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9・過去からの刺客 前編

 





唐突に浴びせられた問いに、ライアンは「はあ?」と眉を顰めて応えた。

夕日差し込む宿舎前。たまたま出会ったパトリシアに脈絡もなく問い掛けられたのだ。

 

曰く、「化け物と上手く付き合うコツは何だ」と。

 

何が何だか分からないといった風情のライアンであったが、妙に真剣なパトリシアの様子にいつもと違う雰囲気を感じたのだろう、困った様相でありながらも何とか答えを絞り出した。


「そりゃお前、あれだ。……細かい事を気にしない、むやみやたらとビビらない、ってところじゃねえの? よく分からんけど」

 

はぐらかすような答え。さて真面目に答えろと怒って突っかかってくるかとライアンは身構えるが、予想を裏切りパトリシアは何やら考え込む仕草を見せている。

その様子に戸惑うライアンの前で彼女はふっと息を吐き、微かな苦笑を浮かべた。


「……ま、アンタならそんなところよね」

 

この言葉にライアンは面食らった。いつもなら喧嘩腰で食って掛かってくるパトリシアがしおらしいどころか得心の言葉を口にしている。何か悪い物でも喰ったのか、それとも熱でもあるのか。様々な推測が頭の中を周り何かを口にしなければと気ばかりが焦るが、結局口にした言葉は僅かだった。


「その、大丈夫かお前?」

 

ライアンの言葉に、パトリシアはふっと微笑してどこか疲れたような様子で答えた。


「へえ、心配してくれるんだ。……大丈夫よ、ちょっと……雲の高さに目眩がしただけだから」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、天一面を覆う花吹雪。あんな大規模な術を平然と展開し制御する化け物が存在する事に対する、諦観とも絶望ともつかない脱力感。壁にぶち当たったというより改めて壁の高さに気付いたというか、どれだけ藻掻いてもたどり着けない領域を見せつけられ途方に暮れた、そう表現するのが一番近いだろうか。

努力すれば手が届く。そんな壁であったなら向上心や負けん気も湧いてくるだろうが、相手が悪いと言わざるを得ない。パトリシアは努力を惜しまないタイプではあるが、不屈不倒の登山家のような根性を併せ持っているわけではなかった。どちらかと言えば困難に直面すると内心凹むタイプだ。

 

調子が狂うなと、ライアンは頭を掻く。こういう雰囲気は苦手だ。かといって上手い事慰めるような器用な話術などできはしない。あーうーと悩みながらも、何とか口を開いた理由はライアン本人にも分からなかった。


「まあ何があったか詮索はしないがな。…………化け物がとんでもないのも、空が高いのも、“どうしようもなく当たり前の事”じゃねえか。絶望するのは勝手だけどよ、それでどうにかなるわけじゃなし、一人ない知恵絞ったところで大した考えが浮かぶはずもねえんだ。ちったあ肩の力抜きな。勝てねえモンとまともに張り合うなんざ馬鹿馬鹿しいぞ」

 

世の中の8割方は大した事じゃないとライアンは思う。例え本人にとって重要だと感じる事があっても、端から見れば大した問題ではないと捉えられるかもしれない。全てを気楽にとまでは言わないが、不必要に難しく考える必要など無いだろう。考えるだけの頭がない? 上等、それでも俺は生きている。人に問われたならばきっとこう言って無意味に胸を張るに違いなかった。


無責任かつ不器用な言葉。しかし確かに慰めているその台詞にパトリシアはきょとんとした表情を見せた後、ややあってくすくすと小さく笑い出した。


「ふふ、アンタに慰められるなんてね。……珍しいもの見せてくれたおかげで、ちょっとだけ気が晴れたわ」

 

別にリップサービスではなかった。なぜかは分からないが、確かに少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。おかしな話だ、いつもなら喧嘩腰で接している相手と少しだけ穏やかに会話しただけなのに。

まあいいか、気分が良くなったのは確かなんだから。全てに踏ん切りを付けたわけではないが、少なくともうじうじ考えるのはやめにしようとパトリシアは顔を上げライアンに向かって笑いかける。


「一応礼は言っておくわ。……ありがと。それと悪かったわね、つまんない事に時間取らせて」

 

礼を言われた。謝られた。起こりえないと思っていた事が二つ同時に起き、ライアンがフリーズする。

彼が再起動したのはパトリシアが颯爽と去ってからしばらくの後であった。


「あ〜、え〜っと……」

 

