11・リンゲージドライブ 前編
ハンガーに仮固定されたバンカイザーに、蟻が群がるような様相で整備員と整備ロボットが取り付く。
コクピットハッチが開き、中から飛び出してきた萬が整備主任に言う。
「すぐに出るから機体の冷却はいい! 各部のチェックだけ済ましてくれ!」
了解したと答える主任に頼むと短く言って、手渡されたドリンクチューブの封を切り手早く喉に流し込む。さらに差し出されたタオルで汗を拭い、双方を持っていつの間にやら傍らに来ていたやいばに問うた。
「状況は?」
「件の未確認機とインペリアルの三機が交戦中です。通信で交わされている会話を解析したところ、相手は例のテストフレームをそのまま流用した機体のようですね。しかもどうやらパイロットは以前こちらに殴り込みをかけてきた指揮官との事」
「……あの野郎か」
眉を顰める萬。拙いな、と思う。どうやって使い物になるようにしたかは知らないが、たった一機で再び殴り込みをかけに来たところを見ると、最低でもTEIOWと互角以上の性能を持つ機動兵器として仕上げたらしい。それをあの指揮官が使用しているとなれば鬼に金棒どころではない、正真正銘、伝説級の怪物を相手にしているのと同じだ。
チームインペリアルの総力を挙げて、互角。それも甘く考えてだろう。そしてそれ以外の存在では相手になるまい。萬はそう判断した。
勝てるか? 一瞬気弱な考えが頭をよぎるが瞬時に消え去る。勝てるかどうかではない、やらなければならない。そのためのTEIOW、そのためのチームインペリアルだ。やってのけるさと開き直りにも近い心境で考える萬の考えを読んだかのように、柔らかい声が掛けられた。
「勝てますよ、絶対」
見ればにっこりと微笑みを浮かべているやいば。何を呑気な気休めを……とは考えられなかった。
彼女の目に真剣な色が浮かんでいるのを見たから。
「萬様は、勝ちます。根拠はありませんけど」
いやに自信ありげな態度で断言するやいばに、なぜだと問うてみたらこういう答えが返ってくる。
「私がそう信じているからです。私だけではありません、我が片割れも、そして蘭様も、貴方を信じています。ですからご自分を信じて下さい。……我々に、信じさせて下さい」
その答えに照れたような、戸惑ったような表情を浮かべてから、萬はそっぽを向いて頭を掻く。
「恥ずかしげもなくしゃらっと口に出せるのな、そういうの」
「本音ですから」
にこにこ笑うやいばの様子に、こりゃ勝てねえわと両手を軽く挙げ降参の意を示す。どうも自分の周りには女傑ばかりが集まると、半ば諦めにも似た心境で軽く皮肉めいた笑みを浮かべてみる萬。
「いい女ってのは厄介だな、確信もないのにできそうな気がしてくる」
「伊達に魔物とか言われてませんよ? 言葉一つで男を騙くらかせてこその女。それでいきり立たせて一人前と言うものです」
済まして答えるやいばにそんなら十分一人前だよと返してから、萬はコクピットへと踵を返す。ご武運をとの声に片手を上げるだけで応えてハッチを閉じ、スタンバイ状態であった機体を再起動、出撃準備を整える。
どいつもこいつも過剰に期待してくれるものだ。居心地の悪さを感じながらも、どこか高揚している自分に気付き、苦笑しつつ呟く。
「……まあ、いい女の期待に応えないってのは、格好悪いしなあ。やってやるさね」
どちらにしろできないでは済まされないのだ。ならばやるしかないだろう。
“例えどんな手を使ってでも。”
ぎらりと剣呑な光が、萬の目に宿った。
「……美味しいところ、持って行かれましたわね」
「あの時ぱーさえ、ぱーさえ出していれば……っ!」
もう幾度刃を交えたのか、鈴は分からなくなってきた。
