3・鬼神、皇臨 後編
TEIOWシリーズ専用格納庫。そこに駆け込んでくる人影が三人。
一式に装甲を追加したような鎧じみたスーツを纏うゼン、弦、鈴。彼らはそれぞれ巡航形態で待機していた愛機の元へと駆け寄る。
「スクランブルっていうのは初めてだ。さて、どうなりますやらね」
「緊張感がありませんですよ? まあ変に力はいるよりはいいですけど」
コクピットに飛び込んだゼンの言葉に、スーツの左腕、手甲の拳部分に填った宝珠のような物が点滅してワイズの言葉が返る。この手甲がワイズ――TEIOW人工知能の外部端末の正体、TEIOWパイロットの証であった。
同じくコクピットに飛び込む弦は不敵に口の端を歪めた。
「ふん、ワシらを全員ここから離れさせるとは、大胆な策やのう」
「多分ここ以外の防衛組織に見せつける意味もあるっすよ。この際にデモンストレーションも兼ねようって腹っすね」
「本格的なお披露目っちゅう事かい」
シートに身体を固定しつつ、鈴は苦笑じみた表情を浮かべる。
「ま、ここは通常戦力も相当のものだし、よほどの戦力でなきゃ落とせないけどね」
「左様」
各システムを立ち上げ、互いに通信を繋ぐ。チームインペリアルの隊長格であるゼンがまず口を開いた。
「二人とも、やることは分かっているね。上から話は通ってるから現場に乗り込んだ後は目に付く端から食い散らかしてやれ。調子に乗って深追いするのは禁止だ」
「【バーストモード】は使っていいんかい?」
「状況によってはね。けど行く先にも味方の戦力は整ってる。よほどの相手でない限り控えておいた方が無難だろう」
「万が一ここがヤバくなったらどうするの? ここ落されたら色々と面倒だよ」
「いよいよとなったら喚び戻されるさ。……まあ後一機残ってるんだ、そうそう簡単には落ちないだろう」
ゼンはそう言って、モニターの端に移る未だ目覚めを待つ紅の機体――TX-04へちらりと視線を向ける。
「……あいつ来るんかの?」
「来るさ。必ず」
弦の問いに答えるゼンには迷いがない。
「それは勘? それとも能力?」
「さあね、ただ分かっているのは――」
ゼンはニヤリと笑う。そんな問いは無意味だと分かっていた。なぜならモニターに映る二人は自分と同じように、“何かを確信した笑みを浮かべていたから”だ。
「――ここで期待を裏切ったら、話が盛り上がらないって事さ! TX-01、出る!」
「せやな。見せ場逃すんは芸人失格や。……TX-02、かますで!」
「お膳立てを台無しには、しないよねえ? じゃ、TX-03、行きますか」
トンネル状の専用カタパルトの射出口が開き、海原と青空が覗く。が、それも一瞬の事。射出口を光の幕のような物が覆ったかと思うと、虹色に鈍く輝き出す。魔道技術を利用した空間跳躍機構――ゲート。これによりTEIOWは目的地付近にほぼタイムラグなしで出現する事が可能である。
皇帝というコードを持つ三体のマシンは、一斉にそれぞれの目的地へと跳んだ。
成層圏を抜け、大気圏突入用の強襲カーゴが次々と解放される。
飛び出してくるのは数多の侵略組織で名を馳せた強者たちが駆る機動兵器群。その中央、王者のごとく堂々と現れるのは漆黒の人型機動兵器。
背中と後ろ腰から生えた三基の推進器。両腰には分厚い蛮刀と大口径のショットガンを思わせる銃。鋭角的で凶暴な印象を見る者に与えるその機動兵器の名はグロリアス。
それを駆り数多の戦場を制してきたのはカダン傭兵団首魁、ダン・ダ・カダン。
機体に合わせた漆黒のパイロットスーツを纏ったダンは、立体映像のサブモニターに写る情報を一瞥する。
「脱落者はなし、か。さすがに良い仕事をする」
迎撃しにくい位置からの降下。これにより防衛側のアクションは一歩遅れる。まず先制のジャブは決まったが本番はこれから。敵側も降下ポイントはすでに割り出しているだろう。手ずくねひいて待ち構えているはずだ。
「さて、楽しませてもらいましょうか」
強者の群れを従えた凶鳥は、疾風となって空を駆ける。
目指すはGOTUIが誇る移動要塞基地、グランノア。