何を言うべきか、結局言葉が見つからなくて我知らず口から出たのは、こんな台詞だった。


「…………笑うと可愛いじゃねえか、アイツ」

 

この後自分が漏らした台詞に対しライアンがどう反応したのかは、彼だけの秘密だ。















「ようやくの補充人員か。しかし……」

 

フォログラムのモニターを覗き込みながらジェフリーが唸った。

以前から不足していた人員の補充がやっと追い付いたとの話を聞き、さっそくその関係の資料に目を通していたのだが、幾つか気になる点が見つかったのだ。

いや、正確に言うとジェフリーが気にした点はすでに蘭たちによってマークされ、調べ上げられていた。

やれやれ、私の仕事がなくなるではないかとジェフリーは肩を竦めるしかない。


簡単に言えば、密偵スパイ。各種勢力から送り込まれてきた人員が幾ばくか、補充人員の中に潜り込んでいる。さすがに機密に触れるような部署に配属される事はないようであったが。


「わざと見逃したな、これは。……君の意向かね?」

 

違うだろうなと思いながらも尋ねてみる。天地堂 蘭という女性は酔狂ではあるが間抜けでもなければ不用心でもない。最低でも自身が謀っていない状態で懐に敵を招くような真似はしないだろう。

案の定というか、蘭は僅かに不機嫌な様子を見せて答えを返した。


「総司令部の決定ですわ。正直遠慮したかったのですけれど、手を回す前に送りつけてきやがりましたの」

 

ふむ、とジェフリーは顎に手を当て考える。GOTUIの総司令部、ひいては天地堂財団自体と何やら確執のようなものがあるのか、蘭は自身のバックボーンであるそれらについてあまり口にする事はない。天地堂一族自体が極端な秘密主義という事もあるが、それにしても家族の話くらいはしてもおかしくないだろう。まあそもそも監察官である自分とそんな話をするほど親しくする必要性もないのだけれど。

 

それはそれとして、そこまで神経質になるものだろうか。蘭の計略にない事だとしても、GOTUI上層部だって間抜けではない。想定外の密偵を招き入れる事はしないと思うのだが。そう何気なく口にしてみたら、蘭はきょとんとした表情を一瞬見せて、再び苦虫を噛み潰したような表情となって言う。


「ああ、そっちは一向に構いませんわ。以前から密偵は潜り込んでいますし、すでに全員身元から何から割れている以上どうとでも対処できますもの。気に障ったのはその、個人的なものでして……」

 

歯切れの悪い返答に、疑問符を浮かべるジェフリー。幸いにしてと言うか、彼の位置から蘭が見ていた資料を覗き見ることはできなかった。

 

その資料にあるのは、一人の訓練生補充人員のパーソナルデータ。

 

出身地が“萬の身柄が最終的に確保されたスラム街”であると言う以外に、何の代わり映えもないデータであった。

 

結局のところそれが蘭の勘に引っ掛かったのは、いわゆる“女の勘”と言うヤツだったのだろう。ジェフリーは後にそう結論付ける事となる。















「あん? 補充がくんのかよウチに」

 

今になってかよとライアンは愚痴るように言った。

 

萬が引き抜かれた後、1444小隊が今まで再編成される事なくメンバーが不足している状態だったのは確かだ。しかしこの時期のというのもおかしな話である。

戦時の訓練生のカリキュラムは、平時のそれと比べて短時間かつ密度が高い。GOTUIはまだ一年近い期間を置いているだけマシだが、それでも途中参加の人間がほいほいついていけるほど生易しい内容ではない。正規の訓練生でも脱落する人間がいるというのに、半分以上カリキュラムが消耗されたこの時期に補充人員が来るなんて正気の沙汰だろうか。いっその事次期に回した方が良いのではないだろうか。


「まあ分かるけどね、確かに中途半端どころじゃないさ。……けどその補充の人一応予備役だったみたいで基礎訓練くらいはやってるらしい。ずぶの素人よりはマシなんじゃない?」 


慰めにもならないような事をフェイが口にする。正直ライアンは侮った。高々基礎訓練程度しか受けていない小僧が、俺たちについてこれるモンかよと。

 

その考えは、二重の意味で裏切られる事となる。


「失礼します! 第1444小隊はこちらでしょうか!」

 

屯していた小隊待機所(コンパーメント)へといきなり投げ入れられた声に、ライアン以下1444小隊の面々は面食らう。

 