死力を尽くし、魂を削る交錯。無数の打ち込みは相手に届かない。だが向こうの攻めも阻まれこちらに届かない。
千日手の長丁場。だが鈴はそれを心底から楽しんでいた。
これ程長々と斬り結んだのは久しぶりだ。互いの引き出しにあるものを出しても出しても尽きる事のない技の応酬。これも凌ぐか、ならばこれはどうだ。こんなのもあるのか、では次はどうでる。刹那の命のやり取り、その一つ一つが背筋をぞくぞくと刺激する。
もちろんこれは遊びではないと、負けの許されない戦争の一端であると理解はしている。しかしそれでもなお、高ぶる心は抑えきれなかった。
多分弦も同様だろう。彼もまた闘争に惹かれ高みを目指す修羅だ。ゼンは戦いに関して周囲の感情に振り回されないよう自分を制している部分もあるが、心のどこかに熱く感じる物を持っている。最低でも冷静ではいられないと思う。
惜しむらくは、一対一の真っ向勝負ではないと言う事であるが、それを差し引いてなお有り余るほどの高揚感が感じられる。それほどまでに、目の前の存在は強い。
剣技においては防戦一方。しかしその守りは堅く、突き崩せない。城壁に斬りつけているようなものだ。その上で僅かな隙があれば銃口が、攻撃端末がねじ込まれてくる。しかもここぞとばかりの“いやな位置”に。
そのスリルが、刃の上を歩んでいるかのような緊張感が、たまらなく楽しい。
完全の狂人の発想だと思う。しかし同時にこんな狂人でなければ、とてもここまで保たなかったであろうという自負もある。
埒は開かない。だが開けさせもしない。一進一退の攻防は、いつ果てるともなく続く。実質的にはまだ三十分も戦っていないはずだが、もう三日三晩は刃を交えているようにも感じる。それだけ密度が濃いという事なのだろう。互いに刹那の油断も隙も見せられない状況なのだから当たり前だが。
まだだ、まだ勝負に出るのは早い。まだ崩れを見せていない。何という楽しい、恐ろしい相手だ。乗り手も、機体も。
ある程度の損傷をものともしない再生能力に頼っている部分もあるが、別の言い方をすればかなりの無茶をしても再生する事ができるという事である。つまりTEIOWであれば術式の増強に頼っても無茶であろう機動、行動を躊躇なく行えるという事だ。
もちろんパイロットにも絶大な負荷がかかるだろうが、生憎相手はそれをねじ伏せられる技量があった。まあ機体というかコクピットの周辺にも負荷を軽減する機構もあろうが、それはTEIOWとて同じ。諸々の状況を加味しても、パイロットとしての技量は向こうが上だと認めざるを得ない。
ハンデを貰わなければ互角に渡り合えないというのは多少業腹な部分もあるがそれは未だ己が未熟と言うだけの事。今は容易く敗北が許されない立場、多少の恥や外聞など気にしていられない。
だから――
「――ここで、押し切るよっ!」
数を増すごとに勢いを増す打ち込みに、ダンは目を細めて感嘆の声を上げる。
「一向に折れる様子がないどころか、ますます剛さを増している。やはりなまなかではないっ!」
弾き飛ばして後退するところに打ち込まれる銃撃を攻撃端末を盾にすることによって防ぎ、破損した攻撃端末をひっつかんで輝く拳を迎撃する。
爆発を切り裂く斬撃を弾いて次いで放たれる拳を銃で受け流す。威力を抑えきれずに砕ける銃が即座に再生し――きれないところに銃弾が叩き込まれ不意打ちで射撃しようとした行動が阻害されるが、右手の蛮刀が変形して銃に変わり撃ち返す。別の形で不意撃たれた三機に僅かな隙が生じたうちに砕かれた銃を蛮刀として再構成。左右のスイッチ程度でダンの戦闘力は低下しない。何ら変わらぬ様子で攻撃を捌き、攻め込み、銃弾を放つ。
