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10・魔神、推参 前編


 




光が、瞬く。

 

星のきらめきにも似たそれは戦場に散る爆発の光。

 

一つ散るごとに、命が消える。無数の命が宇宙そらに散る中、ゆっくりと巨大な影が複数、蒼き星目掛けて“落ちて”ゆく。


「これこそが我らが決意! 愚昧なる地球主義者どもに下す鉄槌……」

「うるさいよアンタら」

 

吠える隊長機らしき機体を瞬殺して、ゼンは顔を顰めた。


「まったく、見当違いの逆恨みでこんな大げさな馬鹿やっちゃって。空気がキモいったらありゃしない」

 

渦巻く意志が澱んでいる。能力を解放せずとも感じ取れる戦場の空気に吐き気をもよおしそうになるが、それを堪えてガンスクワイアを一斉召喚。バーストモードのエネルギーを注ぎ込み周囲の敵機を一機に掃討する。

一体いつの間に“地球圏内の反地球勢力”はこれだけの戦力を集めたのか。もう少し建設的な金と資源の使い方もあったろうに呆れるより他はない。それだけならまだしもこの場に集ったのは一部のコロニー勢力が所有する戦力のみ。つまり“全体からすればほんの一部に過ぎない”のだ。

しかも本命はこの軍勢ではない。彼らの切り札は先程からゆっくりと進んでいる巨大な物体群、破棄コロニーと小惑星を使った質量爆弾。これだけの数が一斉に地球へと落ちれば地球環境に多大なる影響を及ぼす。

禁じ手中の禁じ手。しかし過去幾度となく試みられた手段である。しかしこれだけの規模で行われるのは未だかつて例がない。


「まあそれだけ本気ちゅうのは分かるけどなあ……」

「無知蒙昧なる輩が幾度立ち塞がろうとも! 我ら……」

「だーらっしゃあダボが。要はおどれらただひたすらしつこいだけやないかい」

 

巨大なビーム剣を振りかざして突貫してくる機体をごがんとぶんなぐり、うんざりした様子で弦は言い放つ。

 

ただの有象無象が相手なら幾千幾万数を揃えようと話にならない。しかし敵も然る者、要所要所にトップエース級のパイロットを配し、作戦の護りを固めていた。おかげでさしものの弦たちもここまで手こずる事となったのだ。

幾度退けられようと官軍に立ち向かってきたのは伊達ではなかった。そのねばり強さは並大抵ではなく、最早怨念すら感じさせる。実際地球側から虐げられてきたという彼らが抱える恨み辛みは相応に深いものがあった。


「君達には分からんさ! 所詮は権力者の走狗でしかない……」

「はいはい分かんないよ。分からないからとっとと消え失せちゃって」

 

何人目かは忘れたが仮面を被った男の言葉をスルーして斬り伏せる鈴。

 

確かに彼らの立場に同情できる部分がない事もない。しかし結局のところ戦わないで良かった人間を引きずり出し、戦う必要のない人間を巻き込んでこのようならんちき騒ぎをおっ始めただけで十二分にはた迷惑だ。差し引いてもお釣りが来るじゃあすまない。

志があるのは立派な事だ。しかしそれは、むやみやたらと他人を巻き込んでも良いという免罪符ではない。不必要な戦を起こせば真っ先に被害を被るのは一般市民。“彼らの目的とはまるで関係ない一般市民”だ。それが原因でますます地球と宇宙の隔意は広がっていくというのに、彼らはそれが理解できていない。いや、理解しようとしていない。

 

だから討たれるのだ。


「まあ確かに手こずったさ。こんだけのスーパーエースが揃ってたんだ。けど、もうおしまいだよ」

「確かにお前たちを止める事は叶わなかったようだが……終わりなのはそちらのようだ」

 

ゼンの言葉に応えたのは、今回の件の首謀者たる人物の声。トレードマークである鮮やかな赤に塗り上げられた専用機を駆り、ゼンたちの元へ迫る。


「終わり? 何を言っとるんや」

「分からないか? お前たちが我々の相手をしている間にコロニー群は阻止限界点を超えた。最早止める事はできんぞ!」

 

