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7・牙、突き立てん 後編

 





時間は暫し遡る。


「火星……でしたか。そこでまだ同胞が抵抗を続けていると?」

「ああ、しかも自分達の意志で残ったようだ。自ら捨て石になるつもりらしい」

 

広大な空間に無数の機動兵器が収められた格納庫。その一角でダン・ダ・カダンとその腹心であるヴェンヴェ・ケヴェンは漆黒の機動兵器に視線を向けつつ言葉を交わしていた。


「意地……ですかな? それとも忠義?」

「後者だ。あの地に拘っていた者の手下さ。……報われないと言うのにご苦労な事だよ」

「主命を果たす事こそが本懐なのでしょうよ。突き詰めればただの自己満足。我らとさして変わりませぬ」

「ふん、確かにね」

「……して、小生にいかような任をくださるか」

「なに、“彼らは動くつもり満々なんだが、タイミングと切り札がない。”きっかけになって欲しい。できるだけ派手に、な」

「ふふ、なるほど」

 

結局のところ、件の“居残り”は迷いが残っていたのだろう。不備を言い訳にして今の今まで動かなかったのがその証拠だ。しかし“自分達の上司を飛び越えて、最上に近い人間が直接送られてくれば”どうするか。結果は火を見るより明らかだ。


「この機にニキ殿を動かすか。なかなかに大判振るいですなあ」

「シャラが圧された。しかも相手は例の新型だ。偶然にしちゃ、できすぎじゃないか?」

 

くく、と忍び笑いが漏れる。化け物の笑みを浮かべた二匹はほくそ笑む。


「我らの気配、気取られましたかな? 否、想定していたと?」

「どちらにしろ向こうもそれなりの手札を揃えてきたって事さ。こっちも出し惜しみはしないし、させるつもりもない」

「ダン・ダ・カダンの全力…………身震いいたしますぞ」

「“まだ”だ、まだ足りないね。もっとこう……“食い付きがい”がないと」

 

澱んだ、いや様々な色が混ざりすぎて混沌と化す空気。慣れない者には毒にしか思えないその領域は他者の介入を完全に阻んでいるように思えたが。

 

よい意味でも悪い意味でも、空気を読まない人間は存在する。


「……もおおおうちっと、色っぽぺえ話はできねえのかあガキども」

 

漆黒の機体――グロリアスの整備ハッチから半身を乗り出し、皮肉さと悪意をブレンドしたようなかんに障る口調で語り掛けてくる人物。

老人であった。外観は。しかしその生気溢れる瞳と筋骨隆々とした骨太の肉体は全く年齢を感じさせない。

 

ツツ・ラ・ツラヤ。機械技術を信仰するという変わった宗教の高僧であり、マッドエンジニアとして銀河に名を馳せた変人にして最高級の職人。そして紆余曲折あって現在カダン傭兵団の主任メカニックを担当する人物である。

 

へらへらと他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべたまま彼はハッチから身を乗り出しそのままふわりと空中へ飛ぶ。そして何食わぬ顔のままダンに向かって言い放った。


「死んだぞ。この機体

 

ゆらりと眼前に降り立つ職人の言葉に、ダンはそうだろうなと肩を竦めるだけの反応を返す。


「傑作機が原型となっているとは言え旧世代の中古品、しかもこの間調子に乗って無理をさせました。もう限界が来ているとは思ってましたよ」

「ふん、まあ大往生であろうよ。かのダン・ダ・カダンと共に数多の戦場を駆け抜けた誉れと共に逝けるのだからな」

「それほどいいものではないと思いますがね」

 

ダンがこの旧世代の機体に拘ったのにはわけがある。単純な機体性能ならば現行のものより信頼性が高いからだ。

ダンは機体に特殊な機能というものをあまり望まない。せいぜいがバリア系に拘る程度だ。そもそも余計な武器を積むより機体の機動性を確保する方をとる。相手の懐に飛び込む事こそが戦闘の極意であると彼は信じて止まない。

膨大な戦闘経験とそれにより鍛えあげられた技能と戦術眼。それがダンの最大の武器であった。多くは不要。ゆえに単結晶合金製の蛮刀と高密度エネルギースラッグガンという最低限度の装備を持って彼は戦場に赴く。