全ての攻撃には範囲というものがある。そして起点というものもある。そこから外れてしまえば攻撃というものは当たらない。ダンの回避行動は基本的にその考えを忠実に守っているだけだ。簡単に聞こえるがそれが見切れてなおかつ行動できるものは少ない。ましてや達人同士ともなればそれがどれだけ凄まじい事か想像に難くないであろう。かてて加えて能力差はあれども三対一という絶対的に不利な条件でしのぎ続けているダンは異常としか言いようがなかった。
しかし、彼とて全く疲労しないわけではないのだ。その上でさらに問題なのは。
「……“離脱”するタイミングが計れないな。撤退も仕切り直しもさせてはくれない、か」
修羅のごとき闘争心を秘めている彼にとっても、TEIOW三機の相手を同時にするのは流石に消耗せざるを得なかった。最初にわざと機体にダメージを喰らい、途中で回避行動が鈍くなっても何かの策でわざとダメージを喰らっていると誤魔化せるよう誘導したとは言え、そろそろ化けの皮が剥がれてくるころだ。自身の中の修羅は窮地ですら最高のスパイスだと言わんばかりに戦いを求めているが、冷静な部分はまだ落されるには少々早いと釘を刺してくる。一対一なら――あの紅いTEIOWが相手ならば、微塵の躊躇もなく修羅に成り下がるやも知れなかったが……と、そこまで考えて何を馬鹿なと頭を振る。
“この三体よりも弱いはずの、たった一機の機体の方が歯ごたえがありそうだと、なんで考えるのだ自分は。”
僅かに意識が余所を向いていても身体は隙なく行動する。そこに付け入る隙間はない。
ないはずだった。
熱線が、空を裂く。
鋼をも穿つそれはあっさりと回避された。“ダンカイザーとTEIOW三機双方に。”
「こらこらこらこら、味方ごと撃つんじゃない」
「避けられるだろアンタらなら。実際避けてるし」
苦笑と共に放たれたゼンの文句を、さくりと受け流して済ました返答が返ってくる。レーダーの索敵範囲ぎりぎりの上空で二丁のブラスターエッジを構えていたのは言うまでもない。深紅のTEIOW、バンカイザーであった。
ぞわりと、ダンの背筋が総毛立った。ヤツと戦え、食らいつくせと、獰猛な欲望が一気に膨れあがる。
これ程までに自分は餓えていたのかと驚くダン。冷静な部分が塗りつぶされようとしている。鼓動が僅かに激しさを増す。恋する初な小娘でもあるまいに、どうしたというのだ自分は。
彼の変化は外部からも見て取れた。機体の外観が変化したわけではない。しかし放たれる雰囲気が、明らかに別のものに変わっていく。冷静に守りを固め、隙を伺っている様子だったのが、凶暴な、剣呑な気配を放ち始めている。まるで飢えた獣の前に餌を投げ出してみたかのようだ。
四対一という状況に危機感を憶え、スタイルを変えようと言うのか。ダンカイザーの変貌を警戒し、それぞれが改めて武器を構え直す。
僅かな間をおいて再びの激突が始まる……直前で。
緊急通信が、四機のTEIOWのコクピットに飛び込んできた。
『!?』
一瞬の躊躇。その隙を逃さずダンカイザーが電光の速度で突っ込んでくる。漆黒の疾風を留めたのは、咄嗟に割って入ったバンカイザーだった。
「萬!?」
「こっちに構うな! 状況の確認を!」
両のブラスターエッジを叩き付けるように振るい、火花を散らしながらダンカイザーを押し返す。萬の言葉に三人は援護と牽制の攻撃を放ちながら通信内容を確認した。
「GOTUIの各地拠点が一斉に襲撃を受けている、だと!? 形振り構わなくなってきたか!」
