10・魔神、推参 後編
「亜光速で接近する物体? 単体で?」
月軌道上にある観測基地の一つが“それ”を捕らえたのは僥倖と言って良かっただろう。
宇宙空間ではあまりにも小さく、そして速いそれは、僅かに捕らえるのが遅れれば防衛圏内に潜り込まれていただろう。
しかし地球圏の防衛網、甘く見て貰っては困ると観測員はほくそ笑んだ。事実連絡が跳んだその直後には、十分な数の兵力が迎撃体制を整え件の未確認物体を待ち構えていた。
「各種通信に応答ありません。危険物と判断されますか?」
「ああ、例え亡命者だったりしても、止まらなけりゃあミサイルと同じだ」
部下の問いに対して防衛隊の隊長は頷いた。まれに存在する地球外勢力の亡命者ならば通信のどれかに反応したのだろうが、生憎と全く速度も落ちなければ方向を変える様子もない。もしかしたら中身は意識がない状態なのかも知れないが……まあそうであったとしても“事故だ仕方がない。”見ず知らずの異星人の命より見ず知らずの地球人が被害を被る事の方が重大だ。査定に、給料に響く。
長距離砲撃仕様の機体が一斉にターゲットをマーク。流石にコロニーや小惑星を砕くというわけにはいかないが、大型艦程度ならば十分に無害な方向へと進路変更できる火力だ。たかが“機動兵器クラスの大きさしかない”未確認物体など一瞬で灰になる。
「よーし総員、よーく狙ってぶっ放せ! 粉になるまで手加減すんじゃねえぞ!」
隊長の号とともに一斉射撃。宇宙を灼く咆吼は、狙い違う事なく目標に襲い掛かる。
命中、そして爆発。やれやれ、簡単すぎる仕事だったぜと状況終了を告げようとする隊長の耳に、レーダーからの警告音が飛び込んできた。
モニター上には速度こそ落ちたものの未だ健在である未確認物体の影。隊長は歯噛みして言葉を零す。
「外殻かブースターを盾にしたか! 間違いない、人が乗ってる機動兵器だ!」
たった一機で何のつもりか知らないが、向こうはただ真っ直ぐにこちらへと突っ込んでくる。このままいけば、確実に地球へと到達するコースだった。
い止めるため、再びの砲撃。しかし今度は軽やかな動きでそれは避けられ、目標は速度を落すことなく飛翔する。狙いが定まらず焦る隊長だったが、照準用の望遠カメラがやっとの事で目標の姿を捕らえた。
コウモリの皮膜のような翼。生物を模したような機首センサーヘッド。ぬめりを帯びた光沢を放つその姿はまるで――
「――飛龍!?」
その後のことは記すまでもない。
防衛隊は蹴散らされた。ただそれだけだ。
「単機で強襲ミッション!? 正気ですかダン!!」
眦を上げて詰め寄るシャラに対し、ダンは澄ました顔で「ああ」と軽く返事を返した。
彼女ほどはっきりと不満を表しているわけではないが、残り二人のカダン傭兵団幹部も快く承諾している様子はない。面白いと言いたげな顔をしているのはドコドだけであった。
GOTUIの現状を知ったダンは、即座に新たなミッションを考案しドコドの元へ提出した。それは確かに正気を疑うような内容――開発されたばかりのダン専用機単体にて地球に降下、TEIOWを擁する移動要塞へと強襲をかけTEIOWの破壊、あるいは基地施設の破壊を目的とするミッション。どう考えても自殺志願としか思えない。
忙しすぎて気でも狂ったか、それとも新型を与えられて調子にでも乗ったか。この大事な時期に何を考えていると食って掛かるシャラだが、目の前の男は毛ほども動じなかった。
「今この時期だから、だよ。地球圏へ再侵攻する前にTEIOWをツブす……とまではいかなくても、手傷を負わせる、圧倒するという意味は大きい」
立体映像のモニターを指でつつき、にやりと笑いを浮かべるダン。