だがいくら歴戦の腕を持ってしても、否、だからこそ機体は摩耗し力尽きる。実の所このグロリアスは三機目であり、そして以前の二機より早く寿命を迎えていた。


「貴様の腕が上がったおかげで最早この系列の機体では役者不足よ。しかもそろそろ在庫がきつくなってきておる。とうの昔に生産は打ち切られておるし、純正パーツも間もなく底をつくであろう。鉄火場の神に見放されよったわ」

「気に入ってたんですがねえ。……しかしこれよりシンプルかつ高性能な機体となると……」「どれもコレも似たり寄ったり、であろうさ。主流は多機能。それをとっぱらえばこの機体より劣る最新鋭機など珍しくもない」

 

ふうむとダンは思案を始める。現在の主流がダンの好みでない以上それを選ぶという選択はない。単なる好き嫌いではなく戦闘スタイルとして合わないからだ。でなければマイナーな機体かやはりグロリアス同様に旧世代の機体という事になるが……どれもグロリアスほどバランスが取れておらず、なおかつ機体の在庫、パーツの供給状況なども似たり寄ったりだった。

それならば、いっその事カスタム機でも制作してしまえばいいのだが……ワンオフの機体ともなると整備性およびパーツの供給などは最悪に近い状況となる。正直それは避けたい。ツツならばそれでも何とかしてしまうが、ただでさえ無茶をやらせているのにこれ以上の負担を強いるのは無理が過ぎるというものだ。


「やはり少し無理をしてでもグロリアスを引っぱり出すしかありませんか。…………いっその事どこかのメーカーに投資して再生産させるというのも手、か」

「前線に出なければよいだけの事だがな。貴様の性分では無理であろう。だがグロリアスが役者不足なのは変わらん。早めに手を打っておけ」

 

まあ一番理想的なのはと、ツツは続ける。


「例のGOTUIとやらの新型。あれくらいの性能があれば良いのだが。“量産が始まれば”コピーも可能であろうし」

 

ツツの言葉に、ダンは微かに眉を顰める。


「あれらは量産を前提としている、と?」

「機体基礎構造そのものは以外と単純にして堅牢、可変システムも簡素なもの。特殊機能を除けば装備もさほど複雑なものではない。白いの以外はほぼ同一の機体であるしな。多分問題となるのはコストだけであろうさ。それも特殊機能をオミットすれば押さえられる。アレが三分の一の性能でも一個大隊あれば戦況はがらりと変わるぞ? 無理をしてでも量産しない理由はない」

「それは、怖い話だ」

 

軽く返したが、あれほどのものに準ずる量産機などぞっとしない話だ。しかし有り得ないと思っていた事は常に起こる。最悪の事態も想定しておくべきだろう。


「情報が、要りますね。……ニキの仕事が増える事になるでしょうが、そちらも任せましょうか。それと自動侵攻ユニットをGOTUIの勢力圏内に落してみる事にしましょう。……ヴェンヴェ、少々派手に引きつけておいて貰えないかな? なんだったら火星の戦力を一掃してくれて構わない。騒ぎが大きくなればGOTUIが介入してくる機会も多くなるだろうさ」

 

事も無げにとんでもない事を口にしているが、ヴェンヴェにとってそれは不可能を意味しない。むしろ苦難が立ちはだかる事を喜ぶ男だ。にやりと笑いながら彼もまた事も無げに返事を返す。


「承知。火星を落せば星系の中央に楔を打ったも同然。全戦力が整うまでのよい時間稼ぎになるでしょうな」

「いきなり彼らが現れるとは思えないが、それでも重要拠点の一つだ、それなりの連中が援軍に現れることもありうる。油断は禁物だよ」

「お任せを。例え件の新型が現れても、真っ向から相手取って見せましょうぞ」

 

自信に満ち溢れた気配を隠そうともせず、ヴェンヴェは不敵に礼を取った。















「まさか瓢箪から駒とはな! 言ってみるものだ!」

 

盛大に地面を抉りながら重力を纏った拳を叩き付ける。大型艦船をも一撃で沈ませるその打撃を、白き鬼神は容易く受け流した。


重力制御能力とパワーはベヒモスが上。しかし白い機体から放たれる未知の生体エネルギーと洗練された格闘技能がその差を埋めてなお有り余る。

 