聞いていた話では補充人員が来るのがもうしばらく後の事だったはずだ。よほど急ぎでもしない限りこんなに急に現れるわけがない。しかし補充人員以外の人間が前触れもなく挨拶と共に入室してくるはずもなかった。それは分かっているが……。

戸惑いを隠す余裕もなく、ライアンはその人物に問い掛ける。


「あ〜、アンタがウチの補充人員、でいいのかい?」

 

その問いに対して、答えは敬礼と共に返ってきた。 


「はっ! この度1444小隊に配属される事となりました訓練生、【ターナ・トゥース】と申します! 皆様よろしくお願いします!」

 

野郎どもが呆気に取られる中、その短い銀髪の“少女 ”は問答無用に言い放った。


 













電子の世界で展開された戦場を、4機のガヴァメントが駆ける。

 

地表ぎりぎりの高度を高速でホバリング。慣れなければ難しいそれをターナは難なくこなしていた。


「基礎訓練でこれ程、ってのか?」

 

先行するターナの機体を、疑念の目で見るライアン。予備役と聞いていたが、思った以上に手慣れている。

機動兵器を扱うにはコツがいる。慣れれば戦闘機と大して変わらない感覚で動かせるが、慣れるためには相応の訓練が必要だ。ずぶの素人がマニュアルを読んだだけで簡単に動かせるほど甘いものではない。そして予備役の基礎訓練だけでは、あんなに安定した挙動を生み出す事は難しい。

自主トレーニングできるようなものでもない以上、どこかで訓練を受けていたと見るべきだろう。

 

厄介な手合いが潜り込んできたものだと、こっそり溜息。上の方は多分気付いているだろうが、こっちは対処して良いものだか。せめて泳がせるかそうでないのかくらい事前に知らせておいて欲しい。無駄だろうがそう思わずにはいられないライアンだった。


「ライオット4よりライオット1、予定位置に到達しました。指示をお願いします」

「っと、了解だライオット4。これからコースを送る。進路上に展開しているターゲットを叩け。時間制限はない、全てのターゲットを破壊した時点で状況終了だ。いいか?」

「了解、ライオット4状況開始」

 

どうにも調子が狂う相手だ。疑念を抱いていると悟られぬよう、努めていつも通りの態度で接してみたが、彼女は態度を軟化させる事はなかった。一般的な軍人らしく硬い態度で、軽口一つ叩くことなく淡々と行動している。随分と分厚い猫を被っているようだ。

さてどうすればそいつを引っぺがせるかなと思案しだした時、極秘回線が繋がる表示が視界の端に現れた。


「いやいや、なかなか堅物だねえライオット1」

「それよりもリーダーが板に付いてるじゃないかライオット1」

「コールサインを連呼すな」

 

フェイとユージンから茶化すような言葉をかけられて、ライアンはしかめっ面となる。

チームリーダーなんぞ柄じゃねえ。このままなし崩し的に小隊長にされてしまうんじゃなかろうなと、内心危惧を抱きながら言葉を紡ぐライアン。


「新人の動きじゃねえ、確実に仕込まれてる。……密偵としては失格だな。目立ちすぎだ」

「彼女を見せ札にして本命が……ってところかい? それにしたって僕ら程度に見破られているようじゃ」

「いや、あそこまであからさまなら逆に違う……と見せかけてという引っ掛けなのかも知れん。疑心暗鬼になったらきりがないと分かっているが」

「ともかく俺たちクラスに知らせていないって事は、よほど具体的な行動を起こすくらいしない限り手を出すなってこったろ。知らんぷりしておいてやろうぜ」

「お優しい事で。……早速情でも湧いた?」

「まあ見た目は悪くないからな。分からないでもない」

「馬鹿言えっての。余計なトラブルに巻き込まれたくないだけだっつーの」

 

次々とターゲットを吹っ飛ばしていくその腕前。多分白兵戦闘でもそこそこ使えるだろう。いざというときでもない限り、そんなのの相手をする事を考えるのも億劫だ。誰かさんみたいに喧嘩腰で対応してくれば話は別だが、生憎今のところ彼女は礼儀正しく腹を立てる要素がない。


やれやれ、俺の周りの女ってどいつもこいつも一癖二癖あるヤツばかりなんだ。そんなライアンの嘆きが口に出る事はなかった。


 













