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8・戦鬼と戦姫 後編

 





ゆらりと、蒼が舞う。

 

それを彩るように刃が奔る。

 

穏やかに、そして緩やかに見えるそれは、その実凄まじく速く、鋭い。

 

華に棘。それを体現したかのような剣舞。見た目の美しさに捕らわれる事、それは即ち死。

 

多種多様数多の軍勢が一閃ごとに命を散らす。余りの呆気なさが、そしてリンカイザーのあまりの強さが、映画を見ているような非現実感を演出していた。

 

凄いな。パトリシアはその光景を目に焼き付けながらただそう思った。

 

リンカイザーが用いているのは、宙を舞う人型機動兵器用にアレンジはしてあるものの居合を基礎とした、“ただの剣技。”確かあの機体は魔道を用いた特殊迷彩などで完全に姿を隠蔽する事ができるはずだが、今回はそれを用いていない。使用する必要がないのか、それとも、この場に集った要人にその戦いぶりを見せつけるためか。多分後者なのだろうとパトリシアは当たりを付ける。

それにしても――


「――気付いてる? パット」

 

囁かれるような同僚の問いに、彼女は小さく頷くだけで答えた。

 

先程から、“襲撃勢力の攻撃がこちらに全く行われていない。”最初こそ陸戦の上陸、潜入部隊が送り込まれてきたものの、それらを撃退してからは全く音沙汰がない。ただ躍起になったかのようにリンカイザーへと集中攻撃を繰り返しているだけだ。

 

彼女たち直接戦闘に参加していない訓練生は知らなかったが、陸戦部隊に対応した者達も、妙な手応えの無さを感じていた。まるで他に気を取られて作戦に集中できていないかのような、そんな風に感じていたのだ。

 

パトリシアには――いや、魔道兵の何割かはその原因が推測できていた。

なにしろ見るのは“二度目”だ。


「“自身に意識を向けさせる”効果術式(エフェクトスペル)……?」

 

先に述べた派手な口上、あれはただの名乗りではなかった。口上そのものを触媒とし、効果術式を周囲にばらまくための儀式だ。

展開された術式は戦闘系のものではない。本来であれば(例外もあるが)舞台とか演劇とか、芸能系で使用されるものである。それを敵意や害意を持つ者に対して使用すればどうなるか。

当然、意識を向けられ優先的に対処する目標と判断されてしまう。

通常であれば自殺行為。しかしこの場合、相応の技量を持つ者でないかぎり誘蛾灯に誘われた羽虫のごとく餌食になるは必須。待ち構えるはTEIOW、そしてそれを駆る化け物なのだから。

なるほど一騎当戦、それを生み出すためのギミックか。パトリシアはこのからくりをそう理解した。全ての敵が己だけを目標とするならば戦場は単純なものとなる。群がる全てを打ち倒してしまえばいいのだから。それができる化け物。だからこそ彼らが選択されたのだと。

 

その化け物の一人は、無数の命がちり紙のように散っていく戦場の最中、心底楽しそうに笑いながら機体を操っていた。

実の所、先のパトリシアの推測は間違っている。彼女は要人たちにTEIOWの力を見せつけようとしているわけではない。丁度良い機会だとばかりに最近向上した剣技の“試し斬り”を行っているのだ。


「はは、これは……思った以上だね」

 

刃が、まるで己の意志を持っているかのように奔る。

 

機体が軽い。いや、それを操る心と身体が。

 

敵の動きがはっきりと見える。その動きに込められた意味も。

 

一閃一閃で確実に敵を葬っていける。全ての動きが繋がり、放つ一撃全てが必殺。

 

間違いない、妾は確実に強くなっている!


