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2・強者たち 後編

 




両手を突き出すように放たれる剄打。

 

何とか回避した――と考えた途端、奔る衝撃。

 

次に気が付いたのは、床に倒れ込み強かに背中を打った後だった。


ぐう、と呻きながら何とか身を起こす。頭を思いっきり揺さぶられるような感覚を堪えて見上げれば、勝ち誇った顔をしたフェイが拳を突きつけるような構えを取ったまま見下ろしていた。


「ぬふふふ、一本。やっぱルールとかで縛り付けられると途端に弱くなるね萬」

「うる……せ。ここぞとばかりに手加減なしか」

 

通常の訓練が終了した後の自主訓練時間、主に肉体的な行う体育館型の武道場で萬たち1444小隊は自主的な格闘訓練にいそしんでいた。

格闘となれば途端に生き生きしてくるのがフェイ・パイロンという男だ。物心付いたときから南拳白竜派の宗家で後継者候補として鍛練を重ねていたのは伊達ではない。

 

……伊達ではなかったのだが。


(今さらだけど、怖いねこの人)

 

伊達ではなかったからこそ分かる。今目の前で起きあがってくるこの男は、自分が今まで相手取ってきたどんな人間よりも恐ろしい。

今やっている組み手でフェイが圧倒的なまでに有利なのは、訓練上のルールという物で“護られている”からだ。だが、その上でなおひやりと思わせる状況にフェイは幾度も陥った。

力が超越しているわけじゃあない、体力だったらライアンの方が上だ。早さに長けているわけじゃあない、反応速度でユージンに勝てるとはとても思えない。そして、技では自分の足元にも及ばない。

だが、人間の身体がどこまでどう動くのか、どういった“構造上の欠点”があるか、そういった事は良く理解している。ゆえに先読みに長け、そして死角に入り込むのが上手い。もしこれが訓練ではなく実戦――殺し合いであったなら、立場は逆になっていただろう。

どんな鋭い攻撃でも当たらなければダメージにならないし、拙い攻撃でも急所に入れば巨漢をも悶絶させられる。実際今さっき渾身で放った剄打は普通の人間がまともに食らえば数時間は意識が戻らず一ヶ月は後に引くほどの物だったのだが、萬はダメージは受けたもののしっかりと立ち上がりあちこち動かしながら体の調子を確かめている。直撃ではなかったとは言え、正直心が萎えてくる光景だった。

 

周囲には萬たちと同じようにわざわざ許可を取って自主訓練に励んでいる者や他の人間の訓練を見取り稽古を気取って冷やかしている者などがちらほら見られる。そのほとんどが萬とフェイの組み手を意識しちらちらと視線を送っていた。ある意味当然かなとフェイは構えを解かずに思う。

 

先日行われたシミュレーション演習以降、萬の名は急速に広まっている。何しろ今までほとんど無名だった人間があれだけのことをしでかしたのだからさもありなん。今まで三味線引てをぬいていたとか特殊能力に目覚めたとか様々な噂が流れ、今や萬は時の人となりつつあった。

しかし――今現在一方的に叩きのめされている“ように見える”光景は、一部の者に疑念を抱かせるには十分だったようだ。視線を向ける者の中にはあからさまな失望や嘲りを見せる者もいる。多分噂も当てにはならないだとか、所詮はシミュレーションだけの男だとか思っているのだろう。そう思うのだったら貴様が相手をしてみろとフェイは思う。自分だから“ここまで保った”のだ、そこらの訓練生では萬の相手は務まるまい。


「……で、物は相談だけど、フルコンタクト急所攻撃ありにしないか?」

「僕殺す気かい!?」

 

流石に負けが込むのが嫌になってきたのか、構えを取りながら萬が恐ろしい提案をしてくる。そんな事をしたら負けるでは済まない、冗談抜きで命の危険が出てくる。最早脊髄反射と言ってもいいレベルでフェイはその提案を拒否した。