「以前の撤退時に見せたあの鬼神のごとき戦いぶり、アレを記憶に留めているものは多い。脅威に思っている人間も多々いるはずさ。だがそれと互角以上に渡り合える戦力が味方にあると分かれば、戦意も湧くだろう?」
まあそう単純にいく話でもないがねと、呟くように言って説明を続ける。
「アレの性能なら、まず間違いなくTEIOWを圧倒できる。例え万が一の事があっても私一人ならどうとでも言い訳が効くしね。そしてこれが肝心な事だが……少しでもTEIOWの性能に疑惑が生まれ、GOTUIに付け入る隙が見つかれば、後は勝手に地球側で仲違いが始まるよ。そうすればしめたものじゃないか?」
味方の戦意高揚と、敵側の不和を煽るという一石二鳥の策だとダンは自信を持って告げた。自身が敗北する事など考慮に入れていない、いや、敗北など些細な事だと割り切っている。それほどまでに自身が構築したものは強固だという自負があるのだ。例え自身がいなくなってもそれは揺るがないと。
それは自分達に対する信頼の証であるとシャラは悟った。
ずるい、と思う。それを持ち出されたら反論しがたくなるではないか。
この男、“本当は私がどう想っているか”分かってるんじゃなかろうなと、内心乙女なシャラは恨めしげにダンを睨み付けるが、もちろん意に介した様子はない。
「そう言う事で、皆頼まれてくれるかい?」
「……もう止めても無駄のようですね。分かりました、存分に」
「今回だけは譲りましょうぞ。まあ、小生のベヒモスも改装中であるのですが」
「…………ご武運を」
こうして、無謀というのも生温いミッションは実行される。
グランノアに帰還したばかりのゼンにスクランブルがかかったのは、他に動ける部隊や人員がなかったからだ。
他には一切目もくれず、真っ直ぐにグランノアへと向かうコースを辿るそれに対して、幾つかの防衛機構は無視をする形を取った。あからさまなサボタージュだったが今さらのなので誰も気にしない。後でやり玉に挙げられるだけなのだし。
それはそれとして、流石のゼンたちチームインペリアルの面々も疲労が溜まってきていた。なにしろTEIOWが派遣されるのはこれでもかというくらい拙い状況や強敵が待ち構える戦地。圧倒的な力でそれらを打ち倒してきたとは言え何の苦労もなく戦果を上げてきたわけではないし、こうも連続して出撃していれば疲れもする。そろそろ本格的な休暇が欲しいというのがチーム内での合い言葉となりつつあった。
「その上今回のは、どーにも嫌な予感がするねえ」
ひとりごちるゼン。彼の感覚は先程から五月蠅いくらいに危険を訴えてきている。例えるならばとても小さいが恐ろしく密度の濃い嵐。そう言ったものが待ち構えていると彼は感じていた。できれば関わりあいになりたくないところではあったが、多分自分達以外で立ち向かえるものは数えるほどもないだろう。となれば、相手をしないわけにはいかない。それが仕事なのだから。
「……っと、来たか」
レーダーが大気圏上層部を抜けてきた機影を捕らえる。自動的に望遠カメラがズーム、その姿がサブモニターへと映し出された。
漆黒の飛龍。その姿を確認したゼンの目が鋭さを増す。
「あれは……ワイズ!」
「はい間違いないです! あれはTEIOWの巡航形態です!」
その特徴的な形状変化を見紛うはずがない。だとすればあれは以前強奪“させた”でっちあげのプロトフレームを元にしたものか。だが……。
「アレは色々と仕掛けがしてあってそのままでは使い物にならないはず。コピーして改修したにしては速すぎる。どんな手品を使ったんだ?」
手抜きされていたとは言え単体で地球に降り立ったからにはそれなりの性能を持つはずだ。決して見てくればかりのがらくたというわけではあるまい。ゼンは気を引き締めワイズに命じた。
「ワイズ、グランノアに要請。TEIOW全機こっちによこせってね」
