7・牙、突き立てん 前編
知識は、武器である。
敵を知り己を知らずんば百戦危うからずという言葉があるように、知識――情報という物は戦術的イニシアチブを取るための重要なファクターとなる。だがただかき集めればいいと言うものではない。真偽を見極め、余分をふるい落し、噛み砕いて己が物とする。そこで初めて生かされるようになるのだ。
そして知識を得る法は何も見聞き読み書きだけではない。肉体を駆使して体感するというのもまた、有効な手段であった。
「つーか言葉で簡単に説明できるモンやったら皆気の使い手になっとるわい!」
『逆ギレたあ!?』
ぐらあと雄叫びを上げながら武道場のど真ん中に展開されたホワイトボードをひっくり返すのは自他とも認めるチームインペリアルの特攻隊長、爾来 弦。格闘訓練の教官役を申しつけられて皆の前に立ったはいいがいきなりコレだ。前途はすでに多難であった。
「それより何より、なんで僕がここで助手なんかやってるんでしょうか?」
いきり立つ弦に怯えながら傍らに立つのは1444小隊隊員フェイ・パイロン。訓練を行うにあたって、ほとんど拉致同然に連れてこられたのだ。その彼にぎろりと視線を向け、弦は興奮さめやらぬ態度のまま言う。
「多少なりとも気の事は理解しとるやろが元南拳白龍派宗家後継者候補。ワシよりは上手い事説明できるんちゃうか?」
「あの、それだったら格闘教官に頼んだ方がいいんじゃないかな〜、なんて……」
なんとなくダメだろうなあと言う気がしないでもなかったが一応問うてみるフェイ。案の定弦は頭を振ってこう答えた。
「あのじいさんならシャッフルだかトランプだかの寄り合いで主張中や。いつ帰ってくるか分からへん。ちゅう事であんじょうよろしゅうにな」
肩をぽんと叩かれて逃げ場のない事を悟る。ちらりと元チームメイト――萬の方に視線を向けてみるが、諦めろとばかりに肩を竦めてみせるばかり。とほほと肩を落しても状況が変わるはずもないので、フェイは開き直る事にした。
「……で、僕はどうしたらいいんでしょ?」
「殴る。受けろ」
「実家に帰らせてもらいます」
「ボケ放置かい! ツッコまんかい!」
半ば本気でその場を立ち去りかけたフェイの足に縋り付く弦。ええい鬱陶しい面倒くさい。そうは思っても放置したら後でどうなるか分からないので、フェイはしぶしぶ元の位置に戻った。
「今度は真面目にやって下さいね」
「わーったわーった。……ホンマに面倒くさいやっちゃのお」
アンタが言うなとツッコミたいのをぎりぎりで堪えるフェイ。その心からいつの間にやら“弦に対する畏怖が消え去っていた”のだが、本人は気付いていなかった。
蹴倒したホワイトボードを立て直し、咳払いする弦。そんな彼にフェイは問い掛けてみる。
「それで、一体何をするんでしょうか?」
「ああ、一応皆気についての知識は叩き込まれとるけど、さっきも言ったとおり知識だけで分かるモンと違うからな、実演のために相手が欲しかったんや」
「なるほど」
要は演舞みたいなものかとフェイは得心した。単に格闘技というのであれば自分以外にも使い手はいる。だが気の使い手となると格闘教官を含め片手で数えられる程度しか存在しない。その中でタイミングが合ったのは自分だけなのだろう。
まったくもって“運が悪い。”
さて、先程から話題に上がっている気とは一種の生体エネルギーである。
魔力と呼ばれるフリーエネルギーと似通った性質を持ち、同様に精神力による制御が可能であるが、魔力とは違い運動、熱エネルギー以外の“現象”に直接変換できないと言う特性を持つ。
例えば気を肉体に流し込むことによって負傷や疲労が回復するという現象があるが、これは気が直接肉体を癒したのではなく、気を注入される事によって活性化した細胞が治癒能力を向上させたから起こる現象だ。気で直接炎や氷を生み出す事はできないし、物質を破壊する事はできても再構成する事はできない。
