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13・BANG 後編


 




かつかつと、硬い廊下を踏みしめ進む足音が二つ。

一型を纏った二人の女性、やいばとはずみの姉妹だ

 

侵略勢力の軍勢はついにここ、GOTUI総本部の喉元まで迫ってきていた。他の拠点と同様に通常戦力はほとんど出払っているが、彼女らのように本来は戦力として数えられない人間はやはり残っている。ましてやこの地はGOTUIの総本山。防衛機構もなまなかなものではなかった。

それでも戦力差は圧倒的。真っ向から相手取って堪えきれるかどうか。いや、堪えなければならない。

 

なぜならば、二人が生涯唯一の思い人と定めた人間が、ここで一時の休息を取っているのだから。

 

彼女等も蘭と同じく萬の復活を疑っていない。しかり彼は己の身を削って力尽き、いつ目覚めるともつかぬ眠りについている。例え今目覚めたとしても満足に戦えるような状態にはないはずだ。

絶対に、護る。例えこの命と引き替えにしても。所詮自分達は蘭に何かあった時のために用意された代理品に過ぎない。そんな身なれば、己の意志で惚れた男のために死ねるのは贅沢とも思える。一つでも多くの敵を道連れにし、いつか目覚める萬の負担を僅かながらも軽減する。自分達はそのためだけに生まれてきたのかも知れないと、半ば本気で信じ始めている二人だった。

 

だがその思いは、あっさりとへし折られてしまう事となる。

 

ゆらりと通路の先から現れる影。それが検査用のスモックを纏った萬の姿だと瞬時に気付いた二人は、慌てて駆け寄る。


「ば、萬様! 気付かれたのですか!?」

「何をなさっているのです! まだ動いてはなりません!」

 

俯きながらゆらりと歩く萬を左右から支え、顔を覗き込もうとする。その直前で萬はゆっくりと面を上げた。 


前髪の隙間から覗くその瞳に、二人の少女は息を飲む。

ざわりと総毛立つ。深い、飲み込まれそうな深い色がそこにはあった。

 

凄絶な笑みを浮かべながら、緩やかに二人へと視線を巡らす萬。その威圧感に飲まれるやいばとはずみ。違う。今までの萬とはまるで違う生き物がそこにはいた。初めて相見えたあの夕暮れの公園、そこで受けた衝撃と同等以上の何かが二人の心をかき乱す。

 

竦む二人に対し丁度いいやとばかりに、にいと唇を歪め萬は問うた。


「いきなりで悪いがよ……玄関はどっちだい?」

 

何をする気か瞬時に悟った。間違いない、戦う気だ。半ば呆けていた二人は泡を食って萬を止めにかかる。


「だめです! 今の萬様は戦える状態にありません!」

「ここは我らにお任せを。何あの程度の有象無象、萬様が出るまでもありませぬ」

 

二人の言葉を、萬は鼻で嗤った。


「そんで華々しく散るつもりかい?」

 

一瞬にして萬の表情が変わる。それは憤怒。


「ざけんな。このオレの目の前でそんな真似させるかよ」

 

びくりと少女たちの身体が震える。見透かされている。今の萬の前では隠し事などできない。だけども、けれども。だからこそ!

二人の仮面が剥がされていく。完璧なる従者という仮面のその下にあるのは、年相応の、下手をすればもっと幼いかも知れない、少女の素顔。

みっともなく縋り付き、涙をぽろぽろ零しながら、やいばとはずみは訴えた。


「でも、萬様が、萬様が死んじゃいます。いやです。……そんなのはいやです!」

「いかないでください。お願いです。いかないでください」

 

幼子のようにだだをこねる二人の肩を、萬はそっと抱く。瞳にマグマのごとき熱さを湛えながらも、その口調は穏やかなものだった。


「大丈夫だ、オレは死なない。まだ死ねない。父ちゃんと母ちゃんから受け継がれた意志が、GOTUIの……天地堂の培ってきた全てが、蘭とお前たちの思いが、絶対にオレを護る。例え因果の彼方へ吹き飛ばされようとオレは帰ってくるさ。間違いなく、な」