「!? それは……現在の任務とかローテーションとか完全無視ですか? ちょっと大げさです」
「それほどの相手だって事さ。ただのTEIOWコピーをぶつけてくるはずがない、絶対に何かある。ここで落しておかないとえらい事になるはずさ」
断言してスロットルを開ける。正直気は進まないが、足止めだけでもしておかないとグランノアがヤバい。ゼンは瞬時に機体を変形させ、一気に能力を解き放った。
「コードアウェイク! バーストモードコンタクト! ガンスクワイヤ全召喚!」
虹色の奔流が機体を包み、叢雲のごとくガンスクワイヤが呼び出される。千基は下らないそれを一斉に展開。同時に全砲門を開き全開射撃、打ち出されたエネルギー弾の雨は、無数のガンスクワイヤ同士で互いに反射しあい、まるで蜘蛛の巣のように空間を埋め尽くす。
「【ライトニングプリズン】。逃れられると思うなよ?」
とか言いつつも、回避される可能性も高いとゼンは考える。だから相手の回避軌道を全て先読みし、そこにトライデントの銃口を向けた。
が、相手は彼の予想を斜め上に飛び越えた。
「【システムノストフェラトゥ】、フルドライブ」
燐光を放つ漆黒の機体が……僅かに身を翻しただけで、回避運動もろくに取らずに真っ直ぐ閃光の牢獄内へと飛び込んでくる。シールドを張っているのか、だが無数の光弾は通常攻撃とは言えその数は馬鹿にできない。シールドの防御力は無限ではないしダメージは負うはずだ。一体何を考えていると思いながらもトライデントの引き金を引くゼン。
小規模のダメージは無視して本命を確実に回避する腹か。そう思っていた。
だが――
「なっ!?」
――トライデントから放たれた三種の砲撃は、“漆黒の機体をまともに撃ち貫いた。”
コクピットや中枢部は外れている。が、一部のパーツが欠損し決して小さい損傷ではない。戦闘の続行は可能だろうが、確実に戦力が落ちる損傷だった。
一瞬混乱するゼン。理解が追い付かず次の行動が遅れる。攻撃の手が緩んだその間に、目標は次のアクションに出た。
ぎ、と機体が軋んだような音が響き、まるで時間を巻き戻したかのように“損傷が修復されていく。”
異様な光景であった。TEIOWも自己再生能力を持つが、損傷はともかく欠損した部分まで再構築するというのは……不可能ではないかも知れないがここまでの速度で再生する事は有り得ない。
周囲の大気や微細物質などを喰らい急激な物質変換を行ったのか、それとも修復に必要な物資を予め用意し転送でもしたのか。どちらにしろコストも手間も度外視した、単体の機動兵器にしてはオーバースペックも過ぎる機能であった。
驚愕するゼンの――ゼンカイザーの動揺を見て取ったか、黒い機体の乗り手――ダンはほくそ笑む。
理論上三次元空間では無制限のエネルギーが得られる高位次元接合機関、その機能を応用した、本来は大型外部オプションを機体の邪魔にならないよう携帯するための機構である次元格納、そしてあらゆる機材、パーツを自在に生産する事が可能なカーペンターナノマシン。この3つを有機的に組み合わせる事により、無制限に近い再生能力を機体に与える機構、それがシステムノストフェラトゥである。
こんな馬鹿げたシステム、本来であるならば必要ではない。先の攻撃なども、実際は隔絶空間障壁などを駆使して最小限のダメージで凌ぐ事も可能だった。ならばなぜ、このような機能が搭載されたのか。
「まだワシの分残っとるかあ!?」
「ごめ〜ん、ちょっと手間取っちゃったよ〜」
海上を疾走するゲンカイザーが、天空を駆けるリンカイザーが、それぞれ別方向から戦闘エリアに侵入してくる。その僚機に対し、ゼンはこれ以上ないくらい真剣な声で警告を放った。
「弦、鈴、最初から全力でいけ! コイツ、“強い”!」
現れた増援に対してもダンは物怖じしない。余裕を持った態度で機体を操る。
