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2・強者たち 前編

 





太陽系外縁部。地球人類がいまだ到達していないその領域に、無数の艦艇が集結していた。

 

地球に攻め入っていた数多の勢力。その主力を集結させた連合艦隊である。昨今まで協調する事なくそれぞれがそれぞれの方針で地球に攻め入って、場合によっては対立し足を引っ張り合っていた各勢力が、今になってやっと協力関係を結び一つに纏まったのだ。

 

それを成し遂げた立役者は連合艦隊の中央、ひときわ巨大な艦――いや、もはや移動する人工小惑星といっても過言ではないスケールの惑星攻略級重要塞艦の中で、部下となった各勢力の戦線指揮官を前に不敵な表情を見せていた。

地球人類であれば40代から50代に見える容姿。筋骨隆々の身体を悠々と豪奢な椅子に預けたその偉丈夫は、目の前で小鳥のようにさえずるひな鳥たち(男の主観)の様子を余興でも見ているかのように眺めている。

さえずる内容は自分達の種族がいかに尊く気高いものであるか、そして自分達がいかに誇り高く正々堂々とした戦士であるか、自分達こそが先陣を切り地球人どもに目に物を見せるに相応しい者だとか、まあそういった内容の陳情――というよりは文句や言い掛かりに近い内容の話であった。

 

男は黙って耳を傾けている。やがて話が一段落付いた頃合いを見計らって、やっと男が口を開く。


「で、話は終わりか負け犬ども」

 

これには集まった全員が一瞬にして頭に血を上らせた。確かに地球攻略はまだどこも成し遂げていない。しかし各所に橋頭堡を築き前線を維持してきたのは自分達だ。後からやってきて後ろから不意打ちするような形で各勢力を配下に収め、美味いところだけかっさらっていったこの男に言われたくはない。彼らは激情のまま男の前に詰め寄り責めるように言葉を放つ。

 

男の口が、牙をむき出すように歪められる。嗤ったのだと判別したときには、男の姿が不意に消えた。

 

鈍重にも見えるその巨躯からは想像もつかない身軽さで跳んだのだ。歴戦の戦士たちの誰もがその事に気付かなかった。

どずんという着地音と同時に、手近にいた角の生えた青年指揮官と羽の生えた青年指揮官の頭をわしりと掴む。そのままぎしぎしと頭蓋骨を軋ませる音を立てながら、男は二人をそれぞれ片手で持ち上げる。


「お、おのれ! 余を誰だとあいたあいたあいたすんませんナマ言いました!」

「頭割れる角がもげるごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい!」

 

じたばたと藻掻きつつ悲鳴を上げる二人の事なんぞ目にも入っていないかのように周囲をぎぬろと睥睨し、男は地獄の底から響かせるような声で語る。


「てめえらが考えもせんと前線をあちこちに広げたおかげで、補給線とかのびのびのばらばらになってんじゃねえかよゥ。おまけに各個の連携が取れていないどころか自分のところの勢力内でも足の引っ張り合いなんぞやってくれやがって。再編成にどれだけ手間がかかると思ってやがる。おまけに余計な情報や時間を向こうさんに与えて体勢立て直されてんじゃねえか。たかが所詮と地球人見下しまくって挙げ句これかこのぼんくらどもが。あんま世の中ナメてっとちょん切って女郎屋に売っぱらっちまうぞコラ」

 

あまりの迫力に全員が退く。特に男性型の者達は一斉に股間を押さえ青い顔でぶるぶると震えだした。

このままだと片っ端からばくばく食われてしまうのではないだろうか。冗談抜きでそんな気配が蔓延している。まず手始めに今捕らえられている二人の頭部が紙屑のようにくしゃりと潰されて、そして……。

 

死の匂いが蔓延した空気。漂うそれを吹き払ったのは、凛とした若人の声。


「その辺にしておいたらどうです【首領ドン】。そういうのは、こちらの仕事ですよ」

 

一歩一歩ゆっくりと床を踏みしめながら何者かが現れる。その姿を確認した男はにい、と唇の端を歪ませ、両手に掴んでいた指揮官たちを解放し、その人物に向かって語り掛けた。


