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8・戦鬼と戦姫 前編

 





火星で起こった侵略勢力との戦闘。それが終結し一時的に火星圏へと送り込まれていた戦力は帰還する事となった。

そもそも物量差は圧倒的。イレギュラーさえなくなればほぼ損耗なしで片は付く。対地球外勢力戦闘としては恐らく初の圧勝を得た事で、参戦した兵たちは多少浮かれ気味となっていた。

そんな中でも真面目に働く者は働く。


「……ん?」

 

艦の損傷チェックを行っていたオペレーターの一人が訝しげな声を上げる。となりで雑誌に目を通していた同僚が、何事かと声を掛けた。


「どうしました? 見逃していたダメージでも?」

「いや、今現在の艦の総重量なんだけど……僅かに計算が合わないんだよね」

「え? 何かパーツの欠損でもありましたか?」

「うんにゃ逆、“増えてる。”ほんの僅かだけど」

「搭載された物資とかに間違いは? 武器弾薬の損耗に誤りがあったとか」

「今チェック入れているけど……後で直に確認した方が良いな」

「うあ、何か面倒な事に。やぶ蛇だったか」

「気付いたからには真面目にお仕事しようね。後でどやされる羽目になるのはいやだよ」

 

結局この件は確たる回答を得る事なく、初期の段階で重量計算に僅かな誤りがあったという事で片付けられた。


 













艦が生み出しているはずの影が、自ら意志を持っているかのように揺らめく。


 













帰って任を解かれた早々、弦は拉致された。


主犯は萬。有無を言わさず連行され、開いていた講義室の一つに引きずり込まれる。


「何や、何事や。金なら貸してもええけどトイチじゃすまんで?」

「アンタに借りるくらいならサラ金行くさ。生憎今回はそう言う話じゃない」

 

見れば会議室の中にはゼンの姿もある。大体何の話か分かった弦は大人しく席に着いた。


「ほんで、何か気付いた事があるんかい?」

 

前振りも何もなく単刀直入に尋ねる。萬は頷いてモニターを点けた。そこに映し出された情報に目を通していく二人の表情が、訝しげな物へと変わっていく。


「こんなシステムが、搭載されるはずだった……っていうのかい?」

「んな無茶苦茶な。……真っ当な人間に耐えられるはずがないやろが」

「……やっぱりオミットされた機能までは目を通していなかったか。そう、見ての通りコレはパイロットを使い捨てのパーツとするような狂った機構だ。初期計画の資料に目を通したらコイツが出てきた。どう思う?」

 

萬の問いに、戦士たちは考え込んだ。


「機体の初期計画まで頭が回らなかった自分が言うのもなんだけど、普通こうい資料は破棄されるべきじゃないのかな? あるいはパイロットの目の届かないところに機密事項として収納されるとか」

「しかしコレがスペック通りに機能するんやったら、そもそも特殊能力者いらんやないかい。いや、比較対照としての価値はあるんか。でもバンカイザーには搭載されてないんやろ、コレ」

「ああ、アンタらをモルモットとして比較するんだったら、最低でも04(バンカイザー)にはこの機能が搭載されていないといけない。それならオレがテストパイロットを務める理由も分かる。けど実際には……」

「“特殊能力を最大限に振るえる機能が搭載されている。03(リンカイザー)までは。”特殊能力者を戦力の中核とするテストベット。そんな感じの方針の転換と考えればおかしくはないのかもしれないけど」

 

ぎらり、とゼンの眼鏡が光を反射した。


「それならば04のパイロットは、“攻撃的魔道技術の使い手でなければならない。”機体の性質的にね。だが実際は資質的には凡人である萬に宛われる事となったわけだ。……そのへん君ら思い当たる事とかないわけ?」

 

問うた先は、会話に置いていかれ、車座になって黄昏れている人工知能端末たちの姿。無言でずびずびと茶を啜っている姿が哀愁を誘う。

だからなんでコイツらこんなに芸が細かいんだと内心呆れながら、萬は声を掛けた。


「手掛かりが少ないんだ、お前らが協力してくれないと話が進まん。頼む」

「やれやれ、頭まで下げられてはいつまでものんびりしていられまいよ」

 