 

ぽんぽんとあやすように二人の肩を叩きながらの言葉。根拠はない。確証もない。だというのに信じられる、信じさせてくれる。戦わせたくない、けれどきっとこの人は止まらない。自分達では……いや、この世の誰にも止められないだろう。それが分かってしまう。理性ではない、感覚でそれを悟った二人は、自分達の勘の良さに恨みすら抱いた。

迷った末、二人は一度ぎゅっと力を込めて抱きついた後 、惜しみながらも身を離す。ただの女であれば後先考えずに縋り続けたかもしれない。でも自分達にはそうする事はできなかった。自分達は従者。己の主のために困難を打破するもの。ならば自身が主の妨げになるわけにはいかない。

 

彼女等の中で、萬はすでに本来の主たる蘭と同等以上の存在として認識されていた。

だから、涙を拭い、今できる最高の笑顔と最上の礼をもって萬を送り出す。


『いってらっしゃいませ。我が君』

 

返ってくるのは命を削るような凄惨さを表しながらも、王者のごとく不敵な笑顔。

踵を返した萬は振り返らない。ただ背後の二人に向けてびしりとサムアップサインを見せつけただけだ。それだけで、思いの全ては伝わるだろうと言わんばかりの態度であった。

 

信じよう、必ず帰ってくると。信仰にも似た思いで二人の少女は立ち去る背中を見送り続ける。


 









散々迷った末に萬が正関から現れたのは、完全に部隊が展開し迎撃準備が整った後だった。

無論、その場に居合わせたものから見咎められないはずはない。


「!? 君は! 何をしている、シェルターに行け!」

 

目ざとい職員の一人が萬に向かって言い放つ。萬がどのような人間で今までどうしていたか熟知していた職員はなぜと疑問を抱いたが今はそんな場合ではない。戦えない人間はこの場にいるべきではないのだ。ともかく彼をシェルターにと肩に手をかけた職員だったが。

萬と目が合った瞬間硬直した。

 

闇夜の星。深遠なる白銀の輝き。圧倒的な威圧感に飲まれ、自身が唾を飲み込んだ事すら感じられなかった。

永劫にも思えた刹那の後、萬が言う。


「邪魔はしねえよ。……いや、“邪魔なモンを叩き潰してやるよ。とりあえず目の前のからな”」

 

何を言っているのか理解できなかった。唖然とする職員を尻目に、萬は前を――敵が迫り来るであろう方向を見据え、軽く左手を挙げた。


「ジェスター」

 

彼が呼んだ瞬間、総本部技術研究所内で調査中であった深紅の手甲――ジェスターの端末であるエントリーギアが自律起動。空間転移の術式を展開し萬の手元に現れる。それを左腕で叩き付けるように装着し、そのまま振るえば一瞬にして萬の姿は鎧のようなパイロットスーツの姿に変わる。

やっとの事で異変に気付いた職員たちの前で、萬は前を見据えたまま静かに喚んだ。


「来い、バンカイザー」

 

召喚術式が展開し空間が割れる。現れるのはアイドリング状態のまま強制封印状態にあったはずのバンカイザー。地響きを立てて背後に着地したそれに対し、萬は振り返る事なく跳躍。危なげなく機体各所を足場にして、コクピットに辿り着いた。

いきなりの展開にパニックになる……より先に条件反射的な行動で攻撃態勢を取る職員たち。彼らに向かって、萬は言い放つ。


「下がってろ。出るぞ」

 

跳躍。一気に展開している部隊の最前へと赴く。突如現れ眼前で仁王立ちになるバンカイザーに対して、通信回線が開かれる。ウィンドウに現れたのはGOTUIの最高権力者、総司令たる天地堂 嵐その人。