アラートの警報が響く中、一型を纏った訓練生が慌ただしく駆け行く。
「税関でとっつかまってたのがいいのか悪いのか……」
「悪いよ。巻き添えになった僕らの立場どうなのさ」
「税関でとっつかまる土産物の山って何だよ」
訓練でも数回しか入った事のない格納庫に飛び込めば、本来後数ヶ月は出会うはずがない訓練仕様のガヴァメントが立ち並んで待ち構えていた。
「対空砲撃……向いていないんだが、文句を言っても仕方ないか」
「僕らは防衛だけだろうからね。訓練生はみんな一緒さ」
「俺らは砲台ほども当てにゃあされてないだろ」
機体を立ち上げ指示を待つ。下された命は予測通り、対空防衛の任。シミュレーション通りにやればいいとは分かっていても緊張するのは仕方がない。当然だろう、この先に待ち構えるのは本物の戦場。その場に立つ事を実感させるのはどれだけ技術が進んでも訓練やシミュレーションでは不可能。
「萬は……間に合わないか。三人組で、やれるのか?」
「やるしかないでしょ。そういう訓練も受けているんだから」
「まだ孤立してないだけマシだろ。歯車は歯車らしく、てめえの事だけ考えてりゃいいのよ」
軽口を叩いていても、不安や怯えが消えるわけでもない。しかし彼らはそれを心の底に押し込み、歯を食いしばって事を成す。
ここにいるのを決めたのは自分だ。泣き言を言うな面を上げて前を見ろ。地獄が俺たちの仕事場だ。
「1444小隊ユージン・アダムス、行きます」
「1444小隊フェイ・パイロン出ますよ」
「1444小隊ライアン・チェント、行くぜ!」
まだ産毛しか生えていないひよこたちは、それでも懸命に羽ばたいた。
戦端を切ったのは、迎撃魔女部隊。
一型の上に防御衣、そして各種情報端末やセンサーユニット、通信機器と一体となった三角帽子を思わせる防御帽、そして箒を思わせる細身のフレームと収束推進器のみで構成された飛行補助器具、通称フライトブルーム。これだけの装備と己のもつ魔法技術だけを用いて真っ先に敵陣に突っ込みその出鼻をくじく。それが彼女らの役目。
たとえ敵が叢雲のごとく空の一面を覆ってもそれは変わらない。
「ウィッチリーダーより各員、やる事あいつも通り、真っ向から鼻っ柱をへし折って反転、後ろ頭ひっぱたいて戻る、そんだけだ。ビビって速度弛めんなよ? 落されなんぞしたら魔女の名折れだぜ!」
「了解っ!」
大気を裂いて、魔女たちが一斉に飛び立つ。一秒と経たずに最高速、音速の壁を越えソニックブームを纏い一直線に敵先陣へと向かう。
雨霰と降り注ぐカウンターの攻撃、だが一発とて掠りもしない。ほぼ人一人分の大きさしかない上、使用者にもよるが最大で艦艇クラスの防御障壁を纏いながらの突撃だ。敵もエース級が揃っているとは言えそうそう当てられるものではない。
「魔力誘導弾重複詠唱! タリホー!」
弾雨を抜ける中攻撃呪文を詠唱、重複する事によって一度に10本近い数の魔力弾が周囲に発生、一斉に放出され襲い掛かる。
爆炎の花が咲く中、魔女たちは敵陣を一気に駆け抜け上空へ。そして太陽を背にした位置でターンを決め、重力の力を借りて先ほどよりも勢いを増した速度で再度の突撃を敢行。撃墜される者こそ少数であったが前線は一時混乱し、侵攻の足が僅かに緩む。
「ヒャッハー! 総員お役目ご苦労! 全部終わったらアタシの奢りだ!」
歓声を上げる仲間たちの声を受けながら、ウィッチリーダーま視線を前に向けたままニヤリと笑う。
「後は任せたぜ、嵐の旅団!」
手痛い一打を加えた魔女たちとすれ違い天を駆けるのは、黒雲を纏った鳳の紋章が描かれたブロウニングの群れ。
カダン傭兵団が率いる軍勢と、GOTUIの主力との本格的な激突が始まる。
緊張を押し隠し、軽装強化甲冑を身に纏ったパトリシアは杖を握る手に力を込めた。
彼方では戦端が切られ、爆発の閃光が花火のように次々と散っている。
自身の能力にも才能にも自信があった。きっと戦場でもやっていけると。
しかし現実はどうだ、まだ直接戦ったわけでもないのにこの尻込みようは。くそ、これじゃあの馬鹿の事どうこう言えないじゃないか。
