ技能のほぼ全てを機動兵器サイズで運用する事が可能となったのだ。硬気功などを使用させれば、生半可な攻撃では傷一つ付ける事も叶わない。
完全なる格闘戦専用機。弦という主を獲たTX-02はその本領を存分に発揮する。
「さてほいたら……お返しといこうかい!」
「当たると痛いっすよ!」
狂ったように打ち込まれる攻撃の一切合切を無視して歩んでいたTX-02の姿が、突如消え失せる。一瞬遅れて轟音と共にソニックブームが奔った。
「なっ……!」
超高速で駆け抜けたのだと指揮官が気付いた時には、眼前に白き鬼神が立ち塞がっている。
ぎいん、と両のモニターアイが輝く。その全身から視覚認識が可能なほどの気が炎のごとく立ち上り、右足が大きく円を描くように振り上げられた。
「守方無双流――」
タガが弾けるように、力が解放される。
「――震鬼撃!」
動き自体は回し蹴りでしかない。だが込められた気が莫大な、決壊したダムを思わせるほどのものだった。結果、放たれた技は敵陣前衛のほとんどを纏めて吹き飛ばす。
「おのれ覚えて……」
ついでのように吹き飛ばされた指揮官(なぜか生きてる)には目もくれず、弦は戦場を駆ける。一撃で陣形を崩壊させたTX-02の危険性を悟ったのか、それとも単に逃げ出しただけか、地下組織の兵器群は後方へ下がり距離を置こうとしていた。しかし甘い、甘すぎた。
「遠距離攻撃ができんとでも……思うとったんかぁ!」
「スイーツ(笑)っすよ!」
腰を落し両腕を引くTX-02。引いた両腕に大量の気が流し込まれ、放電のような現象を引き起こし始める。
「ターゲットマーク! 逃げられねっす!」
「禍撃弾! 食らっとけやぁ!」
次々と繰り出される拳から、砲弾のような気の塊が怒濤の勢いで吐き出される。ハーミットの補助により誘導性を加えられたそれは確実に敵に食らいつき餌食としていく。完全に浮き足立った彼らに、止めとばかりにのだめ押しが待っていた。
再び電光の速度で駆けるTX-02。即座に敵陣に追い付き、進路上の機体を吹き飛ばしながら敵陣中央へと到達する。
「おおおおおおおおおおお!」
弦の咆吼と共に、機体から立ち上る気が輝きを増し、火柱のように天を突く。
プラーナゲイザー現象。一流の武道家のみが起こす事が可能な気の過剰放出。それは常識を越えた、超絶の技が放たれる前触れ。
「守方無双流、秘伝技――」
左足を軸に、TX-02が大きく全身を捻る。同時に周囲へと放たれた気が大きく広がり、投網を思わせる勢いで敵陣の中へと広まっていった。
「――痛、天、角っ!」
独楽のような勢いで旋回する白き機体。そして発生する、巨大な“気の竜巻”。敵陣のど真ん中に発生したそれは効果範囲にあった全ての機体を地面から引き剥がして巻き込み、天に巻き上げながら引きちぎっていく。僅か数十秒でそれは収まったが、その後に残ったのは……技を放ったTX-02ただ一機。
数分。たったの数分で、地下組織の戦力は壊滅状態に陥った。その事実に先程まで地下組織と戦火を交わしていた防衛側の面々は唖然とするしかない。
何もなければ彼らはしばらく唖然としたままだったろう。しかし状況はそれを許さない。そもそも侵攻してきたのは地下組織だけではないのだ。
「……っ! 空のお客さん忘れてたぜ!」
鋼のマシンのパイロットが舌打ちした。
やはり唖然としていたのか、様子をうかがっているようにも見えた降下勢力が空中から攻撃を開始する。
この状況はTX-02には不利かと思われた。射撃能力があるとは言ってもそれはおまけ程度の物、対空攻撃能力に置いては陸戦型であるTX-02の能力は低い物であると考えるしかない。