戦いに酔いしれながらも、心の隅で冷静に相手を吟味する。幸いにして相手はベヒモス同様格闘戦重視型。ゆえに見て取れる部分も多い。

他の三機と違い、この機体は肩幅と腰幅が広く取られている。可変機構の都合上という事もあるが、四肢の可動範囲を広く取り、またリーチを伸ばすという意味合いも兼ねているようだ。重力制御機構は脚部に集中している。攻撃に直接転化するより機動力を確保する事に重点が置かれていると見た。その代わりと言ってはなんだが生体エネルギーを増幅する機構が機体の各部に備え付けられている。攻撃、防御はこちらで賄っているのだろう。厄介なのがこの未知のエネルギー場だ。先程から易々と攻撃が受け流されているが、ベヒモスの重力攻撃は通常掠っただけでもそれなりにダメージが通る。しかしこの機体、手応えが“堅すぎる。”まるで強く水を打ったかのごとく滑らかに受け流され、そして打撃を通している様子がない。パイロットの腕もあるがそれ以上に防御力が生半可ではなかった。


「ゲンカイザーと言ったか、なるほどこれを量産されては堪らん。“楽しすぎる”わ!」

 

くか、と三日月のような笑み。生粋の戦士たるヴェンヴェにとっては命を削るような闘争こそが人生のそのものと言っても過言ではない。久しく巡り会えなかった強敵に、彼は心を躍らせ、己が闘争本能のままに舞い踊る。


「さあさあさあさあ! 今宵の舞踏はまだ序の口、心ゆくまで小生と存分に火花散らし楽しもうぞ!」

 

そして、闘争に酔いしれる化け物はもう一匹。


「はっはっはあ! やる! やりおるのお! 重力操作だけでワシと渡り合えるとはなあ!」

 

電光の速度でスティックとフットペダルを操りながら、獣の笑みを浮かべた弦が吠える。

 

直感に従い出張ってみれば大当たり。これ程歯ごたえのある相手と出会えるとは。強敵との邂逅に弦は素直に喜びを覚えていた。

味方は味方で強者揃いだが、本当の全力――“殺し合いをする気”で戦うことはできない。それを行えるのは敵と邂逅している時のみ。こう表現すると単なるバトルジャンキーでしかない(それも間違いではない)が、彼は単なる戦闘狂とも言い難い。誰彼構わず噛み付くのではなく、“狂う”にしても場所というものを弁えている。

 

戦いでしか生かせない才能、それを持って生まれたのは不幸なのではないか。そう問われたら弦は否と答えるだろう。かつて似たような問いを投げかけられたおり、彼はこう答えた。


「どう生まれたにしろ、生まれたモンはしゃあないやろ?」

 

例えば銃は凶器だ。人殺しの道具だ。しかし所詮は道具でしかない。どう使うかは所有者次第であろうし、別に使わなくとも構わないのだから。才能もそれと同じ。使わなければ錆び付くだけ。それを本人が良しとするならそれで問題ないだろう。

 

弦はそれを生かすことを選んだ。“少しだけマシな”方向に。

 

GOTUIの門を叩いたのは師の紹介もあったからだが、なにより直感が囁いたからだ。ここなら恐らくマシかつ最大限に近い状況で力を振るう事ができると。

そしてその勘は、どうやら見事に的中したようだ。


「いやいや、強ええわ。ケンカちゅうのはこうでなきゃいかん!」

 

一撃一撃が、重い。重力を纏っているから。それだけではない。

敵を砕く事のみを突き詰めた拳。歴戦の強者が振るうそれは、弦とゲンカイザーをして時折圧倒されるほどのものであった。それは弦の力を、技を、爾来 弦という生き物の全てを引き出していく。

 

赤い大地の上を、二匹の化け物が駆け抜ける。主戦場をそっちのけで、縦横無尽に荒野の全てを舞台として舞い踊る。

 

大地を抉り、空間をねじ曲げ、拳が、肘が、肩が、膝が、つま先が、踵が。ぶつかり合い、弾け合う。

 