「よう、来たか。待ってたぜェ【侵略請負人ペネトレイター】よ」

 

その言葉に、集まっていた者たちがざわめく。


「侵略請負人……だと?」

「7つの惑星国家を下した、雇われ前線指揮官。あれがそうか」

「戦士としても有能と聞く。その戦いぶり、正しく炸裂弾頭ペネトレイターのごとし……」

 

現れたのは、黒いコートのような物を纏った青年。居並ぶ面々と比べれば凡庸にも見える容姿だったが、その瞳に宿る力強い色がただ者ではないと感じさせる。

人波が自然と二つに分かれる。その中を威風堂々と恐れ気もなく歩み、首領と呼ばれた男の前に立つ青年。周囲が静まりかえったところで、青年は右腕を胸の前で水平に掲げ、男に向かって頭を垂れる。


「カダン傭兵団首魁、ダン・ダ・カダン。只今推参いたしました。お久しぶりです首領――ドコド・ン」

 

青年――ダンの態度に、首領と呼ばれた男、ドコドは獣のような笑みを見せたまま、ダンに語り掛けた。


「堅っ苦しいのは抜きだ、ワシと貴様の仲じゃねえか。しかし思ったより早かったなあ、もう“八つ目”落したのかよゥ」

 

再びざわめく周囲。今の言葉から察するに、さらに攻め落とした星を増やしたというのか。本当だとすればどこまで化け物だこの男。居並ぶ者達は戦慄を隠せない。

しかし驚くのはまだ早かった。ダンはにやりと笑うと、ドコドの言葉を否定する。


「“九つ目”ですよ。流石に連続は少々きつい物がありましたがね。……八つ目を落した時点で戦意も士気も落ちていたらしく思ったよりも楽に落とせました」

 

しん、と場が静まりかえった。冗談ではない、まるで寄り道でもしてきましたといった感じで軽く言っていたが、仮にも星一つが早々容易く攻略できるわけがないのだ。これでは自分達の面目なんぞ丸つぶれではないか。剛毅剛毅と笑うドコドに反比例するかのように場の空気が悪くなっていく。

嫉妬や敵意、そのような負の感情をぶつけられてなお態度を変化させることなく、ダンは会場の一面を占領している巨大なスクリーンに視線を移す。写っているのは超望遠で捕らえられた太陽系第三惑星、地球。


「……あれが次の目標ですか」

「おうよ、良い星だろうが。貴様に取っちゃ記念すべき十番目だ……しかしなかなか手強いぜェ、なまなかじゃねェや」

「それはまたやりがいがある。折角のダブルスコアです、歯ごたえがなければ」

「油断してっとこっちが食われるくれえ堅ェがな」

「上等」

 

ばさりとコートの裾を翻し、ダンは向き直って真正面からドコドと視線を合わせる。

 

ドコド・ン。特定の星に定住することなく、移動型コロニーや大型艦船を本拠地とする船団国家群、その中でも最大勢力を率いる人物であった。彼らは主に惑星を不動産や鉱物産地のごとく扱い、それを取引する事によって生計を立てている。そんな彼らにとって最も価値のある星というのが居住可能な惑星。特にテラフォーミングなどの加工を行わずに移住可能な“天然物”の惑星は宇宙の宝石と称され、それこそ星系国家一つをしばらく運営、維持できるほどの価値で取引されていた。

目的地に先住民がいたとしても、彼らのやる事はさほど変わらない。“開拓”が“侵略”になるだけで。ある程度文明の発達した星であるならば、むしろ開発の手間が省けると言うことで多少は価値が上がるし、そこの住民を取り込む事で新たな技術や人材を確保する事もできる。そのようなメリットもあるがゆえに侵略活動はかなり積極的に行われていた。

 

そういった船団国家群のなかでもドコドが率いる勢力は武闘派として名が通っている。

 

