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9・過去からの刺客 後編

 




整然と並ぶ訓練仕様のガヴァメント。以前スクランブルで乗った事があるが、その時とはまた違う感慨のようなものが胸の中に沸き上がってくる。

何事もなければただ雰囲気に呑まれ、神妙に教官の訓辞に耳を傾けるところであったが。 1444小隊の野郎どもはそれどころじゃない。


「爆弾腹の中に抱えたら、こういう気持ちになるんだろうか」

 

内蔵が重くなったような気持ちを抱え、表面上は神妙な態度を保ったままユージンはひとりごちる。


 













あの後、重苦しい空気のまま昼食は続けられた。ユージンたち下っ端三人集は飯を掻きこんで即座に撤退する腹づもりであったが、状況はそれを許さない。

逃げたら、られる。気のせいだとは思えども、雰囲気に呑まれてそんな錯覚すら覚える三人だった。

 

努めて無表情を保っているように見えて、異様な気配を全身から放っているターナ。それを受け流し、最低でも表面上はいつも通りの態度を貫いている萬。この二人を中心に形容しがたい空気が漂っていた。これで何かものが言える人間というのはよほど空気が読めないがとんでもなく胆力のある人間かだけであろう。


「で、二人は一体どういう関係なの?」

 

いたよ双方兼ね備えている人間が。下っ端三人は一斉にムンクの超有名絵画のごとき表情となるが、その人物――鈴は欠片も気にしない。

そして、全くというわけではないが多少の事には動じない人間が、渦中の片翼を担っていた。


「ここに来る前に世話になった」

 

無表情ではない、だが何かの感情が籠もっているわけではない態度と言葉。事実ではあるが全てではない萬のその言葉に、ターナは一瞬憤るような気配を見せるが、即座に平静を装って押し殺した声で言う。


「ええ、そうですね。“それだけの関係”です」

 

絶対それだけじゃねえだろ。ユージンたちだけじゃなく周囲で耳を峙てていた一般人もそう思ったが、流石に誰もツッコミを入れられない。一般人じゃない人達の反応はまちまち。ゼンは興味深げに眺め、弦はどうでもよさそうに椅子に背を預け、鈴はにこにこと何を考えているのか分からない笑顔を浮かべている。

 

そして。


「ふむ、最近のそれだけ、というのはただならぬと訳すのですね?」

 

萬の隣に陣取った蘭は、湯飲みを傾けながらさり気なく毒を含んだ言葉を吐く。

 

…………………………。


『うあああああああ!?』

 

蜘蛛の子を散らすように一般人たちは飛びすざる。一体いつの間に、どこから現れやがったこの人!? あまりにも唐突かつ予想外の展開に、子羊たちはただただ驚愕する以外に為す術を保たない。

 

が、一般人でない人達にはどうという事ではないらしい。というか慣れたのだろう。かつて一般人だったはずの萬のみが、微かに眉を顰めただけだった。


「鈴たちに続いて司令ですか。今日は千客万来ですね」

 

別に皮肉めかしているわけではないが、空々しい敬語がそのように感じさせてしまう言葉。だが蘭は欠片も動じることなく済まして答える。


「今日から期間限定で冷やし中華を始めますのよ、ここ。毎年の楽しみですの。……それはそれとして、今はプライベートですから敬語は使わなくてよろしくてよ」

 

にっこりと笑顔で言う蘭。事実彼女は大食堂で新作の麺類がでるたびにこっそりと赴いていたりする。しかしいつもなら完璧なまでに気配を消して周囲に溶け込んでいるはずなのに今回に限って姿を顕わにしているという事は、やはりこの現状が相当気になっているからだろう。もっとも本人はなぜそこまで気になっているのか無自覚――あるいは“無自覚なふり”をしているようであったが。

 

対してターナはと言えば……凍っている。まあ見事に固まっている。それもそうだろう。いきなりなんの前触れもなく社員食堂で昼食を取っていた下っ端社員の前に社長が現れたようなものだ。たとえ愛憎渦巻くどろどろとした空気の最中だったとしても、いや、だからこそ虚をつかれたというのもあるのだろう。しばらく彫像のように固まっていた彼女は、やっと現状を認識したのか、はたと我を取り戻して慌てて椅子を蹴立てて立ち上がり、再び直立不動の敬礼を行う。