速度が上がる。威力が上がる。それは最早災害と言って過言ではない破壊の乱舞。

 

ただ目の前の、“この化け物を駆逐する。”その為だけに全てを巻き込む。狂乱の意志のぶつかり合いであった。

 

高まり、高まり、高まりが極まって。そして。

 

核弾頭の炸裂に等しいクレーターが一つ、新たに火星の大地に刻まれて、全てが静止した。

 

打ち合わされた拳を中心に、二匹が彫像のように静止する。

 

にやりと申し合わせたかのように全く同じ笑みが双方に浮かび、そして同時に素早く後退。距離を取って対峙。


「埒が開かぬか、さもありなん。これがTEIOW、我らが怨敵。それでこそ。それでこそよ!」

「宇宙は広いっちゅう事やな。これを乗り切れっちゅうのはなかなかに酷やけど……できなきゃ未来はないわなあ!」

 

ずしんと踏み込み、双方が再び構えを取る。

全くの互角。このままでは決着のつかない千日手。いくら打撃の威力を上げ、そしてそれを捌こうとも、相手も同様にレベルを上げていくのでは仕様がない。

 

ならば……打つ手は一つ。

 

“飛び抜けた一手を持って征する。”

 

そう答えを出したヴェンヴェが、先手を取った。


「ベヒモス、重力制御機構リミッター解除。見せようぞ我が渾身の一手、【グラヴィトン・ドリル】を!」

 

ゆっくりと前方に伸ばされるベヒモスの右腕。掌が開かれ、その先に重力因子が集中していく。

周囲の大気が、ぱきりと剥がれた岩石の欠片が、右手の先端に吸い寄せられ砕かれ、渦を巻く。それは徐々に規模を拡大させ、ついには光すらもねじ曲げられる。

掌を中心に展開される重力場は螺旋を描き、三角錐の渦を形成する。回転し、ねじ曲がりつつも、真っ直ぐに前方を射抜かんとするかのように見えるそれは、正しくドリル。光すら喰らい始めた暗黒のそれを構え、ベヒモスがゆっくりと歩を進めた。


「なるほど、当たればただでは済みそうにないなあ。けど……?」

 

弦の眉が顰められた。重力制御機構に負荷が掛かり始めている。まさか、あの重力塊は、限定的にとはいえ“この星の重力をも上回り始めている”というのか?


「惑星上で疑似マイクロブラックホールやと!? 正気かい!?」

 

下手をすればこの星ごとおだぶつになりかねない荒技。実際本来は惑星上で使うべき攻撃手段ではない。それでもなおかつヴェンヴェがそれを――ベヒモス使いの中でもさらに使用する者が限定されると言われる特殊攻撃を使うと判断したのは、“使わなければ目の前の敵を倒す事などできない”と踏んだからだ。

狂人としてのヴェンヴェはそれこそ互いの命果てるまで死合いたいと願っているが、武人としての、カダン傭兵団の看板を背負う人間としての彼はそれを許さない。この素晴らしく歯ごたえのある敵は、脅威だ。可能であれば今この場で叩き潰しておくべきであろう。

 

例え我が身と、否、居住可能な星一つと引き替えにしてもだ。

 

重力異常に耐えきれず、ついに大地が亀裂を産み、捲れ上がり始める。闇色の螺旋錘はその規模を増し、ベヒモスの全高の数倍近い大きさに膨れあがっていた。己が生み出したとは言えよくぞ耐えている。機体の頑強さと制御の絶妙さがこの状況を支えているのだ。

 

ゲンカイザーは迂闊に手出しができない。下手に手出しをすれば肥大化した疑似ブラックホールは暴走し、火星の一部が“削り取られる”羽目に陥るだろう。それで済めば御の字だ。最悪火星は大幅に軌道をずらし、太陽系内に多大なる悪影響を与える恐れがある。

 

このままであれば、だが。


「黙って見過ごすはずもないやろ? ハーミット、やるで!」

「待ってたっす! セーフティリリース、オールリミッターカット。オールパワーオーバードライブ!」

「コードアウェイク! バーストモードコンタクト! 」

 