男の言葉は即ち、通常の手段では人が生み出した大災害を止めうる事叶わないと言う事。すなわち――


「――妾たちの負け、って言いたいんだね?」

「そうとも。いくら貴様らでもこの状態から全てのコロニーと小惑星を砕く事などできはしまい! 例え砕けたとしても、全ての破片は散り地表に甚大なる被害を及ぼす! 我らの……勝ちだ!」

 

くっ。三人から同時に漏れた呼気は、口惜しさに歯噛みするものだと首謀者たる男は確信した。

 

しかしそれは瞬時に覆される。次いで耳にしたのは息継ぎのようなくつくつという笑い声。それは愚者を嘲り笑う、強者の態度。

 

ゼンは嗤う。愚か者の浅はかさを。


「言ったろう? “おしまい”だと」

 

弦は嗤う。愚か者の力不足を。


「たかだかこの程度。……とか言うであえて」

 

鈴は嗤う。愚か者の稚拙さを。


「もうちょっと、相手を理解しておくんだったね」

 

そう、こんな計略など。

 

こんな災厄など。

 

こんな理不尽など。


『……“アイツ”が、赦しておくわけないだろう?』

 

調和して放たれる言葉。その視線の先には蒼く輝く惑星、地球。

 

それを背に、一つの影が佇んでいる。

 

腕を組み、俯き加減で機を待つその身を染めるのは血のような深紅。ゆっくりと面を上げるその胎内で、主たる青年は力強く言い放つ。


「コードアウェイク。バーストモードコンタクト!」

 

どんっ、と空間が震え、紅き機体が宇宙そらに炎を撒き散らす。

 

一対の銃剣が組み合わされ、大剣を成す。それを一閃し、紅き鬼神は咆吼する。


「粉微塵に、砕き尽くすっ!」

 

焔を纏いて爆炎の皇が駆ける。そして。

 

青年の宣言は、現実のものとなった。


 













画面の中で三機の化け物からよってたかってフルボッコにされている首謀者。その様子を見ていた者達の中から落胆の声が挙がる。


「かのものも落ちぶれたものだ。ぽっと出の小僧どもに手玉に取られるとはな」

 

この場合相手が悪すぎるのだが、集った者達はそれを認められない。ただ新興組織の力だけある若造ども。そうとしか判断していないのだ。

 

己らが築き上げた組織はそれなりの歴史があり、積み上げてきたものは新興の者達などとは比較にならない。易々と覇権を渡してやるつもりはなかった。

 

彼らは気付いていない。GOTUIが、否、“天地堂”が遙か以前から“始まっていた”事に。


「そろそろ目障りになってきたが、力業ではどうにもならんな。コロニーの一つも地表に落ちれば責任を取らせよと世論を動かす事もできたのだが」

 

完全に無害に近い状態まで破壊され、さらに軌道をねじ曲げられて太陽系外に流れていく質量爆弾“だったもの”の末路を確認して忌々しげな声が漏れる。未曾有の大災害によって引き起こされる悲劇など意にも介していない、それどころか望んでさえいる言葉。傲慢である。自分達以外の誰がどれだけ被害を被ろうと知ったことではないとでも言いたげな、全てを見下す視点から物を見ている言いざまだった。


 自分達は表に現れる事なく、手下や世論を動かして事を為し遂げてきた者達。生まれたときから権力を持つよう定められたもの、裸一貫からはい上がってきたもの。出自は様々であったが、その欲望に尽きるところがないという一点は共通していた。今のところ天地堂という共通の敵が存在するからこそ手を組んではいるが、そうでなければ違いに食い合いをしていてもおかしくはない連中だ。どうすれば他人を出し抜けるか、常にそのようなことを脳裏に走らせ生きている。

 