「し、失礼しました! ターナ・トゥース訓練生であります!」

「プライベートだと言いましたわよ。そこまでしゃちほこばる事はありませんわ」

 

無理を言うな。蘭以外の皆の心が一つになった。

ただでさえややこしい雰囲気がさらに複雑怪奇なものとなる。なんちゅう事をしてくれたとばかりの非難の視線が萬へと集中するが、萬だってこんな状況予測しているはずもない。微かに眉をひそめたまま不動を貫いているように見えるが、その実背中では滝のような脂汗を流していたりする。それに気付いているのは蘭やチームインペリアルの連中だけであるが、蘭はともかくチームメイトはむしろ面白がっている風だ。助けになろうはずがない。

ましてやかつての仲間たる1444小隊なんぞクソの役にもたつものか。完全に萎縮して小動物のように身を震わせるだけだ。

 

蘭は動かない。ただ悠然と運ばれてきた冷やし中華(大盛り)を口にするだけ。

 

ターナは動けない。なぜ司令がこの場に現れたのか、そしてどうしてすさまじい威圧感を与えてくるのか。ただ萬と相対していただけなのにどうしてこんな事になっているのかさっぱり分かっていない。腹に色々と抱え込んだまま黙りこくるしかなかった。

 

萬は動けない。ターナに対しては、いずれこういう事もあるだろうと覚悟ができていた。しっかしこの蘭の対応は一体なんだ。ただ上司として部下を案じたというわけではなさそうだが、それならば一体何のつもりなのか。内心頭をひねるがさっぱり分からない。彼は主人公としての例に漏れず“そっち方面”に関しては徹底的に鈍かった。

 

重い沈黙を纏ったまま、時間は過ぎていく。箸はのろのろと進み味など分かろうはずもないが、食っていればいずれ食事は片づく。蘭がぱしんと手を合わせ「ごちそうさま」と宣ったところで皆はやっと我に返った。


「お、おう、ううううう旨かったな今日の飯も!」

「あ、そそそそうだね。うう旨かったんじゃないかい!」

 

まるでにわかラッパーのようにうわずった声でどもりながら空々しい会話をするライアンとフェイ。発言の勢いのまま席を立ち、そして有無を言わさずターナの腕を両側からがっしりと掴む。


「へあ?」

 

突然の事に思わず奇声を上げるターナであったがむろん野郎二人が気にかけるはずもない。彼らは一切合切を顧みる事なく、「それではしつれいしま〜す」とドップラー効果かかった挨拶とともにターナをひっつかんだまま脱兎のごとく食堂 から脱出していった。

置いてけぼりにされたユージンはというと……ちゃっかり先に席を立ち、すでに一般人の群衆の中に紛れていたりする。作戦行動にも通じる見事な手際の良さであった。発揮されるところがかなり間違っていたが。

 

さて司令たちは、萬はどう反応するものだか、ユージンは半ば興味本位で人垣の隙間から萬たちの様子を覗き見る。

 

萬の背中からは、緊張感が抜けていた。あからさまにほっとした様子だ。この分だと後でライアンたちに何かおごるとか言い出すだろう。

が、そのまま何事もなく事が済むほど世の中甘くないわけで。


「それで? 彼女とはどのような関係なのですか?」

 

再び空気が凍ったかのようだ。ぎぎぎと錆び付いた人形のように萬の首が横を向く。当然そこには蘭の姿。

なんというわけではない、ただ食後の茶を口にしているだけだ。それだけだというのに、先ほどをも上回る怖気を伴った気配が周囲に漂っていた。

ごまかしは許さない。蘭の背後にはそんな文字が浮かんでいるような気がしてくる。

再び萬の背中に流れ出す脂汗。彼は窮地を脱してなどいなかった。


「……別に、おもしろい話じゃないぞ?」

「おもしろいかどうかはわたくしが判断しますわ」

 

にべもない。逃れる手段はなかった。

溜息を一つ。仕方がないなあといった風情で萬は軽く語り出した。


「色々あって、あいつの兄貴をオレが殺した。つまりあいつにとってオレは仇ってわけだ」

 

内容は結構重かった。

 

耳を傾けていた群衆はどん引きしている。ただごとではないと思っていたがいきなりそういうヘビーな話が飛び出してくるとは思わなかった。その中で納得しているのはユージンだけだ。