普通であれば。
「こちらGOTUI所属の爾来 弦。突破口は開く。皆気張って付いてこいや。……ハーミット、Gコン制御任せるで」
「おっけーっす」
至極勝手な事を防衛勢力に言い放ち、弦は機体を向き直らせる。
TX-02の両脚部から、ぶうんと何かが作動する音が響く。車両型の巡航形態で車輪を形成していたパーツは太股と踵の部分に位置している。ただの車輪であったならそれは人型形態には不要な物でしかなかったが、それはただの車輪ではなかった。
「ふんっ!」
気合いの声と共に大地を蹴る。そしてTX-02は――
“空中を駆け出した。”
重力制御装置。疑似重力を発生させ制御するそれは、接する空間に重力場を作り“足場”とする事を可能とする。これにより、TX-02は“空中を駆ける”事ができるのだ。
それだけではない。踏み出したその場が足場にできるという事は足場の位置を自由に設定できるという事。それは通常の飛行では実現不可能な、複雑な三次元機動を実現させうる。
「ちゅう事で、一発食らっとけや!」
稲妻のような勢いと動きで駆け抜けたTX-02が、叢雲のごとき敵に向かって輝く拳を振りかぶった。
「TX-02【ゲンカイザー】。機体のコンセプトもふざけているが、この不遜極まりないパイロットはなんだ。礼儀作法、コミュニケーション能力に多大なる問題があるだろう」
「なまじ実力を伴っているから始末に悪い。そういう意味では残りのパイロットも似たような物だが」
「実は問題児のみを集めているとかいう話ではあるまいな? にしても一番厄介なのはTX-03【リンカイザー】か」
「ああ、直接の手出しができないという意味ではな。まったくもってえらい人間を引き込んでくれたものだ」
画面に映る蒼い機体を眺めながら、老人たちは唸る。
砲火飛び交う中を、蒼く鋭角的な機体が駆け抜ける。
カリブ諸島海域に設けられた絶対中立地帯。その設定には大国の影が見え隠れしていたが、異世界への大規模ゲートを設置するのにもっとも適した場所であることも確かであった。そこに集められた防衛戦力は地球全海軍の1割という破格の物。その重要性ゆえの事だが、それでも過剰な戦力という意見も多い。
しかしその戦力を持ってしても今回の奇襲は押し返すこと叶わなかった。
「今さらたった一機? 舐めてんのか!?」
「よせ! 向こうの基地も襲撃を受けているんだ。援軍を送ってきただけでも負担を強いている!」
防衛に当たっていた正規軍の特殊機動兵器から通信が入ってくるが半ば無視。表情にも態度にも出していないが鈴は内心憤っていた。一人の兵としても、何より個人としてもこの地を蹂躙されるのは我慢ならない。
「妾の“家”の玄関口に土足で入ってきたからには、覚悟できてるよねえ?」
瞬時にTX-03が変形。現れるのは全体的に鋭角的なデザインの、六枚の翼を持つ人型。ステルス性能を付加されたその機体の後ろ腰に伸びたテールスタビライザーが跳ね上がるように位置を変え横向きになりスライド、そしてフレームを介して左腰へと移動する。
移動したスタビライザーの根本に突き出たグリップ状の突起をTX-03の右手が掴む。同時に左手はスタビライザー中程に突き出たグリップを掴む。
フルスロットル。一瞬にして音速の壁を越え、TX-03は敵陣へと駆けた。
「推して……参るよっ!」
宣言と共にトリガー。電磁カタパルト機構によって打ち出された“それ”をTX-03が振り抜く。
ただの一閃。しかし電光の速度で駆け抜けた軌道上にあった全ての敵機が残らず両断された。
空間歪曲切断ブレード。通称【斬空刀】。日本刀を模した形状のそれは空間振動推進器の基本理論、空間制御機構を応用し武器として転化させたものである。