脳裏に浮かんだお気楽極楽な馬鹿野郎の姿を慌ててかき消す。アイツの顔が浮かぶなんてどうかしてる、と。
「落ち着いて訓練通りにやれば問題はありません。狙って、撃つ。それだけでふゅっ!」
緊張を解こうと訓練生たちに声を掛けていた教官が噛んだ。近くにいた一部の訓練生たちが思わず吹き出し、狙いとは違う形で緊張が緩む。
ああうん、引きつった形でも笑えるならば何とかなる。パトリシアは改めて気を引き締め前へ向き直った。
途端に、前触れもなく巨大な魔力反応が現れる。
「!? 何なの、これ!?」
泡を食って振り返った先、防御形態になったグランノアの頂点。そこに何かが現れようとしている。
「うそ…………あれって…………」
対索敵効果を持つ煙幕が焚かれる中、大型資材搬出用エレベーターがせり上がる。
その中央に、威風堂々と腕組みをしてそそり立つ人影が一つ。
無骨さよりも優美を感じさせる女性用の士官戦闘装束を纏い、巨大な、自身の身長の倍はありそうな槍と銃機関砲を一体化させたような形状の“杖”を後腰に提げたその人物は、特務旅団司令、天地堂 蘭。
「総員、聞こえますわね?」
襟元のマイクに良く響く声で言う。
「これより敵陣に向け直接支援砲撃を行います。射線はこちらで勝手に確保いたしますから回避および援護は不要。特務旅団はそのまま前線を維持、防衛に当たっている訓練生は教官に従い己が生き残る事だけを考えるよう。無理をするのは許しませんが、多少の無茶は許可しますわ。各員できる範囲で奮戦なさい。以上」
発破をかけ、長大な杖を引き抜き腰だめに両手で構える。グランノアのメイン動力から直接供給されるエネルギーを魔法を使う源、魔力へと変換し常識はずれとも言える大出力の“法”撃の使用を可能とするのがこの蘭専用の個人兵装、【ドラグンファング】。出力が向上していくのを示すかのようにタービンのような音と光を漏らすそれを構える蘭の周囲に各種情報を示す立体映像のモニターが浮かび上がった。
「仮想砲身、展開」
構えた杖の戦端に、立体映像の巨大な魔法陣が浮かび上がる。それは一つではなく、次から次へと現れ長大な円筒形――“法”身を作り上げる。
やる事は基本的に電磁レールガンと同じ速度と威力の向上の効果。しかし要塞一つのエネルギーを注ぎ込まれたこれは、通常の個人攻撃魔法すら戦術核クラスの破壊力を持つ大規模攻撃魔法へと変える。それを蘭が用いれば……冗談抜きで戦略核にも匹敵しかねない。
「さあ、天空を裂く龍の咆吼、聴かせてさしあげますわ。……龍吼破、シュート!」
重要塞艦の主砲にも匹敵するエネルギーの奔流が放たれる。しかしその軌道は敵陣から大きく反れているように見えた。外したのかと誰もが思ったその軌道が、何の前触れもなく大きく曲がる。
魔法という物は使用者のイメージによって変化を付け加える事も可能である。しかしこれだけの大出力をねじ曲げるなんぞなまなかな精神力でできることではなかった。
曲げられたエネルギービームは自軍の行動範囲を綺麗に外し、敵軍だけを飲み込む。戦場の様子を完全に把握し、その流れを読みとる事ができなければ不可能な芸当だ。しかしそれをやってのけた当の本人はさもそれが当たり前と言うかのように戦果を確認することもなく次撃を用意、無造作にぶっぱなす。
天地堂 蘭。この女、伊達ではない。
携帯端末の非常事態専用の情報回線から送られてきた事の詳細に目を通し、萬はぎしりと歯を噛み鳴らした。
そんな彼の様子を見て、ジェスターは目を細める。
「さて、どうする?」
「どうするもこうするもない。今からじゃどうあがいても間に合わないし、防御形態になったグランノアのゲートは閉鎖されているだろう。……第一、たかが訓練生のオレ一人が行ったところで、たいした差が生じるわけでもない」
萬は知っている。どう思おうがどうあがこうが、どうにもできない時が、どうしようもない時が、世の中には存在するという事を。“不可能な事は、できない”のだ。
ジェスターはそれを嗤う。
「後ろ向きよな。……しかしその顔、随分と口惜しいように歪んでおるが?」