まあどこか思い詰めたようなターナの態度を見ていれば、そういう事なのかと理解できる。同時に萬にも何か事情があったのだろうと推測された。はっきり言って人殺しという行動自体に忌避感がないといっても過言ではない男だ。だからといって理由もなく他者を殺めるような人間ではない。必要ならばやる、でなければやらない。そういった区分はわきまえている。

 

つまり萬は、“ターナの兄を殺す必要があったから殺した”という事だ。

 

もっともターナのほうからすればそんな事情など知った事ではないであろう。仇は仇でしかない。自身も田舎ヤクザの一家に生まれ幾度か抗争などを経験したユージンには双方の感情が理解できた。どんなろくでなしだろうが家族(ファミリー)は家族であり、殺されたりすれば仇を討とうとも考える。それは相手も同じ事。逆にろくでなしであるが故にその感情は強い物となるのではないか。すがる物が他にない故に。

まあ他の連中には理解しがたいわなと、どん引きしている周囲の様子に苦笑を浮かべるユージン。いくらGOTUIが前歴を問わない採用方針だとはいえ、大概はそれほど特異でもない経歴を持って門を叩くのだ。であれば萬のような人間とは一歩線を引いても致し方がない。


「お、おい、誰かこーゆーヘビーな展開に賭けてたヤツいるか?」

「いんにゃ、大概恋愛関係のもつれだろうって……」

「なんでこういう時にシリアスくんだよ空気読めよ」

「正直引くわあ。どっちらけってヤツ?」

「いいから賭け金払い戻してよ胴元誰なの?」

 

一歩線を引いているどころじゃなかった。むしろとんでもない方向に飛び越えていた。


「そうだよここGOTUIじゃないか……」

 

頭痛を覚えて額を抑え呻くユージン。そうだった、この場にそういう繊細な神経を持つ人間何ぞ存在するはずがない。でなければGOTUIの構成員などやってられないのだ。改めて己の組織のアレっぷりに戦慄するユージンであった。


で、そのアレっぷりな組織の頂点に立つ女はというと。


「本当にそれだけなのですか? 嘘偽りであれば後で後悔いたしますわよ? むしろ後悔したくてもできないようになるわけですが」

「いや待て司令落ち着け。なんでそこまで拘るかつーか殺し殺されとかはどうでもいいのか!? あと体こすりつけるな色々当たってピンチだオレ」

「GOTUIは軍事組織ですのよ? 今更殺した殺されたなどと細かい事を気にしてどうしますか。それとマーキングってご存じ?」

「蘭様、記憶走査の準備整いましてございます。レベル4までの使用許可をとりつけましたぞ」

「なんでしたら古式ゆかしい尋問の用意もできますがいかがいたしましょう?」

「よろしい、パーフェクトですわ。さ、萬。洗いざらいぶちまけていただきますわよ?」

「パーフェクトにあほだろうお前ら! 突然湧いてきてなんで人を窮地に陥れるはっちゃけシスターズ! 記憶走査のレベル4つったら廃人確定コースじゃねえか! それに尋問じゃなくて拷問だろう絶対! 聞けよ人の話!」

「だから聞かせろと言っているではありませんか。もうじっくりたっぷりしゃぶり尽くす勢いで吐きやがりくださいませ」

「ちがうそうじゃねえええ! お前らも見てないで助けろお!」

「や、馬に蹴られたくないし」

「犬も食わん話やで」

「そういうわけでごゆっくり〜」

 

最早シリアスの欠片もないカオス加減であった。

 

やれやれ結局いつもどおりかよやってらんねえ等々口々にいながらその場を去る群衆に混じってユージンも食堂を後にする。

まあ萬は問題ないだろう。本人的には結構酷い目に遭っていると感じているだろうが所詮は痴話喧嘩の延長線だ。好きなだけいぢられていればいい。問題はターナのほうだ。いくらなんでもこちらのように茶化す空気じゃない。正直どうしたものだか、対応に困る。

 

面倒な事になったものだと、ユージンは肩をすくめるしかなかった。


 













結局、1444小隊の野郎どもはターナから詳しい話を聞き出すような真似はせず、放置の方向で意見を一致させた。

 

へたれと言うなかれ。何せターナ本人は超真面目かつ真剣。萬に関してのみ感情的なところを見せるものの、それ以外は絵に描いたような軍人体質なのだ。はっきり言って浮きまくっているし、杓子定規な反応しか返ってこないため扱いにくい事この上ない。まあ今のところ下手な行動に出る様子はないのだが、何の弾みでたががはずれるか分かったものじゃない。まさしく爆弾を抱えているようなものだ。下手な刺激は状況を悪化させる可能性もあるし、放置しようと考えても致し方ないだろう。

