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13・BANG 前編

 





地表に降り注いだ楔――空間転移ユニットの数、200。

これに対して地球側の迎撃システムは即座に反応し、半数近い95基が大破、あるいは機能停止に陥る。しかしそれは織り込み済み。最初から総数の四分の一が到達し使用可能であれば第一段階はクリアできると想定されているのだ。

 

無事地表に落下したユニットは転移ゲートを展開。そこから最初に現れるのは雪崩のような無数の自動機械群。周囲の軍事拠点、戦力に対して侵攻すると同時にユニットの周囲を固め橋頭堡を構築する。

同時に予め残されていた自動侵攻ユニットに向かって一斉にコマンドが飛ぶ。当初の予定では嫌がらせのように時間差で起動させランダムに破壊工作を行わせる予定であったが、地球側の混乱が予想以上に激しく機会を逸し今まで放置されていたのだ。それを一気に目覚めさせ近場の拠点に向かわせる。そのほとんどがG型とよばれる、巨大生物をベースとしたいわゆる怪獣と称される類の物。単調な命令しかこなせないがその破壊力は災害規模と言っていい。

 

混乱が収束に向かっていたそのタイミングでの奇襲。初動こそ条件反射的な速度で反応したものの、その後の対応が後手に回った。消耗が激しかった正規軍などは後退を余儀なくされる。

そんな中でも不幸中の幸いといえるのは、各勢力と対峙していたGOTUIが世界各地に展開していた事だ。彼らは初動が遅れた箇所に素早く手を回し撤退や反撃を援護、被害の拡大を食い止め時間を稼ぐ。その働きはめざましいものであった。

 

だが、それは同時に疲弊していた彼らに更なる負担を強いる事でもある。

 

最早GOTUIにも余裕はなかった。温存されていた予備兵力、そして訓練期間が終了間近の訓練生たちすらも、戦力として引っぱり出さねばならないほどに。


「正直、もう二月ほど欲しかったというのが本音なんだけどね」

 

そう前置きして教官は居並ぶ統合科訓練生たちに告げた。


「君達統合科の面々はいわば便利屋としてあちこちに引っ張り回される事になるだろう。はっきり言えば最も負担が多く、死亡率も高い。だからといって今さら逃げる事など許されないのだけれど……」

 

ぐるりと居並ぶ面々を見回す。皆一様に緊張しているようではあったが、尻込みしている者はいない。それなりに覚悟は決まっているのか。ならばもう言う事はないと、教官は頷いた。


「よろしい。ならば最後に一つ。生き延びろ。最後まで諦めるな。諦めこそが戦場で人を死に至らしめる病だ。逆に言えば諦めさえしなければ必ず機会は訪れる」

 

おためごかしだなとは思う。しかし真実の一つである事には違いない。そう自身を納得させて彼はひよっこたちを送り出す。


「以上、解散。各員は辞令通りに所定の場所に赴き次の指示を待て。武運を祈る」

 

互いに最敬礼。因果な商売だと思いながら教官は身を翻す。後ろ髪は引かれるが彼には彼の仕事が待っている。いつまでも立ち止まってはいられない。


(しかし……いつもながら判断が速いなGOTUIは。いくら訓練課程が修了間近とは言え再侵攻から二日もたたずに訓練生たちを実戦投入するとは)

 

そしてその判断はいつでも的確だ。恐らくは何らかの未来予測の手段があるのだろう。それはきっとGOTUIの根幹に関わる事だと、教官の勘は囁いていた。


(まあいい、邪気は感じない。上手く使っているんだろうさ)

 

それはそれとしてと、彼は少し前から気にかかっていた事を思い返していた。

 

最近姿が見えない八戸出 萬、彼がいないのもGOTUIの読み通りなのだろうか、と。


 









数少ない私物を詰めたトランクを手に、訓練生たちが宿舎を離れる。

それぞれが己の目的地に急ぐ中、揃って同じ方向に向かうのが四人ほど。


「お前らまで俺に付き合う事ァなかったんだぜ?」

「そんなつもりはないって。僕も最初から特務機動旅団希望なんだし」

「今さら愚問だな。単に狙っているところが同じだった。それだけの事だろう」

 