場合によっては平気で同業者に仕掛ける凶暴さ、それでいて一度身内と認めれば過去の一切合切を水に流して寛容さを見せる度量。豪放楽天なドコドに率いられたその勢力は影で海賊などと揶揄されながらも、周囲から一目も二目も置かれている。その実力を疑う者などいるはずもない。

そのドコドをして手強いと言わせる惑星、地球。心惹かれぬわけがなかった。


「資料は拝見しました。貴方が纏めた物でなければ一笑に付していたかも知れません。……しかし、ここにきて納得した」

 

言って振り返り、集まっていた者達を見やる。返ってくるのは好意的なものなど一切込められない刺すような視線。それを平然と受け止め、ダンは僅かな笑みすら浮かべて宣った。


「これだけの勢力が集まって落とせぬ星。なるほどなまなかではなさそうだ。……ここに集った面々とてそれなりの強者、それが押し切れぬとあれば相応の力があるのは明白。ここは腰を据えて取り組む必要がある」

「おうよ。……だが貴様の事だ、もう策は練ってあるんじゃねえか?」

「首領にはお見通しですか。……無論と答えておきましょう」

 

息を飲む音が聞こえる。この手抜かりの無さ、物事の先を読んで先の手を打つ早さ。これが侵略請負人の手並みか。おののく周囲をよそに、ダンは懐から携帯端末のような物を取出し虚空に向けて操作。するとモニターに映し出された映像に重なるかのように立体映像が発生する。それを指し示しながら彼は語り出した。


「ごらんの通り方々がそれぞれの方法で行った侵攻は、かの星の表面まで到達しております。しかし先に首領が指摘したとおり補給線が伸びすぎて前線の維持が難しい状況に陥っている。このままでは徒に戦力を消耗していくだけでしかない。ですから――」

 

穏やかな笑みのまま、周囲を睥睨する。威圧しているわけでもない、ただ見回しただけのその行動に、なぜか怖気のような物が感じられた。


「――一度戦線を全て放棄し、戦力をここ――星系外縁部まで下がらせる」

 

何を言っているのだこの男は。憤慨した者もいる。理解出来なかった者もいる。反応は様々であったが、ほとんどの者がこう思った。

 

そんなふざけた提案なんぞ認められるはずがない、と。

 

撤退は無能の証、無能には死を。冗談のような話だが一部の勢力ではそのような思想が罷り通っている。そこまでいかないにしても、一度構築した橋頭堡を放棄し戦力を下がらせるなどできようか、そう考える無闇にプライドの高い者は多い。ましてや有能と謳われるとは言え突如現れた新参者に提案された事なんぞ、容易く受け入れられるはずがなかった。

 

緩いな。不満を隠そうともしない者達を見やりながら、肘をついて傍観しているドコドは思う。

 

戦争という物はただ目の前に立ち塞がる全てを叩き潰せばいいという物ではない。あくまで“政治の一形態”でしかないのだ。それを理解せずプライドなどを振りかざすから詰めが甘くなる。だから戦場で勝てても戦争には勝てない。

集った勢力の中には母星を失い長き放浪の末地球に辿り着いたというところもあるのだが、本当に民が大事なら安易に戦争という手段に訴える事なんぞせず、誠心誠意の土下座の一つも見せれば良いのだ。それは言い過ぎとしても、交渉のやりようによっては相手が所有していない技術やエネルギー源を餌に相応の譲歩を引き出す事も可能だろう。

戦争という手段はその後の関係を優勢にするためのもの、それ自体を目的とするなど愚の骨頂。ましてや一部のプライドを満たすために無意味な継続を続ける必要性などどこにもない。

このような事をドコドが言えばほとんどの人間が目を剥いて驚くだろうが、彼はただの暴君ではない。宇宙に名だたる一大勢力を構築したのは伊達ではなかった。

 

そういう意味ではダンも同じ。彼もただの戦争屋ではない。


「泥沼で巨城を築くより、しっかりとした足場を作って砦を建てるのが勝利への近道。何よりこのままでは兵の士気は落ちる一方でしょう。前の見えない戦いを続けさせるのはいささか非効率だと思いますがね」

 