同じ釜のメシを食った仲、という言葉がある。


食事というのは単なる補給行為ではない、集団の中ではコミュニケーションを取る場としても重要なのだと古くから考えられてきた事を示す言葉である等々、フェイは先人たちの思慮に思いを馳せる。

 

とまあ軽く現実逃避するのはここまでにしておいて。


「……なんだろうねこの、微妙な空気は」

 

口の中だけでぼやいてみる。要は一通りの様子見の後、小隊こぞって昼食を取りに繰り出したわけなのだが。


ライアンの陽気な話し口にも、フェイのとぼけた言い回しにも、ユージンの淡々としたツッコミにも、ターナという少女は乗ってこなかった。

 

ただ事務的に生真面目に、「はい」「いいえ」「そうですか」などと素っ気なく受け答えして三人の手を焼かせてくれた。最終的に皆口数少なくなり、今ではまるで葬式のような有り様だ。

 

困ったもんだがさてどうしようとフェイは考え込む。ともかくこの少女の壁は分厚く高い。腹を割って話そうにもやんわりとした拒絶の気配がそれを思いとどまらせる。もしかして、ちゃんとした密偵としての教育を受けていないのかともフェイは考えた。中途の補充人員がこんな悪目立ちする態度では注視されてもおかしくはない。そんな間抜けを晒すようでは……。


「いや、待てよ?」

 

もしかすると。フェイは思い付く。本当にこの子、密偵じゃないんじゃないか?

基礎訓練しか受けていない人間がこれほどそつなくこなすはずがないという固定観念にとらわれていたが、無理があると言うだけで決して可能性がゼロという事ではない。伝説級のパイロットの中には本当にマニュアルを一瞥しただけで初見の機体を動かせたという人間も存在するし、第一、自分達は固定観念や常識だけでは計り知れない人間というものを良く見知っているじゃないか。

その存在に思い当たった丁度その時、彼らの席に声を掛けてくるものがあった。


「あらフェイじゃない。丁度良いわここ空いてる〜?」

 

返事を待たずに勝手に席を押さえるのは、着物姿にフライトジャケットを羽織ったポニーテールの美女。言うまでもなくこんな人間は一人しかいない。


「……珍しいですね、貴女がこっちで食事を取るなんて」

 

ちょっと腰を退き気味にしながらも、律儀に尋ねるフェイ。そんな彼に向かって鈴はにっこりと笑いかけた。


「ん〜、今日はおべんと作り忘れちゃったからねえ。やっぱ夜更しはダメだねえ」

 

あはは〜と屈託なく言う鈴の言葉に、フェイだけでなく小隊全員が目を丸くする。


「え? あの……もしかして、ご自分で料理とかなさってるんでしょうか?」

 

この人一応お姫様とかじゃなかったっけと記憶をほじくり返してみる。てっきり従者とかに囲まれて優雅にワインでも傾けながらゴージャスな食事でも取っているかと思っていたのに。思考がフリーズしかけた野郎どもに向かって、鈴は宣う。


「ウチはそゆとこ厳しかったからねえ。基本的な家事とかは仕込まれるよ。それに――」

 

そこで鈴の表情に何か黒いものが宿った。


「――たまには生でモノ斬らないと、感覚忘れちゃうし」

「料理の話ですよね? そうですよね!?」

 

やっぱりこの人怖ええよ!? くくくと含み笑いする鈴を見て全員に戦慄が走った。綺麗な薔薇には刺どころじゃない、妖刀生えてんじゃねえかこの人の場合。

おののく野郎どもの様子など知った事ではないとばかりに席に着いた鈴は、そこで初めて新顔であるターナに気付いた。


「あら? キミが新人さんかな? 初めましてだね、チームインペリアルの鈴・リーン・悠木だよ。よろしくね」

「はっ! ターナ・トゥース訓練生であります! よろしくお願いします!」

 

席を立って直立不動で最敬礼。おいおいそこまでする必要はないだろうと小隊の愉快な仲間たちは思ったが、本来準司令相当の立場にある人間に対して一般兵が取る態度としてはターナの方が正解だ。このあたりにGOTUIでの毒され具合が現れている。


「ふむむ……」

 

きっちりとした、だが余裕のない反応に鈴は眉を顰め唸る。そしてしばらく睨み付けるように直立不動のままなターナを見ていたが、突然ぴしゃりと言い放った。


「堅い!」

「は?」

「堅すぎるよ!」

 