「これはやっぱり、萬の影響ってヤツかな?」

 

くすりと笑う。かの青年との対峙は、鈴の中にも確かな変化を与えた。

 

それまで鈴は強者としか対峙してこなかった。国元でも、こちらの世界に渡ってきてからも。家族――王族しかり、弦しかり、ゼン然り。


そして……蘭しかり。

 

ただの人間で、対等に渡り合えた者などいなかった。そこに、油断があったとは思わない。だがどこか慢心していたのだろう。

毛ほどのかすり傷。しかし実戦の場であったなら致命傷になっていたであろう小さな傷。

それを得た時鈴の心の中に浮かんだのは、敗北に対する屈辱でも、己のふがいなさに対する憤りでもなかった。

 

歓喜だ。

 

己の知らなかった強さが存在する。その事実が鈴の心を満たした。ただの人間が、ここまで強くなれる。ならば。

 

ただの人間じゃない自分は、どこまで強くなれる?


その事を思い立った時、ぞくりと背筋に奔るものがあった。限界が見えていたわけではない、誰かの強さに壁を感じたわけでもない。しかし、心のどこかにあきらめにも似た、「これくらいのものだろう」というような考えがあったのは確かだ。硬直しかけた心。萬との対峙は、それに楔を打つには十分であった。

一度殻を砕かれれば、そこから生まれるのは彼女の本性。獰猛に餓えた修羅。新たな強さへの探求心に後押しされ、彼女は得るために駆ける。

もっと速く、無駄なく、鋭く。妥協なく、ただただ上を目指す。辿り着くべきところは未だ見えない。しかし、確かな手応えを彼女は感じていた。

 

ぎんっ、と鋼が断たれ、またひとつ命が散る。その事に何の感慨も浮かべるでなく、鈴は下方の人工島に一瞬だけ意識を向けた。

人工島へと迫るものはない。完全に意識をこちらに向けた襲撃者たちは、そもそも何をしに来たのか忘れ去ってしまったかのように躍起になってリンカイザーへと迫り来る。十二分に役割を果たす事ができているようだ。最後のカードを切るまでもなかったか。


「いんや、油断は禁物ってヤツだね」

 

戦士として鍛えあげた感覚だけでなく、交渉役として海千山千の状況にもまれてきた経験も警笛を鳴らす。

 

交渉の場を整え、それを滞りなく運営させる交渉役。一見戦士としての能力など不要なものに思えるが彼女が渡り歩いてきた状況はそれを許さなかった。何しろ地球人類同士ですら事ある毎に争いを繰り返してきたのだ、常識も法も、物理法則ですら違いのある異世界との交流が血なまぐささを伴わないはずがない。

結局、力ずくで交渉の場を整え護る事も交渉役の技能として必要となってくる。そう言った意味でも鈴はうってつけの人材であったし、純粋に交渉者として――外見と言動(かぶったねこ)に頼るところも多かったが――問題ない能力も身に付けつつある。

 

その彼女の勘が、この場のどこかに違和感のような、引っかかりを捉えているようだ。

 

こいつらじゃ、ない。目の前に迫ってくる有象無象を見据えそう判断する。容易くエフェクトに引っ掛かり本来の目的を見失う程度の連中など脅威にすらならない。制圧された陸戦部隊も同様。あっさり撃退させられるなどお粗末にもほどがある。

では一体なんだ。半ば反射神経のみで敵を屠りながら、鈴は違和感の源を探る。


「このままだとちょっと……埒が開かない、かな?」

 

こういった場合のセオリーは、全てが終わった、あるいは終わりが見えたと思った油断をついて行動を起こす者が現れるというところだろう。その時が訪れるのはそう先の話ではない。しかし、それを待っていてはイニシアチブを取られる事となる。ならば。


「機先を制する、ってね。……ウィズダム!」

「……承知」

 

相棒たる人工知能が最小限の答えを返す。ワイズのダイレクトコピーであるはずのこの人工知能は、なぜだか元となったワイズと違い寡黙というか何を考えているか分からないところがある。その思考を理解できるのはリンクしている鈴だけだろう。もっとも彼女はそんな事には拘らない。この従者が何を考えていようが構わない。互いに必要だと思った時、共にあればそれで良い、それが相棒というものだろう。拘らないと言うか、大雑把な女であった。


鈴の呼びかけに答え、寡黙な相棒は機体の戒めを解いていく。安全機構を外し、動力制御を解放。全ての力を解き放ち、更なる力を呼び起こす。


「……万端」

「おっけえ、いくよお。……コードアウェイク、バーストモードコンタクト!」

 