しょうがないなあという態度を取りながらも喜色を隠しきれない様子で、使い魔たちは腰を上げる。


「とは言え我らは与えられた情報以外ほとんど分からん。パイロットの選抜にしても“己と相性がよく、なおかつそれぞれの機体のスペックを最大限に引き出せる者”という条件を“本能的に”刻まれておった。具体的な説明は、不可能に近いな」

「感覚として言うならば、こう、ぴきーんって感じたんですよこの人だって。……当てにならない勘的に言うと、特殊能力がどうこういう問題じゃないような気がするです」

「なんつーかっすね、“最初からこの人に決定されていた”っつーか。いや自分でも矛盾した話だとは思うっすけど」

 

まるで、未来が分かっていたかのような、確かにそういう印象を受ける。だが。


「だったら最初からあんな非人道的なシステム考えないよなあ」

「せやな。どう捉えるにしてもなんちゅうか……」

「ちぐはぐ、というか“途中で計画が無理矢理ねじ曲げられた”ような……」

 

いくらなんでも、ねえ。全員がそう言いたげな表情となる。仮にそうだったとしても、なぜそのように方策が転換されたのか、それが全く見当がつかない。GOTUIの技術の粋を集めた計画だ、そう簡単に進路を変更させるはずがないと思うのだが。


「何者かの介入、か? そうでなくとも何らかの裏がありそうだ」

「きな臭い話やで。表向きの代表はあんなんなのにな」

「アレはアレではっちゃけすぎだと思うけど……」

 

別な意味で悩み出す。脳裏に浮かんでいるのは無論金髪のお嬢様とはっちゃけ双子の主従だ。何を考えているか分からないが、きっとろくでもない事に違いない。全員の考えはそう一致している。

止めよう別な意味で怖い考えになる。それぞれが脳裏で“ある意味最悪の状況”を想定し一斉に打ち消した。そして場を誤魔化すために白々しい笑い声を上げる。


「ははははは、いやまあその何やな。…………ところで今さらやけど鈴のヤツはどないしたんや? 機械モンの話やとクソの役に立たんけど、自分の愛機の事やろ?」

 

あからさまに話題を変えた弦の言葉に、ゼンは応えた。


「出張さ。“彼女本来の役割”を果たしに行ってる」


 














ずさ、と直立不動でGOTUIの魔道兵が居並ぶ中、一人の女性がしずしずと歩を進める。

 

豪奢な着物風のドレス。僅かに俯いて微かな微笑みを浮かべるその様相は、まるでおとぎ話の姫君のよう。いや、実際に彼女は姫君であり、この場の主役であった。


「双面の剣姫……か。いやはや二面どころじゃない化けっぷりだね」

「パット、黙ってないといちゃもんつけられるよ」

 

絶世の美姫が眼前を通り過ぎる最中、魔道兵科訓練生筆頭パトリシア・レイリーズは小声で呟き、隣に立つ同期の少女に窘められていた。

正規のGOTUI兵ではない彼女らがこの場――異世界との交流式典に参列している理由は、簡単に言えば頭数を揃えるためである。現在GOTUIは常時臨戦状態であり、正規の兵はほとんど戦闘待機にある。さきの外宇宙勢力侵攻に際し主力駐留基地に攻め込まれたという事態に陥った上、地球圏内の勢力バランスが一触即発に近い状況となった以上仕方のない事ではあった。そんな中行われる交流事業あるがゆえに、各所に下手な刺激を与えるような連中を派遣するわけにはいかない。そこで白羽の矢が立ったのが彼女たち魔道兵訓練生だ。

 

魔道という、一般的に見れば海とも山ともつかない不気味な力を行使する彼女らは、その先入観を払拭するためか対外的なイメージ戦略に余念がない。かなり多種多様にして上質な礼儀作法の習得に始まって、爪の先にいたるまでルックスを磨く事も資質として問われるのだ。結果どこの祭事式典に出しても恥ずかしくない紳士淑女(資質の都合上ほとんどが女性だが)として完成する事となる。訓練生と言えどその辺りに手抜かりがあろうはずもなく、また実地訓練の場としてこういった式典には可能な限りかり出されるのが常となっていた。必要人員が不足しているのであれば、彼女らがかり出されない理由がない。