全身のプラーナコンバーターが展開し、莫大な量の気が放出される。白く輝くそれはプラーナゲイザー現象を引き起こし、天高く立ち上って空間をも振るわせる。

同時に両足の重力制御機構も全力稼働。周囲の大気を歪ませ光をねじ曲げ、闇色の歪みを周囲に放つ。

 

閃光と闇。その二つが入り交じり禍々しくも見えるストライプの力場を形成する。その姿はまるで王虎。

 

大地に新たな亀裂を産みながら、ゲンカイザーは一歩一歩ゆっくりとベヒモスに向かって歩み寄る。その光景に、ヴェンヴェは笑みを深めた。


「真っ向から来るか。その意気や良し! しかし如何様にするつもりか。受けても逃れようとしてもただでは済まぬぞ?」

 

その余裕は覆される。

 

ごうん。全てに響き渡る轟音と共に、“世界はかき乱された。”

 

べりべりと地表が引きちぎられ天に舞う。いや、眼前の”光景そのもの”がひび割れ、攪拌される。


「何、空間が……光が歪められている!?」

 

眼前の光景に驚愕するヴェンヴェ。歪む光景の向こう側、ゲンカイザーを操りながら、弦が嗤う。


「まさか“戦場そのものをひっくり返される”とは思わんかったやろ!?」

 

ゲンカイザーに搭載されているプラーナコンバーター、これはそもそもただ気を増幅するためだけの装置ではない。増幅させた莫大な気に指向性を持たせ、大地に流れる巨大な気の流動帯――龍脈に干渉し、一帯の場そのものに影響を与える。すなわち“仙術の模倣”を目的としたものだ。

魔法の類よりもさらに使い手が少なく、最早喪失技術(ロストテクノロジー)といって過言でないそれを再現させようとした理由はいくつかあるが、最大の理由は戦場のコントロール――有利な状況を自ら作り出すためであった。

本来の仙術であれば森羅万象を支配し天変地異すら操れるという話であるが、残念ながらGOTUIの技術力では未だその域に達してはいない。ただ気を龍脈に送り込むだけでは大地を揺るがし地形を大幅に変化させる程度のことしかできない。TX-02の開発陣は行き詰まったが、ある事故が閉塞を打開するきっかけとなった。

 

別系統の開発部門で起こった重力制御装置の暴走。人死にこそ出さなかったが研究施設を灰燼と化し、周辺地形をえぐり取ったそれを見た研究者たちはこう考えた。これをプラーナコンバーターと組み合わせれば仙術の再現に近い事が可能となるのではないかと。

 

その後試行錯誤を繰り返し、実装されたシステム。バーストモードによる過剰な気の放出と、暴走に近い領域での重力制御。これを複合し龍脈への干渉と周囲の空間への干渉を同時に行い敵の行動を大幅に制限する領域を生み出す。通称【ランドリーテリトリー】。

単純な戦力増加技術ではなく、戦場を支配し意のままに操る術。TX-02の開発陣が出した一騎当戦の答えは陸上という限定こそあったものの、その名にふさわしい効果を示した。

 

翼を持たぬ異端児は、その他の兄弟にはない戦場の王としての力を振るえるのだ。


「コントロールがめっちゃ厳しいんすけどねこっちゃあ! ちっと気の放出を押さえられねっすかあ!?」

「くくっ、無理言うなや。さっきから……高ぶりが押さえられへんねん」

「わーい凶悪に楽しそっすよこのヒトー!」

 

気や魔力に共通する欠点として、扱う人間のコンディションによって出力が変化するというものがある。特に感情によって出力は大幅に上下するのだが、感情の揺れが少ない人間は安定して気をコントロールができる代わりに大出力を出すのが難しいというこれまた面倒な特徴もあった。

要するに気を自在に制御するためには、己の感情を上手くコントロールする必要があるのだが、弦はそれをまだ完全に成し遂げてはいない。(ただ、戦場でテンションが下がるという事はないので、出力の低下だけは心配がなかった)しかしその才覚は、それを補ってなお有り余るほどの力をゲンカイザーに与えている。

 

本当に“有り余る”ほどに。

 

本来ならばこの機能、味方の有利な状況を作り出し敵に不利を与えるという選抜性も兼ね備えてたはずなのだが、現状では弦本人の気が高ぶり過ぎて微妙な制御が不可能となっていた。もっともそうなるだろうと予測して主戦場から離れた荒野に場所を移していたのは流石だが。