生命力、意志の強さに応じて出力が変わる不安定なエネルギー。それが気だ。
「そして何より、センスがなければ使いこなす事はできない。これは聞いていると思いますが……」
なぜか主軸となって説明を行っている自身の状況に内心首を傾げながらも律儀に説明を続けるフェイ。
説明を続けながら、ゆっくりと右手を差し出し広げた掌を上に向ける。そこで徐々に淡い光が発生し始めた。
実際に発光しているのではない。気の放出現象は他者から見るとそのように“感知される”のだ。
「こうやって自身の気を体外に放出させる。このようなレベルになるまでセンスは無論の事、相応の修練も必要となります。しかも修練したからと言って確実に習得できるかといえばそうでもない」
拳を握り込むと燐光がたち消える。集中力が途切れたのだ。フェイのレベルではせいぜいこの程度。実戦ではとてもじゃないが使いこなせはしないだろう。
普通の人間は過剰な気を感知する事はできてもそれを制御する感覚が理解できない。それを学ばせる手段もないではないが、全員がそれを体得できるわけではない以上、時間の無駄だというのが一般論である。
ゆえに気を扱う技術というのはごく一部でしか用いられないマイナースキルとして認識されているのだが――
「正直気の制御機構を機動兵器に搭載し、なおかつ実用段階にまで持っていくなんて正気の沙汰ではないと思っていたんですけどね」
――GOTUIは、やってのけた。気の制御法を解析し、他のエネルギーへの直接転換こそ不可能だったものの、機械的なシステムで増幅、制御補助を行う手段を編み出した。
ただ純粋にマシンだけでそれを行うのは不可能に近かったため、データ生命体である人工精霊の能力に多くを頼ることにはなっていたが、それでも画期的な技術革新である事は間違いない。
「ガイア理論……惑星、いや、世界そのものが生命として成り立っているという考え方を基にしたとはいえ、僕達からすれば天地がひっくり返ったかのような衝撃でしたよ。確かに龍脈――大地を流れる気の経路という物もありますけど、それを扱うのは最早仙術の領域、人間の技ではない話ですから。……まあそれはそれとして、今までのはおさらい。本題はこれからですね」
ちらりと視線を弦の方へと向ける。腕組みをし壁に背を預けたままだった彼はゆっくりと獣が身を起こすように面を上げた。
口でどうこう言うより実際に見せて体験させて体で覚えさせる。弦はそうやって教導しようとしていたのだが、彼のやり方だと怪我人が出かねないという意見があちこちから出された。ゆえに仕方なく助手として数少ない気の使い手であるフェイを招いてみたのだけれど、そうしたらこの青年、以外と説明役が上手く結局前説を全て任せてしまった。
お礼といっては何だがもう少し“使える”ように鍛えてやるかと、フェイ本人が聞いたら速攻で土下座しかねない事を考えつつ、弦は拳を構えた。
そこにまとわりつくように、気の燐光がうねりを見せる。
「ここからがワシの出番や。百聞は一見に如かずっちゅうヤツでな。……よう見とけ、これが気を使うっちゅう事や」
光り輝く拳の向こうでフェイの顔が引きつったが、何構わないだろう。
良い経験になる。
震脚が、部屋を振るわせた。
「結局のところ、流れは見えても俺たちには使えない、って事か。……口で言うのは簡単なんだけどなあ」
う〜むと腕を組んで考え込む萬。
その姿は胴着。そして体勢は天地逆。
投げ飛ばされ半ば壁にめり込んだまま、彼は思慮深げに目の前の光景を観察していた。
武道場の端の方には、何やらぼろ雑巾が転がっている。演舞という名の一方的な蹂躙に晒されたフェイだったものだ。生きてはいる。多分。
そしてゼンの姿はない。特殊能力者の勘が働いたのか、いつの間にやら全力で逃げ出している。薄情なヤツだった。
で、武道場の中央では。
「流石にやるのお! 補助魔法なしでここまで食らいついてくるんかい!」