エネルギーが高まり各部装甲が解放。どん、という音と共に衝撃波が奔る。

そして。


『!?』

 

敵が、味方が、その場に集っていた全てが目を見開いた。

 

蒼き機体を中心に、風と共に舞い踊る無数の影。

戦場のほぼ全てを覆ったそれは、見事な花吹雪であった。






「何よ、コレ……」

 

その光景を呆然と見上げながら、パトリシアは我知らず呟いていた。

意味が分からない。真っ先にそう言う思考が脳裏を支配する。これはあれか、どんな歌舞伎具合だ。戦場を完全に見せ物にでもするつもりか。嘆きとも憤慨ともつかない感情が巡る。ふざけるにもほどがあると。

 

だが、すぐに気が付く。“この光景の異常さ”に。


「花びらが……落ちない? いや、“消えない”?」

 

単なる演出系の幻術だとすれば、この花吹雪はある程度の距離が離れたら消えるはずだ。わざわざ地面に落下するところまで再現するような、おかしな拘りを持つ人間なら話は別だろうが、そんな無駄なところに拘る人間はいないだろう。

しかし風に踊る花びらは勢いを落さず、消える様子もなく、まるでそれぞれが己の意志を持っているかのように宙を舞う。

その様子を見て、パトリシアは一つの答えを得た。


「まさか……この花びらの一つ一つが、術式!?」


そう、これは術式のみで構成される式神の応用。この花びらの一つ一つが鈴の目となり耳となり、更なる術式の触媒となる。

これを発生させるのがリンカーザーの機構――ではない。魔術師たちの使う杖やアイテム、魔道増幅器としての機能。バーストモードによる大量のエネルギーをそれに振り分ける事によって神代級の魔道を行使する事を可能とする“魔術師型の超兵器。”それがリンカイザーの本質だ。

この機体の開発には、当然の事ながら鈴の出身地である異世界の陣営が深く絡んでいる。故に鈴が乗り手に選ばれたのか、鈴のためにこの機体が開発されたのかは余人の知るところではないが……どちらにしろ、パイロットとの相性という意味では4機の中でも図抜けている。

 

天空で展開されている戦場は一気に混乱した。冗談のような光景、それが伊達や酔狂でないという事実が瞬時に知らしめられたからだ。

まずレーダーが効かなくなった。舞い散る花びらがチャフやフレアの役割を果たしていると判別したときにはもう遅い。すぐに他のセンサー類にも影響が及び光学索敵以外の手段が完全に封じられた。ならば直視でと勢い込んでも、こんどは花吹雪に幻惑されリンカイザーの姿を捉えることができなくなる。それどころか現在自身がどこにあるのか、味方はどちらなのか、その判断すら付かなくなる。迂闊に引き金を引くことができない。さりとて撤退も難しい。一体どちらへ逃げればいいと言うのだ?

 

混乱の中、リンカイザーは最初の箇所から動く事なく、ただ全域に展開した花吹雪状の術式から伝えられる情報を吟味している。戦場全てを攪乱すると同時に情報を把握する。ゲンカイザーとはまた違った形の戦場の制御。これがTX-03が一騎当戦の形。

 

流れ込む莫大な情報の奔流。常人ならば発狂しかねないそれを涼しげな顔で鈴は受け流していた。今の彼女にとってそれは難しくも何ともない芸だ。

流れを見切れば、どこに必要なものがあるか、どれが無駄であるか判断が付く。萬との相対で学んだ事だ。いま必要なのは違和感。どこにそれがあるかを見極める。その事だけに集中すればいい。

 

閉じられていた鈴の目が見開かれた。


「そこっ!」

 

斬空刀が投擲される。花吹雪を割ってただ一直線に飛翔し深々と突き刺さったそこは。

 

僅かに、ほんの僅かに不自然な色をした人工島の、影。

 

暫しの沈黙。そして。

 

ごぼりと影が泡立った。


「準司令権限にて命じる! 迎撃魔女部隊総員対空戦闘! 全情報を送る片っ端から食いつぶせ! その他の魔道兵は結界の構築と要人の待避を! “そいつ”は妾が対処する!」

 

