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12・天地堂 前編

 





GOTUI総本部。

アフリカ大陸の荒野に広がるそこに、バンカイザーは運び込まれた。

 

出力は安定したものの外部操作を全く受け付けず動力の落ちない機体に、四方八方から様々なバイパスが繋れアプローチが試みられた。


「クーラント回せ! 動力が落ちないんならせめて冷やすんだ!」

「なんて速度でプログラムが書き変わってるんだ。通常のアクセスを受け付けないのならノルンからのラインに偽装して……くそ、これも弾かれる」

「スレイブコマンドが通らないな。支配権が完全にジェスターの物になったか。……肝心のジェスターはどうなっている?」

「外部からのアプローチを完全にシャットして沈黙……いえ、パイロットと同調して“似たような状態に陥っている”と推測されます」

 

防護服を着て蟻のように機体にたかる技術者たち。修羅場の最中、爆発ボルトで吹っ飛ばされたコクピットハッチの中から意識を失った萬の身体が引きずり出され担架に乗せられる。

てきぱきと処置を行いながら彼に付き添っているのはやいばとはずみ。行動には迷いの一つもないが、その顔は青ざめ、動揺がありありと見て取れた。彼女らに細々と指示を出し萬を簡易的に診察していた医療スタッフが、深刻な表情で作業を続けながら言う。


「このまま集中治療室へ。外傷、内部へのダメージは共にないが疲労が激しい。それにどうやら意識を失った状態でなお、脳は活発に活動を続けているようだ」

「……過剰に取り込んだナノマシンの影響ですか?」

 

やいばの問いに、スタッフは頷く。


「神経に添う形で独自のサーキットを形成している。脳髄とて例外ではない。そしてそれを触媒に外部とリンクして激しく情報のやり取りをしている。それに脳自体の処理能力がほとんど回され、身体の行動を取れなくなった状態となっているようだな。つまり彼は脳だけ覚醒し全力の運動をしているようなものだ」

 

その言葉に、はずみは眉を顰めた。


「危険……ですな?」

「うむ。今はまだいいが、この状態が長く続くとなると疲労どころでは済まない。脳自体が壊れるだろうな。だが外部からどうこうするのは不可能だ。ナノマシンが内部に入り込みすぎて手出しができん。唯一の朗報は医療用としての能力は失われておらず、脳細胞や神経の破損自体は修復しているという事だが……それでも脳の機能自体がオーバーロードを起こしてしまったら意味がない」

 

そうなれば植物人間が一人できあがるという言葉をスタッフは飲み込んだ。状況はたしかに光明が見えないがそこまで言う必要はない。どちらにしろここから先は専門スタッフの領域。現場担当である彼には手出しすることはできないのだし。


「……一時的なものであることを祈ろう。幸い上層部の方針で最高ランクの処置を最優先で行うようだし、身体的には疲労しているだけなのだ。希望を捨てるのはまだ早い」

『はい』

 

揃って頷き、ストレッチャーに載せられた萬と共に去りゆく二人。ああは言ったものの、根気よくナノマシンを取り除いていくくらいしか打開策がない。それも下手な事をすればサーキットが暴走しどのような悪影響がでるか分かったものではない。萬の体力が保つかどうかは難しいところだと医療スタッフは溜息を吐いた。

一体戦場で何が起こったのか、彼には想像もつかない。しかしろくでもない事は確かだ。人類最強の兵器、それはやはり多大なるリスクの元綱渡りで運用されている。改めてそれを確信する。

さて破竹の勢いで突き進んできたGOTUIが、主力の一角を欠くというこの事態にどう動くか。半ば他人事のように医療スタッフは思いを馳せた。











「完全な想定外だな。ここまでことごとく“チャート”を外されると、何らかの悪意が働いているのではないかと勘ぐってしまうぞ?」

「申し訳有りません、総司令」

「別に責めているわけではないさ。それにお前の責任……って事になるのか、司令だし。まあ想定外であったのは確かだが、悪い事ばかりでもない」

 

いくつも点るモニターの前で、神妙な表情を見せている蘭。バンカイザーのトラブルを知ったGOTUI上層部による審問会が開かれているのだ。

 

中央のモニターに映るのは壮年に見える男。天地堂グループ会長にして天地堂財団総帥、そしてGOTUI総司令を兼任する天地堂一族の頂点に立つ男、天地堂 嵐。言うまでもないが蘭の父であった。