「そっちだって気による身体強化してないくせに頑張るねえ〜」
人外の戦いを繰り広げながら楽しそうに会話を交わすバトルマニアが二匹。
目にも止まらぬ電光のような攻防。以前萬は鈴と対峙した事があるが、彼女はその時より腕を上げているようだ。あの時も綱渡り以上の賭けであったが、今再び彼女と死合ったら手も足も出ないという確信がある。
その鈴と無手で互角に渡り合っている弦もまた然り。二十歳そこそこの彼は成長期こそ終わったものの、武道家としての熟成はこれから。まだまだ伸びる余地があった。
あれ以上の化け物ってのはどんな生き物だよと想像しかけて、止める。どう考えても楽しい想像にはなりそうもなかった。現実逃避気味にとりあえず思考を逸らしてみる。
TEIOW。現在の地球人類が創造できる最高のスペックを持つ機動兵器。
本来ならば機動要塞級である性能を、30メートルクラスの人型に押し込めた馬鹿と冗談の総動員。しかも一機一機にあほのような特殊機能を搭載させた、はっきり言って趣味で作っているとしか思えない代物だ。
01は高出力広域思考伝達システムを持ち単体で師団級の戦力を運用する事ができるが相当の能力を持つ特殊能力者でないと使いこなせないし、02は気を増幅し戦闘に用いる事ができるという前代未聞の能力を持つがこれもまた相応の能力を持つ気の使い手でなければ乗りこなせはすまい。03は――
「……あれ?」
思考を巡らせている最中に何かが引っ掛かった。
一体何が気になったんだと自問自答し、そして気付く。
TEIOWの中で、“何の特殊能力も持たない人間が使えるのは04(バンカイザー)だけだという事実”に。
今までの歴史を振り返れば特定の人間しか使いこなせない、いわゆる専用機的な兵器はごまんとある。そのような兵器から余分な機能を削ぎ落とし、一般兵にも使えるようにした量産機が開発される事も良くある話だ。しかし――
「――同時期に開発された同型機、同じように特殊能力を持ちながら“全て想定されているパイロットが違う?” 04だけが量産に向けてのテストベット……違う、だったら04は他の機体のノウハウが受け継がれているはず。なら最初からオレを乗せるつもりで……この線もない、TEIOWの開発はオレがここに入る前に区切りを見せている。最初から俺を乗せるつもりだったら初期段階でスカウトされて開発に関わっているはずだ。……いや待てよ、そもそも01から03までのパイロットは“なんで限定されている?” マイナースキルの持ち主でしか動かせない試作機、安全機構の一部と考えてもピンポイント過ぎるじゃないか。むしろパイロットが見つからなくて埃を被ってた可能性だってある。人工精霊に無理矢理起動させて無人機として運用する手がないでもないけど、その場合スペックががた落ちだ。どちらにしろ冗談じゃなくリスクが高い」
莫大な予算を突っ込んで開発したにしてはあまりにも綱渡り過ぎる。まるで……。
「最初から、“誰が乗るか分かっていた”かのような……?」
そんな馬鹿なと思いながらも、完全に否定できない萬。この世界に置いて予知、予言とは決して与太話ではない。魔法、魔術的な技術の中にそれを可能とするものがいくつかあるし、最新鋭の人工知能の中には限定的ながらもおおよそ100%の未来予知を実現したものもある。ただ、それらもまた確たる技術とは言い難く、当てにして膨大なリスクを背負う兵器開発など行うとはとてもじゃないが思えなかった。
一体GOTUIの上層部は何を考えているのか。ただの兵卒として知る必要はないのかも知れないが、どうにもすっきりしない。所詮は使い潰されるだけの駒かも知れないが早々簡単にくたばる気がないのだから、ある程度上の思惑は知っておきたかった。とは言っても馬鹿正直に問うても答えるはずもなし、調べるにしたって早々簡単に尻尾を掴ませはしないだろう。