その知謀にて、天地堂を食いつぶさんと彼らは再び牙を剥く。


「TEIOWを真っ向からどうにかしようとするのは無駄だと諸君も理解しただろう。しかしGOTUIの全てがあのような化け物というわけではない」

「なるほど、端から切り崩していくか」

「経済戦争ならばこちらに分がある。無駄金をばらまく気はなかったがやむをえん」

「複数の策を同時に展開させよう。さしもののGOTUIも四方全てからの攻勢にいつまで耐えうる事ができるやら」

「そうだな、余所の勢力にも情報を流しておこう。連動して動くとは思えんが、機を見て介入してくるところもあるだろうさ。上手く誘導すればこちらの有利に事が進められる」

 

闇の中で陰鬱な笑いが響き渡る。


そしてそれが沸き起こっているのは一カ所ではなかった。















「なあ、最近特務機動旅団の出撃回数増えてね?」

 

食堂の外で響く輸送艦の発進音に耳を傾けながらライアンがそう言った。


「そうね。チームインペリアルなんかほとんど出ずっぱりだし、情報セクションも忙しそうよ」

 

己の小隊メンバーと共にすっかり馴染んだパトリシアが、フォークで野菜サラダをつつきながら答える。


「きなくさいねえ、何かTVでもGOTUIを色々と叩く人、多くなってるみたいだし」

「どうもあちこちから目の敵にされているようだな。ウチは」

 

やれやれと肩を竦めるフェイに、湯飲みを傾けながら眉を顰めるユージン。

 

彼らが語るとおり、GOTUIの周辺では不穏な空気が流れていた。

担当地域内で連続して起こる戦闘行為。重箱の隅をつつくようにGOTUIのあら探しを始めたマスコミ。政府内部でも、何やらGOTUIを糾弾し排斥するよう働きかけているものがいると聞く。

 

確かにGOTUIは良くも悪くも注目度が高い。各種ミッション達成率ははぼ100%に近く、その後のアフターケアも手抜かりがない。正規軍と比べてもその仕事は遜色が無いどころか上回っている部分もあった。恩恵を受けている地域や国家では正規軍との入れ替わりを強く望んでいるところすらある。

だがその優秀さ故に、各部に敵が多いのもまた事実。同業者から妬みそねみを受けるのは日常茶飯事、明確に敵対行動を取る勢力なら数知れず。真っ向から相対してくるのならば容赦なくたたきつぶせるが、最近は搦め手で難癖付けてくる輩が増えた。もっとも生半可な連中は手痛いしっぺ返しを受ける羽目になるのだが、後から後から湧いて出てきりがない。

 

どうやら本格的に、GOTUIを潰そうとする動きが活性化してきたようであった。


「おかげさまでどこもてんてこ舞いってか。順調にいけば俺らも間もなく正規採用されるわけだが、なった途端に駆り出されるぜえ」

 

にいと歯をむき出して笑うライアン。待ちかねたという気持ちが自然と沸き起こる。何しろ間近に最前線で暴れ回っている仲間がいるのだ。彼一人ばかり働かせるのも気が悪いし、良い格好ばかりさせてやるのもちょっと面白くない。出世欲や功名心が人より強いわけではないが、やはりどこか萬に刺激される部分がある。

 

それはフェイやユージンも同じであった。


「後は仕上げをご覧じろ、ってね。人事を尽くして天命を待つ事にするよ」

「このクソ忙しい状況の中、人の邪魔するあほがいるのは気にくわんが、なに目の前に立つなら鉛玉をお見舞いしてやるさ」

 

GOTUIに入る以前から斬ったはったの経験がある三人にはすでにある程度の覚悟があり肝も据わっている。しかし彼らと違い未だ迷いを抱える人間もいるわけで。


「ライアン、アンタ確か特務機動旅団に配属希望だったわよね?」

 

いつの間にやらファーストネームでライアンを呼ぶようになったパトリシア。彼女は微かに憂いを秘めた表情で問い掛ける。


「あん? まあ折角なんだから一般兵最強部隊に入りてえと思ってな。生存率高いし箔もつく。それがどうかしたか?」

 

コイツは確か強襲魔道兵部隊(アサルトウィザード)志望だったよなあなどと考えながら問い返すライアン。そんな彼の様子を見てパトリシアは何か言おうと口を開こうとして躊躇い、目を逸らし、そして俯く。