大胆不敵な策ばかりで生きてきた男の言う台詞ではない。まるで自分達が何も考えていなかったような言いようではないか。現状、そして己の失策を認められない意地。反発の空気が、場に蔓延していく。

 

そして、堰は切られた。一人の人物によって。


「何を言うか。兵なんぞ使い潰す物、じゃんじゃん投入して押し切れば良いではないか」

 

その男はある勢力の指揮をほぼ全般任されていた人物であった。全身のほとんどをサイボーグ化しているその体躯は、ダンのゆうに三倍はあっただろう。戦闘能力も相応にあったはずだ。

 

だからこそ気付けなかったのかもしれない。“目の前の化け物がどのような存在かに。”

 

いつの間にか、男の視界が天を向いていた。顎のあたりに電光の速度で強烈無比な一撃を繰り出されたのだと悟った時には、両手首を掴まれていた。

ダンの表情は穏やかな笑みのまま。そして眉一つ動かす事なく、彼は男の両腕を無造作に“肩口から引きちぎった。”

痛みが脳に伝わり悲鳴が上がる――前に、ダンは男の片膝を横から蹴り砕く。血液とオイルが混ざった液溜まりの中に男は倒れ伏し、その頭部がダンの足によって踏み付けられる。


「っ!! !! !?」

 

ご丁寧に顎まで砕かれ、のたうち回りながら呻き声を上げる事しかできない男を穏やかな表情のまま見下ろしつつ、ダンは引きちぎった両腕を弄びながら淡々と言う。


「兵を切り捨てるという事はこういう事です。手足を道具というのならば正にその通り。使いこなせなければ意味がない、そう、使い潰すにしても最大の効率を持って結果を出すべきでしょう」

 

こいつは、この“生き物”は何だ。周囲の人間は心臓をわしづかみにされたような戦慄を覚えていた。

 

強い。そして行動に一分の迷いもない。何よりも……殺気がない。

 

殺す気がなかった、などと楽観的に考えられなかった。恐らく彼はその穏やかとも思える気配を纏ったまま殺す。人を殺すのに殺意など必要ないと理解しているのだ。見ているしかできなかった者達はそれを悟った。


「最大限の効率を出そうと思うのであれば、常に気を配らなければなりません。疲弊した手足など物の役にも立つはずがない。兵とて同じ事。衣食住に満足し、胸に抱える誇りがあり、守るべき物を背負い、轡を並べる戦友ともがあり、倒れても己が意志を継ぐ者がある。だからこそ戦える。だからこそ……死ねる」

 

情をも考慮に入れた計算高さ。冷たく、熱い空気がダンから放たれているよな錯覚すら覚えるような光景だった。と、畏怖の視線を集めている事に気付いたのか、突如放たれていた気配は霧散し、ダンは苦笑を浮かべ口調を元に戻した。


「……余分なことを言いましたね。……ニキ、いますか?」

「ここに」

 

突如響いた声に、皆一斉にぎょっとした表情を浮かべた。気付けばいつの間に現れたのか、ダンの傍らに人影が一つ。

見た目の印象は、針金。まるで細い針金を寄り合わせて作られたかのような人物だ。纏ったボディースーツのシルエットから判断するとどうやら男性のようだが、顔面を覆う凹凸のない仮面のせいでその容貌は分からない。ダンは不気味なその人物――ニキに向かって振り返り、足下で未だにのたうち回っている男を指して頼んだ。


「手当を。次の作戦には間に合うように」

「御意」

 

引きちぎられた両腕を受け取り、そして倒れた男の襟首を掴んで――ニキは“荷物”とともに煙のように姿を消す。

 

それを見送り何事もなかったかのように再びスクリーンの前に立つダン。最早誰も不満不平を表に出す余裕などなかった。緊張した面持ちで彼の言葉に耳を傾ける。


「説明を続けます。戦力を退かせるにしても、相手がただ指をくわえてみているわけもない。間違いなく追撃を行いこちらの戦力の消耗を謀る事でしょう。ですから行動は迅速に行わなければならない。撤退に当たって回収を行うのは最低限、最悪人員だけでも引き上げる。前線の装備は全て破棄する覚悟で行います」