再び軋むような音を立て、漆黒の機体が変形を開始する。尾翼と主翼が背後に位置し、機首が後ろ腰に回って尻尾のようなテールスタビライザーとなる。
現れるのは悪鬼。いや、全身からオイルを血のように拭きだし垂れ流し、変形と言うよりは機体各部をへし折りねじ切りながら形を変えたその様相は、異世界の魔王とも見える。
この機体のベースとなったフレームは、単純に構造的な欠陥があるだけではなく密かに無数の魔道呪詛を仕込む事によってどう運用しても使い物にならないくらい自壊するようになっていた。そのままでは変形時に空中分解するどころか通常機動でも片端から損壊していったであろう。だがあくまでこのフレームを使用する事に拘ったツツは、常人では考えつかない発想をもってこれを克服した。
すなわち、“片端から壊れ続けるのであれば、片端から治していけば良いではないか”と。
ほぼ暴走状態にある自己再生能力によって自壊し続けるフレームを維持し、欠陥を補う。いわばTEIOWのゾンビ。それが――
「――開発コード、セイタン。しかしあなた方の流儀に倣うのなら」
バーストモードにより全能力を解放した三体の化け物を目の前にして、ダンは不敵に笑う。
「真なる悪鬼と身を転じ、目指すは唯一天の覇道。……【真鬼一天、ダンカイザー】、満を持して今ここに、推参」
見得を切る。ダンの流儀ではないしTEIOWのように特殊エフェクトがあるわけではないから全く意味のない行為であったが、ここまでしてこその意趣返し。それにこうまですればエフェクトなど不要。十二分な挑発となる。
事実、三人の化け物はその挑発に乗った。
「……なるほどね、今まで自分がぶっ飛ばしてきた人間の気持ちが良く分かるよ」
「また堂々とケンカ売ってくれるもんや。……いや戦争してるから当たり前なんやけど」
「買っちゃおうか、買っちゃうよ? 止めても無駄だからね」
珍しく本格的な闘志を顕わにする三人。本能のレベルで理解しているのだ。目の前のアレに対しては“全力全開でぶつかっていかねばヤバい”と。
三匹と一体は咆吼する。そして。
全力のぶつかり合いが、大気を震わせた。
翼の生えた人型のシラスウナギ、としか表現できない不気味な機動兵器が殴り飛ばされ、複雑に回転しながら地面を転がる。 だが大してダメージになっていなかったようで何事もなかったかのように再び立ち上がる。
「だ〜〜しつけえしつけえしつけえ! 大人しく斬られち潰れろ砕かれろお!」
その立ち直った機体をフィールドごと叩き斬り、中枢からコアパーツをえぐり取り粉砕。さらにデュランダルをハエ叩きのようにぶん回して四肢を砕き潰す。
「おるあ! インフェルノナパーム!」
地獄の業火が冗談抜きで残骸を消し炭に変えた。勢い余って地面を溶かし抉り生じたクレーターの中央で、返り血を全身に浴びて悪鬼のごとき様相となったバンカイザーが、ぎぬろと周囲を睥睨する。
「五つ目ェ……じじいども、後で本拠地ごと蒸発させちゃるから覚悟しておけや」
額に青筋を浮かべ苛立った声で萬は吐き捨てるように言った。珍しく感情を顕わにしているが、この地――GOTUIと一応の協力関係にあった組織の本拠地に攻め入った、“組織の後ろ盾になっていた勢力”の中枢が、人類全体を集団自殺させるようなあほ以下の計画を画策していたと耳にし、さらにその計画の生け贄とも言えるのが自分よりも年下の少年少女だったと知れば、流石の萬も逆鱗に触れたかのごとく怒り狂う。
広大なジオフロント内での戦闘に乱入したバンカイザーの戦いぶりは阿修羅をも凌駕するどころではない、地獄の鬼だってもうちょっと気を使うってほどの暴れっぷりであった。
「き、貴官の行為は政府の正式決定に反している! GOTUIは……」
