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11・リンゲージドライブ 後編




「それで、“こいつ”を使う機会ってのはあると思うか?」

 

モニターを睨みながら、萬は左肩の上で船をこいでいたジェスターに尋ねる。


「……ん? よほどの状況にならねばないと思うが……いつそのよほどの状況に陥らないとも限らんしな。可能性はあるだろう」

 

そう言ってジェスターは落書きのような眉毛を顰めた。


「だが発動条件厳しいであろう。綱渡りどころではない、綱から足を踏み外して落下中に綱を掴んで墜落を逃れるようなものよ。使わぬのであればそれに越した事はない」

 

だよなあと萬はしみじみ頷いた。こんな無茶苦茶な代物、使う羽目になど陥りたくはない。

しかし。


「……ジェスター、条件が整った時にコイツを自動発動できるよう、術式面から設定できるか?」

「可能ではあるが……使う気か?」

「使いたくはねえよ。けどな」

 

萬は苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ。


「こういうのに限って使う羽目になるんだよ」


 









アラートが響く。

 

TEIOWのコンディションを示すパラメーターデータ、機体から直接送られているそれに異常があった事を示すものだ。

 

しかもそれは。


「!? 何かねこれは? 私は知らないぞこのようなアラートがあるという事を」

 

監察官であるジェフリーが問い質す。その立場上、GOTUI内の情報のほとんどを握っている彼の知識の中には存在しないアラート。何が起こったのかと訝しむのも当然だろう。

だが、動揺しているのは彼だけではなかった。


「な、なぜ、これが!?」

 

目を見開き青ざめる蘭。


「馬鹿な……」

「嘘……」

 

呆然となる二人の従者。


「情報セクション、いえ、ノルンにダイレクトハッキング……違う! 強制的に魔道、霊子ラインによるリンクが接続されていきます! 何なのこれ!?」

「04パイロットのフィジカルパラメーターがいきなり危険域に入りました! で、ですけど機体が強制離脱しません! ジェスターが機体の自立行動に介入してる!?」

「全動力がオーバードライブ域を超えてさらに出力上昇! このままでは機体が自壊します!」

「自己再生が、暴走してる? それを術式の上書きによって制御しているのか!?」

「こんな……こんな機構知らない! まさか今構築されているの!?」

 

そして泡を食うオペレーターたち。

 

司令部のスタッフも予測していなかったような緊急事態だと悟り、冷や汗を流すジェフリー。表示されるバンカイザーのパラメーターは全て危険域を示すレッド。しかしそうでありながら、全ての性能数値が上昇を続けている。本来ならば自壊が始まってもおかしい領域になってもそれは止まらない。設定されていた以上の能力をバンカイザーが発揮している、そう考えられる状況だったが。


「……心当たりがあるようだが、一体何が起こっているのかね?」

 

厳しい顔で画面を見詰める蘭にジェフリーが尋ねた。問われた蘭は振り返る事すらせずに、硬い表情のまま答える。


「……TEIOWには、バーストモードを超える、最後の切り札とも呼べる機構が搭載される予定でしたわ。しかしそれはパイロット、機体双方に多大なる負担を与えるためオミットされたのです。ですから……」

 

ぎしりと、蘭の手から軋む音が響く。


「“起動するはずがないのです、あの機構は。存在しないのですから”」

「!? だ、だが、実際システムは立ち上がっている! どういう事だ!」

「どのような手段を用いたか分かりませんが、“現状で急遽構築している”としか。ですが拙いとしか言いようがありませんわね。機体に深刻なダメージを負っているようですから」

 

ぎり、と歯を噛み締めて暫し考え込む蘭。できれば今すぐにでも現場へ飛んでいきたいが、己の立場はそれを許さない。ならば致し方がないか。即座に判断して蘭は従者たちに命じた。


「やいば、はずみ。萬の元へ。現状の確認を頼みます」

『かしこまりました』

 

焦りなど見せずあくまで優雅に一礼。そして脱兎のごとく姿を消す二人。ジェフリーが声を掛ける暇もなかった。

いいのかと蘭に言おうとしたジェフリーが躊躇う。そうせざるを得ないほど今の彼女は鬼気迫る様相である。拳を握る手袋に血が滲んでいるのも気付いていない。

いやな予感というものは当たって欲しくない時に限って当たる。だからといって何ができるでもない。蘭は今、己の無力さを噛み締めていた。

 

彼女にできるのは、ただ祈る事のみ。


 