萬は残念そうな顔で拳を軽く握り、次の瞬間には無表情に近い、闘気も殺気も感じさせない表情となる。

も一つ怖いところがここなんだよな〜と、フェイは苦笑を浮かべつつ思う。戦いに際して、萬は感情という物をほとんど見せない。消しているではない、“見せない”のだ。


暗殺を生業とするような人間や鍛え上げられた強化兵士のようにマシンのごとき無機質さで戦うのではなく、全ての感情を内包しそれが釣り合っているような、一種の悟りに近い覚悟のあり方。そういった物が見て取れるのだ。それがゆえに彼の行動は予測を困難にしている。技量そのものはフェイなら十分読みとれるが、その引き出しの中からどれが飛び出してくるか、それが分からない。

確実に、誰かをその手で殺めた経験がある。それだけではない、命をやり取りした果てに至った何らかの境地。萬の中にはすでにそれがある。だからフェイは恐ろしくともこうして萬と相対する。自分が持たない何かを持つ彼から、足りない何かを学び取らんとするために。

 

空気が張りつめる。開始の言葉はない。相対したその瞬間からすでにここは戦場、言葉はすでに無意味だった。

 

じり、とフェイの足が間合いを計りながら僅かづつ動く。対して萬は不動。先ほどから少しずつ食らっているダメージが蓄積し、動きを鈍らせてはいる。が、萬の場合完全に動けなくなるまで油断はできなかった。さすがに一合ごとに学習し進化していくとまではいかないが、運動力の低下を補うかのように動きに無駄がなくなっていく。ダメージがハンデになるとはとても思えない。


一触即発。そんな二人の様子を見ている人間の中に、大の字になってぶっ倒れているのが二人ほどいた。


「……なあ、俺らすっかり忘れ去られてね?」

「言うな泣けてくるから」

 

もちろん言うまでもない、ライアンとユージンの二人だ。訓練開始早々にフェイによってのされた二人は未だそのダメージから回復していなかったのだ。

なんとか身を起こしながら、ライアンはぼやくように言った。


「クソ、暴発魔女見習い前哨戦のつもりだったのがざまあねえ。格闘じゃフェイの天下だってのはわかってたが、ここまで差があると笑えてくらあ」

 

同じく身を起こしながら、ユージンが相槌をうつ。


「まったくだ。……しかしそれにしても今日は力が入っているな」

「何ぞ思うところでもあったんだろうさ」

 

まったくもって元気な事でとあきれ顔で呟いて、俺たちゃもう引っ込むかと考えていたライアンの耳に、何やらざわめく声が飛び込んできた。

何事だとそちらに目をやってみれば、いつの間にか増えた見物人の人垣を割って、武道場の中へと踏み入れる人影がある。


数は三人。一人は着崩したパイロットの制服を纏った男。視力を矯正するためではない、アナライズ機能と情報端末機能を兼ね備えた眼鏡をかけた青年。

一人はカーゴパンツにタンクトップといった簡易軍服の上にパイロットジャケットを羽織った男。一見中肉中背に見えるが、タンクトップや捲り上げられた袖から覗く肉体は極太のワイヤーを寄り合わせたような鍛え上げられた物。悪戯小僧のような笑みを見せながらも油断のない視線を武道場の中へと奔らせている。

最後の一人。この人物はより一層異彩を放っていた。つややかな黒髪をポニーテイルに纏めた見目麗しい女性。それだけでも十分に目立つのだが、纏っているのが着物。胴着ではない、振り袖でこそないが着物である。かてて加えてその容姿には不似合いとしか思えない大ぶりの日本刀――野太刀を肩に担ぐように持ち歩いてるのだ。一応軍人ですとでも言いたげにパイロットジャケットを肩に引っかけているが、よけいに違和感があるようにしか見えない。

 

場違いな三人組に場の視線が集まる。一体何者だと皆が思う中、ライアンは彼らのジャケットに付いている部隊章を見つけた。どこかで見たようなそれが記憶の中にあるエンブレムと一致したとき、彼は我知らず言葉をこぼす。


TTT(トライティ)……チームインペリアルだって?」

 

戦略試作兵器実験小隊タクティクスプロトウエポンテストチーム、通称チームインペリアル。実験部隊と銘打っているが、その実態は特務機動旅団指令直属の特殊任務部隊である。

 