結局僅かな沈黙の後、少し困ったかのような曖昧な笑みを浮かべて口にしたのは――


「ごめん、なんでもない」

 

――という言葉だった。

 

がくりとつんのめるライアン。彼が思わず何じゃそりゃあとツッコミを入れようとする前に、動く者達がいた。

がしりとパトリシアの両肩に手を置くのは、彼女のチームメイトたる魔女の卵たち。何か妙に座った目をした彼女らは、無言のまま両側からパトリシアを引き上げ立たせ、有無を言わさず食堂の端に連行し何やら説教を始める。


「何してんのパット! そこはもう少し積極的に行くところでしょう!?」

「え? いや、ちょっと!?」

「え? じゃない! このまま別の部署に配属になったらなかなか会う機会とかないだろうからその前にちょっと映画とか食事とかに付き合いなさいって言うつもりじゃなかったの!?」

「うぇい!? な、なんでそれを……って違うわよ! 違うわよ!? なんでアタシがアイツを誘わなきゃならないわけ!?」

「てめ今時ツンデレかこの野郎! とうの昔にチェントの事が気になってるってネタは上がってんのよ!」

「雑誌でデートコースとか見ながら桃色吐息はいてたりチェントさんの方に時折誘惑光線ドキッな視線向けてましたよね。知らないとは言わせませんよ?」

「や、その、それは! あくまで将来的に恋人できたときとかに備えてだしライアンは、そう、その、アレよアレ! ライバルというか宿敵というか強敵と書いて友と呼ぶ関係とか、そういう感じでひとつ!」

「まだ誤魔化しやがるのねこの子は。よーしそこまで抵抗するのなら、おぬしの部屋にあるコルクボードの裏に張りまくっている秘密の写真のことが世間一般にさらけ出される事になるのだが、よいのかな?」

「ちょおおおおおおお!!!??? な、な、な、な、なんでアンタらがそんな事知っているのよおおおお!!!!????」

「アナログな手段なら逆にばれないと思っていたうぬが不覚よ。……ってか人が部屋に遊びに来るたんび、しょっちゅうちらちら確認してたら気付くわい」

「うきゃあああああああああ!!!!!!!」

 

ついには顔を真っ赤にしてのたうち回るパトリシア。話の内容が良く聞き取れないライアンには一体何事なのかさっぱり理解できない。


「何かアレか? 妙な病気でも流行ってんのか?」

「いたよここにもそれ関係鈍い人」

 

じと目でライアンを見ながら小声で呟くフェイ。まあ彼の場合はついこの間までいがみ合っていた相手だし、幾分態度が軟化したとは言え互いに口が悪いのは治りようがない。別に嫌っているわけではないが相性の良い相手だとは思っていないだろう。

けど以外と上手くいくかも知れない。どっかの誰かさんたちに比べればそう難しい話じゃないのだから。そう思いながら視線を別な方向に向ければ、最初っから最後まで一言も会話に加わっていない人間が一人。

 

物憂げな表情で両手で包むように持ったマグカップを覗き込んでいるが、その視線は遙か遠くに向けられている。

 

彼女――ターナから萬に向けられる感情はかなり複雑なものだ。兄の敵であり恐らくは思慕の念を向けていた相手。殺してやると宣言はしたものの果たしてそれは本心からのものなのか、それは多分本人にも分かっていないのではないだろうか。

蘭と張り合っているのは、“色々な意味で”萬を取られてたまるかという対抗意識からのものだ。その考えは以外と幼い。事実しゃちほこばった態度で忘れがちになるが、彼女はまだ十代中盤の少女なのだ。ただでさえ複雑な事情を抱えている上でさらに思春期という難しい年頃。自分自身でもどう萬や周囲の状況と付き合っていって良いか戸惑い悩むところも多いだろう。

 

誰か親身になって力になれるような人間がいればいいのだろうが、生憎と彼女と共感しその心情をくんでやれるような人間は……GOTUIではただ一人、萬だけだったりする。しかしあの男は女心に疎いという致命的な欠点があるので結果的に誰も助けになれない。

 