「余計な邪魔をしないで貰おうか。我々とそちらは一応の……」
「うるせえ黙れ馬鹿と髭。ご託は後で監察機関に言いな」
もっともそれまで手前らの首が繋がっていたらの話だがと言い捨てて、侵攻側防御側双方の司令からの通信を叩き切る。どのみち彼らに未来はない。すでに彼らの後ろ盾になっていた勢力には各方面からの捜査調査の手が伸びている。芋ずる式に逮捕者指名手配者が量産されるはずだ。何の考えもなしに萬が送り込まれたのではない。枝先から根っこまで、全てを枯らし尽くす算段が整っていたからの武力介入だ。
この武力介入により反GOTUI勢力との衝突は本格化するであろう。だからこんなところで手間取るつもりはない。それに。
「……どうも仲間がヤバそうなんでねえ…………ちゃっちゃとおっ死ねニョロニョロがあ!」
大気を灼きながらバンカイザーは疾走し、残り少ない敵に斬りかかる。
先手を取ったのはゼンたちだった。
瞬時に散開し、それぞれ得意な距離を獲る。
チームインペリアルの最大の欠点、それは個々の能力が高すぎて連携した行動が取りにくいというところにある。仲間内ですら行動が読めない――というか本人にすら上手く説明できない本能レベルでの行動を取る連中だ。刹那の一瞬が命取りになると骨身に染みている彼らにとって、僚機の行動に気を取られるのは自殺行為に等しいという考えも頭の端にある。仲間と共に戦うより自分一人が叢雲のごとく溢れる敵陣の中に突っ込むほうがはるかに楽なのだこいつらは。
しかし今回は例外。何しろ一対一では“勝算が見えない”相手だ。かといって付け焼き刃の連携が役に立つ相手でもない。ならばどうするのか。
答えは“一切合切気にせず、それぞれが勝手に行動する”だ。
連携は取れずとも、それぞれ仲間の得意距離や攻撃範囲は熟知している。ならばそこを外せば問題はない。大雑把でいい加減だが、彼らはそれで事足りる。それにきちんとした連携が取れていないと言う事は、相手に動きを読まれにくいと言う事でもある。全てがと言うわけでもないが、メリットが多いのも確かであった。
左右から挟み込むようにリンカイザーとゲンカイザーが迫る。鈴は抜刀術を駆使した一撃離脱を、弦は武術を用いた零距離接近戦を得意としているので、同じように接近してきていても対処方法がまるっきり違う。初撃はリンカイザー。神速の抜刀術が、空間の歪みを伴って漆黒の魔神の首級を獲らんと奔った。
生半可な防御ではガードごと叩き斬られる。隔絶空間障壁でも三回の打ち込みに保てばいい方だ。その上下手に回避しても今度はゲンカイザーの拳が待ち構えている。気と重力が込められたハンマーのようなそれは、障壁ごとダンカイザーを吹き飛ばす勢いだ。防御も回避も許さない攻撃。ならば。
“ガードなど、しない。”
『っ!』
空間を切り裂く一刀が、全てを打ち砕く拳が、それぞれ受け止めるかのように差し出された右腕と左腕を肘の辺りまで断ち切り粉砕する。あまりの手応えの無さに瞬時呆気に取られる二人だったが――
「二人とも! 下がれ!」
――ゼンの声に我に返って、条件反射的に後退。機を逃さずゼンカイザーとガンスクワイヤから放たれた砲撃が襲い来る。
即座に空間障壁が張られ回避行動を取るダンカイザーだが、その行動は最小限。障壁はコクピットと中枢部周辺にしか展開していないし、四肢は砕けるに任せている。いくら再生能力が図抜けているからと言って、ほぼ撃たれるに任せるままというのはおかしいと思ったところでゼンは“その事”に気付いた。
射撃が止む。訝しげに思った凛と弦が疑問を投げかける前に、鋭い警告が飛んだ。
「気を付けろ! コイツ、エネルギー系の攻撃を“喰らう”ぞ!」