刀身上に発生させた空間歪曲場によって太刀筋の上に空間の断層を発生させることによりあらゆる物を断つ。同様に空間そのものに影響を与える防御手段でしか防ぐことはできないが、それすらも出力が上回れば断ち切る事が可能だ。理論上断てぬ物なき妖刀を再び鞘に収め、再びの抜刀居合術。鈴の技能を完全再現とまでは行かなかったが、電磁カタパルトより打ち出される剣速が技能の不足を補う。結果TX-03は神速の抜刀術を駆使する機動兵器という特化的な存在と成ったのだ。
「なるほど、面白い考えだが……趣味に走りすぎだな」
敵陣の後方、戦場を見下ろす位置で指揮官の一人が笑う。この男実力はあるが功名心と自己顕示欲が高く、敵陣営の中でも危険視されていた。いずれはと機会を伺い機が熟すのを伺っていたようであるが、それが巡ってきたとばかりにほくそ笑む。
「噂のGOTUIの新型……落すにしても奪い取るにしても旨みは大きい。ならば」
足がかりとしてはまずまず。どのみち時間稼ぎなどという下らない任務が目的だし、奇襲は上手くいったが流石に集まっている戦力の壁は厚い。立て直されれば後退を余儀なくされるだろう。そうなれば戦果を稼ぐのは期待が薄くなる。
「そうなる前に手みやげにさせて貰おうか」
配下に指示を飛ばし戦力をTX-03に集中させる。真正面から挑ませるような愚かな真似はさせない。味方すら囮として用いてそうと悟られぬよう、慎重に追い込んでいく。
かの機体の恐るべきところはその速度と、高速域で確実に敵を捕らえる見切りだ。ならば足を止めさせその優位点を潰す。得意レンジである至近距離には決して踏み込ませない。そこに立ち入らせるのは囮だけだ。後は味方から引き剥がして孤立させたところでカタを付ける。指揮官のその目論見は途中までは成功の兆しを見せていた。
「ありゃ、囲まれるかなこのままじゃ」
刃を振るいながらそれに気付いた鈴が、さほど困った様子も見せず呑気に言う。策は大詰め、味方からは引き剥がされ主戦場から離れつつある。このままでは完全に孤立するのも時間の問題だ。
だがそれでも、鈴は不敵に笑う。
「じゃあちょっとだけ……妾も本気を見せるかな。“不可視の鎧よ”」
呟くように言葉を紡ぐ。そうするとTX-03の姿が前触れもなく突如かき消えた。
「な、何!? 光学迷彩か! レーダー、センサーで探せ!」
光を屈折させ姿を隠す機能を使ったのかと目視以外の探索手段でTX-03を捜索する。しかし――
「馬鹿な、反応がないだと!?」
光学迷彩であれば機体から発せられる熱や電磁波までは遮る事ができない。ゆえにセンサーの類であれば捉えられるはずであった。
それが一切の反応がない。まさが幻像だったとでも言うのかと焦る指揮官の眼下で、さらに驚愕の光景が繰り広げられる。
前触れもなく、突然配下の機体が切り裂かれる。そんな馬鹿な、反応は何もなかったと驚愕の言葉を出す間もなく次々と配下は落されていった。
「まあ本気といってもズルして楽して真正面から戦わないだけなんだけどね〜」
完全に周囲から姿をくらまし一方的に敵陣を蹂躙するTX-03の中で鈴が舌を出す。
TX-03が姿を隠しているのはただ光学的に誤魔化しているわけではない。視覚認識を狂わせる魔法と、同時にセンサーやレーダーの反応を誤魔化す電子欺瞞情報を放っているからであった。
鈴は一流の剣士であると同時に補助系魔法の使い手でもある。通常二つの特化技能を持つ者など滅多にいないが彼女の場合は特別だ。なぜなら彼女は日本人の暗殺剣術の伝承者と、地球と交易を行っている異世界国家の王族との間に生まれた混血児なのだから。