各種勢力による武力行使。同時に行動していると言うことは申し合わせているという事なのだろう。しかもそれぞれが素性を隠していないようだ。今までならそれなりに隠蔽工作などを行っていたはずだが、最早手段は選んでいられないと言う事か。
しかしGOTUIの方もただ者ではない。特務機動旅団が目立ってはいるが、その他にも各地に駐留する戦力だってひけをとらない。実際一部では襲撃をかけたはいいものの手痛いしっぺ返しを喰らっている、などといいう箇所もある。だが、全部が全部上手くいくはずがないのもまた事実であった。
「援護いるところが幾つかありよる。けど……」
歯噛みする弦。GOTUIの中で一番フットワークが軽いのはチームインペリアルだ。それを期待されての緊急通信による援軍要請だろう。たった一機の機動兵器と窮地に陥ろうとしている友軍、どちらに対処するべきか考えるまでもない。
それでも迷う。コイツは、この化け物はたった一機でTEIOW三機と渡り合えるほどの化け物だ。ここで仕留めておかないと後々禍根を残すのは間違いない。だからといって友軍を放っておくわけにもいかないというジレンマ。
その迷いを晴さんとするかのように、交戦を続ける萬は言い放った。
「行け! ここは任せろ!」
「無茶だよ! いくらキミでも一人じゃ……」
「一機で殴り込みをかけてきたからって特攻兵じゃないんだ、コイツにだってタイムアップはある! それまでなら保たせてみせるさ!」
半ば当てずっぽうの台詞であったが、実際にダンのタイムスケジュールは限界に近づきつつある。もっとも、今の彼がそれを律儀に守るかどうかは微妙なところであるが。
ゼンたちはぐっと息を飲み、そして、決断した。
「……死ぬなよ?」
「誰に言ってる?」
モニター越しに、にい、と不敵な笑いを浮かべて返事を返す萬。ゼンたちはそれ以上かける言葉もなく機体を翻す。
それを背にして、バンカイザーはゆっくりとブラスターエッジを持った右腕を真横に振るう。
じゃりん、とブレードが鳴り、萬の顔が獣の笑みを形作る。
「さてそんじゃあ……もう少し付き合って貰おうか!」
対して漆黒の機体からは、くつくつと地獄の釜を煮立てるような音が響いている。
それが発せられているのは俯いたダンの口から。彼は突如として面を上げ、歓喜と狂気を隠すことなく哄笑した。
「それでいい! そうでなくては! “それでこそ”、だ!! さあ見せて貰いましょうか、貴方の力を! 強さを! 覚悟を! 我が餓えを満たさんがために!!」
ぶわりと闇が広がったかのような錯覚を覚えるほどの、濃厚な闘志が剥き出しになる。その光景を見て表情を保ったまま、萬はたらりと一筋汗を流した。
「…………早まった、かな?」
グランノアの中央司令室はてんてこ舞いの有り様であった。
その中央の司令席で、天地堂 蘭は悠然と構えている。
「ここまでは予定通り。さて凌ぎきりますかしら?」
余裕を装った笑みを浮かべて戦況を見やる。内心では、即座にドラグンファングをひっつかんで萬の元にはせ参じたい自身を押さえ込むのに必死であった。
ダメですわねと、思考の端で自嘲。萬の事を考えると、どうにも自分が抑えきれなくなる。彼の一挙一足が気にかかって仕方がない。彼が何を考えているのか――主に自分のことをどう想っているのか知りたい。彼が自分と従者以外の女性と話していると胸の辺りが妙にむかむかする。
一体なぜだろうと考えて、彼女は即座に結論を出した。
なるほど、一種の精神疾患か。
……微妙に間違っている。
ともかくだ、今は萬に援軍を送る余裕などない。 戦況が変われば話は別だろうが、恐らく敵対勢力も死に物狂いのはずだ。そうたやすく状況がひっくり返せるわけがない。