「まあ、その分手加減抜きでやらせて貰うで! 守方無双流が戦技、存分に味わえや!」

 

どん、と言う轟音。そして残像を残し、ゲンカイザーは跳弾のごとき機動で攪拌された世界を駆ける。本来であれば放出した気によって周囲を破砕、瓦礫と土煙に紛れて攪乱し敵の死角をつき強力な連続攻撃を叩き込む技。ゲンカイザーの能力、そしてランドリーテリトリーによって混沌と化した戦場は、その技を全方位からの連続攻撃へと昇華させる。

 

一撃。早いがベヒモスを揺るがすほどではない。

 

二撃、三撃。重さが増す。しかしベヒモスはまだ凌ぐ。

 

四撃、五撃、六撃、七撃、八撃。反応が追い付かない。凌ぎきれずに機体が後退。

 

速度と威力は加速度的に上がる。認識が追い付かなくなった。無数の打撃は四方八方から容赦なくベヒモスを打ち据える。

 

それは、巨大な獣の牙に捕らえられ、幾度も噛み砕かれるような攻撃の奔流。


「これがっ! 守方無双流秘奥――」

「――【猛虎大牙】っす!」

 

打ち上げられ、叩き伏せられ、弾き飛ばされる。天地をも引き裂かんとするような猛撃。まともに喰らえば、粉微塵となることは請け合いであった。だが。


「く……くく。堪えて……みせたぞ!」

 

ベヒモスは、耐えた。なおかつグラヴィトン・ドリルをも維持しきってみせた。

 

重装甲であったから、だけではない。不完全ながらもほぼ全ての打撃を受け流し、ダメージを最小限に抑えたのだ。

それでも浸透した打撃は機体のあちこちに深刻な影響を与えているが、まだ、致命打には到っていない。


「今度は……こちらっ! 受けるがいい、全てを砕く、我が牙を!」

 

グラヴィトン・ドリルが唸りを上げる。螺旋の指向性を与えられ、集約した重力因子は、限定的に惑星の重力を超え、周囲の全てを引き寄せようとする。それを叩き付けられるという事は、すなわち惑星の重力圏から逃れるほどの力がなければ、回避を困難にさせるという事。


「雄オオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

咆吼。そして突撃。世界が歪もうと砕かれようと関係ない。ただひたすら真っ直ぐに、敵に向かって己を貫き通すために突き進む。

 

対するゲンカイザーは動かない。大技を放出した後だからか、避けられない――のではなかった、避けなかったのだ。

 

空間をもねじ切ろうとする勢いで迫るドリル。それに向かって真っ向から突き刺すような蹴りが放たれる。無論それは一発では終わらない。針の穴をつくような一点――ドリルの先端に向かって正確に、無数の蹴りが連続で放たれる。


「あああああああああああああああああ!」

 

雄叫びと共に放たれる連撃によって、突撃が留められたかのように見える。否。重力場を纏った無数の蹴りによって自身を弾き飛ばし、“突撃と同速度で後退している”のだ。

流石、一筋縄ではいかない。だがまだだ。この攻撃、凌ぎ切れればヤツの勝ち。貫き通せば――

「――小生の勝ちだ!」

 

そう、いずれにしても限界は訪れる。その時に最後まで立っていた者が勝者。この荒野の果てで雌雄を決する……。


「っ!?」

 

そこでやっと“気付いた。”

 

急制動。そして強引にグラヴィトン・ドリルを解除し重力波を周囲に放出して展開された領域に介入する。

世界の歪みが正される。そしてそこに展開された光景は。


「衛星軌道上! ぬかったわ!」

 

満天の星。そして足下に広がる赤い惑星。


「ちっ、バレよった」

「もうちょっと火星から引き剥がしときたかったんすけどね」

 

そう、弦たちはベヒモスに対して攻撃を繰り出すと同時に、発生させた領域、いや地表の一部ごと反重力場で火星の外に放り出したのだ。

 

超重力場を至近距離に発生させた事によって、ベヒモスを駆るヴェンヴェはそれに気付くのが遅れた。そうでなくても空間がかき乱されていた先ほどの状態で戦場が丸ごと宇宙に放り出されていたなどと気付く事は難しかったであろう。