「何も思わないわけじゃない。けれどどうしようもないだろう?」
その通りだと端で見ていた有理華も思う。それに、不謹慎な話かも知れないが、今ここで足止めを食らって良かったとすら思うのだ。やはり戦いの中に身を置こうとする萬の在り方には納得いかないという思いが心の底にあるのだから。
ジェスターはそれを嗤う。
「できるぞ。我が力を手にすればな」
その言葉に驚愕の表情で面を上げる二人。
ジェスターはそれを嗤う。いや――
絶望を、理不尽に屈しようという心を嗤う。
「無論全てを救うなどできようはずがない。我は理不尽にて理不尽を叩き潰すモノ。それしかできぬ。しかし逆を言うならば……それならできる」
一歩前へ。ジェスターからは萬を見上げる形になっているが、萬からすれば対等の視線に、やもすれば見下ろされているようにも感じる。
「我が無双なる理不尽の力は、我だけで使いこなせるモノではない。それ相応の使い手がいてこその事。貴公こそがそうであると、我は感じている」
にやりと不敵な笑みが再び浮かんだ。
「改めて聞こう。どうする? どうせ行っても間に合わないと諦めるか? 己一人の力などたかが知れていると目を逸らすか? 力が、何かできる可能性が目の前に転がっているこの状況で」
萬は俯く。伸ばした前髪に隠されその表情は伺えない。
しばらくそのまま動かない彼の姿を見て、やいばはやはりかと思う。誰かのために戦うには、彼は知りすぎている。疲れすぎている。あの灰色の瞳を見ればそう思わざるを得ない。諦観を秘めて立ち上がり、事情を説明してジェスターを回収しようとしたその耳に、萬の小さな、だが力を込めた声が微かに届いた。
「―――――――――――――」
やいばの動きが止まる。頭の中が真っ白になった。まさか、まさか、本当に彼が?
ジェスターは胸を張る。やはり己は間違っていなかったと。
「然り。やはり貴公は我が比翼に相応しい」
「それだけで、いいってのか?」
「その思いだけあれば、十二分」
萬がゆるりと面を上げる。
頬が緩む。唇の端から獰猛に犬歯が覗く。
その言葉を聞いて、その表情を見て、有理華は心の中に何か収まったような、唐突な理解を得る。腑に落ちたというのはこういう事を言うのだろう。ああそうだ、何で忘れていたんだ。娘も、その連れ合いも、かつての自分も。
こういうヤツだったじゃないか。
間違いない、コイツは自分の孫で、娘たちの子供だ。改めてそう思う有理華の表情も変わる。それは目の前の萬が、そしてジェスターが浮かべているのと同じ、獰猛で不敵な笑み。
何のことはない、どこかで見たことがあるはずだ。本来自分が、自分と同じヤツがする表情だったのだから。
萬が手を差し伸べる。迷いはある。不安もだ。だがそれでも、踏み出さなければ前には進めない。
足踏みしている時間は終わりだ。
「力をよこせ、“相棒”。その代価としてお前の本分、発揮させてやる」
「いい顔になった。……できるか?」
「できるかできないかじゃない、“やりたいからやる”。オレはそもそもシンプルなんだ」
「ふ……上等」
ふわりと宙を舞い、萬の掌に乗る――と同時に、その姿がぼやけ形を変える。現れるのは甲の部分に紅い宝珠がはめ込まれた深紅の手甲。一瞬驚くが、迷いなく萬はそれを左手に装着した。
「契約の証だ。まずは受け取るがいい」
ジェスターがそう言った途端、萬は突如頭痛を覚える。それと同時に莫大な情報が頭の中に流れ込んできた。
ぐう、と呻いて片膝を付く萬。驚いて駆け寄ろうとした有理華を手で制し、萬は情報の奔流に耐える。
ややあって、ふらりと立ち上がった萬がしかめっ面で言った。
「ご挨拶だな、いきなりスパルタかよ」
「本来数ヶ月かけて学び取れねばならぬ知識を一気に詰め込んだのだ。多少の不都合には目を瞑って貰おうか」
ふん、と鼻を鳴らす。叩き込まれた知識に従い闘志を込めて左腕を振るう。宝珠が輝き仕込まれた術式が起動、萬の衣服と周囲の大気元素が変換されその姿が変わる。