温存していた迎撃魔女部隊が花吹雪のトンネルを抜けながら上昇するのと入れ替わりに、轟音を立ててリンカイザーが着地する。その意図を悟ったベテランの兵たちがすぐさま結界を構築。リンカイザーを中心とした戦闘区域(バトルフィールド)が発生した。

すぐさま花吹雪状の術式が性質を変える。戦場の攪乱から迎撃魔女部隊に有利な状況をもたらすために。その制御をウィズダムに任せ、鈴は機体の手を真っ直ぐ前に伸ばす。

突き刺さっていた斬空刀が転移。瞬時にリンカイザーの手へと戻る。刀身に異常がない事を確認して一振りするその前で、泡立つ影がもぞりと蠢き、間欠泉のように盛り上がった。

 

影が姿を変える。コールタールの泉から、何者かの形へと。

 

それは人に見えた。針金のような、細身の中性的な体型。その大きさはTEIOWのそれとほぼ互角。僅かに前屈姿勢を取ったそれは、何の闘志も殺気も持たず、ただゆらりとリンカイザーに対峙していた。


「……これはまた、厄介な相手だねえ」

 

刀を鞘に収め構えを取らせる鈴の頬に、一筋の汗が流れる。もし相手が自分の思うとおりの存在であれば苦戦は必至。だからといって下がるつもりは毛頭なかったが。


「参るよっ!」

 

気合いを込め、機体を奔らせる。直接的な斬撃ではない。空間の断層による見えざる刃、通常の防御手段では防げないそれが跳んだ。

避けない。回避する必要のない攻撃だと判断したのか。それほどの防御手段を有しているのか、あるいは。息を飲む観衆たちの目の前で。


 影はあっさりと断たれた。

 

袈裟斬り。一撃で真っ二つとなった影は砂のように崩れ去り元の泥水に帰ろうとするが、それに対して鈴は斬空刀を突きつけた姿勢のまま、確信を込めた声で告げる。


「下手な芝居は止めておくんだね。通用しない芸をやっても時間の無駄だよ」

 

崩れかけていた影がひたりと停止する。そして映像を巻き戻すかのようにあっさりと元の姿へと戻った。

 

やはりか。確信を得た鈴は油断なく敵を見据える。正体は割れた。ならば次は。

 

リンカイザーが動くと同時に影の姿が解ける。そして無数の触手となって蒼き機体に襲い掛かった。


「そう来るだろうね!」

 

無数の触手を電光の速度で斬り払い、同時に花吹雪の術式を突っ込ませて押し返す。

切り払う先から刃のような触手は瞬時に再生していく。いや、正確には“斬る事などできていない。”


微細機械(ナノマシン)と液体金属の融合体! 物理攻撃に対する天敵ってトコだねっ!」

 

分子サイズの超小型微細機械を液体金属の中に混入、自在に形状を変化させることが可能な潜入工作用の自立機械(オートマトン)を形成する。空想科学じみた話だが、しかし太陽系外の文明はその存在を可能とした。

 

人造の忍、ニキ・ニーン。それがその名だ。

 

元々が流体であるニキに対して物理攻撃は通用しない。水は切れない。水は打ち砕けない。莫大な熱量、それこそ溶鉱炉や戦術核クラスの兵器を持ってすれば通用するだろうが。


「こちとら攻撃系の術はさっぱりだからねえ。凍らせて砕いたって一緒だろうし!」

 

鈴にとってはとことん相性の悪い相手だ。バンカイザーであればジェスターのメモリーに火炎系攻撃術式のストックがいくらでもあるのだが、生憎鈴が得意とするのは補助系の術式ばかり。そもそも攻撃を剣技に頼っている鈴にとって攻撃術式は覚えるだけ無駄な代物という意識がある。今回はそれが徒となった。

直接攻撃系でないにしろ、相手の動きを封じる術なら幾つか心当たりがある。だが動きを押さえても攻撃そのものが通用しないのであれば意味がない。手詰まり。いや――

 

――通用しそうな手が、一つだけある。


「問題は……妾にできるか、だよね」

 