トランクを肩に引っ掛けるように持ち、先頭を歩いていたライアンが仲間に問えば、打って響くように間髪入れない答えが返ってくる。1444小隊の面々は、揃いも揃って特務機動旅団に配属となった。元々機動兵器戦闘だけでなく多様のミッションをこなす特務機動旅団は統合科の人間にとって最も相性が良く、また有名どころとあって配属希望が殺到したのだが、実際に受け入れられたのは1444を含むごく少数であった。

当然と言えば当然。GOTUIにとっては主力であり、チームインペリアルを省けば最大の戦力である。産毛の生えそろった程度のひよっこ程度がそう易々と迎え入れられるはずもない。

それを押してなお1444などが配属されたのは、将来性を見越しての事であろう。実際彼らは実戦に近ければ近いほど好成績を残す傾向にあった。万年人手不足ぎみの特務機動旅団からすれば喉から手が出るほどに欲しい人材である、というのが正直なところだ。戦況が思いっきり動いた今、彼らほどの人間を確保するのは難しくなってくるだろうとの考えもある。

それは他の部隊からしても同様で、実は1444の配属を巡って裏で紆余曲折があったりしたのだが知らぬが仏。当の本人たちは上手く希望通りに事が運んでラッキーだった程度にしか思っていない。


「あた……自分は」

『ああお前さんの場合は分かってっから』

「どういう意味よ」

 

やや遅れて言い訳しようとしたターナのセリフをあっさりぶった切る三人。

彼女が特務機動旅団を希望したのは単純な話で、“チームインペリアルが名目上特務機動旅団旗下だから”だろう。少しでも萬の側にいたいという乙女心だかなんだかだっていうのは言われなくとも分かる。

これから先、萬と彼女の接触の機会は減ってくる。その前に二人をあわせておくべきかとライアンたちは考えたが、その片方がここのところ現れないのでは仕方がない。逃げるような人間ではないから多分事情があるのだろうがタイミングの悪い事だ。

当然の話であるが職員の動揺や情報の流出を抑えるため、萬が本部の集中治療室に放り込まれている事は伏せられている。ゆえにそれを知らないライアンたちが勝手な想像を巡らすのも仕方のない事だった。


「とかなんとか言ってるうちにも時間がなくなった。三番ゲートの輸送機だったな、急ぐぞ」 


ちらりと腕時計クロノグラフに目を走らせたライアンが皆を急かそうとする。それを押し留めるように、フェイが慌てて声を掛けた。


「ちょおっと待った。ライアン、お客さんだよ」

「あん?」

 

一歩踏みだそうとしてつんのめったライアンが不機嫌そうに振り返る。そして皮肉めいた表情のユージンが親指で指す方向を見やればそこには。


「…………あう」

 

宿舎前の木立に半ば隠れるようにしてこちらを窺っているパトリシアと目があった。

思わず凍り付くライアン。そんな彼の背中を残りの三人は一斉に『ぢゃ、ごゆっくり』

と言いながら押し出してそそくさと立ち去っていった。


「あ、お、ちょっとオイ!?」

 

泡を食うライアンだったが、おずおずと目の前に歩み寄るパトリシアの姿に戸惑って何も言えなくなった。対するパトリシアも半ば俯いたままもじもじとちら見してくるだけで何も言わない。

途方に暮れるがそんなに時間もなかった。ライアンは意を決して口を開く。


「あー、お互い希望通りの部署に配属されて何よりだな」

「…………うん」

 

もの凄く調子が狂う。けれどこのまま言いたいことも言えずに別れるのはきっとアレだ、ダメなんだろう。ライアンはなけなしの甲斐性を振り絞って言葉を紡いだ。


「そのな、特務機動旅団はほかの部署との共同作戦多いんだ。また俺らも連む事もあるだろうさ。だからよ……」

 

輸送機が離陸するプラズマジェットの響きが周囲に満ちる。

その中でどんな会話を交わしたのかは、彼らにしか分からない。


 









作戦は第二段階に移る。


橋頭堡を確保し地球側戦力の動向がはっきりしたところで主力が転移。数十カ所に別れて展開した戦力はそれぞれの目標を制圧するため動き出す。

第一の目標は宇宙と地球を結ぶ国際宇宙港と異世界交易ゲート。地球勢力が今まで保った最大の理由、外部からの補給線を断つ目論見だ。宇宙港もゲートも諸事情によりそのほとんどが赤道近くに位置しているため、自然最初の戦場はその周辺となる。