最低でも考えなしに湯水のごとく金を突っ込んであほな兵器を開発したりはすまい。ならば確実に何らかの目的がある。
「ちょいと、探ってみるか」
猫が死なない程度にな、とニヤリとした笑みを浮かべる萬。逆さになったままなのでいまいち格好は付かなかったが。
眼前では、弦の拳と鈴の木刀が真っ向からぶつかり合っていた。
「……で、調査を開始するのは分かるがな?」
呆れたと言いたげな空気を纏い、ジェスターの端末が首(というか胴体)を振りながら言う。
「ここまで堂々と、しかも我が眼前でそれを行うなど怖い物知らずにもほどがあるぞ」
チームインペリアルに割り当てられた情報分析室。思いっきり中央情報処理システムひ接続されているその一角で、萬は素直に真っ向から情報を収集していた。
萬もある程度はコンピューターの類を扱えるが、専門的なハッキング等の技術を持っているわけではない。だったらこそこそするだけ無駄だとある種の開き直り似た心境で堂々と今現在閲覧可能な情報を片っ端から目通しする事にしたのだ。
加えて言えばこの行為はネットワークを介して行動を逐一教えているようなものであり、同時にジェスターを側に控えさせている事で上層部へとダイレクトに行為を知らしめているに等しい。
ジェスターは萬と契約した専属の人工知能であるが、それは秘密を共有し絶対に裏切らない味方となったという事ではない。むしろTEIOW乗りを監視する足枷といって過言ではないだろう。いざとなればマスターコードで上層部に支配権を持って行かれるものだし、そうでなくとも相棒の行動がいきすぎれば自発的に介入を行うはずだ。この状況で側に置いておくのは危険すぎる。
まあそれは普通の人間の考え方で。
「本当に探られて痛い領域まで辿り着く前に、何らかの形でストップがかかるだろ? それまでは準司令権限で好き放題じゃねえか。だったら広く浅く攻めていくさ。ヤバいトコまでは手伝ってくれよ?」
にかりと笑う萬の顔を見て、馬鹿なんだか大物なんだか判断しにくいヤツだとジェスターは溜息を吐く。この行為自体が不信感を煽るものだと理解していないのか、それとも確信犯なのか。どちらにしても彼は止められるまではこの行為を続けるだろう。自分の手と目が及ぶ範囲で。
ならばこやつが止められる領域まで来るか納得するまでは付き合うしかあるまいとジェスターは腹を括る。ジェスター自身も自分自身の在り方に疑問や興味がないわけではないのだから。
複数のモニターに様々な情報が浮かんでは消える。全てに目を通しているわけではなく、必要な事項以外は概要に目を通すだけで消去していく。とは言え目的のものだけでも膨大な量となるデータを萬は片っ端から記憶媒体へと落とし込んでいった。後で時間があればゆっくりと調べるつもりなのだろう。動作に澱みのないことからここで深く思案するつもりはなさそうだ。
そんな行動を続ける最中、いきなり情報分析室の入り口が開く。ジェスターはぎょっとして振り返るが、萬は作業を続けたまま。その背中にのんびりとかかる声は。
「何や、ここで調べモンちゅうのは珍しいなあ」
砕けた関西弁の主は、無論弦。彼は萬が反応しない事をいいことに遠慮なく踏み入ってくる。
「アンタこそ珍しいな。こんなところに来るなんて」
振り返りもせず言う萬に対して、弦はからからと笑いながら答えた。
「ああ、格闘モーションプログラムの骨子を作っとけって頼まれとったんや。コマンド入力式にして量産機にも使えるようにするっちゅう話や」
そう口にしつつ近くのデスクへ資料の類をどかりと置く。続いて椅子を引っぱり出し腰掛けながら、弦は萬に向かって問うた。
「で、どや。“疑問は解決できそうかい?”」
「!!」
その言葉にジェスターはびくりと反応するが、問われた萬本人は欠片も揺るぐ事なくキーボードを叩きつつ答えた。
「まださわりさ。……やっぱアンタらも気付いていたか」
「たりまえや。TEIOW……いやGOTUIと付き合うてきた時間はオマエより長いんやで?」