メンバーは公表されていないが、特殊能力や特殊戦闘技術などを保有する人間たちで構成されており、白兵戦、機動兵器戦闘双方ともに高い能力を保有すると言われている。まことしやかに流れる話では、それぞれ個人の能力を最大限に発揮するよう調整されたワンオフの専用機動兵器を駆るらしく、公式には記せないような後ろ暗い特殊任務に従事しているとの事だが、訓練生の仲ではその事実を確認した者はいない。

……と、謎に満ちた存在ではあるのだが、なぜか部隊章とか通称とかが知れ渡っている。もしかしたら上層部が広告効果などを狙って法螺話でも流布させているのか。一部ではそのような、都市伝説扱いまでされていたのだが。


「本当に存在してたとはね」

 

構えを解いて半ば呆然と呟くフェイ。話半分だと思っていた。実在していたとしてもどれほどの物か。そうどこか侮っていた。

 

なんだあの化け物どもは。

 

教官たちが高いレベルを維持しているのは分かる。あの人たちは一部を除いて数多の実戦経験を積んだ歴戦の強者だ。しかしあの一見自分たちと同年代にしか見えないあいつらは何だ。

格が違う。戦士としてではない、“生き物としての格”がだ。例えるならば猫と虎は同じ猫科だが、その存在には天と地ほどの開きがある。そう感じられた。

背筋を嫌な汗が流れる。体が緊張していくのが止まらない。ただ存在するだけでこれなのだ、もし殺気なんぞを向けられたら……想像するだに恐ろしい。フェイは心が震えるのを止められなかった。

チームインペリアルの脅威をこれほど肌で感じているのは恐らくフェイだけだろう。フェイだからこそ分かった。並の人間がどれほど鍛錬しても辿り着けない領域。彼らはそこにいる。

 

フェイにとっては永劫にも感じられたであろうが、実際には数秒しか経っていなかったろう。気がつけば、彼らは目と鼻の先にいた。


「ふ〜〜ん、なるほど、ねえ」

 

顎に手を当てて、じろじろと覗き込むように見るのは着物姿の女性。見ている相手は……萬。ごく至近距離で見上げられている彼は、眉をひそめて戸惑った表情を浮かべている。

大口を開けた大蛇が喉元に迫っていたってもう少し余裕あるよきっと。背筋が凍るような感覚を味わいながら、さりげなく後ずさっていくフェイだった。

 

そんな彼の前で、驚愕の光景が展開される。

 

口火を切ったのは、萬。


「……で、あんた誰?」

 

びしり、と空気が凍った。

 

いくらなんでもそれはどうよ噂だけとはいえ超有名人しかも司令直属よ偉いのよ!?読んで空気読んで! その場にいた一般人の心が見事なまでに重なる。ざあっと血の気が引く音が聞こえたような気が確かにした。そんな空気の中、渦中の一方である女性はきょとんとした表情を浮かべた後、顔を俯かせながら一歩下がり身を震わせる。

怒った……? 怯える周囲をよそにしばし身を震わせていた女性は――


「ふ……ふふふ…………あはははは!」

 

――堪えきれずにとうとう大声で笑い出した。

 

い、怒り狂っておられる!? 怒りのあまりに笑い出した!? 何人かはそう早とちりして脱兎のごとく逃げ出したり失神したりしていたが、着物の女性は気にとめる事なく体を折って笑い続ける。


「あはははは、いい、君いいね〜! そっちの彼なんかビビりまくってるのに」

 

ぎくりとするフェイ。内心の動揺を表に出しているつもりはなかったのだが、彼女にはお見通しだったようだ。対して萬は憮然とした表情を見せ、どこか挑みかかるような気配を見せつつ言う。


「ビビったら襲うのを止める猛獣なんているのかよ」

 

この言葉にフェイだけでなく聡い人間は一斉に目を見開く。萬は彼女らが何者だか知らなかった。しかし猛獣以上に危険な存在だと見抜いていたらしい。

やっぱ怖いわこの人。人の姿をした化け物相手に臆する事なく相対する萬の姿を見て、フェイは改めて戦慄していた。

女性はうんうん頷いて、にかりと笑う。


「やっぱいいわ、君。気に入った。……アタシは鈴・リーン・悠木。GOTUI特務機動旅団司令の直属部隊、通称チームインペリアルのメンバーよ。よろしくね」

「……第七期訓練生総合科第1444小隊所属、八戸出 萬。よろしく」

 