 

場に再びざわめきが満ちる。中の一人がおずおずと疑問を投げかけた。


「し、しかしそれでは地球人どもにこちらの装備や情報をくれてやる事になるが」

「前線装備など、最早知り尽くされていると考えて差し支えない。ソフト的、ハード的な仕掛けを行えばトラップとしても使えますしね。どのみち消耗品なのです、この際派手に使い尽くしてしまいましょう」

 

やはり大胆不敵。あまりの思い切った発想に唖然とする一同。そこにつけ込むかのようにダンは話を続けた。


「無論これでは不十分。ただ撤退するだけでは兵の消耗は避けられない。ですから余剰戦力の一部を投入し、要所に対して陽動をかける。それで兵を無事に退かせられればそれで良し、あわよくば要所を落して地球側の立て直しを遅らせる。それを狙います」

 

映像に作戦の概要が映し出される。それを一つ一つ指し示しながら解説するダン。


「まず第一の目標が地球衛星軌道防衛艦隊。大型軌道ステーションを駐留地とするこれは宇宙での最大戦力でしょう。まずここを押さえる事によって降下回収の援護を行う」

 

戦力の浸透を示すマーカーが、惑星上へと移る。そこからさらに分散し、回収を担当する部隊は各地に、陽動を行う部隊は大きく3つに分かれる。


「次いで地上の要所。一つはここ、カリブ諸島に存在する異世界との交易ゲートジャンクション。未だに地球が物資、戦力共に充実しているのはこうした異世界との交流があってこその事。ここを押さえる、あるいは破壊する事によってそれを断つ。それができれば今後の戦況が大きく傾くでしょう」

 

次に示されたのは、極東――日本列島。


「もう一つ。極東地区に点在する特殊エネルギー研究機関群。すでに各種エネルギーが実用段階に入りこれら研究機関の価値そのものは低くなっていますが、現在まで各勢力の侵攻を自力でことごとく退けてきたその実績はあなどれない。ここを窮地に落すだけでも地球側に精神的なプレッシャーをかける事が可能だと推測されます。……ここに集った面々の中にも何度か煮え湯を飲まされた方がいらっしゃるでしょう。意趣返しのチャンス、とでも思っていただければ」

 

何人かが苦虫を噛み潰したかのような表情となった。かの研究機関群がそれぞれ個別に所有していた特殊型機動兵器、それらを相手取り苦戦を強いられてきた者達だ。本来研究機関であるはずの連中が異様なまでの戦力を保有していたが故の失態だったが、言い訳にも慰めにもならない。

臍を噛む面々の様子をあえて流し、ダンは最後の一点、太平洋上へと視線を向ける。


「そしてここ、現在最も発展著しい防衛機関、GOTUIが主力特務機動旅団の駐屯基地。極東の研究機関群を一纏めにし、半政府軍として地球勢力に大きく食い込んでいるかの組織は、この先我々にとって目の上のたんこぶとなるのは必至。できうるならば、今のうちにその勢力を減じておきたい」

 

言葉を切って再び周囲を見回す。反応は様々、腹に一物も二物も抱えている事は間違いないだろう。が、表だって食いついてくる者はもういない。それを確認したダンは話を締めに持っていく。


「さらに作戦後の混乱を長引かせるため、各地に自立戦闘ユニットを放出。タイマーによる時間差起動で各拠点を襲撃させます。撤退完了までの時間は稼げるでしょう。……以上が骨子となります。首領」

 

説明の間口を噤んでいたドコドが身を起こす。その顔には満足げな笑み。


「面白れェ策だ。こっちの戦力の立て直しと同時に、向こうさんの内部分裂も狙うかい」

「ええ、元々地球勢力とて一枚岩ではありません。我々が手を引くとなれば、今まで押さえられていた内部の対立が表面化する事でしょう。それで勝手に疲弊してくれれば御の字。仮にどこかが勢力を一つにまとめ上げるとしても……その時には我が字、破弾ペネトレイターの意味、存分に知らしめて差し上げましょう」

 