にいと笑いながら記録媒体を端末にセット。起動させ淀みなくキーボードを叩く弦。
武道一辺倒かと思いきや、こんな芸も持っていたらしい。
「意外か? まあ普通一般人くらいには扱えるわ。……まあ車とかバイクとかの方が弄りがいがあって好きなんやけどな」
この程度はできておかんとなあと笑いながら言う弦。まあそんなものだろうと萬は気にも留めなかった。今の世の中鉛筆で字を書くよりキーボードを叩く事を覚える方が早い。(そう言う意味で逆に文盲が多い)いくら才気溢れる人間だったからといって物心つく前から武道馬鹿だったというわけでもなかろう。
「……まあ世の中には鈴みたいな例外もおるけどな。アイツに武器以外の機械を触らせたらえらい事になる」
「それもまた納得いく話だが……それよりアンタらも探り入れてみたんだろ? どうなった」
「分かったような分からんような、ちゅうトコ。正直何枚カーテン捲っても中身が見えたような気がせえへん。……後で資料やったる。ワシらが見えんかったところでも、オマエから見たら何か見えてくるかもしれん」
な、心配なかったろと萬はジェスターに目配せ。自分が気付いた事に勘の鋭い先任たちが気付かないはずがない。その彼らを持ってして見えない何かがGOTUIにはある。
その疑問を放置し、あまつさえ探らせるままにしているのは探られても腹が痛まないのか、あるいは探りきれるはずもなしと鷹を括っているのか。
それとも……“何かを見せようというのか。”
最後が一番ありそうな気がするよなあと、パイロット二人と人工知能一体は後頭部にでっかい汗を流しながらそう思った。
暫し無言のままキーボードを打つ音だけが響く。しばらくして片方、萬の叩くキーボードの音が止まった。
「? どないした?」
目ざとく気付いた弦が振り返ると、萬は画面を見ながら少し考え込んでいる。何か気になる事でもあったのだろうか。
「……ああ、最新の情報なんだが……火星にまだ宇宙の勢力が残っているらしい。現地の戦力と交戦中だそうだ」
「火星やと? 今の今まで潜伏しとったんか?」
「らしいんだけど……何か引っ掛かるよな」
二人の眉が顰められる。なぜ今さらという事もあるが、火星はそれなりに重要拠点。戦力も充実している。生半可な残党では返り討ちにあうのが関の山、はっきり言って自殺行為だ。
ならばなぜ、攻勢に出た?
「物資が心許なくなって尻に火が点いたか……援軍の当てがあるか」
「ちゅうトコ、か?」
それだけなのか。いや、おかしくはない。追い込まれているのは同じ、希望が見えたか絶望に負けたかの差だ。だがどちらにしろ、分の悪い賭けには違いない。
何かがある。攻勢に出る決意をさせた、何かが。
「………………おもろいかも、知れんのお」
ぬたりと化け物が嗤う。
(行く気か)
(行く気だな)
牙を剥きだした笑顔らしき表情を見た主従は目配せしあい、そっと肩を竦めた。
彼らの予想は的中する事となる。
雨霰と砲火が降り注ぐ。
地表を抉り、重装甲を削る。味方の支援を受け地上部隊が進撃を開始。赤茶けた大地の上で、命がティッシュよりも軽く散っていく。
「突撃! 突撃だ! ビビって足を止めたら狙い撃ちにされるぞ!」
「こちらブレード1、左のサーボがいかれた。だがまだやれる!」
「メディック! 急いでくれコイツ死んじまう!」
「はっはっはあ! くたばれクソッタレども!」
「弾だ! 弾持ってこい!」
殺意と狂気が入り乱れ、混沌の空気と硝煙が視界を満たす。
始まりは唐突だった。
撤退していたと思われていた敵陣跡、そこを調査するため赴いた調査団が突如奇襲を受けたのだ。
襲ってきたのはその陣地――前線基地に配備されていた軍勢の一部。不意をつかれた調査団は全滅。しかしその寸前に飛ばした救難信号は、火星に駐屯する戦力を整えさせるには十分であった。