ビームやレーザーは当たるにまかせ、実弾だけを回避する。その上機体から計測されるエネルギーが徐々に増えていた。先の二人の攻撃を回避しなかったのは単に回避できなかったからではなく、その事実を誤魔化すためでもあったのだろう。ゼンの推察を悟ったのか、軽く口笛を吹いてダンは言った。
「流石流石、簡単には油断してくれませんか。お察しの通りこの機体はエネルギー系の攻撃を吸収する事も可能なんですよ。見た目損傷するんでばれないかもと期待していたんですが……っと!」
語っている間にリンカイザーが再び打ち込む。物理ダメージなら通用すると分かった以上迷う理由はない。コクピットか中枢部を破壊すれば流石に再生もできないであろう。その判断は正しかったが、容易くそれを許す相手ではなかった。
「空間の歪みを切断力に変える武器ですか。“その能力は覚えました”」
引き抜いた蛮刀が、どくりと脈打って形状を変える。抜き打ちの勢いで、それは斬空刀を迎え撃った。
ぎぎい、と耳障りな音が響き、全てを断ち切るはずの刃は不気味に形状を変えた蛮刀に受け止められていた。このような現象は他の防御手段では起こりえない。こうなるのは“斬空刀同士の打ち合いだけだ。”
『これはっ!』
驚愕の声が上がる。その隙に引き抜かれた銃もまた形状を変え、瞬時に無数の弾丸を吐き出す。その弾雨を回避、そして弾き飛ばすゲンカイザー。
「手応えが、重い! 重力子弾かい!」
「ご名答。理解して頂けましたか?」
ダンの言葉に、ゼンは一筋汗を流しながら答えた。
「こっちの……“TEIOWの能力を解析して、再現した”のか!」
返事は、ダンカイザーの機体各部の装甲が剥がれる事によって答えられた。べりべりと剥がれた装甲は形状を変えダンカイザーの周囲を守護するように浮遊する。ガンスクワイヤと同様の攻撃端末らしい。
「元々、こういった技術はこちらにもあるのですよ。再現するにはデータが不足していましたが、今の交戦で学習させることができました。感謝します」
軽く言っているがそう簡単な事ではない。ある程度地球人類より進んだ技術を持っているとは言え、未だ解析しきってないテクノロジーの産物であるTEIOWの機能を再現するなど無茶のもほどがあった。宇宙規模の傭兵組織を運営するだけあって小規模な惑星国家の予算並はあったダンの貯蓄を、ほとんど空にして建造されたのは伊達ではない。
「そういうわけですので……そろそろ反撃させて貰いますよ!」
宣言と同時に最大加速。重力波推進と空間、慣性制御によりダンカイザーの速度は最大で亜光速にまで達する。スピードは、TEIOWと互角以上だ。
一気に包囲網を抜けようとするが流石にTEIOW乗りたち、一瞬で意識を切り替え猛然と襲い掛かる。
エネルギー系の攻撃を封じられてはいるがその勢いにいささかの陰りもない。そもそも凛と弦の主軸は物理攻撃だし、ゼンカイザーにも実弾系武装は装備されている。ダンカイザーの再生能力が図抜けているとは言っても全くダメージを受けないわけではないのだ。ならば倒せる。TEIOW乗りとはそれが可能な化け物なのだから。
だからこそ、ダンも微塵の油断なく全力を出す。
限りなく0に近い高密度空間内に半物質化するほどのエネルギーを込めて精製された重力子弾がばらまかれ、斬空刀同士が火花を散らす。
無数のガンスクワイヤとほぼ無制限に再生する攻撃端末が交錯し、刃が、拳が、銃弾が、黒い機体を墜とさんと叩き込まれ、障壁が、蛮刀が、銃身がそれを阻む。
やはり強い。一瞬たりとも手を弛める事なく攻め込みながら三人は思った。
戦況は互角。普通であればよほど戦闘力に差がない限り三倍の戦力差というものは埋められない。つまりダンカイザーの戦闘能力はTEIOW3機分に相当すると言う事になる。
いや、それだけではない。
早さなら、鈴の足元にも及ばない。
力の効率的な使い方で言えば、弦の方が遙かに上だ。