彼は片肘をついて皮肉めいた表情を萬に向ける。


「よお小僧。寝起きの挨拶にしちゃあ随分と派手じゃないか」

 

萬も不敵に唇を歪めたまま、図太い態度で応える。


「どっかのバカがひとんちの庭に殴り込みをかけてきてくれたおかげで、おちおち寝てもいられなくなりましたもんでね」

 

嵐は萬の顔を見る。笑みこそ浮かべているがその表情には疲労の色が濃い。身体は休んでも脳味噌は全力疾走をしていた……いや、多分現在も“し続けている”のだろう。恐らくは目覚めるようノルンと調整していただろうがこの短時間でそれが完全になったわけでもあるまい。覚醒を優先して後の全ては後回し、そうしたのが見え見えだった。

まともに戦える状態ではない。それでもこの男には止めるという選択肢はないのだろう。今の変質したバンカイザーは外部からの強制停止も受付けない。事実上止める手段もないと言う事だが、停止できたとしても止められるかどうか。今の彼にはそう思わせる凄味のようなものがある。

ならば止めようとするだけ無駄だ。嵐は匙を投げる事にした。


「色々きっちりと話をしたい事がある。とっとと片付けてこい」

承知イエッサ

 

極短いやり取りでバンカイザーの戦線復帰が承認される。もう萬は振り返ることなどなかった。

モニターとレーダーに写る敵陣は無数。天と地を埋め尽くすそれを見据え、萬は歯をむき出し野獣が唸るような声で言う。


「リハビリにゃあ、丁度いい」

 

轟、と炎が全身から堰を切ったように溢れ出る。バーストモードの起動“程度”では最早コードを入力する必要もない、今の萬はバンカイザーと正しく一心同体といっても過言ではなかった。

 

咆吼、そして。

 

残像と音速超過の衝撃波だけ残して、バンカイザーは駆け出す。

 

蹂躙、開始。


 









GOTUI総本部に差し向けた軍勢が壊滅した、という情報がダンの元に飛び込んできたのは、数機の空間転移ユニットが控えた陣地を構築した直後であった。

 

それを聞いたダンの反応は、歓喜。

 

くか、と三日月を思わせる形で唇を歪め、瞳の中の狂気を隠すことなく笑う。


「なるほど、姿を見ないと思ったら……本拠地に運び込まれていた、と」

 

誤算だった。だが嬉しい誤算というヤツだ。よほどの窮地にならなければTEIOWはGOTUIのテリトリーに戻ってこない。その性質を利用し、“拠点の要たる空間転移ユニットすら餌にして”TEIOWを引きつけ同時にぎりぎりの範囲でGOTUIの拠点を責め立て足止めすると同時に、疲弊を招く。それがダンの目論見であった。その計略はある程度の成功を見ていると言って良い。実際に他のTEIOWは対処に追われ、後手に回っている。


だがアレは、あの紅いTEIOWだけは想定の範疇を超えた。偶然という要素があったにしろ、やはり最悪の斜め上を行く存在だ。

 

詰めが甘かった……とは思わない。この状況はきっと、自身の心の奥底で望んでいた事だ。でなければこんな隙など作るものか。わざわざ最大級の陣地をこしらえてそこに居座っている――“自身の居場所をさらけ出すような真似を。”

案の定、ヤツはこちらへ向かって真っ直ぐに飛んでくる。当然だ、他に類を見ないような戦力の集中に加え要の空間転移ユニットが集中しているのだ。ここを地上侵攻の本拠点と見ない方がおかしい。ダンに付き従っている者達の間に動揺が走る。TEIOWの恐ろしさは全軍に遍く広がっていたからそれもやむはない。実際に相対するとなれば尻込みする者だって出るだろう。

 

だからダンはこの場に集った総員に対して一つ指示を飛ばした。

 

反感、顰蹙、叛意。その他諸々の負の感情が叩き付けられるのを分かっていながら。


 