にい、と二人の化け物が嗤う。一丸となった敵勢力を相手取る時こそダン――カダン傭兵団の真骨頂。鉄壁とも思える防衛網を食い破り、敵中枢を一気に制圧する。単純だが、故に達成困難なこの戦術でいくつの勢力が敗れ去ったか。破弾の二つ名は伊達ではない。

ドコドが鷹揚に頷く。


「いいだろう。貴様の策、採用させて貰うぜェ。ウチの人材資材、そしてここにいる連中とその配下、好きに使え。纏まったら話通しに来いや」

「承知。お任せ下さい」

 

頭を恭しく下げるダン。ドコドは椅子から立ち上がり一同に檄を飛ばす。


「いいか貴様ら、コイツは汚名返上の機会、そして新たな戦いの狼煙となる! いつまでもふて腐れてんじゃねえ気合い入れろや! この我の下に付いたからにゃあハンパは許さねえ、だが良いトコ見せりゃあそれに応じたいい目見させてやる! 貴様らの手下、一族郎党纏めてだ! 今まで戦い抜いてきたのが伊達じゃないってところ、証明して見せろ!」

 

火が点いた。

 

それは地球を覆い焼き尽くさんとする業火の種火。



 













靴音を立て、一人通路を歩む。

 

思案しながら宛われた執務室へと向かうダン。その彼に突如声を掛ける者があった。


「見ておりましたよ。冷や冷やさせないで頂きたい」

「シャラか、あの程度はどうという事はないよ。ニキもいたしね」

 

いつの間にかダンと並んで歩を進めているのは妙齢の女性。タイトスカートのスーツを身に纏い、髪をアップに纏め眼鏡のような物をかけたその人物――カダン傭兵団副長シャラ・シャラットは、咎めるような調子でダンに言う。


「あの程度の連中にどうにかできる貴方ではないと分かっております。ですが無闇に叛意を煽るのは今後の仕事に差し支えが生じるでしょう。できれば控えて頂きたいと」

 

シャラの言葉に、ふっと笑みを漏らすダン。


「躾は大事だよ、特にプライドの高い者を従えるには一度折ってやらなければね。後は見せつけてやればいい、我々の実力を。それを見せてなお叛意を抱くようであればそれはそれで結構。張り合うために懸命に働いてくれるだろうし……邪魔なら消せば済むだけの話だし、ね」

 

事も無げに言うダン。シャラは小さく溜息。一度こうと決めたら早々簡単に己を曲げる人間ではないと分かってはいるが……副官としては言わずにはおられない。もっとも余所に比べれば相当に話を聞き入れる人間ではあるし、大口を叩くだけの力は十二分に所有しているのであるが。

さてどう諫めようかと思案したところで、新たに生じた気配を感じる。自分の反対側、ダンの右隣に生じた良く憶えのあるその気配に、シャラはまたややこしいのが来たと顔を顰めた。


「楽しそうですな御大将。此度の仕事いくさ、手応えを感じられたか?」

 

重苦しい足音。ダンより頭一つ分の差がある背丈と隆々とした体躯を持つその偉丈夫は、楽しげな様子で語り掛けてきた。突然の言葉に驚く事なく、ダンはさらりと言葉を返す。


「ああ、今回はかなり手厳しいと思うよヴェンヴェ。少々じゃないくらい手こずりそうだ」

 

苦戦を予告するような言葉。ほう、と偉丈夫――ヴェンヴェは僅かに驚いた声を上げ、そしてにやりと笑った。


「それは重畳。小生も心躍りますぞ」

 

心底からの戦人いくさにん、それがダンの右腕ヴェンヴェ・ケヴェン。ダン以外の人間に敗北した事のない漢はまだ見ぬ戦場に焦がれているようだった。

 

対して渋い表情になるシャラ。ダンをして手こずると言わせるほどの相手、それと対峙しなければいけないと考えるだけでも憂鬱になる。楽な仕事がしたいのだ、彼女は。

もっともダンの配下に収まった時点で叶わぬ事だと半ば諦めてもいるのだが、溜息がこぼれるのはどうしようもない。

 