微かな違和感と勘のみでそれに気付いたヴェンベが異常なのだ。

 

ともかくこれで地表の残存勢力に勝ち目はなくなった。軌道上に引き剥がされた事によってヴェンヴェの援護は望めない。戻ろうとしても目の前の怨敵はそれを許すまい。ならば、せめてこの敵だけでも倒しておかなければと腹を決めた途端、視界の端に緊急通信を示すシグナルが点る。


「撤退命令? ニキ殿が上手く潜り込めたのか。…………下の連中は壊滅した、か。敗北に甘んじるしかあるまいな」

 

急激に熱が冷める。目的は果たしたが、何とも無様な有り様だ。自嘲気味に苦笑を浮かべたヴェンヴェは最近解析されたばかりの地球軍のオープン回線を開く。


「見事だ。このヴェンヴェ・ケヴェン久々に敗北を味わったぞ。……戦士よ。名を聞いておこうか」


一瞬の沈黙。回答は何かを探るような声で返された。


「GOTUI特務機動旅団独立遊撃部隊チームインペリアル所属、爾来 弦や。……まさか黙って逃がすと思っとるんかい」

「爾来 弦。その名、覚えておく。……そして、逃げてみせるともさ」

 

にやりと嗤うと同時に、緊急離脱用の空間転移装置を作動させる。予め設定された目的地にしか転移できないほとんど使い捨ての代物であったが、逃げるだけなら何の問題もなかった。


あっという間もなく、ゲンカイザーの眼前からベヒモスの姿が消える。それを確認した弦は、溜息を吐いて深々とシートに身を沈めた。


「……なんちゅうヤツや。地表から離れて効果が薄れてたとは言えランドリーテリトリーを力業でぶち破りよった」

 

龍脈の力を借りられなければランドリーテリトリーは大きく効果を減ずる。多分規模が縮小したのに気付いたのだろうあの敵は。

 

身震いするほど恐ろしく、そしてぞくぞくするほど楽しい。どうやら宇宙は思っていたより遙かに広く、面白いところのようだ。


「はは、これは……もっと高いところへ飛びたくなってくるやんか」

 

獰猛に嗤う弦。

 

しかしその笑いには……どこか高い空に焦がれる少年のような、純粋さが含まれていた。















「こいつは……」

 

照明を落した自室で端末に向かっていた蛮の眉が顰められる。


「ジェスター。お前知っていたのか」

「いや、機体の構造については完全に把握しているが、取り外(オミット)された機構まではな。しかしこのシステム、基礎は搭載されたままか。元々機体の制御、伝達系と一体化した物のようだが……少し手を加えれば再現可能だぞ? 幾つか問題が生じるがな」

「再現できたとしても使えねえ。“パイロットを部品として使い捨てにするような”システムなんざ。使えねえから仕様を変更して、特殊能力者をパイロットに据えた……というわけでもなさそうなんだが」

 

肘をつき、顔の前で手を組んで画面を睨み付ける。まるで組み立てれば組み立てるほど完成型が見えなくなるパズルのようだ。正直こういった腹を探るような芸当は不向きだ。しかし、放っておくのは奥歯に物が挟まったかのような感じでどうにも落ち着かない。

 

TEIOWの構造図を瞳に写しだしたまま、萬は心底うんざりしたような口調で呟いた。


「まったく……どうにも面倒な話だ」















次回予告っ!






研究のため解体されていたTEIOWのプロトフレームが異世界より返却される。

それに対し誘蛾灯のように吸い寄せられる各勢力。警護に赴いた鈴が見たのは。

再会と出会い。運命は交錯しまくる。

次回鬼装天鎧バンカイザー第八話『戦鬼と戦姫』に、コンタクトっ!







   

タ●ラント・●ーバー・ブ●イクとギ●ドリル・ブ●イクのぶつかり合いが書いてみたくてできあがったのが今回のお話。





趣味に走ると楽しいけれど、暴走して余計なことまで書いて鬼のように修正を入れる羽目になって時間を食う事に。

反省。





今回戦闘シーン推奨BGM、『疾・風・神・雷』



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