現れるのは真紅を基調にしたパイロットスーツ。一型をベースにTEIOWパイロット専用に開発されたそれのフィッティング等を確かめるため軽く動く萬。
納得したのか頷いて有理華に向き直る。その目にもう鈍い灰色の濁りはない。自ら光を発しているような白金の意志が見受けられた。
有理華は笑みを深める。こうなってしまってはもう止まらない。かつての自分がそうだったように、そしてこの子の両親がそうだったように。ならば――
「行ってきな。負けるんじゃないよ」
――背中を押してやろう。
返ってくる答えも、不敵。
「ああ、勝ってくるよ」
そう言って駆け出す。もう振り返ることはない。
その背を見送って、有理華は懐から煙草を取りだし火を付け、大きく吸い込んでから紫煙を吐き出し呟くように言った。
「孫じゃなきゃ、手ぇ出したいくらいいい男になるよ、ありゃ」
「この辺でいいか、召還するぞ」
「暫し待て」
「? どうした?」
「何、思ったのだがTX-04などという味気ない名称、我々には役者不足とは思わんか?」
「わがままなヤツだ、要は通称でも付けろって事かよ。じゃあ――」
TEIOW専用格納庫で寝耳に水の騒動が起こった。
待機状態にあったTX-04が突如自立起動し、格納庫のシステムをハッキングして乗っ取って封印を次々と解除。勝手に出撃しようとしだしたのだ。
「ダメです、外部アクセス受け付けません!」
「ダメでもやるんだよ! 隔壁を閉じろ回線パージして電源落とせ!」
「止まりませんカタパルト起動! ウソ、これってノルンのフォロー入ってる!」
「あのわがままコンピューターどもがあ! 何さらす気じゃあ!」
整備員たちの奮戦虚しく、カタパルトに上がったTX-04 は主翼と尾翼を構成する複合振動推進器を振るわせて、いきなり最高速でゲートの向こう側へと飛び出していった。
その知らせを聞いた蘭は一瞬目を伏せる。
「そう、ですの」
萬が“彼”であったならという未練がましい思いはある。しかしすでに選択はなされた。ならば淡い思いは全て消し去ろう。全てを振り切るつもりで再び面を上げ、一撃を放つ。
それを辛うじて回避しながら、ダンは歯噛みしていた。
「まさかあのような手があるとはね。思った以上に厄介だ」
要塞艦主砲クラスの砲撃の連射。しかもそれが湾曲し予想外の方向から叩き込まれる。本来五分五分ほどであった戦力だがこの支援により戦場がかき乱され、イニシアチブを取られていた。
見ればかの要塞基地の上面で、何者かが強力なエネルギービームを放っている。精神波によるエネルギー制御技術、確か魔法とかいったか。個人の資質に頼る部分が多いが、単体であれだけの攻撃力をもつというのは驚異であった。
本来時間稼ぎが目的であるが……このままではそれも果たせず後退という事になりかねない。タイムスケジュールを横目で確認。たとえ後退するにしても、もう少し踏ん張る必要がある。
「ならば……多少の無茶は致し方ありませんかっ!」
僚機に現状の維持を指示してスロットルを開ける。方向は真下。海面に向かい重力の力も借りて一気に加速する。海面すれすれで機体を引き上げ、そのままショックウェイブで波を蹴立てつつ真っ正面からグランノアへと突っ込む。
「真正面、何を考えていますの? ……ですが容赦はいたしませんわ」
一直線に向かってくる漆黒の機体に向けて、蘭が龍吼破を放つ。莫大なエネルギー反応を前に、ダンは切り札を切る。
「隔絶空間障壁、展開!」
武器を持つ両腕を交差したグロリアスの正面に、闇のような板状の力場が発生する。
通常空間から“次元的にその場所を切り離す”事によって物理的影響力を完全に遮断する防御フィールド。展開している間は機体の機動力、運動性能は格段に低下するが、理論上時空間に影響を与えるような手段以外で破る事は不可能。その盾は、見事蘭の一撃を受け止める。
「ぐっ、くうっ!」
受け止めたものの、莫大なエネルギーの奔流に押し流されそうになる。機体のぶれを押さえつけ、見る間に落ちようとする速度を何とか維持しながら、ダンは閃光を切り裂き機体を前へと進めた。
「っ!」