両親がどのようないきさつで鈴をもうけたのかは少々複雑な事情があるので割愛するが、彼女にとっては双方の世界が大切な故郷であり、そしてその二つを繋ぐこの場所に対する思い入れは並大抵の物ではない。ゆえに彼女は表面的には平気そうな顔をしながらも、容赦なく立ち塞がる全ての物を斬り伏せる。
笑顔の裏に修羅を隠す彼女の二つ名は【双面の剣姫】。本来ならば妾腹の娘とは言え姫君として扱われるその立場をかなぐり捨て、彼女は戦場を舞う。己の大切な物を護るために。
「くっ、この私が、こんなところで立ち止まるわけには!」
最早ただの獲物と成り下がった配下を見捨て、指揮官は機体を翻し脱兎のごとく逃亡を開始する。
そんな事を許す鈴ではなかった。
ゆらりと、指揮官機の進路上の空間が歪む。現れるのは蒼き死神。
「ひっ……」
「大将首、み〜っけ」
息を飲む指揮官の前で、死神がぬたりと嗤う。
無慈悲な斬撃が、容赦なく放たれた。
「かの跳ねっ返りが“不自然な事故”で命を落せば異世界との交流に影響が出る。それは避けねばならん」
「返す返すも忌々しい事だ。決して大きな物ではないがいやなところを押さえよる」
「天地堂、世界を牛耳るつもりか」
「新興のの成り上がりめが、我等がどれだけ世界のために腐心したか知りもせずに」
「早いところ手を打たねばな。大局の見えぬ者に世界をいいようにさせるわけにはいかん」
自分達こそが世界の頂点に立つに相応しいと信じている老人たち。そんな彼らは気付いていなかった。
決して何者にも知られるはずがないこの会合が、完全に筒抜けになっている事など。
壁一面を埋め尽くす多数のモニター。それ以外の光源が押さえられたその部屋に、20人近い人間が集っている。
人種や年齢性別はおろか異世界の種族や地球外知性体と思わしき存在までが集ったその面々は、呆れたような笑顔を浮かべ語り合っていた。
「うあ、本気で黒幕テンプレですかこの人たち」
「芸がないねえ。もちっとこう、面白おかしくできないもんかな」
「厨二病ならぬ黒幕病かあ? はたから見てたら恥ずかしいぞコレ?」
「我々もこう見られるのであろうか?」
「止めて下さいよ一緒にされると首括りたくなる」
軽い。先の会合に比べて軽すぎる。ポテチとかポップコーンとか食べながら言い合っている物だから余計にだ。友達の家に集まって映画見ているんじゃないんだから。
そんな軽い雰囲気の中、椅子の背に寄り掛かっている一人の男が隣の男に向かって言う。
「で、どーよ各国議会の方は」
「順調に誘導中さね。じさまたちの勢力は良い感じで追い落とされている。現時点で七割方ってトコ」
「つー事はもうちょい生き残って貰わんと困るか。下手にお亡くなりになって政財界の混乱招くってのはぞっとせん。先に手下の小物から蹴散らしていくか」
「手足切り取ってなぶり殺しにしますって言ってるようなモンだぞそれ。まあいい気味だが」
「老人ホームで大人しくしてくれりゃあこっちも手荒な真似はせんさ連合議会監察委員長殿。年寄りの冷や水ってのを教えこんどかないと後から後から真似するモンが出てくる」
「相変わらず老若男女容赦しないな天地堂財団総帥殿。自分は楽隠居するつもりがないくせに」
「そうでもないさ。最近は楽隠居もイイかと思ってる。“娘”も良い感じに育ってきてるからな」
自慢げに言う男は、モニターに目を移す。隣の男もそちらに視線を向けた。
モニターの一つに写されるのは、海上要塞基地での一戦、その一部始終。
男はにいと笑って言う。
「いい男候補も捕まえたようだしな。見ろよ、“魅せて”くれるぜ?」