彼の言葉を、表情にこそ出さなかったが訝しむ蘭。自身の個人的な感情を抜きにしても、萬が、いやTEIOWがこのようなトラブルに見舞われるのは“まだ”不本意であるはずだ。組織としては。それが“悪い事ばかりでない”と?  いやな予感に捕らわれる蘭に向かって、嵐は淡々と告げる。


「八戸出 萬。彼は今現在“天地堂”と接触している可能性がある」

「!?」

 

その宣告に、蘭は驚きを隠せなかった。


「そんな馬鹿な! 萬は、彼は適合していませんわ! 魔道のセンスなど欠片もない、特殊能力者ですらない、我らの一族とは何ら関わりのないただの人間ですのよ!?」

 

彼女の言葉を、嵐は諭すような口調で否定した。


「信じられない気持ちは我々とて同じだ。しかし彼の容体、そしてノルンとのリンク状況をくまなく走査した結果、適合者が接触している最中と酷似、いや、全く同様と言っていい反応だった。しかも今までの接触とは比べものにならない深度で、だ」

 

頭を振る嵐の態度にそれが真実だと思い知らされ、くたりと椅子に沈み込む蘭。どうしたらいいのか、どうするべきなのか、今までになく頭が混乱し様々な感情がぐるぐると渦を巻く。そんな彼女を慰めるかのように穏やかな口調で嵐は話を続けた。


「元々リンゲージドライブは接触のため設計されたデバイスを手直ししたもの。それをナノマシンと半生体金属の暴走を誘発し強引に構成し接続した結果、想定以上の性能を発揮したらしいな。あんなやり方、誰も想像すらできんよ。相手も悪かった。いや、我々が餌をくれてやったようなものか。これはお前だけでなくGOTUIそのものの失策よ。……ともかく彼が接触しているというのは不幸中の幸いと言ってもいい。この接触は、我々の歩みを大きく進めるものとなろう」

 

嵐の言葉に、ぎりりと歯を噛み締める蘭。怒り、不快感。そのような物を隠そうとしていない。いや、隠す事すら頭の中にはないのか。


「……彼を、どうなさるおつもりです?」

 

底冷えのするような、絞り出される言葉。余人なら腰が退けるようなそれは、GOTUI上層部にとってはそよ風にも等しい。どこか慈しみを含む眼差しで娘の様子を見やりながら、嵐は答えた。


「彼次第、だな。普通に考えればあのような状態に常人が耐えられるはずはないのだが……彼は常に我々の予想の斜め上を行く。あっさり復帰する程度はやりかねん。万が一そうなれば……我々は“彼を中心に動き出す”事になるな」

 

ぞう、と蘭の背筋が総毛立った。それは怒りか、恐怖か。判断は付かなかったがともかくその沸き立つ何かを抑え込む。萬に、あの青年に、自分の、一族の事を知られてしまう。そう考えるだけで心臓が握りつぶされてしまうような感覚を味わう。防ぐ手だてはすでにない。なぜならば――


「――どちらにしろ接触した以上、“彼には我々の全てが知られてしまう”だろうな。そこから彼がどう判断するか、想像もつかんよ。我々にできるのは待つ事だけだ。……だからお前は自信の職務を果たす事だけを考えろ。焦らずとも、結果は自ずと出るのだからな」

 

そこから先はそれからだと、嵐は言い放つ。それに対して何かを言い返さなければと思考を巡らすが、結局何も思い浮かばなくて。

蘭は泣きそうな表情になりながら「はい」と頷くしかなかった。


 









蘭が退席した後も、モニターは消えない。

 

しばらくの間、画面越しに集っていた面々は神妙な顔をしていたが――


「…………………………ぷっ」

 

――誰かが耐えきれず吹き出した途端、一斉に相好を崩した。


「いかん! 可愛い、可愛いすぎるぞ蘭ちゃんは!」

「あの感情を無理矢理押し殺そうとしていたところがこれまたアレだ! ご飯三杯くらいか!」

「いい子に育ったじゃないか。“暴力装置”として生を受けたはずのあの娘が、あれほどの女の顔を見せるようになるとは」

 