無論萬が敗北する――撃墜される事など有り得ないと蘭は信じている。彼の生き汚さは一級品、なまなかでは落とせない。問題は“どんな手を使って生き延びるか”だ。
なぜだろう、打てる手など限られているのに、TEIOW乗りが、萬が取れる手段など熟知しているはずなのに、不安がしこりのように心の隅に巣くう。
ぎし、と蘭の口から奥歯を噛み締める音が微かに響いた。
「おおおおおおおおおおおお!」
「はあああああああああああ!」
咆吼が響き渡り、剣戟が火花を散らす。
炎を纏う紅き鬼神と闇を従える漆黒の魔神の舞踏は、いつ果てるともなく続く。
「やりやがるっ! 前の機体とは段違いじゃねえかっ!」
萬とて以前の萬ではないし、バンカイザーもそのままではない。ほとんど虐待に近いような特訓を潜り抜け、技量もタフネスさも向上したうえ、幾度かの改修を経て欠点を補った機体を駆っているのだ。そのしぶとさは折り紙付きである。
しかしそれでもなお、目の前の相手を打倒するに到らない。
「刮目していたつもりですが……どこまで底があるのかっ!」
性能的にダンカイザーはTEIOWを上回っている。もしもの話になるがベースにしたフレームが万全であったならば完全に圧倒していたであろう。それを抜きにしたところで銀河でも指折りの技術者が仕上げた機体はダンの本領をかなりのレベルで引き出している。
しかしそれでもなお、目の前の相手の命には届かない。
状況的には以前の逆。機体性能でダンの方が押しており、萬は基本的に防戦に集中している。ダンには以前存在していなかった一撃必倒の手段があり、萬には新たな手札がない。その差は戦況に大きな影響を与えていた。
この二人の間では、銃器は牽制以外の意味を成さない。撃たれる前に回避しているか銃口を逸らしているか。どちらにしろ“引き金を引いた時点で当たらない場所に存在している”からだ。そして誘導兵器の類も同様。バンカイザーは圧倒的な数の魔力誘導弾の弾幕で迎撃するし、ダンカイザーはその圧倒的な弾幕すらも銃撃でたたき落とす。大技はそもそも出そうとする隙すら生じない。であれば自然と刃を用いた鎬合いとなっていく。
バンカイザーは両のブラスターエッジを銃剣状態のまま振るう。デュランダルは強力であるが、その威力ゆえ自壊を促す危険性があり長時間の使用はできない。機能を停止すれば問題ないかもしれないが、そうなればただの剣でしかない。それならば銃剣状態のままで振るう方がまだマシだ。
だがそれでは、ダンカイザーにまともなダメージを与える事は叶わない。重要部分に張り巡らされる隔絶空間障壁はデュランダルでしか打ち破れないし、ダメージが通る部分は自己再生によって即座に修復されると来ている。かといってデュランダルを形成する隙もなく、手詰まりに近い状況に陥りつつあった。
それに比べてダンは未だ余裕がある。これほど図抜けたスペックの機体を駆るのはほぼ初めてであったが、彼に合わせてアジャストしてある機体は想像以上の追従性をもって彼の力を引き出している。化け物じみた性能に反比例するかのように操作感は軽い。
機体のダメージを気にしなくて良いというのも有り難かった。自己修復能力があるのはTEIOWも同じであるが、ある程度のダメージを喰らえば修復は追い付かず、蓄積すればいかなTEIOWとて性能の低下は否めない。それに引き替えダンカイザーの自己再生能力は多少のダメージなどものともしなかった。ダメージコントロールを気にしなくて良いという事は、その分戦闘に集中できると言う事。それは僅かながらもダンの能力を引き上げる結果となる。そしてそれは、分厚い壁となって萬の前に立ちはだかる。