そして反応速度ではゼンに分があった。
しかし戦況を予測し機先を制するという点に置いて、その他の欠点を補って有り余るほどの能力を誇っている。
相手に力を発揮させず、相手の嫌なところに一手を差し込む。生半可な攻撃は放つ前に回避され、必殺となる技は出足を潰されたり逸らされたりする。思うように戦術を組み立てられないそのやり方に、三人は憶えがあった。
「こいつ、“萬と同じタイプ”……以前グランノアに殴り込みをかけてきたヤツか!」
圧倒的な戦闘経験の蓄積による戦況予測。最早本能レベルと言っていいそれは、萬とダン二人に共通するスキルだ。
戦場のど真ん中と世の中の端っこという差はあれども、命をかけ身を削り生きてきた二人の生き様は似通っているところがある。しかしながら決定的な差が一つ。
萬が元々ただの凡人であるのに対し、ダンは優れた“戦争の才能”を持っている。
生き延びるために蓄積してきた経験と、勝つために磨き上げた才能。この二つがあってこそ銀河に名を轟かす怪物として君臨しているのだ。ただ一つの僅かな差。それだけが、決定的な、絶対的な違いを生み出す。
ぎいんと斬空刀が大きく弾かれる。数多くの打ち込みを経て、リンカイザーが初めて体勢を崩した。
「くっ!」
即座に立て直すが、鈴の表情にいつもの余裕はない。それは残りの二人も同様。たかだか十数分にも満たない戦闘であったが、三人はまるで体力を吸収されているかのような疲労を感じていた。
難攻不落。どこを攻めればいいのか分かっているが、どうやったらそこを攻め落とせるのかが分からない。今まで圧倒的な力で敵を葬り去ってきたが、こんな経験は初めてだった。疲労が身体にのしかかり、プレッシャーが心を押しつぶそうとする。
しかし、それでもなお――
「言うだけは、ある。だが……っ!」
「やってくれるのお、せやけど……っ!」
「強いねえ、でも……っ!」
――心は、未だ折れず。
歯をむき出し、眦を上げ、凄絶にして獰猛な笑みを浮かべる。機体に損傷はほとんどない。体は動く。まだ戦える。ならば、諦める必要はどこにもない。
彼らは知っている。泥沼の中に落され絶望に浸されながらも、あがき続けた男がいると。ただの人として生まれながら、化け物に匹敵する領域まで上り詰めた男がいると。
だだの人間がそれだけの事をやってのけたのに、才気溢れる自分達が、強者たる自分達が、この程度で屈するなど――
『――格好悪いだろ! そういうのっ!』
吠えた。三匹は猛々しく吠えた。
その咆吼を耳にしたダンの背筋にぞくりと奔るものがあった。
なるほど、こいつらは、“あの男と同じ”だ。
能力や性質の差はあれど、その魂には同じく熱いマグマのようなものを秘めている。元からそうだったのか感化されたのかは知らないが、同じ存在として、尊敬するべき強敵として相対する必要がある。
「……カダン傭兵団首魁、ダン・ダ・カダン」
自然に蛮刀を騎士のごとく構え、改めて名乗るダン。これからが、ここから先が本番だ。そう言う意志を真っ向から叩き付けた。
答えは待たない。これは自身の勝手な宣言、それに付き合って貰う必要はない。間髪を入れず、フルスロットルで空を駆け出す。
「改めて、参る!」
次回予告っ!
TEIOWを圧倒するダンカイザー。
しかしそればかりに構っているわけにはいかなかった。
本格的に牙を剥いた反GOTUI勢力。それに対応するため、バンカイザーを残しチームインペリアルは再び各地に散る。
一人窮地に立たされる萬。
だが、切り札はまだ残されていた。
次回鬼装天鎧バンカイザー第十一話『リンゲージドライブ』に、コンタクトっ!
デュナメスすげー使える。
はいGジェネにハマって筆の進みが遅れてます。
だが私は謝らない。
今回推奨戦闘BGM、THE GUN OF DIS。