好き勝手に騒ぐ一族の重鎮たちの言葉に耳を傾けていた嵐は、うんうん頷きながら宣う。


「うん可愛いだろう可愛いだろう可愛いだろう。………………やらんぞ?」

 

えーとかずりーとかぶーぶー文句を垂れるあほどもの言葉を黙殺。ひとしきり聞き流してから、彼は再び真面目な表情となった。


「ウチの娘のご機嫌を取るためにも、八戸出 萬(あのこぞう)にはとっとと目を覚まして貰わなければならん。アプローチの首尾は?」

「現在接触が可能な人員から選抜を行っておる。とはいえ彼ほどの深度に到達できる域にはない。自我を取り戻せるまで“引っ張り上げられる”かどうかは……半分賭けだな」

「同調しているノルン……ベルからのサポートは期待できないね。深度が深すぎるのが災いしてそっちの処理に能力が喰われている。無理にすれば通常業務に支障が出るレベルさ」

 

明るい話は出てこない。海千山千が揃う各界の魑魅魍魎を相手取り一歩も退かなかった者達をして唸らせるほどの事態らしい。今回のトラブルは。

嵐はふん、と鼻を鳴らし呆れたような、それでいて挑発するような口調で言う。


「つくづくトラブルに好かれる小僧だ。見ている分には面白いが巻き込まれたらたまったものではないな……しかし」

 

すう、と嵐の目が細められる。


「遭遇した困難をことごとく乗り越えてきたのもまた事実。それが奇跡や偶然でないと信じさせてもらおうか」

 

そう言った後は心の中だけで続けられた。

 

ウチの娘にあんな顔させたんだ。戻ってこなかったらただじゃ済まさん。あと戻ってきたら二、三発殴る、と。


 









ざりざりと砂嵐に巻き込まれたかのように不明瞭だった意識が戻る。

 

一体何が起こったのか分からないまま、萬は身を起こした。

 

ぼんやりと霧が覆っているかのごとく周囲の景色ははっきりしない。いったいここはと疑問を口にするより先に――


「ようやっとお目覚めか。少々退屈したぞ」

 

――何者かが背後から声を掛けてきた。

 

聞き慣れた相棒の声。お前もここにと問いながら振り返った萬。


「…………あェ?」

 

彼はおかしな呻き声を上げて硬直した。

なぜなら彼の目の前でえらそうに胸を張ってふんぞり返っているのは――


「どうした、何をハトが豆鉄砲喰らったかのような顔をしておる」

 

――見た事もない“幼女”だったからだ。

 

飾り気のないワンピースを身に纏った、深紅の髪が特徴的な幼女。鶏冠のように跳ね上がった前髪を揺らし、訝しげに小首を傾げてみせるその娘に、まさかと思いつつ問い掛けてみる萬。


「もしかして…………………………ジェスター、か?」

「それ以外の何者に見えるというのだ?」

 

大威張りで宣う。どうやら今の自分がどのような姿をしているか、全く自覚がないようだ。

 表情を無くした萬は、“手元にあった”鏡を黙って差し出す。頭上に疑問符を浮かべたジェスター(?)は、それを受け取り覗き込んだ。


「ん?」

 

目が点になる。一端鏡から視線を外し、こしこしと目を擦ってからもう一度覗き込む。


「んン~~!?」

 

眉を顰めて面白い表情になったジェスター(仮)は、しばらくそのまま鏡とにらめっこしていたが、不意に顔を上げると信じがたいといった風情で萬に問うた。


「誰!?」

お前(ジェスター)じゃねえのかよ」

 

やれやれと肩を竦めてから、萬は座り直してあぐらをかき、片肘をつく。一体全体どうなっているのか。確か自分はあの化け物と戦っていたはずだ。できれば使いたくなかった手――過剰なダメージを受けた時に前もって仕込んでいた術式で機体の自己修復機能を暴走させ、危険極まりないシステムを再現する、なんて事までやらかして死闘を繰り広げたのだが、もしかして負けたのだろうか。だとすればここはあの世というヤツか。ジェスターも何かおかしな事になっているし、無事で済んでいるとはとても思えなかった。