巡航形態となったバンカイザーは空を駆ける。

それを駆る萬の息は荒く、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 

無論戦闘による疲弊ではない。絶え間なく流れ込んでくる莫大な情報の奔流によって、脳や精神にかかる負荷が心身を犯しつつあるのだ。例えば何気なしに指一つ動かすとしても、極簡単な言い方をするが脳細胞から指令を出し神経間の化学反応によって命令が伝わり必要な筋肉節が伸縮する事によって成り立つ。それは普通本能的なシステムによって運用され、自覚なしに行われている。今の萬はそんな些細な情報すらも意識に逐一流し込まれているようなものだ。先程から一言も口を開かないジェスターと、未だリンクしているノルンが調整を続けているが今暫くはこのような状態が続く。

しかしそれは悪影響を与えるだけではない。もたらされる莫大な情報は、今まで萬が得ていた感覚に上乗せされる形でより正確な状況予測、見切りを可能とさせた。結果行動に無駄がなくなり技量が総合的に向上、戦術的な幅が広がり戦闘能力に限って言えば大幅なレベルアップが図られたと言っていい。

これで体調が完全であればと言ったところだが、生憎いつ調整が終了するかはまるで見通しが立たない。不眠症に加え知恵熱が出ているようなバッドコンディション。しかしそれが収まるのを待っていたらこの星は蹂躙されてしまうだろう。


だから萬は征く。立ち塞がる理不尽を叩き潰すために。


「そろそろ、か。迎撃機が上がってきてもおかしくはない位置だが……」

 

全ての索敵手段を用いて割り出した敵の本陣らしき集積地は近い。何らかの反応があっておかしくはないはずだったが、一向に動きを見せない相手の行動が読めず眉を顰める萬。無数の迎撃機が上がって来るなり飽和的な火力が叩き込まれて来るなりするかと――


「――何?」

 

動きがあった。だがそれは萬を迎え撃つためのものではなく。


「撤退、している?」

 

レーダーを埋め尽くさんばかりの敵が、一斉に後退を始めていた。三回して包囲するつもりかとも思ったが、それにしては纏まりすぎている。ならば誘いか、追わせて罠にでも填めるつもりか。そう相手の思考を読もうとしていた萬は、ある事に気付いた。

引き払われた陣地跡、そこに大規模なエネルギー反応が幾つか残っている。三つは恐らく空間転移ユニット。そして残る一つは……。


憶えのあるエネルギー反応。データに照らし合わせると同時に地表観察用静止衛星からの画像を回す。

 

ビンゴだった。居並ぶ巨大な空間転移ユニット。その中央に待つのは。

 

漆黒の、魔神。











「冗談ではありません! これではミッションが無茶苦茶ではないですか! 今回直接対決は避けるとあれほど……」

「分かっているよ。しかし向こうから出てきたのでは仕方がないだろう?」

「だったら撤退して下さい! 何を自分だけ居残りを決め込んでいるのですか!」

「対抗できるのが私だけだからだよ。逃げ回って逃がしてくれるような相手じゃない、余計な犠牲が出るだけさ」

「まさか最初からそのつもりで……っ!」

 

蛮刀と長銃を地面に突き立て、威風堂々と立つダンカイザー。そのコクピットでダンは飄々とシャラの言葉を聞き流していた。

胸が高鳴る。まるで恋いこがれた相手を待つかのようだ。これ程の高揚感はいつぶりだろう。ダンは思いを馳せる。

 

闘争に明け暮れた人生。傭兵の子として生まれ、幼くして頭角を現し、銀河最強の兵として名を轟かせた。だがその人生の中でもここまで興奮を覚えた事はない。むしろ仕事である戦争では、冷静に、冷徹に振る舞おうと心掛けてきたつもりだった。

しかしやはり、根本的なところから燻るものがあったのだろう。ここでそれに火が点いた。最早彼の中の狂気の炎は生半可な事では消し止められない。

反感を意にも返さず配下を全て撤退させたのは、無論余計な邪魔を入れさせないためだ。彼と自分との間では、最早単なる障害物でしかない。彼の手で打ち砕かれるか自分の手で打ち砕かれるか、どちらにしろ生き延びることなどできはしないだろう。それほどの地獄がこれからこの場に現出するのだ。