 

そして数日が経過し、統合科と機動兵器科の訓練生たちは実機を用いた訓練段階へと進んだ。

 

幸いにしてというか、あれ以降萬とターナの接触はない。司令にとっつかまったらしい萬の姿がしばらく見あたらないのだが、本当に拷問でも食らっているのだろうか。

問題の先送りでしかないが、とりあえずは胸をなで下ろす――というわけにもいかなかった。

 

ターナの機嫌が目に見えて悪くなっていったからだ。

 

態度そのものは変化していない。だが放つ雰囲気が徐々に剣呑なものになっていき、今では寄らば斬るぞと言わんばかりの空気を纏っている。

教官などは気合い入っているなあなどと呑気な事を口にしているが、アレは絶対確信犯だと1444の野郎どもは揃って思っている。だって教官連中皆こっちと目ェ合わせようとしやがらねえし。

 

気まずさを堪えアンニュイな気持ちで教官の訓告と指示を聞く。しつこいくらいに長々とした話が終わり、さて機体に乗り込もうとした丁度その時であった。

 

突如響いたアラートが状況を中断させた。


「敵襲? ……いや、これは」

 

訓練生たちの顔が引き締まると同時に、基地内全域に緊急放送が流れる。


「緊急事態! E-18機密ブロック付近に侵入者発見、基地内に潜入した情報工作員と思われる! 総員現状の作業を中断、緊急マニュアル1148Aに従い非戦闘員は緊急待避シェルターへ、訓練生を含めた戦闘要員は第一種軽装備にて各指揮官の指揮に従い対応に当たれ。なお……」

 

ごくりと誰かが唾を呑む。緊張感が一気に高まった。


「目標を捕らえた人間には特別ボーナスが支給されます。その他にも目標を発見、追跡、逃亡経路特定など確保に貢献した者には大食堂無料食事券3日分を支給など豪華特典が盛り沢山。なお脳髄だけ残っていれば確保と認められますので皆様張り切って手加減抜きにぶちのめして差し上げましょう!」

 

訓練生は皆コケた。緊張感が一瞬にして霧散する。


「あ、相変わらず脳天気だか真っ黒なんだか……」

「やる気を出させるつもりなんだろうけど」

 

身を起こしながら口々にぼやく訓練生たち。リアクションはなかなかのモノだがまだまだ精進が足りない。教官どもなんかいつの間にやら取りだした各種武装を身に付けすでにチェックを始めていたりする。


「って教官、それグレネードランチャーじゃないですか! そっちはミニガン(ガトリング)とか! 第一種軽装ってマシンピストルまででしょうに!」

 

目ざとく真面目な訓練生がツッコミを入れるが、教官たちは意にも返さない。澄ました顔で揃ってこう返す。


『いやコレ私物だし』

「なんちゅう物騒な私物ですかつーか私物だからって使って良いんですかつーか殺す気満々でしょうそれとかああもうツッコミどころが多すぎだあ!」

 

頭を抱えるその訓練生を余所に、他の訓練生たちは黙々と装備を受け取り各々チェックを開始する。もうツッコミ入れるだけ無駄だと悟り始めているのだ。


「ここで俺もとなんか私物を取りだしたら終わりなんだろうなあ……」

「言わないでよそのうち誰かやり出しそうな気がして怖いから」

 

銃のチェックを終えマガジンを装填しながら言い合うライアンとフェイの声を聞き流しながら、ユージンは横目でターナの様子を窺っていた。

 

装填の終わったオートマチック。それをじっと見詰める目。

 

気をかけていた方が良さそうだな。ホルスターの銃の重さを確かめながら、ユージンの唇が苦々しげに歪められる。


 













一人のガキが、スラム街に現れた。

 

紆余曲折を経て中華系マフィアに拾われたそのガキは、凶手(てっぽうだま)としての教育を受け始めたところで公安の強制捜査に遭い、どさくさに紛れてマフィアから逃れる事に成功したのだった。幸運なことにそのマフィアは壊滅し追っ手がかかるような危険性はなかったが、行く当てなどあろうはずもなく当然の事ながら行き倒れてしまう。

 