まあ、それはそれとして。


「しかし首領――ドコド閣下も剛胆な事で。一時的ならともかく全域に渡ってダンに作戦指揮を任せるなどとは」

 

僅かに呆れた気配が含まれているのは自分でも致し方がないと思う。銀河に名が通り、そしてドコド個人と旧知の仲であるとは言え、ダン自身はただの傭兵団首魁でしかない。それに己の軍勢をまるまる預け、一つの惑星攻略を完全に任せるなどとは大胆にすぎる。自分では常識人だと思っているシャラから見れば、正気の沙汰とは思えなかった。

答えるダンの笑みは、僅かに苦笑じみた物。


「勘違いしている人間も多いが、首領は本来“政治屋”だ。札束で殴りつけ、交渉という名の口車でだまくらかすのがあの人のやり方さ。あの人にとっては戦争――侵略は手段の一つにすぎない。“それが一番効率が良いから使っている。”勝てばその後が有利に事を進められるからね。実際には負けた時の事も視野に入れているよあの人は。単に今まで負けた事がない――というか、“ほぼ確実に勝てる条件でしか戦をしていない”だけさ」

 

実際単純に戦争をするとなったらドコドはダンに勝てない。しかそれ以外の全てにおいてダンはドコドに勝てない。だからこそ――自分の手には負えない戦争だと判断したからこそ、今回ダンが呼ばれたのだろう。


「それほどの星……ですか、地球という星は」

「そういう事さ。……ニキ、君はどう思う?」

 

現れる気配は背後。ダン・ダ・カダンが唯一背後に立つ事を許した人物、ニキ・ニーンだ。彼(だろう、多分)は足音を立てずに歩調を合わせ、ダンの問いに答えた。


「恐るべき……星かと」

「そうだね。一世紀も前は、ここに集った勢力一つすらまともに相手取る事もできなかった」

 

それが見よ、明らかに自身より技術力の高い相手と戦える兵器を産みだし、海の物とも山の物とも知れない技術類をまとめ上げ実用化に持っていき、銀河でも成功例の少ない異世界との交流を成し遂げている。現段階でも戦力はほぼ対等。彼らがもし――いや、遠くない未来にそうなるであろうが、宇宙を渡る技術を確立すれば戦力のバランスは向こう側に大きく傾く。

異様としか言いようのない成長性。下地もあった、運もあった。だがそれだけではここまで急速に発展する事はないだろう。今はまだ辺境の一星系に収まっているが、将来的には宇宙に一大勢力を築くかも知れない。


「戦争が彼らの成長を促した、という事かも知れないね。最早今となっては中途半端に争いを収める事もできない。下手に和平など行って彼らを調子づかせてしまえば、歯止めをかけることなど不可能に近いだろう」

 

一番良いのは勿論戦争に勝つことだろうが、最低でもこちら側と戦を行うのは割に合わないと心に刻みつける必要がある。故にドコドは己が知る中で最強の人材をぶつけようとしているのだ。

最初ハナからすでに崖っぷち。下手な敗北は許されない。しかし上等、逆境でこそ彼らは、カダン傭兵団はその真価を発揮する。

その首魁が浮かべる笑みは、穏やかながらどこか狂気と獰猛さを孕んでいる。圧倒的な自信を胸に、知と技と全てを用いて彼は突き進んでいく。


「私は前線で指揮を執る。ヴェンヴェは後詰めを、シャラはこちらの補佐を。ニキは地球側の前線に赴いて撤退時に使う仕掛けを頼む」

「おや、小生は置いてけぼりですかな? それはつれない」

「なに、後でいくらでも相手をしてくれればいいさ。この戦、長くなるからね」

「割に合わない仕事のような気も、少々」

「あれだけの勢力が総出で掛かって落とせなかった星だ。攻略できればこれ以上ないって言う宣伝になる。私の【グロリアス】、しっかり整備しておくよう言っておいてくれ」

「御意」

 

銀河最強の男と、それに率いられた強者たちがく。

 

目指す星は、地球。

 

だがその星にも、強者たちが待ち構える。







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