「ああ、ちなみに外部操作はもう効かないから。吉報だけ待っておいてくれ」

「ちょ、ダンっ……」

 

喚き続けていたシャラとの会話を強制的に打ち切る。彼女には悪いがここは譲れない、どのみちいずれは決着を付けなければならない相手だ。それが予定より早まっただけの事。

さあ早く来い。魂は急き、鼓動は激しくビートを刻みながらも、心はどこまでも澄んでいる。準備は万端、後はただひたすらに待ち続ける。

 

程なくして。

 

天を裂き、轟音と共に一筋の流星が眼前に落下した。

 

爆煙、そして衝撃波が撒き散らされ、激しくダンカイザーの機体を叩く。しかし微動だせずに雄々しく立つ機体の中で、ダンは不敵に唇を歪めた。

 

噴煙が、突如晴れる。

 

荒れ狂う熱風を従えて、クレーターの中央からゆっくりと現れるのは焔を纏いし深紅の鬼神。

 

爆炎の皇帝はゆっくりと歩を進め、ダンカイザーの眼前へと到る。対峙する二体の怪物。一触即発の気配が場を満たす。

 

ただぶつかり合うだけでも、甘美なる時間ときを味わえるだろう。だがそれだけでは足りない。それだけでは“勿体ない。”

やはり――


「――演出というものは、必要でしょう?」

 

ばちんと、ダンの指が鳴らされる。それを合図に控えていた空間転移ユニットが一気に戦闘形態へと変形した。

砲口が一斉に展開し間髪入れず砲撃が放たれる――直前に上空へ逃れるバンカイザー。火力でこちらを制しようとは、らしくない行動だと訝しむ萬であったが。


「……って、“あっちにも砲撃が!?”」

 

そう、過剰なまでの火力はバンカイザーを狙っているのではなく、要塞化した転移ユニットに囲まれた空間全てに対して無差別に叩き込まれていた。無論、それはダンカイザーに対しても降り注いでいる。

弾雨を容赦なく蛮刀で切り払い銃撃で撃ち落としつつ、ダンは哄笑を上げる。


「どうです、我々の相対には相応しいステージでしょう? これならば途中で邪魔される事もない」

 

確かにこの状況で外部から飛び込んでくるのは自殺行為だ。そして容赦のない砲撃を叩き込んでくる空間転移ユニットはなまなかには落とせない。恐らくは転移機構を封印し、外部からの乱入者に対しても攻撃を行うよう設定してあるのだろう。ただこれだけのために、萬と戦うための火薬の庭(ムスペルへイム)を作り上げるためだけに、これほどの仕掛けが用意されたのだ。狂気の沙汰としか言いようがない。


爆炎舞い踊る中で、ダンは高らかに、謳うように萬へと語り掛けてきた。


「舞台は整い役者は揃いました、後は心ゆくまで舞い踊るだけ。……さあ、貴方の本当のドレスを、先の戦いで見せた全身全霊の力を見せなさい。でなければ…………死にますよ?」

 

ぶわりとどす黒い闘気が放たれる。確実に、以前よりも脅威度が増している。弾雨を回避しながら萬はそれを見て取った。確かにバーストモード“ごとき”では相手になりそうもない。ならばやるしかないだろう。


「……リンゲージドライブっ!」

 

萬の意志に応え、バンカイザーの全身を炎が覆う。炎が水晶へと転じ機体の各部に貼り付くように装甲化、朱色の燐光を放つ天魔が顕現する。

同時に萬の全身を情報の嵐と激痛が走り抜ける。しかしそれを気にしている余裕などどこにもなかった。今はただ、目の前の化け物を倒すことに集中するしかない。皮肉にもダンカイザーの脅威度が高いが故に、そちらに意識が取られて苦痛をある程度は忘却できているようであった。が、それも長くは保たない。体力はともかく精神ががりがりと削られていっているかのような現在の状況は、ただでさえ消耗している萬により多くの負荷を与える。短期決戦しか彼の取る道はないのだ。