あれだけじたばた足掻いたというのに、こうなってみると以外に落ち着いたものだ。もしかしたら感情が希薄になっているのかもしれない。死ぬ時にはそう言ったものから失われていくとスラムかどっかの神父崩れが言っていたような気がするし。現実逃避かとも思える冷静さで萬は状況を吟味している。周囲の光景がどこか現実味を帯びていないと言うのも沈静化に一役買っていた。感覚がはっきりしている夢の中。そう言い表せるような不可思議な雰囲気が周囲に満ちている。

 

さて、落ち着いてるはいいがこれからどうしたものか。賽の河原か忘却の川岸かは分からないが、このまま何も変化がないと言うのも考えにくい。待てば何らかのアクションはあると思うが確証があるわけでもなし、かといって無闇に動いても状況を打開できるかといえばそれもあやしい。うむむと珍しく萬は深く考え込む。


「おおおお落ち着いている場合か!? どうなっておるのだこれは!? 我の、我のぷりちーな姿がこのようなろりぷにに、ろりぷにに! …………それよりなにより我女の子だったのか!?」

 

ぶんぶか腕を振り回しながらぐるぐる目になったジェスターが捲し立てる。騒ぎ立てたところでなにがどうなるわけでもないのだが……まあ、いきなり自身の姿形が変わっていれば混乱しても仕方があるまい。狼狽える人工知能ってどうよと思いつつも、萬は考えを中断してまあまあとジェスターを宥めにはいった。


「気持ちは分かるが騒ぐ分だけ疲れるぞ? いいじゃねえか可愛くて。それにひよこだろうが幼女だろうがお前はお前だろうよ、いい加減冷静になって周囲を調べてみろ、こう視界が効かない状態じゃお前の感覚センサーが頼り……」

「ああ良かった、やっと“繋がり”ました」

 

不意に掛けられた声に対し、ぎょっとなって振り返る二人。気が動転していたとは言え染みついた戦士としての本能は油断無く周囲を警戒していた。そんな中何の前触れもなく何者かが現れるとは。いや……。


(声はしたが、“気配がない”!?)

 

それほどの手練れかと戦慄しながら鋭い視線を向けたその先には。


「自我の確立が上手くいったようで何よりです。実際の身体感覚からは切り離されていますが、不快感はありませんか? 吐き気とか目眩とか熱っぽいとか」

 

にこにこと笑いかける、二十歳前後の銀髪の美女がいた。

 

薄衣を適当に纏っただけのような、簡素な格好。見目麗しい容姿ではあったが、やはり何の気配も感じられない。いや、“実体がない”のか。

立体映像……にしては何か妙に存在感がある。こう、何というか……周囲の空気が集まって語り掛けているような感じだ。ともかく油断はできないが敵意のようなものは感じられなかったので、萬はわずかに警戒を解いた。(ジェスターは警戒したまま萬の背中に半ば隠れるよう回り込んだ)そして問い掛ける。


「…………で、アンタ一体何モンだ?」

「…………はぇ?」

 

萬の問いに、きょとんと目を丸くするその女は、即座にやっちゃったとでも言いたげな表情を作ってからこほんと一つ咳払い。そして取り繕うように笑顔を見せて名乗りを上げた。


「申し遅れました。私、グランノア中央情報セクションにて情報を統制している超級複合人工知能ノルンが一部、システム統括管制と外部インターフェイスを担当しております人工精霊プログラム、【ベルザンディ】と申します。どうかよしなに」

 

ぺこりと頭を下げるその女(ベルザンディ)の様子を、萬はぽかんと眺める。

どうしてこうもGOTUIの人工知能というのは人間くさいのか。魔道的な要素が入っているとは言え違和感が無さ過ぎる。と言うか――


「――何でそういう格好なんだ?」

 

プログラムならプログラムらしい格好をして欲しい。視界に入った瞬間に、死神って美人なんだなと一瞬でも思った自分のファンタジックな心を返せ。いやどうでもいいがその辺は。 萬の内心はさておいて、ベルザンディは小首を傾げ、人差し指を顎の辺りに当て暫し考え込む。そして出した答えはと言うと。


「………………趣味?」

「誰のだよ」

 

多分開発者あたりだろうが深く考えてはいけない。萬はそれ以上詮索するのを放棄した。


「ちなみにジェスターさんがそのような姿になっているのは開発初期の設定がそうなっていたなごりで、GOTUIの顔であるTEIOWパイロットがようぢょ連れ回している図ってのはどうよというツッコミ入って企画倒れたと言う裏話が……」