グランノアから二機の機動兵器が飛び立つ。

外観は白と黒で塗り上げられたツートンカラーのブロウニング。右の機体が身の丈ほどの大剣を背負い、左の機体が長大なライフル状の武器を持っている以外はほぼ同一の機体だった。

 

ブロウニングの三基のエンジンのうち一つを魔道系動力に換装した、魔道兵装の使用を可能とするブロウニングのアップバージョン、【ブロウニング・ハイパワー】である。

 

大剣を持つ【ブレイドカスタム】を駆るのはやいば。ライフル状の武器を装備している【ブリッドカスタム】を駆るのがはずみ。広範囲に戦場が展開されているためゲート機能が使えず、長距離侵攻用のブースターユニットを増設して対応しているが、目的地への到達時間は圧倒的に遅れるのは否めない。

一型に身を包んだ二人の表情は硬い。焦りばかりが募り、フルスロットルの加速も亀のごとき速度にしか感じていない。自分達でもどうしようもないと分かっていたが、心は急く。


「萬様、どうか……」

「……ご無事でっ!」

 

祈りと共に、乙女たちは駆ける。


 









はっきりとした、手応え。

 

()ったと、ダンは確信を得る。

 

致命的とは言い難い。TEIOWはその構造上、胴体中央部にはフレームと可変機構しかなかった。しかしダンカイザーが突き込んだ【杭】は機体を構成するナノマシンの集合体であり、周囲の物質を分解、再構成する事が可能だ。このまま機体を侵食して内部から徹底的に破壊する。それで終わりだ。

 

そう思っていた。


「!!」

 

ぞくりと、悪寒が背筋を駆け抜けた。

 

咄嗟に左腕ごと再構成した蛮刀で杭を切り落とし離脱。本能的な、反射レベルの行動だった。

自己再生が機体を瞬く間に修復し、全ての機能が回復する。それを確認しながら油断なく目の前の敵を見据えるダン。


「何かをやった? だが」

 

何らかの危険を感じて離脱はしたが、切り落とした分の杭――ナノマシンはまだ向こうの腹の中だ。機体の支配から逃れれば勝手に暴走し内部から侵食を初めて食い尽くす。もはや詰んでいる状況には変わりがない。

だとすれば今感じたこの悪寒は何だと訝しむ彼の目の前で。

 

炎が弾けた。

 

放出機構からだけではない、全身の装甲、その隙間や継ぎ目などありとあらゆる箇所から炎が吹き出てバンカイザーの全身を包む。

 

そしてそれは機体に穿たれた傷口も例外ではなかった。

 

肩口に刻まれた刀傷、全身に食い込んだ刃の切り口、そして胴体に開けられた大穴。その全てから容赦なく炎が吹き出る。

動力が暴走し自壊するのか。一見そう見える光景であるが違うと、ダンの勘は告げた。

 

突き刺さったままだった即席の飛翔刀が“焼き尽くされる。”エネルギーを喰らうはずのナノマシン集合体が焼き尽くされるという事は、あの炎は魔法とやらの産物か。恐らくは腹の中に残ったものも内側から焼き尽くされている。自壊覚悟で“消毒”を行ったのか。相も変わらず斜め上の行動を取る男だ。

しかしそれだけではない、それでは済まない。感知される熱量が、機体の出力が天井知らずに上昇していく。単なる暴走とは考えない。そんな生易しいものではない。


「ならばそれを発揮させる前に、叩き潰すっ!」

 

フレームにダメージを喰らい、その上で自身の内部を灼くなんて真似をやった直後だ。そう簡単に損傷が修復できるはずがない。この目の前の怪物が、さらに恐るべき存在へと進化する前にケリを付ける。その意志を刃に込め、最速で駆けた。

亜光速の一撃。避けられる事も、受け止められる事も、それ以外の事もすべて想定済み。この一撃を皮切りに追い込み詰める。勝つためのありとあらゆる要素を内包した一撃は。

 

空を切った。


「……え?」

 

ぞく、と再びの悪寒がダンを襲う。再度の離脱。


「今のは……今のは何だ!?」

 

大粒の汗を流しながら、動きを見せなかったはずのバンカイザーを睨み付ける。今の一刀は回避されたのではなかった。まるで“打ち込みの行動そのものが軌道をねじ曲げられたかのような”手応え。いや、“実際にねじ曲げられたのか。”


「空間制御! 直接的な防御ではなく攻撃を逸らすためのものか! ならば!」

 