先発の自動機械群、G型自動侵攻ユニット、そして選りすぐりの主力部隊。今までにない規模の侵攻に対し、地球側も反撃のための勢力を送り込む。ここを取られては地球は即座に干涸らびると誰もが分かっているのだ。だからほとんどの者は諍いを一時棚上げし、呉越同舟という形で協力しあい脅威に立ち向かう。

 

まあ中には空気が読めずに因縁のある相手を後ろからさくっとヤっちまおうかとか、侵略勢力に寝返ろうかとかするあほがいたようだが、この窮地にそんな連中を真っ当に相手してやる余裕なんぞ誰にもない。殺気だった連中に即座に叩き潰された。特に一切の手加減をする余裕のないGOTUIは容赦しなかった。蹂躙。そう表現するしかない圧倒的な勢いで目の前に立ち塞がる全てを叩き潰していく。

 

戦場は、一時膠着状態に陥った。その中でもやはりGOTUIは八面六臂の態勢でふんばり、戦場を支えた。限定的とは言え空間転移による補給線と展開速度の確保。そして特務機動旅団以下の強力な戦力。初手を取られこそしたものの、迫り来る侵攻戦力を受け止め、戦況を五分に引き戻すのにそう時間はかからなかった。

その時点で次なる手が打たれる。主戦場から離れた位置に落下した空間転移ユニット、そこから更なる戦力が送り込まれてきたのだ。

狙いは背後。赤道付近に展開した先発隊と挟み撃ちにする形で、地球側戦力に強襲を仕掛ける。勿論そのままであれば易々と背後を突かれるであろうが地球側とてその程度は想定済み。最初から少数精鋭で遊撃隊を編成し、側面から増援を叩く。

 

その遊撃戦力の中に、TEIOWの姿はあった。


「数も多いし練度も高い。大盤振る舞いだな」

 

ガンスクワイヤによる火力で敵を退けながら、ゼンは舌打ち。今までの黙ってやられるような雑魚とはまるで違う。強敵に対して真っ向から挑むような真似はせず、手の届く一つ一つを確実に片づける策を取る。実にクレバーで冷静沈着なやり方だった。

このような連中を相手取るときには焦ってはいけない。他のフォローに回りねばり強く攻勢に出る機会を待つ。我慢比べだ、焦れて冷静さを失えばそこに隙ができる。向こうもそれは同じ事。TEIOWなどという化け物を相手取っていいる以上、危険性はこちらよりも上だ。

それにしても……。


「“ヤツら”の反応は、ない。ならば後詰めという事かな」

 

性能差をものともせずTEIOWに食らいついてくる化け物達。そしてそれを統率しているであろう怪物。恐らくは最大の難敵であるそいつらの姿がこの戦場にはない。この大侵攻にあたって出し惜しみをするなど愚の骨頂。であれば必ず機会を、隙を伺っているはずだ。であればどこに来る?

戦力を分散し、太陽系外から侵攻してくるか。それともこちらの戦力が集中していないところ――銃後を狙うか。前者ならこちらから打って出るのは難しい。もともと地球と太陽系内の宇宙勢力とは微妙な関係が続いている。この間の“出向”だってぎりぎりのグレーゾーンと言っても良かった。向こうは向こうで任せるしかない。今のところ。

では後者であれば。見え透いた、だが確実な手だ。今回の場合以前の撤退戦以上に見事な奇襲が決まり、その上補給線が確保されたまま。長期に渡って戦線を維持するつもりなのは明白。そしてこの作戦の要である空間転移ユニットはまだ各地に展開したままだ。新たな戦力を前線以外に送る事など造作もない。

 

実行されれば間違いなく後者の方が打撃を受ける。そう判断したダンの行動は早かった。

 

がきり、とゼンカイザーが巡航形態へと変形し、その場を離脱する。


「司令代理! ここはお任せを!」

 

彼の目的を悟った特務機動旅団の隊員たちが、ゼンの抜けた穴を埋めるべく果敢に攻め込む。流石はと言わざるを得ない判断の早さだ。戦場を突っ切り目指すは空間転移ユニットただ一点。向こうもこちらも補給線を断たれれば後が続かないのは同じ事。ならばその要点を叩く。それができるのは今この場に置いてTEIOWしかあるまい。赤道近辺に展開した戦力は集った面々に任せ、後詰めが控えているであろう各地のユニットへと向かう。