「聞いてねえよ! 知りたくもなかったよ!」

 

誰だ初期設定したヤツいや知りたくないけど。萬は精神的な疲労を憶え始めていた。がふー、と深く溜息を吐き、どこか据えた目でベルザンディに語り掛ける。


「それで? 聞きたくもない裏話聞かせるために出てきたんじゃあるまい、一体何用だ。……いや、一体“オレたちはどうなってる”?」

 

そう聞かれて、ベルザンディは得たりとばかりに頷いて真剣な表情を見せる。


「それを説明する前に質問させて頂きます。八戸出 萬、ジェスター、あなた方はどこまで覚えていますか?」

 

問われた萬は、頭をぽりぽり掻きながら答えた。


「リンゲージドライブを構成して全力戦闘を行い、アレ――TEIOWのパチモンが退こうとしたあたりまで、かな。そこで意識が吹っ飛んで……」

 

萬の言葉にジェスターも同意する。


「我も似たようなものだ。とは言ってもリンゲージドライブと機体の制御に手一杯でほとんどログにも……ログにも?」

 

記憶メモリーを検索していたのか思案しながら答えていたジェスターの顔が、不意に曇る。


「どういう事だ? ログが辿れん。我がシャットダウンされたとしてもデータは自動更新されるはずだ。それどころか機体……我自身のシステムにもアクセスできんだと? 人工精霊としての我だけ切り離されたとでも言うのか?」

 

さすがに状況に慣れたのかパニックを起こすようなことはなかったが、困惑するジェスター。まるっきり想定していない状況に陥って途方に暮れてはいるが、ベルザンディの存在が冷静さを保たせていた。

彼女は二人の様子を見てうんうんと頷き、訳知り顔で言葉を放つ。


「予想通りですね。過剰な情報の奔流に、あなた方の意志が耐えきれないと本能的に判断し、自我を一時的に凍結したのでしょう。結論から言いますと、今現在あなた方の本体は私たち――ノルンとリンクし、高次元高密度の情報のやり取りをしている状態です。それにほぼ全ての演算能力を取られ、外部とのコンタクトが取れなくなっていますね」

「? ちょっと待て、それだったらこうやって自我を保てるわけがないであろう。それにそれほどの情報がやり取りされているのであるのに、この場には何の影響もない。あまりにも……静かだ」

「その答えは先ほどジェスターさんが自分で言ってますよ? 正確にはあなた方二人の“自我という思考プログラムが、機体や肉体から一時的に切り離された状態にある”という事なんですが」

「…………と言う事は何か? 今のオレたちは生き霊……みたいなモンだと?」

「まあ大体そんな感じです。大丈夫ですよ、今すぐどうにかなるというものではありませんから。この場では時間感覚も外側とは違っていますし」

 

不安が表情にでていたのだろう。宥めるようにベルザンディは言った。内心の不安がそれで消えるわけでもなかったが、時間的余裕があるので在れば慌てる事もないかと萬は自分に言い聞かせて、話の続きを促す。


「今の状態は、元々搭載される予定であったリンゲージドライブでは起こりえない状態です。基礎システムからリミッターが設定され、パイロットと機体、そしてバックアップとのリンクには制限がかけられるはずでしたから。それでもパイロットにかかる負荷は並大抵の物ではないと判断され、結局オミットされるに到ったわけですが」

 

ベルザンディは二人の顔を覗き込むように視線を合わせる。


「あなた方が無理矢理構成した疑似リンゲージドライブには、そのような安全機構など存在しなかった。当然ですね、そもそもが機体の自己修復の暴走を前提としたもの。ゆえに手綱を取るのが精一杯で、安全性など考慮できようはずがない。相手もそれを許すような生易しい存在ではありませんでしたから。……ともかく戦闘機構としての疑似リンゲージドライブの構築は、“完全に失敗だった”と言っても良いでしょう。相手が退いてくれたからこそ大事には至りませんでしたが、戦闘中にシステム、パイロット共々シャットダウンするなどとは言語道断。ましてやその後も暴走を続けているようなもの、使い物になるはずもありません」

 

萬とジェスターは気まずそうな表情を作って顔を見合わせる。あの時にはああする以外の方法が思い付かなかったとは言え、確かに無謀だった。今この場で五体満足――と言っていいのかどうかは微妙なところだが、ともかく何とか無事で済んでいるのは運が良かったから以外の何者でもない。