また、警備としても有能といえる。何しろ歩兵と同様の装備で下手をすれば機動兵器並の戦力を個人で有するのだ。生半可なテロリスト程度では瞬殺であろう。

 

が、今回の場合警備としての彼女らはあまり意味がない。なぜならば。

 

参列しているGOTUI関係者全員を合わせたより、主役一人の方が強いからだ。

 

さり、と微かな音を立てて美姫の歩みが止まる。眼前には整然と居並ぶ異世界国家の兵たち。そして彼らを控えさせ立つのは、鎧と軍服を合わせたような式典甲冑に外套を纏った偉丈夫。その男の前に立ち、美姫は顔を上げた。


「お待ちしておりました全権大使。五本指(フィンガーファイブ)の【ドライド・イェロ】殿」

 

五本指と称される異世界国家群の将が一人たるその偉丈夫は、礼を欠かない程度に相好を崩し答える。


「姫自ら出迎えとは痛み入る。当方にてお預かりした品、お届けに参りました」

「ご苦労様です。皆様も長旅お疲れ様でした、式典まで幾ばくかの時間がございます。まずは旅の疲れを癒して頂きたい」

 

にこりと華も綻ぶような笑みを浮かべる。それは鍛えられた兵たちをして、思わず溜息を漏らすほどの可憐な笑顔であった。


「あれが地球と我らの架け橋、王家代表交渉役【リン・リーン・リリン】……」

「稀代の剣士たるかの悠木 亜衣斗……いや、正式に側室と認められアイト・リリンの名を賜ったのだったな。そのアイト様と我らが王の血を引くお方」

「お役目以外にも、地球軍に協力し自ら戦場に立つという。伝説の戦女神、リーンの名を頂いただけある」

 

熱を帯びた囁き声が、方々から漏れる。見事な騙されぶりであった。

 

くく、と微かな笑い声を漏らして部下たちの声を聞き流すドライド。実の所幼少のころから目の前の女性と交流のある彼は、彼女がどのような人間かよく分かっていた。滅多に顔を会わす事はないとは言え、その猫っかぶりには失笑を禁じ得ない。


「お言葉に甘え、暫し休息を取らせる事にいたしましょう。正規軍とGOTUIの代表の方々はどちらに? 式典の前にご挨拶をしておきたいのですが」

「はい、皆様すでに控えておられます。ご案内いたしますのでこちらの方に。……皆様、短い時間ではございますけれど、地球の風、暫しお楽しみ下さい」

 

兵たちに会釈し、踵を返す。熱っぽい視線を受けながらその場を後にした美姫は、人目がなくなった途端ぶはあと息を吐いて肩を落した。


「あ゛〜しんど。やっぱ妾苦手だわこういうの」

 

一気に年齢が数才幼くなったかのようだ。


もちろん彼女の正体は、GOTUI特務機動旅団付属独立遊撃部隊チームインペリアルが一人、鈴・リーン・悠木その人。異世界と地球側の交流を取り持ち監視、警護する代表交渉役。実はこれが彼女の本職である。

 

二十歳にも満たない彼女がこんな大役を担っているのは非常にややこしい経緯があるのだが、ものすごく大雑把に言うと二つの世界の混血児であり、なおかつ異世界でも有数の勢力を誇る王家の血を引くから、こんな役目を押し付けられたというわけだ。

一応王族の英才教育を受けているとは言え彼女の本質は戦人。このような席は息苦しくて堪らないといった様子だ。とまれそつなくこなしてしまうのは流石であるが。

そんな彼女に様子に傍らの男は笑いを堪えることができなかったらしい。くくくと声を漏らして語り掛けてきた。


「相変わらずですなあ姫。まあ王家の方々は皆そのようではありますが」

「王様なんてやりたいヤツがやればいいのにね〜。面倒くさいよ〜」

「そう申されますな。望まれて起ってこその王ですぞ。……姫の場合はいささか事情が異なりますが、貴女様であればこそ行える事もありますでしょう?」

 

自らが王族であることを望まない。それはドライドが仕える王族のほぼ全員に共通する思考だ。中には例外的に野心を抱える者も存在するが、そう言う人間は大概周りの王族に振り回され空回りする運命にある。