そのガキに手を差し伸べたのが、スラム街を根城にするストリートチルドレンの一グループだった。

 

スラム街で行き倒れなど珍しくもない。通常ならば放置されるであろうガキが拾われたのはマフィアから逃げ出したという事が分かっていたからなのだろう。要するに戦力として使えるのではないかという期待があったのだ。

ストリートチルドレンといってもやっている事はマフィアと変わらない。大概の犯罪には手を染めているし、グループ同士の抗争も激しい。下っ端とは言え本物のマフィアの手ほどきを受けた人材ならばどこでも喉から手がでるほどに欲しがるのは当然の帰結であった。事実そのガキは生き汚さに関しては同世代の連中より頭一つ図抜けており、あっという間にグループの中で頭角を現しだした。

 

そんなガキにも相棒がいた。ずるがしこい小悪党であったが、お調子者でどこか間抜けで憎めない、そしてたった一人の妹を大切に思う、そういうヤツだった。

二人は散々馬鹿をやった。時には妹をも巻き込んで、スラムの中を駆け回った。殺した事もある。殺され掛けた事もある。酷いという言葉も生温い、最低の野郎どもの生活。だがそこには確かに充実感と笑顔があった。

 

しかし結局のところは砂上の楼閣、綱渡りでしかなかったという事なのだろう。ある日ついに相棒が致命的なドジを踏んだ。

急ぎ病院にでも運び込めばまだ助かる目があっただろう。しかしスラム街にまともな病院があるはずもなく、数少ない医者もヤブかつ法外な金を請求するとなれば手の施しようもない。

 

他に方法などなかった。何より相棒がそれを望んだ。

 

ガキは相棒にとどめを刺した。

 

帰りが遅いと心配になってねぐらを飛び出してきた、妹の目の前で。















「……その直後、軍と反政府組織の大規模な戦闘が起こってスラム街も巻き込まれた。そしてオレは軍に拾われたんだ。その後DNA鑑定やらなんやらで身元が証明され、日本に送り返されたってわけさ」

 

まさかアイツと再会するとは思わなかったがと、淡々と萬は話を締めくくった。

 

侵入者の捜索を行う最中、簡単にではあるが自身とターナの関係を仲間に説明していたのだ。今さらながら思いっきり犯罪が絡んでいる話だが、未成年が行ったことである上に戦争のどさくさに流されて、その辺りは結局不問という事になっていった。

 

話を聞いたチームメイトの反応は……普段と全く変わりなく、そっか、なるほどねなどと変に気を使わない答えが返ってくる。

その反応に萬は軽く苦笑を浮かべた。


「やれやれ、司令たちもアンタらみたいにあっさり納得してくれりゃあ楽だったんだが……一体なんだったんだよあのしつこさは」

 

正直に全てを話したはずなのだが、蘭は納得しない様子で根ほり葉ほり問い質した。主にターナとの関わりを。

萬にとっては元々単に相棒の妹の立場でしかなく、どのような理由があろうともあのような結果になってしまった以上最早友好的な関係など結べるはずがない。ターナはそれなりに聡い娘である。萬がどうして兄の命を奪ったか、それが理解できない人間ではなかった。しかし理屈では理解できても、感情では納得できないだろう。地獄の最中を共に生き抜いてきた、たった一人の家族の命が奪われたのだ。どれほどの憎悪を募らせているか想像に難くない。

 

だというのに、一体何が勘に障るというのだ。いや命を狙われるのではないかと心配してくれているのかも知れないが……それにしてはどうもこう、粘着質というかくどいというか、三人して目を血走らせ迫ってくるのはどうにも堪えた。なにがなんだかさっぱりだ。


「……っと、愚痴ってる場合じゃないな、そろそろやっこさんが逃げ込んだ区画か。どうする、別れるか?」

 

目標の位置が近くなり萬の表情が仕事のものとなる。それに応え、ゼンが頷いた。


「ああ、自分らの場合ばらけて行動した方が効率が良い。相手は基本的に単体、例え途中で何者かと合流したとしても時間稼ぎくらい余裕だろう。勢い余って全殺しにしないよう注意するくらいかな?」

 

大した自信ではあるが、実際チームインペリアルの面々はそう大口叩くだけの実力を持っている。基本能力的に萬がかなり劣ってはいるが、それでも蘭の地獄のようなしごきに耐えたのは伊達ではない。今の彼にとって生半可なエージェントなど歯牙に掛かるはずもなかった。