直撃を堪えなおかつ迫る敵機の姿に驚愕と危機感を覚える蘭。あの機体は驚異だ。恐らく指揮官クラスだろう。要塞級の砲撃を押さえ込めると言う事は、対要塞級の能力があると言う事。ここで落すか退けておかねば、後々厄介になる。
蘭はドラグンファングにさらなるエネルギーを注ぎ込み、それを制御する事に全力を尽くす。
じりじりと縮まる互いの距離。敵味方双方共に援護はできない。あの莫大なエネルギーの前では生半可な攻撃など豆鉄砲に等しい。それに下手な手出しをすれば予想外の形で均衡が崩れ、どのような影響が出るか分からなかった。
緊張が高まる中、いよいよ目と鼻の先までグロリアスが迫る。
均衡は、突如崩れた。
ばしり、とドラグンファングにスパークが奔る。過度の負荷が掛かりオーバーロードを起こしかけているのだと悟った蘭は咄嗟に出力を絞ろうとするが、強引な出力制御で負担が掛かり強制的にブレーカーが落ちる。瞬間的な負荷はドラグンファングを破損させることはなかったが、蘭本人の身体にエネルギーのバックロードが起こり右腕の毛細血管が破裂。腕全体の装衣と装甲が吹き飛び血しぶきをまき散らす。
「づうっ!」
呻きと共に右腕から力が抜け、射撃を中断したドラグンファングが床へと落ちる。
突然止んだ砲撃から解放され、グロリアスはバランスを崩す。しかしダンはそのままほとんど墜落するような形で強引に機体を着地させ、左腕に持つ銃を蘭へと突きつけた。
しかし同時に蘭は取り落としたドラグンファングを蹴り上げ左手でひっつかみ再起動させる。そして舞うように体を入れ替え左手一本で長大な杖を支え、グロリアスに向かって突きつける。
映画の1シーンのような対峙。
どちらの攻撃もこの距離なら必殺。ゆえに双方迂闊に動くことはできなかった。
再びの均衡。しかし今度はそう長くは続かない。蘭はダメージを受けた身、しかも左手一本で得物を長時間構える事はできない。力尽きる前に勝負を決めねばならなかった。対するダンも機体に無理をさせたせいでいつ不都合が生じるか分からない。その上ここは敵陣のど真ん中。ぐずぐずしていたら脱出の機会を失ってしまう。
先に撃つしかない。二人は同時に攻撃を放とうとして――
「!!」
――天空から降り注ぐ閃光を察知し、構えを解いて後退する。
一瞬前までグロリアスが存在していた空間を次々と光の矢が貫く。魔法により集約、威力強化された熱線砲だと蘭が判断したその瞬間、上空から凄まじい勢いで何かが眼前に落下し、轟音と共に衝撃波がまき散らかされ噴煙が立ちこめた。
逆噴射と慣性放出による過剰な衝撃がグランノアの上面装甲に施されたコーティングを一瞬にして吹き飛ばし、粉塵と化したのだろう。咄嗟に張った防御障壁ごしに、落下してきた者の正体を見極めんと、蘭は目を細める。
噴煙の中でゆらりと影が立ち上がる。その影から、何者かの声が響いてきた。
『天を理不尽覆うのならば、我等天破の鎧装いて鬼神となり、これを討たん――』
煙が、ゆっくりと晴れていく。
全高30メートルを超える巨体。
背中、両肩、両足に翼のごとく生えるのは複数の空間振動推進器を一体化させた複合振動推進器。
細身のボディ、がっしりとした造りの四肢。
後ろ腰に尻尾のごとく提げられているのは、分厚い両刃の大剣を縦にかち割ったような姿をした一対の銃剣付きアサルトライフル――ブラスターエッジ。
頭頂部から前方に向かって角のように伸びたブレードアンテナ。
まるで蘭を護るかのごとく雄々しく立つその紅い機体が、ゆっくりと鬼面じみたデザインの面を上げる。その中で、世界全てを睥睨するような不敵な笑みを浮かべた萬が、相棒と共に高らかに咆吼した。
『――【鬼装天鎧、バンカイザー】! 今ここに、“皇”臨っ!!』
次回予告っ!
ついに舞い降りた我等が主役。
天よ地よ刮目せよ。
我等が希望、人類の切り札。
これが、これが! これこそがTEIOWだっ!
次回鬼装天鎧バンカイザー第四話『乱舞の軌跡』に、コンタクトっ!
主役ロボやっと登場。
でも寸止め。
むしろヒロインが格好いいこの話どうしたもんでしょ?