警戒心を解かないまま返事を返す萬。鈴と名乗った女性は萬をまっすぐ見つめたまま、後ろで控えていた二人を紹介する。


「これがインペリアルの残りね。陰険伊達眼鏡がゼン・セット。プチ筋肉達磨が爾来 弦」

「誰が陰険伊達眼鏡だい」

「プチとか言うなや」

 

ぞんざいな紹介に非難らしい事を口にする二人だが、強く咎めないところを見るとどうやら毎度のことらしい。和やかにも見える雰囲気だが、残念ながら周囲の緊張を解くには至らない。彼女らが何をしに来たか、それが分かっていないので皆戸惑うばかりだった。

微妙な空気の中、それを全く読んでいないかのように萬は言う。


「オレに何か用……ですか?」

 

教官以外にはほとんど使ったことのない敬語で問う。対する鈴は「そんなに警戒しなくても」と手をぱたぱたと振る。


「あのね、この間のシミュレーター演習で君驚異の30人抜きやってのけたでしょ君。あれがあちこちで噂になっててね〜、妾たちちょっと気にしてたんだ」

 

そこまで言った鈴の目が、僅かに細くなる。


「でもさ、やっぱ噂ってのは当てになんないじゃない? だから自分で直接……確認したくなってね」

「……何を?」

 

萬の問いに、にいと笑う鈴。その笑みは、得物を狙う獣を思わせる物。


「決まってるじゃない。君が噂に違わぬ強者かどうかを、よ」
















「……で、こうなっちゃうわけね」

 

複雑な表情をしたフェイは、目の前の光景を見て溜息を吐く。

武道場のほぼ中央。訓練をしていたはずの者はおろか話を聞きつけた野次馬他とまで加わって結構な人数となった観衆が見守る中、訓練用の模擬刀ラバーブレードを持った萬と鈴が対峙している。

 

刃を交わせば人となりは分かる。そんな体育会系的な事を言って手合いを申し込んだ鈴であったが、萬は意外な事にあっさりとそれに応じた。本人曰く「こういう手合いはうんというまで逃がさないからな。とっとと済ますに限る」との事。確かにそうだとフェイも納得していた。

まあそれは良いんですけどね、この状況は正直肩身が狭いんですがとフェイはこっそり苦笑いを浮かべる。彼の左隣にはユージンとライアン。これはいい、いつも通りだ。問題は右隣である。そこに居座っているのはチームインペリアルの残り二人。猛獣の隣に座っているよりも肝が縮む状況だった。

さり気なく盗み見てみれば、二人ともにやにやとした笑いを浮かべ単なる野次馬を気取っているように思える。しかしその目は目の前ので起こる手合いの全てを見逃すまいと鋭い光を見せていた。やはり萬という存在が相当気になっているのか。

 

対峙している二人の距離は3メートルほど。だがある程度の腕前を持つ人間からすれば無いに等しい距離だ。鈴は模擬刀を左手に持ち悠然と立っている。一見隙だらけにも見えるがそれは余計な力が入っていないだけの事。対して萬は右手に持った模擬刀の背に左手を当て、真正面に構えた格好だ。訓練で教わったナイフアクションとは微妙に違う格好だが、慣れた様子からするとこれが萬本来のスタイルに近いようだ。


すでに間合いの取り合いは始まっている。審判もなく開始の合図もない――それどころかろくなルールも決まってはいないが、彼らの中ではとうの昔にゴングが鳴っているのだろう。最早周囲の誰もが口を挟める空気じゃない。

 

高まる緊張。いつ動くのか、どちらが動くのか、展開が全く読めない。ちなみに下馬評では圧倒的に鈴有利だが、この光景を見てもしかしたらと萬の方へと賭けた者が続出したらしい。大丈夫か地球圏有数の防衛組織。

 

観衆が焦れ始め、小声で話し出す者が出始めるくらいの時間が経った。

 

始まりは、何の前触れもなく。


『ふっ!!』

 

動いたのはほぼ同時。萬が僅かに先。

 

がん、という初撃のぶつかり合い。次いでマシンガンのような乱打音が武道場内に響く渡る。

 