銃を構える。重力と空間を制御する攻撃法ならこちらの十八番だ。連射可能な重力子弾にどこまで耐えうるか。簡単に打ち抜ける防御法ではないが絶対無敵というわけでもあるまい。今は攻めて攻めて攻めまくる。

ここで決着を付けるという決意を乗せて、弾頭が放たれる。修復を優先したか回避する様子もないバンカイザーに弾丸は迫り、そして――


「弾けろっ!」

 

――機体に到達する前、先に攻撃を逸らされた辺りで炸裂する。重力子の崩壊速度を速めた極小規模の疑似超新星爆発。それは周囲の空間を一時的に歪ませた。これで空間制御は不完全なものになる。

 

僅かな時間、僅かな機会。それを生かすべくダンは悪寒を無視して機体を飛び込ませた。

 

空間を断ち割る刃が迫る。

 

この時ダンが気付き、退いてさえいれば展開はまた違っていただろう。

 

バンカイザーには“空間をねじ曲げて防御する機構など存在していなかった”事に。


 









機体内部に炎が奔る。それは機体内部に残されたダンカイザーのナノマシンを焼き尽くすと同時に自身をも傷付ける。それを修復せんと自己修復機構が働き自身のナノマシンと半生体金属が活性化を始めた。

 

その制御に、ジェスターが前もって構成していた術式が介入する。

 

ナノマシンの安全機構が緩和され、再生が異常なまでに加速する。ごぼりと機体の各部に開いた傷口から流体化した金属が溢れ損傷を補う。が、それでは終わらない。装甲内部に、フレームに、動力部に、半ば暴走した状態でナノマシンが満ちる。その影響はパイロットである萬にも変化を与える。


「ぐ、くあ」

 

本来であれば緊急時に負傷を治療したり身体の活性化を行ったりするための治療用ナノマシンが過剰に投入される。それらは本来の役目を果たすことなく、彼の身体の隅々まで侵食していく。仕込まれていた術式によりそれらは一定の指向性を持って体内に新たなサーキットを形成、それは直接的にジェスターとリンクされていった。

 

機体内部に展開されたナノマシンも同様、新たな経路を機体内に形成する。それは各動力をそれぞれつなぎ、そしてジェスター本体へと導かれる。

 

全動力が同調を始め出力を上げていく。そして形成されたサーキットを経由し互いを増幅器としてさらに出力を増加。相乗効果にてすぐさま限度を突破し天井知らずに出力は上がっていく。

 

自壊を促しなお余るエネルギーを術式の上書きによって制御。過剰なエネルギーは機体外部に放出されるがそれでは足りない。余剰のエネルギーのごく一部を情報制御に回し強制的にノルンとのリンクを開いて処理を補わせると同時に必要なプログラム、術式をダウンロード。怒濤の勢いで機体に術式を刻んでいく。

 

装甲表面に葉脈のような幾何学的な模様が刻まれる。恒常的に術式を展開するためのサーキットが焼き付けられているのだ。それは装甲だけではない、機体内部のありとあらゆる部位に刻みつけられていく。

 

ダイレクトリンクの影響で萬の思考速度が加速する。身体が、神経が、脳が、過剰な処理能力によって焼き切れそうになるが堪える。堪えてジェスターに思考を繋ぐ。力を望み、力を制し、限界を超える策を思考の早さで伝達する。

 

本来であれば機体全体に神経のように張り巡らされた伝達系と同化するように構成されるはずだった経路を、半暴走しガン細胞のように増殖するナノマシンと刻まれていく術式サーキットによって代用する。コクピット周辺の伝達経路は萬の体内に展開されたサーキットに直接アクセスする事によって補う。動力、機体、全ての制御をパイロットと人工精霊憑依型人工知能に直接接続し、さらに思考能力を極限まで向上させ処理能力を向上させたパイロット本人を制御中枢と同化させる事により、人間の柔軟な思考を人工知能と同等以上の演算能力にて運用する。萬が望み考案した案は、同時にジェスターによって整理され新たな術式が高速で構成され展開していく。

 

機体外部に放出されていた炎――余剰エネルギーが形を変えていく。空間の密度が高まった“場”がいくつも展開され、そこにエネルギーは注ぎ込まれる。深紅の水晶を思わせるそれは砕けたガラス片のように宙を舞い、機体各部に貼り付いていく。それは隔絶空間障壁に似て否なるもの。超密度の半物質化したエネルギー塊であり、余剰エネルギーを溜め込むタンクであり、擬似的な増加装甲であり、ストックされた術式でありまたその増幅器でもあった。

 