次々打ち込まれる蛮刀を弾く、逸らす。幸いにして形状変化した蛮刀は斬空刀ほどの精度と切れ味はないようだし、ダンも鈴ほどに剣技に長じていない。でなければ今頃は機体ごと真っ二つであっただろう。しかしこちらも効果的な攻撃は打ち込めない。捌くので手一杯だった。
まだ焦りもなく集中力も続いているが、疲労は徐々に澱のように積み重なってきていた。そもそもが連日連戦の状態だったのに加えてこの全力を尽くす戦いだ。どれほどタフな人間でも堪えるだろう。
綱渡りのようなぎりぎりの状況。堪えられるのは萬だからだ。何しろ萬は逆境には慣れている。どれほどの窮地に落されたとしても、彼は生き延びる事を諦めたりしない。嵐のような攻防の中、冷徹とも思える鋭い眼差しで蜘蛛の糸より細い道筋を探し出す。
耐えろ、しのげ。後少し、もう一歩でそのチャンスに手が届く。じりじりと少しずつ歩を進めるように戦術を組み立てる。
そして、その時は訪れた。
「おおっ!」
雄叫びと共に振るわれたブラスターエッジの刃がダンカイザーの左腕に食い込む。いや、受け止められる。そして。
反撃の蛮刀が、バンカイザーの左肩装甲に深々と食い込んだ。
相打ちの形で一瞬、動きを止める両機。“その一瞬こそが萬の求めていた機会。”
「零距離なら避けられねえだろ! ジェスター! 魔力誘導弾一斉射撃!」
予め戦闘の僅かな隙を見てジェスターが詠唱しストックしていた魔力誘導弾を極至近距離から全力解放。自身のダメージをも覚悟した肉を斬らせて骨を断つ戦法だった。
装甲が爆散したかにも思える一斉射撃。いくらダンでもこの位置からの弾幕は回避も撃ち落としも不可能、無数の魔力弾が炸裂し、四肢を引きちぎられたダンカイザーが吹き飛ばされる。無論バンカイザーとてただでは済んでいない。装甲表面のコーティングは吹き飛び、衝撃は内部構造に一時的なダメージを与える。しかしダンカイザーほどではなく戦闘の続行は可能。自己修復を活性化させダメージを回復しつつ、一気にイニシアチブを取るべく果敢に攻め込もうとする。
“その瞬間を、ダンは待っていた。”
砕かれた機体の破片の中に飛び込むバンカイザー。
その周囲を囲む破片の全てが。
瞬時に二股の刃の形状へと変化し一斉にバンカイザーへと襲い掛かる。
思考よりも早い条件反射でそれを迎え打つ萬であったが、全てを捌き切れるはずもなく幾ばくかが装甲表皮に食い込む。致命傷にはほど遠い、機能的なダメージはほとんどない損傷だ。しかし。
食い込んだ切っ先が震えだした途端、“それ”は起こった。
「っ! がああああああああ!?」
脳味噌を引っかき回すような苦痛が突如萬に襲い掛かる。
ダンの部下、シャラの駆る機動兵器アイオーンが持つ“パイロットに直接影響を与える”空間振動兵器。その機能を擬似的に再現したそれは一つ一つならばさほどの効力はなかったが、機体に直接接触させ複数を共振させる事によって耐え難い苦痛をパイロットに与える。
使いどころが難しいそれを自身の機体を犠牲にしてまで叩き込む事に成功した、ダンの読み勝ちであった。
「これで、詰め!」
ダンカイザーの再生能力を右腕にだけ集中。完全再生ではなく肘から先が杭のような形状になったが、この場合はそれで十分。翼状の推進器を全開にして機体の全重量を乗せる形で突き込んだ。
「くうっ!」
脳に直接ダメージを与えるような攻撃も萬を留めるに到らない。
しかし咄嗟の反応は遅れる。
「これはっ!」
それをフォローしようとしたジェスターは、機体の制御を奪って身をよじらせた。
しかし僅かに遅い。
彼らの行動を嘲笑い、幸運の女神はダンに微笑んで。
突き込まれた杭は、身をよじったバンカイザーの脇腹から背中まで貫いた。