フェイは目を見開いている。様々なパターンは予測していたが、これは可能性が低いと思っていた。萬が真正面からの打ち合いを選択するなんて。

 

……いや。


「“真正面から打ち合わざるを得なかった”のか」

「ほう、分かったんかい」

 

眉を顰めて思わず呟いた言葉を拾った者がいる。正面の光景を見据えたままの爾来 弦、その人だ。彼は得たりとばかりの笑みを頬に浮かべ、言葉を続ける。


「鈴の基本は抜刀術からの連続斬撃、それを超高速で行っとる。それから逃れようと下がって距離を置けば機動力も加わって手が付けられんようになるし、でかい技が出てくる。それを回避しよう思うたら、前に出て“技の出”を潰すしかないやろな」

 

ショットガンの散弾が拡散しないうちに懐に飛び込むようなものだ。理屈の上では正しいかもしれないが、無茶にもほどがあるやり方だった。

 

無茶だがなるほど、萬らしい。

 

得心するフェイ。しかし言うほど簡単なことではないだろうなとも思う。

事実当事者である萬は、表情にこそ出していないが必死であった。

 

速い。そして重い。攻撃として成り立つ前に受け流し弾いているというのに腹に響いてくる。第一予測される全ての軌道からほぼ一斉に斬撃が飛び出してくるってのはどういう事だ。今はまだ何とかなっているが、こんなタイトロープの上を全力疾走しているような芸当がいつまで保つか。かといって手は抜けない。勝ち負けはともかく隙をつかれたら火傷では済まないだろう。萬は全力疾走を続けるしかなかった。

 

鈴は思う。これは楽しいと。

 

技は稚拙もいいところ。というより剣技のけの字も分かっていない。斬りつけているのではなくこちらの技の出先に模擬刀を叩き付けている。しかし――的確だ。無数の剣の軌道を予測し、その全てを打ち落とし弾いているのだ。

見切っているのとは微妙に違う。人体という構造物に可能な動き、それを理解した上で行動を予測していた。技自体がどのような物かまでは分かっていないようだが、その技を出させないためにはどうすればいいか、そこを良く押さえている。

 

一旦下がれば容易に崩せる。向こうもそれを分かっているから必死で前に出てきていた。全力で下がれば引き剥がせるだろうが……いや、この男はそんな容易い相手じゃない。食らいついてくるだろう、どこまでかは分からないが。しかし足を使って引っかき回せば――


(却下だね。それは“面白くない”)

 

最大の力を引き出して真っ向から叩き潰す。それこそが醍醐味。この男はそうするに値する。

 

ギアを上げる。模擬刀を振るうだけでなく、手刀や打撃も織り交ぜ手数を増やす。案の定食らいついてきた。模擬刀の刃、腹、柄は言うに及ばず拳、肘、肩、膝、全身の有りとあらゆる箇所を使って凌ぐ。まだいけるか、もっと上か。鈴の笑みが深まり、ギアはさらに上がっていく。萬の動きに無駄がなくなり始める。一つの動きで複数の効果を得られるよう動きが変わる。疲労とダメージが蓄積しているのだろう。しかしその上で動きを変化させ状況に対応しているのだ。

見事と言わざるを得ない。だが――


「そろそろ、やな」

 

弦が呟いた。それを合図にしたかのように、ばぢんとひときわ大きな音が響く。

 

鈴の攻撃をついに捌ききれなくなった萬が、後方に弾き飛ばされたのだ。たたらを踏んでがくりと体勢を低くする萬を見て、見物していたほとんどの人間が思う。これで終わりだと。

 

いや、まだだ。弦の、ゼンの、1444小隊の、そして鈴の目が鋭さを増す。

 

地に這うような低い体勢から上半身を捻る。右腕を後ろに引いたその体勢は平突きの構えのようだ。全身のバネを使って放たれるそれは、達人のそれに匹敵する鋭さと威力があるだろう。一瞬の溜めを経て、弾丸のような勢いで飛び出す萬。


(妾でなければ通じたかもね!)