機体各所に鋭角的な装甲を形成し、さらに各部放出機構から刃のごときひときわ大きな結晶体が形成された。そしてスラスターの振動波発振部にも同様のものが生じて翼のごとく展開し、さらに後頭部に鬣のような幾本かの結晶体が生じる。

 

紅水晶の、鬼。一回り巨大化したように見えるそれは、ゆっくりと俯いていた顔を上げた。 各動力、そして機体とパイロット。全てを同調させ相互の増幅器とする事によって機体の能力を絶大なまでに向上させる機構。

 

【リンゲージドライブ】。

 

禁じ手として封じられていたはずのそれが、今ここに目覚めた。


 









眼前で行われたその変化に対し、ダンは驚きを見せなかった。

 

やはりか。それが素直な感想だった。さきに土手っ腹に叩き込んだ一撃で仕留めあられなかった時に薄々感じてはいたが、案の定まだ切り札を隠し持っていたようだ。しかし振るった刃はもう止められない。空間の歪みはまだ修復していない、これが届くのはこの機会のみだと決意を込めて振り抜いた。

 

会心の一撃。しかしそれは、いつの間にか差し出された左腕に、放出機構から伸びた刃に受け止められていた。

 

刹那の停止の中で、ぎ、という独特の振動音を耳にしたダンは三度機体を引き剥がす。それと同時にありったけの重力子弾を叩き込む。

着弾する寸前で、水晶状の装甲が幾何学的な模様を浮かび上がらせ発光した。そこに直撃した重力子弾は、あっさりと消滅する。炸裂したのではない、消滅したのだ。


「空間振動刀に、反重力場! 魔法とやらで再現したか、厄介な!」

 

忌々しげに吐き捨てるダンに向かって、萬は壮絶なまでの表情でニヤリと笑って見せた。


「それだけだと……思うかい? ……往け、【ファントムスクワイヤ】」

 

ぱきりと音を立てて、鬣状の水晶体が何本か切り離され剣のような形に変形し、縦横無尽に空を駆ける。思考制御の機動砲台まで再現して見せたか。だが特殊能力者でなければその制御に集中力を削がれ機体自体の制御ができなくなる。ダンが同様の武装を運用できているのはある意味“反則的な手段”を使っているからだ。そこまで思い当たって、まさかと戦慄するダン。


「“自身の思考をコピーした”自立稼働型の機動砲台! 味方ではなく、私のやり方を模倣したと? 意趣返しのつもりか!」

 

そもそもニキ・ニーンという人格を構成するナノマシンのメモリーを、そっくりそのままダン・ダ・カダンの思考ロジックに置き換え増殖させたダンカイザーの機体構造材は、分離してもダンの思考をトレースして活動する。ゆえに彼の意志に従って行動する“ように見える”端末兵装として運用できたのだが、それを魔法技術とやらで再現して見せたのか。

 

そんなダンの推測は半分だけ当たっていた。生憎萬にはダンがどのように機動砲台を操っているか分からないし理解している時間もなかった。ただガンスクワイヤと同様の機能を再現しようとしたら偶然ダン(正確に言えば機体を作り上げたツツ)と同じ発想に行き着いただけだ。

 

ナノマシンの集合体と高密度のエネルギー結晶体が縦横無尽に飛び交いぶつかり合う。

駆け引きも何もあったものではない、先読みが行きすぎて最早打ちっぱなしのロケット花火と大差ない交錯。大輪の花が咲き乱れるその最中を二体の羅刹が駆けた。


「お、おおおおお!」

「あ、あああああ!」

 

滾り吠え、空を断ち割る刃と空を砕く刃がぶつかる。。即座にダンカイザーの蛮刀は砕けるが瞬時に再生し何事もなかったかのように再びデュランダルと打ち合う。そしてまた砕け、再生。それを繰り返す。

 

絶え間なき剣戟。その合間にも頭の端っこでダンは自問自答し続けた。

空間を破砕するあの剣が未だ保っているのは、魔法技術によって増強されているからだろう。それはいい、その程度ならまだ対応は可能だ。問題は、コイツが“いつあの剣を構成したか”だ。

刹那の一瞬にも、バンカイザーから意識を外した憶えはない。だが気が付けば一対の銃剣は接合され大剣と成っている。あれを形成するには僅かながらも時間が必要だったはずだ、それを見逃すはずもない。であればどうやってそれをごまかした。

 

結論は容易く導かれる。なぜならば――


「――これもこちらと同じ! “時空間制御の極小規模展開”!」

 