100を超える数。それぞれの位置はてんでバラバラ、そう簡単に落とせるものでもない。しかし――


「――やらなきゃなんないよなあ!」

 

最大加速で、ゼンカイザーは空を駆けた。


 









戦況は膠着状態。目端の利く少数精鋭はまず空間転移ユニットを落すべくそれぞれ各地に散った。

それを見計らって、一人の男が不敵な笑みと共に言葉を放つ。


「ショウ、ダウン」

 

空間転移ユニットが唸りを上げ、地表に数多の戦力が再び姿を現す。

同時に。


「よし、全軍進撃。蹂躙するぜぇ」

 

太陽系外縁部に展開していた侵略勢力の本陣が動き出す。

 

全戦力を投入した二面作戦。この行動で雌雄を決するつもりのダンは、ドコドを動かし出し惜しみなく全てを注ぎ込んだ。これで赤道上の施設を抑えれば宇宙と地球は完全に分断され、互いに戦力、物資を送る余裕はなくなる。それに対してこちらは空間転移ユニットさえ健在ならば補給のやり取りはし放題。かわりに大型艦船の半数以上がエネルギーの供給に用いられ使用不可となっているが、戦略的優位は大きく傾いている。

それを踏まえた上で、地表に降りたダンが重点的目標として選んだのは。


「目標、“全てのGOTUI施設。”欠片も残さず叩き潰しますよ」

 

最大級の脅威である、GOTUIの殲滅。

 

突出した軍事、政治力。戦略戦術。そしてTEIOWという切り札 。間違いなく現地球圏での最大戦力と言えるまでに成長した組織 。しかし逆に言えば、それを制する事さえできれば地球側の抵抗力を大幅に削ぐ事ができる。

今までの戦歴から判断するに、GOTUIは自身の防衛よりも他を優先する傾向にある。この大規模侵攻でほとんどの戦力を送り出し、各拠点はもぬけの殻に近い状態となっているであろう。

いくら無双の力を誇るTEIOWとて拠点がなければその力を発揮し続ける事は不可能に近い。つまりGOTUIの拠点を抑えてしまえば、ほぼ勝利は確定すると言っても良い。それでもGOTUI側は簡単にTEIOWを拠点に戻すわけにもいかないだろう。空間転移ユニットを放置しておけば、無制限とは言わないが地球への侵攻を留めおく事ができなくなる。戦線が瓦解してしまう前に破壊してしまわねば敗北は必至。とてもではないが戦力を拠点に戻す余裕などなかった。

 

そして、“一度起動したらそう簡単に破壊されてしまうほど、あのユニットは生半可ではない。”


新たに陣地を構築するため移動を開始した部隊のど真ん中、幽鬼のような黒き機体の中でダンはほくそ笑んだ。











「はっ、こいつはまた……面白すぎるのお……」

 

感服とも呆れともつかない声を漏らし、弦は“それ”を見上げた。

 

彼の――ゲンカイザーの眼前には無数の軍勢。それはいい、いつもの事だ。問題はその背後。霞んで見えるほどの彼方、無数の軍勢を放出しているそれ。全高がキロメートルに達しようかというその巨大な影は、地表に打ち込まれた空間転移ユニット。それが、ゆっくりと“蠢いている。”

各部の外壁が展開し、無数の砲口、巨大なアーム、触手などが現れ、下部からは太い脚が生えて地表から本体を引き剥がす。

ゆらりと、重々しい地響きを立てて“そいつ”がゲンカイザーを睥睨する。

 

空間転移ユニット。自らの動力と空間的に繋がった遠方の大型艦から供給されるエネルギーで稼働する巨大建造物。

 

そのベースとなったのは惑星侵攻用に開発された超大型機動兵器であった。

 

戦場のど真ん中に降下して戦力を送り込むと同時に補給線を確保する。さらにはそれ自体が移動要塞と化す事で戦力としても運用可能。一石二鳥も三鳥も兼ね備えたそれが、ゲンカイザーを圧倒せんと迫り来る。

く、と微かな呼気が弦の口から漏れた。なるほど、無数の軍勢に加えてあれほどの代物が相手では少々ではなく骨が折れる。かてて加えてそれが百基以上もあるのだ。どこまで抵抗できるか、心許ないでは済まない。