度し難いモンだね。やれやれといった感じでフェイは天を仰ぐ。

 

まあ、こんな事を考えていられるのも後少しだ。もうしばらくすれば自分達も訓練生から正規兵となり戦場に駆り出される。こうやってのんびりと馬鹿な話に興じる事もできなくなるだろう。

パトリシアやターナがこれからの短い時間でどのような判断を下しどう行動するのか分からないが、せいぜい後悔しないよう頑張って頂きたい。命短し恋せよ乙女という言葉もあることだし。


「……攻略するのがスゲェ面倒な相手だけどね」

「む? 何か言ったか?」

「んにゃ別に」


 













もう幾度目かになる会合を終え、広大な会議室より集った者達が退席する。

それを見届けホストたる人間は、やれやれと肩を鳴らした。


「大分固まっては来たか。再編成にも目処が立ったし、終わりが見えてきた感じだね」

 

傍らに控えていた部下に資料を手渡し、柔らかな笑みを浮かべてみせるホスト――ダンは、資料に目を通して確認する部下――シャラに言う。


「とにもかくにも補給線の確保、ですか。“例のシステム”、使い物になるので?」

 

資料から目を離さないシャラの問い掛けに、相も変わらずの気楽な調子でダンは答えた。


「馬鹿みたいにエネルギーを喰うから旧式の大型艦は全部その維持に回さなきゃならないけど、向こうさんの喉元に拠点を築けるって言うメリットは大きい。こっちに残っている戦力と二面作戦を展開すれば勝算は十二分だ。……化け物が四匹ばかりいるがね」

 

一瞬、ほんの一瞬だがダンの目に炎が宿ったように見えて、シャラは眉を顰める。危険な兆候だ。ダンはあの紅いTEIOWとの戦いに“味を占めている。”今のところは指揮を執る身として自重が効いているようだが、もし戦場で目の前に現れたとなれば抑えられないだろうきっと。そして彼が戦場に立つ以上、いずれその時は訪れる。そうなればどうなるか、考えるまでもない。

こっそり地球に降りたって始末してしまうか。後ろ暗い考えが心の中を支配していくが、あっさりと自分でそれを否定する。一人で行って勝てるわけないじゃないか。あれと同等の化け物が後三匹もいるっていうのに。

 

むうと不満げに唸るシャラの様子に彼女が何を考えているか悟ったのだろう。ダンは苦笑しながら言う。


「どのみちいずれ彼らとは雌雄を決さねばならないんだ。いやでも直接相対する必要がある。と言うか……私たち以外で彼らを何とかできる人間がいるかね?」

「う」

 

言われてみれば確かに、カダン傭兵団以外の者で彼らに相対事ができるものはそんなにいない。その者達とてそれぞれに宿敵とも呼べる相手を持っているのだ、とてもじゃないがTEIOWの相手をしている余裕などあるまい。

 

つまるところ直接対決は避けられないと言う事である。


「…………まあ、汚名返上の機会ではあります、か」

 

ぎらりと眼鏡を光らせるシャラ。彼女とてTEIOWとの相対に思うところがないわけではない。受けた屈辱は倍以上にして返しておきたいというのが本心だ。

 

結局、彼女も戦士なのだ。どうしようもないくらいに。

 

シャラの様子にダンは唇を歪めた。やはり自身の組織が大きくなり上の立場になるとある種の鬱屈がたまる。戦術だけでなく戦略の面からも戦場を考えるようになるとそれはそれで面白いのだが、血湧き肉躍るような高揚感は得られない。その上歯ごたえのない相手と戦い勝利しても己の中の飢餓感は満たされないのだ。そんな彼らの前に現れたTEIOWと言う名の極上の獲物がどれだけ美味く見える事か。食い付かないわけがなかった。

しかし、戦士としての本能を解き放つにしても問題がある。最低限の責任として“TEIOWには勝たなければならない。”そうすれば戦力バランスは大きくこちらに傾くだろう。だが現状ではそれは難しいと言わざるを得なかった。

 