自問自答しようとして、苦笑。できるかできないか、そんな問いに意味はない。できない時は何をやったってできはしないし、できると信じなければ何もできはしない。必要なのは、行動す()る事だ。

妾は知っている。“それ”を成し遂げられる人間の事を。成し遂げられる人間が存在するのであれば――


「――できぬ道理は、なし」

 

後退し斬空刀を収め、低く身構えるリンカイザーを確認し、ニキは自問を行う。ただの潜入工作機械であるニキにとって、それは敵の行動を予想するためだけのシステムに過ぎない。

 

――そういう思考を生真面目と言うんだよ。

 

誰かの言葉がメモリーをよぎるが無視。マシンに感傷などと言うものはない。“下らぬ考えを押し込め”目の前の敵を窺う。

こちらに通用する攻撃システムの一つもあるかとの予測は外れた。この機体、完全に格闘戦用、しかも物理攻撃だけに特化したタイプらしい。通常の相手であるならばバリア等もある程度無視できる強力な機体なのだろうが、自分のような搦め手には弱いようだ。それでも防御、回避は魔術とかいう技術を応用しているためこちらからもダメージを与える事は不可能。このままでは千日手だがここは敵の勢力圏のど真ん中。現状では未だねばっている襲撃者たちのおかげで増援が遅れているが、それも程なく片づくであろう。そうなれば増援が現れるのも時間の問題。予定では“全ての準備”が整うまで姿を隠し、不意をついて任務を果たすつもりであったが、こうなっては今しばらく時間を稼ぐ必要がある。

しかし、“気になる。”現在相手は後退し、こちらの攻撃を先程から展開している術式を用いて凌いでいるが、その静けさが不気味だ。無駄な攻撃を控えこちらの足止めに専念しているとも考えられるが、その程度の控えめな相手か? あれが、あの化け物が。


「…………否」

 

初めて“声に出して”それを否定する。その自覚のない、不必要な行動を見たらニキの主はこう言っただろう。

 

何だ、やけに気合い入っているじゃないか、と。

 

ともかく先手を打ち、可能な限りの情報を収集する。深手の一つも追わせられれば御の字だが贅沢は言えないと行動を開始。各部ナノマシンを制御し空間制御サーキットを形成、液体金属を燃料として消費し慣性制御機構を作動、全身を解体して物理法則を無視したかのような動きで一気に攻撃を放つ。

優れた武術家であれば、相手の動きを予測し機先を制するのは当たり前。しかしそれは相手が“予測できる動き”をする事が前提となる。であるならば人でも獣でもない、全く動きの予測できないものが慣性や重力を無視して動けばどうなるか。

 

二月前までの鈴ならば見切れなかった。いや、今も見切ったわけではない。ただ相手が動こうとしたのが分かっただけだ。

今の鈴ならば、それで十分。最速を持って安全圏に移動すると同時に邪魔な全てを切り払う。ただそれだけ。今討ち果たす事に拘る必要はない。

 

無駄だとニキは判断した。たとえ斬空の刃を持ってしても自分は切れない。そう確信していたからだ。だがその確信は、驚愕へと取って代わられる。


「!?」

 

一瞬、ほんの一瞬だが切り払われた部位より先の制御が乱れた。

 

何事かと自己診断プログラムを走らせて見れば、わずかな量――億分の一に満たない量のナノマシンモジュールが破壊されたという結論に到る。

自身の駆動により自己破壊するのは当然だが、一気にこれ程の量が失われる事は通常戦闘ではありえない。とするならばまさか。

 

“斬ったというのか。分子サイズの代物を、ただの剣技で。”


「【水斬みなぎり】。本来ならば斬られた事すら自覚させないままに死に至らしめる技なんだけど、やっぱ分かっちゃうか。上手く行かないねえ。そっちが凄いのか、妾が未熟なのか。多分両方だろうけど――」

 

こちらの驚愕を読んだかのような台詞を飄々と口にしながら、蒼き鬼神は刀を収め再び構えを取る。


「――どうでもいいよ。億度も斬りゃあ、倒せるって確信したし」

 

その感覚を表現する語彙というものはニキのメモリーには存在しなかった。それを知っている者であれば、多分こう表現しただろう。

 