ならば攻めまくる。そこに活路を見出さんと萬は機体を奔らせた。


「デュランダルっ!」

 

後ろ腰に提げられたままだったブラスターエッジがひとりでに脱着し空中で結合、大剣デュランダルを形成する。それをひっ掴み一閃、空間振動波推進と、ゲンカイザーの機能を再現した重力波推進と足場の形成を組み合わせて駆使し、跳弾のような機動で弾雨の中を駆け抜ける。

術式サーキットを上書きされた現在のデュランダルは強度、威力ともに向上し、さらには精神リンクによるある程度の遠隔操作も可能となったが、劇的な戦力の向上となったわけではない。基本的な機能は大差がないからだ。


しかし、本体の攻撃力そのものは向上しなくとも、それを補う手段が今のバンカイザーにはある。

 

デュランダルの刀身ががきりと展開し、ブラスターの銃口が覗く。その先に高密度の魔法陣が延々と展開していき炎が溢れ出る。

術式はボルケーノスマッシャーのものをベースとした威力増強のためのもの。湧き出る炎はインフェルノナパームと基本的には同じ。その二つが組み合わさって極薄かつ超密度、全長数キロにも及ぶ炎の刃が現れた。

超高圧の“焼き尽くすという意志。”刃と化したそれはあらゆるものを灼きちぎる炎獄の具現。名付けて――


「――ぶった斬れ! 【イフリートエクスキュージョナー】!!」

 

轟音、そして割断。大気を、飛び交う砲火を、勢い余って振り下ろした先の大地すら両断する焔の大太刀。それを回避したダンは、ひゅうと口笛を鳴らした。


「剣呑剣呑、当たったらただじゃ済まないなこれは!」

 

一見でその危険度は理解できた。以前グランノアに強襲したおりに手勢の半分以上を餌食にした二度の範囲攻撃。あれの応用のようだ。効果範囲は剣線上のみと極端に狭くなっているがその分密度は上がり威力は倍増していると見た。あれなら隔絶空間障壁をもバターのように斬れるだろう。重複展開すれば堪えられるだろうが呑気に防御など許すような相手ではない。回避するしか対策がなかった。

銃撃や機動端末などへの役にも立たない。が、言ってみればそれだけ。“当たらなければダメージにならない。”要は斬撃のリーチが延長されただけなのだ。侮れはしないが決して攻略不可能な手段ではない。

互いに高度な予測能力を持つ者同士がぶつかり合うこの状況で、今まで見せなかった必殺の一撃を容易く先に見せる事は致命傷に近い。ならば、まだそれ以上の手を隠し持っているはずだ。いや、そう思わせるのが策なのかも知れない。……なるほどいい手だ、こうやって迷わせるのも策のうちか。 

 

感服し改めて相手の脅威を認識するダンだったが、その相手はそんな事など欠片も考えていなかった。


「ちい! 外したか!」

 

大規模術式兵装のセーフティに音声認識が組み込んであるのは致命的じゃねえかと、忌々しげに舌を打つ萬。彼は焦っている。すでにコンディションはぎりぎり、次の瞬間には意識を失ってもおかしくないほどの状態だ。倒れるつもりなど毛頭ないが、早々都合良く事が運ばない事も重々承知している。この間のように途中で意識を失ったりすれば確実に落されるだろう。ジェスターとノルンが全力でサポートと調整を続けているが、どうしても消耗は避けられなかった。

お互い手の内はある程度読める。それがゆえに相手の隙がうかがえないのは理解できるし、こちらも下手な隙は作れない。このままでは千日手だ。そうなれば萬が一方的に不利になるのは明白。短期決戦を挑むしかない萬は、無茶と分かっていても大技を積極的に組み込んでいくより道がない。