「了解だ、ドジるなよ?」

「君もな」

「ほならワシはこっちやな」

「んじゃ妾こっち行くね〜」

 

四人はそれぞれ別れて駆け出す。

 

はっきり言って彼らだけでも過剰な戦力投入だと思うのだが、誰もそれにツッコミを入れる事はなかった。

 

こうして、GOTUI内部に潜入している全ての情報工作員を震え上がらせる事となる“狩り”の幕は上がる。















「いたぞ! そっちだ!」

「逃げんじゃねえよ大人しく当たれよ!」

「邪魔だ馬鹿! 射線から外れてろ!」

「ひゃっはー地獄で悪魔がお待ちかねだぜェ!」

 

絶え間なく降り注ぐ弾雨をかいくぐりながら、その男は死ぬほど後悔していた。

 

完璧に近いと自負する潜入技能を用いて情報区画に潜入、そして中央情報管理システムに接触したまでは良かったが、クラッキングを試す間もなく警報が鳴り渡り、あれよあれよと言う間に追い込まれた。

今になって思えばとうの昔に正体が割れていて、行動するまで泳がされていたのだろう。同時に行動を開始し後に合流する人間もいたのだが、この状態では動けるはずもない。男は単体で逃げるしかなかった。

とは言っても逃げられるかどうか怪しいものであったが。


「くそったれなんだってんだ! なんでアイツら“誰何も警告もしないで問答無用で発砲してくる”んだよ!?」

 

荒っぽいなどという問題ではない。マフィアだってもうちょっと穏便な手段を取ってくる。わらわらと現れるGOTUIの戦闘要員は容赦の欠片も見せずに遠慮なく銃弾を出会い頭に叩き込んできていた。誤射などを恐れる様子もないその行動は正直キモが冷えるどころでは済まない。実際今まで生き残っているのが不思議なくらいだった。

 

実の所、はっきり言ってしまえば男の身柄には何の価値もない。すでに身元は完全に割れており、どこの組織から何を目的にして送り込まれたかも掴まれていた。そんな人物をわざわざ泳がせ行動に移るよう“誘導”したのにはわけがある。一つはグランノア内の警備、自衛能力を維持するための噛ませ犬としての役割。もう一つは他の情報工作員に対する見せしめ。

 

どちらにしろ、真っ当な組織の考える事ではない。基本的に第三者視点からGOTUI内を見ていた男の理解の範疇外にある方策だった。

 

何とか作業用通路などを経て人気のない方に逃れる男。ここからどうやって外部に逃れるか、すでにその手段は失われている。いっその事非戦闘員でも人質に取るか――


「そっちにいるわよライアン・チェント! さっさと追い込みなさい!」

「一々フルネーム呼ぶなっての!」

「ちいっ! 考える間もなしか!」

 

再び男は駆け出す。最早投降した方がいいのではという考えが頭をよぎるが、投降したらしたらでなんか予想外の酷い目に遭いそうな気がひしひしとするので却下だ。こうなったら一か八かで海に飛び込み外部から港湾部への侵入を……などと考えている男の目の前に、一人の少女が現れた。

 

訓練生なのだろう、咄嗟の事で僅かに反応が遅れる。この少女を撃ったところで状況は変わりはしない。しかし男は条件反射的に銃を向け――

 

背後から肩胛骨と腹部を貫いた弾丸に意識を刈り取られた。


 













銃を構えた目の前で、潜入工作員だった男の身体が崩れ落ちる。

 

正直危なかった。やはり独学かつ付け焼き刃では限度があったのか。忸怩たる思いで銃弾が飛んできた方向に目をやると。


「っ!!」

 

硝煙たなびく銃を構えていたのは、かつて兄の相棒であり、そして今は……とてつもなく近くて遠い位置にある男。

 

構えた銃が、震える。撃てと囁く心と、やめてと悲痛な叫びを上げる心がせめぎ合う。心臓が耳の中に移動したかのように五月蠅く響き渡り、視界が歪む。その視界の先で。

 

男はゆっくりと銃口をこちらに向けた。


「あ……」

 

頭の中が真っ白になる。何かをしなければならないのに、何もできない。時間の流れが引き延ばされた世界の中で引き金が引かれる。

 

弾丸は真っ直ぐに飛翔し、そして――


「ぐあっ!?」

「…………え?」

 