しかし、だからそれがどうした。

 

ずしりとゲンカイザーが一歩を踏み出す。各動力の出力が上がる。機体各部のプラーナコンバーターが展開し、天を突かんばかりのプラーナゲイザー現象が発生した。


「コードアウェイク。バーストモード、コンタクト」

 

大気が歪む。世界が砕け、天地が攪拌された。

 

災禍なるを全て打ち砕く拳がゆっくりと持ち上げられる。例え敵が無数に立ち塞がれど、やるべき事はただ一つ。

 

全て叩きのめす。

 

疾駆。広範囲の重力場が、渦巻く世界を伴って機体を加速させる。

 

数多の軍勢を己が領域テリトリーに巻き込みながら、ゲンカイザーは拳を振りかぶってただ真っ直ぐに駆け抜けた。


 










空間転移ユニットの移動。馬鹿馬鹿しいように思えるその策は、意外なまでに地球側の動揺を誘った。

 

実はこの手段、グランノア以下複数の移動拠点を所有するGOTUIと共通点が多い。移動する拠点というのは実の所攻め込む側にとって非常に相手をしにくい。自由自在というわけではないが常に有利な位置を模索できると言う事、そして常に位置を変えることによって防衛パターンを常時変更できる事。さらにのまま侵攻戦力の中核として用いる事ができるという事。空母や大型航空機程度の規模ではない。攻撃手段と強固な防御力を持つ要塞がそのまま移動するというのはそれだけで十分な脅威となるのだ。

その上このユニットの場合、さらに補給線そのものが前線と共に移動するような物だ。後方を断ち前線を孤立させるという手段が使えない。逆に言えば一点に戦力を集中できるという考え方もあるが、十重二十重に展開された防衛手段は近寄る事すら容易に許さない。今までGOTUIの優位点の一つがそっくりそのまま相手に使われているようなものだ。実際にダンはそれをヒントに策を練ったのであろう。柔軟で容赦のないやり方であった。


現段階では膠着状態だが、この奇策によって流れは地球侵攻勢力側へと変わりつつある。このままではそう遠くないうちに天秤は傾いてくる。それを理解している者達は全身全霊をもって足掻く。

そのやり方は多種多様。ゼンや弦のように攻め込む事を選ぶ人間もいれば、その真逆を選択する人間も存在する。


 









刃が奔った。

 

一刀にて百五十。空間の断層を生じる刃は有象無象程度の回避や防御程度など軽くあしらう。ましてやGOTUIに所属して以降右肩上がりで剣の腕を上げている鈴の前では、この程度の軍勢など障子紙にも等しい。

しかしそれでも叢雲のごとく湧き出る軍勢は、僅かながらも確かに鈴の体力、精神力を奪っていく。頬に流れる汗を拭いながら、鈴は誰にも聞こえない程度の声で呟いた。


「流石に、ちょっちキツくなってきたかな~」

 

カリブ諸島、異世界交易ジャンクション。あらゆる意見を退けて、全てを口車で煙に巻き、何を差し置いても最優先で、彼女はこの場を守護するために駆け付けた。

個人的感情は無論ある。だがそれ以上にこの場を奪われるわけにはいかない理由があった。

 

地球勢力が保有する他の補給源は制圧される可能性があるが、この場から伸びる補給源――“異世界”には手を出すのが難しい。極論から言えばこの場が残り異世界と交流を続けられるのであれば、地球勢力の補給源は断たれないと言う事だ。

 

ただ一人の剣士の立場から言えばそんな事は知ったことじゃないし、異世界の姫としての立場から言えば言い訳が効く程度の補給は続け、ヤバくなったらゲートを閉鎖し交流を断つくらいの事は進言するが、GOTUIに所属する身としてはそんな事は口が裂けても言えない。代表交渉役としての立場から見てもこの星を見捨てるなどもってのほかであった。

 

そして、鈴・リーン・悠木個人としてはGOTUIと言う組織に結構思い入れがあるのだ。ならばそれを生かすべく力を注ぎ込むべきはこの場であると、彼女はそう判断した。だからここに、この場を守護するために、鈴・リーン・悠木は現れた。

 

彼女だけではない。この場の重要性をいやと言うほど理解しているGOTUI以下の勢力。そして異世界――主に鈴の国からこの場の警備を名目に送り込まれてきた戦力。それらが十重二十重に異世界との通用門を守護している。