ならば後はどうやって当てるか、だ。急所に当てればこちらの勝ちだがそれを許す相手ではなかった。他の全てを犠牲にしてダンはそれを避けるだろう。突き崩さなければならない。どういう手を使ってでもだ。

 

天地堂との同調レベルを上げ戦術を模索。脳味噌を引っかき回されるような痛みが頭を支配し、心臓は破裂せんばかりに高回転を続ける。苦痛を吐き出すかのように萬は咆吼し、バンカイザーを奔らせる。

 

デュランダルを振り回し斬り込む、斬り込む、斬り込む。全て回避されお返しとばかりに大振りの隙をついた突き込み。旋回しながら回避すると同時に回し蹴りを放てばそれを流され背面に回り込まれた。スラスターを全開にして弾き飛ばすと同時に振り返りながらイフリートエクスキュージョナーを発動し斬りつける。が、発動する前に剣線上から待避したダンカイザーは蜻蛉を切るように回転しながら蛮刀を投げつける。一つ、二つ、三つ。ブーメランのように回避しにくい曲線機動をもって襲い来るそれを、インフェルノナパームで瞬時に消し炭へと変える。どうせ擬似的な思考誘導兵器となっているのだろう。弾けば死角から襲い来るし、砕けばまたあの音叉のような飛翔刀となってしまうに違いない。攻撃のリズムを崩してでも対処しておくべきだ。案の定一瞬の隙を稼いだダンカイザーが攻め込む。今度は二刀。鈴ほどではないが電光のような剣技を駆使して斬りかかってきた。軽快な攻めに対してバンカイザーは防戦一方。蛮刀に比べデュランダルは重量があり小回りがきかない。しかしその刃に触れれば全てが寸断されるがゆえ、攻める方としても慎重にならざるを得ない。結果、ほんのわずかに隙が生じる。


「っ! そこおっ!」

 

斬。逆袈裟に切り上げたデュランダルの一撃がダンカイザーの右腕を切り飛ばす。天高く舞う右腕を尻目にダンカイザーは後退。右腕が再生しないうちに次の一撃をと考えたのか、インフェルノナパームの炎を纏いながらバンカイザーは追撃せんと駆ける。斬り飛ばした右腕が何に変わろうとバンカイザーを纏う炎獄の焔がそれを焼き尽くす。だからか萬は一切それに目もくれず機体を奔らせた。

無論、通常の攻撃手段ではバンカイザーにダメージを与えることなど叶わないし、ナノマシン構造体が変化した直接攻撃型の武装の類は一瞬にして焼き尽くされるだろう。

 

“だからダンは通常ではない攻撃手段を用意していた。”

 

空間が軋む。斬り飛ばされた腕が保持している蛮刀の先に黒い長方形の板のようなものが出現した。


隔絶空間。次元的に発生した箇所を通常空間から切り離すフィールド。

それはあらゆる力場、物質の在り方を一切合切無視し空間そのものを断ち割る。

 

“その発生地点上になんらかの物体が存在すればどうなるか。”

 

音も衝撃もなかった。あっさりと、さもそれが当たり前だったかのように。

 

バンカイザーの右腕は、肩口から断たれた。

 

性質上、発生地点から移動させる事が困難な隔絶空間を武器として使用するのは難しい。しかし予め敵が飛び込んでくる箇所が分かっていたのであれば。

このようにトラップとして使えないわけでもない。

 

紙一重のタイミングだった。まさかこれ程上手くいくとはダン自身も思っていなかった。僅かな焦りが見て取れたが萬がそれほど油断しているとは考えてもいない。

 

そう、“あまりにも上手くいきすぎていた。”

 

機体の傷口から、何も――“オイルや部品の類が撒き散らされない”と見たところでダンは自身が誘い込まれた事に気付いた。しかし遅い。

 