思うがままに生きられぬ。優秀すぎるというのも考え物だとドライドはある種の同情を傍らの女性に向けた。

鈴しかり、その他の王族しかり、あたら有能なのが生きる上で徒になっているのではないか。彼らは決して善人ではなく、善政を敷いているつもりもないだろう。ただ物的な私欲というものにあまり執着せず、自身がこうしたい、こうするべきではないと思ってとった行動が、結果国家国民の益となり絶大な支持を得る事になったと言うだけだ。

しかしそのやり方で長期に渡って君主制度が存続しているのだから大したものなのだろう。実際彼ら以外であったならば、こちらの世界と友好的な関係を結ぶなど叶わず未だ戦争状態であってもおかしくはなかったのだ。“自分達に向けられた暗殺者を生かして捕らえたどころか身内に引き込む”なんて度量は、他にはなかなかない。

 

本人たちは自覚はなかろうが、彼らは“よき支配者”なのだ。

 

まあそのような事実など、今現在現場で苦労している鈴には関係ないわけで。


「せいぜいこき使われて頂きたい。我らも微力ながら力になりましょうぞ」

「他人事だと思って〜」

「他人事ですゆえ。これもまた身から出た錆と諦めて頂きたい」

 

ぷうと膨れる鈴だったが、その表情が不意に引き締まる。


「で、細工は流々?」

 

ドライドはにっと笑みを浮かべ答えた。


「ご注文通りに。……しかし本当に引っ掛かりますかな?」

「引っ掛かるね〜間違いなく。露骨な釣り餌だけど、上手いこと行ったらって考える人は多いと思うよ」

「身内で足の引っ張り合いとは。相変わらず苦労なさっているようで」

「そっちみたいに頭一つ飛びでたのががつん、ってやれないしやるわけにも行かないからね〜。できれば楽なんだけど」

 

語りながら歩を進める二人は控えの間に辿り着いた。影のように控えていた従者たちが扉を開け、二人を迎え入れる。

中で待機していた数人の人物が二人に入室に気付き姿勢を正して礼を取る。その中の一人が二人に向け語り掛けた。


「お役目ご苦労様です殿下。そしてお待ちしておりました閣下。お二方ともわざわざのご足労、痛み入ります」

「こちらこそ。本日は面倒な仕事を押し付けて皆様には苦労を強いることとなりますが、これも地球の未来のため。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」

 

瞬時に猫を被る鈴。歌舞伎役者もびっくりの早変わりだ。

全くよくやると内心苦笑しながらも、ドライドはそれをおくびにも出さず会話に参加した。


「此度は面倒な役目を快く引き受けて頂き感謝します。これを機に双方の協力関係を再確認し、よりよき未来を導ければと考えておりますれば。皆よろしく頼みますぞ」

 

こうして舞台の幕は上がる。

 

三文芝居で泣くのは誰か。笑うのは誰か。


 














ごぼり、と海の底で影が蠢いた。
















 

異世界交易ジャンクションの周辺に点在する人工島群。その中の一つに設けられた交流式典会場の中を巨大なコンテナがゆっくり進む。

今回の目玉であり主役であるそれに向かって無数のフラッシュが焚かれ、報道陣がざわめいていた。


「今我々の目の前をコンテナが通過いたします。平和的な友好関係を結ぶ異世界との技術交流の証が機動兵器であるというのは皮肉な話ですが、こちらが戦争状態である以上仕方のない事なのでしょうか? 我々の戦火が……」

 

耳に入った声に知らない人は好き勝手言うなあと、表面上は真面目くさった顔を見せながらパトリシア・レイリーズは感想を抱く。

 

友好的な関係を結んでいるとは言うが、それはイコール平和的な関係という意味ではない。むしろにっこり笑って背中にナイフと言うのが当たり前の世界だ。しかし不用心にただ相手の行為を信用するよりはよほど健全である。

確かそれで散々な目にあった国がどっかにあったなあと、壇上でにこやかに握手を交わす正規軍のお偉いさんと、立派な鎧を纏った将軍をぼんやりと眺める。あそこにいる人達だって、腹の中では何を考えているか分かったものじゃない。