良くて相打ち。互いの戦力を冷静に比較してダンはそう判断する。各々の技量はカダン傭兵団の方が上回るが、機体性能ではTEIOWの方が上だ。その上かの乗り手たちは戦士として成長期にある。時間が経てば不利になるのはこちらの方だ。

早期の決着が必要だが、こちらには決め手がない。せめてTEIOWと互角の性能を持つ機体があれば……。己の主義指向をねじ曲げ、力を欲する方向へと考えをシフトさせるダン。そんな彼の通信端末が着信を告げた。


「私ですが」

「おお、ワシじゃあ」

 

その声になぜか悪寒を覚えるダン。

なぜならばその声には、ぎらぎらとした狂的な熱が籠もっているように感じられたからだ。


「ど、どうしましたツツ殿?」

「くくくくく、いいから工房の方に来い。待っとるぞ」

 

言うだけ言って通信が切られる。

 

イヤな予感がする。と言うか嫌な予感しかしない。

 

だがそれと同等以上に。

 

何かを得る予感がするのも確かだった。















「これは……っ!」

 

工房の最奥にて起立するその機体を目にして、ダンは絶句するしかなかった。

 

悪鬼羅刹。一言で表現しようとするならばそうとしか表現しようのない機動兵器が一機、そこには存在した。

 

確か原型はTEIOWのテストフレームだったはずだ。しかし構造的にはともかく印象的には全く原形を留めていない。あくまで機械的な印象を留めていたTEIOWと違い、有機的というかおどろおどろしい怪物的な様相となりはてている。

闇を具現化したような漆黒。それを誤魔化すかのように機体の各部に配された金色の装飾。異世界の魔王だと紹介されたのであれば、そのままあっさり信じていたかも知れない。


「……で、なんでこんなエライ事になってるんですか!? どう見てもこれオーバースペックどころの騒ぎじゃないでしょう!?」

 

これは拙い。拙いどころじゃない。こんな物本気で使ったら冗談抜きで惑星一つ軽く吹っ飛ぶ。概要を知るはずもないが、本能でそれを察知してダンはツツに食って掛かる。しかしツツは澄ました顔で煙管なんぞを吹かし、なんでもないように応えた。


「このくらいせんと、ヤツらには勝てんぞ?」

 

そう断言してから、ツツは悪戯っぽくニヤリと笑った。


「まあ高位次元接続機関とかニキから分けて貰って増殖させたナノマシンマテリアルを使って“強制進化”させたのはやりすぎだったかも知れんが、お前さんなら使いこなせるだろうさ」

「いやそれシャレになってませんよ?」

 

ツツの言った事は、簡単に言えば軽自動車をいきなりF1カーに取り替えたと言っているようなものだ。はっきり言えばダンの流儀からは思いっきり外れている。

 

しかしツツはあっさりとそれを否定した。


「ただの傭兵であればお前さんの主張は正しいわな。しかし、もう負けるわけにはいかない立場であろう? ならば力はあって困ることもないと思うがの。それに……」


 にい、とツツの笑みが歪む。


「そろそろ見てみたいと思っておったのよ。侵略請負人ダン・ダ・カダンの全力全開というヤツをな」


ああなるほど。この人も“狂っている”んだ。改めてそれを確認したダンは深々と溜息。

そして、面を上げたその瞳は完全に戦士のそれへと変化していた。


「OK、聞かせて頂きましょうか、コイツの仕様を」

 

つまるところ言い訳でしかなかったのだろう、彼が今まで量産機ばかり使っていたのは。

 

自分の本領を発揮する機体なんぞ存在しないと言い逃れるための。


しかし皮肉にもGOTUIが捨てたはずのジャンクと、狂った技術者も手腕が組み合わさり言い逃れのできない理由が誕生した。ならば解き放て。己の中の魔獣を。

 

この瞬間、怨敵は誕生した。


「あ、開発資金はお前さんの口座から引き落としておいたから」

「いきなり九割ぶんどるとかアンタ鬼ですか!?」


 














そして、GOTUIを囲む状況はダンの知るところとなる。

この時下したダンの判断、そして行動と結果。それがこの戦いのターニングポイントとなった。







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