宙を舞う右腕の上で術式が発動する。指向性の重力場の展開。ダンカイザーにそれは向けられ、デュランダルを保持したまま右腕は漆黒の機体に向かって“墜ちていく。”

空間転移の応用。右腕の肩口から先を空間的に切り離し斬られたように見せかける。ダンの狙いをおぼろげながら予測し即座に対処を練った萬の読み勝ちだった。

 

しかしそれでも――


「くっ、浅い!」

 

――ダンカイザーの急所を打ち貫けない。僅かに身を捻った機体に深々と刺さったデュランダルはコクピットぎりぎりを掠めるに留まった。 

が、全く無駄であったわけでもない。


「ぐがあ!」

 

コクピット内、掠めたとは言えデュランダルの刃は内装に深刻なダメージを与え損傷させる。飛び散った破片はダンの身体に向かって降り注いだ。咄嗟に左腕で身体を庇ったが、多数の破片は深々と左腕を貫き引きちぎれるかと思うほどの重傷を与えた。

咄嗟に鎮痛剤のアンプルを肩口にたたき込み出血を抑え、機体を捻って強引にデュタンダルを引き抜き放り出した。やってくれる。ここまで追い込むとは流石だ。負傷に闘志を鈍らせるどころか益々滾らせて、ダンは機体を再生させる。

 

転移させた右腕を元に戻した萬は、再び攻め込まんとスロットルを開けようとした。だがそこで異変が起きる。


「があああああ!?」

 

突如側頭部の皮膚が裂け、血しぶきが舞う。度重なる負荷に耐えかね、ついに毛細血管が破裂したのだ。

絶妙に保っていた体内のバランスが崩れる。一気に苦痛、疲労感、その他諸々が怒濤のごとく萬の身体を支配した。だが倒れない。堪えきれない奔流を、歯を食いしばって受け流す。目の前にまだ敵がいる。コイツを倒すまでは、それまでは、地に這うつもりはない。

 

それはダンとて同じ。鎮痛剤でも抑えきれないほどの激痛を受け流し、動くはずのない左腕にも力を込めて、彼は最後の切り札を切った。

 

正三角形の位置に据え付けられた転移ユニットが突如砲撃を中止し、多重のバリアフィールドを展開。同時に動力が暴走を始める。そのエネルギーを全て内側に向け、フィールド内の空間を爆砕する荒技。次元に歪みすら生じさせるそれを、自身すら巻き込んでダンは発動させた。


「完全な状態ならこっちも堪えられるでしょうけどね……貴方を倒すには命くらいはチップにしなければっ!」

 

再生も不完全な状態で形振り構わずダンは攻め込む。


「上等っ! 地獄の入り口までは付き合ってやらあ!」

 

対する萬も後先考えないで真っ正面から受けて立った。

 

最早、互いに相手を倒すことしか頭にない。彼ら二人はこの時“初めて敵に殺意を抱いた。”


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!』

 

咆吼と共に互いの刃が激しくぶつかり合う。

 

同時に転移ユニットの動力炉が限界に達して、そして。

 

二体の化け物は、閃光に包まれた。


 









汗にまみれ、煤けていた頬を拭っていた蘭が、不意に彼方を仰ぎ見る。


「…………萬?」

 

そのか細い声は、誰の耳にも届かなかった。


 









光の柱が天を突く。

 

全てを崩壊させ、世界に風穴を開けるほどのエネルギーが封じられた空間の中に満ちた。 何者をも寄せ付けぬと見せたその傍らに、光を反射して舞い落ちるものがある。

 

回転しながら風切りの音と共に飛来したそれは、勢いを殺さず深々と大地に突き刺ささった。

 

表層が焼けただれ、微細なひびが入った刀身。鈍く光るそれは、デュランダルと呼ばれた大剣。

 

剣は何も語らない。

 

ただそこに、在る。


 









バンカイザー、シグナルロスト。





















次でひとまずの幕。











今回推奨戦闘BGM、BLOODonFIRE。




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