性能的な優位にあったとは言えTEIOWという化け物三機と互角以上に渡り合えた秘密の一端。何のことはない、アイオーンからコピーした時間制御を極短時間、要所で使用する事により機体の反応を補うと言う手段。ダンのそれがゼンたちにも察知されないほど自然に行われていたのに対して、萬の場合は違和感を覚える程度には不自然という差があるが機能的には同じ。僅かな行動を短縮し、隙を少なくする。さきに蛮刀を受け止められた時いつの間にか左腕が差し出されていたのはその効果だろう。

 

実際ダンカイザーがコピーした時空間制御のシステムは不完全で、元々短時間しか展開ところをさらに短くほんの一瞬しか作用しない上にエネルギーを喰うという欠点があったが、要所で反応速度を補うのであればそれで十分。エネルギーのロスも、そもそも事実上無制限の動力を搭載しているとあってさしたる問題にはならなかった。恐らくバンカイザーのそれも同レベルの性能だろう。でなければもっと優位を保つよう積極的に使用しているはずだ。 

先だって使用した空間をねじ曲げる防御法も同じく不完全と見た。恐らくは位置を固定しないとうまく展開できないのだ。有象無象が襲い掛かるのであればともかく、ダンカイザーの前でいつまでも立ちつくしていてはいいカモだと理解して使用を諦めたのだろう。でなければ機体を変化させる間の間に合わせの防御か。

今までにない機能が生じたのは、あの水晶のようなエネルギー体、あれが追加装備の役割を果たしているからだろう。余剰のエネルギーがそっくりそのまま新たな機構の役割を果たす。実に厄介だ、それは今ある機能だけでなく、全く別な機能を即座に構成できると言うことでもある。何が飛び出てくるか予測もつかない。

 

手札の一つ一つがダンによって見切られていく。しかし未だ彼の背筋からは悪寒が消えない。つまりまだ、相手は全てを出し切ってはいないらしい。

恐るべき相手だ。だがここで、これ以上の怪物となる前に片を付けなければ後々禍根を残す。ならばやるしかない。以前萬がダンに対して抱いた感想とほぼ同じ結論に達したダンは、改めて覚悟を決める。

 

萬の方はと言えば、はっきり言ってまるっきり余裕がなかった。

 

強引に機体と接続したおかげで反応速度と思考速度は極端に向上したが、無茶苦茶な接合が徒となり脳髄から末端神経までの全てを掻きむしられているような苦痛が絶え間なく襲い掛かる。その上同調した機体は、各部のダメージを痛覚という形で萬に伝える。人体レベルに変換されたものではない、“機体が受けたダメージそのまま”を。

分かり易く言えば、機体が斬りつけられたダメージは単に自身が斬りつけられた傷として認識されるのではなく、“機動兵器サイズの刃物で斬りつけられた痛みとして認識される”のだ。

生身で寸断されるよりも酷い痛覚というのは想像を絶する。かてて加えて半暴走状態のナノマシンと術式で補強されているとは言え本来であれば自壊してもおかしくないエネルギーが全身を巡り、限界を超えた機動は慣性制御でも抑えきれないほどのGを生み出して機体を軋ませる。その苦痛がいかほどのものか。地獄の責め苦の方がまだしもマシ。とうの昔に正気を失ってもおかしくないレベルの拷問としか言いようがない。

 

しかしそんな苦痛の最中にあってなお、萬は堪えきっていた。

 

全ては幻痛(ファントムペイン)。それが分かっていても痛みが消えてくれるわけでもない。それを耐えられるのは、萬が“識って”いるからだ。

 

こんなもの、目の前で大切な誰かが死にゆく痛みに比べれば。あの喪失感に比べれば、どうという事はないと。

 

それはやせ我慢であろう、強がりであろう、ただの意地であろう。だが長時間連続使用すれば間違いなく廃人になる――パイロットを使い捨てにしなければならないほどの苦痛を与えるシステムに耐えているのは確かである。

そして何よりも、目の前の怪物を打倒するためには、この絶大な苦痛を伴う力が必要だと理解している。むしろこの程度でダンと渡り合えるのであれば僥倖とも言えるのだ。

繰り返して言うが萬は凡人にしか過ぎない。それが人外の化け物と真正面から渡り合うには、人知を越える負荷がかかって当然。覚悟の上の事……と言うよりそうでなければおかしい。何かを成すためにはそれと同等以上の対価が在らねばならない。ならば当然以前の話。萬の、自身の存在すら切り売りする冷徹な部分はそのように判断を下し、自覚はないがそれに基づいて自殺まがいの舞闘を続ける。