総毛立つ、と。

 

この後、ニキ・ニーンは今まで一度も取った事はないというか、取る事すら想定していなかった行動を取る。

 

すなわち、矢も楯もたまらず逃げ出した。


 













随分と派手にやったものだと、ドライドは煙管を吹かしながら思う。

 

ある意味見事だった。我らが姫君が本性を出そうとした瞬間に逃げを決め、完全に展開できていなかった“ナノマシンによる転送ゲート”などという代物をを強引に起動、自身の消耗や損傷を度外視して“目的であるコンテナごと”とんずら決めるとは。

どでかいクレーターが穿たれ、未だに空間の歪みすら残る人工島の光景を眺めながら一吹かし。事前に結界にて隔離していたからこの程度で済んでいるが、何の用意もなければこの辺一帯が軽く吹き飛んでいただろう。


「それすらも想定内の損失とは、いやはや派手に過ぎる」

 

分かっていた事とは言え、肩を竦めずにはおられない。言ってみれば今回の事は全て茶番。地球圏内の反GOTUI勢力をおびき寄せる餌でしかなかった。食い付いたのはほんの一部だが、そこから芋ずる式に黒幕を引きずり出すだろう。それを今後どう生かすかは天地堂の連中が考える事だが、それはさておき。


「一番でっかい疑似餌に食い付いたのが、現状最大の敵勢力とはな。ヤツら今頃地団駄を踏んでいるんじゃないか?」















「折角かっぱらってきてもらっといてなんだが、ガセ掴まされなあ」

 

ツツの言葉にニキは動じなかった。少なくとも表面上は。

無反応ながらも雰囲気的に暗い影を背負っているニキ――の人型端末に向かって、知った事ではないとばかりにツツは言葉を紡ぐ。


「はっきり言って、外見整えただけのがらくたよ。装甲材質は一般材。刻まれている術式サーキットとか言うヤツは出鱈目、そのままコピーしたら暴走間違いなしの地雷さね。おまけにメインフレームは欠陥構造のみを摘出して構成されておるわ。なるほどプロトフレームではあるわな、全てが失敗したという意味では」

 

見事なまでの釣り餌。全く期待していなかったと言えば嘘になるが、まさかここまでとは。まんまと引っ掛かったニキは立つ瀬がないとばかりに無言を貫いているが、ツツにとってはどうでも良かった。


なぜなら彼は別の意味で火が点いていたから。


「ここまで使えんモノ掴まされると……逆に意地でも使えるようにしたくなるではないか。…………おい誰かダンの戦闘データ持ってこい。後使えそうなジャンクからナノマシン構造材と疑似生体筋肉と高位次元接続機関とサイドミシス出せ。どうせ再編成までしばらく時間がある、ついでに意趣返ししてやるぞ」


「ええと、なんでしょう。凄くいやな予感がするんですが?」

 

控えめにかけられたダンの声に、しかしツツは聞く耳を持たない。


「暫し待っておれダンよ。貴様になんかこう銀河最強究極無敵的な人型機動兵器を与えてくれる」

「いやいりませんから。量産型の結構凄いヤツとかで十分ですから」

「最強の乗り手に最強の機体を用意するのがメカニックの誉れ。ぐだぐだ言わんと乗れ」

「なんか妙な形で火が点きましたね!? 乗りませんよ? 乗りませんからね!?」

 

思いっきり前振りな会話を繰り広げる主たちを余所に、ニキは一人俯く。

 

骨格も、筋肉も、感情すらも存在していないその身から。

ばきりと歯ぎしりのような音が響いた。















次回予告っ!






やっとの事で補充人員が宛われ、本格的に仕上げに入る訓練生たち。

しかし新たに補充された人員が、グランノアに暗雲を招く。

逃れられぬ過去、それは、風雲急を告げるのか。

次回鬼装天鎧バンカイザー第九話『過去からの刺客』に、コンタクトっ!








へたれ忍者へたれ。

いや本来忍び的には正しい行動だと思いますが、リベンジどうしよう。






おおっと忘れてた。今回推奨戦闘BGM 『INVISIBLE AS』







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