吠えるように言うと同時に席を立つ。そして瞬時にターナの懐へと踏み入る。


「そんなんでやってけると思ってんの!? 甘い、M●Xコーヒーよりも甘い! 硬いだけの刃など折ってくれと言っているようなもの! キミには柔軟性が足りない!」

 

一見まともそうな事を言ってターナが怯んだ隙に――


「ほらほらほら! ここはこんなに柔らかいのにどうしてそんなかっちんこっちんなの!」

「へひゃあ!?」

 

――揉む。揉みまくる。

 

両手を使って好き放題に。

 

ほっぺたを。


「ひゃ、ひゃめてくらさひいい!」

「くくくくく、嫌がったそぶりをしても身体は正直よのう。ほうれほうれ」


むにむにむにむにむにむに。

縦横無尽に好き放題。何がそんなに気に入ったのかは分からないが、鈴の手は留まるところを知らない。


「むむ! この手触り、柔らかさ、弾力! これはなかなかの……名器!」

「ひいいいいいい」

 

さすがに無反応を貫く事などできようはずもなく、半泣きとなるターナ。フェイたち残りのメンバーは手出しするにも出せずただ生暖かく見守るしかなかった。


「俺たちのできない事を平然とやってのけるなあ。……シビれも憧れもせんけど」

「流石はってところだね。このフリーダムさは真似したくてもできないよ」

「そりゃあ我々がやったら確実にセクハラだろうさ」

 

やれやれと、肩を竦める三人。何というか色々問題だらけであるが、重苦しい空気は消え去った。やり方はともかく、ここは鈴に感謝しておくべきかも知れない。ターナも少しはうち解けてくれるのではなかろうか。この女傑より1444小隊の方が確実にまともな性格をしているのだし。

 

だが、世の中はそんなに甘くなかった。

 

不意に鈴がターナを弄くるのを止める。銀髪の少女を半ば小脇に抱えるような形のまま、にぱりんと笑ってぶんぶか手を振るった。


「をーい皆の衆、こっちこっち」

 

つられて鈴が声を飛ばした方を見やれば、入り口から見覚えのある野郎が三人現れる。言うまでもない、チームインペリアルの残り三人だ。

 

彼らの姿を皆が確認したその時、フェイの、いやその場にいた聡い訓練生の背筋が総毛立つ。


剥き出しの、殺気。荒削りな、だが烈火のごとき気配は一瞬でかき消えたが、誰がそれを発したか紛うはずもない。

咄嗟に反応しようとするのをぎりぎりで押さえ込む。訓練しておいて良かったと内心安堵するフェイだったが、空気を読もうとしない人間が約一名ここにいた。


「うん? どうしたのかなそんなに刺々しい顔して?」

 

指摘された当人は一瞬驚いた顔をして、気まずそうに顔を逸らす。鈴はそれ以上指摘する事をしなかったが、解放しないところを見るとなあなあで済ませる気はなさそうだ。


「つーかさ、絶対気付いてたよねあの子のおかしさに」

 

こっそり呟くフェイの言葉に頷く残り二人。こうなってはもう成り行きに任せるしかないだろう。何か色々と諦めた三人の元に、ついにヤツらはやってきた。


「おう毎度。皆元気しとるかあ?」

「や、こんちわ」

 

しゅたっと片手を上げて気さくに挨拶する弦とゼン。漂っている微妙な空気に気付いているのかいないのか呑気な態度だ。まあ気付いていてもそうそう普段の態度を崩す連中でもないけれど。

 

そして――


「邪魔をする」

 

――萬が眼前に立つ。少女の瞳が再び濁った。

 

憎悪、怒り、殺意。その他様々な感情が一瞬溢れだし、そして消え失せる。

 

気が付けば、果たし合いのように対峙して二人が立っていた。心なしか乾いた風が吹き抜けたような気がしないでもない。

 

突如現れたシリアスな空気に食堂は静まりかえる。流石二輪たちの邪魔をするつもりはないようで、一歩下がって成り行きを見守っていた。


ごくりと誰かが息を飲む音が聞こえ、それを合図としたかのように少女が動く。直立不動の姿勢からゆっくりと手を挙げて、完璧なまでの最敬礼。


「この度補充要員として配属されました、ターナ・トゥース訓練生です」

 

静かに告げ、挑み掛かるような視線を萬に向ける。対する萬はぽつりと。


「お互い、悪運しぶとかったようだな」

 

ただ、そう告げるように答えた。

 

こうして再会は果たされる。

 

嵐の予感を孕んで。







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