 

低い位置からの掬い上げるような突き。予想以上の速度ではある。だが――常識的な範囲でしかない。それでは鈴・リーン・悠木には届かない。


喉元に食い込まんとする切っ先を、僅かに首を傾けただけで回避。首筋から数ミリも離れていない位置を通過する刀身に意識を振る事なく、回避と同時に捻った上半身のバネのみを頼りにカウンターの突きを萬の胴体中央に向けて放つ。

吸い込まれるように萬の身体に食い込む切っ先。手応えは軽かった。だが、大砲の直撃でも喰らったかのように萬は身体をくの字に曲げ、後方へと吹っ飛ぶ。


(っ!)

 

一瞬の浮遊。そして――慌てて避けた見物人の合間を縫い、萬は派手な音を立てて床へと落下、受け身もろくに取れないまま2、3回転がり倒れ込む。

 

しん、と場が静まりかえる。緊張したままの皆が注目する中、しばらく床に転がっていたままだった萬が咳き込みながらよろよろと身を起こそうとした。


「……ここまで、かな?」

 

模擬刀を提げたままだった鈴が、ふっと力を抜き言う。観衆たちはやっと終わったのかとばかりにほうっと息を吐き、緊張を解いた。

ある者は大丈夫かと萬に声を掛け、またある者は医務室に連絡を取り、ある者は興奮さめやらぬままこのニュースを広めんと駆け出す。そんなざわめく場に背を向けた鈴は、こちらと萬の方を交互に向き何か言いたげなフェイに向かって「ごめんコレ片付けといて」と模擬刀を放り投げ、武道場を後にする。

 

その背に――立ち去る三人に声を掛けようとして結局それを果たせなかったフェイは、少し迷った挙げ句萬の元へと赴いた。


「……生きてる〜?」

「…………九分九厘、死んだ」

 

あ〜やっぱ鉄板だったいやこいつ良く奮闘したよ2分に賭けてたの誰だと皆が騒ぐ中、周囲の人間の手を借りつつよろよろと立ち上がる萬。それに肩を貸しつつフェイは周囲に悟られぬようこっそりと尋ねた。


「“狙ってた”ね、アレ」

「ああ。……上手くはいかんもんだ」

 

淀みなく小声で返ってくる答え。やはりか、内心舌を巻きつつフェイは得心した。

やっぱりこの人とんでもねえや。畏怖と、そして僅かな嫉妬を覚えつつ、それを誤魔化すかのように軽口を叩く。


「あれだけできれば上等じゃない? 相手が相手なんだからさ」

 

返ってくる返事は、苦虫を噛み潰したような声で。


「向こうがそう思ってくれればいいけど、な」

 





一方武道場を後にした鈴たち三人。

 

預けていたジャケットと野太刀を弦から受け取った鈴は、上機嫌で微笑みを浮かべている。そんな彼女にこれまた上機嫌な弦がこう言った。


「相打ち、っちゅうところやな」

「ふふ、そうだね」

 

どこか艶めいた表情を浮かべ己の首筋を撫でる。そこには微かな擦過傷があった。

 

最後に萬が放った突き。それ自体は完全に回避したのだが、反撃で突き飛ばした際に模擬刀の刀身部分が掠っていったのだ。

偶然、ではない。カウンターの突きが決まる瞬間、萬は不完全ながらも自ら後方に跳んだ。その時しっかりと模擬刀を鈴の首筋に当て惹いているのを凛と残りの二人も確認している。

試合なら決して有効打にはならない。だがこれが真剣ならば、萬は己の身体に大穴が開くのと引き替えに鈴の頸動脈を、悪くすれば首そのものを切り裂いていただろう。試合の勝利にこだわっている者には決してできない判断。見事といわざるを得ない。しかも――


「あれは、最初から狙ってたな」

 

眼鏡を片手で弄りながらゼンが言った。萬の動きを見てどちらかと言えばナイフ類の扱いに長けているだろうという事は分かっていた。凛と同じ長刀型の模擬刀を使うのは妙だとは感じていたのだが、どうやら鈴の首一点狙いだったらしい。

 

自身と相手の戦力差を把握し、相手が僅かに油断するであろう微かな勝機を見出して、そこに賭けるべく全てを伏線にする。あくなき勝利への――目的を果たすための執着心。なるほど、なまなかではない。