「ウチの代表人物がアレだものねえ……」

 

こっそりと視線を向けるのは、壇上の指揮をにこやかに見守る一人の女性。無論鈴だった。

GOTUIのお偉いさんと、さらに最強クラスの人間が出張っている今回の式典は色々な意味で注目されていた。何しろGOTUIの最高機密が研究目的とは言え一時的に、しかも異世界へと貸し出されていたという事実が堂々と発表されたのだから。


その機密がただのデータであればこれ程大げさにはならなかっただろう。しかし今あのでかいコンテナに詰められているのは各勢力が垂涎の的としている最強兵器、TEIOWの試作フレームなのだ。騒ぎにならないはずはない。


表向きその所有権は正規軍となってはいるが、その辺りを押さえている関係者は全て親GOTUI派の人間で固められている。当然GOTUIが一枚噛んでいないわけもない。と言うかGOTUIがほぼ独自にやっていると言って過言ではないだろう。こうやって大々的に式典などを装って堂々と行動するのは、我々は何もやましい事などしていませんというアピールであるとも考えられるが……。 


「どー考えても、罠よね」

 

周囲は海。しかも人工島などが点在し身を隠す場所はいくらでもある。式典には異世界と正規軍GOTUI派とGOTUIそのものの要人が集結。機動兵器の数は少ない。こんな襲撃してくれと言わんばかりのシチュエーション、見え見えすぎて逆に何も考えていないんじゃないかと疑ってしまう。

普通だったらまず無視する。しかしTEIOWを注視している者達にとっては、ダメ元でもちょっかいをかけたくなるようなシチュエーションである事も確かだ。TEIOW開発の影では、かの異世界からの技術提供が大きな役割を果たしたという事実もある。もし本当にTEIOWの試作品であったならば、何らかの新技術のために提供されていたと言う事も考えられる。

その技術を手に入れられたとしたら、今までGOTUI が独占状態であった魔道技術、それを手中にする事もできるやも知れない。技術的なアドバンテージがなければもうGOTUIに大きな顔をされる事もなくなる。危険を冒す価値は十分にあるはずだ。

あるいはそれを見越してわざと露骨なまでに張り巡らせた罠だと見せかけている可能性もある。そのくらいまではどこの勢力だって考えるだろう。


「後は、実際にどこが動くか」

 

心当たりは山ほど。排他的な地球主義者たちで構成された“正規軍の”エリート部隊然り、各種テロ組織然り、地球からの独立をもくろむコロニー勢力群然り。

そのどれもが水面下で何らかの行動を行っている。蓋を開けてみなければどうなるか分からない。


まったく、たかだか訓練生には荷が重い。自分達が引っぱり出されたのだってきっと油断を誘うためだけの事なのだ。この間の襲撃でもそうだったが、実戦の場にひよっこを引っぱり出してもクソの役にも立つものか。


一度戦場の空気を味わった事で自信を持つ者もあれば、逆に喪失する者もある。どうやらパトリシアは後者のようであった。基本悲観主義者なところがあるのだろう。ライアンの相手などで気の強いところを見せるのは虚勢を張っているだけなのかも知れない。

きっとあの人には弱い部分なんかないのだろうなと、再び壇上の女性へと視線を向ける。

 

双面の剣姫。異世界王族との混血、暗殺剣術の達人にして魔術師、TEIOWのパイロット。天に二物も三物も与えられた強者。

 

どこのチートキャラだ。

 

立ち塞がることごとくを斬り倒す彼女に恐れるものがあるとは思えない。ちょっと人より変わった才能があるだけの自分達などとは月とすっぽん、天と地ほどの開きがある。

 

そこまで考えてふと、ある光景が思い起こされた。

どこかの誰かが馬鹿をやっている光景。どこにでもある当たり前の、そこらの若者たちが過ごす日常の在り方。

そこに違和感なくとけ込んでいる獣が一匹。そして、それを恐れる事なく迎え入れている馬鹿ども。


「……アイツ、怖くないのかしら」

 

八戸出 萬。他のTEIOW乗りとはまた違う恐ろしさを持つ青年。

 