 

瞬時とは言え最速で亜光速にも達する対峙は留まるところを知らず、周囲の大気、気象を乱して極小規模ではあるが雷雲伴う低気圧――嵐を生み出しつつある。

一方的に砕かれ続けているような剣戟は絶え間なく続き、無数の端末が無秩序に飛び交い、重力場が、空間の歪みが、大気を震わせる。

 

まるで神話時代の戦いを再現しているかのような、光景。いつ果てるともなくそれは続く。

 

まだか、まだ届かないか。まだ倒れないのか。時間が引き延ばされた感覚の中、萬は貪欲にあがき続ける。絶え間なく刃を振るえ。ヤツの反応速度を上回れ。竜巻のごとき剣戟をかいくぐり、鉄壁の防御を打ち破れ。そのための速度を、力を、術を、技を、引きずり出せ。力が足りないなら出力を上げろ。知識が足りないのならノルンから掘り起こせ。己が積み上げてきた全てと人類史上最強の兵器をもって目の前の敵を叩いて伏せろ。さあもっとだもっとだもっとだもっとだもっとだもっとだ!

 

大気を、いや空間を震わせて甲高い音が徐々に響き、機体の表面を覆う水晶状のエネルギー塊が発光を強めていく。まださらに出力を上げるとでもいうのか。底の知れない強敵に対して戦慄と、密やかな歓喜を憶えながら、諦めるという事を忘れたダンは咆吼と共に剣を振るおうとして……。

 

“それ”を見た。

 

びくりと、バンカイザーが震えた……ように見えた。その一瞬、ざり、とテレビに映るノイズのような何かが、バンカイザーから溢れたように感じた。


「な……?」

 

今のはと一瞬気が削がれる。そのわずかな躊躇が戦闘の流れを断ち切った。

ダンカイザーのコントロールが、外部から乗っ取られたのだ。


「やっぱりスケジュールを守りませんでしたね。ツツに頼んで仕込みをしておいて正解だったようです」

 

モニターの端に、呆れ果てたという表情のシャラが写る。その彼女に対し、ダンは今までにない真剣な表情で訴えかけた。


「コントロールを戻すんだシャラ! あれは、あの存在はここで消し去っておかなければならない! たとえ――」

「それでも、です」

「――だが!」

「“例え己の命と引き替えに”、などと考えている時点で貴方は冷静な判断ができなくなっていると確信しました。強制転移を行います、頭を冷やして下さい」

「くっ!」

 

全速力で離脱を行う機体の中でダンは歯噛みする。もう何を言ってもシャラは聞く耳を持つまい。千載一遇とも言えるこの機会を逃してしまえば、アレを倒せる保証などないと言うのに。

未練たらたらの思いで、空間転移独特の大気の歪み越しにバンカイザーへと目をやる。


「あれは……?」

 

その光景を目に焼き付けて、ダンは天空へと引き戻された。











「逃がすかよ!」

 

離脱を始めたダンカイザーを追わんと、萬はスロットルを開ける。

 

ざり。


「っ!?」

 

一瞬視界に、いや、自分の意識にノイズのようなものが奔った。

 

ざり、ざりり。


「なに、が……」

 

流れ込んでくる。繋がろうとしている。何か巨大な、流れが、うねりが。

八戸出 萬という存在に接触しようとしている。

 

ざざ、ざ。

 

電波の状態が悪いテレビの映像。そのような物が次々と流し込まれ、萬は困惑する。何が起こっている。一体自分はどうなろうとしている。理解できないままに、情報の奔流は彼を翻弄し、そして。

 

ざああああ………………。

 

ヴン。

 

意識がクリアになると同時に、“世界の全て”と萬は接続された。


 









全速力で戦場に駆け付けたやいばとはずみはそれを見た。

 

雷鳴轟く嵐の中、極彩色の閃光を撒き散らしながら天に向かって咆吼する鬼神の姿を。

 

まるで終末の喇叭が吹き鳴らされているような、その光景を。










次回予告っ!






萬は、倒れた。

だが接続されたままの意識は情報の海を漂い、あるものと接触する。

そこで彼が見たものとは。

次回鬼装天鎧バンカイザー第十二話『天地堂』に、コンタクトっ!







こっちの方はそれなりに進んでももう一方の方がスランプ気味。

まあ落ち着くまではこちらの方に集中すると思われ。











…………忘れていたわけじゃないよ? ホントだよ?






今回推奨戦闘BGM、Dead or alive。



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