「思っててもできるもんじゃない、止めのカウンターを食らう瞬間に相手へ致命傷を与えようとするなんて」

「どうやって“勝つか”を考えてたんちゃうやろなあ」

 

首を軽く振りながら言うゼンの言葉に、弦が応えた。


「多分“認めさせたかった”んやろ、自分がここまでできるっちゅう事をな」

 

弦の言葉に鈴も頷いて同意を示す。端から見れば鈴の一方的な勝利だが、見る物が見れば互角以上の勝負だったと判断するであろう結果。能力的には一分の勝ち目もないところから相打ちにまで持ち込んだそのやり方は確かに目を見張る物がある。鈴は全力ではなかった、それは言い訳にもならない。たとえ最初から全力だったとしても……多分同じ結果になった。萬にはそう思わせるだけのものがある。手を抜けば鈴が不快に思いどのような目に遭わされるか分からないといった事情があったにしろ、意外に負けず嫌いな、そしてアツい男だ。


「天分の才に匹敵する経験値、それが彼の最大の武器か。……どう見た【ワイズ】」

 

ゼンの声に応えて、何処からともなく現れた極彩色の小鳥が肩に止まる。その小鳥は“眉を顰めたような表情を見せ、正しく小鳥が歌うような声で語り出した。”


「一般人が心身共に鍛えあげたらああなる、って感じだったですね。生き残ったから強くなったのか、強くなったから生き残ったのかは微妙だと思いますですが、どちらにしろ我々の“同僚”として迎えられるラインに十分達しているかと」

 

この小鳥――ワイズと呼ばれた存在は見ての通りただの小鳥ではない。ゼンと“契約したある存在”の外部端末である。魔法使いや魔術師と呼ばれるような人種が作成した従者、使い魔と称される物とほぼ同一の代物だった。

その言葉にふむ、と考え込む三人。能力云々もそうだが、萬の持つ経験も貴重かつ重要なものだろう。チームインペリアルのメンバーと互角に渡り合えるのはここの教官連中の一部と、正規軍の戦技教導団くらいである。それに匹敵する戦いのノウハウを持つ萬の存在は自分達にとって大きな力となるに違いない。


「それもこれも、ヤツがうんと言うたらの話や。正直簡単にいくとは思えへんのやけどなあ」「何でっすか旦那?」

 

ひとりごちる弦の足下にまとわりつくように現れたのは白を基調にした虎柄の猫。弦が契約した相手、【ハーミット】の外部端末である。


「勘……やな、最低でもあの手の話に飛びつくタイプちゃうやろ。わしや鈴みたくバトルマニアでもないみたいやしなあ」

「あれだけの経験値積んでまだ“堕ちて”ないってのも希有な話だよねー、【ウィズダム】」

「……左様」

 

いつの間にか鈴の胸に抱かれていたマンボウ型の外部端末が無表情に同意していた。


「いずれにせよ」ゼンが話を纏めるかのように皆に向かって言う。


「早いところ四人目を選出しなけりゃならない。そろそろ宇宙そらの敵さんも動き出すころだ、一人でも戦力が欲しい」

「ふん、そいつぁ精神感応能力に何か引っ掛かったちゅう事かいな?」

「半分は、ね。空にそういう意志が見えるのさ。あとは……勘かな」

「それは怖い話だね〜。ゼンの勘って当たるから」

 

口々に言う彼らの歩みに迷いも怯えもない。己が何を選択し、何を決定し、何を成すべきか。彼らはすでに選んでいる。だからただ、真っ直ぐに進む。

 

チームインペリアル。GOTUIの切り札たる強者たち。

 

彼らとの邂逅が萬の行く末にどのような影響を与えるのか、今はまだ分からない。















次回予告っ!






チームインペリアルへの参入を要請された萬。

彼は迷いを抱きとある場所を訪れある人物と再会する。

明らかになる過去の一部。

シリアス一辺倒な空気の中、KYな侵略者たちはついに行動を開始する。

戦果に包まれるグランノア。その窮地に紅き機神が舞い降りた。

次回鬼装天鎧バンカイザー第三話、『鬼神、皇臨』に、コンタクト!









一般兵レベル50くらい。


それが我等が主人公











それにしても完結した話の方が未だに読者多いってどーよ?




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