一度相見えたおりに気圧され、それ以降なんとなしに注視していたが、唐突にTEIOWのパイロットとして見出され、その後著しいまでの変化を始めた。自分からしてみれば不気味で仕方がないのだが 、かつてのチームメイト――特にどこぞの馬鹿はまるで何も感じていないかのように以前と全く同じ態度で接している。

猫が虎と絡んでいるようなものだ。虎がその気になれば猫などいつでも喰い殺せるというのに、猫は考えもせずにじゃれついている。そのようにしか見えない。

自分だったらきっと、隔意を持って接してしまうだろう。恐怖を感じずにはいられないし、嫉妬を抱かずにはいられないだろうから。

付き合いが長いから、男同士だから、馬鹿だから。そう言った理由でああいう接し方ができるとは思えない。ではいったい何なのだろう。内心で考え込み始めたパトリシアは、“その時”一瞬反応が遅れた。


「総員全域警戒! ソナー、レーダーに感、巡航ミサイルからくるぞ対空防御!」

 

脳裏に響いた思念波にはっと我を取り戻し、周囲の全員が動き出したのに一歩遅れて慌てて動き出す。


上官の警告に遅れて警報が流れ出す。それに慌てだしたのはマスコミ関係者のみ。式典関係者は落ち着いた様子で悠然と構え、訓練生ですら多少の動揺はあるものの冷静であろうとしながら行動している。

異世界の兵たちもさるもの。GOTUIの正規兵たちと同様電光の速度で展開し、要人たちの護衛に入る。そこを中核としてコンテナ周辺にも防衛網が敷かれ、マスコミ関係者は即座に安全地帯へと誘導されていく。そうされながらも彼らは報道の権利がどうたらこうたらとご託を述べていたが、無論警護の者達は聞く耳を持たない。しかし。


「よろしい。見たくば見せて差し上げようではありませんか」

 

鶴の一声にて、報道陣は解放された。


それを発したのは壇上にて見届け人と警護を兼ねていた女。彼女は自信に満ちた笑顔を浮かべ、己のドレスに手をかける。


ばさりと一気に脱ぎ去ったドレスが宙を舞い、その下から現れたのは肢体のラインをはっきり現わせたボディースーツの各所に装甲を貼り付けたような鎧。いつの間にやら下げた剣を引き抜いて天に翳し、鈴は声高々に宣った。


「我らは剣、この場の守護者。我らが手の届くところにあるもの、そのことごとくを守り尽くさん。組織、立場、世界の差なく、そう誓てここに在る!」

 

剣を振り抜くと共に上空を爆発が覆う。巡航ミサイルが会場に張られた結界にぶち当たったのだろう。それは戦端が切られた狼煙。しかしてこの場では、ただの演出に成り下がる。

 

美姫の姿を取った魔獣が吠える。美しく、高らかに。その場に存在するほぼ全ての者が、その姿に魅入られた。


「その身に心に焼き付けよ! 二つの世界が生み出した力、その有り様を!」

 

轟、と、絶大な魔力が放出される。魔道的感覚を持つ者はおろか、一般人をも圧倒するそれに気圧されながらパトリシアは見た。

 

鈴の背後に展開された巨大な召喚魔法陣から現れる、最強の一角を担う存在の姿を。

 

鮮烈なる蒼。水晶を切り出したかのごとき鋭角的な装甲、刃のごとく機体各所から伸びる複合振動推進器。威風堂々と立つそれを背後に従え、鈴は天地を覆うような襲撃者どもを睥睨する。


「たおやかなるは過ぎ去りて、響き渡るが昨今の華。剣と共に舞い踊り、乱れ咲いて魅せようぞ」

 

引き込まれる。その言葉に、その意志に。これは魔術だ、名実共に。有象無象の区別なく、他者を寄せ付ける舞台(ステージ)だ。

 

それを理解していても、パトリシアは引き込まれずにはいられなかった。


「【響華剣乱 リンカイザー】! 手折れぬ華も在ると知れ!」

 

戦華が、乱れ舞う。


 














“それ”は見ていた。花が咲き誇る様を。

 

万人が心惹かれる光景を目にしても、それは心動かされない。

 

そんなはずはない。

 

ごぼりと、影が泡立った。







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