ターナの横を掠め、“背後にいた何者かを貫く。”

 

慌てて振り返ってみれば、床に倒れ伏す一人の男の姿が。全身を覆うボディスーツを纏い、手には軍用の折りたたみナイフ。それはどうみても不審者――おそらくは別口の潜入工作員の姿であった。

一体何が起こったのか理解できないターナの元に、押っ取り刀で現れた1444の仲間と、なぜかくっついてきたパトリシアが駆け寄ってきた。


「おい勝手に先行すんな……ってこいつは!? もう一人いたのか!」

「……どうやらそうらしいな。多分合流予定だった人間だろう。“職員を人質にでも取るつもりだった”んじゃないか?」

 

泡を食ったライアンの言葉に、銃をホルスターに収めながら萬が応える。その言葉にターナは目を見開いた。この工作員が人質に取ろうとしていたのはつまり……。

 

萬は何も言わない。ターナを無視しているのではなく各所に連絡を取り今成すべき事をやっているだけだった。気を使わないのではない、今自分に声を掛けるのは哀れみだと分かっているのだ、きっと。

 

ぎしり、と歯を食いしばる。情けない。情けない。ここまで自分は何をしに来たのだ。こんな醜態をさらすためでは決してない!


「あたしが! あんたをっ!」

 

気が付けば我知らず吠えていた。驚いた顔をする周囲の事など目もくれず、ターナは涙の溜まった目で萬を睨み付けて、絞り出すように言葉を続けた。


「……あんたを殺すのは、あたしだ。だから……」

 

その言葉に対して、行動を中断した萬は――


「……そう簡単に、この首はやれんさ。お前にも、誰にも」

 

――にやりといつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

一瞬目を見開いてその表情に見入ったターナであったが、再びぎしりと歯を噛み鳴らして何も言わずに身を翻しその場を後にする。それを見送った萬は妙に吹っ切れたような、柔らかな笑みを浮かべている。


「……なんつーか、他の人間入っていけねえよなあ」

「アタシに振るな」

 

騒動はひとまず終結した。

 

しかし新たな火種が生まれた事に、誰もが感付いていた。
















「……で、どうしてこうなっているのか説明して頂けるのかしら? 萬?」

「…………オレが聞きたいわそんなモン」

 

蘭の言葉に、肘をついてふて腐れた萬が答える。

 

昼の大食堂。その中にある一つの円形テーブルで、今静かな嵐が巻き起こっていた。

 

萬の向かって右側には、はっちゃけ双子を控えさせ主従揃って青筋の立ったすんげえいい笑顔を浮かべた蘭。

 

左側には私不機嫌ですと全身で表現しながら、手ェ出したら噛み付くかんねとでも言いたげな上目遣いで萬を睨み付けるターナ。

 

最早多くは語るまい。


「あらあら萬の事を嫌っているのではありませんでしたかトゥース訓練生?」

「食事中はプライベートだと言ったのはそちらですよどこに居座っても良いじゃありませんか天地堂司令?」

 

火花を散らして王者の不敵な笑みと野獣の不敵な笑みが交わされる。何が起こっているのか全く理解できてない萬は、ただ勘弁してくれと額を手で押さえるしかなかった。


「……なあレイリーズよ、以前俺が言ったのな、ありゃ嘘だ」

 

遠巻きに嵐吹き荒れるテーブルの様子を窺っていたライアンが不意に口を開いた。以前言っていたというのは自分が尋ねた化け物との付き合い方というやつだろうか。パトリシアは小首を傾げながら彼の言葉に耳を傾ける。


「化け物と付き合うときにはな、もーなんつーか……全部諦めれ。何やったって無駄だ」

 

なんて無責任なとは思わなかった。だって思いっきり納得したから。

 

背後で響くブックメーカーや予想屋の声を遠くに感じながら、ライアンとパトリシアは揃って溜息を吐いた。















次回予告っ!






停滞していた地球の戦況が動き出す。

四面楚歌に近い状況にあるGOTUIの前に降り来たる者。

ヤツだ。新たな力を手にしたヤツだ。

その力、GOTUIの化け物たちすら翻弄する。

次回鬼装天鎧バンカイザー第十話『魔神、推参』に、コンタクトっ!









帰省とGジェネとお台場ガンダムが重なって投稿が遅れました。

でも反省しない。

気付けばアクセス数が凄いことになっていても反省しない。



……正直すまんかった。






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