いずれ劣らぬ猛者たち。しかし彼らをもってしても、絶え間なく襲い来る襲撃に対して損害を完全に防ぐ事は不可能であったし、疲労が蓄積していくのも留めようがなかった。


僅かだが、鈴の太刀筋に乱れが生じている。この場では鈴以外気付く事のない差であったが、自覚ができた時点でかなりの疲労が溜まっていると判断する。無理もない。ここのところ、ろくに休んだ記憶もないのだ。流石にこの時点で代表交渉役としての仕事を差し込んでくるような空気が読めない行動を起こす者なんぞ存在しなかったが、それを差し引いてもオーバーワークである事は否めない。

だからといって退くわけにもいかないと言うのは重々承知している。良くも悪くも目立っているTEIOWは簡単に退く事すら許されない存在となった。だから彼女は前を見る。不敵な笑みを浮かべて最前線に立つ。


「倒れるときは前のめり……ってね~」

 

“楽しそう”に呟いて、彼女は地獄の真ん中で舞い続けるため、叢雲のごとき軍勢に襲い掛かった。


 









グランノア。ほぼ全ての戦力が出払い防衛能力の低下したはずであるその場に向かう敵陣が現れたのは、訓練生たちを送り出して翌日。早朝の事であった。

 

自動機械群とG型を中核とした無数の軍勢。制圧ではなく殲滅を目的とした部隊編成。血も涙もなくただ目標を食いつぶすためだけに存在するそれらを見据えて、蘭はただ静かに命を下した。


「総員、叩きのめしなさい」

 

無数の軍勢の中を、閃光が駆け抜けた。

 

思考誘導兵器を伴って天翔ける白い人型機動兵器。マントのようなバリアブルバインダーを翻し素手と闘気で有象無象を打ち倒していく漆黒の機動兵器。


「やれやれ、まだお互いに勘は鈍っていないようですね」

「ふむ。しかしこの程度では肩慣らしにもならぬな」

 

余裕を持って通信を交わすのは、演習教官と格闘教官の二人。かつて数多の戦場でならした二人は、未だその技量うでを保ったままだ。いささかの衰えもない。

彼らだけではない。防御形態となったグランノアの甲板上では、幼き魔法使いが攻撃用の大魔術を発動させようとしているし、人類最高峰のスナイパーは物陰から巨大な狙撃用ライフルだけで敵陣の要となっている機体を撃ち落としている。その他にもグランノアで教官役を務めていたもの、退役して一般職員を務めていたものなどが機動兵器や己が得意とする得物を持ち出し、迫り来る脅威に立ち向かわんとしていた。

 

これが掛け値なしの、グランノアに残された最後の戦力。かつて戦乱を戦い抜いたもの。そして無闇に力を誇示する事を拒み隠遁していたもの。そう言った人材を密かに集めていたのはこういう時のためだ。天地堂のチャートは不確定になったとは言えその精度は他の予測手段を上回っている。この程度の脅威など、すでに想定済みだ。

とは言ってもそれを乗り切れるかどうかはまた別問題。ならば全身全霊をもって、目の前の脅威を叩き潰そう。残存戦力の展開を確認した欄は後ろ腰に提げたドラグンファングを引き抜き、グランノアの頂点から容赦のない全力全開の法撃を叩き込んだ。

 

閃光が空をなぎ、数多の敵機が撃ち落とされる。しかしそれは全体に比べればごく僅か。山火事にバケツの水をぶちかましたほどにも効き目がない。


それでも、効いている事には違いない。山火事が消えるまで水をぶっかければ済む話だ。


「さて総員、覚悟はよろしくて? ここが天王山、負けは許されませんわよ。天覆うほどの叢雲を、叩いて砕いて討ち滅ぼして、我らが命轟かせなさい。一歩も下がらず全てを討てば、おのずと我らが勝ちとなる。グランノア最大戦速。死力を尽くして生き延びますわよ」

 

謳うように告げられた蘭の声に応え、皆が鬨の声を上げる。

そしてグランノアは、無数の敵がひしめく敵陣のど真ん中へ突っ込んだ。


 









ごぼりと、点滴のパックに泡が生じた。

 

集中治療室内の検査器具から全ての反応が消えたのはその直後。

 

そこに放り込まれていた患者の名は。

 

八戸出 萬。











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