即座に正規軍を中核とした討伐部隊が結成され、勢いのまま侵攻を続ける残存勢力に対し戦端を切る。当初早期に決着がつくと思われていたこの戦いは、予想と違い未だに終結の兆しを見せない。それどころかますます激しさを増しているようだ。
原因はただの一つ。戦場のど真ん中に立ち、悠々と討伐部隊の戦力を駆逐していく一機の機動兵器の存在だ。
赤茶けた、巌を思わせる重装甲。骨太な、石柱のごとき剛健さを持つ四肢。どことなく猪や猛牛を思わせるその人型機動兵器は、一歩一歩ゆっくりと、そして揺るぐ事なく戦場を進む。
放たれる威圧感に討伐部隊は気圧されるが、所詮は一機と鷹を括り攻撃を集中させる。しかし。
無数のビーム、レーザー、実弾など、全ての攻撃が命中する前にねじ曲がり、逸らされる。
「じゅ、重力場に異常を感知! あの機体、“重力使い”です!」
オペレーターの声が響くが遅い。赤銅の機体は周囲の大気を歪めながら突撃を開始。周囲の重力を制御し前線司令部へと真っ直ぐに“落ちていく。”
立ち塞がることごとくを跳ね飛ばし、一個の砲弾と化して突き進む。泡を食った討伐部隊から再び集中攻撃を受けるがやはり届かず、小型の隕石並みの加速度を得たその質量を足止めすることすらできない。
自身を砲弾に見立てての突撃。普通ならただの特攻だが、この兵器は、そして乗り手は違う。
「さあ、小生とこの【ベヒモス】。止めうる事叶うか!?」
ヴェンヴェ・ケヴェンとその愛機は。
重力制御機構とそれに耐えうる強固な機体構造および大出力。ただそれだけに特化した重機動兵器がベヒモスだ。
最早旧式となったほぼ骨董品に近い代物ではあるが、その耐久性、そしてパワーは現在でも十分以上にオーバースペックと言って良い代物である。使うものが使えばまだまだ最前線で壁となり鏃となって獅子奮迅の活躍を見せるだろう。
そしてヴェンヴェは現在数少ない一流のベヒモス乗り。【軍団潰し】と言えば耳にしただけでも肝を冷やす名だと方々で囁かれるほど名が通っている。
その二つが一体となった時、戦場を蹂躙する魔獣が誕生する。大地を揺るがし空間を歪める重力使いは目の前に立ち塞がることごとくを粉砕していく。
止められるのは、同等以上の力を持つ者のみ。
「上空に空間歪曲場の発生を確認、重力場の異常……拡大! 何これ、マイクロブラックホールでも落ちてきたの!?」
オペレーターの悲鳴混じりの報告。その直後、激震が戦場を襲った。
重力場と空間の歪み。そして燐光を伴う何らかのエネルギーがベヒモスの進撃を阻み、その機体を吹き飛ばす。
「ぬう! なにやつか!?」
阻まれた事に口惜しげな……いや、強敵出現の予感に歓喜の表情を浮かべ、ヴェンヴェは機体を立て直し危なげなく着地させた。
何かが落下した衝撃で巻き起こっていた噴煙。それが新たに起こった渦巻く突風により吹き飛ばされる。
中央で着地の体勢からゆっくり身を起こすのは、30メートル級の人型機動兵器。純白のボディに炎のごとき燐光を纏うその機体は、王者のごとく佇む。
「……あつつつつ、萬こんな強引なやり方で着地しとったんかい」
「一歩間違えたら大惨事じゃ済まねっすよコレ。まあ度肝を抜くには持ってこいっすけど」
割りと呑気な様子で言い合うのはもちろん弦とハーミットのコンビ。緊張感がないように見えるが、その視線は油断なくベヒモスを捕らえ揺るがない。
本能のレベルで脅威度を見抜いたのだろう。弦は薄く嗤って舌なめずる。
「なるほど、アレが攻勢に出た原因かい。そりゃ強気にもなるわ」
「こっちと同じ重力使いっすね。かなりの古強者みたいっす」
「はっ、上等や。たとえどないな相手でも、ワシらのやる事はただ一つ」
機体から放たれる気が、さらに勢いを増す。微かに軋む音を立てながら、鋼鉄の腕がゆっくりと持ち上げられ――
「この拳にて、我等災禍なるを浄化せん……」
――力強く握りしめられ、眼前に立ち塞がる者を砕く拳が形成される。
「【拳禍浄闘 ゲンカイザー】! 真っ向から罷り通る!」