神妙な態度を取る二人を見て、やはりちょっと気まずげな表情になるベルザンディ。


「あ、いえ、あなた方を責めるつもりではなくてですね。あの時はああでもしなければ勝ち目はなかったのですから当然と言えば当然で……その、ごめんなさい。言い過ぎました」

 

穴があったら入りたいという風情で小さくなるベルザンディに大して「いやいや」と手を振ってみせる二人。何も悪い事など言っていないのに何を恐縮してるかこの子、こんなんでシステム統制とかインターフェイスとかやっていけるのか。やっぱりGOTUIはどこかおかしい。自分達の事は完全に棚上げして、改めて思う二人だった。


「え、え~とまあそんなわけでして、“戦闘システム”としては多大な問題があったわけなんですが……」

 

取り繕うようなコミカルな態度が、再び真剣な物へと変わる。


「……“全く別なシステム”としては、今までにない性能を発揮する事となりました」

「別のシステム、だって?」

 

頷くベルザンディ。


「そもそもリンゲージドライブとは、そのシステムを戦闘用にデチューンし再設計したもの。強引に構成した疑似リンゲージドライブは本来の機能を超え、元となったシステムの機能を再現するに到りました。……リンゲージドライブの能力、その一部に多大なる情報を肥大化した演算能力によって処理し予知に近いレベルで戦況を予測するというものがあります。その能力が戦術レベルではなく、この世の全ての事象と言うレベルまで拡大したら。元となったシステムは、大雑把に言えばそう言ったものでした」

 

ベルザンディの言葉に、ジェスターはむむうと考え込む。


「まさかそれは、高次元情報集積帯……アカシックレコードとか称されるものに接触するためのシステムか? なぜそのようなものを」

「“我々の”本来の目的だったからですよ、そこに到るのが。いえ、それを利用できるシステムを構築するのが」

 

さらりと言い放って、ベルザンディは軽く手を振った。

霞むような光景が、はっきりとした形を取っていく。ベルザンディは萬の目を真っ直ぐに見詰め、告げた。


「八戸出 萬。貴方は好むと好まざるに関わらず“ここ”に到った。ですが最早全てを無かった事にはできません。あなたが現世に再び戻るためには否応なく全てを知りシステムを制しなければならない。それができなければ死ぬ」

 

生か死か。唐突かつ極端な選択肢を突きつけられた萬だったが、彼はなんという事もなさげにあっさりと答える。


「だったらやるしかねえって事だ。とっとと始めようか」

 

その判断の速さにベルザンディのほうが少し退いたが、ジェスターの「我が片翼はそういう男よ」との言葉に、そういうものかと気を取り直す。


「分かりました。では……よく見て下さい」

 

告げられると同時に、周囲の光景が劇的に変化する。

 

それは天に向かって伸びる無数の根。底なしの地から空を貫き、そして天に向かって伸び続ける。

その一つ一つが事象。かつて起こった事。今起こっている事。そしてこの先起こる事。その全てが記憶され、紡がれていく。

周囲に視線を巡らしながら、ベルザンディは語る。


「高位次元情報集積帯。その存在を知った者達は様々な理由でそれを利用しようとしました。ですが無限ともいえる情報の奔流をそのまま取出そうとすれば、いかな人工知能も、人間も、耐えうる事ができない。そこである集団は特殊なシステムを構築しました。選抜した感応能力系特殊能力者、魔道能力者を中核とした無制限情報流動機構。それにより高次元情報集積帯から情報をダウンロードしつつ自我を乖離させ外部から情報の奔流を見切り、制御する場を設ける」

 

氾濫する川の濁流にそのまま飛び込んでも流れの全てを把握できるわけではない。押し流されるだけだ。ならばその濁流を導く経路を形成し、外部から監視、制御すれば。そのように考えた者達は集い、人を選び、交配を繰り返して一族を形成していった。


「それが我々を生み出した者達。彼らが総力を挙げ構成し組み上げたのがこの場。天地遍く森羅万象を知り、未来を予測し都合の良い事象を選んでそれを成していくための道標」

 

ベルザンディは振り返り、にいと笑う。


「この場の名。そしてそれにちなんで名付けられたその一族を……【天地堂】といいます」






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